第64話 エルフと節分


 二月三日。

 ぼくがシフトに出ると、オークくんが困っていた。


「どうしたの?」


「うっす。それが……」


 事務所を指さした。

 ぼくは入って、びっくりした。


 なんだ、この禍々しい負のオーラは……。


 すると、隅っこに犯人がうずくまっていた。


「……エルフちゃん。どうしたの?」


 すると彼女は、びくっと身体を震わせた。


「あ、と、トシオ……」


「そんなところに隠れてないで、はやく着替えようよ」


「だ、ダメなん……」


「え?」


 すると彼女は、きょろきょろと周囲を警戒した。


「きょ、今日はSETSUBUNって聞いたん」


 あぁ、節分ね。

 みんなもご存じ、立春の行事だ。


「それがどうしたの?」


「と、トシオは平気なん!?」


「なにが?」


「だって、今日はデーモンが来るって言ってたん! はやく隠れんとみんな殺されてしまうんよ!」


 あー。

 なるほど、エルフ族にとって鬼はそういうものなんだね。


「大丈夫だよ。鬼を払うために豆を投げるし」


「こっちのひとは甘いん。デーモンはその程度で討伐できるやつじゃないんよ」


「いや、エルフちゃん。あのね……」


 えーっと、どう説明したものか。


「鬼っていうのは、あくまで邪気とか不運とかいうのを目に見えるように例えたものなんだ。だから、本当に鬼が来るわけじゃないんだよ」


「そ、そうなん……?」


「そうだよ。だから、そんなに怖がらなくても大丈夫なんだ」


 エルフちゃんはホッとした様子で立ち上がった。


「わ、わかったん」


「うん。じゃあ、今日は頑張って恵方巻を全部売ってしまおうね」


 こういうのは日をまたぐと売れなくなってしまうからね。


 そうして、ぼくらはレジに出た。


「じゃあ、エルフちゃんはバックルームの整理をお願いね」


「わかったん!」


 そうして、ホットスナックを用意しているときだった。


「あのー、恵方巻を予約してたんですけど」


「あ、はー……い」


 ぼくの言葉は尻すぼみに消えていった。


 スーツ姿のツノの生えた亜人さん――デーモンさんだった。

 彼の差し出した控えレシートを見て、予約商品を持ってくる。


「……こ、この豪華海鮮恵方巻三本セットですね」


「はい、そうです」


「1580円です。えっと……」


 ぼくはレジの内側に用意していた段ボールを覗いた。


「ご予約のお客さまに、この豆まきセットをプレゼントしているんですけど……」


「じゃあ、お願いします」


 あ、いるんだ……。


「ありがとうございましたー」


 デーモンさんが去って、ぼくはうんとうなずいた。


 とりあえず、エルフちゃんには黙ってよう。

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