第58話 エルフとデリケートな問題


 年齢層ボタンというものをご存じだろうか。

 レジについているボタンの一種で、これを押すことで精算が完了するものが多い。


 簡単に説明すれば、買い物をしたひとの性別と大まかな年齢を登録するボタンなのである。


 だいたいは、男性か女性か、そのひとの年齢層(だいたい五段階くらい)の区切りがあるんだ。


 どうしてこんなものがあるのかというと、まあ、つまりはリサーチの一種だね。

 コンビニに限らないけど、『この商品』を『どんなお客さんが買ったか』というデータは、販売業をするうえですごく重要なことだ。


 とはいっても、所詮は店員の主観によるものだから、正確に登録されるわけではない。

 パッと見だけでそのひとの年齢がわかるなんてエスパーだからね。


 で、今日はそれをめぐって、エルフちゃんと大喧嘩をしたのだ。


 あれは、あるお客さんが帰ったあとのことだった。


「トシオのわからず屋! そんなひとやとは思わんかったん!」


「ぼくだって、そんな風に言われる筋合いはないよ!」


「みんなトシオのこと信用して買い物しとるんよ! それを、そんな風に裏切って楽しいん!?」


「あぁ、楽しくはないさ! こんなこと言われるくらいだったらね!」


 ぎゃあぎゃあ言い合っていると、ふと入り口のドアが開いた。


「……どうしたんすか? おふたりが喧嘩なんて珍しいっすね」


 振り返ると、シフト交代にやってきたオークくんが立っていた。


 あぁ、いいところに!


「オークくんからも言ってやってほしいんだ」


「いや、話が見えないんすけど……」


「エルフちゃんが、さっきからぼくが悪いみたいに言ってて……」


 エルフちゃんがむすっとした顔で言った。


「トシオ、さっきのお客さんがお買い物したあとに、こっちのボタンを押したんよ!」


 そして指さしたのは、年齢層ボタンの『女性の五十~六十代』ボタンである。

 オークくんは、言いたいことがわからずに首を傾げた。


「それがどうしたんすか?」


「さっきのお客さん、まだ三十歳くらいやったん! それなのに、トシオはこっちを押したんよ!」


「そのくらい誰も気にしないよ!」


「もし知ってたら、すごく嫌な思いをするん!」


「そ、そりゃそうかもしれないけど……」


 オークくんがため息をついた。


「……トシオさん。確かにエルフちゃんの言うことが正しいと思うっす。特に女性にとって年齢はデリケートな問題っすから。もし、このボタンの意味をそのひとが知っていたらクレームになる可能性もあるっすよ」


 さすがに冷静なオークくんに諭されてしまうと、なにも言えなくなってしまう。

 ようやくぼくも頭が冷えてきたところだった。


「……わかった。ぼくが悪かったよ。これからは気をつけるから」


「でもエルフちゃんも言い過ぎっすよ」


「ご、ごめん。つい熱くなってしまったん……」


 と、そこへ姫騎士ちゃんもシフト交代にやってきた。


「おや。揃いもそろって、どうしたのだ?」


「あ、姫騎士ちゃん」


 かくかくしかじか。


「……難しいところだな。ひとによって価値観は十人十色だ」


「ちなみに姫騎士ちゃんは女の子だし、やっぱり気になる?」


「わたしか?」


 そうして、姫騎士ちゃんは胸を張って答えた。


「わたしは面倒だからぜんぶ『男性の二十代』しか押していない。未成年ボタンだと煙草と酒で止まるからな!」


「…………」


 その場が、しーんと静まり返った。



【こんな感じで適当なスタッフもいるから気にしてはいけないというお話】

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