第56話 トシオと見えないお客さま
ひとは誰しも、それぞれにジンクスがあるものだと思う。
ざっくり言うと、縁起担ぎっていう意味だよ。
例えば「家を出るときは右足から」とか「髪留めのゴムは赤い色」とか、習慣となっているものでもそうだね。
で、もちろんお客さんにもそういうひとはいるんだ。
「はい。666円のお釣りになります」
そう言って小銭を渡そうとしたとき、そのおじさんが大げさな声を上げた。
「あー! いけねえ、いけねえ。おれ、666って数字が嫌いなんだよ」
「え、どうしてですか?」
4という数字を嫌うひとは多いけど、どうして666なんだろう。
「兄ちゃん、知らねえのかい。666ってのは悪魔の数字なんだぜ」
あとで調べて知ったんだけど、666はキリスト教では獣の数字とされているらしい。
簡単に言うと、すごく縁起が悪い数字なんだね。
「あ、兄ちゃん。ちょっと、これも会計に入れてくれよ」
「は、はあ」
そう言って出されたのは、十円の駄菓子だった。
変なひともいるものだなあと思いながら、ぼくはその背中を見送ったんだ。
それから一時間ほど経って、ぼくは休憩のときにパンと缶コーヒーを買った。
そして、そのお釣りを見て驚いた。
「……666円か」
いやいや、ただの迷信でしょ。
ぼくはそう思いながら、それを財布に入れた。
すると、サキュバスちゃんがバックルームの整理から戻ってきた。
「センパぁーイ。包材の片づけ、終わ、り、ま……」
なぜか彼女の顔がみるみる青ざめていった。
その視線が、ぼくのうしろに向いて固まっている。
「……どうしたの?」
「あ、い、いえ。な、なんでも、ない、です……」
明らかになんでもなさそうな感じで、彼女は回れ右した。
「あ、まだ、終わってなかったなーって。ちょっとわたし、バックルーム戻りますね。( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \」
「ちょ、サキュバスちゃん!?」
自分の背後を見るけど、特になにもない。
いったい、なんなんだ。
「うっす。トシオさん。外の掃除、終わったっす」
「あ、オークくん。お疲れさま。ゴミ箱はどう?」
「まだ空っぽっす。それでトシオさん。来週のシフトなんす、け、ど……」
オークくんの顔が、サキュバスちゃんと同じように固まった。
「……自分、ゴミ箱の片づけに行ってくるっす」
「待って、オークくん! いま空っぽって言ってたよね!」
「い、いま満杯になったっす」
「ちょ、ちょっと!」
こ、これは……。
ぼくがうすら寒いものを感じていると、エルフちゃんがシフト交代でやってきた。
「あ、トシオ。お疲れさ、ま、で……」
「え、エルフちゃん……」
彼女も同じように、青い顔でぼくのうしろを見ている。
すると突然、エルフちゃんはぶわっと涙を流してぼくの裾を掴んで引っ張った。
「と、トシオ! やだ、やだあ――――!」
「だからなんなの!?」
「う、うちがトシオを守るん! だから、だから死なんで!」
「死ぬの!? ぼく死んじゃうの!?」
それから数日後。
なんかサラマンダーくんがなんとかしてくれたらしいんだけど、結局なにが起こっていたのかはわからなかったとさ。
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