第55話 エルフと販促活動②
そして、エルフちゃんが仕事を終えて帰ったあとのことだった。
「ハバネロ肉まんください」
「あ、はい」
「あ、ハバネロ肉まんありますか?」
「はい」
「ハバネロ肉まんふたつ」
「は、はい」
帰宅ラッシュのピークを終えて、ぼくのシフトの交代の時間になった。
これからの準夜勤シフトはオークくんと姫騎士ちゃんの時間だよ。
「うっす。お疲れっす」
「オークくんもお疲れー。それにしても、今日はやけに肉まんが売れたねえ」
特にいつもは売れないはずのハバネロ肉まんが、今日は変に売れていたんだ。
と、オークくんが微妙な顔で言った。
「うっす。それなんすけど……」
「どうしたの?」
と、そこへ事務所にいた姫騎士ちゃんが呼んだ。
「トシオどの。店長から電話だ」
「え? はーい」
どうしたんだろうか。
子機を耳にあてると、店長の金切り声が飛び出した。
『トシオ! これ、どうなってんの!』
「な、なんですか」
『なんですか、じゃないよ! うちのコンビニがネットでさらされてんだけど!』
「えぇ!?」
そこへオークくんがスマホの画面を見せてきた。
「トシオさん。たぶん、これっす」
その画面を見て、ぼくは目を剥いた。
そこにはなぜか、ハバネロ肉まんを持って嬉しそうに口を開けるエルフちゃんの姿がアップされていたんだ。
『このコンビニ、店員が商品食ってんだけどwww』
うわーお。
あのとき、まさかお客さんに見られていたなんて!
「す、すみません!」
『すみませんで済むことじゃないよ! 一回こういうイメージがついちゃうと、なかなか戻らないんだから。あぁ、もう。本部からなに言われるか……』
「ど、どうなっちゃうんですか」
『最悪、エルフちゃんを解雇するしかないね』
「うえぇ!?」
それはいけない。
だってエルフちゃんは確かに衝動的で食べ物に目がなくて意外にがめついけど、決して悪い子じゃないんだ。
いつも真面目に頑張っているし、なにより彼女が悲しむ顔なんて見たくない。
「そ、そこをなんとか……」
『ならないものはならないよ。……ハア。新年早々、こんなことになるなんて。もう、とにかく今日は売り上げが悪いだろうけど、明日から対策をなにか……』
「え?」
ぼくはふと、今日の売り上げデータを確認した。
「……店長、いま、前年度比1.24です」
『は?』
特に肉まんの売り上げが凄まじい。
オークくんがネット記事を読みながら、眉を寄せた。
「あー。なんか、エルフちゃんを見て肉まんがバカ売れしてるって速報記事も出てるっすね」
「だ、そうですけど……」
『…………』
店長はしばらく沈黙していた。
――そして翌日。
「……肉まんを食べればいいんですか?」
ぼくと店長の言葉に、エルフちゃんが首をかしげる。
時間は夕方のピーク前。
ぼくらはエルフちゃんに、ほかほかのハバネロ肉まんを差し出した。
「うん。ただし、店の制服は脱いで店の前で食べてね。あ、なくなったらこっちに取りに来て」
「わーい。よくわかんないけどラッキーなん!」
そうして、エルフちゃんを使った販促活動は幕を開けた。
いやあ、売れる売れる。
お腹を空かせた学生さんたちが、エルフちゃんを見て次々に肉まんを買って行くね。
でも、それも三十分も経つとエルフちゃんが音を上げた。
「も、もう無理なん!」
「エルフちゃん。頑張って!」
「あ、あう……」
ちなみにおかげさまで、エリア別週間MVPを獲得して店長からボーナスが出た。
いやあ、エルフちゃんさまさまだね。
まあ、彼女がしばらく肉まんをあげたら逃げ出すようになってしまったのは言うまでもないんだけど。
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