第53話 エルフと一年の終わり
そわそわ。
そわそわ。
「エルフちゃん」
「な、なんですか?」
「まだだよ」
「う……っ」
コンビニの事務所。
ここがバイトの休憩所でもある。
大晦日の夜。
ぼくとエルフちゃんは、テーブルに置いたカップそばを前にして向かい合っていた。
まだお湯を入れて一分も経っていないのに、エルフちゃんは我慢ができなさそうだった。
まあ、こんなに狭いところじゃ、このスープの香りには抗えないよねえ。
「……エルフちゃん。よだれ」
彼女はハッとしてそれを拭った。
いやあ、本当に食事に関しては素直な子だなあ。
「それにしても、もうシフト終わりでしょ? 帰らなくていいの?」
「か、帰ってもひとりなので……」
「あー。そっか。お正月はエルフの里には帰らないの?」
「あ、お父ちゃ……、いえ、父は帰ってこいって言ってたんですけど……」
「けど?」
「なんとなく、こっちで過ごそうかなって……」
「へえ。あ、もしかして学校の友だちと初詣に行きたいとか?」
「そ、そんな感じです」
なんでかエルフちゃんの視線がさまよっている。
ずいぶんと今日は落ち着きがないな。
「そういえば、エルフの里の年越しってどんな感じなの? やっぱり家族と?」
「いえ。エルフは長寿種族なので、あまり年越しという感覚はピンとこないんです。でも森の霊気が高まるので、それぞれ好きな場所でその空気を感じながら過ごします」
「へえ。じゃあ、むしろひとりとか恋人と?」
「あ、そんな感じです」
エルフちゃんと視線が合った。
彼女はほんのりと頬を染めると、ふいと視線を逸らした。
うーん?
なにか失言でもしたかな。
「あ、そろそろいいと思うよ」
「そ、そうですね!」
エルフちゃんがいそいそとカップそばのふたを開けた。
もわっとした湯気にあてられて、エルフちゃんの頬がにまにまと緩んでいる。
天ぷらの袋を開けながら、それをスープの上に落とした。
ぼくもカップを開けると、スープを吸って膨らんだ天ぷらがこんにちはした。
「トシオは先にのせるんですね」
「うん。出汁を吸っておいしいからね」
「な、なるほど。勉強になります」
大袈裟な。
でも、そうだなあ。
今年はエルフちゃんにいろいろ教えているうちに終わったような気がするね。
いつもより大変な気がするけど、それ以上に楽しかったな。
来年もこんな気分で年越しできればいいんだけど。
エルフちゃんはそこらへん、どう思ってるのかな。
まあ、こんなこと聞くのは恥ずかしいから聞かないけど。
「と、トシオ。どうしたんですか」
「え、いや。ぼうっとしてたよ」
とうとう我慢できない様子で割り箸を構えるエルフちゃんに苦笑しながら、ぼくも割り箸を割った。
「「いただきます」」
ずるずるとそばをすすると、エルフちゃんがふにゃりと破顔した。
「ぷはあー。やっぱこれやね!」
「……エルフちゃん。おやじくさい」
「お、オジサンやないもん!」
「あ、こっちの七味いる?」
「いる!」
エルフちゃんは浮き浮きしながらぼくのぶんの薬味を投入した。
ちょっと、こればかりは理解できないなあ。
まあ、いいか。
エルフちゃんが額に汗を流しながらスープに口をつける様子を見ながら、ぼくはそう思った。
そして食べ終わって、エルフちゃんはアパートに帰る。
ちなみにぼくはこれから深夜勤に入るんだ。
いっしょに店の前のゴミ箱に空のカップを捨てていると、ふと遠くからあの音が聞こえた。
……ゴォーン。
「あー。除夜の鐘、いつ振りに聞いたかなあ」
いつもこの時間、だいたい店の中にいるからね。
「あ、あの。トシオ……」
「なに?」
「えっと、その……」
彼女はきょろきょろ周りを見回すと、声を小さくして言った。
「……朝になったら、いっしょに初詣行かん?」
「え?」
「あ、えっと、疲れてるんやったら、いいんやけど……」
エルフちゃんが口元をマフラーにうずめてしまった。
たぶん顔が赤いのは、あの辛いスープのせいだけじゃない。
ぼくは彼女に笑いかけた。
「いいよ。ぼくもひとりで行くのは寂しいからね」
エルフちゃんはパッと顔を輝かせた。
「じゃ、じゃあ、あとで迎えに来るん!」
そう言って、彼女は手を振りながら走っていく。
ぼくはそれに手を振り返しながら、コンビニに戻っていった。
ちなみにエルフちゃんが寝坊して、結局、初詣先に着いたのは昼過ぎだったとかいう話はまた今度の機会に。
みなさん、よいお年を。
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