第51話 サキュバスと日用雑貨棚の隅っこ
あるシフトのとき、サキュバスちゃんが近寄ってきた。
「ねえ、センパぁーイ」
「な、なに?」
「さっきのお客さんがぁー。タバコを返金したいって言いだしてぇー」
「あ、そうなんだ。未開封だよね?」
「はぁーい。それでえ、このレシートってどうやって処理するんでしたっけぇー」
「これはね。えっと、その……」
むにゅ。
むにゅむにゅ。
腕に柔らかいものが当たっている。
いや、押しつけられている。
振り返ろうとして思いとどまる。
顔のすぐそばに彼女の息遣いを感じて、とてもじゃないけど顔は動かせない。
これはいけない。
「さ、サキュバスちゃん。ちょっと、近いかなーなんて」
「えー。そんなことないですよぉー。センパイ。もしかして照れ屋さんですかあ?」
「そ、そんなことはないんだけど」
さらに押しつけられる。
この子、さすが社会人経験があるだけあって仕事の覚えは早い。
でもサキュバスだから、こうやってちょっと誘惑的になっちゃうところがあるんだ。
亜人さんの特性をどうこう言うつもりはないけど、やっぱりスタッフの風紀が乱れているのはクレームのもとになっちゃうからね。
「あのね、サキュバスちゃん。確かにきみはアイドルだし、そういう部分を売りにしてるグループのメンバーだってわかってるんだ。でも、ここにいるうちはここのルールに従わなきゃダメだよ?」
「むぅー。センパイ、ちょっとプラトニックすぎませんかぁー」
プラトニックって……。
「ま、まあ、ここで働く以上は身だしなみにも気をつけないと。ほら、サキュバスちゃんって胸元も開いてるし、髪も長いならうしろでまとめないと」
「ちぇー。わかりましたよぉー」
彼女は制服のファスナーを上げながら、渋々と髪留めのゴムを買いに日用雑貨棚へ歩いていった。
ハア。やれやれ。
今日はエルフちゃんが休みでよかった。
あんなところ、彼女に見られたら大変だよ。
いや、べつにただのバイト仲間なんだから見られて困るって言うのは言葉のあやで、えーっと……。
「センパぁーイ。これ、すごく可愛いゴム見つけましたぁー」
「え?」
サキュバスちゃんが浮き浮きしながらそれのお会計を済ませてしまった。
その箱を見て、ぼくは固まる。
「これって、なんですかぁー。他のシュシュとかと違って箱入りですしぃー。なんか蝶々のデザインで可愛いですよねぇー。でもこの0.03ミリってなんの表記なんでしょうねぇー」
「ちょ、さ、サキュバスちゃん……?」
もしかして、またからかってるのかな?
さすがにこれは度が過ぎているというか、悪趣味というか……。
でも彼女、なんのためらいもなくその箱を開封した。
「さ、さきゅ……!?」
「うわぁー。なんですか、これぇー。一つずつ梱包されてますねぇー。なんか変なのー」
――ビリッ。
「……あれ。なにこれ?」
それを見ながら、不思議そうに首をかしげている。
え、演技じゃない?
「えーっと、それはね……」
ごにょごにょ。
「え?」
途端、彼女の顔が真っ赤になった。
「い、いやあ――――!」
ガツーン。
その箱は見事にぼくの額に命中した。
そしてサキュバスちゃんは疾風の勢いで事務所に飛び込んで行ってしまう。
「……な、なんだったんだ?」
もしかして、あの子……。
いや、まさかね。
だってサキュバスだし、いつも経験豊富な感じのこと言ってるもんね。
ハア、でもひどい目に遭ったな。
はやくこの箱を片付けないと、お客さんが来たら大へ、ん……。
「…………」
「…………」
いつの間にか、エルフちゃんがレジの前に立っていた。
制服姿のところを見るに、学校帰りに寄ってくれたのかな?
でも、おかしいなあ。
まるで黒いアレでも見るかのように目が冷たいぞー。
「……トシオ」
「う、うん?」
「その手に持っとるんは、なに?」
「あ、あぁ。これ? 実は髪留めのゴムと間違っちゃってさあ。なんちゃって。アハハ……」
エルフちゃんが手を上げた。
途端、サラマンダーくんが決め顔で発火した。
もうほんと勘弁してよ!
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