第50話 エルフと後輩④


 そわそわ。


 大丈夫かなあ。

 駅前の店舗に入って二時間。

 ようやく店長から上がりの許可が出た。


「トシオ。ありがとな。こっちはもう大丈夫だ」


「はい。お疲れさまです!」


 ぼくは退勤のスキャンをすると、急いで店を出た。


 スクーターで数分。

 いつもの店に戻ってきた。


「エルフちゃん。大丈……」


「センパァ――――イ」


 店に入った瞬間、なぜかサキュバスちゃんが飛びついてきた。


「うわ、ど、どうしたの!?」


「聞いてください、聞いてくださいよぉー」


「わ、わかったから、ちょっと離れて、ちょ……」


「えぇー。どうしてですかぁー。わたし、センパイとくっついてたいなぁー」


 だから、それがまずいんだって!

 制服の上からだとわからないんだけど、やっぱりサキュバスだけあってプロポーションは抜群だ。

 もうなんか首に回った腕の感触はすべすべだし彼女のうなじのあたりから甘い香りがするし胸のあたりにはこう柔らかな感触がむにむにとあーむにむにと。


 こ、これは、意識が遠のいて……。


「ちょ、ちょっと待った!」


「あん!」


 慌てて彼女を引き剥がした。

 こんなところでサキュバスに魅了されたら社会人として終わってしまう!


「……センパイ。もしかして女に興味ない系?」


「ち、違うよ!」


「ですよねぇー。だってすごく顔赤いしぃー。ちゃんと反応してるしぃー」


「い、いいから! ぼくがいない間、なにもなかった?」


 慌ててズボンを整えながら言った。

 すると彼女、なんだか微妙な顔で事務所のほうを見た。


「……あー。それなんですけどぉー」


「え?」


 ドアを開けると、エルフちゃんが真っ白に燃え尽きていた。


「うわあ! どうしたの!?」


「あ。と、トシオ……」


「え、エルフちゃん。意識をしっかり!」


「う、うち頑張ったん。で、でも……」


 すっと数枚のレシートを差し出された。

 その裏面に、なにか小さな文字がびっしりと書かれている。


「……こ、これは!」


・チキン入れ忘れ。

・お釣りの渡し忘れ。

・タバコの銘柄間違い。

・宅急便の住所間違い。

・おでんひっくり返し。

・子どもと衝突。

・サラマンダー暴走。


 etc.etc……。


 サキュバスちゃんが「きゃはっ☆」と可愛い子ぶりながら言った。


「それ、ぜんぶクレームの電話でぇーす」


「えぇ!? この二時間の間に!?」


「はぁーい。なんかぁー、すごく忙しくてぇー」


 彼女はまったく悪びれる気配がなかった。


 あ、あり得ない。

 いくら新人とは言っても、ここまでやらかすひとはいないはずだ。


 なるほど。

 エルフちゃん、このクレームの処理に奔走してくれたんだね。


「あ、違います、違います」


「はい?」


「それぇー、ぜんぶそのエルフっ子のクレームでぇーす」


「…………」


「はぁー。まったく、電話対応とか疲れましたぁー。ま、わたしの魅了があればクレーマーもすぐ大人しくなりますけどぉー」


 エルフちゃんが、弱々しく手を伸ばしてきた。


「と、トシオ……」


 ぼくはその手を、がっしりと握った。


「エルフちゃん」


「うち、頑張ったん……」


 あぁ、わかってる。

 きみの気持ちはよくわかるよ。


 ……でもね。


「もう一回、『研修中』の札つけようね」


「あうん!?」


 この子に後輩の指導ができる日は、いつ来るんだろうねえ。

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