第48話 エルフと後輩②


「ねえ、センパーイ」


 サキュバスちゃんが甘い声ですり寄ってきた。


「ど、どうしたの?」


「このおー、雑誌の入荷のときの手順なんですけどおー」


「あぁ、これね。これはまず検収の印鑑を……」


 説明が終わると、サキュバスちゃんが明るい声を上げた。


「わあー。センパイ、教えるの上手ですねえー」


「そ、そうかな」


「そうですよおー。さすがキャリア長いですよねえー」


 ぐさ。


 それは、あれかな。

 遠回しにこの歳でフリーターなのをいじられてるのかな。


「そんな顔しないでくださいよおー。頼れる男のひとって素敵だと思いますうー」


「あ、ありがとう」


 うーん。

 こう、悪い気はしないんだけど、なんだろ。

 こうも褒めちぎられると、むしろ裏がありそうで怖いな。

 それにこの子はサキュバスでアイドルなんだ。

 リップサービスなんて得意中の得意なんだろう。


「…………」


 いや、それは疑いすぎかな。

 もし本心で言ってくれてるなら、彼女の本心を踏みにじることになってしまう。

 それにサキュバスだからとか、差別的でよくないよね。


 まあ、真に受けすぎるのもいけないけど。


「トシオ。鼻の下、伸びてますよ」


 うおおう。

 エルフちゃん、いつの間にうしろに……。


「あと、なんかキモいです」


 うわあい。

 なんかすごく言葉の温度が冷たいなあ!

 まあ、自業自得なんだけどさ!


「ねえ、センパーイ」


「うわ、今度はなに?」


「あのおー。裏のドリンクの在庫のことなんですけどおー」


「あぁ、うん。ちょっとエルフちゃん。レジのほうお願いしていい?」


 じろり。


 ひい!?


「じゃ、じゃあ、お願いねえ。ハハハ」


 バックルームで作業をしていると、サキュバスちゃんがお尻をふりふりしながら聞いてきた。


「センパイってえ。あのエルフっ子と、どういう関係ですかあ?」


「え?」


 あまりに意外な言葉に、つい素で聞き返してしまった。


「そ、それはどういう意味?」


「えぇー」


 彼女はにんまりと笑うと、そっと肩に手を置いてきた。


「わたしい。センパイのこといいなって思っちゃってえー」


「へ、へえ。それは嬉しいなあ」


「ちょっと、わたしとイ・イ・コ・ト、しません?」


 するすると彼女の手が肩から下がっていく。


 こ、これは……。


「さ、サキュバスちゃん? あんまり、からかわないでほしいなあ」


「ひどおーい。わたし、本気なのにいー」


「ま、まだ仕事中だよ」


「だから、いいんじゃないですかあー」


 そっと身体を密着させてくる。

 狭い通路のせいで、身動きが……。


 気がつくと、甘い匂いが漂っていた。

 ふらふらと意識が飛びそうになった瞬間だった。


 ビィ――――――――!


 ヘルプのブザーが鳴った。

 バックルームには、レジが混雑したときのためにこういう機能がついてることがあるんだ。


「あ、い、いけない。レジに行かなきゃ……!」


「ええぇ!? センパァーイ!」


 危ない、危ない。

 うっかりサキュバスちゃんの思惑にのってしまうところだった。


 でも、ちょっともったいな……、ごほん。


 はやくレジに行かなきゃ。


 ≪つづく≫

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