第42話 あのひとたちとクリスマス
エルフちゃんのマンションから、コンビニへ戻ったときのことだった。
「お、バイトくぅ~ん」
甘ったるい声でぼくを呼ぶのは、常連のサキュバスさんだった。
その隣には、ダークエルフさんがいる。
ふたりはうちのコンビニの袋と、近くのレンタルビデオ店の袋を下げていた。
「お疲れさまです」
「いまからー? クリスマスなのに大変だねえ」
「いえ。これから帰るところですけど。おふたりは?」
「今日はねえ、ダークちゃんの家で映画を観るんだー」
「へえ。そうなんですかあ」
こちらの世界にも亜人は増えたが、やはり少ないは少ないのだ。
そんなわけで、近くに住む亜人同士というのは仲がいい傾向がある。
このふたりも、よくいっしょに飲みに行っているらしい。
コンビニの袋の中身はワインやおつまみ、そしてクリスマスのカップケーキが入っていた。
これからきっと、今年のあれこれについて愚痴りあうのだろう。
「でも、てっきりサキュバスさんは男のひとと過ごすんだと思ってましたよ」
「あぁ、そうねえ。わたしもそうしたいのは山々だったんだけどねー。男っ気のないダークちゃんがどうしてもって言うから、わざわざ予定を空けてあげたの」
へえ、そうだったのか。
しかしダークエルフさんはじろりと彼女を睨みつけた。
「よく言うわよ。二日前に男に逃げられたって泣きついてきたのはそっちでしょ」
「ちょっと、そういうことバラすのやめてよー!」
「あーあ。ひとをダシに使ってまで見栄を張りたいとか、本当に困った種族よねえ」
「だ、だってダークちゃんに男がいないのは本当のことじゃない!」
「わたし独り身は平気だもん。会社の飲み会をパスできればなんでもいいの」
なんか大変だなあ。
「ところでなにを観るんですか?」
「あ、ほら。ずっと前の恋愛映画。あの病気の彼女の遺灰をオーストラリアに撒きに行くやつ」
「あー、あれですか。でも、なんでそんな前のを?」
言っちゃ悪いが、いい年した独身女性コンビが見るものではない気がする。
すると、ダークエルフさんが苦笑しながら言った。
「いやねえ。これさ、この子がむっちゃ好きなのよ。確か去年もこれ観てた気がするわ」
「え……」
ちらと見ると、サキュバスさんが珍しく顔を真っ赤にしている。
「い、いいでしょ! ひとがなに好きでもさあ!」
「いや、だって。……ねえ?」
「なによ、その笑い方!」
「サキュバスさん。この映画、えっちなシーンはないですけど……」
「あー、バイトくんもそういうこと言うわけ!? いいもんねー。どうせひとりで寂しいバイトくんも誘ってやろうと思ったけど、やーめた。ほら、行くよダークちゃん!」
「はいはい。じゃあね」
「はい。お疲れさまです」
サキュバスさんはぷんぷん怒りながら、ダークエルフさんを引っ張っていった。
いやあ、意外な一面を見たなあ。
そうして帰ろうとしたとき、ふと脳内にエルフちゃんの声が響いた。
『ねえ、トシオ。トシオ!』
おおっと。
そういえば、この魔法を解除していなかったな。
『どうしたの? っていうか、勝手に頭の中に話しかけるのは……』
『ご、ごめん。でもね、あのね。さっきのプレゼント開けたん。これ、トシオが使ってるボールペンなん?』
『あぁ、そうだよ』
エルフちゃんにあげたのは、ぼくがずっと前に先輩に買ってもらったものと同じタイプのやつだ。
ボールペンにしてはすごく高いんだけど、使いやすいしインクを換えれば長持ちするから気に入っている。
前にエルフちゃんに貸したときに使いやすいと言っていたからそれにしたんだ。
『トシオ、ありがと。うち、すごくうれしい』
『喜んでくれてよかったよ』
『あ、あとね』
『うん?』
『なんか、部屋に大きなぬいぐるみが置いてあったん。サンタさんからのクリスマスカードもついてたんよ。これもトシオなん?』
『え?』
どういうことだろう。
ぼくは部屋になんて入っていないけど。
『えっと、エルフちゃん。部屋に誰か入ってきた形跡はないんだよね?』
『うん。うちの部屋、精霊の加護がついてるから普通のひとは入れんよ。知らんひとが入ったら精霊の魔法で燃やされるん。あ、トシオは大丈夫やけど』
わーお。なにそれ恐い。
でも、それってつまり、ストーカーとかでもないんだよね……。
『そ、そっかー……』
『トシオ。どうしたん?』
『い、いや? じゃあ、エルフちゃん。メリークリスマス』
『うん。メリークリスマス』
そうして、通話は切れてしまった。
クリスマスに、サンタを信じていた女の子のもとに謎のサンタさんからのプレゼントが届く、か。
……いや、まさかねえ。
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