第39話 姫騎士とクリスマス③


 いや、幻聴だった。

 だって姫騎士ちゃんの箒は見事に空振っているし、オークくんもその場から動いてすらいない。


 しかし、なぜかオークくんはその場にうずくまった。


「ぐ、ぐわあ~。やられたあ~」


 うわあ……。

 それはあの『オークくん幼女恐喝事件』に比べれば、まるで幼稚園のお遊戯のような拙い演技だった。

 それでも姫騎士ちゃんは顔を輝かせた。


「や、やったのか……!」


 いや、やられてくださったんだよ。

 でも、ようやくオークくんのしたいことがわかってきたぞ。


「く、自分の完敗っす……」


 そう言って、財布を出した。


「ここに二万円があるっす。これで買えるだけのケーキを売ってくれっす……」


 えぇ!?

 思わず走り寄って耳元に話しかける。


「お、オークくん。さすがにそんなに……」


「いいんす。いまからゼミのみんなとパーティの予定があるんす」


「あ、そう……」


 なんだい。ただのリア充イベントの買い出しだったのか。

 とはいえ、これでけっこうな数が減ったのは間違いない。


 そうして、オークくんは大量のケーキを持ってパーティに行ってしまった。

 ……でも、いくらなんでもあんなにケーキばかりじゃブーイングがすごいんじゃないかなあ。

 まあ、それでも買って行ってくれるのが彼の優しいところだよね。


 とにもかくにも、一応は一件落着かな。

 あれだけ減れば、なんとか今日中に捌けるだろう。


 そして店の中に戻ると、エルフちゃんが寄ってきた。


「トシオ! いま、サンタがいませんでしたか!」


「あぁ、見てたの?」


「はい! レジをやっているうちに、いなくなってしまいました!」


 興奮した様子の彼女は、なぜかサインペンをぶんぶん振っていた。


「……ちなみに、エルフ族的にはサンタはどういう存在?」


「え、よい子にしている子どもたちにプレゼントをくれるひとでしょう?」


 よかった。エルフ族は普通の解釈だ。


「わたしはもう子どもではありませんが、里の妹たちにサインをもらってきてくれと頼まれていたのです。サンタはこっちの世界でしか会えないとお父ちゃんが……」


「はっはっは。エルフちゃん。いくらなんでも架空の人物にサインをもらうのは無理じゃないかな」


 いやあ、エルフちゃんって、ときどき無茶を言うよなあ。


「え……」


 あれ?

 するとエルフちゃんは、手にしていたサインペンを落としてしまった。

 その目には、一切の光が失われてしまっている。


「……サンタって、いないん?」


「あ……」


 ……しまった。

 これは、やってしまった……。

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