第35話 エルフと冬の思い出①


「トシオ。退屈です」


「そうだねえ」


 日曜日の午後三時過ぎ、店内はがらがらに空いている。

 というか、さっきからまったくお客さんが来ない。

 たまにこういう日があるんだよね。


 次の搬入まで一時間。

 仕事もあらかた済ませ、やることも特にない。


 窓ガラスから外を見ると、冬の曇り空の隙間から夕焼けの光が射している。

 うーん、みやびだねえ。


「トシオ」


「な、なに?」


「退屈です」


 エルフちゃんがふて腐れている。

 この子、いつも何かしら動いてないと気が済まないみたいなんだよね。

 前世はマグロかな?


「といってもなあ。掃除も済ませたし、ホットスナックも作っちゃったしなあ」


「じゃあ、なにか面白い話をしてください」


 おーっと。

 今日はいつにも増して無茶ぶり感がすごいぞ。


「……エルフちゃん。もしかして、あのことまだ怒ってる?」


「怒ってないです。すごく怒ってないけど、お詫びにこの退屈を紛らわす小話を聞かせてくれるといいと思います」


「だって、あれはそもそもエルフちゃんが……」


 ぎろっと睨まれる。

 これは素直に言うことを聞いていたほうがよさそうだ。

 またサラマンダーくんをけしかけられたらたまらないもんね。


 というか、この子ってよくわからないなあ。

 魔法の手順のための額にキスは平気なのに、ああいうのは恥ずかしいみたい。


 まあ女の子の基準は、ぼくにはわからないな。


「……そうだねえ。おもしろいかはわからないんだけど、ちょっと記憶に残ってる奇妙な話でもしようか」


「どうぞ」


 ではでは。


「常連さんの中に、とっても冴えない感じのおじさんがいたんだ」


「それはトシオよりもですか?」


「エルフちゃん。いきなり話の腰を折らないでほしい」


 あと地味に気にしてるからやめてほしい。

 やっぱり本当はまだ根に持っているでしょ?


「どんなひとですか?」


「そうだねえ。いつも仕事帰り、このくらいの時間にやってきて発泡酒とおつまみを買って行くひとだったんだ」


「それのどこがおもしろいんですか?」


「まあまあ。話はこれからだよ」


 そうして、ぼくは一年前のあのことを思い出していた。


 そう、それは今日と同じように、お客さんの少ない物寂しい日だった。

 ぼくは、いつものようにレジに立っていたんだ。


 ≪つづく≫

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