第31話 エルフと凍った缶コーヒー事件①


 コンビニのスタッフは基本、常に声を出している。

 入店のあいさつ、お買い得商品のPR、会計、退店のあいさつ、いろいろだ。


 となれば必然的に、のどが渇くわけだ。

 そういうわけでカウンターの裏のお客さんから見えないところに、スタッフは何かしらの飲料を置いていることが多い。


 で、だ。


 もちろんスタッフは何時間も同じ場所にいる。

 大抵のコンビニは、ウォークイン冷蔵庫はレジの反対側にあるだろう。

 つまり当然、常温で置かれた飲料はぬるくなる。


 そしてこれも当然だけど、ぬるくなった飲み物はおいしくない。


 そこで、レジカウンターの内側にある小型の冷凍庫の出番だ。

 これはホットスナックを保管しておくもので、バックルームの大型冷凍庫からとってくる仕組みだ。

 これでレジを離れられない状況でもすぐにホットスナックを補充できるということだね。


 この冷凍庫の隅に、飲みかけの飲料を入れておくことがある。

 もちろんふたのついたもの限定だけど、特に夏場はそのおかげでいつまでも冷たいものを飲めるということだ。


 どうしてそんな話をするのかというと、もちろん今回のエルフちゃんの失敗に関係があることだからだ。


「……うーん。なさそうですけどねえ」


「…………」


「トシオ、聞いてますかー?」


「……あ、う、うん。聞いてるよ」


 すると、その小型冷凍庫に顔を突っ込んでいたエルフちゃんがこちらを見た。


「どうしたんですか?」


「えーっと……」


 言ってあげようか。

 いや、でもなあ。

 こういうのを口にするのって、けっこう勇気がいるよね。


 エルフちゃんが小首をかしげた。


「まあ、いいです。もう一回、探してみます」


 そう言って、再び冷凍庫に顔を突っ込んだ。


「あー。涼しー」


 非常にうれしそうな声である。


 でも、やっぱりそれが目当てか。

 確かに今日は、なんか蒸し暑くてまいっちゃうもんね。

 コンビニって快適なイメージがあるけど、カウンター内には温まった揚げ油やホットショーケースがあるからけっこう暑かったりする。

 つまりエルフちゃん、仕事にかこつけてひとりで涼んでいるというわけだ。


 いま、エルフちゃんは小型冷凍庫の中の賞味期限切れの商品を確認しているところだ。

 次から次に補充するから、意外に奥のほうに転がり込むと見落としてしまうことがある。


 でもなあ。


 ぼくは眼前で揺れるものを、できるだけ直視しないように努めた。


 ふりふり。


 この小型冷凍庫、大体においては足元にある。

 つまり中を確認するためには、しゃがむ必要があるのだ。


 でもこのお嬢さん、なぜか四つん這いで顔を突っ込んでいる。

 まあ、そのほうが身体に負担がないのはわかるんだ。

 わかるんだけど……。


「どうしたんですか? なんか顔が赤いですけど……」


「あのさ、エルフちゃん。ひとつだけ、心して聞いてほしいんだ」


「はい?」


「……短いスカートでその体勢はよくないと思う」


 エルフちゃんは、そっと自分のお尻を確認した。


「…………」


 彼女はみるみるうちに顔を真っ赤にすると、ガバッと立ち上がった。


「~~~~!」


「あ、痛い! エルフちゃん、ぼくのせいじゃないってば!」


「ゔ~~~~!」


「待ってエルフちゃん、店内でサラマンダー召喚しちゃダメ!」


 エルフちゃんを慌ててなだめながら、ぼくはなぜか安心していた。

 あぁ、この娘にも恥じらいってあったんだな。


 ≪つづく≫

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る