第16話 オークと注文の多いお客さん
コンビニに来る家族連れには、たまに子どもが商品を自分の手で持って帰りたがることがある。
「これはぼくのアイスだ!」という心理だね。
そんなとき、だいたいは店舗のシールを貼って渡してあげる。
でも例えばレジが混み合っているような時間帯だと、なかなか満足のいく接客ができるわけではない。
その日もまた、お客さんがとても長い列をつくっていた。
いつもは子どもに優しいオークくんも、そのときばかりはそのアイスを他の商品といっしょに詰め込んだ。
隣のレジから横目で見ていたぼくだって、その選択は正しかったと思う。
だってその家族連れのうしろには、まだ数組のお客さんがいたんだ。
なによりも『早い』ことを期待されるコンビニのレジでは、シールを貼るワンアクションが何にも代えがたいことだってある。
しかし、そんな事情が子どもにわかるわけがない。
その男の子はにこにこと笑いながら、オークくんに言った。
「このくそやろう」
ずどーん、である。
ぼくは予想外の言葉の強襲に耳を疑った。
子どもはその無邪気な笑顔を崩さずに、さらに「このくそやろう」を連呼していた。
漫画かなにかで覚えてきたのだろう。
とても楽しそうだった。
お母さんがその子どもを軽くたしなめるが、その程度では止まらない。
「…………」
オークくんは暗い顔のまま、そのアイスをむんずと掴んだ。
そしてシールを貼ると、そっと男の子に持たせてやった。
しかし調子に乗った男の子は「このくそやろう」と言いながらご機嫌に店を出ていった。
「お。オークくん……」
レジが空いたころに話しかけると、オークくんはこぶしを握った。
「……自分、最低っす。あんな子ども相手に、怒りを覚えるなんて……」
「そ、そんなことないよ。ちゃんと怒らない親も悪いと思う」
「いえ。自分、いま大学のレポートがうまくいってなくて。……これじゃ八つ当たりっす」
「オークくん……」
ぼくだったら、きっとあの男の子の親御さんに陰口のひとつでも言ってるだろう。
オークくんは、本当にいいやつだな。
「あのう、レジいいっすか」
「あ、はい!」
それから再びレジが混んできた。
ぼくらが必死にお客さんをさばいていると、ふと見慣れた甲冑姿の女の子がやってきた。
姫騎士ちゃんはこの忙しい時間帯にやってくると、胸を張ってオークくんに告げたのだった。
「フライドチキンを三つ! 揚げたてが食べたいので、いますぐつくってくれ!」
オークくんがキレたのは、後にも先にもこのときだけだった。
それ以来、オークくんを絶対に怒らせないことがみんなの中での暗黙の了解になった。
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