第5話 オークと姫騎士①
うちのコンビニには、エルフちゃんの他にも異世界人が働いている。
ひとりはオークくんだ。
ここでのバイト歴に関しては、ぼくに次ぐ二番目になるかな。
ご想像の通り、とても大きな身体の男の子だ。顔もちょっと年齢にはそぐわない凄みを持っていて、その筋のひとに間違われることも多い。大概のひとは彼を「すごく恐そう」って言うけど、ぼくは本当はそんなひとじゃないって知っている。
あれはまだ、彼が入って間もないころのことだった。
ある女の子向けアニメとのコラボフェアをやっていて、対象のお菓子を買うごとにくじが引けるというものだった。景品はいろいろあったんだけど、目玉はやはりヒロインが使っていたっていう魔法のステッキの玩具だった。
そしてある女の子が、それを当てたんだ。
よほど嬉しかったんだろう。女の子は誰かれ構わずステッキを振り回して魔法の呪文を唱えていた。お客さんたちは迷惑そうにしていて、少女のお母さんも慌てて頭を下げていた。
そのとき、ちょうどバックルームからオークくんが出てきたんだ。
女の子は反射的に、ステッキを彼に向けて魔法の呪文を唱えた。とっさのことだったのに、オークくんは胸を押さえ、その場にうずくまった。
「ぐ、ぐわああああ。やられたあああああああ」
彼は迫真の演技で、やられ役を演じて見せたんだ。
それはまさに名俳優も舌を巻く、圧巻の演技だった。さすがオークくん。なんでも全力で取り組む粋な男だ。
結果、女の子がマジ泣きした上に粗相をしてしまうという未曽有のパニックに陥った。噂によればその子はステッキがトラウマになり、アニメすら観れなくなったということだ。あの事件に関しては、いまでも『オークくん幼女恐喝事件』として古参の中で語られている。
でも、ぼくだけは知っている。
シフトが終わったあと、事務所の椅子に腰かけて寂しそうに監視カメラの映像を見ている彼のことを。何度もあの場面を再生しては、
「……自分、恐えっすね」
と、つぶやいていた彼の背中を。
ぼくはそれまで、彼のことは近寄りがたいひとだと思っていた。でも、その事件をきっかけに、ぼくは彼が本当はこころ優しい男だってわかったんだ。
まあ、あのときはぼくもうっかりちびりかけたんだけど、それは誰も知らなくていいことだ。
≪つづく≫
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