第3話 言葉なき懺悔

 夜の静けさは森の異様な静まりを一層目立たせて、薄暗かった昼間にも増して不気味だった。エクスとレイナは薪置き場の手前に屈みながらきょろきょろと周囲を見回す。 不審な動きをする影は今のところ見られない。遠くから狼の遠吠えが響く。エクスは夜空を見上げると、月が不気味な光を湛えながら、雲を避けるように顔をのぞかせていた。

 「こんなところに二人きりなんて、きっと心細かっただろうね」

 エクスは呟いてレイナの方を向く。レイナはエクスを一瞥してからふり返り、窓から家の中の様子を見つめ、家の明かりが消えていることを確認した。ヒンヤリとした風が木々を揺らし、こつ、こつ、と何かが嘴で木をつつく音がする。レイナは音の先を凝視しながら、「そのことなんだけど」と言った。

 エクスはきょとんとしながらレイナの横顔を見る。

「この家からカオステラーの気配がするの」

 彼女は眉間にしわを寄せ、深刻そうに口を開いた。エクスは驚き、部屋の中に目を向ける。家の明かりは相変わらずついておらず、静まり返っていた。

「シェインとタオが……!」

 レイナは叫びかけたエクスの口を塞ぐ。

「落ち着いて。シェインは気づいているわ。気づいていなかったら二手に分かれたりしないでしょう?」

 森がざわめく。柵の向こう側の藪を何かがかき分ける。エクスは身構え、空白の書を開く。あちこちから同じような音がして、レイナは家の扉を開けて中で横になるタオとシェインに向けて「ヴィランよ!」と叫ぶ。

「すごい数だよ!早く!」

エクスが扉の前でざわめく森を睨みながら叫ぶ。二匹のヴィランが顔を出し、柵を潜ったり、飛び越えたりしながら家に近づいてくる。飛び起きたタオはシェインを揺すり起こし、二人は家の前に飛び出した。

 ヴィランは森の至る所から現れて唸り声をあげた。一同は即座に運命の書に導きのしおりを挟み、姿を変える。巨大な鎧のヴィランが二匹と、杖を構えたヴィランが無数に周囲を取り囲む。四人はたがいに背中を合わせながら敵の様子を伺う。鎧のヴィランが初めに動き出し、ゆっくりと窓をめがけて歩き出す。同時に残りのヴィランは杖を掲げて魔法を放つ。一定の距離を取りながら、夜の森の影に隠れた闇魔法が四人めがけて飛んでゆく。

 四人は二手に分かれて窓の方へ向かうヴィランの方へ走り、魔法ヴィランの球を誘導する。鎧のヴィランは背中に魔法を受けて驚き、一瞬動きを止めた。刹那、四人は鎧ヴィランを挟み撃ちにして、柵の方へと押し戻した。杖を持ったヴィランは二手に分かれてそれぞれの背後について魔法を放つ。魔法は先ほどよりも正確に背後を狙い、反応に遅れたシェインとレイナが被弾した。二人の名前を呼ぶ声が森に響き渡る。鎧のヴィランが体勢を立て直して立ち上がり、タオに向けて槌を振りかざす。盾から鈍い振動が手を伝い、思わずタオがのけぞると、その後ろから魔法がタオを襲う。各々が家から引き離され、隙を見計らったようにヴィランの一匹が家の扉に手をかけた。咄嗟に手を伸ばしてシェインが引きはがすと、ヴィラン達は一斉にシェインに群がった。

 タオは体勢を立て直すとシェインに近づく鎧のヴィランを背後から槍で突き、ひるんだのを見計らって栞を切り替えたエクスが魔法を放つ。鎧のヴィランは呻き声をあげてうずくまり、魔法ヴィランも半数がエクスとタオに狙いを定めた。その隙間を縫ってシェインが弓を放ち、ヴィラン一匹の頭を貫通した。シェインの背後を取るヴィランが魔法を放とうとすると、レイナが離れた場所から呪文を唱えて魔法を放つ。地面から勢いよく放たれる光の柱はヴィラン達を根こそぎ吹き飛ばし、そのほとんど殲滅した。一匹が立ち上がって森へ逃げようとするのを、シェインとエクスがそれぞれ魔法と弓で追撃し、ついに最後のヴィランも倒れた。

 「今回のはさすがに堪えたな……」

タオは体をほぐしながら言う。

「大丈夫だった?レイナ、シェイン」

エクスが心配そうに訊ねると、レイナは軽くうなずき、シェインは親指を立てた。エクスが安堵の表情を浮かべる。

 一行が家と薪置き場の中間あたりまで集まったところで、家の扉が大きく開かれ、ヘンゼルが必死な形相で顔を出した。青ざめた顔に目一杯涙を湛えながら、「大丈夫ですか!」と叫ぶ。エクスは微笑み、手を振って反応した。一行の無事を確認したヘンゼルは、安堵のあまり力が抜けたのか、その場にへたり込む。一行が家の前まで近づくと、ヘンゼルは鼻を啜りながらタオの足に抱き着いた。一行は顔を見合わせる。

 タオは嗚咽しながら鼻を啜るヘンゼルの頭を撫でながら、「ほら、安心しろよ。ガキは寝る時間だぞ?」と、ヘンゼルを諭す。

 ヘンゼルは手を離して涙をぬぐい、深く頭を下げて自室に戻っていった。

 ヘンゼルが部屋に戻ってすぐ、シェインとタオが見張りを交代することにした。シェインはいったん家の前で扉を閉め、「さて」と言って顔を下す。

 「どうやらカオステラーはすぐ近くにいるようですよ」

 シェインの言葉にレイナは頷き、エクスは下を向いた。タオは驚いて前のめりになる。シェインは風の音が激しくなるのを見計らって続けた。

「今から、少しだけ聞いていたことを話します」

 背筋に寒気を感じたエクスが唾を飲み込む。シェインは激しい風が吹き荒れる時を見計らって、少しずつ語りだした。

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