休戦 彼岸花
空が高く。雲が薄く。朝夕は少し肌寒くなって、秋の兆しが見え始めた。
今日は久々に丸1日なんの仕事もない。若頭なんて役目についてから、雑用をしなくてよくなったのはいいけれど、休みがないのが厄介である。
特に数字にも文字にも弱い自分は書類関係の仕事がどうにも苦手で、苦労する。
正直、刀や、銃を振り回しているほうが得意だし、なにより興奮するのだ。
さて、せっかくの休みだ。今日は1日中先生のところに入り浸ろうではないか。大方、紙と筆とにらめっこしているのだろうし、差し入れに和菓子でも持っていこう。
なんたって、ディスティニーなんだから。きっと彼も喜んでくれるだろう。
がらっ。
「わっ。なんだ。お前さんか。」
先生の声は小さめで、低くて、心地よく耳たぶを打つ。のんびりと温かくて、そう。縁側でお昼寝してる猫みたいなかんじ。
この声を聞けるのは珍しい。なんたって、怒って怒鳴るときは全然違うから。
「あれ?先生、今日は出掛けるの?」
玄関に座る先生に少し驚く。先生は売れっ子の小説家さんなので、ほとんど毎日、家で執筆している。色も白いし、根っからの引きこもり体質なんだと思っていたのだが。
「ああ。今はお彼岸だからね。」
「……おひがん……?」
「えっ。何、知らないの。お墓参りとか行ったことあるだろう?」
「いや、うちの兄貴はちょっと抜けてて……。」
「兄貴のせいにするんじゃねぇよ。てか、何、お兄さんいたの。」
草履を履き終えた先生は、赤い花と、お酒の小さな瓶を持って戸を出る。なんにも言ってないってことはついてっていいってことかな。
まぁ、駄目って言われてもついてくから関係ないのだけれど。
「……あのね。俺たちがいるここが
しばらく黙って歩く先生の後ろをついてってたら、ぼそっ。と小さく先生の声がした。いつもの先生の声だ。
「そんでね。彼岸っていうのは、悟りの境地。煩悩や、悩みを越えたところ。俺たちでも六波羅蜜をすればいけるらしいよ。」
「六波羅蜜?」
「六つの修行のこと。」
先生はやっぱり、物知りなんだなぁ。
「まあ、今から行くのはただの墓参りだけどね。」
「その、赤い花はなんていうの?」
いままで花に興味をもったことなんてなかった。でも、先生の腕の中で、毒々しいまでの赤色をして咲いているその花はなんだか、気になってしまった。
「ん。ああ、これは彼岸花。」
「……彼岸花。」
「なんか、お前今日は静かだね。……この花は、死んだ人間に根を張って、水の代わりに血をすすって、しゃれこうべの上に花を咲かせるんだ。だからこんなに赤いんだよ。」
「えぇ!なにそれ!かっこいい。」
「まぁ、嘘だけどね。」
「えっ。嘘……?」
「くくっ。間抜けな顔。」
なんだ。目茶苦茶かっこいい花だと思ったのに。まあ、でも確かにこの赤は血の色じゃ、ないな。生血の色はもっと……
「もっと赤黒いから!」
「…………。そう。」
あれ?なんか先生が目を反らしてる。なんで?私、なんかしたかな。
「せんせぇー?」
「あー、ほら、もういいから。お前も、手合わせとけ。」
言われたとおりに、黙って手を合わせる。しばらくして、そっと顔をあげると、先生はまだしっかり手を合わせていた。下を向いてる先生の表情は良くわからなかったけど。
(私が死んでも、先生はこうやって、私のことを時々は思い出してくれるんだろうなぁ。)
秋風に揺れる彼岸花の赤がとても綺麗だった。
◆◆◆
~帰り道にて~
「はっ(゜ロ゜)!先生との、初めての逢い引き!!」
「いや、断固として認めない。お前が勝手についてきただけだから。」
「ねぇ先生、せっかくだからどっかよって行こうよ!」
「ムリ。眠いし、寒いし、人いるし、はやく帰りたい。」
「……なんと、その角を曲がったら、滅茶苦茶美味しいと評判の甘味所がございます。」
「うっ、」
「……私の、……奢り、です。」
「俺、餡蜜とみたらし。抹茶は濃い目ね。あと、座敷しか座らないから。」
「席、とってくる!!」
「お前の我が儘に付き合ってやるんだから、はやくしろよ。」
(……どっちもどっち。)
彼と彼女の攻防 海 @Aonohana
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