第2戦 馬鹿と兄貴と鉄砲と 

「先生、好き。籍いれよ?」


 「…………。」


 「もう、素直じゃ、ないんだから。分かってるよ。照れ屋な先生のほんとの気持ち。」


 「俺の気持ちは、お前を始めて見たときから変わらないよ。帰ってくれ。そんで、もう来んな。」


 「っ!やだ、先生も一目惚れで、変わらない愛を感じてくれてたの?」


 「……お前さ、耳にうんこでも詰まってんの?」


 「心配しないで、私絶対先生を幸せにする!先生を救うためなら、雨弾刀竹の中でもへっちゃらだから!」


 「作家やってるだけならそんな状況にあわねーよ。」


 「エンコ詰められても、海に沈められても、先生のこと好き!」


 「……。」


 「?先生?」


 「なんか……お前って極道の女なんだなぁ。」


 「えっ//極上の女!?わかってるじゃない!先生大好きっ!」


 「うわっ!はっ、いやぁぁあぁ!!」


 「うぼぇぁ!」


 「てめぇ!!ガキ!何抱き付いて来とんじゃ!?」


 「ふふっ。照れ屋さんなのね。先生ったら、顔真っ赤。」


 「うるせぇー!!てか、お前なんなの?なんで顎にアッパー入れられてそんなぴんぴんしてんの?」


 「びっくりしたけど、これも先生との愛のMemory だから。」


 「……やっぱ、さっきのアッパーでネジ飛んだかな。」








◆◆◆





 着流しの腰に提げた刀を弄びながら、紫煙を燻らせる。正座で、近状報告をする組員の言葉に、欠伸を一つ。


 今日も特に問題はないらしい。つまらない。


 ふっと。馬鹿な妹の顔が頭をよぎった。女だてらに、刀も銃も、握らせれば組員一の腕前なのだから、たいしたものだ。が、なにぶん思考回路が恐ろしく謎で、行動の先が読めない。


 だからこそ、彼女を観察するのは楽しい。


 土下座する男の顔を蹴りあげるよりも、遊廓に繰り出すよりも、ずっといい娯楽である。


 「あのさぁ、海鈴はどうしてんの?」


 「はっ。若頭ですか?あいかわらず、あっちこっち暴れては、綺麗に清算なさってますよ。あっ。でも最近は何かと時間を作るのに必死です。おかげで書類の滞りがなくなりました。」


 「ふーん。その空き時間で、なにしてんの?あいつ。」


 「どこか一般人の自宅に通ってるみたいです。まぁ、毎回楽しそうなので、ショバ代せしめに行ってるわけではなさそうですけど。」


 「そりゃそうだろ。あいつが空き時間まで仕事するかよ。……一般人ねぇ。ちょっとそいつのこと洗っといてよ。」


 「……わかりました。」


 「何?その顔。」


 「いや、若頭、可哀想だなぁと思いまして。」


 「なんでよー。俺、妹思いのいい兄貴なのよ?心配じゃん。」


 「……失礼しました。組長、まるで新しい玩具を見つけたような顔していらしたので。」




 やだん。ばれてる。ふふっ。

 

 さぁーて、楽しくなりそうだね。






◆◆◆




 がらがら。


 戸が開く音に、眠りを邪魔された。締め切り空けて、二日ぶりの布団だってのに、あー。またあのガキ。


 頭から布団をかぶり直す。あいつが何言ってきても、無視してやろう。


 するすると足音なく、近寄ってくる。こういうときに、さすがだな。と思ってしまうから、駄目なのかもしれない。不法侵入だぞ。これ。


 部屋の障子が開く。薄い布団の向こうから光が覗く。うっわぁ。眩しい。


 ガバッ


 布団をはぎおられた。おいおい。流石にやりすぎだろう。ガキ。


 「っ、てめぇ。まじ、俺の血糖値いくつだと思ってん……」


 「うぉー!お兄さん目付き悪いね。極道者かと思っちゃった。」


 低い声。ちゃらちゃら笑ってるくせに、目だけは品定めしてるみたいに、俺の頭から爪先まで観察してくる。

 藍鉄色の着流しに肩から派手な女物の着物を羽織った男が枕元に立っていた。酒の匂いが鼻につく。


 「はっ?えっ、ちょっ、だっ、誰?」


 「まぁ、それは、置いといて。最近うちの妹がお世話になってるらしいじゃん。」


 かちゃっ。


 軽い音が鳴って、黒い冷たい。ナニカ。


 「えっ。はっ?銃?」


 「そうだよー。特に恨みはないけど、親しみもないからさぁ。多分今日もあいつくるんだろ?ご執着だった先生がチャカで死んでたら、どんな反応すんのか、お兄ちゃんもう、ちょー楽しみ!」


 「………………。すごい。ちょっと良く見せて。」


 「はっ?あっ、ちょっ、」


 「うわぁ。結構重いんだね。やっぱ、想像だけじゃ上手く書けないわ。」


 「えっ?まじで?何してんの?」


 「次、心中物の依頼来てて、銃でいこうかなって思ってたから。でもやっぱ、何となく雰囲気があやふやで。」


 「んー?そういうことじゃないんだけど。」


 その時、始めてちゃんとこの男のことを見た。多分、相手も同じだろう。しばらく見つめあってしまった。


 それなりに整った顔立ち。でも軽い雰囲気が其処ら中に巻き散らかされて。常に緩い口元。笑ってるように見える目も、本当はくまなく回りを見ている。


 俺はこいつを知っていた。



 「「お前っ、」」



 がらがら。


 あっ、まさか!


 「紫うんこか!」

 「せんせぇー!おはよう!デートしよう!」


 ああ、今日はまた特別うるさくなりそうだ。

 


 


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