彼と彼女の攻防

第1戦 開戦の狼煙は突然に

「はっはぁはっ。」


 あがる息。もつれる足。流れて落ちる、朱。


 落ち着け。と、自分の粗末な頭に言い聞かせる。冷静に、打開策を探せ。


 自分の組は今、とりたてて大きな組織と敵対はしていない。だから、さっき襲ってきた奴らはただの荒れくれ者だろう。そう、深くは追ってこまい。


 問題は、左腕から流れる大量の赤い液体と、この付近に組の管理している機関がないことだ。どこかで一度、止血しないと。



 ……。緊急事態だ。とりあえず、その辺の民家で水と布を借りて、止血して、組まで帰ろう。後日、感謝と謝罪をするので。


 午前2時。血濡れた姿を見せたら、慌てさせてしまうだろうし、万一、その騒ぎでさっきの奴らが来たら大変だ。幸いほとんどの人は眠っている時間だろうから、こっそり中に入って拝借しようか。



 カラカラ


 まず、水だな。台所は……


 ガタンッ!!後ろからした音にそっと振り替える。ぼんやりとした行灯の光の奥。あまりにも鋭い目付きに背筋がぞわりっと粟立つ。


 ヤバい。この目はヤバい。裏の世界に身をおいてずいぶんたつが、これはヤバい。


 「……。おいっ!くぅぉらぁ!!ガキ。何やってんだてめぇ!?名ぁ名乗れ!!!!」


 「ひっ!神崎組、若頭、神崎海鈴‹かいり›ですぅ!!」


 情けないくらい、跳ね上がった肩のまま、一気に言った。




 これが私と先生の初めての会話だった。





◆◆◆





 「……神崎?っていうとここら一帯の元締めじゃ、ねぇか。……ふーん。」


 「ひっ!あっあの、あなた、は、」


 あっ、ヤバい。血、ながれすぎたかも。


 ふらっ。



 「おっと。ガキ?大丈夫か?おい!」


 受けとめてくれた腕は温かくて、目付きの悪さからは想像できないくらいやさしかった。

 重くなるまぶた。薄くなる意識のなかで、この人の名前聞いてないや。なんて、くだらないことを思った。



 「……ん、んー。んー?」


 鼻をくすぐる美味しそうなにおいと空腹で目が覚めた。でも……


 「んー。ここ、どこぉ?」


 見知らぬ天井。布団かったいし、なんか、体痛い。


 「何。目ぇ覚めたの。じぁ、さっさと帰れガキ。」


 低い声が降ってきて、顔をあげる。伏せた黒くて長い睫毛に縁取られた瞳。どこを見てるのかわからない。ぼんやりとしている。隈もひどいし、寝不足なのだろう。

 昨日のあの目付きの悪さは、もしかすると寝不足のせいなのかもしれない。

 短い髪はぼさぼさで、全体的に気だるげな雰囲気をまとった青年だった。


 「……腕。」


 「へっ?腕?」


 「昨日の傷。見せてみろ。」


 帰れって言ったり、見せろって言ったり。

 あれ?包帯してある。


 「うっわぁ。あんなぱっくりいってたのに、もう治りかけてんじゃん。何?お前、体力ゴリラかよ。」


 えー。この人が手当てしてくれたのか。……変な薬物とか投与されてないといいけど。


 んっ?あれは、


 「『海の華』だ!!しかも初盤!凄い。」


 「あっちょっ、書斎行くなよ!原稿いじられたらたまんないから。」


 「原稿?あんた、作家なの?」


 「あーそうだよ。ほら、もういいだろ?怪我も、なんか大丈夫そうだし、帰ってよ。」


 「あんたも『海の華』好きなの?」


 「ッチ。話聞けよ。ガキ。好きってか、処女作だから、担当さんが持ってくんの。」


 かちっ。とピースがはまる音がした。


 そうか、そうだったのか。

 大好きな小説。

 吹っ掛けられたケンカ。

 近場に組の機関がなかったのも。

 この人が助けてくれたのも。


 「先生!!好き!愛してる!!!!」


 「はぁー?」


 全部、運命なんだ!




◆◆◆


 

 「先生、こんにちは。好き!」


 「ほんとに、おねがいだから帰ってよ。」


 「私、始めて先生を見たときから、ぞわってしたの。今思えば一目惚れしたのよ!」


 「えー。何。話聞かないかんじなの。きついな。」


 「先生の本も大好きで、全部持ってる!もちろん、先生も好きだよ!!」


 「……お前、字読めんだねー。」


 「私が普段はしないようなヘマしたのも、先生の家に入ったのも、そう、すべては私たちが出会うための運命だったのね!」


 「あぁ!まじいいかんじにしろよ!極道の若頭ってそんな暇なのかよ。帰れよ!」


 「そんなわけないじゃん!先生に会うために頑張って時間つくってんの!」


 「ここ一週間毎日きてんじゃねぇーか。しかも勝手に上がり込みやがって。どうやって鍵開けてんだよ。」


 「それは、もう、愛の力で!!」


 「ほんと、帰ってください!」



 



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