第五話 何だか嬉しいぜ!
エゲリアとベティと一緒に歩いてたアタシの耳に、大きい音が突っ込んでくる!?
金属が引き千切られる様な音と、分厚いガラスが一斉に割れる音だ。そしてグラグラっと、飛空艇は揺れまくった。
!? な、何だぁっ!?
エゲリアは『!?』な顔に、ベティはビックリしまくった顔になった。アタシはベティっぽい顔になってる感じ?
エゲリアの頭にある犬耳が忙しく動く。何か聞いてるみたいだ――。
彼女は眉間にシワを寄せると、スッゲー『???』な顔になった。
「この感じ……乱気流や落雷ではありませんわ。でも、おかしいですわね――この羽音……今は
エゲリアは走り出した――アタシもベティも彼女の後を追う!
そしてアタシらは
風がチョー強い! そしてアタシは
ソイツらは飛空艇の装甲を齧ってぶっ壊していく――アチコチで爆発や火災が起こる。マジでヤバイって感じだ!!
「行くぜ、アルト!」
<<ええ、ベッキー!>>
アタシはアルトを鞘から抜いた――そしてソイツらに飛び掛かる!
一秒ちょっとで三匹をやっつける。そして四匹、五匹を真っ二つ!
振り返るとエゲリアとベティも
ベティはハンマーで頭を潰しまくるって感じだ。パワフルな感じでナイスだぜ!
へへっ♪ 負けてらんねえな!
アタシはギアを一段上げる感じで、素早く身体を動かしたのだった――。
◆◇◆
ベッキーが八つに分身して、一瞬の内に
その光景を目にしたエゲリアは驚愕する――信じられない!
アゴラン王国にいる全ての騎士の中で、八つも分身が出来るのは自分しかいない筈だ!
(そんな……嘘! 何て方なのですか! 本当に
基本的にアゴラン王国の
要するに相応の実力と才能があり、素行に問題がなければ、アゴラン王国では出自の貴賎に関係なく、誰でも
手配書を見たが、彼女が罪を犯したのは
(まったく、もう! スカウトが怠慢過ぎるでしょう! とにかく、このままではいけません……万が一、外国や他国に彼女がスカウティングされたら、それはアゴラン王国の損失です!!)
(王都に戻ったら、彼女の件でお父様と話をしないと。……はぁ。気が進みませんわ――そうなったら、取引材料として私とお相手との式の日取りをその場で決められてしまうでしょうし……ですが――)
自分はアゴラン王国の誉れある
(我が身一つが見ず知らずの男によって嬲り物にされる程度の事……よく考えたら、アゴラン王国の将来に比べたら安い物です。有為の人材を失う事こそ惨事!)
「はああっ!」
エゲリアは自身に飛び掛かった一四匹の
彼女を説得しないと! エゲリアは強い焦りに駆られながら口を開いた。
「バートランド卿! よろしいかしら!?」
◆◇◆
アタシは急に背中に声を掛けられてビックリした! 後ろを見ると、慌てた感じな顔をしたエゲリアの姿があった。
「何だよ、エゲリア!? どうした?」
「え……エゲリア……!? あ、あの、それはいささか無礼では――まあ、よろしいですわ。そんな事よりも、貴方、どうして
はぁ……? 何でそんな事――ええ~? 何でっていわれてもさぁ……。
アタシはエゲリアと一緒に
「あのさ、
「お袋……? ああ、確か、その言葉はお母上の事を指す俗語ですね? 成る程――左様でしたか……」
エゲリアの奴は『マジかよ? 困ったなぁ……』的な顔になる――な、何で……? 意味が分からねー。
その時、空の向こうで、風景に溶け込んでる薄ボンヤリとした物が浮かんでるのが見えた――何だアレ……?
<<む……アレは! ベッキー、
アルトの声が響く――マジか! よっしゃ! だったら!!
「アルト、変身だ!」
<<ええ、ベッキー!>>
剣身が弾けて消え、光の剣が現れる――そしてアタシはソコから生まれる光に包まれた。光が消える。アタシは青く煌めく鎧兜を身に纏い、白く長い髪になるとジャンプした――そして思いっ切り大上段から剣を振り下ろす。
薄ボンヤリとした物は消えて――そこからデッケー
アタシの勘が告げる――間違いないっ!
「テメーが親玉かァァァァッ!!」
アタシは足を素早く動かして空中を走った――
ソレはアタシの分身を貫いていく――そんなチンタラした奴になんか当たらねえよ!
「おりゃあああああっ!!」
アタシは思いっ切り剣を振った――
「逃がすかぁぁぁっ!!」
アタシは素早く剣を振るって、ソイツに
そのヤローはアッっという間に遠くに消えた――ソレを同時に、アタシの後ろでドッカーンって大きな音が鳴った。な、何だぁ!?
振り返ると、飛空艇から爆発が起こって……しかも墜落してるし!――うわ、ヤベエ!!
<<む……いけません! 支えましょう!!>>
「え!? 出来んのかよ、そんな事!?」
<<ええ! 飛びますよ!!>>
その時だった――身体がグンッ! と動く。背中から凄い勢いで押されてるみてーだ! アタシは首を動かして後ろを見た――背中っから、四枚の半透明な光る『◇』が生えてる。虫の羽みてーな感じだぜ。うわ~! スゲエ!!
アタシは船首の下に回ると、力を込めて機体を持ち上げる――どんどん地面が迫る。止まれ、止まれ、止まれーーーーーーーーーっ!!
「うおおおおおおおおおおっ!!!!!」
アタシは叫んだ! するとアタシの身体から光が生まれて、ソレは飛空艇を大きく包み込む。そして飛空艇はアタシと一緒に、ゆっくりと地面に向かう――ズシーンって大きくて穏やかな音をさせながら、飛空艇は森の中に舞い降りた。
アタシは右手の甲で額の汗を拭った――ふー……っ! ヤベー、ヤベー! マジで危なかったぜ~!
「バートランド卿、ご無事ですか!」
飛空艇からエゲリアとベティが駆け下りてくる――そしてアタシを『うわ~っ! 何だコレっ!?』って顔で眺めたのだった。
「え……バ、バートランド卿!? そ、その剣は!?」
<<
エゲリアとベティは、アルトに視線を移して『!?!?!?ッ』な超ビックリした顔になった――ププ、ウケる~♪
「え……け、けけ、剣が……喋ったぁ!?」
「な、何と――あ! ま、まさか! その〈
エゲリアは両手で口を覆って、ベティはスッゲー目を丸くする――アタシは腰に手を当てて笑ったのだった。
「へっへっへっ~♪ 超カッコイイだろ~♪」
「は、はぁ――ううむ……やはり、ですわ。私、決めました、決めましたともっ!! ――バートランド卿、ご予定は?」
「え? 予定? 王都に行くって感じかなぁ?」
変身を解いて元の格好に戻ったアタシは口を開く――それを聞いた途端、エゲリアの奴は『ええええっ!? マジかよっ!?』な顔になり、顔一杯に笑顔を浮かべた。
「何と……何と奇遇な!! で、では、わたくしと共に参りましょう! よろしいですわね? よろしいですわね!?」
エゲリアはアタシの肩を両手で掴むと、必死な雰囲気で口を開く――な、何、コイツ!? どうしたってんだよ!?
「あ、ああ――いいけど、さ」
「ありがとうございます! ああ――よしっ! よしっ! ――ああ、いけません。貴族たる者、過度に感情的になってはいけませんわ。深呼吸、深呼吸――すーっ……はぁーっ、すぅー、はぁー……。落ち着きなさい、エゲリア……落ち着くのですよ。落ち着くのです。すーっ、はーっ……すーっ、はー…………よし! では、支度を整えないといけませんわね。ベティ、急ぎ艇内に戻って、荷物を! それから未組立の小型飛空艇がある筈ですから、それを調達なさい。お金に糸目を付けてはなりませんよ。急ぎなさい!」
「は、はい、お嬢様! 直ちに!!」
ベティの奴は凄い勢いで飛空艇の中に入っていく――エゲリアの奴は妙に上機嫌な顔で口を両手で覆いながら……笑いを噛み殺してる。
アタシは右手で頭を掻いた――うわー……何だ、コイツ。頭イカれてんのか?
やれやれ、変な奴と一緒になっちまったぜ。どーしよ……。
まあ、いっか! 何か、コイツ、いい奴って感じがビンビンするし。
よく分かんねーけど、楽しい旅になりそうって感じがスゲーするし!!
「じゃあ、よろしくな、エゲリア!」
「ええ、よろしく、バートランド卿――」
アタシは右手を彼女に差し出し、笑顔のエゲリアは左手でそれを握る――ああ、何だろ。スッゲー懐かしい。
何だか嬉しいぜ! 久し振りに古いダチ公に逢えたってそんな感じだ。アタシも楽しくなって笑顔になる。
向こうも何かそう思ってるらしく、アタシとエゲリアは、暫く握手を離さなかったのだった。
◆◇◆
それからアタシは顔を隠してエゲリアと一緒に近くの村や町を巡って救援の人を呼びまくった。幸い、怪我人は何人か出たけど、死者ゼロって感じでよかったぜ~!! そして二日後――アタシは彼女達と一緒に整備士のオッチャン達と一緒に飛空艇を組み立て……名前はホワイト・クローバー号ってんだけど、ソイツに乗って空に舞い上がった。
小型っつっても全長は二〇m――中にはデカイ風呂場があったり、料理作れたり、色々出来る感じだ。アタシはエゲリアとベティと一緒に風呂に入った――ああ~……七~八日は風呂入ってなかったから、久し振りで嬉しいぜ~♪
「バートランド卿、入浴剤は何になさいますか? カミツレ草になさいます? 」
髪にヘアバンドを巻いて湯船に浸かった二人に、髪を洗い終えたアタシは顔を向けた。
「マタタビとかある? あったら嬉しいけど――」
「ああ、ありますね――じゃあ、入れちゃいますよ~」
ベティはマタタビの入浴剤を湯船の中に入れた――お湯の色は爽やかな苔緑色になって、マタタビの甘ーい匂いが漂ってくる。へへへ~♪ いい感じ~っと♪
アタシは髪は短めに切ってるから、髪を縛らずにそのまま湯船の中に入る――ああ~! 超気持ちイイ~っ♪♪♪
顔を左に向けると、四つの月が空に輝いてる――今日は晴れてるから、星も綺麗だぜ~♪
「ふう~……ありがとよ、二人共。いや~、もう、色々とあったからよ。あ、そうだ! 話聞いてくれっか?」
「ええ、よろしいですわ――」
それでアタシはエゲリアに、これまでの事を延々と喋った――オスカーの事、ポリ公に捕まってアルトと出会った事、王都に行かないとちょっと色々と面倒だって事。時系列はバラバラだけど、まあ溜まってたしいっか。それにアタシは
「成る程――左様だったのですか……実はわたくしにも、貴公にお話したい事がありますの――よろしいかしら?」
エゲリアは真っ直ぐな瞳をアタシに向ける――何だろう? ケッコー気になるぜ。
「おう、いいぜ――話してくれよ」
彼女はホッとした感じの顔になると、軽く溜め息を吐いたのだった――。
◆◇◆
「成る程――顔も知らない奴と結婚すんのが嫌って訳なんだな」
「ええ――特に剣や武術の腕がない方でしたら、最悪ですわ。わたくし、自分より弱い殿方に愛でられるなんて甚だしく了承しかねます」
風呂から上がったアタシは、二人と一緒にボディーローションを身体に塗ったり、ドライヤーで髪を乾かしたりしながら、彼女の話を聞いた。
エゲリアはバスローブ姿で、乾かし終えた髪にスクワランオイルっつー油を塗りながら口を開く。ちなみにアタシもベティも彼女と同じ格好だ。
ちなみにアタシは髪に塗るのは、男性用のヘアトニックが好きだ――メントールが強いから気分がシャキってしてていいし、ホロ苦い香りしてるの多いから、親父の事を思い出させてくれて何か好きなんだぜ。へへ♪
手に残ったトニックの匂いを嗅ぎながら、アタシは口を開く――。
「そうなんだ~……え? でもさ、だったら逢いに行きゃいいじゃねえか? それで勝負だぜ~って決闘を挑めばいいじゃん?」
アタシとベティは揃ってダイニングルームのソファーに座る――エゲリアはアタシ達とテーブルを挟んで向かい合うソファーに腰を降ろした。
「……先方のお父上は、今は我が国の宰相閣下を務めていらっしゃるのです。許嫁の方を迂闊に再起不能にしてご覧なさい。我が一門の方々にも迷惑が掛かりますし、わたくしは騎士団を追放されてしまいますわ。そんな馬鹿な事、行なう訳には参りません。……ですので、家格に釣り合う、わたくしよりも強い殿方を探しているのです。そうすれば、何の問題もないのですよ……しかし――」
……何か話で聞いた事あったけどよ、
じゃあ、エゲリアの奴がイラつくのも分かる感じだぜ。彼女はガチで強い――アタシと互角な感じだから、かなりのモンだ。
……思い出すぜ~、訓練生時代の時、乱取り稽古してたら、いつの間にかアタシ、男連中全員ブッ倒しちまっててさ。きっとあんな感じなんだろう――分かるぜ~! チョー分かるぜ~!!
「ええと、それからですね――貴方、アゴラン王国を離れるお気持ちは今はありますか?」
「え? オスカーにも逢ってお礼いってねーし、それにお袋もいるしさ。国を離れる理由なんかないぜ――てか、何でそんな事聞くんだよ?」
「簡単な事です。貴方は非常にお強い――そう……恐らくアゴラン王国の中では、貴方に比肩しうるのは、わたくししかいないでしょう。それくらい強いのです。ですので、貴方が外国に向かうと……その――場合によっては、我が国の脅威になる確率が高いのです。それを未然に防ぎたいのですよ」
……? アタシはキョトンとしちまった。何言ってんだ、コイツ!?
え? 脅威って……アタシがぁ!?
「いやいやいやいや! ちょ……ええっ!? な、何だよ、それ!?」
<<彼女は心配症なのですよ――貴方が外国の騎士団にスカウトされて、アゴラン王国と戦う事になるのではないかと恐れている訳です>>
ソファーに置いてあったアルトからの言葉に、アタシはスッゲー困惑しちまった。そして呆れた。
「エゲリア、馬鹿いうなよ――大体、アタシ指名手配犯だぜ? 外国に出られる訳ねーじゃん?」
「いえいえ、人一人くらい、国外に脱出させる方法は幾らでもありますわ――とにかく……決めました。わたくし、節を曲げます。父上に逢って、そして貴方の身元をきちんと保証して頂ける様、交渉します……この身がその結果どうなろうとも構いませんわ! ええ、そうですとも――この身が見知らぬ殿方の下卑た欲望を満たす為に、嬲り物になっても構いませんわ!」
更にアタシはキョトンとなった――は? な、何いってんだ、コイツ……?
するとベティがアタシに近寄って、右耳に唇を寄せた。
「すみません、ここはお嬢様に話を合わせて頂けますか?」
ヒソヒソ声が耳の中に入ってくる――アタシは『……!?』な気持ちになった。
そしてベティの耳に小さく語り掛けた。
「え? な、何で……?」
その時、ベティは心底ウンザリした感じの溜め息をしたのだった――。
「お嬢様は、思い込みが激しいんです。頑固で融通が全っ然効かない方なのですよ。こうと決めたら一直線で、人の話に耳を傾けたりしないんです――下手に逆らったり、ちょっとそれって考え過ぎじゃないとか突っ込んだら、ヤヤコヤシイな事がきっと起こりますから。ここは黙って従って下さい」
アタシはガチで『はぁ!? フザケんな!!』って気分になった――ああ、もう!
「……マジかよ。メンドくせー」
「では、お願いします――とにかくトラブルがない様に! 何かあったら、お目付け役の私が叱られますので!」
「お、おう――」
アタシはエゲリアの顔を眺めた――その瞳は震え、膝の上に乗せた手は、青白い感じの握り拳になって、顔からは張り詰めた雰囲気が漂ってる。並々ならぬ決意って奴が彼女の身体っから立ち昇ってた。
それを見たアタシは、何だか懐かしい気分になる――いつの頃か知らねーけど、アタシはあんな奴と友達だった。そんな気がしてならない。
何か笑っちまう――アタシは彼女の左隣に座ると、思いっ切りその身体を抱き締め、何か楽しくなったから笑った。
エゲリアは『……?』な顔になると、キョトーンとした感じなった。
「大丈夫だって、そんな顔すんなよ! アタシがいるんだ――絶対何とかなるって! そうだ! 困った事があったらいつでもアタシを頼れよ! 絶対に助けてやっから!」
「え――……あ……ありがとうございます。す、すいません、わたくし、何か変な顔になっていました?」
「何かさ、スッゲー張り詰めてた的な? 先の事なんてアーダコーダ考えたってショーもねーんだしよ。そんな事よりもさ、時間も晩飯って感じで腹減っただろ。アタシ、何か作るぜ。シチューとかでもいいか?」
エゲリアは壁に掛かった時計に顔を向けた――午後二四時の時報ベルが静かに鳴り響く。
「ああ、もうこんなお時間――色々とバタバタしてましたし……では、ベッキー、ベティ、お願いしますね」
「はい、お嬢様。ベッキーさん、厨房はこっちです」
アタシはエゲリアの頭をワシワシと右手で撫ぜると彼女の側から離れた――そしてベティと一緒に厨房に向かったのだった。
◆◇◆
エゲリアはベッキーに撫ぜられた頭に左手を添えた――。
ああ、不可解だ――あの撫で方……酷く懐かしい。
ああいう風に自分は、かつて撫ぜられた――しかし、幾ら過去の記憶を振り絞っても、あんな風に撫ぜられた事は一回もない。
(……もう、何なのでしょうか? さっき抱き締められた時もそうですわ――凄く懐かしかった……)
両手で彼女は自身の頬を軽く叩く――そして溜め息を吐いた。
(……きっと疲れているのでしょう。そうです。そうに違いありませんわ)
そう思った瞬間、腹部から空腹を告げる音が鳴る――エゲリアの顔を羞恥で赤くなる。ああ、彼女達がいなくて本当によかった……自分は貴族だ。威儀が緩んだ姿を衆目に晒す訳にはいかない。
(さてと、食事をするのですから、このままの姿ではいけませんわね――着替えてきましょう)
エゲリアは立ち上がった――そしてアルトの姿に気付き、頬を染める。
しまった――彼女の存在を忘れていた!!
「あ……あの――そ、その――」
<<ふふ、ご心配なく――『二人だけの秘密』ですね?>>
「え――ええ。申し訳ありません――醜態を晒してしまって……」
<<いえいえ、気にしておりませんよ――>>
「で、では、着替えてきます――それでは、また……」
エゲリアはアルトに向けて深々と頭を下げると、足早にダイニングルームを後にした――厨房からは楽しげなベッキーとベティの談笑の声が聞こえてくる。
(――まだ皆は薄ぼんやりとしているみたいですね。ふふふ……)
アルトは軽やかに笑う――その声は三人に聞こえる事はなかった。
ホワイト・クローバー号は月明かりに照らされながら、静かに空を飛び続けるのだった。
◆◇◆
私にはご主人がいる――ウィリアン=ウィルキー=コリンズ。誇らしいご主人だ。ご主人は自分を見下ろし、暖かい笑顔だ――。
<<どうしました、エイブ――?>>
ご主人の腰には、ご主人の相棒である剣――アルトーリア・ペンドラゴンの姿があった。私は吠えた――その声を聞いて、彼女は全てを察した様だ。
<<成る程――ふふ……>>
「アルト、どうしたんだよ? よしよし、エイブ、どうした~?」
ご主人は焦げ茶色の瞳を私に向ける――そしてしゃがんで、頭を優しく撫ぜてくれた。ああ、嬉しい――嬉しいなぁ。
ずっと一緒にいたい――焦げ茶色の瞳が、優しく私の事を見詰めてくる。
私はとても楽しくなった――そして軽快に吠えるのだった。
ワン! ワンワン!!
ご主人! とっても大好き! 大好き!!
◆◇◆
「おーい、エゲリア! 朝だぜ~!」
わたくしの名を呼ぶ声が聞こえます。そして暗い視界が一気に開けて、明るい光を感じます――そして左側からバートランド卿の顔が現れました。
彼女の澄んだ焦げ茶色をした瞳に――わたくしの顔が映り込んでいます。わたくしは胸に溜まった空気を口から吐きました。
ここは、わたくしの居室――右側の窓から、茜色に輝く三つの太陽が燦然と輝いています。わたくしは上体を起こしました。格好は愛用のネグリジェです――そして彼女に顔を向けます。
どういう訳か、バートランド卿の瞳は夢で見た物と酷似している様に思える――どうして? とても不思議ですわ。
「ん? 何だよ?」
「いえ――その……はぁ――寝呆けていただけですわ。それだけです」
「あっそう――じゃあ、早く来いよな~」
バートランド卿はそう口にすると、素早い身のこなしで私に背を向けて走り去ります――わたくしは伸びをしながら、軽く息を吐いたのでした。
不思議な夢でしたわ――何なのでしょうか? どうして初代王陛下が私の夢に……?
それに妙に現実感がありましたし……甚だしく不可解です。
まあ……しかし、所詮は夢です。思い悩んでも詮なき事。考えるだけ無駄ですわ。
わたくしは頭から疑問を追い出し、顔を洗うべく洗面所へと赴いたのでした。
◆◇◆
「へえ~、で、ラベンダーオイルソープで顔洗ったのか。ふ~ん」
「ええ――変な夢を見ましたので。悪夢避けみたいな物ですわ」
スキンケアを終え、わたくしは口を開きました――テーブルを挟んで向かい合うバートランド卿はオートミールを銀色のスプーンですくって口に運んでいらっしゃいます。わたくしは軽く息を吐きました。
「とにかく変な夢でしたわ――そうそう! 初代王陛下が夢に出ていらして! しかも、バートランド卿と同じ雰囲気の目だったのですよ。わたくしは妙に視線が低かったですし……あれではまるで
わたくしは軽く息を吐き、ケールスムージーを口に含みました。ベティは目の前に厚めに切ったベーコンと
ティーカップに紅茶を注ぎながら、ベティは口を開きました。
「成る程――あ。私もそんな夢を見ましたね。身体が小さくなって
わたくしは甚だ驚きました。嘘……彼女もですか!?
「何とまあ……それは
「はい、本当ですよ――変な夢でしたね~……妙に現実感があるっていうか。うーん……」
彼女はバートランド卿のティーカップに紅茶を注ぎ入れながら、訝しげな表情で彼女の顔を覗きました。むむ、これはいけません。
「ベティ、そういう風に人の顔をしげしげと眺めるのは、品がよくありませんよ――お止めなさい」
「あ……す、すいません――」
「いや、気にしてねーよ――てか、夢に出て来るソイツ……初代王陛下? そんなにアタシと似てんのかよ?」
バートランド卿はスクランブルエッグを口いっぱいに頬張りながら言葉を紡ぎます――まあ、品がない事。わたくしは彼女に対して若干幻滅しながら、口を開きました。
「……ええ、そうなのです。特に目が酷似していますわ」
「あっそう? てか、このスクランブルエッグ、マジ美味えし! ベティ、どうやって作ったんだよ? 焦げた感じとかねーしよ」
「ああ、これは湯煎式で作ったんですよ。フライパンは使ってないんです」
「え!? マジか!? そんな方法あんのかよ!?」
「作り方、お教えしますよ――結構簡単なんです」
ベティとバートランド卿は談笑を始めます――わたくしは何だか呆れた風な気持ちになって息を吐き、そして紅茶を口にしたのでした。
穏やかで暖かい香りが鼻腔に満ちます――少しだけ、気分がよくなった様な気がしました。
◆◇◆
「それで――これからどうすんだよ?」
食事を終え、わたくし達は、食器が片付けられたテーブルの前に座りました。バートランド卿は頬杖をつき、わたくしに疑問に満ちた顔を向けてきます。
「とにかく途中で色々と準備をしないといけません――ベティ、本家に連絡は出来ました?」
「はい、今朝方。いやあ、旦那様や奥方様も含めて、皆さん非常に驚かれてましたよ――ベッキーさ……バートランド卿の事も含めてお話したら、よりいっそうビックリな感じに」
「ベッキーでいいって。てか、気になってたけどさ、何だよ、そのバートランド卿って呼び方。アタシ、貴族じゃねえぞ?」
まあ、呆れた! 何も存じておられないなんて……。
わたくしは苛立ちを心に抱きながら口を開きました。
「……あのですね、
彼女は呆気に取られた顔になりました――そして『どういう事なのですか?』という風な顔になります。
「えっ……マジか? アーリーンさんっからはそう呼ばれなかったけど……? ベッキーって感じでさ」
アーリーン……? どちら様なのでしょうか?
「あの――その方は?」
「ああ、貴族だぜ――アレンビー子爵家ってトコのお嬢なんだよ。まあ、お嬢っつっても、旦那との間に子供五人も作ってるから、奥さんって感じかなぁ?」
アレンビー子爵家……っ!? 私は心底驚きました。そんな……嘘! 『あの家』と関わりがあるとは!
アレンビー子爵家――王国の暗部を一手に担うと噂される『
強い動悸が胸の奥に生まれます。ああ、どうしましょう! そ、そんな……!?
「あ、あの、その方は本当にアレンビー子爵家の方なの……ですか?」
「うん。そーだぜ。アンタ、貴族なのに知らねーの?」
「え、ええ……そんなに詳しくは。で、ですが、その、あの……な、何か任務……とかは?」
その時、バートランド卿は戸惑いに満ちた顔になった――。
「はぁ? 任務……? いやいやいや! そんなのねーから。昨日もいったじゃん? アタシはダチ公に逢いたいんだって」
はっ……! い、いけませんわ! 秘密の任務を遂行しているのですから、軽々にその事を人に話す訳はないでしょう!? エゲリア、この愚か者っ!
私は右手を胸の中心に置き――動悸が静まる気配が一向に現れません。ああ、いけません!
(へ、下手をするとこの方、王命で動いているのかも知れないのですよ――大変な事になるかも分かりません!)
「そ、そう……そうなのですか――あ、あははは……」
「おい、エゲリア……どうしたんだよ? 何か、変だぞ?」
……っ! い、いけません! 不審がられてしまいましたか!?
私は必死になって笑顔を作ります。怪しまれてはいけません!
「そっ、そんな事は……あ、いえ、その――あ、う、え、ええっと、バートランド卿、その……」
「ベッキーでいいってば。そう呼んでくれねーか?」
彼女は苦笑いの表情で口を開きました――彼女の要求は受けれないと! これも王命なのかも知れないし!
ああ、どうしましょう――付き合いが浅く、なおかつ同格の方のファーストネームを呼び捨てにするなんて、無礼で下品な事ですが……ですが、これも国家の為! 止むを得ませんわ!
「はっ、はい、バート……い、いえ、ベッキー。これでよろしい……かしら?」
バートランド卿……いえ、ベッキーは歯を見せて楽しそうに笑いました。何だか、とても嬉しそうです。
「おう! ありがとな! じゃあさ、これからどうすんだ? 話あるんなら聞かせてくれよ」
私は咳払いを右拳に落としました――胸の動悸も、徐々に落ち着いてきます。
動揺が静まり、気持ちが平静になっていきます。よし。これでいいですわ。
「ええ――とにかく、このホワイトクローバー号では、一日に動ける航続距離が短い上に、更にバー……ベッキーが指名手配犯である事もあり、公には動けません。ですので、航続距離の長い大型船を調達出来る方のご協力を得ないといけません。ベティ、先方へ連絡は?」
「それは昨日には既に――朝方、了承のお返事を頂けました」
「よろしい――では、問題は解決ですね」
「へー、そんな知り合いがいるのかよ。貴族ってスゲーな!」
「あら、貴方だって貴族ではありませんか――ふふ……」
わたくしはベッキーの、まったく邪念がない清々しい笑顔を眺めます。
ああ……それにしてもどうしてなのかしら? あの笑顔は凄く見慣れている感じがします。とても不可解ですわ……。
「ベティ、お茶が飲みたいですわ――ハーブティーをお願いしますわ」
「はい、お嬢様――午前中ですから、レモンバームとペパーミントが多めのブレンドになさいますか?」
「ええ、お願いね――ベッキー、よろしいかしら?」
「おう、いいぜ! あ、そうだ! クッキーあったら、一緒に頼むぜ!」
彼女は歯を見せ、明るく楽しげに笑います――それに釣られて、わたくしも笑ってしまったのでした。
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