第四話 よっしゃ! 行くぜ!!


 アタシは何が起こったのか分からなかった――気付いたら身体が宙に舞ってる。

 グルグル、グルグル、世界が回る。回る、回る、回る!

 そして落ちる感覚! 地面が凄い勢いで迫ってくる! 

 このままじゃ危ない! アタシは身体を縛り付けてる縄を引きちぎると、猿ぐつわを噛み砕く! そして空中でバク転して着地した。

 

いたぞル・ヴォイラ! 」

殺せチュエ・レ!!」


 アタシは素早い足音を耳にして振り返った――六人の頭のテッペンから爪先まで真っ黒な格好をした奴らが、剣を手にしてコッチに突っ込んでくる!

 ソイツらは剣を鋭く振るう――真空波スライサーが来た! アタシはそれらと、突進してくる剣撃から逃げ、無我夢中であちこちから迫る攻撃を避けまくった!

 くっそー! アルトはどこだ!? このままじゃ、戦えないせいでガチでヤバイ!!

 

<<ベッキー、こっちです!!>>


 アタシは顔を左に向ける――そこには地面に転がり落ちたアルトの姿が見えた!

 全速力で駆けて彼女を拾う――すると柄から眩い光の剣が現れ、そこから生まれた光がアタシを素早く包んだのだった。

 髪の毛が白くなって伸びた――そして身体が青く煌めく鎧兜に覆われる。身体にすっごく力が満ち溢れたっ! 変身したアタシを見たせいか、六人の奴らはビビった様子を見せる。


「おっらああああああっ!!」


 剣を思いっ切り振って、アタシはソイツらに衝撃波ショットを放った――相手は〈血統騎士〉エクスパーソナル・ナイトだ。手加減はいらねえっ!


「うわああぁぁ……っ!」

「ぐわあぁぁ……っ!」


 自分でも予想しなかったレベルのデカイ衝撃波ショットがソイツらをまとめて吹っ飛ばした!


「く、くう……っ! 撤退セ・レトレール!」

「ダ、了解ダコール!!」


 もんどり打って地面に倒れたソイツらは、慌てた様子で立ち上がると一目散に逃げ出した――。へへっ! 弱っちい奴らだぜ!!

 

<<何なのでしょうか、彼らは――ベッキー、心当たりは?>>

「え……? んな事いわれてもよぉ……」


 思わず息を吐いた――そして腕を組む。

 う~~~~~ん…………何か恨み買う様な事……アタシ、やったかなぁ?

 その時、硬い響きの音が頭の後ろっから聞こえた――俺は振り返ろうとすると……。

 

「動くな――今の連中は誰だ……!?」


 この声……アナベルってポリ公の声だ――何か、すっげえ苦しそうな感じだ。

 微かに振り返ると、彼女は九mm口径の拳銃を構えて、その筒先をコッチに向けてた。頭から血を流して、身体中に無数の傷が出来ている様子が見える。

 顔色を悪くして、すっごく息が荒い。ちょ……ヤバくねえか!? 

 

「お、おい! アンタ、マズいって! すっごく怪我してんじゃんっ!!」

「黙れ、強行犯!! そこを……動くんじゃ――な……っ」


 彼女は倒れた――銃口から放たれた銃弾がアタシの脇を掠めて地面を抉る。

 赤い色が彼女が倒れてる地面に広がっていく――うわあ……ちょ、これってガチでヤバイじゃん! な、何とかしないと!

 

<<大丈夫ですよ、ベッキー――彼女に私をかざして下さい>>

「え――お、おう!」


 アルトの声にアタシは従った――剣を彼女の身体に翳す。

 すると剣から、彼女に向けて穏やかな感じの光の粒子が生み出され、舞い降りる。

 するとアナベルの身体から血が消えていく――そして傷口も掠れて薄くなっていく。最後には彼女の身体は何事もなくなったのだった。

 

<<まあ、こんな感じですね――ベッキー、もういいですよ。もう1人の方に行きましょう>>

「ん? ああ……アイツの事か?」


 火の手を上げる車両の傍らに、傷だらけで倒れてる警官を目にした――そしてアタシはアナベルに対してやった事と同じ事をしたのだった。

 そして二人を車両から離して、安全そうな、かつ目立つ場所に並べて寝かせた。こうしておけば、いつまでも帰って来ない事を心配したポリ公の仲間達が見付けてくれるだろう。

 

「よし……と。こんな感じかな?」


 二人は健やかな雰囲気で眠ってる――特にアナベルって奴、寝顔可愛いじゃん。

 そしてアタシは頭の中で『変身終われっ!』って考えた――髪の毛が元通りになって、青く輝く鎧兜も消える。そして元の王立自由騎士団の制服とマント姿になり、同時に光の剣も消えて、何もない柄の姿になったのだった。

 

<<ではベッキー、これからどうしましょうか?>>

「ああ、う~んと――あ、そうだ。何かさ、アルトってちょっと取り回しが悪いんだよな。鞘に納められねーし……」

<<それならご心配なく――えいっ!>>


 するとアルトから淡いピンク色の金属で出来た片刃の剣が現れる。長さは七〇cmくらいかな? 超軽くて取り回しが楽な剣だ。一級ハイペリオン合金製の剣と比べても遜色ない感じだぜ。

 それからアタシは近くにあった木を剣で切り倒して鞘を作って、その中にアルトを納める――そしてそれを腰に下げた。よし――これで様になったぜ!

 

「おーし、じゃあ、とにかくアゴランポリスに行くとすっかぁ!」

<<ええ――じゃあ、ベッキー、具体的にはどういう手段で向かいますか?>>


 それを言われて、正直超困った――う~ん、どうすっかなぁ~?

 腕を組んで眉間にシワを寄せる――ガチで何の考えもないし!


(う~~~ん……あ。そうだ!!)


 よし! 

 

「じゃあ、アルト、ちょっと協力してくれよ!」

<<ええ、いいですよ。何をするのですか?>>


 アタシはアルトの柄を握って抜剣すると、車に向けて歩き出したのだった――。

 


◆◇◆



 俺の名前はアントニー=エイリー。しがないトラック運転手だ。

 今、俺は国道三八号線を西に向かっている――目指す場所はクリフォード・アッシュダウン市。貨物は機械部品だ。

 車内のFMラジオからは流行りの曲が流れている――。

 

 ……ッチ……イク……ヒッ……ハ……ク……ッチ……ハイク……。


 曲に紛れながら、外から何かの音が聞こえてくる――。

 な……何だぁ?

 よく聞こえない……俺はラジオの電源を切った。

 

 ヒッチハイク……ヒッチハイク……ヒッチハイク……ヒッチハイク……ヒッチハイク。

 

 何だ……? ヒッチ……ハイク? 

 そんな言葉が聞こえる……若い女の声だ――。

 

 その時だった――トラックが大きく揺れた!?

 な、何だ!? そう思った瞬間、天井から右腕がいきなり現れ、そしてあっという間にそれを引き剥がした!

 

 俺はビックリして上を見上げる!

 そこにはピンクベージュの髪と焦げ茶色の瞳を持つキティー族の女の姿があった。

 

「ヒッチハイクだ! 乗せろ、オラァッ!!」


 んん!? あの顔……? ……っ! あああああああ~~~~~~~っっっっ!?

 俺は思い出した! 間違いない! 人相書きの写真にあった指名手配になってるベッキーって奴だ! 間違いない!!

 恐怖のあまり俺は愕然となった――こ、殺される!?

 ソイツは助手席に座ると、歯を見せて笑ったのだった。


「安心しな! 命ばかりは取らねえよ! おい、アンタ、ドコまで行くんだよ!?」

「え……!? ク、クリフォード・アッシュダウン市だ!」

「へえ~、そうかい! じゃあ、そこまで乗せてけ! いいな?」


 え……えええええええええ!?!?!?

 な、何でだぁぁぁぁっ……!?

 

「え……ちょ、ちょっと待て! お、俺には可愛い女房と子供が……!!」

「心配すんなって――いう事聞いてくれたら何もしねえって。あ、そうだ! アタシに取っ捕まったって話、警察にしなよ。そうしたら金が手に入るだろ? それでいいか?」


 え……? 何言ってんだ、コイツ?

 俺は訝しい思いで心がいっぱいになった――。

 

<<要するにですね、彼女に捕まったという話を警察にすれば、貴方には犯罪被害者支援金が得られる訳です。それから貴重な証言を得られたという事で、その事でも賞金が得られるでしょう。それを『運賃』にして頂きたいのです>>


 ……っ!? 彼女の腰にある剣が喋った!?!?

 俺は非常に驚いた――しかし、すぐにベッキーの言葉に考えが到る。

 おいおい、そりゃ確かに旨い話だ。でも……それって――。

 

「アンタの不利になるだろ? それでもいいのか!?」

「ああ、いいんだよ――だってアタシ、アンタの車ぶっ壊してるし。じゃあ――アタシ寝るから。ちょっと走ってたから疲れたぜ……」

<<そうですか。では、お休みなさい、ベッキー>>


 そう言うとベッキーは座席を倒して、そのまま眠りに落ち、呑気そうなイビキを始める――。

 俺は溜め息を吐いた――ああ、もう。寝顔が穏やかで優しい雰囲気だ。どうにも悪い奴って感じが全然しない。

 何だか放っておけないって感じになってくるだろ……ああ、嫌だ、嫌だ。ストックホルム症候群って奴か?

 溜め息を吐いた俺は、ラジオの電源を再び入れる――スピーカーから、ちょっとメロウな雰囲気の曲が流れ始めたのだった。


 

◆◇◆



「取り逃がしただと!? この間抜け共め!!」


 暗い部屋の中――水晶球の前で、禿頭に太い青筋を浮かばせる、身長一八三cmの豊かな口髭を生やした壮年の男が、それが置かれた卓上を右拳で殴りながら怒鳴った。彼は上質な布地テキスタイルで作られた豪奢な服を身に纏い、貴人である事を伺わせる――。

 右膝を立てて跪いた格好の、黒尽くめの装束をした男達が水晶球の中に映し出されている――禿頭に青筋が浮かんだ。

 

『も、申し訳ございません――この次は必ず……!』

「次なぞあるか!? 陛下のご容態が非常に芳しくない。時間がないのだぞ――ええい、くそっ……ルテティアの小娘め! だから儂は追放には反対だったのだ! 領地に押し込めて軟禁状態にしけおけば、こんな面倒はなかった物を……っ!! 傍受されては敵わん。切るぞ」


 その時、彼の傍らに暗灰色のローブを身に纏い、フードを目深に被った人物が姿を現す――その身長は一八〇cm程である。


「バルビエ伯爵――申し訳ございません。私の工作が不足していたばかりに、いらぬご苦労を……」


 男の声だ。バルビエ伯爵と呼ばれた壮年の男性は、水晶球に右手の中指を触れさせた――中の映像は消える。


「貴様は悪くはないぞ、バシュレ――あの石頭共がそもそも儂の説得に応じなかったからだ……そうだ。今、あの小娘は何をやっている? 情報は手に入ったか?」

「はい――結界の穴を向こうに送った者が見つけ出せまして。今、経路を繋げます」


 バシュレと名を呼ばれた男は水晶球に右手を向かわせ、淡く光る人差し指で、球の表面に『〆』の軌跡を描く。『〆』は消えると、水晶球の中に波紋が生じた。

 大きな闘技場の画像が球の中に浮かぶ――その中に2体の巨人の影が現れたのだった。



◆◇◆



 アゴラン王国首都アゴランポリスより北に約一二km――麗らかな陽光を浴びる山麓に、直径一〇kmの浮遊闘技場が威容を示していた。

 その中の闘技スペース――二機の、全長一八mもある機械仕掛けの巨人が向かい合っている。

 桜桃色をした装甲色を持つ機械仕掛けの巨人が、音速を超える速度でテラコッタ色の装甲色をした機械仕掛けの巨人に向け、長さ一〇mの剣を振り下ろす。

 テラコッタ色の巨人はそれを自らの剣で受ける――その瞬間、二体の周囲に大きな衝撃波と地震が起こる。

 二機は目にも留まらぬ程の速度で動き、マッハの領域に到った剣を振るい重ねる――闘技場全体に激震が走り、絶え間ない破裂音と爆音が大気に轟く。

 

「――ほほう、あの桜桃色の〈大いなる騎士〉ヒュージ・グランドナイト、よい動きをしておりますな」

「いえいえ、あれらはブリタリオン大陸で作られた物ではないので、〈大いなる騎士〉シュヴァリエ・ド・ガルガンチュワと呼ぶべきでしょうな」


 左目に眼帯をした、頭部に立派な牛角を生やした鎧兜を身に纏う老年の筋骨逞しい男性と、長い顎髭を持つ、彼より頭一つ分背が低い魔術師のローブを着て、淡い緑色の結晶体で作られた長さ一六〇cm程の杖を右手に掴む老人が、闘技場の観客席に隣り合って座っていた。二人の表情は和やかな気配を漂わせている。

 二体の巨人――〈大いなる騎士〉シュヴァリエ・ド・ガルガンチュワは鍔迫り合う。

 その瞬間、テラコッタ色をした機体は、桜桃色をした機体の右足を、左足で目にも留まらぬ程の速度で鋭く蹴った――桜桃色の機体は前転しながら仰向けに地に倒れる。

 桜桃色をした機体の喉笛に、剣の切っ先が突き付けられる――テラコッタ色をした機体の機械眼球は、穏やかに青い光を放ったのだった。


<<姫殿下マ・プランセス、私の勝ちでございます――>>


 テラコッタ色をした機体から凛々しい青年の声が響く――桜桃色をした機体は手から剣を離した。降参の合図である。


<<ああ、そうだな――私の負けだ>>


 健やかで瑞々しい女性の声が桜桃色の機体から発せられた――そして身体を起こした機体は剣を手にすると、それを右脇に起き、テラコッタ色をした機体の前に右膝をを立てて跪いた。それに倣って、テラコッタ色をした機体も同じ姿勢で跪く。

 桜桃色をした機体、その腹部の中――頭部全体を覆うヘッドギアを被った淡い褐色の肌をした女性は、唯一露わになっている口元に苦笑を浮かべた。

 

『朝顔』ヴォリュビリス、また負けてしまったよ――」

【ですが前回より継戦時間は8.31%伸びています――ルテティア殿下、上達していますよ】


 〈人工魂魄〉アートフィシェル・アームの中性的な言葉が女性――ルテティアの脳裏に響く。彼女は思った――まだまだ。全然足りない。力及ばずだ。

 

(もっと努力をしないと――これでは駄目だ……)

 

 彼女は左腕側操縦桿の側にある青いスイッチを指先で2回押した――ヘッドギアが頭から外れ、輝く白い髪と、澄んだ翡翠色の瞳が露わになる。そしてハッチが開き、外の光がコクピットの中に注がれる。

 彼女の名はルテティア=ラ・プランセス・ド・トロワジエム=ロワイヨム・ド・ミラベル。一六歳。身長は一八三cmである。

 テラコッタ色をした機体の腹部にあるコクピットハッチが開く――そこから精悍な黒人の青年が姿を現した。彼の姿を見た彼女は恥ずかしそうな笑みを浮かべたのだった。彼の名はナゼール=ノーブル・ド・ヌーボー=オリオール。二二歳。

 

「すまないな、オリオール卿――私の我儘に付き合わせてしまって」

「いえ、姫殿下マ・プランセス――お気になさらず。主命に服するのは臣として当然です」


 二人は揃って機体から飛び降り、親しげに隣り合って歩く――ナゼールは、彼女より頭一つ半背が高い。

 

「しかし、姫殿下マ・プランセス、お強くなられた――私と一〇分以上も戦える者はそうおりません」

「ミラベル王国最強の騎士『先頭の槍』ランス・ド・テーテに褒められるとは、望外の喜びだ――ありがとう、オリオール卿」


 彼女は朗らかな笑みを浮かべた――それを見たナゼールは喜びに頬を染めると、威儀を整える為に軽く咳払いをした。彼の胸の内に暖かな高揚が宿る。

 

「いえ――こちらこそ……ああ、そうそう! セレスタンから連絡がありました。〈精霊剣〉カリバーンの入手はならなかったそうですが、その使い手を味方にする事が出来たそうです」


 ナゼールは満面に笑みを浮かべる――それに対して、ルテティアは表情に陰りを描いた。

 彼女は重苦しく息を吐くと、瞳を震わせる――その心中は無関係な人間を巻き込んでしまった事への後悔と罪悪感に満たされた。ルテティアは眉根を寄せて微かに俯き、重い溜め息を零したのだった。

 彼女の異変に気付いたナゼールは、微かに眉根を寄せた。

 いけない――過度に内罰的になっている。これは彼女の悪い癖だ。

 

姫殿下マ・プランセスがミラベル王国にご帰還し王位を継がれる事は、このアゴラン王国の国益にも適います――ですので、決してという事はないのです。そして私、殿下をお慕いしアゴランまでの道中を共にしたみなの為にもなります。ですので、ええと……」


 彼の一生懸命な様子にルテティアは目を丸くさせ、そして両手で口元を覆いながら吹き出して笑った。ナゼールは困惑を心に抱いたのだった。

 ああ、いけない。彼が一番苦手とする事をさせてしまった――彼女は心に浮かんだ淀みを表情から消した。明るく務めた笑みが彼に向けられる。

 

「え――姫殿下マ・プランセス……?」

「ふふふ……いや、すまないな。ありがとう、オリオール卿。気遣わせてしまったな」

「あ、い、いえ! 姫殿下マ・プランセスがお元気になられたのなら、幸いです!」


 その時、二人の前に、左目に眼帯をした筋骨逞しい、頭に立派な牛角を生やした鎧兜に身を固めた老年の男性と、淡い緑色の長い杖を手にした白い髭を豊かに生やした老人が姿を現し、右膝を立てて彼女の前に跪く。ナゼールは右膝を立てて跪いた。

 眼帯の男性はロジャー=ヘクター=ノーブル・オブ・べディグリー=サン・オブ・バロン=サー・エイムズ。五四歳。彼はアゴラン王国王立騎士団の全団を統べる大団長である。

 白い髭の男性はジム=エディソン。七三歳。アゴラン王国宮廷魔術師長である。

 二人の姿を視界に納めたルテティアは右手を胸の中心に置いて、恭しく彼らこうべを垂れたのだった。

  

「エイムズ大団長、エディソン魔術師長、ご機嫌麗しく、何よりです」

「うむ――ルテティア殿下、見事でしたぞ! 今度、是非とも儂の『腕白小僧』アーチンとも手合わせ願いたい。よろしいか?」

 

 アーチンとは、ロジャーの愛機である〈大いなる騎士〉ヒュージ・グランナイトの名である。

 彼の言葉にルテティアの心は熱くなった。老練の戦士との戦いは学べる物が多い。願ってもない事だ!

 

「はいっ! ありがたき事です――では、日にちはいつにしましょうか!?」


 その時、ジムは顔を左に向けて笑う――。

 

「その前に――そうれ!」


 彼は立ち上がると、軽く地面を杖で突いた――闘技場の全体に赤い稲妻めいた閃光が走ったのだった。


 

◆◇◆



 その刹那――水晶球に赤い稲妻が走り、それは木っ端微塵に砕け散る。バルビエ伯爵は驚いて悲鳴を上げながら椅子から転がり落ち、バシュレは彼を助け起こす。 


「バルビエ伯爵! ご無事ですか!?」

「バ、バシュレ! 何だ、今のは!?」

「申し訳ありません! 私の落ち度でございます――」


 落ち度? どういう事だ?

 バルビエは疑念の思いを、眉間に浮かべたのだった――。


 

◆◇◆


 

「『わざと作った隙間』から覗き見をするとは感心せんな。罠だという事も考えずに、うら若き乙女の秘密を勝手に盗み見るとは、破廉恥な輩よのう」


 ジムは顔を、驚きに染められた表情をしているルテティアに向けた――。

 

「場所はミラベル王国から――どうやら、殿下の日頃の事が気になってしょうがない輩がおる様ですな」


 ルテティアは更に驚き、眉根を寄せた――自分は追放された身だ。どうして気になるというのだろうか?


「何と――誰か分かりますか?」

「覗き見をしていたのは禿げた男でしたな――お心当たりは?」


 ならば、それはバルビエ伯爵だ。自分が国外退去をする事に、最後まで反対をしていた人物である――。

 

「はい。バルビエ伯ブリアック=ド=ベルトランでしょう。王族の一人で、私がアゴランに向かう事を好ましく考えていませんでした」

「成る程――と、いう事は、我らアゴラン王国を危険視している輩、という事ですな?」

「はい――最も現実的な方、といえるでしょうね」


 ルテティアは息を軽く吐いた――他の王族達は王位継承を狙って、その目的の為に邪魔になる自分を排除しようとしていた。

 だがバルビエ伯爵は違う。王女領内にて軟禁する事を強硬に主張した。

 しかし、自分の領地には一~五級ハイペリオン合金の製造には欠かせない上白金メタプラチナの大きな鉱山が発見され、その権益欲しさに王族達は多数決で、自分を『アゴラン王国に遊学させる』という名目で追放したのだった。

 

「最後の最後まで、バルビエ伯爵は強硬に私の追放に反対し続けました――出国の際には、彼の私兵に半日空港を閉鎖されましたし。そんな事をしたせいで、バルビエ伯は政治的地位が危機に陥っている様ですね」


 ロジャーは唇を開いた――その眼差しは鋭い色を孕んでいる。


「成る程――裏でバルビエ伯爵は姫殿下マ・プランセスと結託しているのではないか? と疑われている訳ですか」

「ええ――ですので、アゴラン王国と私が結託関係にある事を示す、明らかな証拠を探しているのでしょう。それを王族達に示し、身の潔白を主張するつもりでしょう。国内に間者を送り込んでいるという事も考えられます」

「王宮に人を送り込んでもいるでしょうな――公文書を必死になって今頃探っておる事でしょう」


 ロジャーは眼差しをビルに向ける――彼は頭を左右に振った。

 

「案じまするな――『あの書類』は。ですので、ご安心めされい」


 ルテティアは唇を引き結んだ――

 自分は『契約の当事者』である筈なのに――その詳細を何も伝えられていないのだ。

 

(やはり私は使い捨ての手駒――そういう事なのだろうな)


 無力感が胸の奥から湧いてくる。自身の卑小さが呪わしい――王女ではあるが、所詮は一六歳の小娘に過ぎないという事か。

 重苦しい溜め息が漏れ出てしまう――ルテティアは拳に力を込めて、強く握った。

 自分がもっと強ければ、そして大人であったならば、きっと信頼して貰えただろうに。何て自分は弱いのだろうか――その事が本当に悲しく、悔しい。 


「……では殿下、稽古を終えて喉が渇かれた事でしょう? お茶にしましょうか――」

 

 ビルの言葉を聞いたルテティアは口元に笑みを作った――しかし、その瞳には一切の安らぎはない。寒々しい闇が揺らいでいる。

 ナゼールはそんな彼女を見詰め、憂慮の念を心に抱いた――そして、ルテティアに掛ける言葉を脳裏に想起出来ない自分を、呪わしく思ったのだった。



◆◇◆



「ねえ、待ってよ――」


 視界に自分よりも頭半分背が高い男性の後ろが見えた――彼は振り返ると、『私』に澄んだ焦げ茶色の瞳をこちらに向けてくる。

 彼の左手の薬指には白銀のリングが嵌められていたのだった。

 

「どうしたんだい――コンコルディア」


 彼の左腰には鞘に納まった『アルトーリア・ペンドラゴン』の姿がある――『私』は笑顔を見せた。

 

「今日の夕飯どうする? 食べたいのあったらいってよ」

「うーん……どうしようかな?」


 彼は右手で顎を撫ぜた――真摯な横顔が、本当に素敵だ。

 

 ああ……ウィリアン。ウィリアン=ウィルキー=コリンズ!

 

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、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き!

 

 好きよ、好き! 心から愛してる……!!

 ああ――今生は結ばれなかったけれども、だけど

 

 貴方が本当に大好き! 次に生まれ変わったなら、以上に絶対に幸せにしてみせる!!

 

 だから、だから、大好きよ! もう大好きなの! 大好き、大好き、大好き、大好き!!

 

 だから、だから――ウィリアン……

 


◆◇◆



 そこで玉座に座った『俺』は目を醒ました――女の絶叫の残滓が、妙に頭の中にこびり付いている。

 胸に溜まった息を吐いた――何だ、今の夢は?

 

 それに夢に出て来たあの男――ベッキーに瞳の色がそっくりだった。

 何なんだ、あの男は……? ウィリアン……? 知らない名前だ。

 

、お疲れですか――」


 壮年の男性の声が左から聞こえる。『俺』は顔を左に向けた――そこには目深にフードを被った黄色いローブ姿の人物……腹心のドミトリー=ジャクソンの姿が見える。『俺』は笑った。

 

「ああ、昨日は少し忙しかったからな――」

 

 ダヴィドゥス=ラ・プランス・ド・スゴン=ロワイヨム・ド・ミラベル。『俺』の本名だ。

 まあ、オスカー=アップルトンと呼ばれる事の方が多いから、大して馴染みがある名前ではないがな。

 

『おーい、オスカー!』

 

 笑顔のベッキーが脳裏に浮かぶ……ああ、君が口にする『俺』の名前は、何と甘美な響きなのだろうか。思い出すだけで、遥かな恍惚の高みに昇ってしまいそうになる。ベッキー――ああ、ベッキー!! 愛している! 愛しているんだ!!

 

 はっ……いかん、いかん、彼女の事を想い過ぎて、うっかり理性を失いそうになった。『俺』は威儀を整えると唇を開いたのだった――。

 

「要件は何だ? まさか、『余』が寝ているかどうかを、わざわざ確認しにきたのではあるまい?」

御意ぎょい――ダヴィドゥス様、ご覧頂きたき物がありまする」


 人物は宙を右手で三回――するとそこから、直径七mの円形状をした鏡めいた物が姿を現す。

 鏡の表面に波紋が浮かび、そこに映像が現れる――そこには『俺』の唯一の肉親……ルテティア=ラ・プランセス・ド・トロワジエム=ロワイヨム・ド・ミラベルの姿が現れる。彼女は義兄譲りの翡翠色をした瞳と、母譲りの髪と肌を輝かせながら、清澄な表情で木剣を手にして、アゴラン王国の正騎士達を相手に乱取り稽古を行なっていた。彼女の剣の振りは鋭く、義兄を彷彿とさせる――あの人は本当に強かった。その血を継いだ彼女も、きっと強くなる事だろう。

 

「これは今現在の様子ですが……実は昨日、彼女はバルビエ伯ブリアック=ド=ベルトランに監視された模様です。そして国内で彼の放った工作員が活動を行なったと思しき形跡がありました。これです――」


 そこには遠景だが青い鎧を身に纏う、白髪と虹色の瞳を持つ、光の剣を手にした女性騎士が、黒ずくめの男達と対峙する姿が見られる。

 

 彼女は、先日に我々の作戦行動を若干妨害したと報告が上がった人物だ。こうして見ると、彼女の顔はとてもベッキーに似ていた――誰だろうか? 

 しかし、あんな親戚がいるなんて話は、彼女から聞いた事がない。一体、何者だ?

 

「魔力を調べた結果、どうやら彼女は〈精霊剣カリバーン〉の使い手らしいのです――いかがしましょうか?」

「成る程――『例の物』を起動させられるという事か……」


 『俺』は思考を動かした――この国の方針はルテティアをミラベル王国の玉座に据え、それを利用してガリアヴェルサンジェトリクス大陸への橋頭堡を築く事だ。

 まあ、それはいいとして、問題はあの〈精霊剣カリバーン〉の使い手が、現ミラベル王国政権の連中に利用される可能性だ。そうされると、『計画』に支障をきたす事になる。さて、どうするか――。

 

「……暫くは放置しろ。〈究極〉ウルティムムのレベルまで〈精霊剣カリバーン〉を扱えている様だったら、味方に引き入れる事も考えるが、まだそうなっていない様子だしな。使い道がない。ただ、下手に彼女とトラブルを起こすと不測の事態が起こり得るやも知れん。極力彼女と敵対せぬ様に努めよ――それでアゴラン王国内部の破壊活動はどうなっている?」

「はい、順調です――地方部の中小規模の村町に向け、調。」

「よし――計画をそろそろ『第二段階』へと移行させろ」

「御意――では、私めはこれにて……」


 ドミトリーの姿は朧げに揺らいで消えた――『俺』は軽く息を吐いた。

 後少しだ――後少しで俺はベッキー……彼女に本当の身分を打ち明ける機会を得られる。

 さて、求婚をいつ行なおうか――身分を明かしてからか?

 いや、それもドラマチックだが……とにかくリンジーさんとアガサさんと打ち合わせをしておかないと。

 そうそう! 彼女の従姉妹達にも協力を要請する手紙を出そう。きっと力になってくれる筈だ!

 『俺』は玉座から立つと、必死に手紙の内容を考え続けたのだった――。

 ああ、誰かを愛し、その人に想いを告げるという事は、あらゆる陰謀を巡らすことよりも難しい物だな。

 さてと……書き出しをどうしようか――。まずは季節の挨拶から記すのが普通な感じで、いいかな?


 

◆◇◆



「ふえーくしょいっっっ!」


 アタシはクシャミをした!

 トラックの屋根が捲れてるせいで、風が吹き込んできてチョイと寒いかも?

 座ってる座席から立ち上がったアタシは、屋根をグイっと引っ張って極力元の状態に戻そうとした。

 鋼板が薄いせいか、屋根はちょっと脆い感じがする。慎重にやらないといけないぜ。

 

「おい、そろそろ着くぞ~」


 その時、運転席に座るアントニーの奴から声が掛かった。アタシは上に向けた視線を正面に戻す。

 アタシの目に、大型の飛空艇が離陸したり着陸したりする光景が飛び込んでくる。賑やかに色んな奴らが行き交い、活気に満ちた様子がそこにはあった。

 

「へえ~、凄えトコだな、ここって!」

「そりゃそうさ。クリフォード・アッシュダウン市は人口二〇〇万いるんだぜ。それに今は虹曜日。休日だしな」

「あ、そうか――へえ~……じゃあ、金持ちのヨットとかもあるよな~?」


 アタシは楽しくなって笑った――よーし! 

 

<<ではベッキー、当初の手筈通りに!>>

「ああ――じゃあ、行くぜ! てな訳で、アントニー、ありがとよ!」


 アタシは助手席側のドアを蹴っ飛ばして壊すと、そこからアントニーを放り投げた! 彼は悲鳴を上げながら藁束の上に落下する。

 そしてアタシは運転席に座ると、クラクションを鳴らしながらハンドルを回してアクセルを踏む。人を撥ねない様に気を付けながら、アタシは真っ直ぐに道路の標識を眺めた。駐艇場まで、一三km! よーし! アタシはとても楽しくなって笑った!


「よっしゃあ! コイツぁ、チョー運がいいぜ~♪」



◆◇◆



 駐艇場に全長二〇〇mの旅客飛空艇――アゴラン第一航空・クリフォード・アッシュダウン発アゴランポリス行き・四六六七一便が鎮座している。


「やれやれ――あんな儚い殿方だったなんて……とんだ無駄足でしたわ」


 その船内――赤みを帯びた茶色の髪に、澄んだオレンジ色の瞳――頭に犬耳、そしてお尻から髪と同じ色の犬尾を生やした、気品ある雰囲気の身長一八六cmの女性が、赤い絨毯が敷かれた廊下を、背筋を真っ直ぐに伸ばして闊歩していた。彼女はマスキュリンなデザインをした服を身にまとい、その左腰には瀟洒な細工が施された鞘に納まるサーベルがあり、それは窓から注がれる陽の光に照らされて明るく輝いていた。

 彼女の名はエゲリア=ノーブル・オブ・ペディグリー=ドーター・オブ・バロン=ショルショルラ=サー・グッドウィン。アゴラン王国の貴族、グッドウィン男爵家の令嬢である。

 その後ろを、頭から鼠耳、お尻から鼠尾を生やした、身長一二七cm、メイド服を身にまとった、淡い水色の髪に柔らかい色調をした黄色い瞳を持つ少女が歩いている。彼女の名はベティ=コンチュチュ=ブルー。グッドウィン男爵家に仕えるメイドの一人である。彼女は手元にある手帳を開く――そして溜め息を吐いたのだった。

 

「これで三七人目ですね――お嬢様、どうします? このままだと、旦那様から決められた期日に間に合うかどうか……」

「ベティ……後ろ向きに考えてはいけません! 絶対に見付け出すのです。でないと、わたくしは見ず知らずの男の元に嫁がされる事になるのですよ! 納得出来ませんっ!」


 ベティは思う――見ず知らずの男、といっても、相手はシャイニング公爵家の男子である。自分の実家より家格の高い家に嫁ぐのに、何を我儘をいっているのだろうか?

 

(まあ……お嬢様はアゴラン王国第三正騎士団の副団長の地位を一九歳の若輩で勤められている方ですから、『弱い殿方』に娶られる事が我慢出来ないのでしょうが……) 


 庶民の自分からしてみれば、とても贅沢な話である――自分だったら喜んで結婚するだろう。ベティはウンザリした思いを溜め息に変えたのだった――。

 

「……ですがお嬢様、お嬢様は騎士団実技大会で、仕官してから五年、ずーっと連続で優勝してるでしょう? それにアゴラン王国の『二四人の聖騎士達トゥエンティーフォー・セントナイツ』が一機、SRスーパーレアクラス〈大いなる騎士〉ヒュージ・グランドナイトの『セントフォーティンブラス』に認められた方です。普通の〈血統騎士〉エクスパーソナル・ナイトや〈守護霊使いガーディアン・マスター〉の方が戦って勝てる訳ないでしょうに――」


 彼女の言葉がエゲリアの胸を刺し貫いた――反論出来ない。

 その事がとっても悔しい! ああ――非常に最悪だ……。

 

(ああ……もうっ! どうして、わたくしは、こんなにも武才に恵まれてしまったのでしょうか――衆に優れている事が、こんなにも不幸な事だったなんて……!)


 実際、アゴラン王国の正騎士団内で武技で自分に勝る者はいない――副団長の地位に置かれているのも、それは二〇歳にもならない若輩だからである。

 それさえなければ自分は王立第一正騎士団団長……いや、王国の全ての騎士団を束ねる大団長の地位に昇り詰めている筈だ。間違いないと断言出来る。自分より強い人物は……もうこの国にはいないのかも知れない。何て酷い事なのだろうか!

 

(そのせいで、どの殿方もわたくしに勝てない――ああ、もう! このままではいけませんわっ! 何とか……何とかしなければ!)


 アゴラン王国の人口は約五二〇億人はいるのだ――誰かいる……筈。絶対に自分より強い殿方がいる筈! ……そうでないと困る!!

 

「ベティ、この飛空艇、目的地はどこですか?」

「はい。アゴランポリスへの直行便になりますね――ああ、そうそう。お噂は聞かれました?」


 エゲリアは歩を止めて振り返った――その顔は怪訝そうな雰囲気である。どんな噂なのだろうか? 彼女は興味を抱いた。

 

「それはどんな内容なのですか?」

「はい――何でも、ガリアヴェルサンジェトリクス大陸の某国から、姫君が騎士達を引き連れて亡命なさっているとの事だそうです。王宮勤めの従姉妹から話を聞き及びました」


 エゲリアは驚きに目を丸くした――その話は初耳である。彼女はベティに近付いた。

 

「その……騎士の中に殿方はいらっしゃるのですか?」

「ええ――そうみたいです。従姉妹達の話だと、結構強そうな方がいらしたみたいですよ」

「成る程――分かりました」


 正誤定かならぬ話だが、僅かな希望を感じる――亡命した王家の人間に付き従う程の人物だ。相当な力量の持ち主かも知れない。

 

(しかしそうなると、相手は外国の方ですから色々と厄介ですわね――どうした物かしら?)


 下手をすると騎士団を離れねばならないかも――そう思うと、彼女の心は陰鬱な影に覆われた。ああ、慣れ親しんだ故郷を離れるなんて、考えられない――どうしたらいいのだろうか?

 

(それに家格の釣り合いも問題ですわ――我がグッドウィン男爵家は、第三代国王ブローニーⅠ世の血統を継ぐノースゴールデン王家に縁連ねる名門です。それに見合う格の方でなければ、とても、とても……)


 しかし、色々と考えても仕方がない――とにかくその姫君の話が本当か否か確かめないと。エゲリアは軽く息を吐くと、再び前を向いて歩き出したのだった。

 とにかく、父が指定した期日まで残り二週間――たった二〇日しかないのである。

 時間がない――とにかく動かないと。

 

(ああ、手強い狼藉者が目の前に現れて暴れてくれれば、それを討伐するという口実で期日を伸ばせるのに……)


 しかし、そんな都合のいい事など起こらないだろう――彼女は苦笑を顔に描いた。

 そして右手首の時計に視線を向ける――その針先は一四時に近付きつつあった。そろそろ出発の時間である。

 

「ベティ、座席に着きましょう――キャビンアテンダントの方に怒られてしまいますわ」

「ええ、お嬢様――今日のお昼は何が出るでしょうかね~? 楽しみです!」

「一昨日は〈地の底の大地プロフォンドム・テッラ〉海産の舌平目のムニエルでしたわね……美味しかったので二日続けて頼んでしまいましたが、流石に三日続けてというのは何でしょうし。そうですわね――ベティ、鶏肉でよろしいかしら?」

「ええ! ありがたく頂戴します!」


 やった! 今日も美味しいランチにありつける! ベティは晴れやかな顔で笑った――声の調子も明るくなる。

 エゲリアは安堵の思いになると、彼女を可愛らしく思いながら、口元に朗らかな笑みを描いたのだった。


 

◆◇◆



「ヒーッチハイクっとぉ~っ!」


 トラックを乗り捨てて、そう一声発したアタシは、アルトと一緒に四六六七一便って奴の中に潜り込んだ――場所は貨物室っぽい。ちょい涼しいな~。

 中は薄暗くって光は差さない――よーし、ここならポリ公に見付からないだろ~。へっへっへっ!

 

<<ふむふむ、最近はこういう物が空を飛ぶのですね。面白いです!>>

「へえ~、アルトってこんなのに乗った事ねーのか?」

<<ええ。ううむ……驚きです! 文明の利器はここまで進歩したのですね!>>

「でもよ、神代レース・アルカーナ歴時代はもっと色々と進んでたみてーだぜ。えーっと……宇宙っつったっけ? 空の更に上にある世界にもホイホイ行ってたみてーだし」

<<ああ、その話なら私も聞いた事があります。宇宙ですか……どんな場所なんでしょうか? 興味がありますね――>>


 くんくん……お、何かいい匂いがすっぞ。アタシは貨物が入ってるダンボール箱をテキトーに爪先で引っ掻いて破った。

 そこには『要冷凍』と書かれてる袋に入ったハムやチーズやソーセージ、そして同じく袋にはいったカットされた野菜や果物があった! 

 おお、食いモンだ! こりゃいいね~♪

 

<<おや? ベッキー、こちらには色々なジュースや調味料がありますね。成る程、ここは食料保管庫の様ですね>>


 アルトの声を聞いて、心の中が嬉しいっ! って気持ちに満たされる!

 

「へっへ~♪ こりゃいいや! ……あ! そうだ、アルト、ちょっと手伝ってくれねーか?」


 アタシは食材達を眺めながら、お袋が作ってくれた料理の事を思い出していた――よーし、今日はご馳走だ~っ♪


 

◆◇◆



 飛空艇は離陸し、蒼穹の空に向け、勇壮な雰囲気で飛び上がる――。

 そして昼時――ファーストクラスルームで、エゲリアとベティは優雅にクリームバジルソースが添えられた鶏のポワレを口に運んでいた。

 その時、艇内にけたたましい警報音が鳴り響いた――客室乗務員達が慌ただしく走って、何事かを話し合っている。エゲリアは口元をナプキンで拭いながら怪訝な顔になった。何が起こったのだろうか?

 彼女はテーブルの上に置いてあったハンドベルを鳴らした――キャビンアテンダントの女性が慌てて彼女の側に侍る。

 

「もし――何があったのですか?」

「はい、火災です――火元が冷凍貨物室なのですが、その……中に入れないそうなのです。それで消火作業が出来なくて……」

「え……? ――どういう事なのですか?」 

 

 疑念を心に抱いたエゲリアは、ナプキンをテーブルの上に置くと鋭い視線をキャビンアテンダントに向けたのだった――。


 

◆◇◆



 サーベルを腰に佩剣したエゲリアは、肩に全長二mの金属製のハンマーを担ぎ、魔法鎧を身にまとうベティを後ろに引き連れて廊下を駆ける。

 彼女達の行く先には消防士と困惑の表情を深めた客室乗務員達の姿があった。彼ら彼女らは2人の気配に気付くと、左右に分かれて道を作る。

 

「ここですか……どうやっても破れないのですか?」


 エゲリアは近くの消防士に顔を向ける――彼は疲れ果てた顔で頷いた。

 

「ええ――油圧ジャッキで開けようとしたのですが、何かが扉の邪魔をしているらしくって……」

「分かりました――ベティ!」

「畏まりました――皆さん、危ないので離れて下さい!」


 ベティはハンマーの柄を両手で握ると、それを凄まじい速度で回転させた――そして目にも留まらぬ程の速度で貨物室へと通じる扉にハンマーを直撃させる。

 扉は瞬時に粉砕され、その破片が周囲に散らばる――エゲリアはサーベルを鞘から抜き、金色の光沢を放つ白色の金属……二級ハイペリオン合金で作られた剣身けんしんを露わにしたのだった。

 室内に入った彼女の頬に冷たい空気が触れる。

 扉が開かなかった理由――それは内部に密航者がいる可能性が高い。

 しかも、冷凍貨物室の中は非常に寒く、普通の人間や生命体だったら凍死は免れない。その中で耐えられるとなると……。

 

魔物テネブラーエか、魔族ステルラ・イーレ、もしくは〈血統騎士〉エクスパーソナル・ナイト以外にありえませんわ!)


 その時、風が起こっている感触を二人は感じた――新鮮な空気の出入りが生じている。エゲリアは緊張感を高め、ベティは疑念を心に抱いて怪訝そうな顔になった。 おかしい――普通、こういう場所は密閉状態で、風が出入りする事はありえない。

 そして軽快な調子の鼻歌が聞こえてくる――間違いない。この場所には誰かがいる!

 

「……お嬢様?」

「ベティ、気を付けて――」


 二人は前に進む――そして整然と並べられたダンボールの山を越えて、倉庫の最奥部に到達した。

 壁には二ヶ所穴が作られ、外気が出入りしている――。

 床には煌々と燃える、引き裂かれたダンボールの山――そしてそれに焙られる、引きちぎられ四角く曲げられた鋼板がある。その上では肉や野菜が焼かれ、そしてそれらを胡座をかいて座りながら一心不乱に食べている、ピンクベージュの髪と焦げ茶色の瞳、一八五cmの身長を持つ、左腰に剣を下げたキティー族の女性の姿があった。彼女は気配に気付くと鉄板から顔を上げ、そして歯を見せて笑う――。

 

「おう――アンタらも食うか?」


 彼女は何の殺気もなく、実に脳天気な雰囲気を醸し出している。

 エゲリアとベティは言葉を失い、呆然の顔を彼女に向けたのだった――。



◆◇◆



「あ、あの――何をしているのですか?」


 上品そうな服を着たドギー族の女がスッゲー『何、コイツ!?』的な顔をして、アタシを眺めている。その後ろにはミッキー族らしい、メイド服に鎧っていう格好の女の子の姿が見えた。アタシはナイスな感じに焼けたソーセージにフォークを突き立てると、それに齧り付いたのだった。

 

「めふぃふってんはよ。ふぃてふぁくぁふぁふぇーふぁ?」

「は……? 今、何と……?」


 アタシはソーセージを飲み込んだ――そして笑う。

 

「飯食ってんだよ。見て分かんねーか? さっきも言ったけどさ、アンタらも食べなって。ここの食いモン、美味いぜ~!」


 二人はメッチャ戸惑った顔を見合わせた――あ。そうだ。アタシ、名乗ってなかったっけ!

 

「そうそう、アタシの名前はベッキー=バーバラ=バートランド! よろしくな!」

「さ、左様ですか……わ、わたくしの名はエゲリア=ノーブル・オブ・ペディグリー=ドーター・オブ・バロン=ショルショルラ=サー・グッドウィン。アゴラン王国、王立第三正騎士団副団長の任を務めております。おや? その服装……貴殿は我が国の自由騎士フリーボーン・ナイトではありませんか? ど、どうして斯様かような場所に……?」

「ん? ヒッチハイクしてんだ――だからだよ!」

「え……? ヒッチ……ハイク? 何なのですか、それは? ベティ、ご存知ですか?」


 ベティと呼ばれたミッキー族の女の子が口を開く――。


「簡単にいうと、人様の車に乗せて貰って旅をする行為……といった感じですね。あ――ま、まさか……!」


 ソイツはアタシの顔を見るなり、ベルトポーチの中から紙切れを取り出して眺める――そして驚きまくった顔になったのだった。

 

「お、お嬢様! コ、コイツ、お尋ね者ですよ! ほ、ほら!!」


 ベティは彼女に紙切れを見せた――エゲリアはそれから顔を上げると、メッチャ『???』な感じの顔をアタシに見せる。


「……え? それは本当ですか? ……彼女からは全く悪意を感じないのですが――」

「いやいやいや、お尋ね者ですよ! そんな呑気な……!」

「ですが普通のお尋ね者は剣呑な感じの人物が多いでしょう? 悪辣な雰囲気をも漂わせてますし……ですが、彼女からは全然、そんな物が感じられません。――」

「それに? 何ですか……?」


 エゲリアは腕を組むと、小首を傾げた――そして難しい顔になると。うーむ、と唸ったのだった。

 アタシはいい感じに焼けたパプリカを齧って、ハムハムと食べる。へへへ、コイツぁ美味いぜ~♪


「いえ……何でもありませんわ――まあ、とにかく、バートランド卿、一緒に参りましょう。ここは寒い場所ですし、それに〈血統騎士エクスパーソナル・ナイト〉たる者が、こういう薄暗い場所にいてはいけませんわ」

「……え? お、おう。ちょっと待って! 今、全部食っちまうから!」


 アタシはガーッと残った物を全部口に放り込んで、温めて溶かしたジュースを飲んで、ソイツらを全部腹の中に流し込んだ。

 エゲリアは右手をアタシに差し伸べる――アタシはそれを左手で掴んだ。

 

 その瞬間――よく分からねーけど、

 何か、前にも、こんな感じで座ってたら、

 あれ? アタシ、コイツとは初対面だろ? 何で……? え?

 

 まあ、いいか。よく分かんねー事を考えたって、よく分かんねーんだし。考えるだけ無駄だ。

 アタシは立ち上がる――そして、しっかりとコイツと手を握り合ったのだった。



◆◇◆



 空に暗雲が浮かび、雨が降る――クリフォード・アッシュダウン発アゴランポリス行き四六六七一便。その側を稲妻が走った。

 黒い翼を背に持つ全長三〇mの獣翼竜ワイバーンが、赤黒い瞳を爛々と輝かせながら四六六七一便に近付いている。

 その背には黄色いローブを身にまとい、フードを目深に被った、身長一七〇cmの人物の姿がある。光が当たる口元は若々しい唇があった。

 人物は右手にハンドベルを持ち――それを厳かに鳴らす。

 空中に歪みが生まれ、そこから全長一〇m程の禍々しい妖気を漂わせる巨大な蜻蛉が姿を現した。そしてその蜻蛉達は羽音を鳴らしながら四六六七一便目掛けて、遮二無二に突進した。黄色いローブを身にまとった人物は、その光景を眺め、楽しげな笑みを浮かべる。

 大きな雷鳴が天に轟いたのだった――。

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