第三話 アタシ、変身!?

 

 そう思った瞬間、握った柄の形が大きく変わった――古ぼけた感じの物から、急に洗練された姿に変わる。

 そしてアタシの目の前に六角形の光の壁が現れた――ソイツは蜘蛛の足を弾き飛ばして消える。


 アタシは空中で宙返りして着地した――そして柄を眺める。な、何……これ!? どうなってんだ!?


【うう~ん……ムニャムニャ……はっ! え――あれ? ここはドコですか?】


 ……っ!?

 女の声だ! な、何だあ!? ドコにいるんだ!?


「お、おい、ドコだ? てか、アンタ、誰だよ!?」

【私ですか? 〈精霊剣〉カリバーンのアルトーリア・ペンドラゴンと申します。よろしくお願いします。私の声が聴こえるという事は、貴方はもしや――】


 声は頭の中に響いてる感じだ――うわ~……気色悪い!

 てか、今はそれどころじゃねえっ!


「お、おい……まあ、いいや。とにかく、アイツをやっつけたい! 協力してくれ!」

【協力……? はっ! あれは魔物テネブラーエではありませんかっ!?】

「そうだよ! だから一緒に……うわあああ……っ!!」


 蜘蛛の野郎が火を吐いてきやがった! 熱い! 熱いってっ!!

 ソイツはアタシに向かって突進し、体当たりをかます! 痛いって!!

 アタシは吹っ飛ばされる! そして瓦礫の中に埋もれたのだった――。

 くそ! 身体が動かせねえ!


【貴方、お名前は!?】

「アタシ? ベッキー! ベッキーって名前なんだ!」

【ではベッキー、貴方に戦う力を! 共に魔物テネブラーエを倒しましょう!】


 握った柄が光り輝く――そして柄から光輝く剣身が生まれた。

 長さは七◯cmぐらいだ。そして剣は光り輝き、アタシの身体を包み込んだのだった。

 

 

◆◇◆



 「――はあああっ!!」


 瓦礫の山が弾け飛ぶ――そこから右手に剣を掴んだ一六◯cmの人物が姿を現した。そしてボロボロになったローブを身体から引き剥がす。

 歳の頃が一◯代前半の、可愛らしい容姿をした少年だ――金色の髪に、群青の瞳を持っている。

 彼は険しい眼差しを、そして剣の切っ先を巨大な蜘蛛に向ける――群青の瞳に、激しい闘志が燃えていた。

 少年は走った――そして蜘蛛の面前で分身を4つ生じさせ、目にも留まらぬ程の速度で剣を振るう。生じた真空波によって蜘蛛の身体には


(くそっ! 俺の力じゃ駄目なのか――)


 彼は蜘蛛から一気に離れた――コンマ三秒で五◯m後退し、軽く息を吐いた。


(アイツら……そこそこ強い物理耐久の援護魔術バフが掛けられてる――)


 ならばマッハ一~二程度の斬撃では、大したダメージを与える事は出来ない。

 少年は奥歯を噛み締めた――大人の〈血統騎士〉シュヴァリエ・ド・グラーデ・ハイゲならば、こんな連中に遅れを取る事はなかっただろう。

 彼の心の中は悔しさで満たされた――ああ、畜生!! どうして自分は子供なのか! 脳裏に白い髪、翡翠色の瞳、淡い褐色の肌を持つ美しい少女の笑顔が浮かぶ――。


姫殿下マ・プランセス……アルトーリア・ペンドラゴンを手に出来ず――俺は……俺は……っ!!)


 その瞬間だった――蜘蛛は口から糸の塊を吐いた。

 それは物思いにふけっていた少年の身体を覆う――彼は崩れた壁に身体を付着させられた。

 

 糸は瞬く間に固まり、非常に堅固な物と化す――。

 彼は身体に力を込めた――壊せない!


「く――くそぉぉぉぉっ!!」


 蜘蛛は突進し、彼に飛び掛かった――顎が開き、その鋭い牙は彼の喉笛を引き裂かんと迫った。彼は目をつぶり、悔しさと後悔が滲む顔になる。


姫殿下マ・プランセス――申し訳……)


 その瞬間――瓦礫の中から光の柱が天に向かって立ち昇る。

 光の柱の中に、誰かがいる――白く輝く長髪に虹色の瞳をした、青い鎧兜を身にまとった、光の剣を手にする、頭に猫耳、臀部から白い猫の尾を生やした女性だ。


 光の柱は消え、女性は燃え盛る大地に立った――そして次の瞬間、少年に迫っていた蜘蛛の身体を瞬時に真っ二つに両断した! 蜘蛛は爆発四散。その命は散華した。


 呆気に取られた彼の身体にまとわり付く糸を、女性はあっという間に細切れに斬った――地面に立った少年は、唖然とした顔で彼女を眺めた。


「よう、無事か! よかったぜ!」


 変事に気付いた蜘蛛の群れが彼女に駆け寄る――そして糸と火を吐いた。

 それらを華麗に彼女は躱し、避け、光の剣で切り払い、そして1匹の蜘蛛を両断する! 蜘蛛は爆発四散――その命を散らす。


 そして彼女は流れる様に蜘蛛を斬っていく――爆発四散、爆発四散、爆発四散!

 最後の一匹が口から放つ焔を剣で断ち切りながら、彼女は勢いよく剣を鋭く振り下ろした。


「――おりゃあああああっ!!」


 最後の蜘蛛も見事に両断され、断末魔の悲鳴を上げながら爆発四散する――。

 女性は着地するとポーズを決めて、楽しげに笑う。

 少年はその姿を唖然の思いで、呆然と眺めたのだった――。


(……す、凄い! これ程とは――)


 彼の瞳は英雄の姿を捉え、感嘆に震えたのだった――。



◆◇◆



 町外れの、森を背にした崖の上――そこに立つ黄色いローブを身にまとい、フードを目深に被った人物の後ろに、その人物よりやや背が低い、同じ装束の人物の姿が幻妙に宙から現れる。その人物もフードを目深に被っており、深い影に顔を隠していた。


「どうした――そろそろ帰還せよ」


 壮年の男性の声が、崖に立つ人物の背に掛かる――人物は振り返った。


「異常が発生しました――放った蜘蛛が仕留められました」


 人物は若い女性の声を発した――しかし、声色から動揺をしている気配は一切ない。非常に冷静である。


――ならば迅速に帰還せよ。些事に心を奪われるな」

「は――では……」


 人物は空間に溶ける様にして姿を消した――そして壮年の男性の声を発した人物も姿を同じく消す。

 誰もいなくなった崖に、静かな風が吹いたのだった――。



◆◇◆



 噴水の水面に、アタシは顔を向けた――。

 その時、剣は弾けて消えて柄だけになり、髪と瞳と尻尾は元の色と長さに戻り、青い鎧兜も光の粒子になって風に流れて消えていく。

 アタシは息を吐いた――身体がスッゲー軽かった! 今まで感じた事がない感じだぜ!


 って――い、今、水面に映ってたアタシ、一体全体何だぁ!?

 おいおいおい……まさか、変身してたってのか!?


【どうしました、ベッキー?】


 頭の中に声がする――う~ん……気色悪い!

 アタシは左手で頭を掻くと溜め息を吐いたのだった。


「い、いやあ、どうしたっつーか――あのさ、頭の中でゴチャゴチャ言うの止めてくれねーか? ちょっと慣れなくってさ……」

<<はい――では、これでいいですか?>>


 耳に柄からの声が入った――そうそう! これこれ!!


「おう、悪いな。えーっと、アンタの名前、何つったっけ?」

<<アルトーリア・ペンドラゴンです>>

「え~っと、アルトーリア・ペンド……ん~。ちょっと長いかな……? アルトって呼んでいい?」

<<ええ、結構です――ふふ……その呼び方、とても懐かしいですね>>

「へえ~、そうなのかよ?」


 その時、足音が俺の後ろに近付く――。


「もし。そこの騎士シュヴァリエの方――」


 背中に声が掛かった。振り返ると、そこには背丈が俺の顎先くらいの女の子……いや、可愛らしい男の子がいた。ソイツは切羽詰まったっ感じの顔をアタシに向ける。


「そこの方――よろしければ、お名前を……」

「アタシ? ああ、アタシはベッキー。ベッキー=バーバラ=バートランド。アゴラン王国の自由騎士フリーボーン・ナイトやってんだ。アンタは?」


初めましてボンジュール・アンシャンテ・マドモアゼル。俺……いえ、私の名はセレスタン=ノーブル・ド・ヌーボー=バスチアン。ガリアヴェルサンジェトリクス大陸のミラベル王国が〈血統騎士〉シュヴァリエ・ド・フォルスです。ま、真に申し訳ないのですが……その剣を、お譲り願えませんでしょうか?」


 この剣って……アルトの事かな?


「ああ、いいぜ――持ってっても」

「……っ! 何と! これはありがたい!」

<<あ――い、いけません! 私に認められた方以外が持つと危険……>>


 アタシはセレスタンに、アルトを「ほらよっ」と投げ渡した。

 それをソイツが手にした瞬間――彼の身体に凄まじい電撃が走る! 身体から煙を上げ、白目を剥いて気絶したセレスタンは地面に崩れ落ちたのだった――。


(え――はぁぁぁぁっ……!?!?)


 ビックリしたアタシは、慌てて彼を抱え起こして揺さぶった!

 え……!? な、何だぁ!? 一体、何が起きたんだ!?


「おい! 起きろって! おい、おいったらっ! おいっ!!」


 セレスタンは、全然アタシの呼び掛けに応えない。

 彼の手から、アルトは転げ落ちたのだった――。


<<だからいったでしょう! 選ばれた方以外が、私を持ったらいけないって!! とても危険なのですよ!!>>


 アルトは怒った様な声を上げる――アタシは彼を右肩に抱え上げると、急いでその場を後にした。どっか、セレスタンが安全に休める場所を探さないと。ここじゃ危ない!

 遠くからパトカーと消防車のサイレン音が響き初めてきた――ヤバイ! とにかく逃げるぜ~っ!! アタシはその場から全速力で逃げ出したのだった!



◆◇◆



 魔物テネブラーエが打ち倒され、騒乱が静まったチャールズ・ディケンズ町。消防車が燃え盛る建物に放水し、救護所には怪我人が溢れていた――。


「成る程――やってくれたな」


 外に立つアナベルは、壁が壊された刑務所を眺める――ベッキーが放り込まれた独房があった場所だ。そこは無人――彼女の姿はない。


 警官がアナベルに近付き、敬礼を行なった――。


「やはり確認出来ませんでした――ベッキー=バーバラ=バートランドは町内にはいません」

「……混乱に乗じて脱獄とは、いい度胸をしていますね――それから〈精霊剣〉カリバーンの所在は?」

「そちらもまだ――目撃者の証言によると、どうも能力を顕現させた者がいるそうですが……」


 アナベルの眉根が近付いた――そんな馬鹿な。


――それなのに、どうして……? まあ、今はそんな事よりも……)


 要救護者の保護が優先事項だ――訳の分からない事を、あれこれ考えている場合ではない。目の前のやるべき仕事を最優先しないと。


「分かりました。ですが、今は瓦礫の下に埋まっている人達の探索が先です。行きましょう」

了解イエス・マム――」


 アナベルは刑務所に背を向けると、警官と共にその場を後にする――。

 その表情は鋭く真剣な色を帯びていたのだった。



◆◇◆



「……え? な、何でだよ!?!?」


 蜘蛛の魔物テネブラーエをぶっ倒して、男の子……セレスタンを助けてから二日後――場所はシャーロックの街外れの森の中。

 アタシは自分のアッカンベーをした顔写真が乗せられた指名手配書を見て、そこに記された罪状と、そして『ベッキー=バーバラ=バートランド。彼女に関する重大情報を提供、もしくは身柄を取り押さえた者に対し、賞金八〇万キングスポンドを支払う』って文を読んで、ガチで目の前が真っ暗になった。

 アタシの前にはアーリーンさん、苦笑を浮かべたリネット、不安そうな顔のチェスターがいた。アタシは頬を引きつらせながら、手配書から顔を上げる。

 アーリーンさんは呆れた風に息を吐いたのだった。


「ベッキー……貴方、一体何をしたんですか?」

「いやいやいや、だってさ、怪我人がいるしさ! 刑務所、ぶっ壊れてたんだぜ!? とてもじゃねーけど、あんな場所で休ませられねーじゃん!?」

「それ以前に、恐喝に器物破損、暴行傷害に道交法違反……果ては窃盗とは。何があったんですか? ちゃんと説明して下さい」


 アタシは手にしたアルトを彼女達に示しながら、ヒッチハイクをした事、ぶち込まれた刑務所が蜘蛛の魔物テネブラーエにぶっ壊されて、そしてソイツらをやっつける為にアルトを抜いた事、そしてセレスタンって〈血統騎士〉エクスパーソナル・ナイトを行き掛かり上助けた事を必死になって説明した。誤解を解かないと!!


<<皆様、お分かり頂けましたか?>>


 アルトの言葉にアーリーンさんは腕を組み、リネットは右手で頭を掻いて苦笑し、チェスターは更に不安そうな顔になった。


「はい。成る程――しかし、ヒッチハイクの一件は放置出来ません。やはり、身柄を取り押さえるしかない様ですね」


 アーリーンさんは何の躊躇ためらいもなく腰の剣を抜いて、アタシにその切っ先を向けた! わわわ……っ! ちょ、ちょっと……っ!?


「タタタ……タンマ、タンマ!! マジで洒落になんないってっ!!」

「洒落とか、洒落じゃないとかの話ではありませんよ――少なくとも、逮捕された理由は至極正当な物です。弁護のしようがありません。お覚悟を――」

「……っ。う……ううん…………」


 その時、アタシの後ろにある木のうろから気配が生まれる――。

 あ。アイツ、起きたのかな!?


「……ちょ、ちょっとマジでタンマ! ほら、さっきいったじゃん! セレスタンって男の子! 多分起きたからさ! ソイツの話を聞いてくれって!」

「それはそれです――貴方の犯した犯罪行為とは何の関係もありません。服役して罪をあがないなさい。お覚悟――!!」

「ちょ、ちょっと待ってよ、アーリーン!」


 チェスターの声が響く――助け船! ありがてえ!!


「事情はともかく、怪我人がいるんだし――それに同じパーティーの仲間じゃない? 喧嘩するのは……その――よくないよ……!」

「そ、そうだよ! チェスターのいう通り!! それにアタシも女だ。逃げも隠れもしねえ――だから安心してくれって。な? まずは怪我人の治療だぜ!」

「じゃあ、アーリーン、アタイは水薬ポーションとか見繕ってくるわ」


 リネットはアーリーンさんの左肩を軽快に叩くと、歯を見せて笑い、その場を後にする。彼女は息を吐くと、剣を鞘に納めた。

 

 全顔覆兜フルフェイスメットがコッチに静かに向く――そこからはスゲー威圧感が感じられ、アタシは苦笑いをする他に何も出来なかったのだった……。



◆◇◆



「成る程――貴方はガリアヴェルサンジェトリクス大陸にある国の一つ、ミラベル王国に仕える〈血統騎士〉シュヴァリエ・ド・フォルスという訳ですか」

はいウィ――マダム・アーリーン、、その証はこれに……」


 アタシ達四人は洞の中で、上体を起こしたセレスタンを囲んで座っていた。

 彼は言葉を終えると、懐から短剣を取り出して、それをアーリーンさんに渡す。鞘を抜いてガラスみたいな物質で出来た綺麗に輝く刀身に視線を向け、そこに刻まれてる、ミミズがのたくったみたいなウニョウニョした形の文字を読んだ彼女は、「成る程……確かに」と頷き、剣を鞘に戻して、恭しい態度で彼にそれを返した。

 短剣を懐に仕舞った彼は、フラスコに入った黄色い水薬ポーションを口にする――そして短く息を吐いたのだった。


「では、その姫殿下マ・プランセス……ルテティア殿下は、ミラベル王国にいらっしゃるのですか?」

「いいえ――このアゴラン王国の方に……。王都アゴランポリスにお住まいです」

「シャーロックからアゴランポリスまで……大体飛空艇で六~七日くらいですね――バスを使ったら一二日くらいですか?」


 アーリーンさんは腕を組むと軽く息を吐いて、俺に顔を向けた――兜のせいで表情は分からないが、眉間にシワを寄せて、難しい顔をしてるって気がする。

 てか、何かアタシにいいたい事があるっぽい? 何だろ?


「困りましたね、ベッキーが指名手配犯でなければ、事はスムーズに運ぶのですが……」


 事はスムーズに運ぶ……え? ま、まさか!!


「ちょ、ちょっと待って! まさかだけど……アタシ、コイツと一緒にアゴランポリスに行くって話になってない!?」

「ええ、当然でしょう――アルトさんは貴方以外の人が触れると拒絶反応を生じさせてしまう訳ですから」

「いやいやいや、だからさ! 意味分かんないだろっ!? アタシはオスカーに逢いに行きたいんだっての!! 姫殿下マ・プランセスっつったっけ? 何で、コイツと一緒にソイツに逢いに行かないといけないんだよ? 理由がないじゃん!」


 セレスタンは肩を落として溜め息を吐き、アーリーンさんも同じく溜め息を吐く――リネットは俺に笑顔を向けると、そっと唇を開いた。


「他国の姫様が、何でアゴラン王国にいるか――ルテティア殿下がこの国にいるって話、新聞やら冒険者組合日報には全然書いてなかっただろ?」

「ああ、うん――確かに見た事ねえな。だから、アタシ……」

「て事は、要するにって事なんだ。で、ミラベル王国に帰る為には、アンタが持ってる剣……アルトの力がいるって訳なのさ。セレスタン、国王陛下から移動自由許可証とか貰ってるだろ?」

「はい――それが先程の短剣になります」


 ……? 何だ? 話が全然見えない――。

 リネットは唇を再び開いた――。


「要するにさベッキー、その剣を手にしたせいでって訳なんだよ。分かる?」

<<成る程――分かりました。要するに、私はアゴラン王国が政治工作を行なう上で、重要な『鍵』になる訳ですね?>>


 秘密工作? 『鍵』? え……? 何、それ……? 

 全っ然、意味が分かんねーんだけど……!?

 チェスターが苦笑しながら、俺に顔を向ける。

 

「ちょっと待ってて――今、ベッキーにも分かりやすい様に説明してあげるから。アーリーン、地図、取ってくるね」



◆◇◆



 アタシの目の前に地図が広げられた――。

 ブリタリオン大陸の東部にあるアゴラン王国の東岸部の、その更に東――ドーンと一八◯◯万kmの雲海を挟んで、ガリア何とか大陸の西側、そこの南西部にミラベル王国って国がある。

 国のある場所は大陸ってか、島だ。見た目は平行四辺形っぽい形をしてる。正式には大陸別離島たいりくべつりとうっつって、元々はガリア何ちゃら大陸と合体してた。だから見た目は島だけど大陸の仲間に入るそうだ。

 ちなみに島の総面積は約五六◯◯万k㎡。島の中には大きな湖が7つある。ガリアうんたら大陸とは約一〇〇〇km程離れてる感じだ。

 

「要するに、このミラベル王国は場所的には、大陸に対して適度に離れてて、アゴラン王国からすると地政学的にガリアヴェルサンジェトリクス大陸への橋頭堡として利用しやすく、人口も約二億いるから市場としても魅力的な国なんだ。だから、アゴラン王国の味方になってくれれば万々歳という事で、ルテティア殿下を保護しているという訳なんだよ」


 チェスターの説明に、アタシは「はぁ……」と言うしかなかった。

 え……? いや――何が何だか、サッパリなんですけど……!?

 

「えーっと……その……あの――」

「これだけ説明しても、貴公はまだ分からないのですか!?」


 険しい表情になったセレスタンが、アタシに思い切り顔を寄せてくる! 


「いや、だから、何なんだよ!? 全然イミフだっつってんだろーがっっ!!」

<<噛み砕いて説明するとですね、ベッキー、貴方はセレスタンと共にルテティア殿下に逢いに行かないとならない訳です。そして、それがアゴラン王国の国益に適う訳なのですよ。それにですね、ルテティア殿下……きっと彼女に逢えば指名手配を解除して貰える事でしょう。とにかく、今のままではオスカーに逢いに行けませんよ? 指名手配犯が逢いに行ったら、彼にも累が及ぶかも知れませんし>>

「ええ――そうですね。少なくとも犯人隠避罪を疑われる可能性は高いでしょう。そうなったら、彼……確か、大学校の教授職を目指していたんですよね? その夢を壊すかも知れないですよ? それでもいいのですか?」


 アーリーンさんとアルトの言葉が、ダブルでアタシの胸に突き刺さった――。

 ……うん。確かにそうだよな……アタシのワガママでオスカーに迷惑を掛ける訳にはいかない。アタシは肩を落として俯き、溜め息を吐いた。暗くガッカリな気持ちが心の中に満ちてくる――。

  と、その時。リネットは笑いながら、アタシの両肩を軽く揉んだのだった。

 

「いや、ちゃんと方法教えなかったアタイも悪かったけどさ――それにさ、上手く姫殿下に逢えれば、コッチからオスカーっていったっけ? ソイツを王都に呼ぶ事も出来るじゃん? それに彼女とコネ作っとくと、彼の出世が捗るかもよ~?」

「……あ。そっか――そうだよな……」


 うん。リネットのいう通りだ――アタシがそういう偉い奴と知り合いになれば、アイツが研究する時に色々と助ける事が出来るかも知れない。

 って事は――へへっ♪ アタシって超ラッキーじゃん♪ ヒッチハイクしてなかったら、セレスタンに逢えなかったし!

 お……っ! て、事は、結果オーライって感じ!? いいじゃん、いいじゃん! アタシってツイてる~♪

 

「では、ベッキーは俺と……いえ、私と共に王都に向かって頂けるのですか?」

「おう! へへっ♪ てか、そんなに気張った風になるなって。私とかじゃなくって、俺でいいじゃん、俺で?」


 アタシがそういうとセレスタンは頬を染めて、少し恥ずかしそうな顔になる――ふふっ♪ 可愛いぜ!

 

「い、いえ――俺……じゃなくって、わ、私は生家が一介の粉屋であるにも関わらず、姫殿下ラ・プランセスから護衛騎士シュヴァリエ・ド・エスコートに選んで頂けました。ですので、その恩義に報いる為に、俺……違う! わ、私は身命を賭する義務があります。で、ですから――わ、私はバートランド卿を王都にお連れする為、お守りしますっ!!」

「よし! じゃあ、アタイ、コイツに付いてくぜ。金の匂いがプンプンするし~♪ 一稼ぎ出来るって思わない? ねえ?」


 リネットはセレスタンの肩に右腕を回して歯を見せて笑う――それを見たチェスターは、意を決した顔になる。

 

「……じゃあ、僕も皆に付いてくよ。何だか放っておけないし」

「決まりですね――では、私も同行しましょう」


 アーリーンさんは頷いた――よし! このパーティで行くんなら、絶対間違いなしだぜ! アタシは楽しくなって笑った。

 

「ですがその前に……――」

「ああ。そうだよね! 特には持っとかないと!!」


 リネットは歯を見せて笑う――ちょっと不穏そうな感じだぜ……。

 そしてチェスターは、苦笑を顔に浮かべ、セレスタンは眉根を寄せて戸惑った表情になる。

 そしてアーリーンさんとリネットは、異様な迫力を身体中から漲らせながら、アタシに迫ってきやがったのだった……っ!


  

◆◇◆



「ご協力、心から感謝します!」


 翌朝――アナベルは護送車の前でアーリーン、リネット、チェスター、セレスタンに向け、敬礼を捧げる。アナベルの傍らにはアルトを手にした警官の姿があった。 


「むうう……むうううう!! むぐううううっっっっっっっ!!!」

 

 護送車の中では縄で身体をグルグル巻きにされ、口に猿ぐつわを噛まされた格好のベッキーが暴れまわっており、そのせいで車は激しく左右に揺れている。

 

「いえ、たまたま発見したのですよ――運がよかっただけです」

「では、賞金は口座の方に振り込んでおきます――今日の午後一五時までには入金が完了していると思われますので、ご確認を」

「はい――畏まりました」

「では、失礼します――ありがとうございました」


 アナベルと警官は揃って護送車の運転席に乗り込み、車を発車させた。藻類ガスエンジンの音、そしてベッキーが暴れて起こす振動の響き――それらは素早く遠ざかる。丘を越えた道路の向こうに消える。眉根を寄せたセレスタンは、微かに息を吐いたのだった。

 

「あの……マダム・アーリーン、これでよかったのでしょうか……?」

「ええ、問題ありません。。彼女は恐らく厳重な隔離刑務所に放り込まれる事になるでしょうから、。彼女の存在はルテティア様が本国に復帰し――そして王位を継ぐ為に不可欠なのでしょう? 何せを動かせるのは〈精霊剣〉カリバーンに選ばれた者だけですからね?」

「……っ!?」


 セレスタンは絶句し、目を大きく見開き、身体を驚きに震わせた――そして唖然の顔を彼女に向ける。彼の心中は驚きに張り裂けんばかりとなった。

 まさか――彼女は

 そんな馬鹿な――の存在は、ごく一部の王族とその関係者しか知り得ない筈だ!

 

「な……っ! 貴方は――」

「我が家は代々、アゴラン王国の諜報活動に携わってきました。ですから。ご安心を、決して秘密を口外はしません。アレンビー子爵家の名誉に掛けて、それはお約束します」


 顔を強張らせたセレスタンは背筋に悪寒を走らせた――ああ、自分は何という人物と知り合ってしまったのだろうか?

 彼は心の中を曇らせた――そして、微かに俯くと唇を噛んだのだった。

 

(申し訳ありません、姫殿下マ・プランセス――俺が迂闊だったばかりに……こんな厄介な人物を味方に引き入れてしまって!)


 だが、後悔しても遅い――共に行くと決まった以上、覚悟をしないと。

 セレスタンの心の中には重苦しい緊迫感が満ち、その背筋に悪寒が走る。

 

(場合によっては、彼女はアゴラン王国の命で殿下の暗殺を謀るかも知れない――その時に……俺は果たしてマダム・アーリーンを止められるだろうか?)


 その時、彼は身体に衝撃を感じた――リネットが肩に右腕を回して、屈託のない笑顔を自分に向けてくる。その傍らには笑顔のチェスターの姿があった。

 

「よう! セレスタン! 何、深刻ぶってんだよ? ん?」

「あ――い、いえ――その……」

「心配すんなって――アーリーンは、マジでいい奴だから」

「うん。それは僕も保証するよ――彼女は、とってもいい人だから……だから、アーリーンを信じてくれないかな?」


 チェスターの言葉を聞いたセレスタンは困惑に満ちた顔をアーリーンの背に向ける――彼女は道路が伸びる丘の向こうを眺めながら、静かに佇んでいた。

 彼女は振り返ると、セレスタンに顔を向けたのだった――。

 

「では、皆、旅の支度を整えましょうか――」



◆◇◆



 崖の上に黒尽くめの六人の男達がいる――先頭に立った人物は双眼鏡で眼下の道路を捉えた。そこには左右に揺れる護送車の姿がある――。

 

「発見しました。想定ルート上にいます。恐らくあの中に『例の標的』がいると思われます――」


 その背後に立つ人物は口を開いた――。


「そうか――では、行動を開始するぞ」

了解ダコール――」


 全員が崖を飛び降り、衝撃波を生み出しながら目にも留まらぬ程の速度で駆け始める。彼らの視界は真っ直ぐに護送車を捉えたのだった。



◆◇◆



「むううが! むがが! むぐうううううっっっっっっ!!」


 天井と床に魔法陣が描かれている拘禁室の中で暴れまわるベッキーが放つ振動で、車両が真っ直ぐに走れない――蛇行し、フラフラとした軌跡をタイヤは描く。

 振り返ってその中の様子を伺うアナベルは、驚きと呆れの感情が混ざった表情を顔に浮かべた。彼女が座っている席の傍らにはアルトの姿がある。

 

「まったく……何て馬鹿力だ――筋力低下、並びに瞬発力鈍化を起こさせる能力減退魔術デバフ魔法陣ウィズ・ドローイングの影響下に入ってる筈なのに」


 その時、アルトの心中に喜びの思いが生まれた――。


(ふむ――中々に強い! さすが、私が見込んだ人ですね! ふふふ……)


 しかしそんな彼女の思惑など、アナベルと警官は知った事ではなかった。何とかベッキーを沈静化しないと、車両事故が起こりかねない。非常に危険だ!

 

「応援をよこしてくれる様、署に至急連絡を行なってくれ――このままだと危険だ! 車が破壊される恐れがある」

了解イエス・マム――!」


 運転席に座る警官が、無線通信機に手を伸ばした刹那――何者かの影が一瞬の内に車両を取り囲む。六人の黒尽くめの男達だ!


「抜剣! 放て!!」

了解ダコール!!」


 男達は腰の剣を抜く――そして凄まじい速度で剣を振るい、真空波を車両に向けて放った。車両はそれを食らい、即座に爆発する――アルトは天高く舞い上がったのだった。

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