第二話 アイツにガチで逢いたいぜ~!
それから一年経った、
研修期間を終えてハドソン村に帰省したアタシは、オスカーの奴に丸一年間母さんの面倒を見続けてくれた礼をしようと思って、山に向かって歩き出した。
ちなみに村や皆の様子は、アガサ伯母さんと二人の従姉妹達、オスカーやらブランドンやら校長先がマメに手紙を送ってくれたお陰で、よく分かってる。
お袋の事は、アガサ伯母さんと従姉妹達の他、オスカーが凄く頑張ってくれたそうだ。特に薬の事やら、それから大学校で勉強してるだけあって、食い物の栄養とかもスゲー詳しくって、お袋に滋養のある、食べやすい料理もかなり作ってくれたみたいで、そのお陰か、お袋はかなり体調がよくなったみたいだ。
それからブランドンも、アタシん
何つーか、色々とあちこちに借りが出来ちまったなぁ――さーて、どういう感じで返そうかなぁ?
てか、アタシってあんま料理得意じゃねえし、家とか直せって言われても出来ねーし……草むしりとか……かなぁ?
まあ、村を
あー、クソ! どうしてアタシって、色々出来ないんだよ!!
お袋みてーに裁縫が上手って訳でもねえし、アガサ伯母さんみたく、花を育てるのも苦手だし……
親父とお袋に、チョー感謝だぜ~っ! へへっ♪ 二人共、ガチであんがとな!!
と、まあ、んな事を考えながら、グネグネした山道を歩き、アタシはオスカーの家の前に着いた――そこではアンジェラとエミリーが、一年前と同じく箒を手にして掃き掃除をしてる。二人の姿は髪型以外は全然変わってない。何か懐かし嬉しいなぁ。
アタシは右手を掲げて、二人に手を振ったのだった。
「うぃーっす、お久し振り~!」
アタシの声に気付いた彼女達は「「あ、ベッキー!!」」と驚いた様に声を揃えて笑った――そして俺の方に駆け寄る。
「ベッキー、元気そうね!」
「怪我もなさそう! 本当によかった~!」
「おう。へへっ♪ 二人共、髪型変わってる以外は変わりねえな。すっげえ似合ってる! チョー可愛いぜ!!」
アンジェラは楽しげに笑うと「ふふ――ありがとう」と口にした――そして。
「――でもね、実は結構変わったのよ。ここ、アタシ達の家になったのよね」
彼女らは、いきなり訳の分からねー事を口にした。
アタシは頭ん中が真っ白になって、「はぁ?」としかいえなかったのだった――。
◆◇◆
応接間のテーブルの前に座ったアタシはクッキーを頬張る!
んうううう! 美~味~い~~~~っ!!!
ああ~美味え! クソ美味えぇ~!!
一年振りのここん
「まったくもう――一年経って一九にもなったのに……全然ベッキーって、お姉さんな感じしないよね?」
「そうだよね――何だか、前より弟っぽい感じになったかも?」
二人は声を揃えて苦笑して「「ねー?」」と声を揃えた。ちょっと響きが嫌味っぽい。アタシ、コイツらに恨まれる様な事、何かしたっけ?
まあ、そんな事よりもクッキーがガチ美味いし――ああ~、最高だぜ~♪
「はい、お茶よ――ハーブティーね、ここ置いとくから。ちょっとカモミール強めにしてあるわ」
「おう、センキュー! へへっ――てかさ、何でオスカーいねーんだ?」
その時、二人は『はぁっ!?』な感じの顔になった――何で?
「え? オスカー様からの手紙……貰ってないの?」
「嘘……! ちゃんと家にいない事を手紙で送ったって――」
アタシは首を左右に振った――そうだろ?
いねー事知ってたら、ここに来るわきゃねーし。
「いやいや、だってさ、一ヶ月前の手紙で、お袋の事とか、結構詳しく書いてたし――普通はさ、この家にいるって思うじゃん?」
アンジェラはアタシの左隣に座る――。
「うん。ちょうどその頃だね。先月の頭くらいにアタシ達にこの屋敷タダでくれたんだ。一三の時から年季奉公してくれてるから、そのお礼にって……」
「そうなんだよね――いや、何かいきなりでさ、とってもビックリしちゃったよ。それから、当座困らない様にって、お金も沢山くれてさ……五◯◯万キングスポンドくらいかなぁ?」
アタシは口にしたハーブティーを思いっ切り吹いた!
ご……五◯◯万キングスポンドぉ!?
アゴラン王国の平均年収、その一◯◯倍じゃねーか!? 凄い大金だ!!
「げほっ、げほ……っ! ――な……ッ!? ええ……っ!? マ、マジかよっ!?」
「うん、マジマジ。『誕生日を迎えたから、信託財産が遺言で貰えた。だけどそんなに自分はいらないから、恩義があった人に一部を渡す。特に二人は安月給で扱き使う格好になってたから』~とか何とか……いや、いきなりの事だったから驚いちゃって!」
「それにさアタシ達、安月給じゃなかったよ。その逆! 相場よりもずっと多くお給金貰ってたよ。だから不満はなかったし、初めは家もお金も断ったんだよ……だって貰い過ぎってよくないじゃん!」
「そうそう! そしたらさ、今度は弁護士さんとか連れてきてさ。それでその……受け取ってくれないと告訴するって詰め寄られて……」
はぁ……!? 告訴ぉ……!?
オスカーの温和な表情を、アタシは頭に思い浮かべた。
いやいやいや……とてもじゃねーが、アイツがそんな事をするなんて……。
思わず眉間を寄せてしまう――おかしい。スッゲーおかしいぞ!?
「え――じゃあ、ガチでここは二人の……」
エミリーは苦笑いした顔で頷いた――。
「うん――アタシ達の家なんだよ。でもさ、困っちゃうんだよね、こんなの貰っても。お金だって、多過ぎてどうしようって感じでさ。使い道思い付かないし」
「だから親父と相談中~……この家さ、ハドソン村に売っちゃって、お金も、アタシ達の実家の村で空いてる土地あるからさ、それを買うお金にしようかって話ししてる感じ」
ええ~……何だよ、それ。あ、ちょ、ちょっと待てよ――。
「じゃあ、お袋の世話とかは――」
「あ。それは欠かさずアタシ達、アガサさんや皆と一緒にやってるよ――オスカー様から頼まれてるし、それにアタシらの服、タダで仕立ててくれたし、そのお礼って感じ?」
「それにお金が沢山あったってさ、何かやってないと暇して駄目じゃん? 『暇は悪魔の誘惑』っていうしさ? それから料理のレシピとかオスカー様、この家に置いていったし。だから全然困らないよ」
アンジェラはテーブルの上に、一、二、三……合計一二冊のノートを置いた。
それを一冊アタシは手にして捲った――びっしりと細かい字と、そしてイラストを使って、料理をどういう感じで、どういう手順で作ればいいか、実に事細かに書かれている。
何かスゲエ――オスカーの奴って。こんな事、アタシには出来ない。
アタシはアイツに尊敬の念っぽい奴を抱いた。お袋に対して非常に心を砕いてる。
アイツ……ずーっと一生懸命にお袋の事を、アタシ以上に考えてくれてたんだ。
やべえ――マジで嬉しいな!!
てか――困ったぜ~! マジで困ったぜ~ッッ……!!
どうやって恩返しすりゃいいんだ!?
こんなにして貰ったのに、礼の一つもなしってのは流石にヤベーだろ!? 義理欠くだろ!? それマズいって!!
アタシは頭を両手で掻きむしる――ああ、もう!
とにかくアイツに逢おう! 逢ってお礼しよう! でねーと何か落ち着かねえ! 心がムズムズすっぞ、オラァ!!
「なあ、アンタらさ、オスカーの居場所とか――」
エミリーは頷いた――。
「ええ――知ってるわ。場所はね……」
◆◇◆
「テンガンゴロス山脈って、何でそんな山奥に行ってんだよ、あのヤロー!!」
それから七日経った〈一頭の赤毛馬亭〉の店内――一〇匹程度の小さな巣を作ってた
テンガンゴロス山脈はこっから約二◯万kmも離れた場所にある、アゴラン王国と、その南東の方向にあるレッドリリー王国の国境を跨いでる所だ。
図鑑で調べたけど、標高もメチャクチャ高くって、三◯◯◯~四〇〇〇m級の山がずーっと続いてるって感じの場所らしい。
てか、何でそんな場所に行ってんだ、アイツ!?
てか、メチャクチャ遠いじゃねーか!? どうやって行けってんだよ!?
ふっざけんな、チクショーッ!!
「そうなんだ……成る程ね~……」
アタシの目の前には、背がアタシより頭二つ分背が低い、頭に兎耳を生やした淡いベージュ色の髪に赤い瞳をした、左手の薬指に白銀の指輪をはめてる、爽やかな感じの苔色をしたローブを身にまとった
彼の名前はチェスター。チェスター=ファニファニ=ポター。アタシのいるパーティー『
男っつっても、スッゲー可愛い。アタシも初めは女の子だって思ったぐれーだ。何か弟ってこんな感じって感じなのかな? でも彼は二三歳で、男の子って歳じゃない。立派な年上の大人なんだぜ。
「――クッソ~……そんな場所にいるんじゃ、手紙も出せねえじゃねえか。なあ、チェスター、何とかならねーか?」
チェスターは人参ジュースを口にすると、マジで申し訳なさそうな顔になった。
「通信系はちょっと苦手かも。僕の得意なのは、傷を治したり、解毒したりする方だからさ――ごめんね、ベッキー。力になれなくて……」
「おう、お待たせ~! あれ? 何の話してんの?」
アタシらが座ってるテーブルに、短冊状に切ったポテトフライが山盛の大皿を手にした、アタシより頭一つ分背が高い、頑丈そうな鎧を身に纏う、赤茶色の髪、褐色の肌、黒い瞳を持つ二〇代半ばの女性が座る。よっ! 待ってたぜ!
コイツの名前はリネット。リネット=タナー。同じパーティーの仲間でアタシと同じ
彼女は
「うん、ベッキーの友達の話――あのね、テンガンゴロス山脈に行っちゃってて、連絡付かないんだって」
「へー、何それ? あんな場所、何もないじゃん?」
「いや、校長先生に聞いたんだけどさ、結構デカイ銅と
溜め息を吐いたアタシは頬杖を着いた。胸の中にモヤモヤが沢山で苦しい。
お袋から『助けてくれた人にはお礼をちゃんとする事』って、それだけは厳しく言われて育ったせいか、助けてくれた奴にお礼が言えないってのが嫌だ。
ああ、もう! スッゲー落ち着かねーし!!
どーしよ。イライラしてきたぜ~~~~~!
クソッ!
「皆様方、お待たせしました――クエスト達成報告が終わりました」
テーブルを挟んだ目の前に、青っぽい紫色の
彼女の名前はアーリーンさん。アーリーン=シャーロット=マルヴィナ=ノーブル・オブ・ペディグリー=ドーター・オブ・ヴァイカウント=サー・アレンビー。
アーリーンさんは
上品っぽい感じの喋りをしてんのは、彼女がアレンビー子爵家っつー、アゴラン王国の偉い貴族の生まれだからだ。要するにお嬢様だ。
だけど貴族のお姫様にありがちな高慢ちきな感じは全然しねえし、家柄を鼻に掛けたムカつく奴でもない。とても話やすい、素敵な感じの女性である。
素顔は一回も見た事ないけど、凄く信頼出来るタイプの人だ。
「アーリーン、お疲れ様――あ、そうだ。ベッキー、彼女にもお話ししたら?」
「おう! ――アーリーンさん、ちょっと聞いて下さいよ。あのですね……」
アタシは話を再び繰り返した――。
それを聞いたアーリーンさんは腕を組んで、ふーむ……と頷いた。
「成る程。ここからは直行便もないですしね……確かに仰る通り、困りましたね」
「ねえ、それでどうしたらいいかな……?」
「うーん……そうですね」
そん時だ、リネットが笑った。何か考えでもあんのか……?
「そりゃやっぱり、アレっしょ、アレ!」
「アレ? アレとは一体……?」
アーリーンさんは不思議そうに首を傾げる――。
リネットは楽しげに口を開いた。
「ヒッチハイク――これに限るっしょ♪」
ヒッチハイク……? 何だそりゃ!?
アタシはリネットに顔を近付けた――何か面白そうな感じがするぜ!
「なあなあ、何だよ、それって!?」
「ふふふ、知りたい? あのね、ヒッチハイクってのはね――道行くトラックとかに乗せて貰って旅をする方法なんだよ。お金も全然掛からないしさ。ベッキー、今、ちょっと大変じゃん?」
「あ……ああ――ははは……」
アタシは苦笑いを浮かべる――。
研修期間がそろそろ終わろうかって頃、アタシは保険会社のセールスレディーっつー奴と知り合って、生命保険って奴が世の中にあるって事を教えて貰った。
その生命保険って奴は、何か内容的には、掛け金って奴を払ったら病気や怪我とかした時に金が貰えるって代物らしい。しかも満期って奴になると、掛けた金に加算された金額が貰えるっぽい。
おおお……! これってお袋の為になるんじゃねえか!?
アタシは詳しい事を知らねーで、セールスレディーの言う通りに書類にサインをした。
それが運の尽きだった――保険料って、ガチで馬鹿にならねえ……っ!!
しかも、特約契約金っつったか? それも含めると、月々一〇〇〇キングスポンドも払わねえといけねえ。
ちなみにアタシの基本給は丁度、一〇〇〇キングスポンド……要するに給料が丸ごと保険料に消えちまう事になる。
アタシがもうちょっと経験を積んだ奴だったらイザ知らず、研修期間が終わったばかりの八等級ランクの新人に、稼げる仕事なんて回ってくる訳がない。お陰で暮らしがカツカツになっちまった……。
アタシは
そんな状態のアタシは、その話を聞いて胸の中が熱くなる。
それ、超いい感じじゃん!
マジで驚いた! そんな旅の仕方があるなんて! スッゲー世の中広いな!!
(よーっし、じゃあやってみっか!!)
何か楽しそうだ――アタシは笑うと、絶対にやってやると固く決意したのだった!
(待ってろよ、オスカー! 絶対逢いにいくからな!!)
山の中でアタシと顔を逢わせて、とっても驚いた顔になったオスカーの顔が頭の中に浮かぶ――アタシは胸の中を、スッゲー楽しい気分で満たしたのだった。
◆◇◆
そこまで思い出した所で、目の前で鉄格子が冷たい音を立てて閉じられる――心の中は、超ブルーだぜ……。
ここはアタシがヒッチハイクした道路を管轄してるっつー、チャールズ・ディケンズって町の、〈チャールズ・ディケンズ第一刑務所〉って場所だ。
独房のベッドの上に座り、鉄格子の向こうの廊下に立つ、アナベル=サー・レオン=ダンバーって
ソイツは冷静な雰囲気で俺を眺めてる――何か、いけ好かねー雰囲気だな。
ポリ公・オブ・ポリ公って感じでさ、ちょいムカつく。
アナベルは腰に手を当てて、短く溜め息を吐いた――その表情には、若干呆れた風な雰囲気がある。
「……幸い死者もなく、事故による副次被害も極めて軽微で、トラックの破損だけで何事もなかったから幸運だったよ。しかし、君のやった事は犯罪だ。脅迫、器物破損、暴行傷害、道路交通法違反、騎士規制法違反。軽く数えただけでも、これだけの刑事事件を起こしている。やれやれ、研修期間を終えた段階でこれだけの事をやるだなんて、まったく……君は最低だな――」
そいつからアタシは顔を逸らした――冷たい口調の言葉だ。余計ムカつく!!
「ふんだ! ――やりたくてやった訳じゃないっつーの! 黙って乗せてくれたら、アタシ、あんな事しなかったぜ!」
深い溜め息をアナベルは吐いた――ふん。溜め息吐きたいのはコッチだぜ。
「……まあ、いい。暫くの間、しでかした事を反省する事だな――。では、また後で正規の調書をまとめるから。その時にまた来るぞ」
アナベルはアタシに背を向けて、そこから去っていく――。
ちっ! 何だよ、アイツ! マジでいけ好かねえ!
ああいう奴、マジで大嫌いだ!
アタシはアイツの背中に向けてアッカンベーをしてやると、顔を背ける。
背けた先には、分厚いガラスで出来た、明かり取り用の嵌め殺し窓があった。
そこの色は明るい黄色から、段々と深い緑色に変わりつつあった――。
夜が近付いてきてる――アタシは胸の中に何となく寂しい感じが生まれて、溜め息を吐き捨てたのだった。
◆◇◆
チャールズ・ディケンズ町の中心部――。
綺麗な飾りが店の軒先を彩り、夜に向けて豊かな賑わいを生み出しつつある繁華街に囲まれた噴水の中央に、古色蒼然とした雰囲気の剣が突き刺さっている。
町中には華麗な服を身に纏った鼓笛隊が楽しげにパレードし、それを眺める老若男女の面々は一様に明るい表情をしていた。
「エドヴィン・トルード噴水の聖剣抜きをしたい方は、こちらにお並び下さい~!」
「さあさあ、今年一番の運試し! 紳士淑女も、老いも若きも赤ちゃんも! 是非、是非、お試しを~!」
仮装した女性が受付嬢を務める仮設テントの前には、長蛇の列が出来ている――そして人々は次々と受け付け表に名前と参加人数を記していく。
その行列の中に、薄汚れた麻のローブを着てフードを目深に被った身長が一六◯cmの人物がいた。年若い人物である――。
その人物は行列に並んでいる面々が明るい雰囲気で、中には、ほろ酔い気分の笑顔で談笑をしている中、全くそれらとは正反対な雰囲気の唇の軌跡を描いていた。
深刻で、真剣で、非常に重苦しい雰囲気だ――。
『お願いします――今は貴方だけが頼りなのです……』
人物の脳裏に、嫋やかで澄んだ少女の声が響く――人物は奥歯を強く噛み締める。
(
脳裏に若い男の子の声を紡いだ人物は、顔を噴水の中央に向ける――。
古めかしい、所々に錆を浮かせた剣が、水を浴びながら静かに佇んでいた……人物は唇を更に一層きつく結ぶ。
(俺はあの剣を――抜いてみせます!!)
フードから、澄んだ群青の瞳が現れる――その中には強い決意の輝きが生まれているのだった。
◆◇◆
三つの深い緑色の光が、北の彼方に沈もうとしている――。
町を見下ろす崖の上――そこには黄色のローブを身にまとい、フードを目深に被った人物が立っている。
身長は一七〇cm程――夕焼けの光が当たる口元は若々しい。
その人物は右手を上げた――そこには半透明の結晶で作られたハンドベルの姿がある。
ベルが鳴らされた――しかし、それは異様にくぐもった音を放ち、清澄な響きではない。まるで肉食獣の唸り声の様な響きを示したのだった。
崖の後ろの鬱蒼とした森の中に、六つの赤黒い輝きが生まれる――。
ベルの音が再び鳴った――森の中から、獣じみた叫び声が上がる。
黄色いローブをまとった人物は、口元に楽しげな笑みを浮かべたのだった。
◆◇◆
能天気な調子の笛やら太鼓の音が遠くから響いてる――。
何だろうな? お祭りでもやってんのかなぁ?
ちょっと気になるなぁ?
と――その時、巡回の看守が鉄格子の前に来た。
アタシはソイツに顔を向ける。
「おい、アンタ。外で何かやってんのか? 賑やかなんだけど」
ソイツはアタシの声に気付いて、顔をこっちに向けてくれた――。
「ああ。
「アタシ? ドイル郡のハドソン村――この町に来るのは、初めてなんだよ」
「ああ、成る程ね――この町の中心の噴水にゃ、聖剣が突き刺さってんだよ。確かカリバーンっていったな? そいつって、滅多に抜ける奴がいない代物なんだ。それで今年の運試しをしようって感じのお祭りを毎年やっててな。町の方で賞金出して……たしか一◯万キングスポンドだったっけか? 結構賑わってんだよ。まあ、祭りが始まって、かれこれ四◯◯年ぐらい経ってるが、今まで誰も抜けた奴ぁいないんだけどさ」
へ~……四◯◯年もお祭りしてんのに全然かよ――どんだけ抜けねーんだ、その剣? 何か変な呪いでも掛けられてんのか?
「……てか、何でそんな剣が噴水に突き刺さってんだよ?」
「えーっと、確か……このアゴラン王国を建国した王様がぶっ刺した剣みてーなんだわ。町の伝承じゃそうなってる――」
アゴラン王国初代国王、ウィリアン=ウィルキー=コリンズⅠ世。
この国を建国した王様で、学校で必ず習う名前だ。
確か異世界転生してきたって人だった。だからこの国は
てか、ちょっと待て……この国が建国されたのって確か一二〇〇年ぐれー前だったよな? そんな昔から剣が刺さってんのかよ? マジか!?
「へえ~、そうなんだ。スッゲー! へへっ、教えてくれてありがとよ――」
「おう――こっちも話相手がいなくってな。じゃあな――あんがとよ」
そう言って看守は廊下の向こうに消えていく――。
話し相手がいないって……あ、そっか――お祭りだもんな。
そっちの方に人手が取られて、今、看守の奴、1人で暇してたんだろう。
(どんな感じのお祭りなんだろうな~? 行ってみてえな――)
アタシはベッドに寝っ転がると、顔を明かり取り用の窓に向ける――。
そこからは、夜の光に混じって、揺らめく輝きが見えたのだった。
心の奥底から、凄い勢いで好奇心が湧くのを止められなかった。
どんな屋台があるかな? どんな出し物があるかな?
噴水にぶっ刺さってる剣って、どんな奴なのかな!?
ああ――チクショー!
「お祭り、超行きて~~~~~っ!!」
アタシは大声を張り上げて、ベッドの上で身悶えた――!
あ~あ……全くもう!
今日は全然ツイてねーぜ……。
◆◇◆
四つの月が輝き、星々が瞬く夜空――。
その下で、祭りの賑わいは最高潮に達しようとしていた――。
「さあさあ、皆様、皆様、聖剣抜きの初まりです~!!」
「整理券をお見せ下さい~!」
長靴を履いて噴水の中に入っていく人々は、次々と剣の柄を握り、懸命にそれを引き抜こうとする――しかし、剣が抜ける事はなかった。
抜けずに噴水を立ち去る人々に、仮装をした女性達は木製の参加記念メダルを渡していく。その表面にはローランティア語で『第四◯七回聖剣祭記念』という焼印が押されている――。
噴水に連なる行列の中に、薄汚れた麻のローブを着て、フードを目深に被った少年の姿があった――。
彼は両手を合わせ、目を閉じる。するとその両手は瑞々しい輝きを放ち始めた――だが、その事に誰も気付く者はいない。
彼の脳裏に、古い文献の記録が蘇る――。
あの剣はウィリアン=ウィルキー=コリンズⅠ世の直系の血を継ぐ者しか抜く事が出来ない剣だ。それを何とかしなければならない――。
(方法としてはまず――魔力をこうして局所集中させる。そしてそれを持ってして、剣を起動させる)
問題はそれからだ――こうした所で、次はあの剣に宿っている精霊を説得しなければならない。
その精霊は文献によると、ウィリアン=ウィルキー=コリンズⅠ世と交わした『約束』を守っているらしい……。
(俺の言葉が果たして聞き届けられるのか――だが、今は賭けるしかない……!!)
幾多の魔をウィリアン=ウィルキー=コリンズⅠ世と共に薙ぎ払い、正義を成した伝説の剣……『アルトーリア・ペンドラゴン』。その力が必要だ!!
(姫殿下の危難を救えるのは、この剣を置いて他にはないんだ!)
「一〇三八番の方、前へどうぞ~!」
列が少し進む――彼の心は焦れる思いで満たされた。
ああ――早く剣を握りたい!
心臓の鼓動が高まっていく――震える息を、彼は吐いたのだった。
そして彼の脳裏に、白く輝く髪を風に靡かせ、翡翠色の瞳を持つ、軍装を身に纏った、淡い褐色をした肌を持つ、一〇代半ばの美しい少女の姿が現れる。
彼の唇は決意に固く結ばれた――。
(俺は――彼女を『王』にする。その為に――今、ここにいる!!)
少年の瞳の奥に、意志の焔が燃える――。
そして真っ直ぐに、噴水に突き刺さった古色を纏った剣を見詰めたのだった。
その刹那――町の建物から一斉に爆発が起こる。
立ち昇る火焔、人々の悲鳴、崩れ落ちる建物――。
大気を震わせる
地が揺れる――少年は左に顔を向けた。
そこには六つの複眼を赤黒く輝かせる、巨大な蜘蛛の姿があった。
蜘蛛は大きく叫んだ――人々は逃げ惑う。
少年は歯を食い縛ると、蜘蛛を鋭く睨み付けた――。
「奴らめ! 『他国』にすら牙を剥けるかっ!!」
彼は叫んだ――そして左腰に佩している剣の柄を右手で握り、それを抜いた。
八〇cmの長さの、金色の光沢を浮かべる白銀色の金属で作られた片刃の剣だ――それは焔の生み出す光を浴び、強く輝く。
そして彼は火を吐き家々を燃やす蜘蛛に向けて、逃げる人々の流れとは逆行して駆けたのだった。
「おおおおっ!」
少年は叫び、一〇mも跳躍する――そして巨大な蜘蛛に向かって、手にした剣を振り下ろしたのだった。
◆◇◆
暗黒の世界が揺れる――アタシは目を醒ました。
〝 G Y O A A A A A A A A A A ! ! 〟
大きな雄叫びが聞こえる――まさかっ、
多分声の感じっからすると、図体が大きい奴かも知れない。
その時――壁がぶっ壊れた。
凄くデカイ蜘蛛の足がアタシの目の前に現れる――そして、それは抜け、ポッカリと人が出られそうな大穴が後に残された。
アタシはそこから顔を出して、周囲をぐるりと見回した――。
町が焔に包まれている――そしてメチャクチャにデカイ蜘蛛が五匹、口から火を吐いて、辺り中を燃え盛る地獄絵図に変えていた。人の悲鳴、泣き叫ぶ子供の声――それが耳をつんざく。
(な……何だよ、これ――!?)
アタシは崩れた壁に出来た穴から外に飛び出した!
こうしちゃ、いられねえ――あの蜘蛛を何とかしないと!
アタシは地面に着地して走る――そして火を吹いてる1匹の蜘蛛にドロップキックをかました! 蜘蛛の野郎は吹っ飛んで、建物に激突した。
ふらつきながら、蜘蛛は起き上がる。
ちっくしょー。武器がないと、あんまりダメージが与えられない!
どっかに剣とかないか、剣とか――あ。
『この町の中心の噴水にゃ、聖剣が突き刺さってんだよ。確かカリバーンっていったな?』
看守のオッサンの声が頭の中に蘇る――。
カリバーン……すげー古くっから噴水に刺さってんだったら、結構頑丈だろう。コイツらをやっつける事ぐらい出来るかも知れない!
アタシは町の中心に向けて走った――。
焔に覆われて崩れ落ちた建物、傷付いて横たわる人々を目にしながら、アタシは心に怒りが湧いてくるのを感じた。
あの蜘蛛連中――絶対許さねえ!! 町をこんなにしやがって!!
呑気にお祭りやってただけじゃねえか! 皆、何も悪い事なんてしてないだろ!?
ふざけやがって! 一匹残らずやっつけてやるっ!!
古い感じの剣が噴水に突き刺さってる姿が見えた――アタシはジャンプして、その中に入る。
水を掻き分け前に進む――その柄をアタシは右手で掴んで、力いっぱい引っ張った。
剣はとてもアッサリと抜けた――。
刃の長さは一mくらい。ちょっとアタシが扱うにゃ長めだけど、持った感じのバランスはいい感じだ。
「うおおおおっ!!」
〝 G Y O A A A A A A A A A A A A A A A ! 〟
アタシは振り返った――汚いローブを着た小柄な奴が蜘蛛の野郎と戦ってる。
動きが普通の奴とは違って、凄く素早く力強い――間違いない。
ソイツは俺の方に顔を向けると思いっ切り驚いた顔になった――何で?
「な……っ!? お前、その剣……っ! うわあああ……っ!!」
ソイツは蜘蛛の足にブン殴られて、瓦礫の中に吹っ飛ばされる。
蜘蛛は面倒が終わったって感じでアタシの方を向いた――。
アタシは剣を構える――闘志が心の中に満ちてくる。
よっしゃあっ! やってやる!!
「はああああっ!!」
ジャンプしたアタシは、叫ぶ蜘蛛に向かって鋭く剣を振り下ろす――。
その剣は蜘蛛の頭に当たった瞬間――バッキーンって音を立てて粉々に砕け散ったのだった!!
(は――……ええええええええっ!??!?)
蜘蛛の足が猛烈な勢いで突っ込んできた――。
駄目だ! 避けきれない!!
ヤバイ――やられる!!
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