第4話 かくしてグリムノーツは作られた

1 染まりきった黒幕

「お前は……!」

「やっぱり、またあいつが関っていたのね」

 これまで他の想区で何度も対立してきた、エクス達と深い因縁のある男、ロキ!

 この想区のカオステラーもまた、自然発生した狂いや歪みではなく、意図的に生み出されていたのだ。

「やあ皆様、お久しぶりでございますね。この度は随分と楽しんでいたようで」

 『調律の巫女』の本から飛び去った何匹かの青い蝶を、どこからともなく飛んできた黒い蜂が食い荒らした。淡く光る羽が辺りに舞い落ちて、雪のように消える。

「ふん、毎度毎度ことが粗方片付いてからお出ましとは、ご苦労なことです」

 とシェイン。

「自分がやったっつーアピールしなけりゃ気が済まねえのか、あの野郎は。凄いでしょー褒めて褒めてーってか? いつもタオ・ファミリーに負けてるじゃねえかよ」

「はは、それもそうですねえ。ですが、いつも紙一重、それどころか守れなかったものも多いのでは? 完璧に勝ったことが珍しいのに喜んでいられるとは、おめでたい方々ですねえ」

 ロキはタオの台詞を受け流し、愉快そうに言い返した。

「こんな平和な想区にまで手を出して、人を惑わせるのがそんなに楽しいのか!」

 これまでも何度か繰り返してきた呼びかけ。

 落ち着き払った態度を崩さずに、ロキが語り始める。

「信念を持っていても、まだお若いですね。平和と幸せは違うのです。気付いていたはずですよ、この想区にも『運命の書』に捉われ、苦しみながら役割に従った者たちがいたことを。それに、先ほどおぞましい声で歌った少女は、ストーリーテラーを崇拝してすらいない。皆、自由になりたがっているのではないですか?」

「エクス、まともに聞いちゃだめよ。あいつらが混沌をもたらすことで平穏を乱される人間は、数えきれないわ」

「分かってるよ。ロキのやっていることは、無責任な破壊だ。あいつは、その後に誰かが幸せになるか不幸になるかなんて、どうでもいいと考えている」

「はっ、言うじゃねえかエクス、流石タオ・ファミリーの一員だ」

「やれやれ、やはり貴方がたとは話が合わない。いつものことながら、残念です」

 お互いにどれだけ説得しても、それで納得して終わりに出来る話ではない。だからこそ、今なおこうして向き合っているのだ。

「それで、シェイン達の前に姿を現した理由は何ですか? まさか嫌がらせで動揺を誘う言葉を言いに来た訳ではないでしょう?」

 シェインは誰が正しいか否かの問答をするつもりのない様子で、ロキに目的を問いただした。

 カオステラーが出現したことについて、ロキが自身の関与を示したいだけならば、エクス達とアリスが交戦を始めたところに顔を出し「私はここらで一足先に失礼させていただきますよ、ごきげんよう」などと言って、姿を眩ませているはずだ。

 レイナの調律が上手くいかなかったことと、ロキが未だに想区に残っていることには、何らかの理由があるに違いない。

「ええ、そちらのお嬢さんは察しがよいことで。このロキ、今回ばかりは少し困ったことになっておりまして……」

 薄ら笑いを浮かべたまま、背筋を伸ばした姿勢でステージに立つロキが言った。解決すべき問題を抱えてるような雰囲気が漂ってこないので、真剣な言葉なのか冗談であるかは定かではない。

「クルルウ」

「クルルア!」

 不意に広場の端からブギー・ヴィランが駆けてきてステージに脇から飛び乗ると、ロキの左右に立った。

「皆、ヴィランが!」

「くっ、やりあおうってことなのね」

「やっとシェイン達と直接戦う気になった、ということですか」

 エクス達はそれぞれロキに向かって構え、タオは騎士の姿に変身した。

 いつものようにロキの手勢との戦闘が始まるだろうと、誰もが思っていた。

「クルルエーイ!」

「クルルオーン!」

 しかしヴィランは驚くべきことに、天を仰ぐようにして雄叫びを上げると、挟み撃ちにする形でロキに襲い掛かった。

「ぬん、は!」

 ロキが腰を落とし、胸の前でクロスさせた腕から、漆黒の炎を放った。ゼロ距離で魔法を受けたヴィランが、断末魔を上げながら消滅する。

「っ!? ヴィランを操れていないのか?」

「何が起きてるのか分からねえが、ロキの野郎をぶん殴るチャンスかもな」

「待ってくださいです。手を出したいのはもっともですが、姉御の調律のことといい、事情を聞いておきたいです」

「ちっ、しょうがねえな」

 真っ先にロキに攻撃を仕掛けようとしていたタオが踏み留まる。

「今ご覧になっていただいたように、ヴィランの制御が効かなくなってしまいましてね。さらには、想区から出ることもかなわない有様となってしまいました」

 ロキがそう説明する。

「狂わせた想区に閉じ込められたってことなのか」

「見えてきたですよ。想区を調律して、出口を作って欲しいということですね」

「よくもまあぬけぬけと言いにこれたものだわ」

「まったくだ。自分勝手な奴だぜ、誰が手を貸すかよ」

 今まで様々な想区に混沌をもたらし、エクス達にも計略を仕掛けてきたのだ。そもそも今回の騒動も、裏で糸を引いていたのはロキなのだから、そう簡単に協力など出来るわけがない。

「交渉は不成立よ、この想区でお前を追い回し、決着をつけてやるわ!」

 レイナがロキを睨みつける。この男を倒す絶好のチャンスが訪れたのだ。

 だが殺気立った空気の中にまたもう一人、少女の声が割り込んできた。


「お待ちください!」


 ステージの裏から、白い衣を纏った少女が姿を現した。

 腰まで届きそうな長い髪もまた白く、神聖性を感じさせる姿だ。目と耳飾りだけが、海のように青かった。

 カオステラーの力を使い、人々をストーリーテラーの筋書きから解放しようとする『混沌の巫女』カーリーである。

 カーリーの登場に、余裕の笑みを崩したのはロキだった。

「カーリー様!? 出てきてはいけません。ヴィランにも襲われる今、下がっているように申し上げたではないですか!」

「ロキ、あなたでは交渉が出来ないと判断したのです」

「し、しかし今は私がきちんと話を進めておりまして」

「どこがですか、挑発しただけではないですか」

 カーリーに咎められ、ロキはうっと、言葉に詰まったようだった。

「『調律の巫女』一行様、ロキが失礼をしたことをお許しください。調律が上手くいかなければ、我々は皆、この想区に閉じ込められたまま、いつか訪れる消滅に巻き込まれてしまうのです」

「わ、私もそう説明しようとしていたところです。この想区を治すためには、不本意ですが『調律の巫女』と『混沌の巫女』が協力しなくてはなりません」

 調律が完了しなければ、エクス達も想区を去ることはできない。

そしてカーリー曰く、今ここで戦えばどちらが勝ったとしても、いずれ想区と共に消えることになるらしい。

「うーん、さっき調律が出来なかったし、力を合わせるしかないのかな」

「今はシェイン達よりも向こうの方が情報を持ってますからね、一時休戦です」

「ちっ、ロキの野郎はともかく、あのお嬢ちゃんに言われたら仕方がねえ」

 エクス達の話はまとまり、武器の切っ先を下げて協力する姿勢を示した。それを感じ取ったカーリーが安堵する。

「私は嫌よ。助けるわけじゃないわ。調律の旅を続けるために仕方なくよ」

 ロキに対して積年の恨みがあるレイナは、気を許したわけではないと念を押す。

 各々思うところはあれど、こうしてカーリー達と力を合わせ、先ほど中断した調律を行うことになった。


「それで、一体どうしてこんなことになったのです?」

と、謎を残すことを嫌がる性質のシェインが、ロキに聞いた。

「ふふ、貴女達に教える筋合いはありません」

 ばっさりと断られる。だが、

「ロキ」

「はい……」

 カーリーが叱るように名前を呼ぶだけで、ロキが答え始めた。常に他人を下に見ているようであっても、カーリーには頭が上がらないらしい。そこには単なる主従を超えた何かを感じさせる。

「コホン、カーリー様の命により、特別に教えて差し上げます。このロキ、カオステラーを生み出すときに少し自らの趣向を取り入れようとしまして、恥ずかしながら失敗してしまいました」

 ロキはそう説明した。

「趣向って何だろう」

「つまり、単にカオステラーを生み出すだけじゃなく、思い通りに想区を操作しようとしたということですね」

「不慣れなことをして敵に頼み事とは、ざまあねえな」

「クフフ、いくらでも言ってくれて構いませんよ。そして、私の目的とは」

「目的とは?」

 一呼吸、勿体ぶるように間をあけたロキが、ついに言う。


「カーリー様をトップアイドルにすることだったのです」


「はあ?」

 何言ってんだこいつ、とエクス達が、奇怪なものを見る目でロキを見ていた。想区に混沌をもたらしているうちに、頭の方の調律が必要になってしまったのではないだろうか。

「何言ってんだこいつ」

 タオは実際に、声に出した。

「このロキにも、人並みの感性があると言うことなのですよ。この想区でライブを聞いていたら、胸が高鳴ってしまいました」

 ヒーローたちには異様に高いアイドル適性があった。各々『原点』となる物語の登場人物として人々を魅了してきたのだから、ロキですらその歌や踊りに心を動かされるのも頷ける。

 エクスもシンデレラの歌声に周りが見えなくなったし、レイナやシェインも楽しんでいた。タオに至ってはどうしようもないくらいのオタと化した。

「それで、グッズを買い漁るようなカーリー様信者が増えれば、想区を超えてその想いがカーリー様の『混沌の巫女』の力を増幅させることになるのではないかと」

「この想区を使って、カオステラーを生み出す力を強化しようとしていたのか」

「なんですって? そんなことさせないわ」

 レイナが人差し指と中指で導きの栞を挟み、ロキに向ける。

「姉御、そこはそう熱くなるところじゃないです。あの男は建前上、崇高な目的を語っているだけで、欲望丸出しですよ」

「皆様には理解できませんか? カーリー様の素晴らしさを。このロキ、アイドルの衣装で歌うところや、水着の衣装で踊るところを、見てみたくなったのです」

「やっぱりそっちが本音じゃねーか!」

 ひそひそ、とエクス達の陣営はロキについて話し始める。

「カーリー、気を付けなさい。私達よりもロキの方が貴女に害を及ぼすわ」

「いつもクールぶって格好つけてるけど、本性は多分変態さんなのです」

 散々な言われようだが、私利私欲のためにひとつの想区をおかしくしたのだから、当然の報いといったところだ。

「フッ、何を言いますか、私は紳士なのですよ。カーリー様の目が見えないことをいいことに、あんなことやこんなことをする人間ではございません」

「ロキ、いい加減にしなさい」


 げしっ!


 カーリーの手刀がロキの側頭部にヒットする。

「お見苦しいところをお見せしてすみません。『調律の巫女』一行様、ロキの戯言に付き合う必要はありません。今すべきことはただ、想区を治すことなのです」

「そうなれば再びこのロキ、カーリー様をトップアイドルにするべく想区を改造いたしますよ。私に2度目の失敗はありません」


 げしっ!


 カーリーの手刀がロキの側頭部にヒットする。さっきよりも動きが鋭い。

「つい、手が出てしまいました。ロキ、私は怒っているのですよ」

「このロキ、調子に乗りました。私の世界ではご褒美になってしまいますので」

「分かりました。ならばこうです」


 げしっ! ごきっ! ばごっ!


「うわっ、グーで顔に突っ込みを入れた」

「あの子って本当に目が見えていないのかしら」

「心眼というやつかもしれないですね。盲目の剣豪が体得するやつです」

「大人しそうだと思ってたが、レイナに匹敵する突っ込みパワーだな」

「巫女って、皆こんななんですかね……」

 顔を押さえてうずくまったロキを背に、カーリーが本題に入る。

「この想区の調律は、皆様のいつものやり方で行います」

「カオステラーのような存在を倒せばいいってこと?」

「はい。……ああ、丁度ここにいる私達を排除しにやって来ているようです」

 カーリーが敵対者の動向を皆に告げた。目が見えない代わりに、気配を感じ取る能力が優れているのかもしれない。

 しばらくすると広場の入り口から、武器を持った集団が入ってきた。

 ぞろぞろと広場のふちに沿うように並び、エクス達を囲み始めた。それぞれが剣か弓、或いは槍で武装している。

「えっ、これって」

「……こいつらは!?」 


 いつもとは違う敵であるようで、しかし見慣れた姿をしていた。

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