第3話 1番のアイドル達
1 トップを決める日
マッチ売りの少女による襲撃事件の後は、エクス達とカオステラーの軍勢との戦いは起きず、ついに『グリムライブ』の最終日がやって来た。
この日、町の中央にある大きな広場を野外ライブ会場に変え、アイドル達の頂点を決めることになっている。
広場のすぐ近くにある屋敷がアイドル達の楽屋に使われていて、エクス達は白雪姫の関係者として、その中にいた。
アイドルグループの頂点を決める重大なイベントの日にこそ、何かが起きるに違いない。一体誰がカオステラーなのか、目星をつけるために話し合っていた。
エクス達は今日までに様々なアイドルを見てきたが、特に不審な人物はいなかった。これまでの旅で『まともなふり』をするカオステラーと遭遇したこともあるが、少し会話しただけで、すぐに不自然な点が明らかになっていた。
「となると、無自覚にカオステラーになっているのかもしれないわね」
「何かのきっかけで、突然暴走するってやつだね」
「やはり、トップアイドルが決まる瞬間などに本性を現すのでしょうか」
「最終日は決勝戦だからな。負けたら一気に世界を壊しにかかるかもしれないぜ」
そう考えると、グリムライブで勝ち残っている全てのヒーローが怪しくなってしまう。ヒントなしで全員が怪しいとなると、推定のしようもない。
アイドルを除くと、カオステラーの候補になるのは毒林檎の王妃や、シンデレラを育てているフェアリー・ゴッドマザーである。
「妾が怪しいというのは分かる」
エクス達の話を聞いていた毒林檎の王妃が、自ら口を開く。今の彼女の役目は、プロデューサとして白雪姫を1番のアイドルにすることなのだ。使命に拘るあまりカオステラーにとり憑かれてしまうことは、十分に考えられる。
かつて毒林檎の王妃とトップアイドルを争ったというフェアリー・ゴッドマザーに至っては、自身とシンデレラのどちらも負けたとなれば、事実を認めきれずに狂ってしまうのかもしれない。
「確かに、怪しいとは感じていたです」
シェインは遠慮なく切り込んだ。
「何人かのアイドルは、ここ数日で行方不明になっているです。おそらくヴィランに襲われるか、ヴィラン化してしまったのでしょう。有力なアイドルのプロデューサである貴方なら、町に掛け合って警備を増やすなり、監視体制を強化することはできたはずです」
ヒーローたちがアイドル活動を続けるという筋書きの想区では、祭りの中止は有り得ない。ストーリーテラーが示した予定の通りに、行事が行われる。しかしシェインの言うように町の名士ならば、町の見回りを強化し、アイドルが襲われることを防げたはずである。
しかし毒林檎の王妃は、何の働きかけもしなかった。
「そして、白雪姫はシェイン達に守られているです」
「他の奴が危険に晒されてる分だけ、今この町で1番安全なアイドルが有利になるってことだな」
わざとその状況を作ったのならば、ライバルとなるはずのアイドルが毒林檎の王妃の思惑通りに姿を消したため、白雪姫はいくらか頂点に近づいたはずである。エクス達が現れたことと、ヴィランの出現を、上手く利用していたのかもしれない。
「貴方達の考えた通りよ。妾は白雪姫のライバルに直接手を出していない。けれど排除はした、何もしないということによって」
『想区』のモデルとなる元々の物語における毒林檎の王妃は、白雪姫を抹殺するために毒を盛った人物である。自分の理想のために手段を選ばない性質を持ち合わせているのは、当然のことだった。
「こういう状況ではね、妾が事件の元凶にすら思えてくる。自分でも分からなくなっているわ」
「多少のずるをすることと、カオステラーであるか否かには関連性が無いですよ。貴女は運命の書に記された内容に対して正しく行動しているだけで、逸脱はしていないです」
「シェインの言う通りね。カオステラーはもっと凶暴で、本来守るべきものを攻撃したり、想区のストーリー自体を捻じ曲げようとするわ」
レイナが補足した。例えば、桃太郎の物語で鬼がカオステラーならば、退治されないために桃の流れてくる川に毒を流し、ヒーローが未来永劫一切現れない地獄を作り上げて支配しようとする。桃太郎と戦わないどころか設定をぶっ壊していて、それでは文字通り『お話にならない』想区になるのだ。
「毒林檎の王妃は、台本の無視まではしていないってことだね」
エクス達は、自分にすら容疑をかける毒林檎の王妃がカオステラーだとは、いまいち思えないのだった。
「もし妾がそのカオステラーとやらだったとしても、貴方達ならちゃんと討ち滅ぼし、白雪姫を守れるのでしょう? 妾の目的は妾自身にも邪魔させないわ」
「少なくとも、今は貴女から何も感じないわ」
「他に怪しいのは、シンデレラのプロデューサーの、フェアリー・ゴッドマザーくらいかな? でも役割や考えは、きっと毒林檎の王妃と似ているはずだよね?」
エクスはそう言い、じゃあ自分に与えられた役割から外れる行動を取っている人間はいるのかな、と続けた。
会話を聞いていた白雪姫が「そういえば」と何かを思い出したように口を開いた。
「今日の『グリムライブ』から棄権したアイドルがいた。優勝を決める日なのに」
「赤ずきんね」と毒林檎の王妃。
「可愛いアイドルとして人気があったトップの候補。怪我をしたり行方不明になったりしたのではなくて、自分から申し出ていたわ」
赤ずきんは小さな村の出身のアイドルで、活動資金が莫大であるわけでもない。それでいてゆっくりと着実に人気を獲得し、トップを決める日まで上り詰めて来たというのだから、かなりの実力者と言えるだろう。
しかしそれまで積み重ねてきたものを、唐突に蹴ったというのだ。
これはストーリーテラーがこの想区の主役に課した『トップアイドルを目指す』という運命から外れる行動だ。
今までは、トップアイドルにならなかった者であっても、きちんと人気争いをした上で負け、引退していったのだ。毒林檎の王妃によると、今までに辞退という形でいなくなった前例は、無いらしい。
「アイドル活動が嫌になったのかな。マッチ売りの少女も、冬にグッズが売れなくて暴走していたけれど」
「有り得るわね。赤ずきんのことだから、アイドルをちやほやする男共は皆オオカミなのよ、とでも言いそうだわ」
「そうなると『運命の書』で定められた生き方に反発して、想区を壊そうとしても不思議ではないですね」
それぞれ考えを述べていく。意見は大体同じだ。
「けれど赤ずきんがどこにいるかは、妾にも分からない」
毒林檎の王妃が言った。こればかりは打算や隠し事でなく、本当の話のようだ
「僕達から赤ずきんを探しに行くことは難しいそうだね」
「となると、町全体が頂点を決めるために盛り上がっているときに、何か起こすのかもしれねえな」
ここで闇雲に動いても隙を作ってしまいそうなので、仕方がない。
待ち構える体制を万全にして、迎撃する。エクス達にはそれしかないのだった。
幸いなことに、毒林檎の王妃も今日ばかりは、町の警備を厳重にするよう有力者に掛け合ってくれると言った。
話し合いが終わったところで、タオが「そういえば」と話し始めた。
「毒林檎の王妃さんよ。昔アイドルをやっていたって言ってたな」
「ええそうよ。妾は昔、フェアリー・ゴッドマザーとトップを争ったわ。今の時代での、白雪姫とシンデレラの関係にそっくりね」
「もしかしてあんた、本名はシーナってだったりしないか?」
「あら、その通り。よく分かったわね」
毒林檎の王妃だけでなく、2人の会話を聞いていたエクス達も驚く。
「どうして分かったの?」
「タオ兄、まさかアイドルにハマりすぎて過去の歴史まで調べたです?」
「いや、そうじゃねえけどよ。なんというかビビっときたんだよ、歌が一番上手くて毒林檎と言ったらシーナなんじゃねえかなって」
「シーナ=毒林檎ですか。まったく、何を受信したんだか……」
と言いつつも、何故か売れそうな名前だなあ、とエクス達も感じた。
「懐かしいわねえ。アイドルはトップになったら、次の世代のためにアイドルを引退し、消えていく。妾の歌を覚えている人なんているかしら」
この想区ではアイドル以外の人間、つまりファン達の持つ『運命の書』には、主役を引き立てるような役割が書かれている。何年も同じアイドルのファンでい続けるのではなく、新しく出現したアイドルを優先するように。
だからこそ、ずっとトップに君臨し続ける者はおらず、毎年の『グリムライブ』の優勝候補は半数近くが入れ替わるのだという。
「不思議な想区だね」
「それでも、戦争をずっと繰り返すよりは随分平和よ」とレイナ。
それもそうか、とエクスは思う。戦いを主な内容にしていなくても、探偵のいる想区では殺人事件が繰り返されていたし、まだ歌と踊りに満ち溢れてる方が人間として真っ当なところだと感じる。
「不思議といえば、その名前を持つ国から今年はアリスというアイドルが来てたわ。赤の女王は元気かな……」
毒林檎の王妃はかつてのライバルの名を上げると屋敷の窓を開け、栄光の時代を思い出すように空を眺めた。
丁度、その青い空間に花火が上がり、色のついた煙をいくつか作った。
アイドル達のライブが始まる合図だ。
そしてエクス達には、カオステラーとの闘いが始まる合図にも感じられた。
広場は午前から午後にかけて次第に盛り上がり、ついにはシンデレラと白雪姫、他数人のステージを残すのみになった。
カオステラーの気配は、まだない。
様々なアイドルがライブを行うフェスティバルの会場で、戦いに備えてずっと緊張しているというのは疲れる。
エクスが気を緩めたところに、シンデレラの声が入ってくる。
「初日からいる皆、ありがとー! 今日聴いてくれる皆もありがとー、それじゃあ、この日のために用意したシンデレラの新曲から、始めるよ!」
歌が始まると、会場では集まったファンがリズムに合わせて腕を振り上げる。
ステージの陰で待機しているエクスもつい、身体でリズムを取り、音楽に聞き入ってしまう。
2曲目、3曲目とプログラムが進んでいく。
会場の入り口付近に設置してある、限定グッズを販売するテントが目に入る。さっきからずっと気になっていた。シンデレラのグッズ、特に音声を記録しておく魔法の石を、買っておきたいと思っていたのだ。
だがカオステラーとの戦いを前にした今、そんなことを言い出すわけにもいかない。それにタオがグッズを買い漁った事件があるため、皆に怒られそうだ。
「さっきから何を見ているの」
とレイナに話しかけられ、エクスはぎくっと背筋を伸ばした。
「いや、何でもないよ」
「シェインには分かるですよ。新入りさんはさっきからライブを楽しんでるみたいじゃないですか」
「そ、そんなことないよ……ちゃんと気を引き締めてるから」
「取り繕う必要はないわ。あれを見なさい」
レイナの視線の先には、楽しそうに浮かれて踊り狂うタオの姿があった。
「しばき倒したいところですが、今はあんなのでも貴重な戦力です」
「エクスは自分を抑えすぎ、タオは遠慮しなさすぎ。そういったところね」
「別にグッズの一つくらいは買ってもいいですよ」
「うっ、気付いていたの?」
「目が合う度に、何か言いそうな顔してたじゃない」
「顔に出すぎです」
ポーカーフェイスとは程遠かったらしい。思考を見破られる恥ずかしさにはなれないな、とエクスは自分の頬に触れた。
「あ、そうだ。もう今日のライブは半分以上終わったのに、カオステラーの気配が全然しないね。もしかして、このまま何もなく終わってしまうのかな」
「あら、エクスもそう思った?」
「タオ兄があれだけはしゃいでいるのは、油断しているというか、ここにカオステラーのつけ入る隙が無いからなのですよ」
「隙が無い?」
「ここに集まっているのは、アイドルとしての運命を背負っていても、他の想区にいたら主役級のヒーローなのよ」
あ、とエクスも気づく。
ここはヒーロー達がアイドル活動をするという特殊な想区なのだ。トップを決めるフェスティバルを開催するとなれば、他の想区では『主役』級の存在が集まることになる。
戦士でも軍人でもない白雪姫でさえ、ヴィランに囲まれても対等以上に立ち回ることができたのだ。カオステラーが町の人間やファンの一部を怪物に変えたくらいでは、まるで勝負にならないだろう。
「ちょっとしたヴィランの群れくらいなら蹴散らすわ。もしかしたら、仕掛けるのは今ではないのかもしれない」
とレイナ。だからこそ、タオを許しているのかもしれない。
「勇者が何人もいるようなものですからね。ここを攻めるなら、大規模な軍隊が必要ですよ」
「はは、ここではみんな戦争より音楽の方が大事みたいだし、そんなもの……」
ないんじゃないのかな。
そう言いかけて、言葉が止まった。広場の端にいる美しい少女と目が合ったからだ。ライブを控えたアリスだった。
話をするには遠く、表情を見るには十分な距離。アリスは紅茶の乗ったテーブルに肩肘をついている。
顔をやや上に傾けて、誰かに仕掛けた悪戯が上手く決まった時のように、唇の端が釣りあげて楽しそうに、笑みを作っていた。
――あ、やばい。
エクスはそう直感した。
アリスが静かに立ち上がる。
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