3 少女と執念の火
刃が獲物を断つ鈍い音がして、続いて石で舗装された道路にどさりと影が倒れこんだ。崩れ落ちたのは白雪姫ではなく、ヴィランだった。
月明りを受け、美しい顔が浮かび上がる。闇の中で輝く剣を片手に、白雪姫がゆっくりと動き始めた。
「え」
呆然と立つエクスの側を、複数のヴィランが駆け抜けていく。白雪姫の抹殺を目的とした刺客達だ。
「クルルウ!」
「クルルア!」
「クルルエギャッ!!」
白雪姫は飛びかかってきたヴィランの爪をくるりと回ってかわし、礼をするように首を傾けて別のヴィランの攻撃を避け、3体目の喉を剣で貫いた。
取り囲まれているというのに落ち着いた動作で爪を払いのけ、足を掬い、腕を切り落として立ち回ったいる。
エクスは動けなかった。目の前で繰り広げられる白雪姫の|剣≪つるぎ≫の|舞≪まい≫に、見とれてしまったのだ。
右に左に、羽ばたく鳥のように踊る姿は、強さよりも優雅さが感じられる。白雪姫の周囲のヴィランが刃を受け、次々と悲鳴を上げて消え去っていく。
剣舞そのものだった。
戦う姿が舞いに見えるのではない。決められた位置に剣を持っていく『振り付け』が、攻撃として機能していた。
「これは、ライブだな」
タオがエクスの脇にやってきて、感心したようにを呟いた。自身が戦っていた相手を片付け終わったらしい。
舞う動きに翻弄されたヴィランの攻撃は当たらない。示し合わせたかのような|殺陣≪たて≫にも見える、白雪姫の舞台だった。
ブギーヴィランが全て消滅したところで、エクスとタオは白雪姫に駆け寄った。助けに入ることが、演舞の邪魔になってしまうように思えてしまい、動くことが出来なかったのだ。
「白雪姫は戦えたんだ。その、強いんだね」
「うっ、うん。歌や踊りの他に、剣舞も稽古していたの」
タオが評したように、白雪姫の動きは練習の賜物であったらしい。剣術家が戦いで『型』の動作を出すのと同様に、身体に染み着いた舞の動きをすることによって、ヴィランの群れを倒してしまった。
ここがアイドルの想区であっても、白雪姫のヒーローとしての強さには変わりがないようだ。
「あっ」
と一言を零した白雪姫が、ぺたりとその場に座り込んだ。
「どうしたの? もしかして怪我でもしたんじゃ」
「私は回復魔法を使えるわ。傷があるなら早く言って」
「いえ、そうではなくて。剣で何かと戦ったのは初めてだったから」
「腰が抜けたわけだな」
少女が刃物を持って大立ち回りをするなんていうことは、そうそうあることではない。白雪姫は稽古の成果を発揮して体を動かしただけで、内心の動揺は見た目以上だったようだ。
「さて、残りはお前だけだぜ」
エクス達は、怪物と化したマッチ売りの少女に向き直る。人数の多寡が逆転した今となっては、親玉を倒すだけだ。
「もう白雪姫を蹴落とす目論見は崩れたわ。残念だったわね」
「こ、こうなれば|諸共≪もろとも≫!」
マッチ売りの少女は炎の弾を右手に宿した。どうせここで駆除されるならばもうヤケクソということで事務所を破壊して、アイドル活動を妨害するつもりらしい。
「白雪姫、私に邪魔された恨みで、お前も混沌に呑まれてしまえっ」
炎の弾が放たれた。
が、狙いは大きく逸れて、火球は夜の街に花火のごとく打ち上げられた。
クロスボウの矢が怪物の手首を貫いて、魔法の軌道を変えていた。誰も知らぬ間に移動していたシェインが、背後から撃ち抜いたのだ。
「あああ何だこれはああっ」
「べらべらと喋らずにさっさと魔法をぶち込むべきだったんですよ。残念でした」
だが狂ったとはいえ『運命の書』に記された通りの行動をしているだけに、目的への執念は並大抵のものではない。マッチ売りの少女は撃たれた手と逆側の五指に炎を灯し、意地でも建物へ火を放とうとする。
もう既に勝負は決していた。
シェインはもう何もする必要がないとばかりに、手を自分の首元に回し、ばさりと髪を掬い上げた。クロスボウを構えてすらいない。
というのに、正面から飛んできた矢が、深々と怪物の胴体に突き刺さる。
「がはっ? どこから」
混乱するマッチ売りの少女は、距離を詰めるエクスに気づかなかった。
エクスの剣が火を持った手首を跳ね上げるように斬り、駄目押しでタオの槍が喉元をぶち抜いた。
怪物の姿であっても、立て続けに斬られ突かれ、マッチ売りの少女は限界を迎える。体が端から崩れて、ぐずぐずと空気に溶け始めた。もう戦うどころか、形を維持する力も残っていないのだろう。
死者を送る神父の祈りのように、レイナが言葉を紡ぐ。
「安心しなさい、マッチ売りの少女。カオステラーを倒せば全ては元に戻り、貴女の心にも平穏が戻るわ。今はその身の混沌ごと討ち滅ぼしてあげるわ」
「くそおーッ、認めないッ。全部のアイドルを潰して、そしたら私が一番になって、そうすればもう、毎晩グッズを売りに歩かなくてすむんだっ」
資金が豊富な白雪姫やシンデレラと違い、マッチ売りの少女は貧しい中でアイドル活動をしていたようだ。冬の寒い季節にも『運命の書』の内容に従って、街角で懸命にグッズを売っていたに違いない。その強い思いこそが、時には想区を壊す大きな力となってしまう。
「グッズを売る運命から解放されたら、そしたら私は……マッチを売るんだっ」
「同じだよそれ! 今も君マッチ売ってるから!」
たまらずにエクスは突っ込んでしまう。
シェインもまた、
「だから売るならライターの方がいいですよ……」と勧める。
マッチ売りの少女の首がガクッと力無く垂れ、しゅうしゅうと音を立てて消え去った。
完全に何もかもがなくなると、今の騒ぎが嘘であったかのように、湿った夜の風がエクス達を撫でているだけだった。
「白雪姫を守ってくれてありがとう、旅の者達」
声が上から聞こえてくる。
建物の窓の向こうに、弓を持った毒林檎の王妃が立っていた。マッチ売りの少女への2射目の矢は、屋内から放たれたものだ。
白雪姫もまた「ありがとう」とエクスに礼を言う。
「いや、白雪姫に戦わせてしまってごめん」
「このタオ様が食い止めたのに、坊主がしくじったからなあ。すまん」
「そんな、貴方達がいなければ今頃はどうなっていたか」
「ひとまずもうヴィランはいないようね。残念ながら、マッチ売りの少女もカオステラーではなかった」
「被害がなかっただけいいじゃないですか。姉御はいつも事を急ぎすぎです」
そう言って、シェインはマッチ売りの少女がいた場所で屈み、何かを拾い上げた。エクスがよく見てみると、それはマッチの箱だった。
「やはり、このマッチは古いです。これだけいろいろな人がいる想区なのだから、もっとマシなものを用意できたはずです」
「どういうこと?」
エクスは尋ねた。
「つまり、自分のありのままの姿でアイドルの勝負しようとしてたってことです」
他の想区において『マッチ売りの少女』が売っていたマッチは、発明されたばかりの時期に出回っていた、使い辛い商品だった。その自分を変えずに、火の付きにくいマッチを売っていたのだ。それは工夫をしない愚かさではなく、純粋そのものの正々堂々と見てあげるべきだろう。
「もっとも、それだけに最後は追い詰められて、悪役へと転じてしまいましたが。カオステラーの影響がなければ、意外とトップを目指せていたかもしれないですよ」
「町のいろんな場所で、毎日マッチを売っていたから?」
「ほぼすべての人間がマッチ売りの少女を見たことがあるってことか」
タオが納得し、感心する。シェインは箱からマッチを一本取りだした。
「まさに、付きづらいマッチというわけです。1度火が付けば明るく燃え上がる」
そう言って、タオの服にマッチの頭で触れて、
シュッ
っと擦った。
ボッとマッチの頭薬が燃え上がる。まさか火が付くと思っていなかったのであろうシェインは、
「えっ、あっ? あちちっ」
と叫んでマッチを放り投げる。
小さな明かりがタオの首筋に向かって蛍のように飛び、襟の中に入っていった。
「あっ……アッツーイ!」
夜の街に、タオの絶叫が木霊した。
「あっつ、中で燃えてるっ! 消してくれっ!」
「建物の方に走らないで!」
ドカッ!
「わあっ、レイナがタオを蹴った」
「水を、水を持ってきてくださいです」
騒ぎの収まった町が再び騒がしくなった。
その後、タオは穴の開いた上着の代わりに、白雪姫のグッズTシャツを着ることになった。またしてもアイドルグッズの数を増やしてしまうのだった。
白雪姫を守った功績のおかげで、シャツを貰うのにお金がいらなかったことが、幸いではあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます