2 夜を破る明かり

「それにしても、昼と違って夜の町は静かなんだね」

「皆疲れているんだわ。町全体が」

 エクス達は夜の街を歩いていた。

 タオがノリと勢いで買いまくったグッズを、町にあるグッズショップで買い取ってもらったのだ。白雪姫に見てもらったところ、くじの景品がプレミアムになっているものや、完売した限定品がいくつかあり、それなりの値がつくと分かったのだ。

「使い込んだ額の7割くらいにはなりましたが、勿体なかったですね」

「だろ? すぐ売ってしまうなんて勿体ないぜ、俺のグッズ」

「グッズがじゃなくて、お金のことよ」

 グッズショップは夜も開いていたので、エクス達はパトロールを兼ねて店に行った。今は換金した帰り道だ。

 昼に比べて、暗くなった街並みには賑やかさはない。酒場の窓からは明かりが漏れていて、路上を走る馬車の音もするが、祭りの盛り上がりに比べれば随分と控えめなものだ。

「この時期はいつも、こんなものなの」

 白雪姫が説明する。

 『グリムライブ』期間のアイドルのライブは日中に行われる。夜は投票結果の集計期間であるので、スケジュールを組んではいけないことになっている。そもそもナイター夜ライブの許可が出たとしても、次の日に備えて喉と体を休めておきたいので、やりたがるアイドルは少ない。

 となると酒場の歌手や吟遊詩人など、『運命の書』に『アイドルとして精一杯活動する』という役目を書かれていない者にとっては、一見すると夜が稼ぎ時だ。しかし客は昼間に、究極とも言える歌に浸かりきったばかりなのである。

 あのアイドルがよかっただの、俺はだれそれのファンだのと話し込む客に、並みの歌声など聞かせられない。普段は酒場を盛り上げている歌手たちは、店の裏に引っ込んでしまうのだ。

 祭りが終われば、今度は昼が控えめに、夜には活気が出るというのだから、釣り合いは取れている。

 朝昼晩と、町がだらしなく騒ぎまくるようにならないのは、もしかしたらストーリーテラーがそうなるように想区を作った結果なのかもしれない。

「ああ、俺のグッズ……」

 とタオはまだ未練を口にして、肩を落としている。

「あれはどうせ旅の役には立たないものです。お金は道具に使うべきですよ」

「そんなん、やってみなきゃわかんねえだろーが。ラスボスとの最終決戦で全滅しそうなタオ・ファミリー、そのときグッズからアイドルの力が溢れ出し、歌の力で敵が蒸発、世界は救われた。あるかもしれねえな」

「な、ないと思う」

「ないわ」

「ないです」

「おっ、応援はするよ」

タオの妄想を皆が否定した。白雪姫だけが、かろうじて肯定的だ。これから先のエクス達の戦いを祈っていてくれるらしい。

「白雪姫、こんなのの味方しなくていいですよ」

「でっ、でも、皆を元気にするのがアイドルだから」

「ありがてえな、俺を慰めてくれるのは白雪姫だけだぜ。これはグッズを買わなきゃな」

「タオ兄、それは本当に冗談ではすまなくなるですよ」

「もうその話はやめようって」

 レイナとシェインから放たれる殺気を感じ取ったエクスは、慌てて話題を変えようとした。このままでは巻き添えになりかねないからだ。

「そうだ、ところでさ……」

 と口を開いたものの、話が続かずに目が泳ぐ。

 なにかないか、なにかないか、必死になったエクスが通りの向こうにふと視線を向けると、白雪姫の事務所の前に人影を見つけた。

「なんだろうね、あれ。ほら」

 これ幸いと皆に伝える。暗いせいで誰だかわからないが、少なくとも間が持つことだろう。

 近づくにつれて人影の輪郭がはっきりとしてくる。どうやら少女のようだ。建物の壁に向かって何かをつぶやいている。

 すると、少女はその場にしゃがみこんだ。

「気分でも悪いのかな」

「ええと、あの身なりには見覚えがあるわよ。マッチ売りの少女じゃないかしら」

 レイナに言われて、エクスの記憶と少女の服装が一致する。

「様子が変ですね」

 既にエクス達の会話の声も聞こえそうな距離になっているはずだが、マッチ売りの少女は何かを思いつめた様子であり、気付いていないようだった。

 細々とした声の中に、

「グッズが……」

 という内容が聞きとれた。

「グッズ? アイドルの?」

「マッチ売りの少女も、白雪姫のようにアイドルを目指す運命をもっているの?」

「あの子はこの町のアイドルだけど、その……人気が高いとかは、あまり聞いたことがなくて」

 言い辛そうに、白雪姫が答えた。

 なおも、マッチ売りの少女の独り言は続く。

「グッズが売れないの。私のサイン入りのマッチ箱」

「サインちっちゃくて地味だからじゃねえか? それにしてもすげえ器用なことするなおい」

「それにグッズとして作るなら、ライターの方がよさそうですね。そもそも火打石の機構を持つライターはマッチよりも歴史が長く、またマッチ売りの少女の持つマッチはリンを含まないために、火をつけ辛いので売れ行きも悪いでしょうね。その後に発明された黄リンを使ったマッチはよく発火するですが、燃えすぎる危険物ですし、やはり人の手には馴染まないでしょう。マッチが普及するのは機械式のライターのフリントロック機構を疑似的に紙の摩擦面で再現した箱が出来てからなのです。温故知新といいますか、タバコを吸う程度ならライターを持っていた方が遥かにお手軽なのですよ」

 マッチに始まり、ライターのからくりの話に火が付いたシェインは、このままだと着火装置について語り始めかねない。

「あーはいはい、シェイン。道具の豆知識はそこらへんにしとこうな」

 とタオがシェインを止める。

 そしてエクス達はもう少し、マッチ売りの少女の言葉を聞いてみることにした。

「グッズが売れないから、明日ライブをするお金も、食べ物を買うお金もない」

「この想区では、マッチ売りの少女というよりも、グッズ売りの少女ね」

「そんな深刻なことになっていたなんて。ひとまず今夜は、私の事務所に泊めてあげようかな」

 白雪姫が提案した。運命の書にトップ争いをするように書かれていても、ライバルを蹴落とすことまでは考えていないようだ。

「ねえ、ちょっと君」

 ついにエクスが声をかけた。だがそれでも、マッチ売りの少女は気付かない。

「売れないのは、他のアイドルに人気があるからなんだ。じゃあそいつらがいなくなれば売れるんだ。そうなれば、私が一番。へへへ」

 マッチ売りの少女は妖しく笑うと、懐からマッチの箱を取り出した。

「へへへ、火い付けてやるんだ」

「うおっ、やる気だ、とめろ」

「やめるんだ!」

 エクスの声が静かな町に響き渡る。

 そしてやっと、マッチ売りの少女がエクス達に気付き、びくりと肩を震わせて膝を伸ばした。

「あわわわわあっ、私怪しくない者なの! 火を付けようとしてなんかないよ!」

「じゃあその手に持っているものは何なの?」

「わわっ、これはマッチじゃないからっ」

「否定形にすれば言い訳になるってもんじゃないのよ」

 レイナが忠告する。

 慌てたマッチ売りの少女が、手に持った箱から何本かのマッチを落とした。

「あっ……」

 もう言い逃れはできない。

 4人、そしてさらに白雪姫の目が一斉にマッチ売りの少女を見るものだから、ついに開き直った。

「ふっ、ふん。ちょっと町を明るくしようと思ったんだよ。ライバルがみんな燃えてしまえば、私の夢が叶う。トップになれば私は、ひもじくグッズ売りの少女なんかやらなくてもよくなるんだから」

 マッチ売りの少女は、運命の書に記された内容に忠実であろうとするあまり、暴走しているようだ。

「へへへ。もうこの建物の周りには油を撒き終ってるんだから。白雪姫が中にいなかったのは誤算だけど、事務所が燃えればろくに活動もできなくなるよねー」

「カオステラーの影響を受けているわね、確実に」

「いけない、建物の中には毒林檎の王妃がいる」

 マッチ売りの少女は、マッチを1本つまむと、先端を建物の壁面に付けた。もし勢いよく動かせば、摩擦の熱でよく燃えることだろう。

「マッチを燃やすと、幸せな未来が見えるの。明るくなあれ」

「くっ、やめるんだ! そんなことをしてまでトップアイドルになりたいのか」

「無駄よエクス。『運命の書』に記されていることは、何よりも優先することになるのだから。カオステラーが現れた想区なら、なおさらよ」

 分かっている。今までも、カオステラー化して運命の乱れたヒーローが暴走した時には、もはや言葉による説得が出来なくなっていた。

「それ、燃えちゃえっ」

 シャッ

 マッチ売りの少女は、マッチを壁に擦りつけた。

 エクス達は、明々とした炎が広がることを覚悟し、息を呑む。

 しかし、夜道は暗く涼しいままで、何の変化も起こらないのであった。

 再び、マッチ売りの少女はマッチを付けようとする。

「あれっ? くっ、もう1度だあ」

「やめるんだ、マッチ売りの少女!」

 スカッ

 ところがやはりマッチは不発に終わり、削れた頭薬が壁に微かな後を残しただけだった。何が起きたのか分からずに、エクス達とマッチ売りの少女は互いに沈黙する。

「……」

「……」

 そしてシェインが口を開き、

「だから言ったじゃないですか。マッチ売りの少女のマッチは、発明されたばかりで質が悪いのですよ」

 と説明した。

「買って欲しいならライターを売るべきでしたね」

「ぐっ、グッズ作成の代金をケチったのが仇になったあっ!」

「よしっ、失敗したなら観念して浄化されるんだ」

 エクス達は降参を勧める。けれども追い詰められた状況で大人しくしろと言われて、その通りにする人間はなかなかいないのだった。

 悪態をつきながら、マッチ売りの少女が身を翻して逃げていく。

「くそっ、次はもっといいマッチを使ってやるんだからあ!」

「ライターにするべきですよ!」

「シェイン、そういう問題じゃないって!」

「どうでもいいからさっさと追いかけるぞっ」

 タオが真っ先に走り出す。曲がり角の向こうに消えたマッチ売りの少女を追いかけていき……。

 姿が見えなくなったと思った瞬間、すぐに険しい顔で引き返してきた。

「えっ、どうしたんだよ」

「すぐにわかるぜ!」

 タオの言った通り、建物の陰から20体ほどの、軍勢とも言うべきブギーヴィランが現れた。

「クルルウ!」

「はははははっ、私のピンチにファンの皆さんが駆けつけてくれたよー!」

「既にファンとヴィランの区別もつかなくなってるわね、戦うわよ!」

「全部、燃やしてやるっ!」

 マッチ売りの少女は、自身の姿をも魔法使い型の怪物を変えた。赤く目の光る、大型のメガ・マギーだ。

「火魔法はまずいですね。さっき、油が撒かれていると言っていたです」

「そいつを建物に近づけないように戦うのよ」

「おう、まかしとけ!」

 鎧に身を包んだヒーローへと変身したタオが、巨大な盾を掲げてヴィランの群れにぶつかり、突撃の勢いで2、3体のヴィランを吹き飛ばした。

 あまりの衝撃に、弾かれたヴィランに巻き込まれた後続が姿勢を崩す。

 タオの脇から背後に回り込もうとするヴィランを、既に剣を抜いていたエクスが討ち取った。

「このっ、だらしのない!」

 マッチ売りの少女……だった怪物は、火球を苛立ちと共にタオにぶつける。

 引火する、と一瞬ヒヤッとしたが、油のない場所だったようで、すぐに炎が消滅した。

 だが、タオを怯ませるにはそれで十分だったようで、左右を迂回したヴィランがエクスの方へ向かう。

 先頭のヴィランが飛び上がってエクスへと爪を振りかざしてきた。

 エクスがそれを剣で受け止め、当て身で無理矢理に距離を取ると、胴を薙ぎ払って倒す。

 タオと違い、エクスにはヴィランの群れを押し留めるような力は無い。1体、2体と次々にヴィランを討ち取るものの、剣の届かない相手を取りこぼしてしまう。

 レイナは魔法攻撃を受けたタオへ、回復魔法を使っていることろだった。そちらには、ヴィランは向かっていない。

「しまった、白雪姫の方に」

 守らなくては。

 そう気を取られた隙に背後から再び爪が迫る。

「……この!」

 振り向きざまの一撃を首元に擦り当てて狩る。その間に、白雪姫を襲いに行ったヴィランには、もう剣先が届かなくなってしまう。

「白雪姫を!」

 エクスが叫ぶ。

 タオはヴィランの群れを押し留めていて、レイナはその支援。後列に下がってクロスボウに矢をセットしている最中のシェインが、しまったという顔で首を横に振る。

 戦いに巻き込んでしまわないように、皆が白雪姫から離れていたのが裏目に出てしまった。

 エクスは纏わりつくように攻撃してきたヴィランの額をスイカ割りライクに断ち切る。向かってくる敵を倒せても、移動することができないことが歯がゆい。

 もはや白雪姫を守れない。


 ヴィランの爪が、夜の街に青白くきらめいた。

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