第2話 夜の想区とアイドルの灯火
1 タオ兄はオタ兄
毒林檎の王妃は、やはり王族である。
町の一角にアイドル事務所として用意していた建物は、本人の常識では『小さい』であるが、城とは言わないまでも砦のようだった。
いくつかあるゲスト用の部屋を使ってもいいとのことだが、1人1部屋は勿論のこと、エクス達が恐れ入ってしまうくらいに広く、家具やベッドは1級品であった。
エクス達が聞いた話によると、白雪姫は『グリムライブ』の優勝候補だったのだ。王家の財力をフル活用し、毒林檎の王妃がプロデューサーとなってアイドル活動をするのだから、当然と言える。
ただし、それだけで他を蹴散らせるかというと、相手も他の想区の主役級であるので、そう甘くはない。
王族は他にもいるし、妙に仲間を増やすのが上手いようなカリスマの持ち主も沢山いる。この想区のアイドル雑誌が行う格付けで
家庭教師に天才音楽家のアマデウスをつけているというのだから、厳しく指導される気の抜けない毎日だろう。
柔らかなベッドに身を投げ出したエクスは、アイドルというのも大変だろうなと、天井を眺めながら思う。
『運命の書』に従うことにも、定められた道から外れないための苦労があるということか。
それでもファンには純粋無垢な笑顔と綺麗な歌声を披露する。
やはりヒーローというものは強い。
エクスはこの町にシンデレラがいたことを思い出す。彼女もまた、トップの候補に違いない。
そして頂点を目指せるということは、それだけ主役中の主役に近いことであり、カオステラーと戦う上では、シンデレラもまた関係してくるのかも……。
考えを巡らせているうちに、久しぶりのふかふかとしたベッドに沈んだエクスは、ぼんやりと睡魔に包まれてしまった。
いけない、まだ夕食も前だったっけ。
それにこの建物の周りを皆でパトロールする約束だった。
だが心地よさに負け、エクスの意識は霞みつつあった。
ドタドタドタッ! ガンッ!
「ぐあああああっ!」
「えっ、なんだっ?」
突如廊下から大きな物音とタオの悲鳴が聞こえてきた。
何かが起きている? カオステラー、ヴィラン?
エクスは重くなり始めた上体を引き起こした。戸惑っている時間を最低限にするべく、有耶無耶な意識をはっきりとさせる。
寝ていたいとグズる体を動かして、ベッドの傍らに置いていた剣を取り、入り口に急ぐ。泊まらせて貰っていることも構わず、乱暴に扉を引き開けた。
「何が起きたんだっ!? あえっ?」
威勢よく飛び出したエクスは、間抜けな声を出してしまった。
どういうわけか廊下にはタオがカエルのように突っ伏しているのが視界に入り、続いて首を回して逆方向を見ると、夜叉の如き憤怒の表情をしたレイナとシェインが立っているのだった。
恐っ!
状況もわからないまま、エクスは首筋が
「まったく、タオ兄はどうしようもないですね。兄と慕っている自分を改めようかと思えてきたですよ」
「想区を正す『空白の書』の持ち主? タオのはストーリーテラーが中身を書き忘れただけなんじゃないかしら」
怒りに加え、呆れの混ざった強烈な言葉が並ぶ。
どうやらタオは、二人から逃げる最中に足止め効果のある魔法でもぶつけられて転倒したようだ。
一体何をやらかしたんだろう。
聞いてみたくはあるが、とばっちりを受けるかもしれないと思い、エクスは困惑したまま立ちつくしていた。
「首に縄でもつけておくしかないのかしら」
「まったく、ここに泊めてもらえていなかったら、どうなっていたことかです」
などとレイナたちが言うので、ようやくエクスも何が起こったのかを聞くことができた。
なんと旅の資金を使い果たした、というのだから、エクスも耳を疑った。
ひとつの想区に留まることを許されず、特定の拠点を持たずに旅しているのだから、エクス達が全財産を持ち歩いているのは当然のことである。そしてゴールドのほとんどは、リーダーを自称するタオに預けられていた。
お金を均等に分配していないのは、エクスが新入りであったり、レイナが想区の偵察役を務めていたり、重い金庫を背負うのはシェインよりもタオが適任だったりなど、多くの事情によるためだ。
「いったいどうして」
持ち歩ける量だとしても、四人が宿に1ヶ月程度は泊まれるほどの額だ。凄まじく上等な剣を買うなどすれば釣り合うだろうけれど、そのようにも思えない。
「グッズよ」
とレイナが聞きなれない言葉を言う。
「はあ?」
エクスは意味を持たない声を、ぽかんと開けたままの口から出した。
「アイドルグッズですよ。団扇や、懐中時計とか、サイン入りのカードです」
「そっ、そんなんなものが何千ゴールドもするのっ?」
「買いすぎなのよ」
「
「多いからな、じゃないですよ! このオタ兄!」
シェインは倒れたままのタオに近づき、げしげしと足蹴にした。
げしっ! げしっ! ごきっ!
「ぐええ、シェインはマジだっ、助けてくれエクスっ」
「ええ、本気も本気ですよ、バカは死ななきゃ治らないっていうのが本当かどうか、試してみたくなったですよ! 修正してやるですっ!」
あまりの凄惨な光景に、エクスはまたも動けない。ヴィランより怖い。
一方でレイナは、額を手で覆った。
「サイン入り浮世絵ポスターなんか旅に持って行ってどうするのよ……」
「ライブの熱気と盛り上がりは皆も知ってるだろ、買うしかないってなるだろ」
「だからって、TKD53のサイン色紙ランダム封入ガチャ袋にゴールドをぶっこむ奴がどこにいるですよ!」
「出そうだったんだ、もう少しで推しメンが。いて、ホネがっ!」
ゴールドの全てをアイドルグッズに変えてしまったタオは救いようがない。
エクスは仲裁に入らずにシェインの気が済むまで待つことにした。
げしげしという音が繰り返される。
すると、何かの用事があって来たらしき白雪姫が廊下の曲がり角から姿を現し、床の惨状を見て慌てて引っ込んでいった。
「あっ、待って」
白雪姫に気づいたエクスが慌てて引き留める。
「おっ、お取込み中のようだったのでっ」
「いやいいんだよ、僕たちの問題だから……」
第三者、それもアイドルそのものの少女が怯えながら見ていることに気付き、シェインはタオを踏みつける足を止めた。
「それで、何か用があって来たの?」
エクスが聞くと白雪姫は「はい、実は……」と耳打ちしてきた。
「なんだったですか?」
「大事なことかしら」
と白雪姫の方を見るレイナとシェイン。
「な、何でもないってさ」
答えたのは答えたのはエクス。隣ではこくこくと白雪姫が首を縦に振っている。
「どうしてエクスが言うのよ」
「白雪姫が驚いちゃって、上手く言えなさそうだったから」
「なーんか、気になるですよ」
「いや、何でもないから、本当に……」
エクスは怪しまれるのをひたすらにごまかした。
グッズを買いすぎて破産した今、この状況で言うわけにはいかない。
白雪姫が、グッズを買わないかという宣伝をしに来ていたなんて……。
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