3 アイドル達と混沌

 結局、エクス達がタオを見つけたのは、日も傾きかけたときだった。

 町の外れにある広場にいるところを見つけ、駆け寄る。

 満足げな顔をしたタオはエクス達に気づくと、片手を上げた。

「ようお前ら、今日のライブは楽しんだか。流石に夜はやらないみたいだぜ。毎日開催だと、アイドルもファンも疲れちまうからだろうなあー」

「ようじゃないですよタオ兄! シェイン達の目的はライブを聞くことじゃないです。呑気すぎるですよ」

「そうは言ってもよ、お前らだってこんな時間まで何してたんだよ」

「もっと早くタオを探せていたわ。エクスがシンデレラの歌にうつつを抜かしていなければね」

「まったく、こまったものです」

「えっ、僕のせい? レイナとシェインだって、パンフレットを見ながら行き先を決めていたのに……」

 そのせいで町の中をぐるぐると、かなり遠回りするルートになったのだ。もちろん音楽を聴くために、足を止めながらだ。

「わ、私はカオステラーの手がかりを探していただけよっ」

「シェインも姉御と同じです。悪いのはエクスとタオだけです」

「そういうことなら、俺だって1人で頑張って調査してたことになるぜ、つまりエクスだけが不真面目だったってわけだ」

「そんな、皆ひどいよ」

 責任をすべて押し付けられたエクスは本気で落ち込んでしまう。

 そもそも、まず初めにいなくなったのはタオじゃないか。

「はっはっは、まあ冗談はさておき、ちょっとばかし町の雰囲気に呑まれて浮かれすぎたな。もう今日は、アイドルが歌う時間は終わりだ」

「ということは、カオステラーを探すのは明日からか」

 これからアイドル達の事務所や控室に行って、取り調べのように話して回るわけにもいかない。そんなことをすれば怪しい人間として、自分たちの方が町からつまみ出されてしまうことだろう。

「何の手がかりも得られていませんが、この想区は楽しいですし、ゆっくり調べるのもいいですね」

「そうしよう。ほら、あそこでまたライブが始まったみたいだよ」

 エクスの指さした先には、アイドルを囲む人達がいた。人通りが少なくなり始めている時間なので、とても分かりやすい。

「みなさーん、集まってくれてありがとー!」

 美しい声の呼びかけが響き、

「おーっ」とファンが声援で答える。

「あのヒーローは、女優のクリスティーヌね。ミュージカル形式でやるのかしら」

「行ってみよう」

 その観客に混ざろうとするエクス達の中で、タオだけが眉をひそめた。

「あれ、おかしいぞ」

「タオどうしたの?」

「さっきも言ったように、この時間は皆もう歌わずに、次の日に備えて休むはずなんだ。この想区の『グリムライブ』は、決められた時間以外にゲリラでやるのは反則で、ありえないはずだぜ」

 タオがそう説明した矢先、クリスティーヌの喋る内容に、明らかに異質な言葉が混ざる。

「それじゃあライブを始めるわよー、カオステラーを応援してねーっ!」

「おーっ、クルルアーーー!」

「クルルウー!」

 応援の声が途切れ、代わりに平和な町には似つかわしくなく、それでいてエクス達には聞きなれた声が響いた。

「は?」「えっ?」「何だとっ」

「ヴィランよ、皆、戦う準備をして」

 驚きつつも、エクスはレイナの落ち着いた声によって、慌てずに身構えることができた。シェイン、タオも慣れたもので、もうすでにそれぞれの得意距離に移動を始めていた。



 クリスティーヌはマイナーな、いわゆる『地下アイドル』の出身だ。

 他のヒーローのように王族の血族でもなければ、国を救ったなどという名の知れ渡る功績もない。そのため資金力や知名度で劣るところからスタートし、大型の公演を行ってファンを一気に獲得するようなことが出来なかったのだ。

 だというのに彼女の運命の書には、トップアイドルを目指すという使命が記されていた。どんなに困難なことに見えようとも、ストーリーテラーに与えられた役目には、従わなくてはいけない。

 まず、クリスティーヌは小さな劇団の役者となり、綺麗な身のこなしを身に着けた。そして小ぢんまりとしたライブを何度も行い、ファンとの交流会も多くした。 劇場ではミュージカルの仕事を希望し、アイドルとしてのファンを地道に、少しずつ増やしていった。

 何が何でも、ファンを集めなくてはならないという執念のおかげか、やっと日が当たって来たのだ。

 連日開催される町を上げてのライブで、これまでの投票の状況は、トップクラスのアイドルに迫る勢いだ。


 だが、まだ頂点には程遠い。足りない。


 もっとファンを獲得しなければ。

 クリスティーヌは1番にならなくてはならなかった。どんな手段を使ってでも。

 何故ならそれは、運命の書に記されていたことだから。



「ファンクラブの皆さん、今から近くのアイドルを潰しに行きましょー!」

「うおーっ! く、クルルア……クルルア!」

「クルルア!」「クルルア!」「クルルア!」「クルルア!」「クルルア!」

 クリスティーヌはその場にいた20人ほどのファンをヴィランの軍勢に変え、広場を出て町へ攻め込もうとしている。

 暗くなりかけた通りに、異形の者共の目が赤く光る。

 そして突如、物々しいヴィラン達の足音をかき消すように、

「きゃああっ」

 という少女の悲鳴が響いた。

 声のした方向はヴィラン達のすぐ近く。

 エクスがそちらを見ると、見覚えのあるヒーローの少女、白雪姫が尻餅をついていた。丁度、ヴィランと鉢合わせになってしまったようだ。

「ふふふ、まずはそいつから血祭に上げてしまいなさい!」

 排除すべきライバルを見つけたクリスティーヌは美しくも残忍な笑みを浮かべて、ヴィラン達に指示を出した。

「まずい、助けなきゃ」

「言うまでもないわ、白雪姫を守るのよ」

「あああ、どっちも射線上ですよ」

 シェインはクロスボウ――彼女の大好きな機械仕掛けの武器だ――を構えたが、敵への狙いを外すと白雪姫に当たりそうだと判断し、矢を射つに射てないでいる。

 剣を使うエクスは遠すぎ、レイナの魔法にはチャージ時間が必要で、その隙にヴィランの爪が白雪姫に振り下ろされる。

「きゃっ!」

「あぶねえ!」

 白雪姫は目を閉じて、腕で自分の頭を庇うことしかできなかった。だが間一髪、先行したタオが騎士の姿に変身して盾でヴィランを突き飛ばし、何者も傷つけさせなかった。

 エクスが駆けつけ、まだ動けないでいる白雪姫を守るように立ちはだかって、剣を構えた。

 目を見開いたクリスティーヌが、エクス達に向かって叫ぶ。

「私の邪魔をするなんて! お前たちもファンになって、クルルアクルルア言いなさい!」

「僕たちは、そのクルルア言うのを退治しに来たんだ」

「アイドルらしい勝負をせずに相手を抹殺しようとするのは、この想区においてストーリーテラーの作った運命に反するわ。だから、その狂ったファンたちは、私達が『調律』させてもらう」

 レイナはそう言うと腕を振りかぶり、ブギーヴィランに向かって光の球を放った。命中と同時に破裂した魔法は周囲のヴィランを巻き込み、消滅させた。

「私の、いやカオステラーのファンが……。そうか、お前たちはアンチなのね。クルルア達、こっちの方が数が多いんだから、八つ裂きにして道を散らかしてしまいなさい!」

「クルルア!」「クルルア!」「クルルア!」

 クリスティーヌの動揺は一瞬だった。まだ大半が残っているヴィラン達に命令を下す。

 もはや人間を爪で切り裂くことしか考えられなくなったファンの成れの果てが、エクスに向かって殺到する。

 エクスは1体、2体と迫るヴィランの攻撃を捌く。『空白の書』の持ち主として幾多のヒーローの魂を体に宿すうちに、彼らの剣技を自分のものとして身に着けつつあった。

 それでもヴィランの数が多く、全てを相手にすることは難しい。

 だが負けはしない。エクスは確信していた。

 目の前のヴィランの頭をばすっ、と矢が撃ち抜き、貫通してさらに別のターゲットに突き刺さった。

「ビンゴです」

 暗がりから、シェインの声がした。クリスティーヌやヴィランの視界に入ることなくひそかに移動し、死角からクロスボウを放ったのだ。

 守りから攻めへ転じる。エクスが剣を振るい、タオが槍を振り回してヴィランを薙ぎ倒した。そして僅か数分で、ブギーヴィランを全て討伐し終えた。

「悪いな、こいつらみたいなのを相手にするのは慣れているんでね。残るはあんただけだぜ?」

「くそおおおおっ!」

 クリスティーヌは悔しがる、だが奥の手とばかりに膨大な邪気を放ち、変身していく。ブギーヴィランよりも大きく凶悪な、魔法使いのような姿に変わる。

 メガ・ヴィランの力ならば、この町一つを破壊し、それをきっかけとしてカオステラーの望むように運命を崩壊させて、想区を消滅させることもできる。

 だが、変身したクリスティーヌが攻撃を行うことはなかった。

 エクスの剣が腕を、タオの槍が脚を、シェインの矢が頭を、レイナの魔法が胴を狙い、息の合った連携が炸裂した。

 怪物の体のほとんどが消し飛ぶ。

 砕け散り、闇に溶けながら、信じられないという声で問いかけてくる。

「そ、んな。これほどの力なのに……お前たちはいったい」

「言ったろ、慣れてるってな」

 メガ・ヴィランが完全に消滅し、辺りに静寂が戻る。

 それぞれ構えを解き、お互いに顔を見合わせる。緊張は、緩めていない。

「ヴィランだった、けど」

「ええ、カオステラー本体ではなかったわね、手ごたえが無さすぎる」

「カオステラーの影響で、ちょっと強いヴィランに姿を変えただけ、でしたか」

「ちっ、手がかりも無しかい」

 エクス達は戦いながら、あっさりとこの想区を調律出来るのではないかと期待していたが、そうもいかないらしい。

「あの、あなたたちは。それに今の怪物は」

 と、地べたに座り込んだままの白雪姫が訪ねてくる。

「信じられないかもしれないけど、この想区の運命を守りに来たんだ」

「想区を……」

 空白の書の持ち主でない者には、カオステラーの存在など知る由もない。だからエクスは、これまで想区から想区へと移動する度に、このような説明をしなくてはならなかった。

 とはいえ想区に住む人間は、ストーリーテラーが作った世界で運命の書に従って生きている。ありがたいことに、急な展開の後の大雑把な説明であっても、なんとなく事態を把握してもらうことができる。

 白雪姫は混乱しているようではあるが、エクス達を不審がってはいない。

「怪我はないかい、お嬢さん」

 変身を解除したタオが、白雪姫の手を取って、立たせた。

「君もアイドルなのかい?」

「はい。今日のスケジュールを終えて、事務所に戻るところだったのです」

 やはり他の想区で『主役級』となる存在は、ここではアイドルのようだ。

「あっ、お義母さま」

 と白雪姫が言うので、エクスが道の先に視線を向けると、毒林檎の王妃が立っていた。

「僕たちは怪しいものではありません」

「怪しい者はそう言うものですよ。けど、説明しなくても結構よ」

 毒林檎の王妃は、落ち着いた口調で言う。

「今起きたことは妾も見ていたわ。白雪姫を助けてくれてありがとう」

「失礼ですが、あなたは一体どうしてここにいるです?」とシェインが聞く。

「最近アイドルが襲われたり、行方不明になる事件が多くて、心配になって迎えに行くところだったの」

「ほほう、一見平和に祭りをやっていたように見えていたが、さっきみてえなことが起きていたってわけだな」

 エクス達が来ていなければ、白雪姫は今頃ヴィランの餌食になっていたに違いない。

「心配になって来たということは、白雪姫のライバルではないのね」

 レイナが聞いた。先ほどアイドルがカオステラーの影響でヴィランに変わったばかりなのである。毒林檎の王妃といえば『大元となる世界』では、白雪姫を亡き者にしようとしていたくらいなのだから、カオステラー化してしまう候補にも十分なり得るのだ。

「妾もかつてはこの想区のトップアイドルだったのです。今では事務所の経営者兼、プロデューサーよ。それが、運命の書に書かれていた、第2の役目。私が白雪姫を最高のアイドルに育て上げるのよ」

 毒林檎の王妃は、魔法の鏡からは白雪姫に一歩劣ると言われたとしても、少しでも時代がずれれば国一番の美貌の持ち主だ。まだ若く、アイドルとしても通用してしまいそうだが、既にトップを目指す運命を終えたという表情には余裕すら感じられる。

「カオステラーではなさそうだね」

「今日は白雪姫を守れただけでも良しとしようぜ」

 エクス達は、やはり数日間はこの想区に滞在することになりそうだと長期戦を覚悟し、宿はどうしようか、などと話し合う。

 すると、この場に留まったままの毒林檎の王妃が話しかけてきた。

「私達の事務所を使うというのはどう? 城に比べれば小さい建物だけれど、泊まることのできる部屋は沢山あるのよ」

「お義母様がこの町に買った別荘なの」

「マジかよ、流石は王妃様と姫だぜ、スケールがデカい」

 白雪姫の話を聞いて、タオが感心した。

「その提案をするということは、何かしてほしいことがあるのです?」

「そうね、さっきも言った通り、アイドルが襲われる事件が増えているわ。訳の分からない怪物を倒せるというのなら、白雪姫を守ってちょうだい」

「確かに想区がカオステラーに侵攻されている今、この町で1番安全なのは私たちのいる場所ってわけね」

「そういうこと」

 エクス達にとってもまた、想区に深く関わるヒーローと一緒に行動することは、それだけカオステラーに近づけるということだ。

「そういうことなら、タオ・ファミリーにお任せあれ、だぜ」

「よろしくね、白雪姫」

「はい、こちらこそっ」

 エクスの挨拶に、ぺこりと頭を下げ、元気よく挨拶する白雪姫。


 ひとまずのところエクス達は、アイドルを守るという形で、この町に滞在することになったのだった。

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