2 グリムライブ
腹拵えからしばらくの後、エクス達は観客に混ざって歌を聞いていた。
ステージ上のラ・ベルは歌うだけではなく、曲調に合わせた振り付けの踊りまで披露している。
聴衆の若い男達も合いの手を入れて大盛り上がりだ。
「みんなー! 私のことを応援してくれてありがとー!」
とラ・ベルが語り掛けると、
「これからも頑張ってー!」
「うおおーっ! ベルちゃんが1番だーっ!」
「可愛いぞーっ! 最高だー!」
と歓声が上がる。
その空気に、やや後ろの方にいたエクスは圧倒されてしまう。なんという熱気だろうか。この町には今、歌って踊るアイドルが国中から集まっていて、それを応援するファンもまた大量にやってきている。
エクス達が集めた情報をまとめると、この想区のヒーロー達が持つ運命の書に記された内容は、
『世界で1番のトップアイドルを目指す』
というものらしい。
この町では1年に1度、アイドルの頂点を決めるための祭典が行われるのだ。
その名も『グリムライブ』。
町全体がライブ会場となり、期間中は至る所でアイドル達の公演が開催される。 ファンの投票によって、人気のあるアイドルが勝ち抜いてゆき、数日間かけて1番を決める仕組みだ。
レイナが呆れたように、
「いったいどんな物語の世界を作り上げたっていうのよ、ストーリーテラーは……」
と呟いた。
「ええと……アイドルとして活動する少女達の……青春、とか?」
エクスは考えを巡らせ、それっぽい説明を並べてみる。
「カオスだわ……」
「カオスですよ」
レイナとシェインが頷き合う。
「えっ、カオステラーを見つけたの?」
「そういう意味じゃなくて、こんなカオスな想区を作ったストーリーテラーがカオスだってことよ。あれっ? ストーリーテラーがカオスなら、それはつまりカオステラーってこと……? じゃあストーリーテラーを調律してカオステラーにするの? ちょっと、エクス! 混乱してきちゃったじゃない」
「僕に言われても困るよ」
エクスとレイナがやり取りしている間にも、ラ・ベルの次の曲が始まり、広場は賑やかになる。
「さしづめこの想区の名前は『アイドルの想区』ってとこだろうな」
タオが呟いた。
「もっと優美に『
「シェイン、甘いぜ。歌だけじゃなくて、応援したくなるオーラや可愛さで聴衆の心を引きつけているんだから、あれはアイドルだぜ。あの観客の盛り上がりを見ただろ。目を血走らせたアイドルオタク達が、各地から集まって来てるんだぜ! ここはアイドルのために作られた、アイドルの想区なんだ!」
「目を血走らせているのはオタじゃなくてタオ兄でしょう……」
シェインが突っ込んだが、お祭りごとの大好きな性分のタオは、特に否定しなかった。
「私は
「僕は、どっちでもいいけどね」
ラ・ベルが歌い終わると、少しの休憩時間の後に、また違うアイドルがステージに立つ。彼女もまた、他の想区のヒロインだ。ヒーローの容姿は大抵『あるところに美しい女の子がいました』等と語られるのだから、アイドルとしての活動もかなり様になる。
「こうもアイドルが多いと、誰にカオステラーが憑り憑いているのか調べるのに時間がかかりそうね」
「トップを目指しているアイドルは皆がそれぞれ、主役みたいなものだからね。町を回っていくしかないよ」
例えば騎士が宿命の敵と戦うような、もっと分かりやすい出来事が起きている想区ならば、カオステラーの候補を絞るのは容易だ。しかし今回のようなバトルロワイヤル形式では、あまりにも関係者が多すぎる。
同じ場所に留まっていても、カオステラーを見つけ出せるかは分からない。
エクス達は別なライブ会場へと移動することにした。
少し歩くだけで、いくつかの人だかりが目に入る。その向こうからは、綺麗な歌声が聞こえて来る。
ライブをしているのは単独で活動するアイドルだけではない。あるステージの上ではメイドキャットのグループが踊っていた。
違う広場には、騎士団をバックダンサーに歌うジャンヌ・ダルクや、孫悟空、猪八戒、沙悟浄のユニットがいる、かなり遠くからライブツアーにやって来たのだろう。
ライブの機会にひと稼ぎをと考えている旅商人もまた、この想区世界の各地から集まり、出店を構えているようだ。
「珍しい食べ物があったのはこのせいなんだね」
「言っとくけどエクス、今はお腹すいていないわよ」
「そ、それは分かってるよ……」
しまった、食べ物については話題に出すべきじゃなかったとエクスは後悔する。
「新入りさん、レイナは本気で怒っているわけじゃないですよ。それにしても、さっきのタオ焼きは美味しかったです」
「「タオ焼きじゃなくてタコ焼きだよ!!」」
エクスとレイナが、即訂正をかける。シェインの言葉を聞いて、小麦粉のボールに切り刻まれたタオが入っているという嫌な光景を想像してしまった。
「あれっ、そういえば、タオ兄はどこです?」
とシェインが、タコ呼ばわりを真っ先に訂正してくるであろう声がしなかったことに気が付いた。
3人は当たりを見回したが、すぐ近くにタオの姿はなかった。
「ライブを見ながら歩いているうちに、はぐれたのかな?」
「むむむ、ここはお祭り会場と言えども、カオステラーのいる敵地です。1人でいる所を襲われたら、いくらタオ兄でも危ないかもです」
「全く困ったものだわ。じゃあすぐに探しに行きましょう」
お互いに頷き合い、エクスを先頭に駆け出す。人が多いとはいえ、大通りの真ん中付近はライブの観客もまばらで、走っても誰かにぶつかることはない。
ところが次の瞬間、エクスはいきなり足を止めた。
「わぶっ」「ぐわわですよ!」
レイナは突然のことに反応しきれず、エクスの背中に突っ込んでしまった。シェインもまた、レイナの背に鼻をくっつけてしまう。
「なんで止まるのよっ」
「あいたた、つーんとするですよ」
レイナたちは抗議の声を上げるが、エクスは聞こえていないかのように、振り返らずにある場所を見つめていた。
視線の先には、かつて他の想区で大切な存在だった人物。
視界の隅にでも映れば、見逃すはずがない。
ああ、この想区でも、特別な役割を得ていたのか。
シンデレラ。
カオステラーの魔の手から救われ、姫となった彼女のその後を、エクスはずっと気にかけていたのだ。本当に幸せになれたのだろうか、と。
想区が異なるので、ここにいるシンデレラは別人である。それでも、久しぶりに見たシンデレラの笑顔に、釘付けになってしまった。
「タオを探しにいかないと。ってエクス、聞いてる?」
「う、うん」
「聞こえてないですねこれは。もしもーしですよ」
「うん」
だめだこりゃ、とレイナとシェインは冷ややかな目でエクスを見る。
ただでさえシンデレラはエクスの心を惹きつけるのに十分なのに、この想区ではアイドルとして洗練されているのだ。笑顔の威力が数ランク上で、ファン獲得用に強化された可愛らしさを持っている。それを見てしまっては、石のように立ち止まるのも当然だ。
おまけに、ステージ衣装はフリル付きの水着だ。
「私の新曲、聞いていってくださいねー!」
とのシンデレラの呼びかけに、エクスは他の観客と一緒になって、拍手で答えるのだった。
「ほ、ほら、さっさと行くわよ」
レイナがエクスの手を引いても、腕が力無く伸びるだけの有様だ。骨抜きとはまさにこのことだろう。
「歌が終わるまでは動きそうもないですよ。タオ兄もきっとこんな感じで、どこかで足を止めたのでしょう」
「くっ、仕方がないわね。カオステラーはゆっくり探しましょう。どうせ、こんなに足並みが揃ってない状況では、まともに戦えやしないわ」
「はあ、シェインも賛成です。ひとまずここは歌でも聞いて、落ち着きましょう」
溜め息をついて、レイナとシェインも、その場に留まった。
救いなのは、アイドルの想区だけあって、歌が見事なことだった。
そのおかげで足止めを食らっていても、彼女らの気分がどん底にまで落ちることはなかった。
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