GrimmsLive! ~運命の書とアイドルの物語~

加藤雅利

第1話 アイドルの想区

1 新たな想区と祭りの町

 ストーリーテラーの創り上げたシナリオを乱すカオステラーの気配を追い、想区から想区へ。

 エクスたちが想区を繋ぐ霧を抜けた先は、賑やかな町だった。

 建物には鮮やかな飾りが付けられていて、石で舗装された道の端には出店や露店が並び、賑わっていた。

 時々響く、ぱーんという爆発音は戦のそれではなく、青空にピンク色の彩を与える花火の音であった。

 カオステラーに乱された想区に足を踏み入れるときは、大抵すぐさまヴィランの群れが襲い掛かって来るので、エクスたちは拍子抜けしてしまう。

「祭りをやっているのかな」

「そのようですね。この想区は争いとは全く無縁で、平和なように見えます」

 色とりどりの風船が、町のあちこちから舞い上がっていく。石で舗装された通りを、楽しそうな顔をした人々が行き交っていた。

 その空気につられて、エクスとシェインから緊張感が抜けていく。

「気を抜いてはだめよ。カオステラーがいるんだから」

 真剣な表情でそう言ったレイナであったが、どこからともなく漂ってくる、屋台の肉を焼く香りに、お腹がくー、となってしまうのであった。

「お嬢、気が抜けてるんじゃねえのか」

「う、うるさいわね。きっとこれもカオステラーの罠か何かよ」

「やれやれ、そんなわけないじゃないですか。腹が減っては戦は出来ぬ、といいますし、この祭りのことを、何か食べながら聞いて回るですよ」

「それがいいね。レイナだけじゃないよ、僕も丁度お腹が空いていたところだったんだ」

「エクス、そのフォローはいらないわ。余計恥ずかしくなるから」

 レイナは伏し目がちに、疲れたような顔で言った。

 それを聞いたエクスは、え? と疑問符を頭上に浮かべた。

「お嬢、こいつはそんな気を使える男じゃないぜ」

「新入りさんは事実をありのままに述べただけですよ」

「うむむ、それはそれで、腹が立つわね」

「えええっ!?」

「ははは、気を使われすぎるのも無関心すぎるのもアウトってことだ。女心は難しいんだぜ」

 タオは愉快そうにしているが、エクスはそれでも言われた内容を理解できずに、困ったような顔をしている。

「言うほどタオ兄も分かってないじゃないですか。ほら、さっさと食べに、じゃなくて情報を集めにいくですよ」

 シェインとレイナが、エクスを待たずに雑踏の中を進んでいく。

「なんだ、シェインのやつも飯の方が大事みたいだな」

「早く追いかけようよ」

 先に行ってしまう2人を慌てて追いかけようとするエクスとは対照的に、タオはのんびりとした足取りで、後ろを歩いている。

 どうしたものか、とエクスは前と後ろに交互に顔を向けた。ペースがばらばらのメンバーの間で困ってしまうのは、いつものことだ。

 ああ、こんな時にどっちに合わせればいいのかを『運命の書』にでも書いてあれば、楽なのに。

 仕方なくエクスは、皆の中間地点になる位置取りを維持するように歩く。レイナとシェイン、タオを見失わないように注意し、こまめに辺りを見回す。

 タオに追いつくつもりは無いらしく、目が合うと楽しそうに手をひらひら振って来るだけだ。

 皆の真ん中にいると言っても、仲間達の中心人物であるわけではなく、ただの優柔不断の結果であり、まるで運命に流されるかのように歩いているだけだ。

 主体性の無さを痛感しつつ、同じ空白の書を持つタオとはどうしてこうも性格が違うのだろう、とエクスは悩んでしまう。

 しかし、この状況には良い点もあった。周囲を見回していたおかげか、この町と祭りの独特な部分が見え始めた。

 この町には家1軒分ほどの敷地の、小さめの広場が多くあること。それを囲むように、人が多く集まっていること。

 そして常にどこかから、明るい歌詞の、綺麗な歌声が聞こえることだ。

 エクスは初め、歌は祭りの催し物だろうと思っていた。

 しばらく歩いているうちに、歌こそが祭りのメインであるということに気が付いた。無数にある広場には橙や黄緑色に彩られた木箱が置かれていて、それをステージとして、歌手が使うのだ。人だかりができるのは、通行人が観客として足を止めるからだ。

「一体なんなんですかね。これは」

 と言ったのは、屋台で買った食べ物を手にして戻ってきたシェインだった。

「僕も考えていたところなんだ」

 想区はほとんどの場合、あるテーマを中心として、出来事の筋書きや人々の運命が作られている。テーマを見つけることは、カオステラーを探す手がかりになるはずだ。

「この想区は何なんだろうね」

 エクスは話し合いを始めるつもりでシェインに声をかけていた。

 ところが、期待したような話にはならず、

「はあ? 新入りさんは何を言っているんですか?」

 という言葉が返って来た。

「シェインはこのブツについて言っているのですよ、つんつくつん」

 針のような形をした木の棒で、シェインは食べ物をつついていた。先ほどの疑問は、想区のテーマではなく、食べ物に向けられたものらしい。

「そいつはタコ焼きってやつだな」

 近くまで来ていたタオが、食べ物の名前を言った。四角い器に並んだ茶色いボール状の物体。パンなどのように小麦粉を練って作っているように見えるが、香ばしい匂いは独特で、甘さは無さそうだ。

「ヨーロッパの建物が並ぶ町の雰囲気なんかお構いなしだな。というより、この町にいろいろな国の人間が集まり過ぎているようだぜ」

 とタオは続けた。

「ふむ、つまり特定の主役を持つ想区ではないようですね」

 正体不明の食べ物をもぐもぐしながら、シェインが分析した。そして「あ、おいしいです」と感想を呟いた。

 エクス達は今までにも何度か、様々なヒーローが1ヶ所に集まる、他の物語の『外伝的』な想区を訪れたことがある。ここもまた、ストーリーテラーが創り上げた、多種多様な想区のうちのひとつなのだろう。

 道の端でエクスがシェイン、タオと話し込んでいると、レイナが2、3枚の紙を綴じた冊子を持って駆け寄ってきた。

「みんな、これを見て。町の中央で配られていたわ」

 皆の目の前に、広げられた冊子が突き出される。

「これはなんだろう。広告かな?」

「パンフレット、といったところだろうな。ええと……うおっ、何だこりゃ」

「見たことのあるヒーローが何人か、イラストで描かれてますね」

 町の中に作られた歌のステージ、盛り上がる観客達、ヒーロー達を紹介するような冊子。

 エクスたちはタコ焼き、クレープ、串焼き、フルーツ盛りなどを食べ歩きながら話し合いを続け、この想区のテーマがどういったものであるかという結論に近づいていった。


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