2 反逆のアイドル

 祭りの花火とは異なる爆発音が響いた。町のあちこちで魔法らしき爆発が炸裂し、遠くからは集団で行進する地鳴りのような音と、悲鳴や怒号が聞こえてきた。

 シンデレラと白雪姫が咄嗟にステージに上がり、アイドルらしく鍛え上げられたよく通る声で、観客や町の住民に呼びかける。

「大変大変、ライブは一旦ストップ! 皆、建物の中に隠れて!」

「落ち着いて避難して、騒ぎが収まるまで戸締りをしっかり!」

 予め、何か事件が起こるかもしれないと伝えられていた2人の行動は素早かった。おかげで突然の出来事にも関わらず、広場に集まった人間の大部分が、出口まで逃げることができた。

 町の役場や教会といった大きな建物が開かれて、人々を中に収容していく。

「シンデレラ、白雪姫も早くこっちへ」

 エクス達はその場に留まり、それぞれ剣や槍を手に取った。

「まだアイドルがいるわね。あれは……アリス?」

「早く守りましょう」

「違う、カオステラーだよ!」

 混乱するエクス達とは対照的に、アリスは落ち着いた動作で広場の中央に歩いていった。

「あはは、上手くいったね」

 広場に兵隊が、いやチェスの駒を象ったヴィランの兵隊が雪崩れ込んできた。赤の女王、白の女王配下の軍隊である。

「動かしやがったのか、軍隊を」

「駒そのものですからね、あの兵士たちは。確かに、楽に動かせそうです」

「私達だけじゃなくて、町全体が囲まれているようね」

 広場にはなおもチェス駒の兵がやってきて、逃げ遅れて留まっていた人々を威嚇している。ステージに上ったアリスがライブ中のトークのように、大げさな身振りを交えて語り始めた。

「あはは、『グリムライブ』中止のお知らせです。これから先はアイドルは現れないし、アイドルの交代も無い。もう終わらせるわ」

「ライブを終わらせるって、1番になるために騒ぎを起こしたんじゃないのか?」

 エクスは問いかける。ステージまでは遠く、普段出さないような大きな声で喋らなくてはならなかった。

「もちろん、1番になるためよ」

 そう答えたアリスはステージから飛び降りて、エクス達に向かって歩き始める。途中で、広場に残っていたファンの一部をヴィランに変えながら。

 そして数の増えたヴィランを衛兵のように従えて、元いたテーブルの脇に立った。

「1番になるだけじゃ、1番じゃないの。この意味わかる?」

「えっ、何を言っているの?」

「まるでクイズですね。手短に言ってしまえばいいのに、わざわざシェイン達に聞いてくるなんて、余裕の表れです」

「ねえ、早く答えてよ」

 アリスは楽しそうだ。軍隊、それも赤の女王と白の女王、2つをもって想区のメインイベントに乗り込んでいるのだから、怖いものなどないのだろう。

「1番であっても1番じゃないからでしょう。最高の中の1人、という言い回しになることを言っているのね」

 とレイナが言い、タオは訳が分からんという顔をした。

「はははっ、当たりい」

 意思が通じて嬉しい、とでも言うように、アリスが笑った。

「私ねえ、むっかーしトップアイドルだった赤の女王や、白の女王とか、毒林檎=スター……あれ? シーナ=毒林檎だったっけ? まあいいや、1番になったことがあるアイドル達を知って思ったんだ。たとえ最高って言われてもさ、すぐに忘れ去られるんだなって」

 特にこの想区では、ストーリーテラーがそう作っていることもあり、数多くのアイドルが生まれては、ファンが次々に新しいアイドルを追いかけている。どんなに実力と人気があっても、時代が過ぎると、一昔前のアイドルについて語る者も、知ろうとする者も、ほとんどいなくなる。

 かつて1番のアイドルだった毒林檎の王妃が言っていたように、何年か経つと、覚えている人がいるかどうか、確証が持てないくらいになってしまう。

 せいぜいが本に記録が残るくらいである。もっと時が経ってしまえば、それすらも怪しい。その時にアイドルでない者は、この想区にとって重要でないのなのだから。

「ずっと1番であり続けるために、次の1番が出てこないようにするってこと?」

「その通りよ。最後のアイドルにでもなってしまえば、常にそこがスポットライトを浴びる場所になる。私は行列の中の誰かさんじゃないの、ずーっと、注目される場所にいて、みんな私を見るしかない。誰かの陰に隠れることなんてないんだから」

 それはすなわち、この想区の仕組みを壊すことになる。カオステラーの思惑通りになれば、世界を正そうとする力と変えようとする力のぶつかり合いに耐えきれずに、想区は破壊される。

「ただ1番になりてえ奴が駄々をこねて騒ぎを起こすと思っていたが、もっととんでもねえわがままだったか」

「ええ、ここでアリスを浄化しないと、この想区はいずれ消滅する」

「だけど、こう囲まれていたら勝ち目がないよ」

「玉砕覚悟で暴れるですか? もっとも、それしかないように思えるですが」

 この広場にいるヴィラン程度なら、エクス達が多少の無理をすれば倒せるだろう。しかしアリスは町をひとつ包囲するほどの軍勢を動かしていた。まともに戦えば、数に押しつぶされてしまう。

「はは、チェックメイトよ。正しくても気に入らない世界なら、狂って結構」

 怪しく笑いはするが、周りの見えていない目ではない。自分に酔っているだけの人間ならば挑発するなりおだてるなりして隙を作れそうなものだが、はっきりとした意思を持った上での行動であるならば、難しいだろう。

 アリスと対峙したまま、どう動こうかとエクスが考えてあぐねていると、白雪姫とシンデレラが前に進み出た。

「そんなの認めないわ!」

「そーよ、貴女まだ1番にもなってないじゃない。こんなことしないでライブで決着をつけなさいよ!」

 エクス達の静止も聞かずに、アリスに抗議する。

 一方のアリスは余裕そのもので、優雅な動作でテーブルの上にカップを並べ、ポットから紅茶を入れ始めた。

「ストーリーテラーの秩序が乱れれば『運命の書』もじきに書き換わるわ。そしてすべての人間が、私のファンになる。もう貴女達のライブは終わったのよ。お茶会でも始めましょう、狂ったお茶会を」

「何を馬鹿なことを」

 白雪姫とシンデレラはアリスに走り寄ろうとしたが、近くにいたポーンの兵士に槍を突き付けられ、うっと立ち止まった。

「貴女達は同じアイドルって立場だったし、お茶会仲間くらいにはと考えていたけれど、生意気ね。ハートの女王にでも言って、首をはねてもらうわ。アイドルは何人もいらないんだから」

 冷たい目で見据えられ、白雪姫とシンデレラは青ざめる。無邪気な物言いが不気味で、ただの脅しではないことが、恐ろしかった。

「くっ、こうなったら」

 エクスは剣の柄に手を伸ばした。見ているだけで終わるくらいなら、出来るだけのことはするかと、覚悟を決めようとしていた。

 掛け声とともに足を踏み出す、丁度その何分の1秒か前に、広場の入り口に銃声が響き渡った。

 

 ズダダダダーン!


 という気分のいい音。ひとつではなかった。

 何事かと音のした方向を見ると、広場の入り口に固まっていたチェス駒の兵士が倒れて消え、その向こうに猟師の一団が姿を現した。

 綺麗に横並びで猟銃を撃つその姿は、戦列歩兵の部隊のようにも見えた。

 紅茶に砂糖を入れていたアリスも、

「な、なに?」

 と驚いていることから、同じ勢力ではないようだ。

 弾の入ってない銃を持った猟師達が後ろに下がると、射撃の準備を終えた第2列が出現する。

 ズダダダダーン!

 広場の入り口が発砲煙に包まれ、ライブステージに至る道にいたヴィランが薙ぎ倒された。

 猟師の隊列が左右にずれて、引き戸が開くように綺麗に割れた。そうしてできた道から、小柄な少女が歩いてくる。

「あれは赤ずきんね」

 少女の服装を確認したレイナが真っ先に言った。

「えっ、確かライブを棄権したっていう」

「町を救いに帰って来た、ですかね?」

「ストーリーテラーの用意した筋書きをぶん投げたんだろ? カオステラー側じゃねえのか?」

 混乱しているのはエクス達だけではない。騒ぎの首謀者のアリスもだ。

「ふ、ふん、抵抗しようっての? 私は何を言われても1番の座は渡さないんだから。それとも力づくで奪いに来たのかしら」

 その程度の手勢でどうにかできると思っているの、と続ける。

 数十人の猟師達では、軍隊の相手にはならない。

 皆の言葉が赤ずきんに聞こえているのか否かは、分からない。ゆっくりと猟師達の間を歩く動作は確かにアイドルであると分かるほどに、綺麗だった。

 威厳すら感じさせる堂々とした足取りはまるで伝説などで『そのもの赤き頭巾をかぶりてライブ会場の広場に降り立つべし』とでも予言されたかのようだ。

 それでいて、

「なあにこれ? ライブ会場、めちゃくちゃになってるよ」

 ととぼけたような声で疑問を口にした。声の調子は、物心がつく前の少女を演じているようだ。それが可愛いアイドルとしての赤ずきんの売りであり、パフォーマンスなのだろう。

 猟師達の列を抜け、広場の中央に向かって歩く赤ずきんに、ブギーヴィランが襲い掛かる。ただ歩いているだけの姿は、あまりにも無防備だった。

「クルルウ!」

 鋭い爪が赤ずきんの首元に入り込んでいき、

「きゃっ!」

 と赤ずきんの小さな悲鳴が上がった。

 エクスには、か弱い少女が子鬼の犠牲になるかに見えた。

 が、赤ずきんは小さく首を捻って爪を交わすと、ボディブローをヴィランの腹に叩き込んだ。

「びっ、びっくりしたあ。いきなり襲い掛かってくるなんて、オオカミさんだと思っちゃったよぉ」

 友達にでも話している雰囲気で、赤ずきんは可愛く話し続けた。

 ヴィランは崩れ落ちずに踏み留まり、再度赤ずきんを爪で横殴りにしようとする。

「でも貴方って、オオカミさんよりも」

「クルルウ!」

「ひでえツラしてるね! もっとマシに作り直してやるよ、私がさア!」

 バキイ!

 ヴィランの腕を掻い潜った赤ずきんは、相手の後頭部を掴んで押し下げると顔面に膝蹴りをめり込ませた。そして脱力したヴィランを脇に放り捨てる。

「で、何だよこれ」

 先ほどとは全く異なる低い声で言い、赤ずきんは会場を見回した。周囲に刺すような鋭い空気を振りまいている。

 真っ先に沈黙を破ったのはアリスだ。

「あっ、貴女こそ何なのよ! 私の邪魔をするつもり?」

「あ?」

「な、何よ……」

威勢よく突っかかったものの、一言ぶつけられただけでたじろいでしまう

「私はここにライブしに来たんだよ」

「ライブ? はは、貴女まだアイドルでいるつもりなのね。これからは違うの、ストーリーテラーの作った運命は書き換わって、私だけが正しいアイドルなんだから。死刑にされたくなかったらすっこんでなさいよ」

 現実を受け入れられないライバルが反抗しに来ただけかと、アリスは嘲笑した。この街を制圧しているのは私なのだから、今さら現れたところで、力でねじ伏せてしまえばいいと。

「あはは、は、は?」

 アリスの笑顔が硬直する。

 徐々に近づいていた赤ずきんが、アリスの方に向かって拳を突き出し、天に向けて中指を立てたのだ。

「ファッキュ、ユー」

 それは汚い言葉だった。エクスや白雪姫も愕然とする。とびきり可愛いアイドルの豹変っぷりに。

「正しいアイドル? なんだそりゃ。ストーリーテラー? くそくらえだ。死刑とは、ライブも終わりで私のライブ人生も終わりってか? ただでやれると思うなよ、冥土の土産にてめえの舌を噛み千切って持って行ってやる」

 理解の範疇を超えた物言いに、アリスは口をぱくぱくとさせるだけで、声も出ないようだった。

「エクス、あの赤ずきんはやっぱり『運命の書』から外れているわ。ストーリーテラーに反発しているし、様付けもしていない」

 レイナがエクスに耳打ちする。

「カオステラーの仲間割れ? なのかな」

「しかもかなり悪そうなセリフですよ、あれは」

「おい皆、猟師達の方を見てみろよ」

 タオに言われてステージの方を見ると、猟師が楽器を運び上げているところだった。町が戦争状態になっているというのに、ライブ会場を設営している。

 赤ずきんはなおもアリスのテーブルに詰め寄り、

「トップアイドルになりてえなら勝手にすればいい」

 と言って、テーブルの上の紅茶に、どぼんと人差し指を入れて荒々しくかき混ぜる。カップの中身を掬い取ると、ぼたぼたと液体がテーブルの上に滴った。

 赤ずきんはアリスを見据えたまま指先を自分の口に突っ込み、べろべろべろべろと舐め始めた。

 あまりの奇行に、ストーリーテラーに反逆を起こしたアリスですら、

「く、狂ってる、貴女狂ってるわ……」

と感想を零した。


(お前が言うのかよ!)


 エクス達と白雪姫、シンデレラは内心、そう突っ込みを入れていた。

 紅茶を味わった赤ずきんは、

「ぬるい、そして甘ったるいだけだ。これだけが世界に溢れるなんて、反吐が出る」

 と感想を述べて、アリスに背を向けた。

「そっ、そいつを囲んでしまいなさい!」

「クルルゥ!」

 アリスが慌てて命じ、ヴィラン達が赤ずきんの行く手を阻んだ。

「またかよ。お前ら鬱陶しいんだよ、さっきから」

 毒づいた赤ずきんから荒々しく、敵意に満ち満ちたオーラが発せられる。周囲のヴィラン達は恐ろしくなったのか、爪を向けながらも距離を開けた。

「ッ! エクス、あれを見なさい」

「へ、変身している?」

 ヴィランが作る道を歩きながら、赤ずきんが獣のような姿へと形を変えた。内に秘めた凶暴性を、剥き出しにしているかのようだった。

「あれは、やっぱりカオステラーですよ」

 シェインがクロスボウを構えた。

 やはりこの町は敵だらけなのかと観念しつつ、エクスは剣を握る力を強めた。

 だが赤ずきんは構えるどころか、手のひらを向けてエクス達を制止し、

「落ち着け、ライブ衣装だ」

 と言い、野獣の如き素早さでステージに向かって走り始めた。その先には演奏の準備を終えた猟師達がいた。

 赤ずきんが舞台に飛び乗った。



『チョーかわいい』アイドルとして、赤い頭巾を被った小柄な少女はデビューした。

 自分の運命に従い、トップを目指す。皆が期待するように可憐な歌と踊りを披露すると、あっという間に人気はうなぎ登りになり、上位に食い込んだ。

 1番を決めるための『グリムライブ』に出場するまでの人気を得るには、さらに可愛く、ファンを熱狂させるためのアイドルでいなくてはならない。

 自分の容姿に合うように、『素敵』だとか『花』だとか『好き』だとか、そういった大衆に心地の良い言葉を混ぜた歌詞で歌い、頑張ってライブをしている姿を見せつつも適度に子供っぽく振舞い、ファンには媚に媚びた。

 そうしているうちに赤ずきんは、ついに1番を決める『グリムライブ』への出場権を獲得した。

もはやいただきまで駆け抜けるだけ。

 可愛いアイドルをファンに観せてあげ続ければいい。

 そのはずだった。

 というのに歌って踊るうちに、これは私ではないという感覚が、日増しに強くなっていった。

 ステージの上に立って、顔を傾けて頭巾の端を掴むポーズを作り、

「ファンのみんな、応援いつもありがとう、赤ずっきーはとても嬉しいよ!」

 と言いながらも、内心では違う言葉が組みあがっていた。

 うるさい、お前らの声援なんかいらない。

 私を見るな。放っておいてくれ。

 こんな歌、こんな歌。

 『運命の書』に記されている役割の通りにしているのに、どうしてこう考えてしまうのだろう。自分でも、大いに戸惑った。

 皆に可愛がってもらえるように甘えた声を出す赤ずきんなんて、やりたくない。荒々しく猛る声を張り上げたい。

 森でみんなで仲良くピクニック、などと歌っている時にも、人が狼に食われる瞬間や、猟師が獣を撃つ瞬間のイメージが頭の中に作られていく。私に赤黒い血の場面を叫ばせてくれ。

 ある日ついに、可愛さをアピールすることに嫌気がさして、事務所に辞表を叩き付けた。そして自分が最高だと思うライブを行うと決めた。

 当然、多くの人間に好まれる方向性を棄てるため、人気を得てトップになるのは、初めから諦めることになる。

 じゃあ『グリムライブ』に出場することもやめちまえ。頂点の座なんてもんは誰かにくれてやる。

 その代わり、自分が最高だと思う赤ずきんは、しっかりとやらせてもらう。そいつは一体何をするだろうか? ライブ会場に乱入して、ゲリラライブだ。

 他のアイドル達には真似できないし、そもそもやろうとも思わないだろう。その時に赤ずきんは『そんなことをしでかす』唯一の存在であり、つまりは頂になる。

――という経緯で赤ずきんは、ストーリーテラーの筋書きから脱線しつつも『運命の書』に記された内容からは外れなかった――

 ライブ会場に突っ込んでひと騒ぎ起こしてやろうと考えていたところ、既にぶっ壊されていたというのは、予想外だったが。

 それでもまあいいかと赤ずきんは、計画を手伝ってくれる猟師たちと共に、赤の女王・白の女王配下の兵士たちを押し退けて、広場までやって来たのであった。



 すう、と胸を膨らませた赤ずきんは大音量の雄叫びを上げる。

「こんな時にも音楽を聴きたいなんて言う命知らずは、今すぐここにあつまれええー!」

 トップクラスのアイドルが声量を全開にして叫んだのだから、この騒乱の中でもはっきりと聞こえた。そして呆れたことに、この想区の住民はライブへの優先度が高かった。

「何だあれは、行ってみよう」

「この騒ぎはライブのショーなのか? ステージへ急げ」

「中止になったんじゃないのか。気を付けて行ってみよう」

 広場に残っていた人々のうち何人かが、好奇心でステージの前へと集まってくる。

 赤ずきんは満足げに、

「よし、ここにいる愚か者共は幸運だ、私の歌を聴け!」

 と言い放つと、野獣のような唸り声を響かせた。

「ヴオォオオオオーーーーウッ!」

 か細い少女のものとは思えない、野太く低い、狼のような咆哮。それが終わらぬうちに、毛皮を被った猟師たちの前奏が重なってくる。

 喧しいと表現することが適切なドラムの連打と、おそらく魔法で音を増幅しているらしいギターの演奏が空気を震わせる。

 エクス達や観客が、音で攻撃されたと錯覚するほどの音圧。

 レイナに至っては爆風にさらされたように体を仰け反らせている。

 赤ずきんの歌が始まるが、小鳥の囀を思わせる可愛い声では決してなく、何かとてつもなく恐ろしい怪物を思わせるような低く擦れた怒号だった。たまに強烈な高音の金切り声で、意味の持たぬシャウトが空気を裂く。

 赤ずきんの歌は耳を塞ぎたくなるような騒音で、さらには歌詞がとても汚く物騒だった。


――クソなオオカミがバアちゃんを食いやがった!

 哀れな年寄りに化けて私を騙そうとしやがった、ダーティなオオカミ野郎!

 だが所詮は知能のないけだものだ! 私は一発で見抜いてクソを論破した!――


「なっ、なんてひどい歌詞なんだ」

「何なのよこのやかましい騒音は。音楽なの?」

 エクスとレイナが戸惑う隣で、シェインが説明を始める。

「ふーむ、これは大きくはメタルという、暴力的な音楽観を持つジャンルですね。その中でも、一気にリリックを歌い上げ、バックの速弾きを見せつけるスラッシュの要素があります。ここから先は一見しただけでは区分けが曖昧で判別が難しいですが、呪術的なものよりも直接的な残虐表現が多く、ブラックというよりはおそらく……デスメタルですね。ちゃんとデスボイスで歌ってるですし。メタルは派生が細かくて、曲によっても分類が変わってくるはずなので、赤ずきんが音楽性を自称するのであれば、エクストリームクラッシュイビルダークネスメタルでも、ハードコアシンフォニックゴシックメロディアスデスヘブンアルティメットカオスグリムノーツでも何でもいいんですが」

「シェインって武器や道具だけじゃなくて、そういうことにも詳しかったんだね」

「それはともかく、盛り上がってはいるみてえだな」

 ステージの前の観客たちは、力強い歌に合わせて腕を振り上げている。それどころかブギーヴィランまでが一体になって、ライブに参加していた。

「カオスな曲が、混沌の尖兵のヴィランの心も掴んでいるようですね。音楽に国境は無いってやつでしょうか」

「うーん、そんな感動的なものかな……」


――銃弾をブチ込むだけじゃ足りねえ、腹にパンチとナイフをブチ込んだ!

 どうだお腹がいっぱいになっただろう? おかわりもあるぜ! 吐き出しな!

 ちくしょう! バアちゃんはバラバラだ! 予定より早くお迎えが来ちまった!

 どちらが狂暴か教育してやるぜ! オオカミを刺身にして食ってやった!――


 凄まじく残酷な歌詞だ。そりゃ飛び込みで乱入でもしないと、上演禁止にでもなってしまいそうだ。

 エクスが赤ずきんを見ていると、一瞬だけ目が合った。こちらに向かって笑いかけながら、ウインクをしていた。歌の最中であるから言葉は用いていないけれど、赤ずきんの意思が伝わってきた。

『皆がライブに夢中になっているこの隙に、ガキのアリスをブッ倒してしまえ』

 と。

 アリスは突如として始まったダークなライブに戸惑いつつも、

「何なのよあいつは! あの邪魔者を攻撃しなさい、排除よ、排除!」

 と命令を出した。ところがライブを聞いているヴィラン達の耳には届かなかったようで、反応したのは近くにいるチェス駒の兵士くらいだった。

 苛立ったアリスが、無機質な兵士達と共にステージへ向かおうとする。

「ふん、こうなったら私がやってやるんだから」

 エクス達もまた、ヴィラン兵の進路を塞ぐように動く。

「そうはさせないぞ! 僕たちが相手だ」

「タオ・ファミリーのステージに付き合ってもらうぜ!」

 エクスは剣を構えて、アリスと向き合った。


 広場を満たすデスメタルの音をBGMに、カオステラーとの戦いが始まる。

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