特殊遭遇戦

 限られた例外や、寄生・共生関係にあるものを除いて、生物は異なる種と行動を共にすることはない。

 同じ肉食獣であるライオンとチーターが協調して狩りをすることはないし、同じ回遊魚であるマグロやカツオがひとつの群れを形成することもない。


 これは自然界においては当たり前のことだが、ゲーム的には違和感がある。


 RPGでは基本的にモンスターの種類はばらばらだし、多数の敵を相手にするアクションでも、1ステージまるごと単一種しか出現しなければ、それは〝リアリティの追求〟ではなく〝手抜き〟とのそしりを免れない。


「まもののむれ、ってやつだな」

『ユーザからも、同じ敵しか出てこないという指摘がありました』


 マウスの脇に置いたメル子(メルクリウス子機)から合成音声。


『ルゥ・リドーに実在する生物である以上、同一種で群れを形成するのは当然なのですが、各個体の動作パターンが異なっているためでしょうか、手抜きなどと明確な批判を受けているわけではありません』


 接続待ちの雑談である。

 現在の最大同時接続数は256。

 枠を増やした直後は簡単に接続できていたが、またすぐに混雑するようになった。

 そろそろサーバ増設が必要ではないか考えている文哉であるが、メルクリウスからの要請がないので放置している。


 やがてサーバへの接続が完了、文哉のユーザIDに対応した〝インセクティサイド〟が、24000光年彼方の惑星ルゥ・リドーの地で起動する。事前設定しておいた兵装と機体パラメータに従い全自動で調整オートマチックチューンされる。パソコンの画面に機載カメラの映像――意図的に解像度を落とした上で3Dゲーム風に画像処理されたもの――が映し出される。マウスの傍らにはメル子が置かれ、キーボードの傍らには汗をかいたグラスが置かれている。


 戦闘開始のメッセージが表示される。

 害虫群との遭遇戦エンゲージ群れスウォームサイズは大群レギオン。害虫種はポピュラーなタイプビィ。単機ならばなぶり壊しされるしかない勢力だが、今はこちらも128機。しかもある程度は役割分担ができてきており、遠距離攻撃専門と割り切って重武装の機体を用意しているユーザも多い。


 先制攻撃が開始される。

 実弾兵器の雨あられが害虫群を撃ち落としていく。

 害虫の最大の弱点は、遠距離攻撃が出来ないことだ。

 よってこの距離での戦闘は一方的になる。

 長射程機の数がそろっていれば格闘戦の前段階でかなりの敵を削ることができた。


 とはいえ、害虫群の数は膨大で、しかも被害にかまわず突っ込んでくる。勢いに任せて突撃を受けるのは得策ではない。

 

 迎撃体勢へ移行。前衛の近接機が一斉にブーストをかけて迎撃に出る。これは動きの鈍い長射程機の盾となって害虫群を近づけさせないための行動でもあった。

 文哉の機体は、集団の中央後方、害虫群に対応しやすい位置を疾駆する。


 そんな、やや余裕のあるポジションだから気づいたのだろうか。

 地面の描写に違和感があった。

 ブースト・オフ、着地して地面を注視する。掘り起こされたような跡があった。


『どうしました撃墜王、足が止まっていますよ』

「なんか、地面に違和感があるんだよ」


 描画機能はCPUに負担をかける度合いが比較的高い。

 文哉は『FOE』の画像描写を5段階の〝3〟に設定していた。パソコンがやや型落ちしていることや、夏場は特に熱暴走が心配なのが理由である。

 それらを放り投げて、文哉はリアルタイムのゲーム中にもかかわらず、ダイアログを開いて画像の精度を最大に上げた。

 加えてズームアップ。長射程ライフルの狙撃モードでしか使わない機能だ。


「……窪みと、隆起があるのか?」


 そういう地形なのではなく、まるで地面の下を何かが這い回ったかのような。


 立ち止まった機体の前方では、害虫群と近接機集団が交戦している。

 後方からは支援射撃が続行中、上空を実弾実包が横切っていく。


 戦場で文哉だけが地面を見つめている。


 それは、ゲームの体裁をとっているこの戦場が、実際は遥か彼方の異星でのリアルを描き出していることを、文哉だけが知っているから。それゆえの特異行動だった。


『確認しました』

 メルクリウスの合成音声は常に淡々としている。

『タイプ<蟻>アント。小規模の<巣>コロニーがあります』

「どうなる?」

『歩行機体が大勢で移動すれば、当然ながら防衛行動をとるでしょう。巣穴から兵隊が多数出現し――』

「――多数ってのは?」

群れのスウォームサイズ<集団>トゥルプス――1000体強を想定』


「メルクリウス、長射程機すべてに通信してくれ」


 チャットモードに切り替えるのもわずらわしい。

 文哉が命じる。


「巣の入り口の位置表示を転送、後退するように」

『前衛の近接部隊は?』

「前を抑えてもらうしかないだろ」


 広域メッセージをメルクリウスが代打ち発信するのとほぼ同時に、地面が隆起してタイプ<アント>の害虫が多数出現。


 ちょうど、後衛の長射程機が横陣で前進している、その只中であった。


 動きが鈍く近接戦闘を苦手とする機体群が、至近距離での奇襲を受ける。全滅もありうる最悪の会敵パターンだ。


『な、なんだ?』

『バカな! 敵は蜂だけじゃなかったのか?』

『害虫!? いったいどこから?』

『ちくしょう、脚をやられた! 動けねぇ!』

『うぁあああ、たっ、助けて……』

『クソっ、さっさとくたばりやがれぇ!』


 立て続けの絶望的な通信の連鎖――を脳内で再生させてみる文哉だったが、実際は無線など使っていないし、ボイスチャットで連絡を取り合う知人もいないので無言だった。せいぜい面白がって広域メッセージを打つ者がいるくらいだ。


 ――なんかでた

 ――有り

 ――まちがった蟻

 ――かんでくるこいつら

 ――結構つよい

 ――腕ちぎれた


 緊張感も恐怖感もあったものではない。

 とはいえ、ゲームであっても敗北は避けたい。

 特に文哉は事実を知っているぶん、その意識が強かった。


 現状を放置すれば敗北は必死。

 勝利のための筋道は?

 まず、これ以上の被害を出さないこと。

 蟻タイプの攻撃手段は噛み付きがメイン。機体を噛み千切るほどの威力ではあるが、攻撃範囲はごく狭く、大きな脅威ではない。

 現状、地中から這い出てきた蟻タイプは100にも満たない数で、冷静に動けば敵を倒せないまでも、体勢を立て直すことは難しくない。

 ――いや、むしろ倒そうとしない方がよかった。


「長射程機すべてに通信してくれ」

『内容は』

「撃ち方やめ、誤射多発中、全機散開、とにかく距離を取れ、敵の牙は短い・・・・・・――レッドアラートで正面ディスプレイ大写しにできるか」

『可能です――実行しました』


 射撃音のサウンドエフェクトがやや減って、逆にブースト噴射のサウンドエフェクトが多くなった――ように感じた。

 蟻タイプの出現地点周辺には、十数ほどの味方機だったもの・・・・・がばらばらに散らばっていた。四肢を噛み切られて打ち捨てられている。


 難を逃れた味方機が攻撃を再開。

 遠距離戦ならば一方的に撃ちまくるだけでいいと高をくくっているのか、足を完全に止めている機体が多い。

 その足元が再び隆起、開いた穴から蟻どもが這い出てくる。

 散り散りになって逃げ惑う味方機。また数機ほどの残骸が草原に散らばった。


「〝小規模の巣〟って言ってたよな。地下の巣穴の範囲がわかるのか?」

『最深部までは不明。スキャン波が届きません。ただし、地上へ出る縦穴ならば、数キロ四方に分布しています。加えて敵は地上の足音などから見当をつけて掘り上がってくるため、見えている穴から離れれば回避できるというわけでもありませんね』

「ブーストで空中に逃げりゃ確実だが……」

『12分で推進剤が尽きます。巣穴の範囲から離脱しては?』

「負けるのはだめだが逃げるのもだめだろ。友軍には巣穴の範囲まで教えるなよ。離脱者が出る」

『負けて生きるな、戦って死ね、ということですね。もぐら叩きを続けますか?』

「いや、ダンジョン探索だ」


 巣穴から出てくるところを叩くのは、一見、安全策のようだが、敵はこちらの位置によって出現ポイントを変えてくる。足を止めては地下から食い破られるだけで、実は危険が大きい上に見返りも少ない悪手だ。


 危険が少なく見返りも少ないのは、巣穴の範囲からの離脱であったが、これは文哉的に論外。危険は大きいが見返りも大きい――ゲームなのだからそういう手を選ぶべきだと文哉は思う。


「巣穴のマップは出せるよな」

『はい』

「敵の位置は?」

『移動対象の特定はやや困難。スキャニング精度を上げると範囲が犠牲に――』

「バランスよく頼む」

『了解。最も近い巣穴に誘導します』

「その前にちょっと味方に挨拶してくる」


 文哉は長射程機の部隊に接近する。一度は散り散りになった大部隊だが、いくつかの小集団を再編してどうにか戦線を維持しているようだ。

 現在は敵の攻撃を退けて小休止中の機体群にチャットし声をかけた。


  フミヤ   >頼みがある

  レッドアイ >どうした

  フミヤ   >地雷を持ってたら貸してほしい

  ファースト >なぜ?

  フミヤ   >蟻どもを巣から燻り出す


 ウィンドウ越しにでもわかる沈黙の気配。


  レッドアイ >まじか

  フミヤ   >ああ本気だ

  ファースト >わかったよ、持っていくといい

  フミヤ   >恩に着るよ


 短いやり取りのあと、装備品の受け渡しを行う。

 増加した機体重量は、アーマーといくつかの武装をはずすことで帳尻を合わせた。


「さて、じゃ案内を頼む」

『了解』


 ディスプレイの景色に重ねてナビゲーションの矢印が出現。

 文哉はそれに従って機体を発進させる。


 縦穴を自由落下。ブーストの使用は姿勢制御のみに止める。

 完全な暗闇であるはずの巣穴だが、メルクリウスの視覚支援によって問題なく視界が確保されている。


 画面端にアラート。


『蟻タイプ・エンゲージ4・3・2・1――』


 合成音声でのカウントダウン。

 ショットガンを構える。

 ゼロカウント、害虫出現、発砲――これらはほぼ同時に起こった。


 散弾が蟻の体躯を食い破り、粉々に弾き飛ばす。

 巣穴の中でも特に狭い通路内では、殺した敵の死骸が邪魔にならないような倒し方が求められる。ショットガンはそのための選択だった。


 敵の位置は壁越しでもわかるよう画面上にマーカーが現れる親切設計。

 文哉は敵を目視したら引き金を引くだけでよかった。敵の出現パターンをすべて記憶しているシューティングゲームのような、作業めいた戦闘。


 12体目の蟻を吹き飛ばして5つ目の地雷を設置した直後に、メルクリウスのメッセージ。


『警告:先の部屋に複数の害虫。正確な数は不明』


 方向転換。

 前方に敵を示すマーカーが出現。

 1体なのでかまわず前進、出会い頭にショットガン、粉砕した残骸を突っ切る。


『警告:直進すると通路に害虫が3体縦列、左折では1体』


 左折を選択。

 蟻を粉砕しつつ前進。


「敵が増えてきたか?」

『進入が気づかれ、集まってきつつあります』

『警告:前方の部屋に複数の害虫。後方通路から1体が接近中』


 前進を選択。

 部屋に向かって手投げ弾を投げ込み、爆発と同時に突入。ショットガンで制圧射撃、爆煙の中でまだ動く敵影に再びショットガン、反対側にもショットガン、弾けた体躯のむこうに別の通路が垣間見え、垣間アリの身体をダガーで切開、進む道を切り開く。部屋を去り際、地雷の設置を忘れずに。


 地下通路よろしく網状に広がる巣穴に、地雷をなるべく偏りなく設置して回った。だが、やがて弾薬が底をつき、酷使しすぎたせいか四肢の動作も鈍くなってきた。

 アラートメッセージが羅列される。


『警告:ショットガン残弾ゼロ』

『警告:地雷ゼロ』

『警告:ブースト残量5%』

『警告:左右腕出力低下』


「女王蟻までたどり着くことはできなかったか」


『すべての地雷を起動しても、女王蟻の居室までダメージは届かない模様。いくらかの蟻を巻き添えにできますが、巣穴の崩落には至りません』


「そこまでやれるなんて、最初から思ってないからな、言っとくが」


『ヒーロー願望があったのでは?』


「巣穴で暴れまわってあちこち爆破すりゃ、鈍い害虫でもいくらか慌てて脱出するやつも出てくるだろ」


『燻り出すというのは文字どおりの意味だったのですね』


「あ、そうだ、殺虫剤みたいな特殊武器って作れないのか? 地上とか開けた場所じゃ効果が薄いだろうが、こういう巣穴じゃ結構いけると思うんだよな」


『特定状況下で効果を発揮する装備。マニアックさに拍車がかかりますね』

 やり取りの途中で警報音、

『警告:害虫が多数、複数方向から接近中。

 自爆による打撃効率最大のタイミングまで、あと、5・4・3・2――』



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 今回の戦闘は人類側の勝利に終わった。


 前衛は蜂タイプを終始圧倒、最終的には撃退した。

 後衛は混乱しつつも迎撃体制を整え、巣穴から現れる蟻タイプが打ち止めになるまで耐え続けた。


 文哉の戦果評価リザルトは振るわなかった。

 個人戦果は、撃墜判定によって大きくマイナスされる。戦闘終了時点で生き残っていなければ、戦果ポイントは大きく差し引かれるからだ。

 自爆は強力な攻撃手段だが、戦術として浸透しないのはそういった理由による。


 だが、文哉の戦いぶりは多くのプレイヤーの記憶に残った。

 特に後衛組は、文哉機の特攻によって蟻の奇襲が止み、巣穴から逃げ出てくる蟻を迎撃するだけのシンプルな戦闘になったことを――文哉機の行動が戦いの流れを変えたことを、よく理解していた。


 戦闘終了後の待機ロビーは文字チャットで盛り上がっていた。

 蟻の巣への特攻を評価する者。

 地下の巣穴に侵入できるという、作り込みへの驚きを口にする者。

 タイプ<蟻>アントとタイプ<蜂>ビィ、2種の害虫の同時出現に注目する者。


 文哉は何名かのプレイヤーから戦友フレンド登録を申し込まれたり、今戦闘のプレイログの閲覧を依頼されたりした。

 前者には快く応じ、後者には後日、動画サイトにアップすることでその場を逃れた。

 暗所での視覚支援や敵位置のマーカー表示などは、メルクリウスによるアシストであり、ゲームの仕様には含まれていない。プレイログをそのまま見せては、謎の未実装システムを使っているチート野郎扱いされてしまうだろう。画像の一部修正が必要だった。メルクリウスに頼まなければ。


 戦闘補助用のAIは標準装備にした方がよさそうだな、と文哉は思う。

 視覚支援や、初見の害虫の情報を表示するなど、それだけでも遊びやすさプレイアブルは向上するはずだ。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 今後のゲーム展開を考えつつ、文哉は学校に向かった。

 メルクリウス・サーバの様子を見るのは日課になっている。メル子越しでも話はできるが、本体を前にした方が意見を交換している実感があるのだ。


『データ量は変わらないはずですが』などとメルクリウスは言うだろう。

 ――人間はそういうものなんだよ、と、想像の言葉に返事をする想像。


 太陽は傾いているものの、外の暑さは容赦がなかった。真夏日、真夏日、猛暑日、真夏日と立て続けの毎日。地球は人類を殺しにかかっているのかもしれない。


 学生服という名の暗号鍵で正門のセキュリティを突破する。


 セミの叫びが反響する一階廊下。

 無人のリノリウムの床は、外光を遮る生徒ものがないおかげでオレンジ色がまぶしいほどだ。

 足音もよく響く。

 自分の足音だけではない。

 反対方向からの、誰かの足音も。


 ――かつん、かつん、かつん、


 文哉は少しだけ身構える。

 歩いてくるのは教師だった。

 すれ違いざま、軽く会釈。

 相手も応じる。


 かつん、かつん――


 すれ違う。


            ――かつん。


 後方で足音が止んだ。


「メルクリウスに会いに来たのかな?」


 文哉はバネ仕掛けのように振り返る。


 生物教師の長谷川だった。

 メルクリウス・サーバを安置している、生物室の管理責任者。

 そいつが試すような視線で文哉を見ていた。


 すっ、と汗が引くのを感じる。

 文哉たちだけの秘密の場所が、知られてしまった。

 夏休みもまだ半ばだというのに、秘密基地は早くも、大人に見つかってしまった。


 セミの音が夕立のように、廊下に反響する。

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