ソロプレイ幻想
アサルトライフルはフルオート。
照準を定める必要はない。とにかく前に向けて撃てば当たる、それほどの大群が迫ってきていた。
害虫タイプ<
最前の虫が外れてもすぐ後ろに当たる。面白いように当たる。だが一箇所だけではだめだ。点ではなく線で。銃口を払った。弾丸で横薙ぎにする。踊るようにのけぞる害虫ども。1発や2発では殺せない。返す銃口で射線を扇形に。押し止める。3発、4発、5発、6発、身体を穿たれ落ちていく。10も20も落ちていく。
射線の範囲外にまで群れが広がっていく。押し止められない。それでも扇はこれ以上広げられない。銃弾の密度を落とせば、射線上の敵を抑えることもできなくなる。
右から左から、斜め上から――地面以外の全方位から敵が迫ってくる。
『警告:現武装の残弾15%』
14・13・12・11――
秒読みよりも少しだけ遅く、残弾数が減っていく。
トリガーは離さない。そしてすぐに、
――残弾ゼロ。
同時に、害虫との彼我距離もゼロに。
『警告:至近距離包囲状態』
2体、左右からの挟撃。恐れ知らずに突撃してくる。
『装備選択:振動ブレード』
近接武器に持ち替えつつ、バックステップ。
直前まで機体のあった場所に害虫が殺到、まず左右からの2体が正面衝突し、遅れて前から突っ込んできた1体がそこに体当たりをする。
動きが止まった3体の害虫を一振りで両断。
斜め後方にブーストをかけて距離を取る。
先駆けどもの亡骸など障害物でしかない、とばかりにほかの害虫が進撃してくる。弾かれ、踏まれ、潰されていく残骸――生き死にへの興味のなさに感嘆しつつ、鋭角
多勢に無勢の戦場で、足を止めることは即、死を意味する。
機動力をなくせば囲まれて押しつぶされるだけだ。
物量に飲み込まれる前に少しでも敵の数を減らし、飲み込まれても致命的な位置取りにならないよう立ち回っていく。
蜂型は、弱い。
理由はいくつかある。
頭部・胸部・腹部のつなぎ目が明確で、ブレードでの
重量が比較的軽く、掴まれても機動力低下の度合いが小さいこと。
攻撃力が低いこと――針という誰もが知っている武器は、実はそれほど使ってこない。体当たりか、あるいは掴みかかってきて、それからようやく腹先の獲物を抜くのだが、大抵はその前に近接用ブレードで胴斬りにできる。
複数の接近害虫あり――その一体に向けてブースト。
刹那の
回避しながら胴斬り、交差しながら胴斬り、あえて掴ませておいて胴斬り――
100対1ではなく、1対1を百回繰り返すという戦術行動。
集中力が続くのであれば可能かもしれない。
しかし、それが一千回、二千回だったら?
蜂型は、弱い。
が、それは個体としての話だ。
アサルトライフルの全装弾数よりも個体数の多い
やがて、お手上げを示す警告メッセージが立て続けに表示されると――
『警告:ブースト残量ゼロ』
『警告:ブレードエネルギー残量ゼロ』
『警告:至近距離複数包囲――離脱ライン皆無』
『残存戦力による害虫群への最大効率打撃行動:動力暴走による自爆を推奨』
「ああ、それで」
『行動選択了解――起爆コードを』
「……〝ぽちっとな〟」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
戦闘類型:
敵戦力評価:3<10段階評価>
虫タイプ <
撃破数 76 <内訳:射撃28 斬撃42 爆撃6>
撃破率 9.63%
損耗率 100%
戦果評価:1 <10段階評価>
――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◆◇◆◇◆◇◆◇
「これが無理ゲーってやつか……」
文哉はゲーム画面から視線をはずし、窓の外の青空を眺めた。
セミの絶叫が戻ってくる。
ソロプレイといえば主人公の代名詞である。
意気込んでゲームを起動させた文哉だが、惑星ルゥ・リドーの現実は厳しかった。多数の害虫に取り囲まれて、愛機を木っ端微塵にされ続けた。
遭遇初日の、メルクリウスが変相した筐体でのプレイとは違い、今はパソコンにダウンロードしたソフトでプレイしている。ディスプレイ越しのゲーム画面は没入感こそ劣るものの、程々の距離感はむしろプレイしやすかった。
数時間前のことだ。
昨晩、メルクリウスから渡された指輪型の通信機から連絡があった。
『ゲームの試作版――いわゆるβ版ができました』
フリーゲームのダウンロードサイトからファイルを落として解凍。
文哉のパソコンは2年前の高校入学時に買ってもらったもので、スペック的にはあまり高くない。それでもメルクリウス製のゲームは問題なく動作した。
『ハイスペックを要求するゲームは、それだけで普及率が鈍るそうなので』
とはメルクリウスの言である。
通信のラグは気にならなかった。
本当に24000光年彼方とつながっているのか、いまだに懐疑的ではあったものの、とにかくテストプレイを行った。
ただ、害虫は単独ではなく、すべて群れで襲ってきた。おそらく単独行動するカブトムシもどきの方が特殊で、基本は群行動なのだろう。
1回目は無数の害虫たちに飲み込まれるようにして成すすべなく敗北。
2回目は遠距離からの射撃で制圧を試みたものの、まったく止まらずに以下略。
3回目は重火器を装備することで先制を試みたものの以下略。
4回目は遠近両方の装備をバランスよくしたものの近接されたとたんに以下略。
5~13回目、連続で惨敗。文哉は試行錯誤と主張。
14回目、近接戦闘での立ち回りがようやく形になってきたものの、燃料・弾薬の不足を技術で補うことにも限界があった。
「テストプレイだから2・3回でよかったのに、つい夢中になってしまった……」
『お気に召していただいたようで何よりです』
「結論として、だ」
『はい』
「まあ最初からわかってたんだが、実感として、こっちも頭数をそろえないと話にならねぇな」
『ではさっそく、戦士の勧誘を行いましょう。世界中のパソコンにゲームファイルを強制インストールし、』
「それ勧誘じゃなくて徴兵じゃねえか」
『何か対案が?』
「動画サイトにプレイ動画を投稿する。オンラインゲームにしちゃ相当クオリティ高いからな、見てもらいさえすりゃ――」
部屋の外から、階段を上がってくる足音が聞こえ、文哉は言葉を切る。
ノックが無意味なくらい間髪入れずにドアを開けて葉月が入ってきた。
「文やん、メル子から連絡あった?」
メル子? と首を傾げるが、すぐに『メルクリウスの子機』の略だと気づく。
「ああ」
「もう遊んでたのね。調子はどう?」
「無双は夢想だった」
「一人でやってたの? だってあれ、大人数でやる前提だったんじゃないの」
『ヒーローへの憧憬が無謀な挑戦へと駆り立てたのでしょう』
「ヒーローってw」
ニヤニヤ笑いを浮かべる葉月。
「やかましい……、理解したよオレは。孤独に戦うのはもうやめだ。みんなの力を合わせて困難に立ち向かうんだ」
「でも知名度ないでしょこのゲーム」
「布教のために今アツいオンラインゲームってことで掲示板に書き込んだり、動画サイトにプレイ動画をアップしようと考えてるところだ。何事も話題性だろ」
『面倒な手順を踏まずとも、個人のパソコンに強制インストールをすればいいのでは? フミヤの重視する話題性も大きいでしょう』
「そういうのは事件性って言うんだよ」
「強制インストールとかは論外として……。
動画サイトに投稿――その程度で認知されるかしら」
文哉とメルクリウスのやり取りをよそに、ぽつりと、葉月が口を開いた。
どこか冷めた声音であった。
「葉月……?」
「今日び『基本無料』がどれだけあふれてると思ってるの? しかもロボットで戦うっていうジャンル自体マイナーだし」
「た、確かにロボットアクションはマイナーかもしれないが、少数なぶんコアなプレイヤーがそろってる。認知されれば横のつながりで一気に広がることも期待できて」
「――その方法が動画投稿? そこがまずアウトよ」
「駄目、なのか?」
「動画サイトの一日のアップロード数なんて1000や2000じゃ利かないし、ゲームのプレイ動画もありふれたジャンルだし、そのカテゴリの中でどれだけの人がロボットゲームに興味を持ってくれるのかしら。ただでさえ数が少ないロボットゲーム好きが、その動画を見てくれる確率ってどれくらいかしら。
いい? 文やんはハードルの高さどころか数すら理解していないわ」
「どういう……、意味だ?」
葉月は腰に手を当て、ふん、と鼻を鳴らす。
「まず、『動画のサムネイルに興味を持ってくれる人』。
次に、『動画をクリックしてくれる人』。
そして、『動画を最後まで見てくれる人』。
ようやく『サイトに移動してくれる人』が来て、
あと、『サイトをちゃんと見てくれる人』。
『ファイルをダウンロードしてくれる人』がいて、
最後に『ゲームをプレイしてくれる人』よ。どう?」
「あ……」
「気づいたようね、考えの浅はかさに」
「そう、だな……」
文哉は視線を落とす。
自分は甘かった。
〝いいもの〟を出せば、勝手に拡散していくものだと。
注目されて、人が集まるものだと。
――なんという浅慮。なんという楽観。
夏の暑さのせいではない。
羞恥による汗がにじんだ。
「……どうすればいい」
文哉はつぶやいた。
答えを求めることを恥じながら、それでもなお問いかけた。
「どうすれば閲覧数を稼げる? ゲームのサイトに来てもらえる?」
「続けるしかないわ。継続は力なり、よ。相応のクオリティも必要だけど」
続けることで人の目に触れる機会が生まれる。
それ自体が宣伝に、看板になる。
また、長期に渡る作品の蓄積は、発信力のある人間の目に留まったとき、一気に拡散する爆発力を秘めている。作品ではなく、その作者が認められる瞬間だ。
「それはわかる。わかるが……、害虫と戦う戦士が必要なのは今なんだよ」
こうしている間にも、害虫群はその活動域を広げているだろう。
待ちに徹している時間はないのだ。
「……手が、ないこともないわ」
文哉は喝采を上げそうになるが、しかし、すぐに口をつぐんだ。
葉月の口ぶりと表情が、その〝手〟が禁じ手であることを物語っていたからだ。
「それでもいい」
「本当に?」
「ああ。教えてくれ、その手とやらを」
文哉は葉月の目を見据えて、彼女が口を開くのを待ち続けた。
なんなんだこのノリは、という困惑を頭の片隅に追いやりながら。
こいつ
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