運営準備 前編


 人型機動兵器〝インセクティサイド〟――その操縦は、地球の冷房の聞いた部屋でジュース片手に行うことができる。しかも操作感覚はFPSそのもの。はっきり言って、仕事ではなく娯楽である。


『賃金の支払いが不要というのはわかりましたが、それでも、事情は説明した方がいいのでは?』

「24000光年彼方の惑星を救ってくださいってか? そういう突拍子もないことを、どうやって信じさせるんだよ」


 メルクリウスを形成する超技術の数々を見せてやれば、こいつが地球上の存在でないことは一発でわかる。だが、それと、惑星ルゥ・リドーの存在や害虫による危機を証明することはまた別の話だ。裏づけを取るのは簡単なことではない。


『そうですね』

 メルクリウスは肯定する。

『重力波検出の証明計算に半年もかかるような科学レベルでは』


 人工知能のくせにケンカ腰である。文哉が科学者だったならば、きっと討論が始まっていただろう。しかし現在はただの高校生なので聞き流した。


「それに……、世界を救うために戦う、なんて、フィクションの中でさえちょっと腰が引ける動機だぜ? リアルでそれを求められて、本気になれるやつはいないぞ」


 それはつまり、自分のミスで誰かが傷ついたり死んだりするかもしれないということだ。責任が重すぎて、身動き取れなくなる。


「それだったら、全部ゲームの設定だってことにして、気軽に遊んでもらった方がストレスがなくていいだろ。見事に星を救っても恩着せがましくしないし、逆に失敗しても変な責任を感じずに済むしな」


『理解しました。フミヤの分析は正しいのでしょう。人類が〝駆除者エクセクト〟としての能力を十全に発揮できるのであれば、舞台の虚実などたいした問題ではありませんね』


「舞台……、そうだ、あのコックピット」


 ゲームセンターで1プレイ300円とか取られる大型筐体みたいなやつ。


『地球人類の体型に合わせてよくできていたでしょう』

「プレイヤー全員があんなのを使うなんて無理だろ。目立つし場所とるし」

『そうですね。わたしのリソースを使いすぎます』

「操作はマウスとキーボードの組み合わせか、せいぜいゲームパッドまでだな」

『何か参考資料はありますか?』

「ああ」


 文哉はパソコンのブラウザをクリックし、いくつかのHPに開いてみせる。


『グンドゥムオンライン』

 大人気アニメ『機械戦記グンドゥム』シリーズのロボットを操作して戦う、対戦型オンラインゲーム。

 多人数での同時対戦が魅力だが、加えて味方と小隊を組んだり、指揮官となって部隊全体に指示をせるなどの特徴がある。


『バーナード・ドア』

 近未来が舞台のロボットシミュレータゲーム。

 膨大なパーツを組み合わせたオリジナルロボットが作成でき、それを用いたプレイヤー対戦が人気。詳細すぎる機体パラメータや細部にまでこだわった世界観などでコアなファンに支持されている。


『バーチャポン』

 対戦型3Dロボットアクションゲームの草分け的存在。

 鈍重な動きや複雑な操作系といったロボットらしさを廃し、シンプルな操作で派手な技を繰り出せる、対戦アクションとしてのインパクトに重点を置いたゲームスタイルとなっている。



「操作方法とか、画面のイメージとかはこれらをパク……参考にしたらいい」

『わかりました』


 メルクリウスの銀髪がぐにゃり・・・・と波打ち、側頭部にアンテナが立った。トンボ型のアナログなタイプで、羽根部分の長さは5cmほど。ネットワーク送受信用に増設したのだろう。


「そういうのがないとネットにつなげないのか?」

『いいえ、頭髪に偽装することは可能です』

「じゃあそうしてくれ。お前の容姿はただでさえ日本人離れしてるんだ。その上、人間離してしまったら目立ち方が半端なくなる」

『了解しました』


 アンテナが引っ込む。


「外側に増設する方が楽なのかやっぱ」

『いいえ、人間向けのサインです』

「どゆこと?」

『わたしは今現在、ネットワークに接続しています、ということをひと目で知らせるための記号ですね』

「あー、なるほど」


 自動車の、初心者マークや、〝子供が乗っています〟マークのような。


『対人間用として、そうした余計・・な機能がついているのです。たとえば、遠隔通話。わたしに外部デバイスは必要ありませんが、わざわざ小型通信機を形成して――』

 メルクリウスの手のひらにスマートフォンが現れる。


『耳元に当てて、音声に出すのです――もしもし?』


 文哉のスマートフォンが鳴動し、すぐに止まった。ワン切りだった。


そっち・・・の人類も、機械にそういうのを求めるのんだな」

『はい。わかりやすい例では、摂食機能があります』

「飯も食えるのか」


『生体コンピュータの自己保存機能の一環として、有機物をエネルギーや構成物質に変換できます。ただ、手を加えられた〝料理〟は、そのままの〝素材〟と比べて変換効率が落ちるのです。〝酸化した有機物りょうり〟よりも、〝鮮度のよい有機物そざい〟の方が取り込みやすい』


 最適なのは専用のバイオジェルですが、とメルクリウスは付け加える。


『それでも、人型をして人間のそばで稼動するわたしのようなタイプの〝機械〟は、より人間に近しい挙動が求められました』

「ドジっ娘機能とかか?」


 半分は冗談だったが、メルクリウスはうなずいた。


『はい。決して致命的にならない、軽度かつ即時挽回のできる失敗を、それが許される余裕のあるタイミングで実行する』


「はわわ」

『はわわ?』

「もう完璧じゃないか」


『不完全ゆえに完全を超える、だそうです。理解不能なレトリックです』

「メルクリウスには実装されてないのか?」

『状況把握が不十分のため、現在は控えています。ご所望ですか?』

「いや、いいよ」


 文哉はドジっ娘というものがあまり得意ではなかった。

 それに、メルクリウスにはおそらく別の不完全機能〝口が悪い〟がすでに実装されている気がする。実はそちらの方が好みだった。


「でも、そうだな……、スマホは常時持っといた方が違和感がないか。いろいろやすのはアウトな。ただし、その方が負担が少ないってときは、人目がない場合に限って許可しよう」


『わかりました。スマートフォンは常時形成。デバイスの外部増設は禁止。ただし限定条件として、人目がなく、利点がある場合に限って許可』


「ああ」


『こういった話の直後で申し訳ないのですが、わたしはすでに、周囲に偵察用の子機を配置しています』


「まあ、そりゃ当然だろ」


 偵察用というからには目立たない装置のはず。問題はないだろうと文哉は思う。


『その子機からの情報です。この部屋は監視されています』

「……なんだって?」


 まさか、空中爆発を起こす物体から脱出したメルクリウスは、すでに何者かに捕捉されていたのだろうか。


 すわ政府のエージェントか? 文哉に緊張が走る。


「確かなのか」

『はい。16:00ごろに一度、ほんの十数秒ほどですが、道路を歩きながらこの部屋を見上げている人物がいました』


 ちょうどあのゲームが終わって、コックピットから解放されたあたりの時間帯だ。


「それだけなら別に……」

『加えてそのおよそ1時間後、再び同じ人物が、今度は逆方向へ移動しながら、この部屋を注視していました』


「マジかよ」

『さらに4時間後――つい先ほどまで、同人物が目視可能な距離の道路を歩いている姿を確認』


「常に移動してるのは偽装だな。そいつの画像は出せるか?」

『どうぞ』


 文哉の前に空間投影型ディスプレイが現れる。

 1枚目はセーラー服の女子高生。

 2枚目は私服の女子。

 3枚目も同じ服装の女子。

 それらが同時にズームアップされて個人の判別が可能になると、文哉は脱力した。


「同級生。知り合いだ」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 桜河おうが葉月はづき

 文哉とは小学校からの幼なじみである。


 小学校の頃の彼女は、いささか凶暴なくらいわんぱく・・・・で、同年代の男子からは恐れられていた。

 何しろ桜河おうがである。

 ――あら、桜の河なんてきれいな名前じゃないの

 大人たちはそんな風に笑ったが、ゲーム世代の少年たちにとって、おうがとはオーガ、すなわち鬼人オーガであり、RPGにでてくる割と強めのモンスターの名である。

 それだけでも意地悪なあだ名をつけられる要素は十分だったが、加えて葉月は実際に乱暴者だったため、彼女を下の名前で呼ぶ者はほとんどいなかった。


 転機となったのは中学2年の秋のこと。

 昔からの葉月を知る、ある男子は、彼女をそれまでと同じに扱った。

 しかし、葉月はいつの間にかそんな、男子と一緒になってはしゃぐようなを乱暴さを失っていた。


 葉月は泣いた。

 昔は男子に混じって泥だらけで遊んでいた女子も、はっきり女の子として成長していたのだ。

 加えて葉月の容姿はかなりかわいい部類だった。その男子はきっと葉月の変化に戸惑い、照れ隠しというか、いわゆる『好きな女子をいじめたくなる病』を発症してしまったのだろう。

 かつての葉月を知る者すべてが『鬼の目にも涙』ということわざを思い浮かべたが、さすがに口にすることはなかった。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇



『知人ですか。監視されているわけではなさそうですね』

「部活帰り、バイト行き、バイト帰りの3回だ。移動方向も時間も合ってる」

『なるほど。ただ、桜河葉月のことは別にしても、この部屋に遮蔽処理をしておいた方がいいのではないでしょうか』


「遮蔽?」

『室内の音声がもれ聞こえることは、あまり好ましくないと考えます』

「……あっ」


 FOEをプレイしている最中に発せられる、加工された女性の合成音声と、変なテンションの文哉の声。いったい何があったのかのと、家族に白い目で見られること請け合いである。いや、もう見られているかもしれない。夏だから、で済まされる問題ではない。


『フミヤの社会的立場を考えての提案です』

「ぜひお願いします」

『了解しました』


 大さじ一杯分ほどの銀粉が、メルクリウスの手の平から空中へと散っていく。

 壁の周囲に散布されたナノチップがノイズキャンセラのような挙動を行い、ある程度の防音になるというのがメルクリウスの説明だった。


「あれ、そういえば葉月の名前、話したっけ」

『いいえ、歩行ルートから住居を割り出し、苗字と住所からデータを検索しました。学校、行政、アルバイト先などに個人情報が』

「なるほど」


 簡単な理由だったが、その情報をほんの十数秒で導き出してしまうメルクリウスのアクセス能力は、超空間通信や変相機能よりも身近であり、凄さがわかりやすい。文哉は改めて彼女の性能のデタラメさを思い知った。


桜河葉月オウガハヅキ。フミヤのせい――好意の対象ですね』


 メルクリウスの口元が上がったような錯覚。


「……なんでそれを」


 ふと気づく。

 メルクリウスの銀色の髪がひと房、よじり合わされてケーブルになっていた。そして文哉のパーソナルなコンピュータのUSB端子につながっている。


『データ領域に、彼女に似た容姿の女性の画像が、多数、保存されていました』

「ああ……ッ」


 画像、とだけ言ったのはメルクリウスなりの温情だろうか。

 文哉はガクリとうなだれる。

 その後頭部に向けて淡白な言葉が放たれる。


『決して、あなたのプライバシーを暴き立てるつもりはありませんでした。計画の準備段階として、早急に〝インセクティサイド〟操縦用の、地球の標準的なコンピュータに対応したアプリケーションを作成しなければなりません。動作環境などを確認するために、手近なコンピュータの内部構造を把握しようとしていたのです』


「もう好きにしてくれ……」


 文哉は泣きたくなるが、メルクリウスの事務的な言葉は続く。


『アプリケーションに加えて、駆除者たるプレイヤーたちの情報を統合管理するためのデータサーバが必要です。現在のわたしの容量では対応できません』


「レンタルサーバとか借りるか?」


『地球の製品でまかなえるのであれば、それに越したことはありませんが……』ウェブ検索中と思しき空白の数秒があり、『無理ですね。自前で準備しましょう』


「アテがあるのか? 自前って俺のことじゃないよな。金ならないぞ」

『大丈夫です。水があれば、あとはデータ管理用ナノチップで代用可能です』

「どういうことだ?」

『液体にナノチップを散布することで、演算装置CPU記憶領域メモリとしての機能を持たせることができます』

「できるのか」

『半信半疑のツラですね』

 ツラっておい。


『流体コンピュータの研究は地球でも行われています。実用には程遠いものですが』

「ナノチップってどこにあるんだ。金ならないぞ」

『わたしを構成している素材です』

 メルクリウスは胸に手を当てる。

「ああ、あの水銀みたいな」

『はい。フミヤが名付けた、水銀メルクリウスです』


 メルクリウスは口元を上げた。

 その表情が喜んでいるように見えたのは気のせいだろうか。


「水ってどれくらいの量がいるんだ?」

『最終的には30立方メートルほどもあれば……、おそらく、戦線維持のために必要な、10000機ぶんの登録データにも耐えられるでしょう』

「あ、そんなのでいいのか」


 といってもそんなサイズの水槽は持っていない。この部屋よりは小さいだろうが、と計算。とにかく、家では無理だ。


「じゃあ丹淀によど川にでも出るか」


 文哉は近くを流れる1級河川の名を口にする。

 農業用の取水関があり、そこなら流れも穏やかになっている。


『そこは駄目ですね。流水でないこと。純水であることが条件です』


 異物が混ざりやすい屋外は論外だ、とメルクリウスは言う。


「純水っていくらするんだ」

『リッター約100円が相場ですね』


「ガソリンよりは安いのか。30立方メートルは3000リットルで、つまり30万円。金ならないぞ」

『最初はいわゆるベータテスト版で、最大数128機までを想定しています。容量は余裕を持って5立方メートルといったところでしょうか』


 5立方メートル。それでも500リットル。つまり5万円。


「か、金なら……」


 文哉の総資産にとって現実的な金額になってきた。危機感がつのる。


『水道水ていどに浄化されていれば、あとはこちらで純水にできます』


 その言葉に文哉は安堵する。


「ああ、そうか……。となると、問題は容れ物だな」


 由良家にそんなスペースはない。あったとしても、ただ水を張り続けるだけの場所を確保する理由を、家族にうまく説明できる自信がない。


『どこかに使われていない水槽などの心当たりはありませんか?』

「それなら、学校だな」


 水槽という単語で記憶がよみがえった。

 生物実験室の水槽で、飼育中の魚類が全滅するという悲劇が起こったのだ。

 この悲劇の最も悲しいところは、亡骸を埋葬して水槽を洗う役目を、くじ引きの結果、文哉ほか数人が担当する羽目になった点だ。


 それが7月中旬のこと。そのまま夏休みに突入したので、水槽は空のままだ。かなり大型で、小柄な女子が横になれるサイズのものが、5つほどあった。


「十分いけるはずだ」

『では、確認に行きましょうか』

「今から? もう21時のニュースも終わったってのに」


 メルクリウスはパソコンチェアから立ち上がり、軽やかなステップで振り返る。


『夏休みの夜に時計など不要でしょう』

「格好いいことを言いやがって」


 やれやれ、と文哉も続いて立ち上がる。


 しかし、確かにそうだ。

 夏休みの夜の浮ついた心には、きっと、時計を確認する余裕なんてない。



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