運命を切り裂く .2 - 己刀流 -

あいつは七週ほどで完治したらしい。騒ぎの方は大した手間もなく、院長への言伝で十分だった。まあ騒ぎ自体はとんでもなく大きくなったが。

いくつかの仕事を片付け、またしばらく俺の出番はなさそうだ。最近では会社の規模も大きくなり、部下に丸投げて終わらせる仕事も多くなってきた。営業関係でもPMC系と開発系の仕事以外はぶん投げでも問題ないくらいには会社のシステムが出来上がってる。


そして会いに来た。

ろくな驚きもなく、ただ怪訝そうな表情で出迎えたそいつに現状を伺えば、後遺症もなくすっかり馴染んでいるようだった。

あの血清は試作品で俺の影響を取り切れていない。本来なら強烈な拒絶反応や精神汚染、後遺症を残してもおかしくない。あっさりと馴染んでみせたのも、俺の存在を全く警戒しないのも、やはりこいつが理解していることの証拠だろう。


二年半ほどか。経過観察がてらグダグダと世間話をしている内に、会話の内容は戦闘に関する技術になった。

会社では戦闘術は独自に開発したものを使用しているが、それに加え個々で習得している技術もあり、統一性は取れていない。

そのことを伝えれば、こいつは鼻で笑って言い放った。


「統一など出来るわけがないだろう? 身長が十も違えば振るう技も必要な技術も変わってくるに決まってる。個人差を枠に捩じ込んでうまくいくわけがない」


長い長い時の中でその発想に至ったこともあった。だが、それでは効率的な基礎教育には向かないのだ。基礎教育は統一性と普遍性がなければ成立しない。そして基礎がなければ発展は望むべくもない。


「単純な話、共通項と方向性がわかればいいだけだろう?個人の資質を伸ばすには、基礎のボーダーをどこに設定するかが問題なわけだから、道を見せればかってに走るさ。勤勉な輩は」


その共通項と方向性にどういった解釈を与えれば良いのか、解決しなかった問題はそいつの手であっさりと氷解した。

同じ体格でも身体特性が異なるから何を与えていいのか迷うのだ。なら全部試せばいい。

その日から、新たな技術の開発が始まった。


あいつはそれを【全人対応武技総典】などという大層な名前で呼んだ。

まず行われたのは、予想に反して武道の共通項を見つけることではなく、各武道の性質を新しく解釈することだった。

なぜその武道はその方向へ進んだのか、まるで歴史解釈を改めるような膨大な軌跡の分解は、俺が久しく感じていなかった自分を超えられた瞬間だった。


僅か一年で全人対応武技総典は編成され、その二年後には全く新しい狂気の武術、己刀流の技術体系が確立された。

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