第14話 セントブルグス

深夜―フリル達は石地区にある、聖騎士団寮で一番の広さを誇る、エリオールの部屋へとやって来た。



「随分遅かったね!」


エリオールはよっぽど歓迎会が楽しみだったのか、下ろしたての礼服に身を包み、使い込まれたサーベルを儀礼用の鞘に収めて腰に吊していた。



「……なにかあったみたいだね」



エリオールはフリル達を見た途端に何かを悟り、浮かれて緩んでいた表情を引き締める。


「はい…」


一番前にいたフリルが小さく呟く、フリルは俯いており、その肩をマリアの手が優しく包む。



「お話しがあります!」


フリルは、意を決してそう、エリオールに怒鳴り付けた。



こうして、エリオールの部屋に招き入れられた聖騎士団の面々は、酒やお摘みの溢れる机に設けられた席に座り、一人立ち尽くすフリルに視線を集中する。



「…さて、話を聞こう」


エリオールは腕を組んで問うと、フリルは頷き、大きく息を吸い込んだ。



「わたしは、アグネシア大陸の人間ではありません、都会側からやってきた、リュータル・ヒューマンです。」


「リュータル…ヒューマン?」


エリオールは口を塞いで驚きを顕にする。


遥か昔、まだグリーンティアに生命が生まれて間もないころの話し、その頃はまだ大陸が一つしかなかった。そんな中でグリーンティアの神々はその大陸を更に発展させるべく、自らの分身たる人類を二種類作った。


それが、圧倒的な知力を持ったリュータル・ヒューマンとレイヴンという不思議な力を持ったアグネシア人、レイヴン・ヒューマンである。


初めはリュータルとレイヴンの人々は、お互いの力を発揮して協力しあい、破竹のスピードでグリーンティアを発展させた、しかしその平和は長くは続かずリュータルとレイヴンの民は分断、そして戦争へ発展してしまう。


その戦争は熾烈を極め、どちらかが滅びるまでの殲滅戦となった…その事態に嘆いた神々が、大陸を二つに別けて隔離した。


それがアグネシア大陸と都会である。



「何故、都会側の君が…アグネシアに?」


エリオールの問いに、フリルは目蓋を閉ざして顔を顰める。


「今から15ヶ月前、都会側の海域で軍事演習をしていた海軍を、魔王を名乗る少数の海賊が襲撃…海兵一千五百名が犠牲になり、主力艦二隻を滷確されるという事件が起こりました」



「な!!」


エリオールは立ち上がり、目を見開く。



「その事件を受け、少人数で都会の海軍を全滅させるアグネシア側を危険と判断した都会の首脳部は…即座に核による報復攻撃を検討を開始しました」



「…核?」


グリフォードの問いに、フリルは頷く。


「一発でアグネシア大陸が地図から無くなる位の爆弾よ」


「ば!!…なんだそりゃ!!?んな凄まじい爆弾があるってのか!?」


「当たり前じゃない、都会人のここはレベルがちがうのよ」



フリルは頭を指差して告げれば、直ぐ様エリオールに顔を向ける。



「だからそうさせない為にあたしが来たの…あたしがこの大陸にいるかぎり都会は核攻撃を行わないからね」


何故?エリオールの瞳がそう訴えてくると、フリルは不適な笑みを浮かべる。


「都会のリーダーはあたしのお兄ちゃん、アル・フロルなんです…お兄ちゃんは元よりアグネシアへの核による報復攻撃は反対していました…ですが一千五百もの犠牲の重みが…お兄ちゃんの反対意見を弾き飛ばし…核攻撃へ進もうとした、お兄ちゃんは苦し紛れにアグネシアを調査する為の特務部隊を派遣する事にした…ですが、特務部隊は強硬派の息が強い部隊だった…だからあたしが軍艦に乗り込み、特務部隊を制圧し…その後はこの通りです」


一通りを話し終えたフリルに、マリアが横から水の入ったコップを差し出す。



「成る程、君のことは理解したよ…つまり君が今やっている事は不可侵の条約に違反する行為になる訳だね」


エリオールは冷静に事を述べ、目を閉じる。


「そんな!国王様!!」


マリアは派手に机を叩いて意見を述べようとする。



「待ち給え、別に私はフリルに重い重罰を与えようだなんて考えてはいないさ…」


エリオールは頬杖を付き、真っすぐにフリルを見つめる。


「君がどの国の出身であれ、この大陸を守りたいと思う気持ちは同じだ…わたしは古代人が深めた古い因縁なんかに興味もないしね」


「…隊長」


突然、弓が神妙な面持ちで手を挙げる。



「こら弓!王様が喋ってるのに…」


だが弓は一歩も引かない。


「わたしは魔王から、リュータル・ヒューマンはレイヴンを使う事が出来ないと聞いていました…ですが、あなたは使える…何故ですか?」


「確かにそうだね…リュータル・ヒューマンは知識を願った種族だ、レイヴン・ヒューマンにしか与えられないレイヴンの加護を使える訳がない…」


エリオールの言葉に弓は頷き、更に喋りだす。


「それに、あなたはアグネシア文字をほんの10分眺めただけで完璧にマスターしてしまう程の思考速度を持っている…リュータル・ヒューマンである事も頷けます…」


ならばなぜレイヴンが使えるのか?、全員の視線がフリルに集中する。



「リュータルとレイヴンのハーフだから、という訳でも無さそうだね…いかに英雄の娘であっても…」



フリルは小さくため息を吐き出した。



「あたしは、ヴァネッサ・フロルと都会の一般男性の間に産まれた子供です…しかし、たった一%だけ…違う血液を体内に持っているそうです…」


少し言葉を濁し、何処か躊躇うようにしながら。



「わたしの身体には、お母さんから受け継いだ呪い…龍の血が僅かだけど流れています、この大陸で【龍の神子】と呼ばれている者です…」


「龍の神子!!!!?」



エリオールは一際驚くように飛び立ち、そして椅子に沈み込む。



「…なんだ?龍の神子って」


聞くに撤していたラルフは退屈そうに同じような反応を示していたグリフォードに問う。


「アグネシア大陸に住まう、帝龍…その力を身体にやつした人の事です、息をしているだけで奇跡を起こすと言われています…」



「流石にそこまでは大袈裟だって、あたしに其処までの力はないからね?」


フリルは笑いながら手を振れば、エリオールが突然机を叩く。



「笑い事ではない!!都会が君の為に攻撃を躊躇う理由が分かったよ…我々は、アグネシアは!!君という国の宝を預かり…ましてや戦争させるなんて…」



「都会は、龍の神子なんて言葉は百年前に忘れてます…攻撃に踏み切らないのはお兄ちゃんが断固として反対するからです、お兄ちゃん…極度のシスコンなんで」


フリルはあくまでも冷静に告げれば、エリオールは言いづらい調子で座り込んだ。


「まあよ、隊長の人間がどうのとか、別にオレはどうでもいいんだよな…オレは別に隊長のプロフィールで発情したりしねえからな」


ラルフは呆れ果てた様子で頭に手をやり背もたれに身体を預ける。


「てめえと魔王の関係…あいつはなんなんだ?」


ラルフの言葉がフリルを鋭く抉る、フリルは一瞬迷いを見せるも、一度大きく深呼吸した。



「お母さんの二番弟子」



「ヴァネッサ・フロルの弟子!!!?」



グリフォードは唖然として立ち上がり、弓やラルフも同じような反応をしていた。


「名前はケン・マルチネス…お母さんの二番弟子にして一番のお気に入り…あたしにとっては…もう一人のお兄ちゃんだった人…」



フリルは悔しさを噛み締めるように顔をくしゃりと歪めて目を閉じる。



「な…なら、魔王は隊長と同じ技を?」


「勿論、あの時のあたしでは一度も勝った事が無い程の強者だったよ…」


それを聞いた全員は俯く。


「え?隊長って何歳から道場にいたんですか?」


「ん?あたしが生まれて二週間くらいからかな?…あたしが入った頃にはケン兄ちゃんは居たかしらね…あたしが五歳になった頃に、アグネシアに帰ったって聞いてたけど…まさかそれから魔王になったなんてね…」


生まれて二週間の記憶がある時点でフリルは只者ではない。その場にいた全員が同じ事を感じて相槌を打つ。



「でも、だからってあたしは手加減したり寝返るつもりは無いよ!あの人にこの大陸を滅ぼさせたりしない…あたしの手で殺して…こんな無意味な戦争はさっさと終わらせる…」


フリルは俯き、今まで気丈に振る舞っていた事が理解できる様に大きな瞳から大粒の涙を溢した。



「だから!!…あたしを信じて!!」



静まり返る室内、そんな中でエリオールは音もなく立ち上がり、フリルに目線を合わせて膝を折ると、零れる涙にハンカチを押しあてる。



「信じるさ…例え君が魔王を討つのをためらったとしても、わたしは君を罰したりしない…」


エリオールは優しくフリルを抱く。


「ま、そんときゃ俺が代わりにやってやるよ」


ラルフは机に置かれた酒を手にしてさっさと開ける。


「いえいえ、それはわたしの仕事ですよ」


グリフォードも話題を切り裂き、酒瓶を開けに入る。


「では、僕とマリアさんは介錯を見せないように壁になりますか?」



「ですね、隊長の尻拭いも聖騎士団の使命なんですから…」


弓とマリアも加わり、フリルは目元の涙を拭い笑顔に戻る。



「ありがとう、みんな!!」


そこでエリオールはパシパシと手を鳴らす。


「さて!!遅くなったが弓君の歓迎会を始めよう!!無礼講でたのむよ」


こうして弓の歓迎会は始まった。



「そーいやよ」


ラルフは酒瓶を片手に薫製にくを口にくわえながらつぶやいた。


「だらしない」


マリアは即座にラルフの口から肉を引き抜き、ラルフに手渡す。


「あ…ああ」


普段なら怒りそうなラルフだったが、特に気にする事無く言った。


「さっきは聞きそびれたが…魔王のあの翼、どう思う?」


ラルフがその言葉をだすと、聖騎士団の面々の視線がエリオールに・酔った勢いで膝にちょこんと載せられているフリルに向かう。



「え?…翼?何それ」



フリルも見ていた筈だが…恐らくダメージで良く覚えてはいないのだろう、キョトンと首を傾げると、弓が前に出る。


「じつは…」


弓の説明を受けたフリルは、少しだけ信じられなそうに目を細める。



「翼…知らないな、良くお風呂に一緒に入ってたけど…背中に翼なんてなかったかなぁ…」


フリルの言葉は事実であろう、聖騎士団の面々は腕を組み頭を抱える。



「あ!そうだ」


マリアは突然立ち上がり、部屋の外へ飛び出した。



「おおいマリア!?」


「待っててください!!」


追おうとするラルフをマリアは止めてそのまま外へ出ていった。



「ふはあ!!わたしはしあわせだ〜」


エリオールは普段とは別人のような態度でフリルを抱き締め頬擦りまでしてくる。



「お…王様?少し横になられたほうが」


「はは…君とこうしていれば直ぐ治るさ〜」


エリオールは上機嫌に強くフリルを抱き締める。


「う…グリフォードぉ…」


「尺をした隊長の責任です、確りとお世話して差し上げて下さい」


グリフォードはコップに酒を注ぎ口に含む。


「ええ!?あたしっ!!エリオール様がこんなに弱いって知らなかったのよ!だから…」



「誰が弱いって!!?失敬な!!ならわたしの強さを証明しようではないか!!ベッドの上で!はははは!!」


エリオールはまるで酒場で下ネタに花を咲かせるオッサンのようにフリルをベッドに連れていく。



「いや!!ちょっ!!いやあああ!!」


フリルの悲鳴が響き、ベッドの周りのカーテンが降ろされ、ばたつくフリルの足だけが現れる。しかし直ぐに静まると、フリルだけが帰って来る。



「お?、お楽しみは?」


そんな事を聞いてくるラルフを無視して自分の席に腰掛ける。



「するわけ無いでしょ?」


「流石隊長、エリオール様にも容赦ないですね」


無理矢理寝かしたと判断したグリフォードにも、フリルは首を横に振った。



「んなわけ無いでしょ?あたしをベッドに放って、カーテン降ろしたらそのまま寝ちゃったの、エリオール様って多分童貞よ?」



「はい、そう言うことは言わない!」


グリフォードは分かりやすく自らの口のまえでバツを作る。



「そういや、マリアは?」


「みてなかったのか?急に部屋を飛び出していったぜ」



フリルは手近なスルメをとってしゃぶりだせば、ふと気になる。



「じゃあ弓は?」


弓、先程から姿が見えない…いったいどこに?ラルフとグリフォードはキョロキョロとすれば、床に弓のものと思われる足があった。


「……」


覗き込むと、弓はテーブルの下で顔を真っ赤にしたまま倒れていた。



「酔い潰れて寝てます」


グリフォードは見なかった事にして告げれば、フリルは小さく頷く。



「そ?…ならおっけい」



「お待たせ致しました〜」

マリアが派手な音を立てて扉を派手に蹴破り現れ全員が振り返ると、グリフォードとラルフは驚愕して手にしていたカップを落とし、フリルはしゃぶっていたスルメを口から落とした。


「?」


マリアに驚愕したのではない、正確にはマリアが抱いているものに驚愕したのだ。それは二十センチ位の黒い丸に一つの大きな瞼と目玉を持った不思議な生き物である。



「な!!何よそれ!!捨ててきなさい!!」


驚愕と共に一気に臨戦体勢になる三人、しかしマリアは苦笑を浮かべた。


「警戒なさらなくても平気ですよ、この子は魔界の通信役なんですよ」



「通信役?…」


マリアは頷いてフリルの前を横切ると大きなテーブルの真ん中に丸い魔物を置いた。



「ゼリムさんにお話しがあります」


マリアは丸にそう言うと、丸は開いていた瞼を大きく見開いて、巨大なスクリーン状のヒカリを天井に吐き出す。



「な…ゼリム?」


フリルが聞き返すと、マリアは頷いた。


「はい、恐らくこの大陸で魔力的なものを知っているのはゼリムさん位なものでしょうから」


ゼリム・R・レオナルド、魔界の王にしてウィンホーバロンの領主である。確かに彼女ならば魔王の翼について知っているかもしれない。


『なんだ貴様!わたしは今忙しいのだ!!』


砂嵐状のスクリーンの中からキャンキャンと犬のような喚き声が聞こえてくる。そして砂嵐が晴てくると中からベッドと膨らんだシーツが現れる。



「寝てるだけじゃない…」


フリルがそう言うと、シーツの膨らみからピンと尖った耳が生え、続いて青銀に光る美しい色をした頭が現れクルリと向き直り、真珠の様に純白な顔にルビーの様に赤く煌めく寝呆け眼が此方を見てきた…じーっと見つめる仕草をしてからパッチリと大きな瞼を開く。


『おー…誰だお前?』


「ちょっ!」



『冗談だ…そう反応するなフリル』


眠いからなのか、ゼリムは自棄に穏やかな口調で笑う。



『で…わたしに何のようだ?わたしは忙しいのだ…手短に頼むぞ〜』



ゼリムはウトウトと目蓋を開閉しながら聞く姿勢になると、フリルは魔王の事を説明した。



『なに?』


聞いたゼリムはパッチリ目蓋を見開いてバサリとシーツを蹴飛ばし、愛らしいピンクのネグリジェが姿を現す。



『その話は本当か?、確かに人間の背中から翼が生えたのか?』



ゼリムは眠気が完全に消し飛んだ様子で、何処か警戒するような仕草をしていた。



「ええ…そうよね?」


解答に困ってマリアに流し目を送るフリルに、マリアはうなずく。


『…形は?翼の形状は分かるか?』


「黒の、蝙のような黒色の二枚翼です」


マリアの説明を聞いたゼリムは目を見開き、顎に手を当てる。



『エデン…』


『お側に』


ゼリムが名を呼ぶなり、黒い給仕服に身を包んだ猫の顔をした魔物が隣に並ぶ。


『今の話し、どう思う?…わたしの予想は正しいと思うか?』


そんな事を問われたエデンは、小さく頷く。


『某の記憶の中でも…そうでは無いか?と思います…王妃に聞けば確実でしょうが…』


エデンはそう呟くと、ゼリムは尻尾を振る。



『その必要性は無い、あれ以外にはあり得ないからな…』


「二人で話し合ってないで早く教えてよ!」


痺れを切らせたフリルが叫べば、ゼリムは片方の耳を閉じる。


『せっかちな奴だな…まあいいか』


コホンと咳払いし、ゼリムは語りだした。



『それは【マガツヒ】だな…』


「マガツヒ?」



聞き慣れない言葉にフリルは首を傾げてマリアを見る、マリアも分からないらしく首を横に振った。



『ああ、三界戦争の時に低級の魔物達の犠牲を減らすために造られあ、戦闘力の拡張器でな…』


エデンが小さな重箱を運んできて蓋を開け、ゼリムに渡す。それは百足のような形をした胴に目玉の頭を持った外観の黄金の虫だった。



『口から飲み込んで体内に寄生させる事で、外見の形状や魔力回路の拡張…更には回復速度の光速化…ありとあらゆるプラス効果を得ることが出来るのさ…低級の魔物でも魔族に匹敵する力を得る魔装具だよ』


「そんな!…じゃあ人間が飲んでも同じ効果を得るの?」


フリルの問にゼリムは頷きながら手にしていたマガツヒを重箱に戻す。



「成る程、これでわたしのレイヴン・ミストルティンを全身に受けて生きていた説明がつきますね…」



「つまり、野郎は不死身って事か?」



『うむ、そうゆう事になるな…ただマガツヒを使用した者もタダではすまないぞ?マガツヒは装具とはいえ生き物だ…飲み込めば莫大な力を与える代償として内臓に寄生し、身体の一部となって、精神を食い続け…最後は身体を乗っ取り、欲望のまま破壊を繰り返す人形になる』



ゼリムはそう言って、腕を組む。



『しかし、人間がマガツヒを飲み込んでいるというのは厄介だな…人間には知恵がある、それにマガツヒの力が加わっているとなれば…そいつは最早怪物だ、ただの魔族では太刀打ち出来まい…わたしでも、苦戦をしいられるであろうな』


先程みせたゼリムの警戒心はそれだったのだろう、ゼリムは即座にエデンに向き直る。



『エデン、母様に打電だ…ウィンホーバロンの民を一時魔界に避難させる…魔人が現れたと告げれば問題はないだろう』



『畏まりました…お嬢様』


そしてスクリーンは一方的にぶつりと消えて無くなれば、目玉の通信役は鼠のような速度で逃げていった。


「つまり、あの時はまだ本気じゃなかったのね…片手で赤子を捻る様に簡単な作業だった…」


フリルは頭を抱えて机に突っ伏した。



「もしも魔王が…マガツヒってもんを何個も持っていやがったら…」



ラルフですらも不服そうに顔をしかめ、聞くに撤しているグリフォードも頷いた。



「隊長…」



マリアは突っ伏したフリルの肩に手を置く。フリルは小刻みに震えていた。



「上等じゃないの!!!」


フリルは椅子を後ろに弾く勢いで立ち上がり、叫んだ。



「マガツヒだかなんだか知らないけど!敵なら倒すだけよ!!そんなもんにあたし達は敗けないわ!!」



フリルの言葉にグリフォードとラルフも頷く。



「ですね…」



「ったりめーよ!」


そして全員は立ち、カップに並々と酒を継ぎ、そして合わせた。



「乾杯!!」


4人は声を揃え、同時に酒を飲んだ。



「ぷはっ!やっぱ酒に限るな!!」


ラルフは豪快にカップをテーブルにたたき置き、グリフォードもそれにならい、マリアもにこやかにカップを置いた。



「……」


しかし、一人だけ…普通ではない奴がいた。



「………ほあああっ!?」


呻いたのはグリフォード、突然膝に何かが光の早さでしがみついたのだ。



「…ううー」



見れば、そこには一人の幼女が、謎の声を挙げながらすりついている。



「た…隊長?」


グリフォードは変わり果てたフリルに声を掛けると、フリルは瞳を潤ませて手を差し出す。



「だっこ…」


フリルからは到底でないで有ろう声と言葉が出た。


「…もしかして酒飲んだ?」


ラルフはマリアに顔を向ければ、マリアは瞬時にフリルの手にしていたカップを手に取る。


「…がっつりいっちゃたみたいです」


グリフォードを見上げているフリルはじわじわと大きな瞳に涙を浮かべてくる。


「うう…だっこ!!だっこぉ!!」


手を差出し泣きながらピョンピョン跳ねる。



「は!はいはい分かりました…今すぐに」


グリフォードは甘えるフリルを素早く抱き上げる。するとフリルはピタリと泣き止み、じっとグリフォードを見つめ、ゆっくり唇を尖らせ顔を寄せて来る。


「だああ!隊長!!ちょ!!ちょっと待ってください!!」


フリルの顔を押し退けるように手で押さえる。が、フリルはかなりの力で寄せて来る。


「はいはいフリルちゃん!…そこまでにしましょーねー!!」


マリアが絶妙なタイミングで割って入りグリフォードからフリルをもぎ取ると、フリルはマリアの胸に顔を埋め、幸せそうな顔をするとそのまま動かなくなった。


「はあ…危ない所でした…」



グリフォードはホッと胸を撫で下ろして、席に戻り何故か拗ねた様子のラルフがグイッと酒を仰ぐ。



「けっ…色男ぁいいねえ!」


「隊長ってお酒に弱いみたいですね〜」


マリアは聖母のようにフリルの背中をとんとんと叩いて寝かしつけ、エリオールの眠るベッドに連れていき、転がす。



「んじゃま…お開きとすっか」


こうして弓の歓迎会は終了した。




翌日―フリルは微睡みの中で目を覚ました。


「いつ――」


起き上がろうとしたフリル…だが頭が割れるように痛む。



「殴られた?…ここは」


何度頭を擦ろうと血がついてはいない、しかし動けない程に頭が痛む…何とか左右に目を動かすと、煌びやかな剣の刻一がなされた天井があり、遅れて柔らかい感触が背中を包む。



「ベッド?…う」


痛む頭を押さえながら起き上がれば、深紅に彩られた豪華なカーテンがベッドを囲んでいる。



「あれ?確か昨日は…魔王と戦ってその後…何してたんだっけ?」


いくら考えても答えはでず、フリルは仕方なく取り敢えずベッドを出ようとする。


ムギュ、動こうとしたフリルの身体に何かが巻き付いた。



「ひっ―!!」


驚き、巻き付いた者を咄嗟に投げ飛ばそうとした、だがそこで動きが止まる。自分に巻き付いたのは手だった、そしてその手の主は、綺麗な金髪を寝癖でグシャグシャにし、衣服を乱して眠る青年…ゲノム王国の主にして聖騎士団の司令官、エリオールその人だったからだ。そこでフリルの記憶が一気にフラッシュバックし、思い出す。


「―そうだ昨日、弓の歓迎会で―」


最後に酒だと気付かずに一気に飲んでしまったのだ、恐らく酔った勢いでベッドに飛び込んでしまったのだろう。


フリルは失態にため息を吐き出して身体に巻き付いたエリオールの手をゆっくり解こうと…。



「―わっ!?」


しかし、エリオールの外見に似合わない強い力でフリルはベッドに引き戻され、きつく抱き締められる。



「く―苦しっ…」


締め付けられる痛みにフリルはバタバタと悶えると、エリオールの腕から締め付ける力が弱まる。


「…ふう」


レイヴンを使って殴れば脱出は簡単ではある、しかしエリオールは上司でありましてや酒の勢いでベッドに突入したのは自分であり、エリオールは寝呆けているのであれば、殴る訳にもいかない…。



「……」


細い体躯を利用して抜けるか…否、エリオールの腕は蛇が如く巻き付いており、少しでも逃げようとしたのならば、間違いなくまた締め付けて来るだろう。それにこのエリオールという王族はやたらと力が強い、フリルはベッド脇に乱雑に投げ込まれた鞘だけは儀礼用の立派なサーベルに目を向ける。


「おもっ……」



手を伸ばし、手に取るとフリルはその信じられない重さに驚き…鞘から僅かに刀身を抜いてカーテンの隙間から漏れる光に当てる。刃はまばゆく光を反射し、美しい波状の模様を輝かせる。それを見ただけで名刀である事が伺える。例え何人の人を切り殺しても、このサーベルは錆付く事はなく、折れる事もない。生半可な剣で打ち合えば、主人ともども真っ二つにされてしまうで有ろう程に鋭い。フリルは何を思ったのかむき出しの刄を親指で触れた。


「……っ」



痛…触れただけで親指を浅く斬られて血が赤いシーツに飛ぶ。


「なんて…剣なの…」


剣を鞘に戻し脇にやる…エリオールの外見は一見細く華奢に見える。だがその服の下には鍛えぬかれた…。


「…君は、いい匂いがするね…」


エリオールの声が思考を遮り、フリルの身体を先程とは異なり優しく抱き締める。抵抗出来ないフリルは大人しく黙り込む。



「……可愛いフィフ…」


エリオールの言葉に、フリルは耳を疑う。



「…………フィフ?」


フィフ…何処かで聞いた事のある名前である、しかし思い出せない。フィフとはなんだったのか…。


「……まさかね」


あまりの暖かさに、再び訪れた眠気で考えを止めたフリルは穏やかに目を閉ざした。



「…ちょ…」


誰かが呼んでいる。



「隊長!…起きて下さい!隊長!!」


フリルが薄ら目を覚ますと、しがみ付いていたエリオールの感触は無く、マリアの姿が現れる。マリアは何処か落ち着き無く焦っているようだった。



「…マリア?どうかしたの?」



「それが…」



フリルがマリアの報告を聞いて寮から飛び出したのは間もなくの事だった。何でも、朝早く、アグネシアの門前に三千あまりの避難民がテントを張ってキャンプしているのだという。彼らはセントブルグスというネビル・アグネシアから二百キロはある街から逃げてきた避難民らしい。本来ならば三千程度増えたところでネビル・アグネシアの町の大きさを考えれば大した事はない。だが、何を考えたのかネビル・アグネシア王は受け入れを拒否したのだそうだ。そして門を閉めた結果、このような事態に発展したのだという。



「ホントっ!馬鹿野郎よね!!」


フリルは悪態をつきながらも、風のようなスピードで走り、ネビル・アグネシアの門へとたどり着いた。そこにはグリフォードやラルフ、弓もおり親衛隊の面々も集まっている、人ごみの中にはエリオールの姿も見える。



「グリフォード」


フリルは手近にいたグリフォードを呼ぶと、振り返ったグリフォードは軽く会釈をする。




「隊長、昨日は良く眠れましたか?」



「ええ、おかげさまでね。それより状況は?」



聞けばグリフォードは素早く懐からメモ帳を取出し開く。


「はい、現在…【セントブルグス】よりやって来た難民凡そ3000人が門前にてテントを形成し、門を塞いでおり、行商人の馬車が行き交う事が出来ない状況です」



「…なんで中に入れてあげないのよ?ネビル・アグネシアは食糧不足でも無ければ人が住める場所が無いわけでもないじゃない」



フリルの問い掛けにグリフォードはばつの悪そうな顔で歯を食い縛る。



「…余所者を養う金は無いそうです」


「なによそれ…単なる独り善がりじゃないの…」


フリルは目を細めると、唾を地面に吐き捨て、怒りを露にする。


「兎に角!セントブルグスから来たと言ったら…一月は歩きっぱなしだった訳でしょ?他に行くあてもなくなり、疲れ果てた末にテントを張っているのね…可哀相に」


フリルは最大限の哀れみを門に向け、そこで内側から開けられまいとがっちり守る数十のアグネシア兵達を睨んだ。


「極度の疲労とストレスで集団自決も考えられるわ!一刻も早く中に入れてあげなければ………」


フリルは腕を組み、前に出ようとする。



「フリル!」


そこへエリオールがやって来る。エリオールは僅かに頬を赤くしていたが、直ぐに真顔になった。





「セントブルグスの民達を助けたい…何とか出来ないか?」



そんなエリオールの言葉を聞いたフリルはニイッと笑う。



「ええ、何とかしますとも…弓!」


「お側に」


名前を呼ばれるなり即座に人込みを押し退けて現れ、膝を折る、弓。


「話は聞いてたわね?知恵を貸して」


フリルの命令に弓は頷き、懐からメモ帳を取り出す。

「現在、石地区は、先の戦により破壊された家屋の瓦礫があるスペースが多々あります、撤去すれば…かなりのスペースが確保出来るものと推測されます。」



「成る程…撤去まではテントによる生活になりそうね…聖騎士団寮を明け渡し、救護所に入り切らない病人や身体の弱いお年寄りを収容しましょう…」


フリルの言葉を聞いた親衛隊達の顔に動揺が走る。


「な!我々はどうするのです?」


「テントしか無いわね、港側にスペースが沢山あるから、そこに聖騎士団、親衛隊の集合地を確保…贅沢かもだけどお風呂位は欲しいわね」


「ふむ、アグネシアは気候に恵まれている。嵐は年に一度しか訪れないし…今年の嵐は過ぎたから…来年になるね」


エリオールの補足にフリルは頷くと、グリフォードが割り込む。


「そうしたとして、聖騎士団寮と救護所で収容できるのは精々一千人…まだ二千近く余っています」


「…なら、聖騎士団寮の外の広場と救護所から港までの道を臨時的な非難所にしてテントを建てましょう…それなら三千人を収容出来るし、瓦礫の撤去が終わって寮が出来れば残りの二千も収容出来ると思う…あとは水地区の広場を借りて炊き出しもする必要もあるわね…」



三千人分の食糧を如何に確保するか…フリルは悩むように腕を組む。


「…近くの森や海で猟をする事になりそうですね…」


「そうね…いくらゲノム王国の資金でも三千人もの食糧は確保できないわ…畑も欲しいわね…」



「畑でしたら、ウィプルから有志を募る事にしましょう」


マリアが追い付いてやってくれば、フリルはマリアに向き直り頷く。


「ごめん、お願いするわ」

「任せて下さい」


マリアは胸を叩いて頷くと、勢い良く駆けていった。フリルはエリオールに身体ごと向ける。


「門解放の準備整いました」


報告を受けたエリオールは頷いて息を吸い、門に向かって怒鳴った。


「ゲノム王!エリオールが命ずる!!邪魔する者共を蹴散らし、門を開けよっ!!」


「「「「おう!!」」」」


エリオールの号令を受けた親衛隊達は声を張り上げ一斉に回れ右、門を守るアグネシア兵に向かって突入した。


「な!なんだ貴様等!!」


「ぐわああ!!強い!!」


ゲノム王国親衛隊の兵士達は、数で勝るアグネシア兵達を次々に退かして行き、隙間が生まれるのを見たフリルも駆け出し、細く小さな体躯を利用して擦り抜け、奥へ奥へと飛び込んだ。


「ま!!待て待て!!きさま!!何をしているのか分かっているのか!!?」


目の前に現れたのはいつぞやの尋問官、怒りに身を震わせ顔を赤くしている。



「うっさい!退きなさい!!」


飛び込むフリルを抑えようとアグネシア兵がかかって来る、しかしフリルはそんな彼らを片っ端から蹴り飛ばして退けていく。



「きさま!我々は味方だぞ!?何の目的でっ……」



男の言葉は最後まで続く事は無かった、駒の様に回転しながら飛んできたフリルの回し蹴りをもろにくらい、そのまま飛んで行った。


「…人道支援よ!」


飛んでいった方を見もせずに、吐き捨てるように言ったフリルは、自分より遥かに巨大な体躯を誇る、門の前に立つ、本来ならば左右の上に設置された大きなマルタのハンドルを回して開門するのだが、フリルは小さく息を吐き出す。



「【ハッ】」


そのまま右手で門を叩くと、同時に凄まじい衝撃が門に直撃し開け放たれ、その場で腰を抜かしてキョトンとしていた…恐らく門の外で声を挙げていたであろうセントブルグスからの避難民数人と目が合った。



「あ…ああ?」


避難民はまだ状況が理解出来ずにいるようすだった。


「女、子供…病人や怪我人を優先して中へ運んで下さい!!…」



このフリルの働きにより、3000ものセントブルグスの難民は石地区で強引的に受け入れる事になった。親衛隊や聖騎士団が使っていた住居は全て老人や病人達に明け渡され、石地区の広場や道にはテントが生め尽くされる。


「次の患者さんを運んで下さい!!」


マリアの指示を受けた親衛隊が避難民を担架に乗せて駆け回る、難民達の中では不潔や不衛生から発症する伝染病が蔓延していた。その為、普段から忙しい救護所も余計に騒然としている。


普段以上に忙しいのはそれだけではない。親衛隊専用だったアグネシア唯一の浴場も、いまは避難民達に明け渡されており、大勢の民を受け入れ、出入りが激しい事になり、一時間に一度はお湯を入れ換える事となっている。



―夜になり、炊き出しが行われる頃には避難民達も落ち着きはじめた。


「お疲れさま」


漸く重病人の処置を終えて休憩がてらに救護所から出てきたマリアに、フリルは声を掛けた。


「隊長―」


明らかに披露が目に見えるマリアは、フリルの姿を見るなり姿勢を正そうとした。


「座りなさい、気にしなくていいわ」


フリルはそんなマリアの手を取り近場のベンチに座らせる。


「調子はどう?、何か必要な物は有るかしら」


フリルの言葉に、マリアは顔を顰めて腕を組む。


「疫病の治療に治癒術師が二十人は欲しいですね…、鎧に付加している加護のお陰で兵士たちに感染者が出ていないのが唯一の助けですが、速いところで手を打たないといけないでしょう…ウィプルに要請して来てもらっても宜しいですか?」


フリルは頷き、腰から水筒を外すとマリアに差し出した。


「構わないわ、報酬金はあたしがアグネシア王からふんだくるからガンガン要請して?、少し休んだら親衛隊の皆に各自の判断で休憩するように打電よろしく…食糧確保に行ったラルフとグリフォードにも伝えて頂戴」



「了解です…」


フリルはそれだけいうと、再び歩きだす。



「隊長」

フリルの指示で、避難民達から情報収集していた弓が隣に現れ、フリルは振り向くでもなく歩き続ける。


「何か分かった?」


フリルの問いに、弓は頷いてメモ帳を開く。


「はい、どうやらセントブルグスは今から三月以上前から襲撃を受けていたようですね」


「……なんですって?」


フリルはそんな報告に思わず耳を疑い、脚を止め弓に振り返る。


「最初は数百の少数部隊だったそうで、セントブルグスに常駐していた騎士達の活躍で撃退に成功していたそうです、そのつどネビル・アグネシアには増援を要請するため伝令を送っていたようです」



「…魔王の伏兵に倒されて伝令はここまで来れなかったって事?」



しかし弓は首を横に振り、顔を顰める。


「どうやら、そうではないようです…難民の中に伝令兵が居ました…彼はこのアグネシアの門番に手紙を渡していたそうです。」


そこでフリルは、怒りで顔を赤く染め、今にも殺しに行きたくなる衝動にかられるが、歯を食い縛り何とかこらえた。


「じゃあなに?あの馬鹿が握り潰して無かったことにしていたって訳だ…」


弓は小さく頷いてメモ帳を懐にしまう。


「しかし、驚きね…セントブルグスって商人や農民が作った街でしょ?騎士が常駐しているからって百人も居なかったんじゃないかしら?…それで約3ヶ月持ち堪え、セントブルグスの民を三千人も逃がすなんて凄いわ。…どうやって魔王軍の追撃を振り切ったのかしら?」



そんな疑問を聞くと弓は歩み寄り、声を潜める。



「魔王軍に居たとき…セントブルグスにたった一人だけいる猛将の噂を聞いています。顔の見えないフルプレートに、一切の攻撃を受けとめる鋼鉄の鎧に身を固めた重槍騎士で、魔王軍ではそんな彼を【ゴーレム】…と呼んでいました。」


弓は再びメモ帳を取り出して開く。



「避難民達の話によると、彼の指示でアグネシアへの脱出が始まった用ですね。彼は1人で武装したまま生き残った衛兵に民を託して街に残ったようです…」



「1人で!?見上げた奴ね…」


フリルは腕を組み素直に賞賛すると、弓は眉を潜める。


「これは、余談なのですが…彼は住民達にアグネシアに行って帰って来れるだけの食糧以外は置いていく様に指示したようです…」


「…へえ」


フリルは腕を組んだまま不気味に笑い、弓は首を傾げてフリルを見る。



「奇妙ですね…彼は魔王軍に内通していたのでしょうか?」


それを言う弓にフリルは素直に首を横に振る。



「いいえ違う、そいつ…かなりの切れ者よ?、何より思い切りがいい…状況の予測も見事なものだわ…」



フリルの言葉に弓は理解出来ず、首をかしげた。


「どういうことですか?」


「簡単よ、そいつは食糧を自分の為に残させたんじゃないわ…魔王軍の奴等にあげるためにわざと残させたの」


暗殺に従事していた弓は即座にゴーレムがやった事を理解する。



「…まさか、毒を?」




「ええ、恐らくそうね…残った全ての食糧を保存用に加工して毒を盛り、1人で街に残って敵の大軍勢に堂々と戦いを挑んだ…」



フリルの言葉に弓は首を傾げる。


「何故堂々と戦うのです?退けばいいではないですか…」


「裳抜けの殻になった町に食糧が沢山残ってたら毒があるんじゃないかってなるでしょ?でも…ゴーレムなんてあだ名の、有名な猛将が1人で残ってたらどうよ?【奴はここでたった一人で籠城】しようとしていたのだって、油断しないかしら?」



弓は、フリルの予言にも感じられる読みの鋭さに目を見開く。



「なら、彼は捨て石になったのですか?」


しかしフリルは首を横に振る。


「ここまで思い切った作戦を考える程の心配性がただで死ぬ訳が無いわ、恐らく遭遇戦を切り抜け、ゲリラ戦に移行…敵部隊を翻弄後、後退に移行したに違いないわ…そして民の後を追い掛ける部隊を襲撃してるんじゃないかと思うわ…」



フリルはそれまでいい終えると、クスリと笑う。



「いいわねぇ…弓、そいつ聖騎士団に入れちゃおっか?」


「まさか…生きているという確証も無いのに?」


弓は冗談だと思いにやけると、フリルは真顔になる。


「勿論…セントブルグスをこのままにするわけにも行かないだろうしね…」



そしてフリルは決意を固めて、弓へ向き直る。


「疲れているところ悪いけど、聖騎士団とエリオール様をあたしのテントに呼んで来てもらえる?」



フリルはにこやかに空を見上げ、浮かぶ月を見つめた…。そして、ここから本当の戦いが始まるのである。

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