第13話 襲撃

聖騎士団に新たに弓が加わり、3日が立ったある日の朝―石地区の広場に500人もの集団が、見事に統制された横隊で整列していた。

彼らは【ゲノム国王軍親衛隊】今は亡き国、ゲノム王国の王【エリオール】の防衛を主たる任務とする精鋭部隊である。しかし、殆どは元魔王軍の敗惨兵だったり、ネビル・アグネシアのやり方に不満を抱いてやってきた軍人だったりと疎ら…だが、一人一人が精鋭として自覚しており、その全ての隊員の目は宝石のようにギラギラと輝いている。そんな彼らの統制が取れた整列は見事の一言である。しかし―綺麗に整列している彼らは身体に鎧をつけてはおらず、剣の帯刀すらされてはいない、おまけに統制されていない布の上下に身を包んでいるのだから。せっかくの立派な整列が台無しになっている。



【―気を付け!!―】


そんな事を気にする事無く、最前列に並んでいた兵士たちが一斉に号令をかけると、五百の兵士たちは肩幅に足を開いていた休めの姿勢から、一挙動で気を付け―不動の姿勢になり見事な統制を見せ付ける。


そんな彼らの視線の先には、三つの布を被せた置物が横隊に並んで置かれた、高台があり、さらにその後ろには巨大な馬車が三つ並んでいる。すると、緑掛かった不思議な色をした黒く長い髪に白を基調にして青の縁取りをしたワンピースを身に付けた少女、聖騎士団の隊長にしてゲノム王国の戦闘指揮官【フリル】が高台の上に昇ってくる。


「楽になさい」



外見は幼児のようなフリルが命ずると、五百の兵士たちは一斉に緊張を解いて楽な姿勢になった。



「今日、こんな朝早くから集まって貰ったのは…兼ねてより作成されていた親衛隊の武具一式が届いたからです!」


フリルはそう言いながら、高台の脇に3つ置かれた布を被った置物に歩み寄り、被さった布を一つずつ丁寧に剥ぎ取っていく。



「お…おお!!」


親衛隊達の間からそんな声が漏れた、布の中身は軽装、中装、重装に別れた3つの鎧である。どれもこれもが見事なまでの白銀に煌めき、胴には赤に黄金色の縁取りを施された前掛けが付けられている。その前がの中央には、今は亡きゲノム王国の双首の龍の紋章が刻まれている。


「へ〜…、なかなか格好いいじゃない!」


フリルは誇らしげに言いながら親衛隊の隊員に振り返って平らな胸を張る。



「さあ一人につき一つ!自分にあった鎧と武器を持って行きなさい!!改造して個性を作るのも許可します!!以上!解散!!」


フリルの解散の指示を受けた親衛隊の隊員達は一斉に隊列を崩して、我先にと駆け足でフリルの背後に並んだ馬車の群れに突入、長い長い行列を作った。



「隊長、俺達には鎧ねえのか?」



高台から降りたフリルに、逞しい体つきをしたバンダナ男【ラルフ】が恨めしそうな声音で言うと、隣で金髪に白と青を基調にした礼服を身に纏う好青年【グリフォード】も頷く。


「確かに、魔力銀に赤い前掛け、実に見事なコントラストです、美しいですね…」


そんな二人の男子な反応に、フリルは深いため息を吐き出す。


「あたしらには礼服だけよ、鎧なんて邪魔なだけじゃない?嵩張るし、重いし、動き辛いし…」



「それは僕も同感ですね…」


フリルの隣で、三日前に仲間になったばかりの、特徴的なキツネ目をした少年【弓】が腕を組みつつ同意する。


「もやしにゃ聞いてねえよ、帰って、飯食って、トイレいって、風呂入ってから!!歯を磨いて寝てろ!」



ラルフは嫌みったらしくシッシッと規則正しい生活を口ずさみながら言ってくると、弓は笑っているようにも見えるキツネ目を細める。


「僕は弓ですよ、何度言ったら分かるんですか?…しかし、見掛けによらず規則正しいんですね…」


心底意外そうに言えば、ラルフと弓は睨み会い火花を散らしだしたので、フリルはグリフォードに目配せして仲裁に向かわせ、鎧を受け取る行列を整え終えて帰ってきたマリアに身体ごと振り向く。


「マリア」


フリルに呼び掛けられたマリアは首を傾げてからやってくる。


「なんです?」


マリアはフリルの目線の高さに目線を合わせてしゃがみ込む。


「この後、なんか予定あったっけ?」



予定を聞かれたマリアは、すみやかにメモ帳を取出し確認すると、素早く首を横に振る。



「無いですね♪」



同時にマリアは、気持ちのいいにこやかな笑みを浮かべた。


「……」


マリアがこんな笑みを浮かべるときは、大体フリルは面倒毎に巻き込まれるため、フリルは思わず身構えてしまう。


「ではぁ、丁度いいですからフリルちゃんは今日お勉強にしましょ!」


それを言われたフリルは、へ?と首を傾げる。



「勉強?…なんの?」


マリアは袖から新聞を取出してフリルに差し出す。


「…?」


フリルは受け取り、新聞とマリアを交互に見る。


「なに?これ」


「読んで下さい、大きな声で」


フリルは目を見開き、左右に泳がせる。



「な!何で隊長のあたしがそんなこ…」


「強がっても無駄です!読めない事はバレてますからっ」


「……わかったわよ」


フリルは諦めた様に新聞を返してくるが、その唇は不服で尖っていた。


「じゃー弓君は、フリルちゃんに付いて字を教えてあげてね?」


「はい、了解しました」


弓は何処か嬉しそうに頷き、一歩前に出てフリルの傍にいく。



「ん〜…ならさっさと終わらせましょう…」



フリルが面倒そうな顔をすると、その唇をマリアに摘まれる。


「むぐ〜!!」


「そんな顔しない!!文句言わない!!わかった!?」


抵抗を見せようとしたフリルだが、マリアの威圧感に押されてコックリと頷いた。


「なら早く行く!」


マリアに肩を押され、フリルは一度忌々しそうに振り返るが、弓の手を引いて走って行った。



「隊長、マリア相手には素直ですよね」


グリフォードは呆れるように言いラルフも頷く。


「ああ、今度から隊長が理不尽に暴れたらマリアに躾けて貰うか」


そう言うと、マリアはムッとして両脇に手を当てて睨んできた。


「あなた達もやるんですよっ…こういう時に確り躾けて上げないといけないんですっ…いくら頭が凄く良くて滅茶苦茶に強くても女の子なんですからね!」

だが、ラルフとグリフォードは苦笑する。


「いや、隊長、オレらが言うと容赦なく殴りかかるし」


「なら決死の覚悟を見せてくださいよ…」


マリアはにこやかな笑みを浮かべて遠ざかるフリルと弓の後ろ姿を見送った。




フリルは、直ぐ様勉強に取り掛かるわけもなく、弓を連れ立ってアグネシアの街の中で貴族が住まう花地区、聖騎士団の駐留する石地区、そして飲食店や出店が連なる水区と順番に歩いていた。時刻は対して進んではいない…ただノープランにフリルは歩いているだけである。



「あの…隊長?」



弓は前を歩くフリルに呼び掛ければ、フリルは身体ごと振り替える。


「なによ?」



その表情は言われる事が分かっている様子が伺える。

「…何か食べませんか?僕、この辺りの物を食べた事が無いんですよ」



そんなフリルを見た弓は、即座に話題を切り替えて香ばしい薫りがする串に刺された焼き肉を売る出店を見た。フリルは両脇に手を当てて口をへの字にする。


「こんな時間に食べたら、お昼食べられないわよ?肥るし」


「はは、その辺は大丈夫ですよ…いつ何があっても良いように、食べられる時は沢山食べておく…これは、僕を教育した組織が一番最初に教えてくれた事なんです…」


現在、弓の立場は聖騎士団とは言え二束三文である、なので魔王から滞在費として受け取ったお金の袋を取り出し、その中から硬貨を落とした。


「…なら、いいんじゃない?」


フリルは何処か言い辛そうに外方を向き完全に背を向けてしまった。



「…」


弓はそんなフリルをじっと見つめている。



「大丈夫よ、逃げたりしないから早く行きなさい…ったくもぉ」


「いえ…隊長も食べますか?」


聞き返されたフリルはくるりと振り返ってから腕を組む。


「あたし、お金ないし」


「奢ります、アグネシアの物価はセグマディより安いので…」


それを聞いたフリルは、小さく頷いた。


「なら…一つ」


「御意」


弓はにこやかに屋台へ走って行き、20本近く買って帰って来た。


「いっ…一本っていったわよね?…」


フリルの問いに、大きな紙袋を抱えた弓は身を捩る。


「ええ、ですから隊長は一個だけです」


「…あ…ああそっ…」


フリルは弓の嬉しそうな顔を見て、それ以上は何も言わなかった。


二人はそのまま花地区にもどり、大きな噴水広場に座り、串焼き肉の袋を開けた。


「どうぞ、隊長」


30センチはありそうな鉄串にブロックのような肉の塊が何段も串刺しにされた焼き肉を差し出してきた。


「だ…大分食べるわね…」

一つですらかなりのボリュームがある串焼きに、気圧されながらもフリルは恐る恐る手に取った。甘辛いタレをべっとり付けられた肉はカラメル色の輝きを放っており、普段少食で余り食べないフリルでも、胃袋が欲しい!と叫ぶ程に美味しそうだった。


「あ…ありがとう」


フリルは会釈してから肉をちびりと噛る。それを見た弓も、肉の処理に取り掛かった。


「どう?、弓…皆には馴染めた?」


仲間になって3日、元は魔王軍の暗殺者である弓が、早々から歓迎される分けもない。しかしフリルはそう尋ねた。


「愚問です…暗殺者である僕を素直に信用してくれるのは、隊長かマリアさん位な者でしょう…」


弓は3つめの串に取り掛かりながら、フリルに横目を向ける。


「失礼ね…あたしが見る目のない馬鹿見たいじゃないのっ」


ムッとして怒鳴り返すと、弓は飲み込むように三本目を食べて、四本目を取り出す。


「それはそうでしょう?僕は魔王軍の暗殺者です、つまり嘘をついて、貴女を殺す機会を伺っているのかもしれない…今だって…」


鉄串の鋭い針先をフリルの目の前に突き出し、ピタリと止める。



「…意気地なしね…」


フリルは一切の回避行動は愚か、力を入れれば直ぐに目玉を貫ける程に近い距離の針先を、ただ見つめることもしていなかった。


「…あんたに寝首をかく度胸なんて無いわよ」


キッパリと言い放たれた弓は、ムッとしてから手を引いて肉を噛る。



「隊長は、何故…他国の為に戦うのです?」



そう聞くと、フリルは食べ終えた鉄串を丁寧に舐めてからスカートのポケットに忍ばせる。


「あたしがアグネシア人じゃないなんて言ったかしら?…」



「字が読めない時点で気付きますよ…それ位」


弓はいいながら6本目に取り掛かろうとすると、フリルが手を伸ばして一本を掠め取る。


「もーらいっ」


フリルは無邪気に笑って掠め取った串肉に噛りついた。


「……勉強は嫌いですか?」


弓はにこやかに言いながら、諦めて新たに取り出した一本を手に取り噛りつく。


「嫌いじゃないわ…でも、怖いのよ…」



勉強が怖い、フリルの言葉の意味がわからずに弓はフリルを見る。



「あたし、実は超頭がいいの…」



フリルは真顔でそんな事を言ってきた、しかし自慢気ではなく、何かに怯えるような様子で言っていた。



「だからかな…あたしには友達はいなかった…一人も…孤独は嫌…あたしは一人は嫌なのよ…」


身体を抱える様に、フリルという小さな少女は…アグネシアで初めて弱さを見せた。



「…フリル?」



突然名前を呼ばれたフリルは顔をそちらに向ける、そこには派手な色をしたチュニックに紺のズボン、肩には赤いマントを着付け、使い込まれたサーベルを腰に提げた金髪の青年がいた。


「え!?エリオール様っ」


ゲノム王国の王子にして聖騎士団の最高指揮官…弓もよく知る人物だった。フリルは素早く立ち上がり膝を折ろうとする、が、エリオールは手で制止する。


「いいよ、気にしないで来れ」


そう言ってエリオールは横に並んでいた弓にも目を向ける。



「君は?…」



エリオールにとっては初対面だった、弓は紙袋を脇に置いて立ち上がる。


「新たに聖騎士団に入団しました…弓と申します…また、魔王軍では鷹の眼と呼ばれていた者でもあります…」


そういいながら手を差し出す、エリオールは即座に制止し目付きが変わるなりフリルを見る。


「…フリル、どういう事だい?」



その眼差しには僅かな怒りがかいま見える。


「は、エリオール様は多忙故…ご報告が遅れてする予定でした」


「バカモノ!!」


エリオールはフリルを大声で怒鳴り付けた。…鷹の眼は…ゲノム王国を滅ぼすきっかけを与えた忌まわしき者でもある。末裔であるエリオールが許す分けもない…弓は渋い顔をして目を反らす。



「どうして私に知らせてくれないのだ!?執務なんぞよりよっぽど大事な事ではないか!!もう歓迎会はしたのかい!?」



「は…はい?」


歓迎会?思わず声を挙げてしまった弓だったが、エリオールは気にする様子もない。


「歓迎会はまだ…」


「ならばやろう!!今夜やろう!!」


エリオールはまるで無邪気な子供の様に言えば、弓に顔を向ける。



「わたしはエリオール、ゲノム王国の国王だ…弓か…いい名だね、宜しく」


エリオールは愛想よく呆然と差し出していた弓の手を取り握手を交わす。



「それよりフリル何故こんなところにいるんだい?、さっきマリアから勉強していると、聞いていたのだけど…」


鋭い問い掛けにフリルはビシリと跳ね上がり、気を付けをした。


「き!休憩です!!小腹が空いたので…」


どうやらフリルは嘘を付くのが苦手らしい、目は左右を見回し、額から汗を垂らしている。


「ふむ…サボって買い食いと言う訳かい」


エリオールは厳しい目付きで嘘を看破してフリルを見つめ。



「マリアに報告かな?」


「い!!いえ!!いまから行きます!!行くところだったんです!!」


フリルが必死に言い訳をしだすと、エリオールはにこやかに笑う。


「ふぅん?弓、本当かい?」



「え…ええ……はい」



弓は口裏あわせに取り敢えず相槌を打つ。


「ふむ…」


エリオールは厳しい目付きで、疑り深い眼差しを二人に浴びせながら腕を組む。


「まあ、フリルも大人だ、勉強をサボるなんて子供のような事をする分けもないよな…」


自棄に大人とか子供の単語を強調していた様だが、エリオールはそういうなり踵を返す。


「では夜にでもまた…」


そのまま人混みの中へ消えていった。弓は改めて肉を噛りだす、僅かに冷めてきて硬くなりだしたために顎の力が必要になるが気にはしない。



「弓!!何時まで食べてんのよ!!」


フリルは立ち上がり持っていた肉を一口で頬張り、飲み込む。


「え…勉強するんですか?」


聞き返す弓にフリルは平らな胸を張る。


「当然じゃない!!あたしは大人なんだから」


ばしりと胸板を叩いて叫べば、弓は薄い目をさらに細めボソリと呟く。


「………扱いやす」


「…あ!?なんかいった!?」


フリルは酒場のチンピラのような言い方をしながら3つ目の肉を強奪した。



こうして二人は、ネビル・アグネシア花地区にあるアグネシア最古の図書館へとやってきた。


「…さて、いざ勉強っ…といいたいですが…何をすればいいんでしょうかね」


フリルと向き合う形で席に着いた弓は、前のフリルを見る。フリルは不機嫌そうに肩肘をついて頬杖にし、煙草があったら吹かしていそうな体勢でいた。


「まぁ…いつかはやらなきゃとは思ってたからね〜…ちょうどいい機会だわ…」


フリルは諦めたように言うなり、立ち上がる。


「弓、取り敢えず子供用の字表が書かれてる辞書を持って来て?」


「子供用?…わかりました」


一瞬の疑問を浮かべた弓だが、直ぐに席を立ち、子供用の本棚へと向かうと童話を手に取り持って行く。

「ありがとう」


フリルは笑顔で受け取り、本を机に置くと、丁度隣で座って本を読んでいる子供と同じように本を立て。


「一応ざっとは読めるんだけどね〜?なんつーかたまにわかんなくなるのよ…なになに?かわのうえからおおきなももが〜…」


床に届かない足をパタパタと動かしながら、読み出したフリルは、途中でピタリと止まる、弓はわからなくなったと判断し、素早く背後に回ると覗き込む。



「ながれながれてきて…ですっ」


得意気に教えると、フリルは年相応のまばゆい笑顔となる。


「あ!そっか〜!!ながれながれてきて〜、川で洗濯していたお婆さんを丸呑みしまし…これ童話じゃねえかっ!!しかもかなりネタが薄い本並み!!」


フリルの繰り出した光の速さのコークスクリューが、弓の顔面を鋭く抉る。



「ぶは!」


綺麗にぶっ飛んで床に倒れる弓に、ゆっくり立ち上がったフリルは両手を胸の前で合わせてゴリゴリと鳴らす。



「子供用の字表が書かれてる辞書っつったわよねえ?だ・れ・が・童話を持って来いといったのかしら〜?」



「すみません、すぐ変えてきます…」



弓は焦った様子もなく童話を手にして元の本棚に戻しにいき、帰りに青く分厚い本を抜いて持って来る。


「お!今度はそれっぽいわね!やればできるじゃない」


フリルは同じように椅子に飛び乗ると、足をパタパタさせながら本を立てて開いた。


「はーい!フリルちゃん!一+一は〜!?」



フリルが青い本を開くなり、弓が背後に回り言ってきた。


「え?…うーんとね!2!」


そんな反応を見た弓は、思わずフリルの頭を撫でる。


「よくできました〜!偉いですよ〜!」



「えへへ〜なめんなぁっ!!」


再びフリルのコークスクリュー、今度は弓の腹を深々と抉り、弓の身体は緩やかに崩れ落ちる。



「すみませ…今度は…ちゃんと…」


三度目の正直で、アグネシア文字がかかれた辞書を手に入れたフリルは、基本から応用等詳しく書かれた部分まで、簡単にパラパラと子供が秀才の真似をしている時のような仕草で本を閉じると、さっさと置いてしまった。


「…隊長?まさかそれだけで覚えたなんて…」


「言ったでしょ?…あたしは頭が超いいの」


フリルはそう言いながら新聞を手に取るとじっと眺め。


「アグネシア王軍大活躍…魔王軍の一億を超える大部隊を撃滅し、王自ら大将の首を挙げる大活躍…よくもまあこんな嘘八百が書けるわねえ…戦ってるのはあたしらだけだってのにさ」


フリルは苛立った様子で新聞紙をゴミ箱に放り込み頭の後ろに手を組んで背もたれに体重を預ける。



「あの…、もう完璧なんですか?」


弓は驚きのあまり薄いキツネ目を見開いたまま問い掛ける。


「あたしね、どんなものでも一目みたら忘れないのよ?…それに、応用とかも次々あたまん中にでてくんのよ〜?すごいっしょ」



フリルは凄まじく誇らしげに平らな胸を張る。


「たまげました、僕だってアグネシア字の応用を覚えるのに10日はかかったのに…」



「あたしの脳ミソをあんたと一緒にしないでよっ」


フリルは実に侵害そうに頬をプクッと膨らませ、怒りを表現した。実に子供っぽい人である…と、弓は口元を笑わせてしまう。


「な!何笑ってんのよ!!」


「隊長、図書館では静かに…」



弓ににこやかに注意されたフリルは、自分が注目を集めている事に気付き、ゆっくり腰を落とした。



「…弓の癖に」


フリルはいじけた様子で唇を尖らせていた…。それからフリルは、図書館の本を何冊も持って来てはパラパラと捲る作業を繰り返す。フリルは見掛けによらず読書が好きなようで、本を読み出すと集中して止まらない性格らしい。


そして、弓がトイレに立った僅かの時間にその事件は起こったのだ…。



「隣…いいかな?」



それは何処か懐かしい声だった、フリルは思わず本から目を離して顔をそちらに向ける。其処には白いボサボサの髪に赤い瞳、黒いコートに黒いズボンの冴えない二十歳位のフリルはよく知る男がいた。

「ケン兄ちゃん!!」


注意されたばかりなのにもかかわらず、フリルは大声を挙げた。ケン兄ちゃんとよばれた男は素早く自分の口に指を立ててフリルを黙らせる。


「久しぶりだねフリル、少し見ない内に美人になったじゃないか」


男の名前はケン・マルチネス…フリルの通っていた道場の兄弟子にして義理の家族のような存在で、フリルの憧れである。


「ケン兄ちゃんこそ、相変わらず冴えないね…ちゃんと食べてるのっ?」


フリルの問い掛けにケンは優しい笑みを浮かべて、椅子に深々と腰を掛ける。


「勿論、1日三食に三回もデザートをつける位だよ」


「あはは、甘いもの好きも相変わらず!…でも、なんで?」


フリルは無邪気に首を傾げて聞けば、ケンは笑みを浮かべたまま首を横に振る。


「フリル、まずは場所を変えようか?君の声はよく通るからね…迷惑になってしまう」


「あ…うん、そうだね…」


フリルにしては珍しく素直に否を認めて立ち上がるとケンの手を掴む。


「じゃあ!行き付けの喫茶店にいこっ!ベリーパイが美味しいんだよっ」


「ははは、焦らないで…ゆっくり頼むよ」


ケンはフリルに引き摺られるように図書館から出ていった。


「……隊長?」


入れ違うように弓がトイレから帰って来ると、フリルが居なくなっている事に気が付く。


「全く…困った人だ」



弓はそう言いながらも、フリルが散らかした本を手早く元の場所へ戻し、図書館を出た。



場所は変わり、フリルは行き付けの喫茶店にケンを案内し、お気に入りの窓際の席で向かい合うように座っていた。


「どうっ?」


ケンは噂のベリーパイを口に運び、フリルがさも自分の事のように心配そうな視線を向けてくる。


「うん、いい味だ…これはいいね」


ケンは口元をナプキンで拭い、ナイフとフォークを置いた。


「でも、ケン兄ちゃん…なんであたしがこっちにいるってわかったの?」


フリルは小動物のような反応で首を傾げて円らな瞳を向けてくる。


「たまたまさ、旅の途中で君の噂を聞いてね」


ケンは、にこやかにベリーパイをナイフで切り分けて口に入れていく。



「へえ〜、ケン兄ちゃん…まだ旅を続けてるの?」


フリルは興味深そうに…憧れの眼差しをケンへと向けていた。


「でも、外は物騒でしょ?魔王軍の大軍と鉢合わせしたりしないの?」


それもそうだ…現状、このアグネシア大陸の9割りは魔王軍が締めているのだから。


「しないしない、先日定住先を決めてさ…そこで暮らしてるよ」


それを聞いたフリルは、実に興味深そうに目を輝かせた。


「へえ〜!ま、ケン兄ちゃんの実力なら魔王軍が何万いたって楽勝だもんねぇ!あ!!もしかしてセグマディで暮らしてるんじゃないの?ケン兄ちゃんが魔王だったりして〜!」


「うん、そうだよ」


それは単なる冗談のつもりだった、しかしケンは否定しない、一言で言い切った。


「え…」


フリルは聞き間違えたのかと思い、ピタリと止まって目を見開く。


「君は相変わらず鋭いね、だから侮れないよ…くく」



突然ケンは先程までの穏やかな感じを切り捨てて両肘をテーブルに着け、頬杖を付いた、そして鋭い眼差しをフリルへと向ける。


「嘘…だよね?、あはは!ケン兄ちゃんは嘘つきだから…」



「……嘘に見えるかい?」


凄まじい殺気が突風のようにフリルを圧倒し、フリルは思わず椅子から転げ落ちそうになる。


「今日は君に警告をしに来たんだ、わたしは君を殺したくない…だから今すぐこの大陸から去るんだ…なんなら君を帰す為に魔王軍の軍艦を出す用意をしてもいい」



そこまで言われたフリルは、ゆっくりと首を横に振る。


「なんで?…どうしてケン兄ちゃんが魔王なんかに?…」


フリルは哀れむようにケンを見れば、ケンは目を細め肩を竦めた。


「愚問だよ、わたしはアグネシアの全てが憎い…民も、魔物も、空気も、自然も…わたしは大嫌いだ。だからわたしは滅ぼすのさ…」


フリルの目の前には、明確な殺意を形にした。兄弟子がいた…その瞳には言葉の通じる色はもう無い、明確な復讐の炎を瞳に宿している。

「お喋りは此処まで…さあ、今すぐ大陸から立ち去れ…ただでさえ君の活躍のお陰でわたしの計画に狂いがでているんだから…」


「いやだよ…」


フリルはポツリと呟き、ケンを睨み付ける。


「冗談じゃないわ!理由は分からない…でも!!あんたなんかに、この大陸を滅ぼさせたりなんかしない!!」


フリルも明確な敵意を表し、二人の視線が衝突する。


「…君はわたしに勝った事が無い…わたしと戦う事になったら君は間違いなく死ぬ事になる…」


「はんっ…過去に拘る男なんて最っ低!!」


先手必勝!!フリルは勢いよく立ち上がり攻撃の姿勢で飛び出そうとし、派手な音を立てて床に倒れた。


「か……はっ?」


不可解な事が起きた…フリルが気付いた時には鳩尾から出た圧迫感が肺の息を吐かせて呼吸が出来なくなる…目に見えぬ攻撃を受けていたのだ。フリルは動揺に目を見開いて息も出来ずにケンを見上げる。


「君の考える事なんてお見通しさ…何度君と打ち合ったと思っているんだい?」


ケンは頬杖を突いたままの姿勢で穏やかに笑いかけた…。



「わかったかい?君の実力では…」


「偉そうにっ!!!」



フリルは気合いで立ち上がり、両足にレイヴンを纏い机を蹴る。


「語ってんじゃねええっ!!!」



【ズドン】想像を絶する最大の衝撃で放たれた机は、弾丸のような速度で、密着していたケンの腹部を叩いて店の端まで連れていき、派手な音を立てて土埃が舞う。


「……ふんっ、どうよ!」



フリルは漸く、受けたダメージから回復して胸を張る。すると土埃の中で長身な人影が立ち上がり、土埃が晴るなりケンの姿が現れる。ケンは穏やかな表情のまま、身体の土埃を落とす。


「余裕かましてんじゃねえ!!」


フリルは弾丸のような速度で無防備なケンの懐に飛び込み両手を一気に引き付ける。



「掌破烈波げっ……!」



【パァン!!】ケンは、軽い平手打ちでフリルの伸ばそうとした両手を叩いて反らし、身体を無理やり反らされ無防備となったフリルの腕を掴むなり綺麗に円を描くようにして地面に叩きつけ、息つく暇も与えずに腹を踵で踏み潰す。


「が!…」


「右第二肋骨…」


グリィ…と腹を踏みつけた足を捻りこみ。



「…ぎっっっ!!!!!!!!!?」


幼い少女の声にもならない悲痛な悲鳴が喫茶店にこだます。


「わかっただろ?…これ以上は無意味だ…」


余裕を持ったケンはゆっくりと足を退け、途端にフリルは弾けるように腹を押さえて身悶える。



「まだ、分からないのかい?」



ケンは更にフリルの右足首を踏みつけ、体重を乗せる。


「い!!いあああああああっ!!!!」



骨が折れる音が体に響くなり、フリルは痛みで転げ回る。


「利き足の破壊…綺麗に折ったから二、三日で治るよ…これならアル兄さんも許してくれるかな?」



ケンは何処までも穏やかに言いながらゆっくりと移動し、左手首を踏み潰そうと足を振り上げる。


「調子にっ!!!乗ってんじゃねえっ!!!」


気合い一喝、体を起こして足を掴むなり、レイヴンの力と勢いに任せてケンを投げ、がら空きの腹に最大の一撃をたたき込み、そのまま殴り飛ばす。


「ほう…」


ケンは、まるでダメージに成らない様子で笑いながら、空中で体を回し着地、豪快に転ぶ。


「!?」


ケンの表情に初めて動揺が走る。見ると、右足首が力なくぶら下がっていた。



「あの瞬間に間接を外したのかい?…咄嗟過ぎて痛みもなかったよ、やるね」


ケンは僅かに賞賛しながら立ち上がると、外された足首を靴でも慣らすかのように戻してしまう。その間にもフリルは、痛みで両目からボロボロ涙を溢しながら、歯を食い縛って傍の机を松葉杖変わりに立ち上がり、わき腹を押さえつつ骨折した足首を引き摺る様に身構える。


「満身創痍だねフリル…君の実力ではそれが限界さ」



「うるさいっ!あたしは…まだ…敗けてないっ!!」


フリルは歯を食い縛り、痛む右足を無理やり地に着けて肩幅に足を開き、両肩の力を抜いて身構える。


「成る程…わかった、なら敗けを認めるまで痛い思いをしてもらおう…いまアル兄さんに動かれたくはないが…マジで泣かすよ?フリル」


ここで初めてケンは両手を開いて身構え、フリルとケンはお互いに身構え睨み合い、騒ぎで騒つく喫茶店の中で二人だけが不気味な静けさに支配される。


「っ…!!」


先に動いたのはフリル、左足を踏み込んだ衝撃を反射させて自らを弾き出し、弾丸のような速度でケンの懐に飛び込む。


「…ふむ」


今のフリルにはそれしかできない。そう予測していたケンは、タイミング良く広げた左右の手でフリルの側頭を打ち付けようとした、しかしその瞬間、フリルの姿が消える。


「!!?」


まるでスローモーションで見えるように、フリルの身体が沈み込み側頭を狙っていた両手がフリルの頭上で打ち合わされる。だが此処も予想範囲内、長い手足を持つケンからすれば、ここで膝を振り上げればフリルの顔面を強打でき、更に足首を骨折したフリルは回避行動に移れな…【ズドン!!】


「な!?」


ケンは改めて動揺に目を見開く、フリルは骨折した足首に衝撃を付加し、身体を弾きながら右足に全体重を掛けて回り込む様にしてケンの膝を避け、背後に回り込むなり、振り上げた左手の握り拳をケンの後頭部に放つ。



「いただき!!!」


ズドン―大砲のような凄まじい衝撃が空気を揺らす。


「あ…ああ…」


驚きに喘いだのはフリル、その拳は確かにケンの後頭部を捉えている。しかしケン自身にダメージは疎か、一撃で即死させるだけの力を込めていたはずだった。なぜ?その思考がフリルの頭にノイズを表示させてしまい、素早く振り向いたケンに左手首を掴み取られる隙を与えてしまい、一挙に捻り込まれてしまう―奇しくもその技は、フリルの得意技【手首捻り】である。


「いっ!!…うああっ!!」


完全に関節を決められて痛みによがり膝を折るフリルは、右手で捻り込むケンの手を必死に掴む。


「…見事だよ、まさかわたしにレイヴンを使わせるまで強くなるなんてね…」



レイヴン―その言葉はフリルは関節を決めている痛みを忘れ、フリルの思考を真っ白にしてしまう程の驚愕を作り出した。



「衝撃の使い手が一人だけだと思われては困るね…君の衝撃は放つを得意としているようだが、わたしの衝撃は違う…防御に特化した【衝撃の緩和】なのさ…」

「衝撃の…緩和?」


小さく復唱すると、ケンは頷き赤い瞳を殺意で笑わせ口元を引き裂いて残酷に笑う。


「つまり、わたしに衝撃の攻撃は通用しない…君にとってわたしは天敵中の天敵になるわけさ…なんたって君は、レイヴンさえ無ければ所詮、ただの小娘に過ぎない」



言葉を切り、息を吸い込んで手に力を込め掴んだ手首を一気にねじり込む、が、直後フリルの肩が不自然に浮き上がり、捻り込んだ手首は折れる事無くねじ込まれる。


「な!!」


一瞬の動揺で目を見開くケン、その隙を縫うように、フリルの右手がわき腹を叩いた。


「…ぐ!?」



ただの殴打ではなかった、何かがケンのわき腹に鋭い痛みを感じさせ、ケンは思わず手を離して距離を取る。目を落とすと自らのわき腹に突き立てられている白銀の串が視界に入る。


「……っ…」


的確に内臓に傷を付けられた動揺と痛みで揺らぐケン、だが直ぐ様、追撃を恐れて身構える。だがフリルは立ったまま動かない…。



「………」


フリルは、左肩を自ら強引に外した痛みで、既に気絶していたようだった。最後の悪あがきを成功させたからであろう、その口元には敗者の様子はなく、寧ろ人を小馬鹿にするような嫌味な笑みで固まっていた。


「…!!!」


一瞬にして視界が真っ赤に染まったケンは、怒りに任せてフリルの頬を叩いた…フリルの小さな体は、余りの威力に飛び上がり、地面に身体を叩きつけられても勢い衰えずに回転しながら床を転がり、うつ伏せに倒れて止まり、動かなくなった。


「クソガキが…」


ケンは自身のわき腹に突き立てられた串を引き抜き、握力でへし折って捨て、倒れたままのフリルに歩み寄る。


「兄さんには悪いけど………右足を取っちゃおうかな?…そうすればもう我が儘は言わないだろうし…」


何処までも優しい音色で呟きながら、懐から白銀に煌めく分厚い短剣を鞘から抜き放ってから、フリルの細い右足を掴むと、まな板の肉を切り落とすかのように天高く振り上げる…。


「【レイヴン・ミストルティン】!!」



そこへ飛び込んできた瞬間的な連続突き、完全なる不意討ちだった。


「…!!?」


素早く気付く事が出来たケン、何とか身を反らす事で急所への連撃突きを避けるも、避けきれなかった突きが身体の至るところを貫き、鮮血を飛び散らせる。


「が!…くっ」


右脇腹のダメージもあり、直ぐ様反応することが出来なかったケン、さらに追撃で放たれた連続突きを立て続けに浴びて、体勢を崩す。


「…お覚悟っ!!」



飛び込んで来たグリフォードは、倒れているフリルとケンの間に割り込む様に、俊速の剣をケンの首へと走らせる。


「く!!」


ケンは致命傷になるようなダメージを受けながらも短剣で首に向かっていたグリフォードの剣を上に弾き距離を取る。


「隊長!」


その隙にマリアがフリルの体を抱き上げ逃げて行く。


「…逃がさん!!」


ケンは即座にフリル目がけて短剣を投げつける、しかし投げた手前、グリフォードの瞬間的剣撃が短剣を地面に叩き落としてしまい身剣の前に立ちはだかる事でフリルを視界から外す。


「でりゃあああ!!」



そんな絶妙なタイミングで背後から獣のような咆哮を挙げながら飛び掛かってくる影。


「っ!!?」



ケンは体を素早く身体を回し、首に迫っていたラルフの蹴りを肘で受けて流しつつ紙一重に避け、そのままラルフとすれ違う様に身体を直進させ、背後から距離を詰めてくるグリフォードの追撃を避けようとする、しかし、その膝をふいに飛び込んできた矢が貫いた。


「ぐあっ!!」



ケンは鋭い痛みに足が止まり、迫っていたグリフォードの剣が、ケンの背中を袈裟にバッサリと切り裂き、夥しい鮮血が宙を舞い…ケンの身体が床に転がる。


「総大将自ら隊長の元に現れるとは…」


グリフォードは地面を這うケンに鋭い刃を突き付ける。


「鷹の眼…君までフリルに従っていたとはね…」


ケンは、明らかな致命傷を受けながらも至って穏やかなまま矢を向けたままの、弓を見つめる。



「人違いです…ボクは鷹の眼ではありません…」


弓はキツネ目を笑わせて穏やかに言いながら何時でも矢を放てるように絞り、合わせてグリフォードが魔王の首を跳ね挙げようと長剣を引き、振り上げる。


「後ろに飛びなさい!!」


突然響くフリルの声…同時に、ケンの背中からまばゆい光が放たれ、喫茶店の天井を蒸発させ大穴を開ける。


「…なっ…」


グリフォードはその余りの威力に目を見開く、もしフリルが意識を取り戻していなかったら、グリフォードの身体も天井と同じように蒸発していただろう。


「…もう意識を取り戻したのか、やれやれ早いな…」


ケンはゆっくりと立ち上がり、遠くでマリアに寄り添う様に立つフリルを睨み付け、背中から生えた蝙のような二対の黒翼をいっぱいに広げる。



「背中に…翼!?」



グリフォードが声を上げ、その場にいた全員の目が驚きに見開かれる。


「…今日は退くよフリル、わたしはちゃんと警告したからね?…一刻も早く都会に帰れ…」


「おあいにくね!、あたしはあんたを殺しに行くわっ…アグネシアをあんたに滅ぼさせたりしない!!」



フリルは負けじとケンの言葉を食って叫べば、ケンは薄く目を閉じる。


「なら、次に会うときは君を殺す時か…それなら…仕方がないね…」



ケンは残念そうに呟くと、地を蹴って空に舞い上がり、遥か上空で一度だけ哀しげな顔をフリルへ向けると、何をするでもなく、優雅に飛んでいった。



「逃すか!!」


弓は落としそうになっていた大弓を構え直してケンを追いかけ外へ飛び出そうとする…が、ラルフの腕がそれを制止する。


「深追いは禁物だ…」


ラルフの言葉を受けた弓は大弓を降ろして頷く。


「……そうですね」



そして直ぐ様フリルへ向き直り、近場にいたグリフォードは振り返り、フリルの元へ駆け寄る。


「無事ですか!?」



マリアは既に回復魔法による治療を行っている、フリルの怪我は…骨折が目立つものの傷としては深いものはなく、致命傷にはなってはいない…骨折して不思議な形に曲がっていた足首も、次第に元通りになる。


「…何とかね…油断したとはいえ…不甲斐ないわ…」


回復するにつれてフリルの顔は何時もの愛らしさを取り戻していっただがその表情は口惜しさに満ちている。


「おい、隊長!!ありゃあなんだ!?なんで魔王があんたを知っているんだ!?都会ってなんなんだよ!!?」



ラルフは怒鳴りながら弾けるようにフリルに詰め寄る。


「……」



フリルは黙り込み俯いて瞳を潤ませる。するとラルフはその襟首を掴んで、小さなフリルの身体をマリアからもぎ取る様に引き寄せ睨む。



「黙りってか!?てめえ…やっぱり俺達を騙して魔王とつるんでるのか!?」



ラルフは勢いで小太刀を引き抜いてフリルの首筋に当てる。


「何とか言えよ!!!」


「ラルフ!…落ち着きなさい!!」


グリフォードがラルフの手を掴んでフリルから引き離す。


「離せグリフォード!!俺はな!!」

ラルフは離れても直ぐ様フリルに掴み掛かろうとする、グリフォードはすかさず間に入り込みラルフを行かせようとはしない。



「冷静になりなさい!隊長が仲間だったなら、戦ったりしませんよ!」



グリフォードの言葉は正確だった…ラルフはそれを聞くなり吊り上がっていた眉をゆっくり降ろしてゆく。


「しかも、隊長が居なければ、唯一魔王軍に大打撃を与えている我々、聖騎士団は存在していませんでした…」


グリフォードはそう言ってマリアに抱かれている俯いたままのフリルへ向き直る。


「でも…信じらんねえよ…隊長がここまでボコボコにされるなんて…」



ラルフの言いたいことはグリフォードにもわかる、グリフォードはそんなラルフの肩を叩いた。


「隊長、私もそれだけはお聞かせ願いたい…彼は何なのですか?」


「……」


フリルは黙ったままマリアの身体を松葉杖変わりに立ち上がる。



「少しだけ…時間を頂戴…必ず話すから」



「……わかりました」


グリフォードはそう言って抜かれたままの剣を鞘へ収め、戦いで乱れた服を正すとラルフと弓に向き直る。



「…ラルフ、弓、少しだけ外にいきましょう…」


グリフォードはラルフと弓を連れて外へ向かい、なかにはマリアとフリルだけが残された。



「……ごめんね、マリア」


フリルはマリアの服を握りしめて胸に顔を押しあてる。


「隊長…大丈夫ですよ?わたしはどんな事になっても、隊長の味方です…それはグリフォードやラルフ…弓だって思いは同じ筈ですから…」



優しく包まれ、フリルの中で警戒が緩み、今になって戦いの敗北からくる喪失感が全身を満たす。


「…うぐっ…」


それは涙になり、マリアの身体にきつくしがみ付いて涙を流す。


「次、勝てば良いんです…だから今は、あなたが知っている事を、全部教えて下さい…1人で考えるより皆で考えましょう?…」



マリアに優しく抱かれたフリルは嗚咽を洩らしながら、小さく頷いた。



「ありがとう…」

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