第11話 アレクセイ防衛戦
翌朝―午前10時、天気は晴天…遥か彼方にアレクセイ王国が見わたせる草原の高台に、一人の男がいた。男は青いフルプレートの重装に身を硬め、貫禄たっぷりな白い顎髭を撫でつつ、顔前の彼方に聳える城壁を伺う。そんな男の背後に一人のひょろひょろとした黒甲冑の男がやって来て跪く。
「機甲隊!準備完了しやした!!」
まるで賊のような報告に、グレゴリウスは軽く短いため息を漏らすと共に振り返り、男に身体を向け―腰に帯びた剣を抜き放ち地面に突き刺す。
「アレクセイ側に動きは?」
男は速やかに機敏な反応を見せつけるように顔を上げ、下品な笑みを浮かべる。
「…敵は我々の接近に気付いてすらいません…はは、無防備に門を開けて馬車を受け入れていますよ」
それを聞いていたグレゴリウスは眉をピクリと動かした。
「……妙だな、警戒しつつ進攻を開始せよっ!」
グレゴリウスの指示を受けた兵士は立ち上がり、ばっと天に右手を振り上げ、背後に草原をうめつくす程の兵士達に指示を送る。
「前進開始!!!」
そして割がねのような声を叫べば、様々な場所で声が復唱されていき十にのぼり、横一列に並べられた戦車軍が前進を開始する。
『隊長―敵の戦車部隊が移動を開始しました―間もなく視界に現れます』
場所は変わり―アレクセイ城の謁見の間。フリルとアレクセイ王は、魔力により立体化された地図の敷かれたテーブルを囲い、向き合うように座っており、頭の中でマリアの声を聞くなり椅子を寄せて食い入るように地図に表示された敵を示す赤い点を目で追い掛ける。
「来たわね―…」
フリルはアレクセイ王に目配せし、二人は不気味に笑った。その頃、グレゴリウスは不穏な空気の広がり肌で感じていた。
「おかしい―静か過ぎる…」
不安を募らせ、側近に顔を向ける。
「へへっ、心配ご無用…所詮戦車の相手にはなりませんな!」
浮かれた様子で告げれば…グレゴリウスは不安で更に眉をひそめ、顎髭を撫でながら黙り込む。
「構うこたあねえ!一気にやっちまえ!!」
魔王軍の側近は、大声で戦車部隊に指示を飛ばせば、指揮に満ちあふれたような音をあげつつ止まっていた戦車部隊が前進を再開する。
「な!何をしておる!?」
グレゴリウスが怒鳴れば、魔王軍の兵士はにやついた笑いを浮かべる。
「何って…侵略ですよ?我々魔王の軍勢は…【降伏を認めない】」
「ば!!バカモノがッ!!今すぐ止めさせろ!!」
グレゴリウスは威勢よく怒鳴り散らすなり、戦車部隊に停止の合図を送ろうと身を乗り出そうとする。しかし魔王軍の兵は立ち上がるなりにやついた笑みを浮かべたままグレゴリウスの前で腰の剣を掴む。
「やはり貴方は敵の…」
「そうではない、わしは罠だと言っているのだっ!!!」
今まで笑みに刻まれていた魔王軍の兵士は、次の瞬間には驚愕に目を見開いていた。そして戦車の向かった方向に目を向ける…。勢い良く前進していた筈の戦車部隊が草原の途中でピタリと動きを止め一切進んではいない…。否―いくらキャタピラを動かしても前に進めないのだ。
【バジィィン!!】
直ぐに十台の戦車から断末魔のような音が響き渡る。
「それみた事か!!急ぎ状況を確認せよ!!」
グレゴリウスは命令を無視して部隊を送り出した側近を怒鳴りたてれば、その無能兵士は慌て、走ってやってきた伝令から手紙を受け取り開く。
「……そ…そんな馬鹿な!」
魔王軍の兵士は驚愕に目を見開き、グレゴリウスに顔を向ける。
「戦車部隊全車両!!地面に足を取られてキャタピラを破損した模様!!身動きが取れません!」
報告を受けたグレゴリウスは至って冷静に顎髭を撫でつつ陣形を眺める。
「やはり…敵は戦車がいる事を察知していたか…恐らく、対抗策も…」
それと同時期グレゴリウスの予感は的中する、フリルはチェス板を叩いて立ち上がるながら叫んだ。
「今よ!!マリア!!」
フリルの声に呼応するように、開けられていた巨大な門の上で一人の少女が立ち上がる。高いが故に風が少女の紫がかった白髪をなびかせつつも両手をいっぱいに広げる。
「【魔よ!我が命に従い…神の雷を呼び起こせ…】」
そしてマリアは透き通るような声を高らかに歌いだした…その声は空気を揺らして音となりて、アレクセイの民や魔王軍の兵士達にも届く。
「こ…この歌は!?」
突然の歌に同様する魔王兵、すかさず立ち上がったグレゴリウスは、側近の男に顔を向ける。
「戦車を放棄し、歩兵を下がらせよ!!早く!!」
「は!?…あ、しかし!」
【らー・あー・ーつ】
古代の言葉を用いた不思議な言葉を言うなり、マリアの両手に凄まじい稲妻が渦を巻き、竜巻のように天に舞い上がると、遥か遠くで立ち往生している戦車部隊に雨の様な雷を降らせた。
【!!!!!!】
なんとも表現できない凄まじい落雷の雨に見舞われた戦車は泥濘の中で藻掻くのを止め、動かなくなった。
「ご自慢の戦車部隊は壊滅したようじゃな?」
グレゴリウスは側近の肩を叩いた。
「…2ndフェーズに移行するわ、マリア!敵の状況を確認して」
一方のフリルは次なる動きに出ていた。フリルはかりかりと親指の爪を噛みながらマリアから送られる映像を眺める。
「作戦変更!…百騎隊は待機、赤部隊!盾班を横一列に並ばせつつ前進開始」
一方、魔王側はアレクセイの城門から現れた大盾の大軍に驚愕していた。
「な!…なんだあれは!?」
グレゴリウスの隣で双眼鏡を除いていた側近が唸る。
「よこせ」
グレゴリウスは双眼鏡を奪い向こうを見つめる。グレゴリウスの視界には門の前で一列に並んだ大盾が、ゆっくりとした足取りで戦車を目指し歩いてきている。
「盾?…成る程、戦車を奪うつもりか」
グレゴリウスは顎髭を撫でつつ側近に目を向ける。
「敵を戦車に近付けてはならんっ!生き残った歩兵たちで応戦させよ!」
「はっ!」
側近は敬礼してから背後に振り返り手を上げて振るう。すると背後に待機していた数万の歩兵達が見慣れない武器を手に立ち上がる。
【バァン!!】
最前線で凄まじい轟音が響き、行進していた大盾の一人が動きを止める。
「な!なんだ今のは」
凄まじい衝撃が大盾に加わり、大盾の兵士は顔を顰める。
「撃て撃て!!撃ちまくれ!!!」
その隙にも、戦車の影から現れた生き残り達が手にした筒状の武器を構え、引き金を引く。
【バァン!!】
凄まじい轟音が鉄の弾を飛ばし、盾に直撃する。鉄の弾には盾を貫く威力はない。しかし凄まじい振動が盾を襲うため。兵士は盾を落とさないようにしっかり両手で構え歯を食い縛りこらえる。
「やっぱり銃がいたわね―」
マリアから送られた映像を見ながら、フリルは親指の爪を噛むのを止めて身を乗り出す。
「皆!―それは小型の連発できる大砲よ!密集陣形!!射撃が途切れるまで動かず囮になれ!!弓班構え、敵の頭に矢の雨を降らせなさい!!」
フリルの指示を受けた大盾班は素直に密集陣形を取り、隙間なく密集し、銃弾を防ぎ続ける。そして背後にいた弓班が頭上に矢を向け放ち、大量の矢が空を駆け抜け戦車の兵士達を襲う。
「戦車を盾にせよっ!身を隠せ!!」
魔王軍の兵達は一斉に身を隠して矢の雨を防ぐ、逃げ遅れた数人が犠牲になったが、感傷に浸る暇は無く、矢が止むなり銃を撃ちまくる。
「百騎達出撃!!盾の後ろを通り迂回しつつ本陣へ!!ラルフも追従なさい!!」
「了解!!」
「け、待ちくたびれたぜ!!」
門の前には二騎の馬、その上には二人の聖騎士団が跨っていた。その内の一人、グリフォードは腰の長剣を天高く抜き放つ。
「我々の目的は本陣の強襲と敵の分散にある!!死を恐れず進もう!!前進開始!!!我に続けっ!!」
グリフォードは一喝とともに馬の腹を蹴り、走りだせば―その後を百騎の馬が続く。
「今―!何か見えた!!」
双眼鏡を覗いていたグレゴリウスが叫ぶ。
「なんじゃ?…盾部隊が邪魔で見えん!…一ヶ所に銃撃を集中させ穴を開けよ!!」
グレゴリウスの指示を受けた魔王軍は、矢の雨を凌いだ瞬間、一人が赤光弾を一つの盾に撃ち、矢に頭を射ぬかれて力尽きる。
しかし赤光弾は、赤い光りを撒き散らしながら一人の大盾に当たると、そこに銃弾が殺到する。
「ぐわあ!!」
大量の銃撃に耐え切れず、大盾の一人が転び、背後にいた弓兵数人が蜂の巣にされて薙ぎ倒される。
「!…」
しかし、既に違和感は影も形もない。
「黄色部隊出撃!大盾班は急いで赤の盾と合流!!弓班!!雨を降らせて時間を稼ぎなさい!!」
フリルの指示で新たに盾が現れ、瞬く間に最初の盾に合流する。そして盾が広がるなり、まるで巨大な装甲虫のように前進を開始する。背後からは矢が絶え間なく飛んで来て頭上に降り注ぎ続け、魔王軍に身動きを取らせない。
「く…不利じゃな―このままでは戦車を奪われ大損害を受ける。」
「閣下!!無反動砲部隊配置に着きました!!!」
「よし、反撃再開じゃ!!!前線を下がらせよ」
指示は一瞬だった、あれだけ戦車の側を離れなかった敵の部隊があっさりと後退したのだ。
「敵が後退していく?…戦車を奪わせない為にいたのに?…っ!!赤と黄は進軍停止!!マリアっ!!」
「了解です!!」
【ドン!!】
指示を飛ばそうとした直後、山のように高くなっている高所から五つの筋が煙を引く。それは戦車の隙間を抜いて、盾の足元へと突き刺さる。
【ズドォォン!】
激しい爆発、盾を構えていた十人近くが直撃を受け、銃弾すらびくともしなかった盾が爆風と衝撃により壊れ、そのまま生身を焼き尽くされ蒸発する。
「無反動砲!?…くっ…赤!!黄色部隊は急いで後退なさい!!」
「りっ、了解です」
それを見ていたグレゴリウスは、双眼鏡を外す。
「やはり…敵の指揮官は此方の兵装に詳しいようだ…」
そう側近に顔を向ければ、側近は首を傾げる。
「閣下!今こそ好機です!、一気に畳み掛けましょう!!」
グレゴリウスは首を横に振る。
「無反動砲部隊の奇襲はもう通用せん…戦力温存のため…」
【ズドォォン!!】
いいかけたグレゴリウスの耳に凄まじい爆音が響き、目を向けた先には黒煙が待っていた。
「む!無反動砲部隊がッ…!?―」
側近はあんぐりと口を開けてそう言った。恐らくあそこに無反動砲部隊がいたのだろう。
「まさか…前の大盾部隊は囮ッ―」
グレゴリウスは気付くなり伝令兵がすっとんでくる。
「閣下!!奇襲っ!!本陣が敵の騎馬隊により奇襲を受けていますっ!!」
グレゴリウスは今度こそ大きく目を見開いた……。
『でかしたわラルフ!!やるじゃない!!』
無反動砲部隊を奇襲したラルフの頭に、フリルの声が響き、ラルフは口元を笑わせる。
「なぁに!俺からしたらこんなもんチョロイチョロイ!!」
レイヴンを纏い、武器を無反動砲から銃に持ちかえた兵士達は、横並びになりラルフに銃弾を放つ。
「はっ…おせえよっ!!」
ラルフの目には銃弾の動きが見えていた、それから…目にも止まらない早さとフットワークを生かして弾と弾の間を擦り抜けて接近し、一人の体に密接するなりその胸に掌打を与え、余りの威力に浮き上がった一人は背後にいた数人を巻き込んで倒れ、ラルフの能力により爆発…纏めて一掃する。
「お!このむなんとかって大砲はなかなか俺好みの武器じゃねえかっ!!」
ラルフは足元に転がっていた大砲を背負い、大砲の弾らしきケースを両手で4つずつ軽々と拾い上げ、そのままグリフォードの向かった本陣へ走って行った。
「犬一匹逃すな!!全員斬り伏せるのです!!」
本陣へ斬り込んだグリフォードは、テントに火を放ち、逃げ惑う魔王兵士達を片っ端から斬り倒し、槍を奪い、馬上で右手に長剣、左手に長槍を持って鬼神のように振り回し、口で噛んだ手綱を引いて馬を巧みに操り次々に魔王兵を斬り倒す。
「ぐ!グレゴリウス閣下!!このままでは!!」
グレゴリウスに寄り添い怒鳴る側近、そこでフリルは立ち上がる。
「青部隊!前進…全色が集結し次第近接戦闘へ移ります!!全軍突撃ッ」
フリルの号令のもと、アレクセイの全部隊が一斉に突撃した、盾班が前方からの銃撃を守り、背後から矢が雨の様に降り注いで敵の兵士達を撃ち抜く。魔王軍も負けじと反撃し、盾の隙間を縫った弾丸が弓兵の頭を撃ち抜き、数を減らしてくる。
間近まで迫ると、魔王軍は今まで使っていた銃を投げ捨て、剣を抜いて近接戦闘に移る。
「槍班!!構えーー!!」
青い兜を身に付けた指揮官が叫び、青く塗られた槍を握るもの達が赤と黄色の大盾のすぐ後ろへ並ぶ。
「きえあああ!!!」
雄叫びを挙げながら切り込んで来る魔王軍の兵士達。
「突けー!!!」
盾ごと兵士が横にスライドし、出来た隙間から槍が飛び出して斬り込んだ魔王兵を貫き、引き抜かれ隙間が無くなる。
「なんと…見事な防護陣形じゃ!!あのような防護陣があったとは…じゃが甘いな」
グレゴリウスは思わず賞賛しながらも、まだ勝負は捨てていない。
「敵の兵力は出尽くした…今こそ好機!全軍突撃!!前方の敵を斬りぬけ!一気に敵の城へ向かう!!」
「もぬけの殻!!?」
フリルは驚きに声を張り上げた。
『はい!…50程度の兵士が残っていただけで、食糧等の補給品を置いて、全ての資材が持ち出されています!』
「やられたわ…」
フリルは椅子に腰を深く落として溜め息を吐き出す。
「どうしたのじゃ?フリル殿」
「罠です、始めから本陣は捨てる気で兵力の全てを集結させていたのです…」
フリルは唇を噛む。
「つ…つまりは?」
アレクセイ王の顔から血の気が引いて行く。
「此方の全戦力は五千、でも敵はまだ二万以上の兵力を温存していたんです…」
フリルの言葉とタイミングを合わせたように、青い自軍等蟻に見える赤い大軍が地図に表示される。
「なん…と…では我々に勝ち目は…」
フリルは…アレクセイ王の言葉を待たずして頷き、俯いた。
「そう…か…」
「なあんちゃって!」
いきなりフリルはニッコリ笑うなり、立ち上がる。
「は?」
「【ゲノム国王軍親衛隊】出動!!敵を一掃なさい!!」
凄まじいラッパの音が響き渡り、閉ざされた門が開かれると…白い白馬に跨り、巨大な重槍、白銀色に煌めく装備に身を固めた五十二の騎馬隊が出動し、横一列に並んで赤い大軍に向かって斬り込んだ。
「なんだ!?あれは!!」
グレゴリウスが度肝をぬかれて青ざめる。
「自暴自棄の特攻では?」
勝ちを確信した様子の側近が冷静に言う。だが…
「違う!!そんな訳がない!!あれは【魔力銀】の色だ!!!強力な防護術式が練り込まれていなければ!!あのような色は決して出せない!!」
グレゴリウスの言葉を証明するように、親衛隊は魔王軍の兵士達を片っ端から蹂躙していた、無数の槍が何度も親衛隊や馬達に襲い掛かる。しかし親衛隊にも馬にすらも、周りに創られた目に見えない壁に阻まれ、槍を防ぎ、剣を弾き、矢を寄せ付けず、銃弾を跳ね返し、爆風をそよ風に変える。
「い…いつの間に…あのような装備を?」
アレクセイ王は無敵の騎馬隊の活躍を見下ろしながら、フリルに問うと…フリルは悪戯に笑う。
「昨日、マリアに作らせたんです…流石にあれだけの数の鎧に強力な防護術を鎧に練り込ませるんです…大分魔力を消耗させてしまっているでしょう…マリア!まだ行ける!?」
しかし、頭の中にマリアの声は帰って来なかった。
「さっきの特大魔法が最後だったみたいね…誰か、マリアを宿屋に運んであげて」
気絶して尚、念話が使えるのは…恐らくマリアが気絶する寸前になにかしらの仕掛けを作ったのだろう。程々優秀な部下の行いにフリルは口元を笑わせる。
「親衛隊!!マリアの作ってくれた無敵鎧を着てるんだから!!敗けたり死んだりしたら承知しないわよ!!」
最大限の鼓舞にフリルの頭に親衛隊全員の声が帰ってくる。
【最高の勝利を隊長に!】
親衛隊の猛攻は、後ろに下がっていたアレクセイの騎士達すら鼓舞して足を前に進ませる。僅か五千足らずの部隊が、二万の敵を圧倒していく。
「ぐ…グレゴリウス閣下!!」
【ドドーーン!!!】
凄まじい爆発が撒きあがり、端の魔王兵を纏めて焼き払う。
「ははは!!!最強で最高だなこいつあ!!!」
勿論ラルフである、ラルフは両手で背負っていたバズーカを投げ捨て、敵陣に走ってゆく。
「驚かせないでくださいよ先輩!!」
そんなラルフを中心に親衛隊が集結、敵の群れを分散させる。
「抜かせえ!!後輩!!!」
ラルフは外見からは想像できない身軽な動きで敵の中を擦り抜けてすれ違い様に敵を爆破し、消滅させてゆく。
「後方より騎馬隊!!!百騎ーーッ!!!」
声に振り向けば、遠目でも分かるグレゴリウスの愛弟子が、騎馬隊の先頭を走り抜けて横切り、一息に二万の大軍に斬り込み、混乱で逃げ惑う魔王の大軍に呑まれ見えなくなる。
「…ふむ、全軍に退却命令をだせ、まあ、見逃してはもらえんだろうがな…」
グレゴリウスは、冷酷に斬り倒されていく味方に背を向けて踵を返す。
「閣下!どちらへ!?まさか…」
側近はグレゴリウスの背後に突き従いながらも柄に手をやる。
「これだけ敵の大軍を引き付けたのだ…もう城に人手はいまい…腕っぷしが強い者を数人集めよ…数人だけでなら入り込める隠し通路がある…我はこれより城へ向かい、国王の首を挙げる…それでこの戦は勝利だ…」
「は…はっ!」
側近だったものは、綺麗な敬礼を見せつけては周囲の者に声を掛けた。
「敵は混乱し、二万の兵力は秒単位で削れてゆく…」
フリルは冷酷に、少なくなっていく赤い印を見ながら呟いた。
「此方の損害は?…」
アレクセイ王は、まだ落ち着かない様子で青い点を覗く。
「アレクセイ王軍で死者五十四名、負傷者百五十…親衛隊は死者は居ませんが負傷者が五名、聖騎士団に損害は有りません」
圧倒的だった、たった五十四の犠牲者で…敵の主力であった戦車を行動不能にし、銃と呼ばれる都会の武器に武装した魔王軍二万をも平らげた…。
「五十四も取られました…」
しかし、フリル本人は納得してはいなかった。
「アレクセイ王、人の心配よりご自分を心配したら如何です?」
フリルは呆れた様子で言いながら、アレクセイ王を見上げれば、アレクセイ王は小さく頷いた。
「……うむ、不思議じゃな…やつ来ると分かると何故か嬉しいのじゃよ…敵となったのに…」
アレクセイ王はそう呑気にいいながら、カップに酒を注ぐ。
「この酒、死ぬ前に飲みたい酒として取っておいたのじゃ…お主もどうじゃ?」
「未成年です…」
フリルはアレクセイ王が注ごうとした自分のカップを手元に寄せて水筒の水を注ぐ。
「それに、死ぬとは決まっていませんよ?」
「お主がいると心強いのう」
アレクセイ王はそう笑いかけると…
【カッ…】
謁見の間の入り口の扉側から足音が響いた。
「来た…か」
アレクセイ城には現在、人は居ない。普段なら料理人や侍女が動き回っているのだが、今はそれはない。全員に自宅待機を命じたからだ。もぬけの殻になってからフリルが城中を周り、人気が無いのを確認している。つまり、いま外から音がするのはあり得ない事なのだ。
「随分集めたわねぇ…十五人…かぁ…予想より二人多いわ…」
フリルはテーブルに両足を乗せて入り口の扉に顔を向ける。
【バァン!!】
謁見の間の硬い扉が開け放たれ、グレゴリウスと、銃を手にした魔王軍が十四人…グレゴリウスの左右に並ぶ。
「チェックメイトですな…国王様」
グレゴリウスは顎髭を撫でながら言えば、フリルが派手にテーブルを蹴飛ばして立ち上がる。
「お主が作戦指揮官か…」
グレゴリウスは今一度フリルを爪先から頭の先まで見上げる。
「ふむ…言葉はいらん…か」
グレゴリウスは手を晒し、そして振る。
【ダダダダダダン!】
凄まじい銃声が響き渡り、城の壁を音が叩き反響する。
【ドサァ】
床に倒れる音が…十四回続いた。
「な…あっ…?」
グレゴリウスが左右を見渡す。勿論倒れたのはフリルではない。
「ん〜…さすが都会の弾は素晴らしい威力ね〜」
フリルは呑気にも左右の手にいつ抜かれたのか剣を握っていた。剣とは言っても中程より折れて柄の部分が残っている。
「打ち返した…と言うのか…」
「正解!」
グレゴリウスは大いに目を見開き、口が開いたままになる。そして愛弟子のグリフォードすら上回る剣さばきに恐怖すら覚えた。
「さあて…後はあんただけ…」
フリルは両手の柄を放り捨て、無防備にも歩いてくる。まるで恐れを知らないかのように一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
「く!」
グレゴリウスは背中のバイザーに手を入れ引き抜き、現れた小さな拳銃をアレクセイ王に向けた。
【バァン!!】
響く銃声…しかし。
「な…あっ」
驚いたのはアレクセイ王、顔前に小さな少女の握りこぶしがあり、その手が開かれると中から茶色の銃弾が零れ落ちる。
「残念、あたし相手に鉄砲が通じると…」
フリルは即座にスカートのポケットに手を突っ込み、軽いスナップでポケットの中の白銀に煌めく何かをグレゴリウスの左側の空間目がけて投げた。
「どはっ!!」
足音を忍ばせて扉に隠れていた奇襲兵の頭がザクロのように弾け、階段から転がり落ちてゆく。
「ん〜…」
フリルは手の中で銀のフォークを廻し、再び投げる…今度は直ぐ右の窓側…。
「ぐわあ!!」
フォークが何もない空間に突き刺さり、派手に倒れる音が響くと、次にはその空間に人が浮かび上がる。
「光学迷彩ですね、あたしには効かないけど…」
フリルは再びグレゴリウスに顔を向ける。
「泣く子も黙るグレゴリウス将軍があたし程度に銃を振りかざすなんて…幻滅にも程が有るわね…」
フリルは挑発するように、見下ろして笑いかける、流石のグレゴリウスも銃を捨て腰に下げた肉厚の大剣を抜き放ち、上段に構えて左足を前に真っ直ぐフリルと相対する。
「…硬いなあ…もっと肩の力を抜かないと、おじいちゃ…!」
瞬く間に間合いを詰めたグレゴリウスは、大剣をフリルの頭にたたき落とす。
「せっかちね…」
フリルは右足を一歩後ろに下げて身体を半身に反らすことですれすれに大剣を避けつつ、クルリと回りながら密着し、左手をグレゴリウスの手に置いて引きながらグレゴリウスの右足を蹴った。
「…!!?」
グレゴリウスの絶対無敵のレイヴン【空気装甲】がグレゴリウスへの打撃を防ぐ、だがしかし蹴られたグレゴリウスの身体が浮き上がり、一回転し背中から地面に落ちる。
「どはっ!!」
凄まじい反動がグレゴリウスの体内を叩き、肺の息が吐き出される。
「あは、閣下…能力に頼り過ぎじゃないですかあ?」
フリルは軽いフットワークを刻みながら直ぐ様離れて距離を取り、得意な間合いを保つ。
「…こむすっ…」
起き上がるグレゴリウス、その顎をフリルの鋭い横蹴りが叩き、再びグレゴリウスの身体が地面に倒れる。
「あら、ご自慢の空気装甲は発動しないのかしら?いや…出来ないのね?」
フリルは一切身構えず、グレゴリウスに歩み寄り、立ち上がろうとするグレゴリウスの左手の小指を踏み潰す。
「ぎゃああアっ!」
例え小さな女の子の足でも、体重の入れ方と踵を上手く使えば、大人の小指程度ならへし折る事が出来る。
「き!!いいいい!!」
グレゴリウスは飛び下がり、血に塗れる口を食い縛らせ折れた小指を元の位置に戻す。
「殺す!殺してやる!!小娘!!!」
グレゴリウスは最早剣すら握らずにフリルに飛び掛かる。
「ほい」
フリルは身軽にグレゴリウスの攻撃を避け懐に潜り鎧のつなぎ目に拳をぶつける。
「ごは!!」
わき腹を殴打されたグレゴリウスは息が出来ない苦しみをこらえフリルの胸ぐらを掴む。しかし途端にフリルの両手がグレゴリウスの手を掴み、そのまま左向きに捻り込まれてグレゴリウスの身体が勝手に地面にしずみ、フリルは更にねじり込む。
【ボギン!!】
「!!!!!!!」
グレゴリウスの断末魔が響き、へし折られた腕が肩からぶら下がる。
「そろそろ殺そっかな、弱いものイジメは良くないもんね…」
フリルはグレゴリウスをみたままポケットを漁り、中から銀のテーブルナイフを取り出す。
「も!!もうよいフリル!!」
アレクセイ王が声を張り上げ、グレゴリウスとフリルは同時にアレクセイ王に目を向ける。
「…とどめはご自分でしますか?裏切り者は処刑が一番ですからね」
フリルはとたとた足音を立てながら床に転がる大剣を拾い上げ、アレクセイ王の傍に行くと大剣を差し出す。
「………」
アレクセイ王は大剣を受け取り、グレゴリウスに歩きだす。
「アレクセイ王…」
グレゴリウスはアレクセイ王を見上げた。しかしアレクセイ王は大剣を振り上げる事無く放り捨てた。
「グレゴリウス!もう一度わしの為に戦ってくれ!!」
アレクセイ王は王冠すら投げ捨て、グレゴリウスに跪く。
「ふ…ざけるな!!ふざけるなっ!!」
グレゴリウスは動く右手で、王の腰に下げた剣を抜き放ち剣先を王の首に突き付ける。
「……」
アレクセイ王は剣先等見ず、グレゴリウスの顔を見つめていた。
「グレゴリウスよ、わしはお主以外に友がいないのじゃ…1人で先に逝くのは許さん…逝なら先にわしを殺してから逝がいい」
アレクセイ王は死を覚悟したように身構え、それを見たグレゴリウスはフリルに目を向ける。
「…大丈夫、アレクセイ王を斬った瞬間にあんたも殺すから…」
フリルは至って冷静に、無垢な笑みを向けた。
「………」
グレゴリウスは剣を手から取りこぼし、ゆっくり膝を折る。
「我々の…敗けだ…」
こうしてアレクセイの防衛戦は、終結した…この戦闘で二万の兵力を失った魔王軍は、アレクセイ領にある一部の制圧区域を失ってしまいもうアレクセイへ攻めにくる余力のある魔王軍はアレクセイ領にはいなくなった。
グレゴリウス将軍は名前を変えて再びアレクセイ王の友人として、側近にもどった事に国民の暴動も予測されたが、暴動は起らず今やアレクセイは元の営みを取り戻したのだった。
役目を終えたフリルは聖騎士団と親衛隊を連れ、孫とお見合いさせようとするアレクセイ王の仕向けた結婚させ隊の追撃を振り切り、海路よりアグネシアへ脱出してしまった。
「ふむ…」
アレクセイ王は報告書を丸めて屑籠に投げ入れる。
「グレゴリウス!わしゃあフリル殿がアレクセイを担う王に相応しいと思うのじゃが…どうじゃ?おぬしもそうおもうじゃろ?」
アレクセイ王の問いに、ソファーに腰掛け報告書を纏めていたグレゴリウスは口元を笑わせる。
「ふむ…確かにマール王子には相応しいかもしれませんね…しかし、ネビル・アグネシアに戻ってしまっては…」
「なあに簡単じゃ!さくっと執務を終わらせたら船旅の支度じゃ!外交に出るぞ!!」
アレクセイ王は立ち上がり、さっさとどこかへ行ってしまった。そんな背中をグレゴリウスはため息混じりに見つめて立ち上がる。
「やれやれ…」
そういいながらも万更でも無さそうに、後を追い掛けたのだった。
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