第10話 人界の英雄 

「うっ……」


フリルが意識を覚醒させた時、窓から射し込む太陽の光が純白の天井に反射する眩しさに目が眩み、身体を起こす。



「あれ…あたし」



フリルは短く思考を凝らして記憶を辿る、味方に扮した敵に囲まれながらも何とか切り抜け、森の中から出た時、一万の大部隊が待ち伏せしていた事を思い出し、自分がマリアに一時的に身体の痛みを感じなくなる魔法を使わせ、敵の大軍に突撃、レイヴンを纏わせた大声を挙げて敵陣に大穴を開けた所までは覚えている。フリルはそこで思考を切り、現状を確認すべくベッドから身を乗り出そうとした、しかし…。


【ガチャ】


両手足が金属の輪に嵌められ輪から伸びた鎖がベッドの鉄格子に取り付けられている事に気付く。



「て…錠?」



それが手錠だと悟るや否や、フリルの胸を敵に捕まってしまったのか?という焦りと不安が産まれ、心拍数が一気にあがる。


フリルは即座にレイヴンを解き放ち、手錠の鎖を契ると、右腕の中央に突き刺さり、ベッド脇に伸びている管を見た。



「……!」



それはフリルには見馴れた、点滴と呼ばれる医療器具である…フリルは思わず管を目で追いかけ薬品のボトルに目を向ける。



「【液体ナノマシン】…」


それは、フリルの故郷で使われる技術の原点になる医療薬品であり、フリルはそれを確認するなり捕まってしまったのだと頭で判断した…。これだけの医療技術があるのはアグネシアには魔王軍しかないと思ったからだ。フリルは今一度、鉄格子の取り付けられた窓から外を見る。何日眠ったのかは知らないが、フリルは気絶した後よりも身体が遥かに軽くなっている事に口元を笑わせていた…。そして心の中で囁く。全快したあとに拷問にかけるつもりだったのだろうが、ここまで回復させて貰えれば、脱出するには充分だ…と。



【ダダダダ】



途端、耳に外から誰かがフリルのいる部屋に駆け寄る足音が聞こえ、フリルは全身にレイヴンを纏わせ入り口を警戒する。



【ガラガラ!!】


激しく引き戸が開かれた瞬間、フリルはその入って来た人物の姿に驚愕した。



「隊長!!目が覚めたんですねーっ!!」


紫掛かった白髪の腰まで伸ばした髪に薄紫色のフードつきローブ…マリアだった。



「ま…マリア?」



敵だと思っていたフリルは言葉を失い身構えたまま硬直していた。



「どうしたんですか?身構えて…」



マリアは首を傾げ、視線をフリルの手足に取付けられた手錠の残骸に向けられた。



「あ!!あああああ!!!!!」



瞬く間にフリルに詰め寄り、フリルはその勢いに押されて手を胸の前に上げた。



「ど!!どど!どうしたのよっ!!」


突然の事に理解が出来ないフリル…しかしそんな事を気にもしないマリアは手を掴み、壊れた手錠をまじまじと見るなり涙目になり、直ぐ様鬼の形相でフリルを睨みつけた。


「これえ!!高位のリジェネレイトが籠められたマジックアイテムなんですよ!!!?すっごく高いんですよお!!!??」



その迫力といったら、鬼神に勝る勢いである。


「ご…ごめん…でもこれ…手錠ってい…」



「ああん!!?誤る気あんのかテメエ!!」



突然、ラルフのような口調になり胸ぐらを掴みあげてくるマリア…その殺気に満ちた表情に睨まれたフリルは、蛇に睨まれたカエルのように萎縮してしまう。



「ごっ…ごめんなさい!」


次にはそんな情けない言葉が出てしまっていた。



「はあ…まぁ、良いです…」


マリアは脅えるフリルを解放し、手錠に似た魔法触媒の残骸をフリルの手首から外してベッドへ座らせる。



「で、ここ何処?」



フリルは改めて室内を見回してから聞けば、マリアはキョトンとした表情を浮かべる。。



「え?…何も覚えてないんですか…?」



…ここからはマリアの話、フリルの活躍で敵陣を切り抜けたアレクセイ王と一行は、そのまま誰一人とて欠けることなくアレクセイの城門をくぐり抜けたのだという…。そこまでフリルは受け答えも確りし、ラルフやグリフォード…元魔王軍の面々に適切な指示をしていたのだという。しかし…城に辿り着く手前で馬から落馬するも、死霊馬が気を聞かせて柔らかい草の上にフリルを落としたが為に、無傷だった。そのままアレクセイ屈指の医療技術を誇るこの医療学校に運び込まれ、今日、目が覚めるまでの5日という長い時間を眠り続けたのだという。



「ふうん?…俄かに信じられないわね…あたしはグリフォードとラルフにどんな指示を飛ばしたの?」



聞けば、マリアはベッド脇に添えられた不思議な形の果物が入れられたバスケットから、瑞々しい光沢を放つ新鮮なオタピの実を一つ取り、備えられていたナイフで皮を剥きながら目だけを向けた。



「えーとぉ、ラルフさんには元魔王軍メンバーの班分けと名簿の作成、ゲノム王軍としての規則の徹底。グリフォードさんにはアレクセイ王から許可を頂き、偵察任務に着くこと、1日一回王国の周辺を巡回する指示…って感じです」



城ならともかく、王国の周りを巡回?、フリルはグリフォードに出した自らの指示に戸惑い、顔色を曇らせた。



「なんでそんな指示を出したんだろ…」



思い出そうとしても胸にチクチクと何かが刺さる不快感が広がるだけで、自分の頭の中には脳があるのだろうか?と思いたくなるような空虚な無力感がフリルを襲い唇の端を噛ませる。



「まあ、グリフォードさんは了解して今も巡回に出てますから…いいのでは?」


とマリアはさっさと会話を切ると、小さく切り分けたオタピの切り身をいつの間にか膝上に乗せていた皿に綺麗に並べ、フリルのベッド脇のデスクに置いた。



「ふうん?」


フリルは小さくありがとうを言ってからマリアから渡された爪楊子を受け取り、オタピの身を突いて口にいれる。口の中一杯に広がる心地よい酸味と芳醇な香りに目を細め、つい声を出して唸りそうになってしまう心をキュッと締め付けた。


「で、他にはなにかある?」



「え?、ああ…アレクセイ王様が、目を覚ましたら是非城に来てほしいって言ってましたよ?」



「へ?アレクセイ王様が?…」


フリルは嫌な予感が背筋を通り抜けていく感じに身を震わせ嫌なそうな顔をしてしまう、マリアはそんなフリルを見るなり肩を揺らして笑う。


「ま〜、王様には、傷が完治するまでの滞在とその間の出費を全て国で持つって言われちゃいましたからね〜。お礼に行くぐらいはしませんと…」


フリルの嫌そうな顔から行かずにいようとした思考を看破したマリアに、ごもっともな解答を浴びせられ、フリルは渋々と頷いた、そしてもう一度オタピの実を口に頬張る。



「…面倒ね…」


必死に小さな頭を使っても答えは出せず遂には降参と言いたげにフリルは口に出した。マリアは浮かれた口調を漏らした。


「…なにいってんですか、隊長の活躍を褒めて貰えてるんですよ〜?至れり尽くせりなんですよ〜?ですからっ!!」




図々しくも顔を寄せるマリア、フリルは一気にじとっとした眼差しをマリアに向ける。



「至れり尽くせりにかまかけて…毎日豪勢に食っちゃ寝、食っちゃ寝してたんじゃないでしょうねぇ〜…何もしてないでしょうね?ラルフとか心配だわ…」


しかし、それにはマリアははっきりと首を横に振る。


「まさか、元魔王軍指揮官の皆さんなんて、アレクセイ軍に少しでも多くの魔王軍の情報を与えるべく今もお城に通っていますし、ラルフさんなんか他の皆さんを指揮して町の治安維持に努めていますよ?。グリフォードさんなんてアレクセイから恩情を受けるくらい偵察任務を全うしています?わたしだって、今の今まで隊長の看病をしてたんですから…呑気に寝ていたのは隊長だけです」



それを聞いたフリルは少し満足気に頷いた。



「ま、あたしの部下ならそれぐらいは出来て当り前ね」



対して褒めるつもりもなく言うフリルに、マリアは穏やかな表情を浮かべる。


「ですね〜」


その相槌を合図に、マリアは立ち上がり、フリルににじり寄る。


「な…なに?」


フリルはその異質な雰囲気に身を退く。しかしマリアは手を伸ばしてフリルを捕まえる。


「何って…お風呂ですよ、いつもこの時間に入れてたんです!」


その異質な雰囲気にフリルは背筋を駆け上がる寒気を感じた。


「ちょっ!!ま…待ちなさい!!なら1人で…」


余りの恐怖に逃げ出そうとするフリル、しかしその身体を抱き上げられてしまい、こうなるともう何もできない。



「だめです!これから王様に会うんですからっ!!全身コリッコリッ洗いますからね!!」


「い!!いやあああ!!!」


風呂を嫌がる猫のようにじたばたと暴れるが後の祭り、フリルはそのまま部屋に備えられていた小型のバスルームに連れていかれた…。



「…はあ…」



暫くしてバスルームでこってり磨かれたフリルは、マリアによって無理矢理押し付けられた儀礼服の上着を身に付けていたが、途中で面倒になりベッドに倒れる。



「なにしてんですか隊長!、これからアレクセイ王の城に行くんですからさっさと服を着て!髪型を整えて下さい!」



マリアはフリルの母親なのでは?と言うほどに、風呂場の掃除を終わらせてやってくるなり喝を入れてフリルを叩き起こし、儀礼服を着付け、髪を弄りだす。



「隊長、せっかく綺麗な髪をしているのに…もう少し気にしてあげたらどうです?」


そんな事、フリル自身にはどうでも良いことだ。


「こら、頭を動かさない!」


「うう」


そっぽを向く事も出来ず、フリルはやり辛い感覚になり唇を尖らせた。



少し前まではウィプルしか知らなかった筈だったマリア、しかし今ではすっかり外の世界に溶け込んでいる…。

そのままフリルは手早くマリアに着付けられると、マリアはいつの間にか買っていたらしい皮のハンドバッグを肩に下げる。



「マリア、お腹空いた」



フリルは朝から果物しか口に入れてはいない、それが遅延に使えるっと判断したフリルは、肉付きの悪いお腹を見せ付けるように擦る。


「アレクセイ王と挨拶が先です、御飯は後です」



マリアは流石の洞察力でフリルの意図を理解し首を横に振る。しかしフリルも敗けてばかりはいられない。


「食べたいっ!!食べたいっ!!先に御飯じゃなきゃやだ!!!それならこっから一歩も動かないっ!!」


不本意ながらもフリルは外見と年齢を利用して駄々を捏ねてみる。別にそこまで空腹に見舞われている訳ではないのだが…。遅延の理由はどうでも良かったのだ…面倒な事になる…行ってはならないという気がしてならなかったからだ。



「黙らっしゃい!!」


ぺしんとフリルの尻をひっぱたきあっさりと駄々をこねるフリルを鎮圧したマリアは、手早く髪をセットしてフリルの手を引いて立たせる。



「うぅ…行きたくない…」


悔しさも半分で、フリルは珍しく涙目で泣き言を漏らせば、マリアは絶妙な飴と鞭の使い分けでにこりと微笑み掛けた。



「さっさと歩け」



表情で飴、口調は鞭…まさに外道。フリルは心の中でマリア最強説を小さく唱え、観念して素直に足を動かした。



「おお!待っておったぞ!!マリア殿!フリル殿」



そんなこんなで病院から出たフリルは、護衛も付けずに外で待っていたアレクセイ王に声をかけられ驚愕の表情を浮かべた。



「あ…アレクセイ王さまぁっ!!?」


フリルは唖然と口を開いたまま呆然としていると、アレクセイ王はしてやったりという不敵な笑みを浮かべる。



「なんじゃ?意外かの?」


意外どころではない…異常だ、フリルは心の中で毒づき、小さく溜め息を漏らした。



「フリル殿が目を覚まし、空腹だと聞いてのう。ならば!是非ともフリル殿にアレクセイの伝統料理を馳走した思い…マリア殿に頼んで城から飛び出して来てしもうたのじゃよ!、ほほっ」



先程のマリアが妙に小煩かった理由を思い出したフリルは隣のマリアを見る、マリアは隣でしてやったりな顔をしていた、つまりフリルがどんなに駄々をこねても無駄だったのだ。フリルは悔し紛れに煉瓦作りの地面を蹴飛ばしてからアレクセイ王に苦笑を返した。



「…程々に…お願いしますね」



そう言われたアレクセイ王は少年のように無邪気に笑う。



「勿論、今回だけじゃよ。どれ!お嬢さん方、どうかこの老いぼれと昼食をご一緒頂けないじゃろうか?」


紺のチュニックに緑のズボン、茶色い馬皮の長靴…いかにも農民のような身ぐるみに身を包んだアレクセイ王は、手慣れた感じに…しかし熟練された紳士的な礼でフリルに手を差し出した。


「…」



フリルは一瞬断ろうとも考えた…この誘いを受け、万が一にでもアレクセイ王の命が失われる事になれば一大事だ…それだけはあってはならない。しかし誘いを断った後に命が失われる様な事になっては、騎士の名に恥じるというもの…だが、それ以前に…何とも大胆かつ単純にして美しい熟練された王式の礼に魅せられていた。


「王様、今までダンスの誘いを断られた事、無いのでは有りませんか?」


「お?、良く分かるのう…、じゃが皆、わしが王だから断らぬだけの話じゃ自慢にはなるまい?」


悔し紛れの皮肉を、アレクセイは豪快に笑い飛ばしてしまい、今度こそ諦めたフリルは、アレクセイ王の手に小さな手を添えた。



「喜んで、ご一緒いたします国王様」



そんなフリルの返答を、マリアは満足そうに聞いていた。



こうして、アレクセイ王を加えた一行は、一路、アレクセイ王の行き付けという病院から15分程ぶらぶらと歩いた所に立てられたみすぼらしい飲食店に入り、いつも使っているのだという個室に案内された…。個室といっても王が使うだけあって中は広く、三人で使うにはスペースが余り余っているとしか言い様がない。



「何でも好きな物を頼んでおくれ、ここの代金はわしが持つからのう」



アレクセイ王は席に着くなりテーブルに重ねて置かれていたメニューを、フリルとマリアに差し出す。



「隊長!何にしますか!?」


マリアは子供のように興奮した面持ちで言ってくると、フリルは軽く見えないようにマリアの足を蹴飛ばし受け取ったメニューを開いて視線を落とす。



「オススメで…」


メニュー欄を数秒眺めてから控えめに言い、興味が失せたのかメニューを閉じて端に追いやる、アレクセイ王は満足そうに頷いた。



「おおうっ、流石フリル殿は外見に似合わず渋い選択じゃのう」



「あはは、外見に似合わずは余計ですよ」



これがもしあくまでも社交辞令的な会話をしていると、となりでマリアも意を決したように派手に音を立ててメニューを閉じる。



「野菜のフルコースで!」




マリアは目をキラキラと輝かせながらそんな事を叫べば、聞いたアレクセイ王は孫を見るような穏やかな笑みで小さく頷き、呼び鈴を鳴らした。



「……はい」



即座に現れたのは細身の男、その姿は病的に痩せ細り、まるで骨が人の皮だけを被っているような男だった。男は震える手で胸元からメモ帳を取り出しアレクセイ王に顔を寄せると貧乏揺すりなのか武者震いなのか…はたまた緊張なのか、震えながらペンを構える。



「お任せ二つ、それと夏野菜のフルコースを頼む…」



「かしこまりました…」



男はフリル達を一瞥すると挙動不審に歯を見せて笑いながら外へ走って行き、扉が閉められる。


「さて、フリル殿…この度は回復おめでとう、それとアレクセイ軍への参加に感謝じゃな」



不審な男の事など毛とも感じないアレクセイ王は、氷水に満たされたカップを手に掲げてきた。



「いえ…その、余り役に立てなくて…スミマセン」



フリルは首を横に振る、フリルとしては、自分がいながら300名以上の兵士が犠牲になったのだ、回復したからといって浮かれていられる訳がない。だが、アレクセイ王は気にせずに穏やかな笑みを浮かべた。



「お主が気に病む事ではない…そもそも、グレゴリウスの謀反を薄々じゃが気付いていながら、奴を信じて処罰しなかったわしの責任じゃ…350名の同胞を殺しにしたのはわしじゃ…」


アレクセイ王は、なんとか明るく振る舞おうと歯を食い縛るのを堪えて身悶えコップを握りしめ氷を鳴らす。


「やはり、気付いてらしたのですね?」




フリルはそう眼差しを向ければ、アレクセイ王は手にしていたカップを卓上に置いて頷く。


「気付いていた…と言うよりは、もしかしたらそうなのではないか?…という程度の不審じゃな…あやつとわしは親友じゃ!…絶対わしを裏切ることは無いじゃろう…何か策があるのであろう…そう…考えておった」



今にも泣き崩れそうな後悔を、そうはなるまいと意地を張り堪えるアレクセイ王、フリルはいたたまれなくなり言葉を探そうとしていると。隣でマリアが不謹慎にもキョロキョロとしだした。


「あ…あの…何の話し…いった!!」



そんな今更な言葉にフリルは今度こそ強めにマリアの脛を蹴飛ばしてから、マリアに事の次第を説明した。



「そんな…何故?何のためにそんな事を…?」



マリアは信じられないと言いたげな目をしていた。フリルも腕を組み、思考を凝らす。


「……」


グレゴリウスという人間が自分だったらと、自分に置き換え、今のアレクセイの現状を見聞きした程度のレベルで思い返し…そして。


「アレクセイを…存続させるため…じゃないかな」


思考の中で導いた答えを言えば、マリアもアレクセイ王も視線をフリルに向ける。


「それは…どういう意味じゃ?」




アレクセイ王としては、国民を殺し、自らをも貶めた彼の心は理解出来ないのだろう…当然だ…フリルはそう思い、言い辛そうに氷水を口に含み視線をアレクセイ王へと泳がせる。


「王様、アレクセイは中立国と聞きました…何故ですか?」



フリルの問に、アレクセイは背もたれに体重を預け、顎髭に手を触れる。



「戦争をしたくないからじゃな…それにわしは、個人的にネビル・アグネシア王の奴が大嫌だしのう…」




フリルは苦笑しつつも同感ですと頷き、アレクセイ王の言葉に続く。


「でも、ネビル・アグネシアは大陸最南端に位置している事を利用し、アグネシアにある全ての国を連立して連合軍と宣言してしまった……それにより再北に位置しているセグマディはに駐留する魔王軍は、周辺の国から手当たり次第に手を伸ばしてしまい、戦火は拡大…もとより中立の立場を示していたアレクセイや、そのの近隣国や友好国にまで戦火の炎が迫ってきた…」




フリルがそう付け足すと、アレクセイ王は歯を軋ませ音が響くほどに歯を鳴らし、その握りこぶしで机を叩いた。



「そうじゃっ!…二週前にはアセアニア…一週前にはキセロが堕ちた!!…どちらも武力を持たぬ農家の国なんじゃぞ!?…じゃが魔王の奴は無抵抗な彼らを容赦なく手を掛けおった!!…何故!!戦を初めおったのはネビル・アグネシアじゃ!!何故中立を示して戦をしまいとしている無関係な国が巻き込まれるのじゃ!?…そんな事あって良いのか!?…さらに、ネビル・アグネシアは他国が滅び、何人もの民が犠牲になろうと自国を保とうとして兵力の温存を決め込んでおるのじゃ…ならばわしは!!…わしは!…」



そこで熱くなった頭を冷やすように、アレクセイ王は氷水を一気に飲んでグラスをからにする。



「それが今回の魔王反抗作戦迄の経路……小さな国であり、何処の国にも援護を求められないアレクセイは、民で圧倒的に少ない兵力を補給し、近隣国に駐留する魔王軍と戦い、奪還させようとした…」


アレクセイ王は頷き、そのカップをマリアが氷水で満たす。


「うむ…しかしそれでもアレクセイの兵力は乏しい…アグネシアに救援を求めた方が良いとグレゴリウスに言われたわしは…ネビル・アグネシアへ逃げ延びておる事を願い、先代より交流の深かったゲノム王国の末裔…エリオールに伝令を走らせたのじゃ」



それこそが悲劇の源にしてグレゴリウスの描いた計略の本名であった…アレクセイ王はフリルの手を両手で掴む。



「教えてくれ!!!何故グレゴリウスはワシを裏切った!?…アレクセイを守る為とはどういう事なのじゃ!?」



そんな鬼気にも迫る勢いでまくしたてられたフリルは、目を反らしながらポツリと言った。


「わたしの考えで…恐らくですけど……よろしいですか?」


フリルは手を離して自分とアレクセイ王のコップに水を注ぐ。



「…構わん!何故奴は三百もの民を死なせたのじゃっ!!?」


アレクセイ王は一息にフリルを怒鳴り付ければ、フリルはいつに無く冷酷な顔つきになる。


「彼にとっては、たった三百だったんですよ…」



フリルの発言に、アレクセイ王は口を開きかけパクパクと動かし、一気に顔が真っ赤に染まってゆく。



「な!!何じゃ…と!?」


激怒を我慢しきれずに立ち上がり怒鳴るアレクセイ王。しかしフリルは至って冷静なままただ眼光は鋭く立ち上がったアレクセイ王を睨む。


「グレゴリウスは三百の民とアレクセイ王を生け贄とし…アグネシアに敵対する理由を作り、魔王軍にアレクセイを加える事で国を侵略から防ごうとしているんです…」


あくまでも冷静に、淡々と告げられたアレクセイ王はキョトンとしたので、フリルは説明しはじめる。



「まずは、アレクセイ王とアレクセイ軍の主力を売る事で、魔王軍に自分を信用させる。そして、それと同時に救援に駆け付けたアグネシアの救援に対して濡れ衣を着せて処刑し、恐怖では無くアグネシアへの怒りでアレクセイを支配し、魔王軍にアレクセイ軍を参加させるつもりだったんです…。魔王軍との友好国となればアレクセイの民は魔王軍の恐怖に脅える必要は無くなります、そしてアレクセイの仇敵であるアグネシアも滅ぼす事も出来ます。そして時期がくれば魔王の首を取るチャンスもあるかもしれない…そう考えたのでは無いでしょうか」



フリルの言葉を聞いたアレクセイ王は、震えてはいたものの、納得してから静かに腰を降ろした。



「その為に…グレゴリウスはアレクセイの民を…殺したというのか…馬鹿…大馬鹿者が…」


アレクセイ王は深い悲しみから声を荒げ、やり場の無い怒りで今にもフリルの胸ぐらを掴み掛からんとしたがる右手を左手で押さえ込んでいた。



「あくまでもあたしの考察に過ぎません、ですが考察があっていたとすれば…グレゴリウスはやはり優れた策士ですね…」


フリルは、珍しく他人を称賛すると腕を組み形のいい顎に手を触れる。



「…何故…そう思うのじゃ?」


アレクセイ王の返答に、フリルは自信を持った眼差しを向け応える。


「もしも…アレクセイ王の考えた通りに開戦していた場合…、海路以外に補給の手段がないアレクセイは、一年と保たずに食糧不足に陥り制圧されてしまうでしょう。そうともなれば、三百人なんて生易しいと思える程に馬鹿げた数字の犠牲者が出る事は間違いありません…」



フリルは氷水のカップを口に加えて傾け、乾燥した口を濯ぎ飲み込む。


「…そう……か…」


アレクセイ王はそう呟くなり、力なく椅子に座り込む。そこにフリルはさらに畳み掛ける。



「いまの状況は最悪です…グレゴリウスの筋書通りに進んでいます…。無理な作戦を敢行し、350名もの民から志願させた兵士達を死なせてしまった…例え生き残ったとしてもそんな無能な王に信頼を傾ける民などいるはずも有りません。…今でも外には見えないだけで…民達の不満が高まり続けている事でしょう。あたしが寝ている間に内乱が起きる可能性すらあったのではないでしょうか?…そうなっていないだけ…まだ奇跡ですが…」



フリルは静かに目を閉じ、小さく首を横に振れば、遂にアレクセイ王はテーブルに顔を伏せてしまう。



「…どうしたら良いのじゃ!わしは…」


予想より遥かに最悪の状況だったのだろう、アレクセイ王は悔しさに歯を食い縛り、唸るように情けない声を漏らす。マリアはいたたまれなくなり何とか出来ないのか?と問い掛けるようにフリルの顔を見つめてきた。



「…全く、グレゴリウスは馬鹿ですよね?。そんな事をしたって魔王軍の連中が約束を守る訳ないじゃないですか…」


フリルは肩の力を抜いて脱力しながら言えば、アレクセイ王はガバッと顔を上げる。


「な!!なんじゃと!?それはどういう事じゃ!!?」


アレクセイ王の目に焦りが浮かび上がり、それを見たフリルは肩を竦める。


「だって、相手は武力を持たない農家にすら攻め込んで、民を皆殺しにするような蛮族なんですよ?そんな奴等がそんな細かい事を考えると思いますか?少しでも頭のキレる奴がいるなら話し合いだの何だのして民を有効に使う筈では無いでしょうか?…つまり、敵は殲滅する、女は兵力を増やす為に使われ…子供は性欲を満たす為に使われる…だから魔王軍は強いんですよ…どの道アレクセイの滅亡は逃れる事は出来ないんですよ」



フリルは厳しく言い放ち、氷水を一気に飲み干し、手で唇を拭い、続ける。


「でも!誤算が生じた…それは救援に来たのが、アグネシアからの救援ではなく、あたし達聖騎士団だった事!、罠にはめたのがあたしだった事!!既にグレゴリウスの計画は大幅に狂っているはずです…何故ならこの五日間、内乱が起こっていないからです。多分これは、元魔王軍とあたし以外の聖騎士団のお陰だとあたしは思う…今なら内乱を確実に阻止する事が出来ます!」



高らかに言ったフリルに、アレクセイ王は藁にもすがるような熱い眼差しを向ける。


「ほ!本当か?」


フリルは立ち上がったまま両手を脇に当て、何時ものように平らな胸を張る。


「勿論!明日の昼に、民を広間に集める手配をして下さい!わたしが全国民を説得して見せましょう!!」


「隊長!!?…そんな事をしたら!」



マリアはフリルが何をしようとしているのか分かったようで、心配そうにフリルの顔を見つめると、フリルは肩をすくめながらも頷いた。


「エリオール様は完璧主義者だからねえ…中途半端にやって帰ったら、文句を貰いそうだわ…なら徹底的にやろうじゃないの!もうアレクセイには手が出せないって位にさ!」



「ま!まっとくれ!」


二人で盛り上がっていると、アレクセイ王は未だに信用出来ないというような顔を向けてきた。


「…お主の演説で…そんな事で!!民達の怒りや失望をなくせると…本気で申しておるのか!!」



その表情には怒りすら混じっており、アレクセイ王の立場を考えたら当然の反応であろう。




「勿論、民の怒りや不満を払拭させ…希望と期待の2文字を与え…もうじき現れるであろう魔王軍の大部隊に恐れず立ち向かう勇気を与えます」


「だ…大部隊!!!?」




アレクセイは立ち上がり、目を丸くすればフリルは頷いた。



「当然じゃないですか、あたしがグレゴリウスならもっと早くに落しに来ますよ?…民の信用を失い不満を飼っている状況ならば、如何に堅牢な城壁を駆使した籠城戦法が得意なアレクセイであっても簡単に打ち負かす事も可能な筈…5日も放置したのは更に不満を拡げようとした為でしょう…内紛が起これば自ら手を下す必要もなく、兵力を使わなくてすむ…他にも理由が二、三ありそうですが…まあ、偵察に出ているグリフォードが何か掴んでるでしょう」



フリルが言い終えると、タイミングを合わせたかのように。料理を載せたトレーと男が表れ、男は大きなテーブルに次々と料理を置いていく。



「………」


フリルは目の前に置かれたお任せという名の黄金色に輝くスープスパゲッティを見下ろした。



「わあ、隊長の美味しそう!」



嫌いな食べ物を目の当たりにしたフリルは無言でスパゲッティを見下ろしているのだが、そんなフリルは気にせず、マリアはキャピキャピと興奮していると、そんな彼女のテーブルには人間の足位は有りそうな、植物とは思えない分厚い巨大ナスのソテーが置かれたステーキ皿が置かれ、ジュウジュウという子気味いい音と香ばしい匂いが充満し、そちらの方がフリルの空腹を駆り立ててしまう。



「では…ごゆっくり」


男は丁寧な一礼をして去って行く。


「では、冷める前に食べるとしよう!」


アレクセイ王は待ち兼ねたかのようにフォークを握ろうとするが、フリルが素早く手をつかむ。



「待って下さい…マリア!」


「!!?」


突然のフリルの行動に、アレクセイ王は驚愕を浮かべ、マリアは意図を汲み取り頷く。



「【インビジョン・アイ】」



マリアは即座に指示に従い魔力により瞳を青く輝かせテーブルの食べ物を見下ろす。



「………隊長と王様の料理には、舌に触れただけでも死ぬ程に強力な毒が入っています」


「なっ!!?」


マリアの言葉に、アレクセイ王は顔を更に驚愕に固める、しかしフリルはたいして反応する気もない様子でアレクセイ王の手を離す。


「マリア、解毒できそ?」


フリルはスプーンを手に取り、躊躇なくスープを啜った。



「ふ!!フリルどの!!?」

「たいちょー!!?」



すっとんきょうに声を荒げた王とマリア…だが、フリルは真ん丸な目を僅かに見開くだけで特になんともない。


「……なによ?」


直ぐに不満を浮かべるフリルの目を、マリアはじっと見つめ顔色を伺う。


「…へ…平気なんですか?」


しかしフリルはそんな二人の顔を交互にみて、理解出来ない様子でいる。


「だ!!だって隊長それ!!口に入れただけでも死んじゃうような毒ってわたし言いましたよね?…」


するとフリルは興味が失せたかのように肩を竦める。


「…あたしのお母さんスパルタでね、生まれて物心ついたときから倍に薄めた劇毒を混ぜた料理を食べさせられてたのよ…いつ何時、何を食べても良いようにね?…お陰で耐性ができててさ〜…」



フリルは恐れる事無く、二口目の毒スープを口に運ぶ。



「だから、あたしに毒は効かない…皮膚毒とか麻痺毒…媚薬や放射能なんかも効かないよ?だからこんなの余裕〜味わいから察するに神経毒かしら…」



「な…成る程…」



完全に圧倒されたマリアはそう頷きながら、アレクセイ王の料理に解毒の魔法を掛け、アレクセイ王はそこで初めて…初めは恐る恐るだったが、一口で安全を確認するなり料理の処理に取り掛かった。


「でも、なんでわたしの料理には毒がないんですかね」

マリアは丸太のような分厚いナスをナイフで小さく切り分け口に運ぶ。



「さあ…単純に毒が足りなかったんじゃない?あたしと王様は料理が同じだったからよ…」


「しかし…」


アレクセイ王はスパゲッティを口に運びながらも、生気が失せたような目を料理に向けた。


「行きつけの店の店主に毒を盛られるまで…ワシは怨まれておるのじゃな…」


そんな王にフリルは気の毒そうな視線を送る。



「三百といえど命です…当然家族もいたはずです…ならば必然でしょう?…」


フリルはスープだけを掬いながら告げれば、マリアは興味深そうに目を向けた。


「隊長?スパゲッティ食べないんですか?」



そんなマリアの横槍にフリルはビクリと肩を飛びあがらせてしまう。


「……」



それからフリルは黙って皿を睨んでいると、マリアは何も言わずに自分のナスのステーキとスパゲッティを入れ換えて解毒魔法をかけた。



「ま…まりあぁ…」



フリルはさっきと裏腹に情けない声を漏らせば、マリアはにっこり笑う。



「次からは、好き嫌いはだめですよ?」


「うぅ…うん」


フリルは羞恥と感激に板挟みにされながらも黙り、こくりと頷いた。それから三人による食器の音が響く、途中…おそらくはフリル達の死を確認しに来た店主が、律儀にも持って来た野菜フルコースのトレイを、生きているフリル達を見て驚愕にぶちまけそうになっていた、しかしアレクセイ王は彼には何も言わず、口元をナプキンで拭いながらフリルを見る。



「…フリル殿」


アレクセイ王はナプキンで口を拭い終えるなり綺麗に完食した食器を脇へ退ける。頬杖をついた。


「はい?…」


久しぶりの満腹で眠くなりかけていたフリルは首をかしげる。



「お主、歳は?」


突然そんな事をアレクセイ王から聞かれれば、フリルは意味が分からないながらも姿勢を正す。


「12……今年で13です…」


「ふむ…同い年か…」


アレクセイ王は不気味な台詞を漏らしそのまま口の端を吊り上げにこやかに笑う。


「ならば話は早い!!」


アレクセイ王は豪快に立ち上がりフリルに顔を寄せる。


「お主!孫の嫁になってはくれぬか!!?」



その言葉にフリルは思考が制止し、首を横に振る事で現実へ引き戻し笑い飛ばす。



「は!はははは!!!…冗談でしょっ…」


すると、感心なさそうにアレクセイ王はムッとする。


「冗談なもんか、わしは至って真面目に言っておる」



フリルは再び制止し、マリアに助けを求めようと顔を向ければ、こういう展開が大好きなマリアは隣でキラキラとした瞳でにこにこしながら見ていた。



「え!…と…ええ…何故ですか?」


駄目だこいつ!とフリルは、今まで培った知識と経験を武器に、何とか気持ちを落ち着かせて聞き返す。

「勿論、一目惚れじゃよ?お主程アレクセイの王に相応しい人材は…グリーンティアがいくら広くても存在せん」


アレクセイ王はゆっくり席につき、威厳ある王の顔になると王の風格たっぷりに頷く。


「容姿端麗文武両道…こうまで完璧過ぎると、王の権利全てを分け与えたくなるわい…」



誉めすぎだ…フリルも悪い気がしない訳ではない、誉められる事が大好きなのだ、だから…しらずしらずにやついてしまっていた…凄くうれしそうに。



「い!…いええ〜…それ程でも〜!…」


フリルは自らの頬を叩いて現実に向き合い、照れ隠しに頭をかいて笑い飛ばすが、頭を左右に振って気を取り直す。



「で…でも、あたしは国の無い流浪の者ですよ?そんな騎士を姫にするなんてそんな…」



すると王は髭に手を触れ撫でながら首を傾げる。



「?フリル殿は不満でいっぱいな我が国民全てに希望を与える事のできるのじゃろう?」



しまった…フリルは途端に青ざめ、アレクセイ王の術中に填まった事を悟り。アレクセイ王はしてやったり…と笑う。


「位など関係ないわい、魔王軍だろうと農民だろうと…アレクセイを愛してくれてさえいれば…わしが相応しいとさえ思えばのう…」


アレクセイ王は、今一度鼻息強く吐き出すと顔を寄せる。



「じゃが、お主がどこぞの国のお姫様とかじゃったら困るしのう…念のため素性をしりたいのう?お主は何処のだれさんなんじゃ?」


アレクセイ王の言葉に、フリルは戸惑えば…。



「国王様、名も無き三英雄のお話しはご存知ですか?」


マリアが賺さず言いだせば、アレクセイ王は怪訝そうにする。



「おお…この惑星を破壊し尽くそうとした化け物を、地の底に封印するというおとぎ話しじゃな?…その話しならアレクセイの誰もが子供の頃に聞いておるから知らぬ者の方がおかしかろう?」



そう首をかしげるアレクセイ王にマリアは不適に笑う。



「なら、簡単ですよ…隊長【フリル・フロル】は、人界の英雄【ヴァネッサ・フロル】の御子息なんですから」



何気自慢した様子でマリアが言えば、アレクセイ王は苦笑する。



「ふ!ははは!成る程のう英雄の御子息とはまた……………………………………冗談じゃろ?」



一気に青ざめた顔をアレクセイ王はフリルに向ける。


「ん〜証拠品とかあたしもってないんで…」



「証拠品ならありますよ」


マリアが賺さずハンドバッグを漁り、中から一枚の紙を取り出す。



「なにそれ?」



「ドワーフの鍛冶師に武器を依頼するついで…若い頃のヴァネッサ様の絵を頂いたんですよ。魔法で映写された、此方でいう写真ですね?…びっくりしますよ?」


それを机の真ん中に置く、それは見事なカラー写真である。そこに映されていたのは、黒に銀の袖が刻まれた上下の服に身をやつし、長く美しい金髪をポニーテールに結わえた少女が腕を組みつつ男性を足毛にしてにやついている姿が映されている。


「わ…若い…」



「隊長〜」


フリルが驚きに目を見開いて思考を停止させている間に背後に周り込んだマリアは、フリルの髪の毛をポニーテールに結わえた。



「そ…そっくりじゃ…」



それをみたアレクセイ王は目を丸くし、ゴクリと生唾を飲み込んだ。



「し!しかし!!あれは数千、数万の話しじゃろ?どうやって…」



エリオールと同じ疑問を投げ掛けられたフリルは頬をかく。



「…五つの首の災厄は…封印される手前に人界と天界の英雄に呪いを掛けたんです…人界の英雄には不老不死、天界の英雄には不妊不滅です…」



「不老不死の…呪い?じゃと…」



アレクセイは首をかしげ、フリルを見て頷く。



「こいつは一大事じゃな…いやはや済まん!!まさかこの星の英雄様の御子息がこのような場所にいようとは!!」


アレクセイ王は直ちに立ち上がり膝をつく。



「や!やめて下さい!あたしは別に何処にでもいる小娘ですから!!」


フリルは立ち上がり、アレクセイの傍にいくなり手を引っ張って立たせ、マリアを睨んだ。


「まあ、信用していただいている人が多い方がいいでしょう?」



「だからって…あんたねえ…」



フリルはアレクセイ王を立たせて椅子に座らせた、その瞬間…外から男の店主が刃物片手に飛び込んできた。



「息子の仇だー!!」



真っ直ぐにアレクセイ王に飛び掛かる男、しかしナイフの切っ先がアレクセイ王の体に突き刺さる事は無かった。何故ならばフリルが間に割り込むなり男の身体が軽々と宙を舞い、そのまま地面に背中を叩きつけられたからだ。


「ぐお!!」




呻く男の声が響き、背中から身体を打った男はナイフすら捨ててのたうち回る。フリルは男の枕元に立ち、ナイフを踏みつけて破壊しつつも転がったまま恐怖に目を見開く男を見下ろしていた。


「普通なら料理に毒を入れた時点で死んで当たり前なのに…よっぽど死にたいのかしら?」



フリルは吐き捨てるようにいいながら、男の頭を強く踏み抜こうと足に青いレイヴンの光を纏わせ持ち上げる。



「やめんかフリル!!…そやつを殺してはならんっ!」



アレクセイ王が半ば本気の声音で怒鳴れば、フリルは呆然として足を退かした。


「しっ、しかし彼は」



「いいから彼を起こすのじゃっ…早くせんかっ!」



「は!!はい…」


勢いに負けたフリルは素直に従い、男を立たせる。



「お主、いま息子の仇といったのう?」


アレクセイ王は男の前に歩み寄り見下ろせば、男はにらみ返してきた。


「ああっ!あいつはまだ17で…オレの後を継ぐって…料理の練習もしていたんだ…それが…」


男はそこで泣き崩れ、アレクセイ王は慈悲深く見下ろしていた。



「今日のお主の料理は旨かった…また、来る」



アレクセイはフリルに目配せして外に出ていき、フリルとマリアは顔を向き合わせると直ぐに後を追い掛けた。



「すまん、つまらん事に巻き込んでしまって」



アレクセイ王は歩きながら横に並んだフリルに目配せすれば、フリルは少し拗ねた様子で顔を背ける。



「死ぬんでしたらあたしらが国外に出てからでお願いします、そこまで責任を取りたく有りませんから」



アレクセイ王はにこやかな表情で小さく頷く。


「…心得た」



そのまま暫く無言で歩いていると、アレクセイ王はフリルに顔を向ける。



「して、この後は以下にしようか?」



身に危険があるにも関わらず、アレクセイ王はまだ国を回る気らしい。



「取り敢えずお城まで護衛します」



マリアに目配せし、静かに頷いたマリアは戦闘モードに思考を切り替えた様子で、周囲にピリピリした空気を散布する。



「ふむ、ならおまえさん達に面倒を掛けるのも悪いし、今日の所は引き上げるとするか…フリル殿に孫のマールも紹介しておきたいしのう」



どうやら、アレクセイ王は本気でフリルを嫁にする気らしい。熱のある真剣な眼差しをフリルに向けてくる。



「ま!まだ頷いてすらいませんよ?あたし!」



「まあまあ、拒否権はとっといて損はないぞ?」




アレクセイ王はにこやかに応じれば、フリルは静かなため息を漏らした。


「…はあ…」


それからアレクセイ王は、城に辿り着くまでの間、フリルに対してひたすら熱心にアレクセイの抱える問題や内政に関する説明が行われた、フリルとしても、王の機嫌を損ねるのは不味い…と呆れながらも熱心に応対し続けた。


「はあ…」


王を城に送り届けた後、フリルは近くにある広間に備えられたベンチに深々と腰掛け、大きなため息を吐き出した。


「お疲れ様です、隊長」



マリアはにこやかに、近くの露天から買って来た椰子の実のような大きな木の実にストローを差しただけの飲み物を魔法で冷やし、差し出した。



「ありがとう」



フリルはそれを受け取り、ストロー状の管から中身を吸う、不味い…単純な甘味が口の中に広がり甘い後味と甘い香りが鼻を抜ける。



「しかし、隊長は程々人気者ですねぇ…」


「半分はあんたのせいでしょうがっ!」


毒づくフリルを茶化すように笑うマリアも隣に腰掛け、自分のジュースにもストローを突き刺し、一口吸う。



「まずっ…」


途端に顔を顰めるマリアはフリルに目を向けた。



「こんなもんでしょ?喉が潤うだけましよ」


そう言いながらも、フリルはもうストローに口を付けようとはせずに、ベンチの脇に置いてしまう。


「隊長…あの」



「ん?」



マリアの言葉にフリルが反応した時、そこへグリフォードが飛び込んで来た。



「隊長!!」



グリフォードが血相かいて走って来れば、フリルは即座にそちらに顔を向ける。


「良かったここにいたんですね?」



恐らく偵察場所から病院に行き、そこから走って此処まで来たのだろう。好青年が台無しな程にだらだらと汗をかき、見るからに苦しそうに息を荒げている。


「息を整えなさい…」


グリフォードが此れ程血相かいて走って来たのだ、何かあったのだろう。フリルはそう思い、下手に茶化す事無く、脇に置いていたジュースからストローを抜いて一気に飲みやすいように指で穴を広げて、グリフォードに差し出す。



「忝い…」


グリフォードは武士のような事を言いながらも、ジュースを一気に飲み干し、息と服の乱れを整える。



「で?報告を聞こうかしら?」



フリルがそう切り出すと、今さら来た甘い後味に顔を顰めながらも、グリフォードは頷く。



「はい、本日…ここから東に25キロ程先にある…アガムンド荒野の偵察に行ってきたのですが…そこで不思議な生き物が、魔王軍の兵士と共に行軍しているのを確認しました」



「不思議な生き物?…」


フリルの反応を見るや、グリフォードは皮の紙を取出し、フリルに差し出し、受け取ったフリルは惜し気もなく広げる。



「……こ、これはっ」



それを見たフリルは大きな目が飛び出そうな程に見開き、口を無防備に開けて紙に見いっていた。


「この生き物を知っているんですか!?隊長!」



グリフォードが聞いてきた生き物、それは巨大な二段重ねの四角い鏡餅の様な外見をしていた…その二段目には長く細い棒が突き刺さっているかのように描かれている。このような姿をした物体を…フリルは知っている。



「……戦っ…車?…」


フリルがその言葉を口にするなり、グリフォードとマリアは同時に反応する。


「センシャ?…それがこの生き物の名前なのですか!?一体どういう生き物なのですか!?」



グリフォードは紙をフリルからむしりとり、聞き返す。だがフリルは親指を口元に持って行き、爪を噛んで何かをぶつぶつ言い出し反応しない。



「…隊長!?」


グリフォードは思わず声を荒げる、が、フリルは躊躇うように身動ぎするだけで反応はない。


「フリルちゃん!」



見兼ねたマリアが、フリルの頬をつねって引っ張る。


「い!!いらいいらいっ!!」


過敏症なフリルは大袈裟に痛がり、マリアの手をつかんで足をばたつかせる。それを見たマリアは頬を解放した。


「痛いわね!何すんのよ!!」


赤くなる頬を擦りながら怒鳴るフリル、しかしマリアは鬼気として怯まずムッと睨見返した。


「隊長がぶつぶつなんか言ってるからですっ!あと!爪は噛まない!!」



「う!うるさいわねっ!!癖なんだからほっといてよ!」


「だめです!!癖ならさっさと直しなさい!」



うぐっ!と正論を言われたフリルは言い返せず、口をぱくぱく動かしてから咳払いすると、グリフォードに目を戻した。



「こいつは、生き物じゃないわ…戦車という武器よ」


フリルの言葉にグリフォードは首を傾げ、マリアも目を丸くする。



「なんと!!武器ですと!?…それはいったい…」



どのような?といいかけるグリフォードの言葉にマリアも相槌を打ちフリルを見る。



「都会…って国の事は知ってる?」


フリルは静かに言いだせば、マリアとグリフォードは首を傾げる。


「都会?なんですかそれは」


マリアは聞き返し、グリフォードも興味を示す。


「都会ってのは、アグネシア大陸から遥か西に位置するアグネシア大陸と同じ規模を持った大陸よ、そこの人間はレイヴンを持たず、変わりにとんでもない知力を持っているの…」


「まさか、このセンシャという武器は…そこで?」


グリフォードの言葉にフリルは頷き、立ち上がる。


「…マリア、大至急で親衛隊幹部及びラルフを緊急召集して…場所はアレクセイ城、グリフォードはあたしと一緒にアレクセイ王の元に行くわ…」



フリルの指示を受けたマリアは頷いて立ち上がり、念話すべく額に手をあてる。


「さっさと行くわよ!」



グリフォードの手を掴んだフリルは引き摺るように引っ張り、アレクセイ城へと向かった。



「た!!隊長!!ですが今は!!」


時刻は既に夕方…アレクセイではこの時間から城内への立ち入りを禁止し、部外者は入る事が出来ない。言い掛けたグリフォードだったが、フリルは気にせずガンガン行ってしまう。


「止まれ!」


城門前に二人の門番が立っており。門番は入って行こうとするフリルとグリフォードを見るなり槍を交差させて行く手を遮る。



「ここはアレクセイ城です、もう夕暮れとなっております、許可なき者をお通しするわけにはまいりません」


アレクセイ兵士は良く訓練されており、ギラギラと輝く眼光は、何人もここを通さないと言いたげに怪しく煌めいていた。


「説明している時間が惜しいわ……、邪魔よ!退きなさいっ!!」


フリルは二人の交差する槍を両手で掴むなり、強引に小さい女の子からは考えられない怪力で二人の兵士を左右にぶっ飛ばした。



「「う!!うわあああ!!」」


飛ばされた兵士達の悲鳴には目もくれず、巨大な門に蹴りをぶちこんだ。


【ズドン】


雷鳴の如き一撃が門を叩いてぶち壊してしまい、中にいた沢山のメイドや騎士たちが、目を丸くしてフリルを見ていた。



「あ…あのう…隊長?」



「侵入者だ!!出会え!!出会え!!」


グリフォードの溜め息と同時に、銀色に煌めく騎士達が兜のバイザーを卸し、抜剣する。


「突入するわ!!続きなさいグリフォード!!」



フリルはよく通る声で叫べば、グリフォードを置き去りにして騎士達の真ん中に飛び込み目の前の騎士を次々に左右へぶっ飛ばし、謁見の間に通じる階段へ走る。



「曲者だああ!!」


左右にある兵の詰所から雪崩のように兵達が押し寄せ、あるものは剣を抜き、あるものは槍を構え、奇声のような怒鳴り声と共に、フリルの行く先を塞ぐ。



「はっ!!」


フリルはにいっと不適に笑い、久し振りの闘争に本能を書き立てられ、1週間絶食されていた獅子が、久し振りに食糧を得たような悦びで瞳を輝かせていた。


「せえあ!!」


前から剣を振り下ろす兵士の一撃を避け、すれ違い様に足を掛ける。



「うあ!!」


勢い余った男は弾丸のように飛んでいく、しかし追撃の間を許さず大量の槍がフリル目がけて滑り込んでくる。



「は!!」


しかしフリルは恐るべき反射神経でしゃがみ込む、小さな体格が吉となり、沢山の槍の下を潜り瞬間的に反転しながら左腕で槍を纏め、肩に担ぐようにしてから凄まじい怪力で槍と兵士達を纏めて背負い投げの要領で投げ飛ばす。


「どあああああ!!!」

投げ飛ばした兵達にすら目もくれず、フリルは驚異的な力を思う存分振るい。腕自慢だったろうアレクセイの騎士達を蹂躙し、道行く騎士達をちぎっては投げちぎっては投げて道を切り開く。



「ぐわあああ!!」



新たに五人の兵士が一気に飛び散る。しかし流石はアレクセイの精鋭達は直ぐ様対策を切り替え。謁見の間に通ずる階段の上から、巨大なタワーシールドを持った部隊が横一列に隊列を組みつつ前進してくる。



「身を固めろ!!壁を作れ!!」


兵士一人一人が強固な壁となり、左手のタワーシールドで身を固め、右手のショートスピアでの反撃をちらつかせる。



「そんな壁!相手になるかあ!!」


フリルは真っ直ぐに切り込み、右手を軽く振り、空間を仰がせる。



【ボン】


同時に衝撃で叩かれた空気が空間をゆがめ、弾丸となってアレクセイの護衛部隊にせまる。



「っっっ!!」


タワーシールド部隊は盾を構えて衝撃を受け止め、何とか踏張る、しかしその隙にフリルは接近し、一人の兵士の盾を踏み台に軽々と飛び上がり、華麗な月面宙返りを見せつつ着地するなり階段を駆け上がって行く。


「ば…化け物かっ!!?」



タワーシールド部隊は呆然としながらも、直ぐ様気持ちを切り替えフリルの後を追い掛ける。



「はあ…邪魔ね」


先の階段にも沢山のタワーシールド部隊が横一列に配置されており、フリルは駆け上がりながら軽く愚痴る。



「ちょっと!本気になろうかしら!!!」




フリルは叫ぶなり青いレイヴンの輝きに全身を包まれる。


【ズドン!!】


凄まじい衝撃の炸裂音、と同時に、タワーシールド部隊の前まで迫っていたフリルの姿が掻き消えたのだ。


「ど!!どこだ!?」



タワーシールド部隊は隊列を崩して周囲を見渡しフリルの姿を探す。


「あ!!」


タワーシールド部隊の一人が声を上げ、全員が其方に向き直れば、フリルは自分たちより遥か上の階段を駆け上がっていた。


「いつう…高く飛びすぎたあ…」


フリルは単純に全力で上に飛んで飛び越えるつもりだった、しかし、城の天井は思いのほか低く、ぶつけた頭を擦りながらも凄まじい早さで階段を駆け上がっていく。



「はっ…はやい!」



「追いつけん!!」



後から遅れて重装部隊が何十人も重なって追撃するが、既にフリル達は扉の前に差し掛かっている。


「止まれ!!」



「とま!!」



二人の衛兵が槍を構えるが、フリルは即座に槍を掴んで突き飛ばし、二人の身体は扉を開けて謁見の間への道を作り、フリルが飛び込むと、中ではアレクセイ王とその他の下士官達が目を丸くして見ていた。


「ふ…フリル殿?」



アレクセイ王がすっとんきょうな声を挙げると、フリルは乱れた服装を叩いて正す。


「はい、国王様…ご報告が有りまして、雑魚に説明が面倒なので突破して来ちゃいました。」



フリルは白々しくニコリと笑うと、そこへ大量の重装備をした衛兵が傾れ込んでくる。



「観念しろ!!」



素早く背後の出口を固めた衛兵達は槍を垂直に構えフリルに突き付け、それにならい、下士官達もアレクセイ王の前に立ち剣を抜き放つ。



「ほっほっ…その者がフリル殿じゃ!、皆!訓練終了じゃ!!剣を引けい!」


声を張ったアレクセイ王は手をたたきながら立ち上がり、前の下士官を押し退けフリルの前に行く。


「こ!国王?…訓練とは?」


背後の衛兵達が不満を顔に現せる、しかしアレクセイ王は静かにフリルを見る。


「フリル殿、おぬしから見てアレクセイの近衛隊は何点じゃった?」


するとフリルは王の前に跪き、アレクセイ王を見上げる。


「0点ですね…重装備で硬めすぎているせいでまるで動けていません、下士官達の対応や状況判断能力も低い…これがアレクセイご自慢の防護だと思うと残念です」


「な…何だと小娘!!!」


それを聞いた下士官の一人が怒鳴り、前に出る。


「よい、聞いての通りじゃ…お主らの怠慢が築いた点数じゃ…近衛隊を下がらせろ!!」


アレクセイ王が号令を発すると、近衛隊は散り散りに分かれて階段を降りていき、グリフォードが群れのなかから現れ、フリルの隣に並び膝を折る。


「何してたのよ…」


フリルは小さく文句を言えば、グリフォードは苦笑する。


「隊長のウォームアップを邪魔したら不味いと思いまして…」


「そ、…ならよし」



「して、緊急の報告とは?」


アレクセイ王はフリルとグリフォードを交互に見ながら問い、フリルが顔を上げる。


「はい、後、二・三日で敵が新兵器を携えてやって進攻して来ます…」



その言葉に、下士官やアレクセイ王は目を丸くし驚愕する。


「な…なんじゃと!!?それは本当か!?」



アレクセイ王が一際怯えた様子で声を張るとフリルは頷く。


「…場所を変えよう…会議室でどうじゃ?」



そうしてアレクセイ王と五人の下士官、フリルとグリフォードは会議室へと移動した。そのフリルは移動の途中で分かった情報をアレクセイ王に報告した。



「成る程…【都会】製の兵器…戦車とな…」



会議室へと場所を移し、席に身を沈めたところでアレクセイ王は渋い顔をし、下士官達も未だ聞いたことのない兵器の名前に不安な顔をする。


「はい、戦車というのは液体の燃料を使って動く、移動する大砲です…グリフォードの持ち帰った絵の特徴から考えるに…機種は第二世代型の突撃装甲車両【エイブス】という車両だと思われます」



フリルは、周辺地図の張られたボードの横に立ち、真ん中に貼ったグリフォードの書いた戦車の絵を貼りつけ指揮棒を構える。



「ふん、大砲ごときで…ウィプルの防護師より加護を受けた鉄壁の城門が破壊できる訳がなかろう?」


「そうだ、いままでさまざまな砲撃や、衝車の攻撃にも耐えてきたのだぞ!高々移動する大砲等、恐れるに足らん!!」



二人の若い下士官がそう叫び強がりを見せれば、そうだそうだっと他の下士官達も相槌を打ち、アレクセイ王も同じ反応を示していた。



「…都会の技術を甘く見すぎですよ」


フリルはため息混じりにゆっくり移動し、壁ぎわに立つ。



「どういう事じゃ?」



アレクセイ王は不思議そうにフリルに聞けば下士官達の目が、フリルに向けられる。


「国王様、この城にもその加護はついていますか?」



聞くと、アレクセイ王は小さく頷く。



「勿論、正確にはその煉瓦一つ一つ全てに加護を付加しておるじゃから生半可な攻撃では…」


言い掛けた所でフリルは動き、即座に身構えつつも何もない壁に向かって抜き手を放った。


【ズバン!!】


凄まじい轟音と衝撃が放たれて城を揺らし、王たち全員は、突然のフリルの行為に目を疑った…何故ならば本来ならフリルの手は城壁の加護に弾かれ、怪我をしただろう。しかしフリルに痛みを訴えようとする反応は無く、フリルの手は、アレクセイ自慢の防護を受けた城の壁に突き刺さり見事な亀裂を走らせている。


「脆いですねぇ…」


フリルは不適に笑いながら壁から手を引き抜き、アレクセイ王達に向き直る。



「わたしは、衝撃を操るレイヴン能力者です…今わたしは手を槍の様に指の先まで鋭く伸ばし、指先にレイブンを集中させた。そして当たった瞬間に指先に溜めた力を開方し、衝撃を発生させて防護を貫通させ、内壁を破壊したのです……」

フリルは土埃に汚れた手をハンカチで拭いつつ淡々と告げれば、驚愕から抜けた下士官の一人が立ち上がる。


「それとエイブスという兵器になんの関係があるのだ!?」


全員同じ反応で頷けば、フリルは焦れったそうにわき腹に両手を当て平らな胸を張る。



「エイブスの主砲は、今の原理と同じ状況を造り出す、貫通型鉄鋼榴弾という弾を使っています、貫通型鉄鋼榴弾とは、貫通させる事に特化した榴弾で…貫通させると同時に、内部で爆発する弾なんですよ。」



それを言われると、アレクセイ王と下士官達はこぞって顔を見合わせ表情を曇らせる。


「で…では、フリル殿の拳と同じ威力がある…と?」


それに対して、フリルはゆっくり首を横に振る。


「いえ、あたしのパンチなんてエイブスの主砲の威力からしたら百分の一以下です…つまりはご自慢の城壁はエイブスにとっては紙も同然…一撃保つかも怪しいですね」


フリルはそこまでいうと目の前の椅子に深々と腰を下ろして用意されたカップの水を口に含む。


「そ…そんな…そんな事が…」


「ばかな!?それでは我々に打つ手など無いではないか!!」



下士官達は文句を言い愚かしく口争いを始めてしまう、見兼ねたアレクセイ王の助けを求める様な目線が、フリルへと向けられる。



「勝算はあるのか?」


アレクセイ王の言葉にフリルは大きく頷いた。



「はい、条件として作戦指揮の総てをあたしがとる必要が有りますが…」


フリルはつまり、今回の作戦指揮の総てを取ると言っているのであり、当然、アレクセイの軍師を担う下士官が立ち上がる。


「ふざけるな!!!我が家名が古くよりこの国の戦を担う軍師だなのだぞ!?そのわたしを差し置いて!!貴様のような小娘が軍の指揮を取るだと!!?」



フリルは、頬杖をついて実に嫌味な笑みを浮かべる。


「へぇ〜…、敵にグレゴリウスがいるって言うのに?アレクセイの古いふっるーい兵法が通用するんですかね〜?」



フリルの物言いに軍師という下士官は顔を真っ赤にして飛び掛かろうとするが、アレクセイ王が手で制止する。そんな下士官の態度にフリルは偉そうに踏ん反り返り、両足をテーブルに乗せる。



「別に良いんですよ〜?、そもそもアレクセイの戦です、我々ゲノム王国軍聖騎士団には全く関係も無いですし?。…此方も【敗け戦】に兵を出す余裕は有りませんから…アレクセイ港より海路を経てアレクセイより離脱する事に致しましょう」



フリルは大胆にもそう言うなり立ち上がる。そんなフリルの態度にアレクセイ王以外の全ての下士官達が一斉に立ち上がる。



「き!!貴様!!5日も無償で介護した恩を仇で返すつもりか!?」



下士官の一人が怒鳴りたてれば、フリルは嫌味な笑みを浮かべる。



「べっつに〜?あたしは頼んで無いし?それに〜フェンリルとの戦闘で受けた怪我を治す間もなくエリオール様の指示で遠征に参加させられた挙げ句…アレクセイ王の窮地を救ったんですよ?それが5日程度の無償の休養で済みますか?」



奥歯にものが詰まったような言い回しに、アレクセイ軍の下士官達は更に逆上を現し腰の剣を抜き放つ。



「無礼者め!!!手打ちに致す!!!」



「止めんか!!!!」



アレクセイ王の一喝により、下士官達は押し黙り、出ていこうとしていたフリルも席につく。



「彼女が言っているのは事実じゃ…わしらはエイブスの対策も知らなければ、グレゴリウスを超える知略を持った武将もおらぬ…なればフリル殿に任せてみようではないか…」


しかし一番歳を召した長老のような風格の下士官が立ち上がる。


「騙されては成りませぬ国王様!!ゲノム国王軍は既に敗残国!!そのような弱小な国の兵…しかも小娘なんぞに命を預けるなんて…わしには出来ません!!どうせフェンリルを倒したなんて言うのも嘘に決まっておる!!」



下士官の罵声に流石にカチンと来そうになったフリル、しかしアレクセイ王は、鋭い眼光をフリルに向けたままつぶやく…。


「…お主に任せれば…わしらは勝てるのか?」



「はい、98%の確率で勝利に導けるでしょう」



フリルは即答すると、会議室の扉が開かれ、マリアとラルフ、元魔王軍の指揮官達がやって来なりマリアは即座にフリルの傍に行く。


「隊長!!、ま〜ったくこの子は!!傷は癒えたと言っても。まだ本調子じゃないのですから…無理したらだめじゃないですか!!」


「ちょ!!ばか!!やめなさいってば〜!!」


マリアは母親のような事を言いながら、暴れるフリルの髪をわさわさと乱れさる。


「まだ戦には出ちゃ行けませんからねっ!!」


マリアはめっとフリルに顔を寄せて睨めば、フリルはうんざりしたように何度もうなずく。


「言われなくても…分かってるわよっ…」



拗ねたように唇を尖らせたフリルの言葉にマリアだけでなく聖騎士団の三人は首を傾げた。



「…え?」


フリルらしからぬ言葉に動揺すれば、フリルは拗ねたまま腕を組む。


「悔しいけど…あたしは、本調子じゃないわ、体内にある液体ナノマシンのせいで少し調子が悪いの…。だから今回は身体じゃなくて頭を使う位でしか皆の役に立てない、ま…あたし抜きの聖騎士団の力が見れるチャンスだと考えりゃいいわね…うん」


フリルは一人で納得し、再び立ち上がるなり小さな体をいっぱいに開き叫ぶ。



「では、いまからあたしの作戦を報告いたします!皆さんメモのご用意を!」



フリルはいきなり話題を切り出して、アレクセイ王達に反論のタイミングすら与えずに会議を打ち切ったフリル。


「ま!まて!まだ話は!」


「遅くなれば遅くなるだけ戦況は悪化します!敗けたいんですか!!?」



異議を述べようとした下士官をフリルは威圧感で黙らせ、そしてその場の全員に首を横に振らせた。フリルによる対魔王軍攻略作戦の戦法が説明された。



「以上で概要の説明を終わります…皆さん、異論は有りますか?」



フリルは差し棒を畳み、アレクセイ王や下士官達…親衛隊の指揮官達や聖騎士団を見回す。



「この、城壁前方三キロ地点から四キロ地点の草原を耕すというのは何でしょう?戦車攻略になんの意味が?」



親衛隊の一人が読み上げるように言えば、アレクセイ王を含む全ての下士官達も頷き、フリルに目を向ける。



「エイブスは、市街地専用で、硬い路面を走る事に特化された車両です。…そして、市街地における不意の攻撃を想定されており、装甲も分厚く防御力が高い。ですがそれ故に、重量が重く、柔らかい地面の上では専用のキャタピラを使う必要が有り、それも履き変える為にはかなりの時間を要し、履き変える事が出来たとしても…、専用のキャタピラは泥水に非常に弱く、すぐに壊れて身動きが取れなくなるという致命的な弱点があるのです」



フリルの適切な説明に、下士官達はおおっ…と唸る声が響く、しかしそこでグリフォードが手を挙げる。。


「ぬかるんだ地面と言うことは…雨が降らなければならないのでは?」


グリフォードの適切な意見を受けたフリルは首を横に振る。


「心配せずとも…さっき空を見てきたけど、もうじき雨が降るわ…。エイブスに搭載されているサーマル画面は、水に非常に弱いんです…ですので明日攻め込まれる事は無いと判断し、二日後と言ったのです」



そこまで予測していたのか…下士官も親衛隊も、聖騎士団ですらも、フリルの知識の深さに驚き顔を歪める。だがその中で軍師といっていた下士官が首を横に振り立ち上がる。



「三キロ地点で止まるとして!、敵の戦車の主砲は届くのでは有りませんか!?」


「対要塞攻略とゲリラ殲滅を想定したエイブスは、長距離射撃の思想を取り払い、短い射的で絶大な破壊力を得る事に特化しており、それ故に射程距離はとても短く、一キロも無いんです…一キロ以上離れていれば、如何に貫通型鉄鋼榴弾といえど、城壁の防護で充分防ぎ切る事は可能です。」


フリルは不気味に笑い、聖騎士団に目を向ける。



「戦車の足がとまり次第、足の止まった戦車をマリアの特大範囲の雷魔法で駆逐します。とはいっても…電撃では、エイブスの鉄壁の装甲を貫く事は愚か、電気系統にダメージを与える事すら出来ない…」


それでは、駆逐等出来ないのでは?そんな不安が全体に広がり出す、が、フリルは再び笑みを浮かべる。


「エイブスのコクピットは電撃を防げません…なのでパイロットだけを始末する事は可能なんですよ。」


小さなフリルは、まるで悪魔のような事を言い、手を広げる。


「折角の基調な戦車なんですから壊すのは勿体ない…奪って此方の戦力にしちゃいましょう。その後は、グリフォードを加えたアレクセイ親衛隊百騎を出陣させ、残党を斬り倒しながら一気に敵本陣へ向かい、叩き潰す…」



フリルはそこまで言うと、一度全体を見回してからゆっくりと席につく。


「隊長、お疲れ様です」



マリアから水に満たされたカップを渡されるなり口に含み、渇いた口を濯ぐ。



「フリル殿、本当に我が方の前線部隊はたった百騎でいいのかね?」


アレクセイ王は不安を隠しきれない様子で伺えば、フリルは大きく頷く。


「ええ、敵の部隊は恐らく戦車以外にまだ何か兵器を隠している不安はあります、なので、最前線はそれで十分。…残った兵力は赤、青、黄色の兜に分け中央の噴水にて待機させてください、百騎隊の突撃後…あたしの指示で動かします…」



そんなフリルの言葉にアレクセイ王は不安そうに首を傾げる。



「不安要素を持っておるなら、尚更兵力を増やした方がよいのではないか?」


「これは、あたしの兄が良く言う言葉なのですが…戦争とは、有効な手札を温存した方が勝つんだそうです…。早々に手札を曝してしまったら、今のあたしたちのように対策されてしまうからで…対策された手札は最早捨て札にしかならなくなり、手札の枚数でアドバンテージを得るからだとかなんだとか…まあ、そんなわけで説明を終わります」


フリル自身もよくわからずにそんな言葉を言い終えて座ると、一人の下士官が立ち上がる。


「まっ!!まっとくれ?城は!?城の警護はどうする!?」



一番歳を食った長老的な下士官が声を荒げて叫べば、フリルは不適な笑みを浮かべる…。



「この城に残るのは、私とアレクセイ王だけです」




その言葉に下士官達に一気に反対の色が浮かぶ。



「反対だ!!…」


「ああ!!危険過ぎる!!」



しかしアレクセイ王は手を挙げて下士官達を抑制し、フリルを見据える。


「グレゴリウスが来るのじゃな…」



一言呟けば、フリルは苦笑して頷く。



「な!!なんですと!!?ならば!!!我らもご同行いたします!!」


若い一人が立ち上がり威勢よく言い放つと、アレクセイ王もフリルも首を横に振る。



「駄目じゃ」


アレクセイ王は否定を声に出して言えば、若い下士官は顔をしかめる。


「何故です!?わたしの剣は一流であります!!グレゴリウスなんぞに遅れはとりませぬ!!」



「否、フリル殿の邪魔になる…彼女の戦いに取り巻きは不要じゃ、それに、遠い過去、強大な災いを退けた人界の英雄…ヴァネッサ・フロルの御子息であるフリル殿に守って貰えるのじゃ…光栄じゃよ」



アレクセイ王がそんな言葉を言えば、下士官や親衛隊達の視線が一斉にフリルへ向かう。



「え…英雄…の御子息?」

若い下士官が目を見開き震えだす。


「いかにも、そこにおるフリル殿は人界の英雄の御子にあたる…」


アレクセイ王が言うなり、五人の下士官達は一斉に立ち上がり、同時に土下座する。


「英雄様!!先ほどまでの無礼!!!何卒!!何卒お許しを!!」



「いや…うー…王様!」


フリルはやり辛そうにしながらアレクセイ王を睨み付ければ、アレクセイ王は優しそうに肩を揺らして笑う。


「ほっほっほっ、では、フリル殿の示した通りに…各人準備にかかっとくれ!」


「「了解です!!」」


アレクセイ王の号令により、フリルを英雄の御子息であると聞いた下士官達は、希望に瞳を輝かせて立ち上がるなりそれぞれのもちばへ。



「待ちなさいっ…」



フリルは最後に立ち上がった、長老的な存在感をもつ下士官を睨み付ける。



「っ…!?」


長老的な下士官はギョッと目を見開き、後退りすればフリルは一気に距離を詰め、小さな手のひらを開いてみせる。



「いまポケットに忍ばせた物、なあに?」



フリルは子供のような仕草と舌足らずな言葉遣いで目ざとくもそう言い放つなり、有無を言わさずお年玉を強請るように手を曝し、そしてポケットにあった下士官の右手を掴んで取り出した。


「な!なにをする無礼なっ!!」


「なら手を開いて中を見せてみなさいっ!」



フリルは男の右手首を軽く捻れば、長老的な男は痛みに耐え切れず手の平を晒し、中から小さく四つ折りに畳まれた紙が転がり出て来る、フリルはそれを摘みあげた。


「マリア!読みなさいっ」


フリルはメモをマリアに投げ、受け取ったマリアは紙を開く。



「フリル・フロル、強敵なり、強襲中止すべし…」


マリアの透き通った声で読み上げられた文章は、まさに敵への指示だった。



「グリフォード!ラルフ!後遺症を残さず、死なない程度に情報を吐かせなさい!」


フリルは有無を言わさずに男をグリフォードに突き出し、グリフォードは男の体を手慣れた手付きで拘束し、無言でうなずいた。


「腕の骨か足の骨二、三本なら構わねえよな?」


ラルフは不気味にもそう言えば、フリルは渋々と頷いた。


「こ!!国王様!!お助けを!!な!!何かの間違いであります!わ!わしは!!」



男は往生際悪く叫びながらグリフォードに連れていかれ、親衛隊の指揮官達も後に続き、会議室は静まりかえる。



「流石、フリル殿…見事な目利きじゃ」


アレクセイ王はそう目を細め、下士官達も頷いた。



「それ程でも有りません、単純にグレゴリウスなら此れくらいやって来ると思っただけです…冷静な奴じゃなくて助かりました…」


フリルはふてぶてしくも今一度下士官達全員をじっと見回しながら言い、下士官達の顔に緊張が走るも、アレクセイ王に目を戻すなり下士官達は安堵で脱力した。



「あと二人はいるかも知れません…くれぐれも情報漏洩にはお気をつけ下さい…あと、明日の昼には国民を城の前に集める手筈をお願いします」



フリルは一度深々と礼をすると、さっさと部屋から出ていった。



「あ!!隊長!」


マリアは直ぐ様フリルの後を追いかけ、会議室から出ていった。



「ふ…ふふ、ああ!!やっぱいいのう!!フリル殿!!お主達もそう思うじゃろ?」


フリルが居なくなるなり、アレクセイ王は下士官達全員に言った。



「隊長!待って下さい!!」


マリアは慌てフリルを追い掛ければ、フリルは廊下をとぼとぼ歩いていた。


「もう…隊長ってば!」


フリルに追い付いたマリアは横に並び歩幅を合わせる。


「マリア、お腹空いたわ…ラルフとグリフォードが終わったら4人で晩ご飯に行きましょ?……あ、でも先に親衛隊の皆を労わなくちゃね…」



「ふふ、そうですね…なら、親衛隊の皆さんも連れて酒場か食べ物屋を貸し切りましょうか?」


マリアは笑顔でそう答えると、フリルは頷いた。


「良いわねそれ!なら親衛隊と聖騎士団全員に通達!」


フリルの指示を受けたマリアは頭の側頭に指を当てた。


『親衛隊、聖騎士団各員に通達…15分後にアレクセイ城前に集合』


フリルの頭にも響いた声、これは念話という魔法であり、マリアの思考を、マリアの魔力による加護を受けた小物の装飾品をみにつけた者全員に通達するという魔法である。半径二十キロと以外に範囲は広く、アレクセイのような国なら何処にいても届くのだ。



こうして、親衛隊歓迎懇親会は酒場にて行われ、あっという間に時は過ぎ解散した後…フリル達聖騎士団4人は、酒場の後片付けを終えて、酒飲みがてらに席に着いた。



「で、情報は何か掴めたの?」


フリルは銀のカップに入れられた水に自分の顔を移しながら、前に座るラルフとグリフォードに問いた。



「それが、特に…」


グリフォードは残念そうに呟けば、ラルフもうなずく。


「奴はグレゴリウスの友人らしい、んで、友を助けたかったんだそうだ…」


ラルフも退屈そうに言えば、フリルも大きな欠伸をする。


「ま…そんなとこでしょーねー…」


そのまま突然、机に突っ伏し動かなくなった。


「フリルちゃん…?」


マリアはフリルを擦りだす、が、フリルはそのまま小さな鼾をかきだしたので、マリアは擦るのを止めると、小さなフリルの体を抱き上げ抱っこする容量で抱く。



「珍しいな、隊長が人前で寝るなんて…」


ラルフはフリルの寝顔を覗きこみつつ、ぷにぷにと柔らかい頬をつつく。



「それだけ安心してくれてるんですよ…漸く我々の実力を認めて貰えたという事でしょうか?」


グリフォードは腕を組み、誇らしげに言っていると、マリアはフリルの背中をトントンとリズミカルにたたきながらもクックッと肩を揺らす。



「疲れただけですよ…全く…無茶ばっかりして…」



それからマリアは一気に暗い表情になり、愛くるしいフリルの寝顔を見ながら俯く。



「ラルフさん、グリフォードさん…」


マリアに呼ばれたグリフォードとラルフはそんな不穏な空気に顔を顰めた。



「隊長って…なんか不自然じゃないですか?」


マリアの言葉にラルフはなにを今更と言う表情を浮かべる。



「隊長が不自然なのは今更じゃあねえだろ?、あの攻撃性とか!」


グリフォードも自信あり気に頷く。


「ですね、わたしは隊長が何を倒したってもう驚きませんよ?」




「わたしが言ってるのはそういうのじゃ無いんです」


マリアはフリルの頭を撫でてやりながら、俯けば、ラルフとグリフォードは顔を更に顰めた。



「どういう事だ?」


ラルフに聞かれたマリアは、フリルの頭から手を離す。



「多分なんですけど…隊長は…アグネシア大陸の出身では無いのではないでしょうか?…」



マリアがそう思いを吐き出せば、グリフォードとラルフはお互いに顔を見合わせた。



「どうして…そう思うのですか?」


意を決したグリフォードが聞き返すと、マリアは俯いたままフリルの寝顔を見つめる。



「隊長は、文章を見ることはあっても読むことはありません、これは…こっちの字が読めないからではないでしょうか?」



「…馬鹿馬鹿しい」



ラルフは酒瓶を一気に飲み干して空にする。



「隊長が外国人だからなんだってんだ?別に俺達を裏切るわけじゃねえ、だからどーこーする訳でもねえじゃねえかよ…」


ラルフは腹立たしそうに手を挙げお代わりと叫んだ。


「それも…そうですが…」


マリアは何処か不安そうな顔をすれば、ラルフはつまみのスルメを豪快に噛み締めながら、やって来た酒を煽る。


「ぷは…俺ぁ、隊長が何だろうと着いていく…こまけーことを気にしてたって仕方ないだろ?」



「あなたにしては随分隊長を買っていますね…」


グリフォードは珍しそうにいいつつラルフの手の酒を奪いコップにそそぐ。


「そりゃお前だってそうだろ?グレゴリウスを敬愛していたおめーがあっさりグレゴリウスを切り捨てて隊長を庇っちまうんだから…」


ラルフとグリフォードはお互いに笑いあい、マリアに視線を戻した。


「だから、隊長が何処の誰だって構いやしねえ…それが聖騎士団だろう?だから気にするこたあねえ…」



ラルフが、これだけ絶大な信頼をフリルという小さな少女に与えているなんて、昔ならば考えられなかった。グリフォードはそう思いラルフの意思に賛同をしめす。



「だから私達は隊長の指示に従えばいい…身元で善悪の全てが決まるわけでもないのですから…」


グリフォードは小さく纏めて呟けば、マリアは頷く。


「そう…ですね」


そして、アレクセイで最後となる静寂の夜が更けていく。


翌日の昼…アレクセイの国民達は、雨の中だと言うのに城の高台から見渡せる広間に集められた。



「ひっこめ!!」


「人殺し!!!」


「息子を息子をかえしとくれ!!!」



怒りに満ちた国民達の声が限りなく続き、高台にアレクセイ王が立つと更に激しさを増して、足元の小石を投げる者まで現れだす。



「皆、雨のなか集まってもらったのは他でもない…今日は皆に合わせたいものがおるのじゃよ…ヴァネッサ殿、頼みます」



罵声の中でアレクセイ王が引っ込めば、緑のドレスに身を包み、頭をポニーテールに結んだ幼い少女が高台に立った。



「え…英雄……様っ?…」


最前列にいた片手に杖片手に傘を差した老人が呟き、国民達の罵声が止むと、ヴァネッサと呼ばれた少女は一礼する。


「ふん…久し振りの奴らもいるようだな…私はヴァネッサ!ヴァネッサ・フロルという…だが、名前等に意味は無い…そうだな、きさまらが呼びやすい様に、【名も無き英雄】とでも呼ぶがいい…」


そんな不敬極まるヴァネッサの発言に、初めは困惑する国民達、再び騒めき小石を投げ付けようとする、が、しかし。


「やめんか!!馬鹿者!!英雄様がお怒りになったら!!ここにいるわしらなんて瞬く間に消し炭ぞ!!」

かなりの歳を召した老人達が、若者達の手を取るなり、雨だというのに傘を投げ捨て、濡れた地面に膝をつける。


「理解が早くて助かる…」


ヴァネッサは偉そうに分ぞりかえるなり天に手をかざす。


【ズドン!!】


ヴァネッサの頭上で空気が爆裂し、奇跡が起きた…今まで曇っていた空に穴が開き、まばゆい陽光が雲間から顔をだす…広場だけ…雨が止んだのだ…。


「ふむ、これでわたしの発言中に傘を差す必要は無くなったな…」


そして市民一人一人を見渡す、最早、市民達の顔に疑いの色は無かった。



「ふむ…貴様等、何故王に罵声を浴びせるのだ?」



ヴァネッサはまるで、嘆くように市民全体に問う。すると代表の様な容姿をした若者が前に立つ。


「王は!!…我々から稼ぎがしらたる民三百五十人を兵士とし!敵の罠にかかり三百五十の民を見捨てて逃げかえって来たのだ!!」


ヴァネッサは腕を組み、表情を変えずに首を横に振る。



「…それは…違うぞ?。何故ならば、三百五十の若者達は全て志願兵だからな…断る事も可能だった筈ではないのか?」


ヴァネッサは淡々と異議を踏み潰し、首を傾げる。


「し!!!しかし!王はそんな彼らを無駄死にさせた!!」



「無駄死にねぇ…それは死んでいったもの達に対する侮辱だな…国と家族の為に死を恐れず戦に身を投じた彼らは…決して無駄死にではない…罠にかかりながらも王を逃して残り、勇敢に戦い、そして散ったのだ…だから王が生きてここにいるのだよ…彼らの意志を継いだ王を敵視してどうする…」


ヴァネッサは小さな体を大きく見せる様にふんぞりかえると、代表らしき男は何も言えずに黙り込む。


「だったら!だったらあたしらは誰を恨めばいいんだい!!」



遥か後ろから太ったおばさんがのぶとい罵声を飛ばし、市民全体の視線がヴァネッサを見る。



「誰も恨むな!と言っても無理だろうな…だったら、三百五十の兵士達を笑顔で送り出してしまった自分達を恨め!!本来ならば恨むなど下らん!!!!何故恨む!?今は戦争なのだ!お前達の息子や夫を殺した者共にも家族はいるだろう!!守りたい者もあるだろう!!死んでいった魔王軍の兵士とてそれは同じではないのか!!」



ヴァネッサは強く叫んでから、静まり返る市民達を見回す。殆どが遺族だったのだろう…悲しみに涙を滲ませ黙り込んでいる。ヴァネッサは組んでいた腕を解いて、髪をわさわさと乱す。



「わかった!…ならば、わたしがきさまらの恨みを晴らしてやる…明日、この国に攻め込んでくるバカモノ共、貴様達の大切なものを奪っていった者共だ!!そいつらを殺しつくして恨みを晴らしてやる!!!」



そしてヴァネッサは悲しみを堪えるようにして顔を反らす。


「だから…恨むなんて真似はもう…止めてくれ…頼む!」



今まで強気だったヴァネッサが初めて頭を下げた。すると、最前列にいた老人が前に出る。


「面をお挙げ下さい…英雄様…」


ヴァネッサはゆっくり顔を上げ、老人と見つめあう。すると老人は緩やかな笑みを浮かべた。



「わしらの恨み全て…お任せ致します…」



そして頭を下げると、背後にいた民全てが頭を下げた。


「うむ、お前達の恨み…確かに受け取った…これにて解散する!!」




勝手に解散を指示したヴァネッサは踵を返し、さっさと高台から降りる。


「見事な演説だった…フリル殿」


アレクセイ王は苦笑を浮かべていれば、フリルは髪を結わえていた紐を解いて髪を振り乱すようにしてから整え睨む。


「笑い事では有りません…もう失態は許されないんですからね?あたしの面子…潰さないで下さいね」


「…気を付けよう」


アレクセイ王の返答を聞くなり、側の近衛騎士隊長にわざと体をぶつけて退かし。不機嫌そうに階段を降りていく…その先にはマリア、グリフォード、ラルフの三人、そして僅か五十二名の元魔王軍兵士達が、ヴァネッサと名乗った隊長【フリル】を待っていた。


「いいねぇ!!、英雄が指揮する部隊か!!隊長…少し気合い入れすぎじゃねえのか?…」


壁にもたれかかっていたラルフは、呆れたように言えば、待ちきれない様な眼光を光らせいやらしい笑みを浮かべる。


「煽る位がちょうどいいのよ。んな事よりあんたの方は…確り耕したんでしょうね?」


フリルに言われたラルフはニヤニヤしながら肩を竦めて腰に手を当てる。


「問題ない、が…念入りに耕す位がちょうどいいだろ?…また後で耕しにいくぜ」



フリルは満足そうに頷き、ラルフの胸板を叩く。


「期待しているわよ?」



次にグリフォードに目を向ける。


「部隊の掌握の具合はどうかしら?」



グリフォードは一歩前に出るなり、綺麗な敬礼を実行する。


「アレクセイ軍、及び親衛隊…総勢4200人の掌握は完了しています。あとは私の百騎隊だけですが…問題有りません間に合わせます」


そんなグリフォードの肩をフリルは軽く叩く。



「この舞台の主役はあんたなんだから、肩の力を抜きなさい?」



そしてマリアに目を向ける。


「騎士全員への念話アイテムの配布は完了した?」


マリアは少し遠慮気味に頷く。



「…はい、全て滞り無く」


フリルはニカッと笑い飛ばしてマリアの腰を軽く叩いてから親衛隊全員を見渡す。


「皆、聞いてのとおりよ!!…あたしは英雄よ、そして貴方たちは英雄のあたしに選ばれた勇者達なの!だから…」



そこでフリルは一際大きく息を吸い込んだ。



「誰が最強なのか!きっちり教えてやんなさい!アレクセイの民から受けた怨み!!百万倍にして返すのよ!!いい!?」



「「「「「オウッ!!!」」」」」


士気が最高潮に駆け上がった親衛隊の目はやる気に満ちあふれていた。


フリルはそんな強者達の間を悠然と通り抜け、そして言う。


「さあ、戦争しにいくわよ!!」

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