第9話 陰謀

【序章】


ここは、アグネシア大陸西部に広がる【ダゲモッケ大草原】―その草原は広く、見晴らしがよく、背の高い草むらは存在しない…つまりは隠れる事も、奇襲する事も出来ない大草原なのである―そんな大草原を、三騎の馬と4人の男女がのんびりと行軍していた。


先頭を進むのは暗黒のような黒い瞳をきらめかせた巨大な黒馬に跨る可憐な幼女、一見は愛らしく…その姿は異国より舞い降りた妖精に見間違える程である。


「はふぅ…快適ねぇ〜…」


幼女は良く通る美声を響かせて、穏やかな風を受けて目を細め、風が頬を撫でるたびに肩程までに伸びた緑色の光沢を放つ不思議な色合いをした黒髪がなびく。

彼女の名前は、フリル・フロル―ネビル・アグネシアへと逃げ延び国を亡くした国王【エリオール】に仕え、亡き国であるゲノム王国復旧の為、【聖騎士団】の団長として戦線に加わった。そして現在はエリオールの命令により、聖霊都市【アレクセイ】との共同で行われる魔王軍討伐作戦に参加するべく、アレクセイの陣地を目指し草原の中を行軍中なのである。



「隊長よう…」


その後ろから、暗黒煌めく瞳に茶黒色をした馬に跨る筋肉質な男がフリルの隣へ並ぶと、昼間だというのに水筒に溜め込んだ酒を一口含んで濯ぎ、地面に吹きかける。彼はラルフ…聖騎士団のNo.3である。


「そろそろ、地図見がてらに休憩しよう」


ラルフがそう言うと、フリルは自然な仕草で何もない右手首の裏に視線を落としてから、何かに気が付いて整った顔立ちを不機嫌で一気に歪めながら空を見上げる。


「…さっきの休憩から、まだ五時間しか移動してないじゃない…却下よ却下っ」



フリルはシッシッと手を振るう。するとラルフは、フリルの隣に静かに馬を寄せ、その小振りで形のいい耳に囁いた。


「なら…途中で倒れたりしたら、俺にキッスしてくれるって事な?…」


フリルは馬を止める位に跳ね上がり、一瞬考える表情になると、即座に顔を怒りで真っ赤に染め上げた。



「ばっ!!馬鹿じゃないのっ!?んなことするわけないでしょっ!!」


ラルフは両耳を塞いでギャンギャンと喚くフリルの声を受け流しつつも、顎で後ろを差す仕草をする。それを見て喚いていたフリルは静かにそれに従い視線を向ける。


「……」


フリルとラルフの視線の先、少し離れた位置をトボトボと行軍する瞳を暗黒に煌めかせた白馬と、それに跨る金髪の好青年【グリフォード】がいる。しかしその表情は険しく、疲労が顕にされている。


その腰には、その疲労の原因となった紫がかった白髪の少女が涙目で抱きついている。


「ひっ!…」


馬が一歩足で地面を踏みしめ前に進む度…揺れる度にびくり、びくりと身体を震わせ、ギシギシとグリフォードの腰骨が軋む音がでるくらいに締め付けてくる。


「わかったわ…なら、あそこの木までいったら長い休憩にしましょ?」



諦めてフリルが差したのは、遥か遠方にある葉のついていない枝のような寂しい木だった。目安の距離から5キロは有りそうで、その遠さにラルフは苦笑を漏らす。



「…なら、先に行って安全の確保をしとくかな…この地域にゃ毒生物が多いらしいし」


「お願い…」


言葉より先に、ラルフは木へと馬を走らせた。フリルは今一度、背後のグリフォードに顔を向けて目線を合わせる、グリフォードとマリアの移動姿は、はた目から見ても白馬の王子が囚われの姫を救い出し、逢引きが行われそうな帰り道という感じの…実に絵になる。


フリルはそんなグリフォードと目が合った途端にムッと口端を吊り上げ、唇を尖らせた。


「…ガキですね」




明らかな不機嫌を見せられたグリフォードは、心中はおどやかではないように一言漏らす、言葉では茶化すように言うが、その声音は明確な怒りに燃えていた。



フリルとグリフォードの二人は現在喧嘩をしている。二人が喧嘩を始めたのは丁度五時間前の一時間の休憩の時。きっかけはグリフォードが自らの師である、グレゴリウス将軍についての話しを自分の事のように自慢気にしていた時、フリルがぼそりと言った言葉が発端である。



「籠城戦なんか強さの証明にならないわよ?…猿でも同じ事をすればそれなりの戦果が稼げるわよ?」



フリルは軽くいつもの負けず嫌いを発動したのだろうが、それがグリフォードの逆鱗に触れた。


「なんですって…」



ラルフには、初めからそうなる事も分かっていた。ラルフも昔、グリフォードと初めて対峙した際に、今のようにグレゴリウスを罵倒した事があるからだ。直後、グリフォードは人が変わったように逆上して怒り狂って直剣を振り回してきたのだ。


「あなたのような子供に師の何がわかるのですかっ!!知らないのであればそのペラペラと喋る柔らかい口を閉じて黙っていなさい!」




「なっ…」


途端、普段ヘラヘラとしているか強気たっぷりに飄々としているフリルの顔がショックで目を見開き、即座に泣き出しそうな程に弱い表情に変わり、次の瞬間には顔を怒りで真っ赤に染め上げた。



「何よ!!!!何よその態度っ!!…あんたこそあたしの何が分かるってのよ!?」



「英雄気取りの子供って事は分かりますし…子供の事なんてそれで十分ですよ?、【フリルちゃん】」



グリフォードは飄々とした態度でフリルをそう呼んだ瞬間、風が起こる。物凄いスピードでグリフォードの顔面に鉄拳をぶち込むつもりでフリルは動いていたのだ。



「離しなさい!!マリアっ!!あいつのすかしっつらをぐちゃぐちゃにぃい…!」


しかし、傍にいたマリアがフリルの脇に手を差し込んで膝の上に載せる事で押さえ込まれ、フリルは手足をバタバタとさせた。



「下らない事で争わないで下さいっ!傷が開いたら誰が治すと思っているんですかっ!」


「うぅっ!…」


マリアにピシャリとそう言われると、フリルは小さく呻いてからピタリと止まり、直ぐに何度も何度も深呼吸して気持ちを落ち着かせる。


「グリフォードさんも言い過ぎです、隊長に謝りなさい」


マリアは公平にグリフォードにも注意と非難の眼差しを向ければ、グリフォードは明確な不信を表情に浮かべた。



「謝る?…冗談!、わたしが父と崇め、敬愛する方を愚弄されたのですよ?謝って頂きたいのはわたしの方ですねっ」



グリフォードはムキになってから息を強く吐き、背を向けたのだった。



「………」



そのためか、二回目の休憩は実に静かだった、フリルも含め誰もが気まずそうにしている中で、マリアは静かに立ち上がる。


「隊長、ちょうどいいから包帯を変えちゃいましょう」


「えっ?いいよ、まだ平気だよっ」


「駄目です!」


マリアとフリルは、正直どちらが隊長なのか分からない、マリアはフリルの手を掴んで引き摺るように木の木陰へ連れていく。



「うわぁ!!…汗びっしょりじゃないですか!もうっ!無茶しちゃダメって何度も言ってますよねっ!」




木の木陰からマリアの怒鳴り声が響き、ラルフは静かにため息を吐き出す。ラルフが無理な休憩を提案したのは、グリフォードの為でも、マリアの為でもなかった、フリルの表情が悲痛な迄に疲労を訴えていたからである。


フリルは4日前、ウィンホーバロンの領主【ゼリム・R・レオナルド】との戦闘で、普通ならば歩く事すら困難な程の重傷を負っており、それは3日滞在したからといって直ぐ治る程軽い物ではなく、現在も決して万全ではないのも目に見えた。馬が一歩前に進む度に小さな揺れが怪我を抉り、じわじわとした痛みが襲っているに違いない。しかしこの少女は、自身の怪我等に屈するものか…と、歯を食い縛り、痛みを隠そうとするのだ。



だが先程は、隠しきれなくなったらしく、表情に出し始めたので、休憩を提案したのだ…恐らく先程一瞬考えたのは自身の身体を考慮して頷くべきか迷ったのであろう。



「たくっ…無茶すんなよ…」


ラルフは地面に寝そべりながらそう呟くと水筒を満たした酒を大きく煽る、フリルは木の裏側から忌々しげに声を漏らした。



「うっさいな、どうしようとあたしの勝手でしょっ?」



「ほら!、背中向けて!!身体も拭いちゃうんですからっ」


乱暴にフリルを裏返したようだ、マリアはまるでフリルの母親であるかのように世話を焼いており、細すぎる木だから、ラルフが覗くと背を向けたマリアが、手にした包帯をフリルの体に念入りに撒いている姿が見える。


「い!!いたい!!!!」


包帯が傷口にふれたのか、か細いフリルの悲鳴が聞こえると、マリアは手を離し、フリルは逃げるようにもといた場所に帰って来てから地面に転がった。その表情には行軍の時よりも増した疲労が伺える。しかし先程までの過労の気配は不思議と無くなっていた。そのすぐ後に、取り替える前の血だらけの包帯を片付けたマリアが、にこにこ笑顔で帰って来てフリルの隣に腰を降ろすと、寝転がっていたフリルの身体を抱き寄せて膝枕する。


「所で、我々は今、どの辺りを進んでいるのですか?」


そのタイミングでグリフォードは地図を拡げてフリルに見せてきた。


「ごめ〜ん、あたし、ぺらぺらと柔らかい唇だから黙ってるわ〜」



フリルはぷいっと身体ごと寝返りをうつ、グリフォードはため息混じりにマリアを見た。


「はいはい、いま見ちゃいますからね〜」


マリアも苦笑しつつも地図に手を翳し、小さく何かを口走ると地図に青い印が2つ現れ、片方は点滅している。それをラルフは横から覗き込んだ。


「おっ!大分近いな…こっからなら…」




「今ののんびりペースでも後3時間ってところかしら…」


ラルフが言いたかった事をいつの間にか仰向けに戻り、地図に顔を向けて眺めていたフリルが呟き。そのまま、地図の記す目的地の方角を軽く身体を動かして顔を向ける。


「……ん?」



フリルは途端に声を上げて身を起こし、その方角に目を凝らす…。



「隊長?」



マリアが不思議そうに首を傾げるが、フリルには聞こえてはいない様子で食い入るように目を凝らしている。フリルの視界に朧気に何かが映っているのだ…。それは遥か遠く、地上から天に向かって登っていた。



「どうしたんだよ隊長、もしかしてその歳でついにせいっ」


茶化そうとするラルフのわき腹に、瞬きよりも早い肘を打ち込んで黙らせ、後ろ手に地図をマリアの手から奪い取り、もう一度その方角を凝視する。



「…煙っ!!」



気付いた時には弾けるように立ち上がっていた。その場にいた三人全員の顔にも緊張が走る。


「け!!煙だと!?」



嘘だろ!?、とラルフも立ち上がりフリルと同じ方角に目を向け、しかし遠すぎて何も見えない。



「は…はいっ!私にも見えます!」


マリアも立ち上がって、視力を魔法で拡張したのか、身体を本格的に緊張させた。


「そんな馬鹿な!?攻撃は明日のはずですよ!?」



グリフォードも、信じられないと言いたげに立ち上がり、フリルに言葉を投げれば、フリルは首を横に振る…その表情は先程までの子供らしいそれではなく、戦闘を予測した緊張に引きつっている。そして顎に手を置き、必死に思考を回す。



「そうね…さっきのグリフォードのアレクセイの戦略が今も同じだとしたら…アレクセイは攻撃する日時は明確に行うはず…、だとしたら考えは一つね、布陣していた陣地が敵の偵察兵に見つかり、襲撃を受けているって事なのかしら?…でも、そう考えると…すこし煙が大き過ぎるし少なすぎる…」

フリルはそうブツブツと推理しながら、マリアから落とさないように…と首に下げられた笛を口に持っていき吹き鳴らす。



【ホオオォォッ】


まるで魔界の亡者の泣き声のような音色が響き渡れば、何処からともなく蹄の音が弾けドンドンと大きくなり。



フリルの視界の端から…先程までフリルを乗せていた黒い馬が現れ、暗黒の瞳をフリルに向ける。


これは、ウィンホーバロンから出る際、ゼリムから譲られた、死ぬことのない馬を召喚するための笛なのだ。フリルは現れた黒馬に飛び乗ると。


「先に行くわ!!みんなは後から来なさい!!」


さっさと先陣を切り裂き、煙に向かって一人突撃していってしまった…。


「ち!!ちょっと隊長っ!!」


マリアが呼び掛けようとした頃には、フリルは小さな粒になっていた。


一人先行したフリルは、煙の距離感が近くなるにつれて警戒心を強め、脇目も振らずに高い丘を駆け昇り、馬から飛び降りるようにして下を眺めた。


「隊長!」


それに、遅れる事数十秒でラルフが声を掛ければ、大きく振り返ると、遅れてマリアとグリフォードもやってきた。


「遅いわよっ…」


フリルは何処か暗そうに呟けば、ラルフやグリフォード…その後ろにいたマリアすらも目を丸くしていた。


「…どうした?」


ラルフ達も馬から降りてフリルの側へ行くと、見ていたものを確認する。



「…奇襲作戦…ですか」


グリフォードが呟き、顔を背けた…彼らの視線の先にあるのは、アレクセイのテントや死体の山ではなく、魔王軍のテントや積み上げられた魔王軍の鎧を着た死体の山が燃えている景色であり、それこそが煙の正体だった。


「アレクセイ軍が魔王軍を奇襲…殲滅したんですか?」


マリアは状況を掴めずにラルフに意見の眼差しを向ける。


「まさか…、こう言っちゃあなんだが、魔王軍は古株の戦武者ぞろいだ…能力者や魔物が居なかろうとこんな簡単に、しかもこんな短期間のうちに全滅するなんざ…隊長か、能力者の集団かまたはフェンリルの領主殿が相手じゃなきゃ有り得ねえ…」




ラルフの言葉に、グリフォードは出しかけた嫌味の一言を言いたかったが…口を堅く閉ざす、ラルフは元の部隊の人間を自慢するような奴ではない、つまりラルフの言っていることは事実であり、例え魔物の支援を受けていたとはいえ、アグネシアの主力と言える能力者達が何人も葬られたのも真実なのだ。


「ゼリムさんが魔物を撤退さてしまったから…余分な戦力がなくなて物量で押されたのでは?」


これはエデンの話だが、魔王軍は大量の魔物を配下に加えていたらしいのだ、つまりここに駐屯していた殆どが魔物達であったならば、ゼリムの声で呼び寄せられ、消えれば…戦力の著しい低下となり少数の兵士しか残らない。



「それもあり得ないわ…あたしが魔王なら、こんな小さい駐屯地…しかもウィンホーバロンの近くに魔物を配置したりしないもの」


フリルはもう一度崖下の死体に目を向け顎に手を触れり思考を凝らす。フリルが引っ掛かるのはこの現状だった。いくらアレクセイが強いとはいえ、魔物が居なくなったとはいえ、未だ未知の兵力を持っているかも知れない魔王軍がそう易々と敗れるわけがないからだ…故に、奇襲に成功したアレクセイ側の犠牲者が一人とて出ないのは可笑しいとしか言い様がない。フリルは遠く視界に広がる死体の山に、鎧の形が違うものが無いか…確認するが、やはり無い…。



「ま…駐屯地に持ち帰って埋葬する部隊だってあるしね…疑い出したらきりがないか…」



フリルはそう簡単に独り言の考察を述べてから、思考を切り替え馬に跨った。


「情報が足りないわ…一先ずはアレクセイ軍に合流しましょ?」



馬の腹を軽く蹴ると、フリルの馬はアレクセイの陣地へと向かってのんびりと歩だし、ラルフやグリフォードは頷いて馬に跨り後に続いた。


アレクセイの陣地はその場から対して遠くもなく、馬でのんびり走って20分足らずで辿り着いた…。フリル達は、正門に位置する場に立っていた衛兵に、エリオールの手紙に添えられた増援証明書を押し付け、勝ち戦の凱旋があったからなのか、興奮気味の兵士はあっさりと許可して陣地に入れてもらえた。


「じゃあ…少し聞いて回りましょう」


フリル達は馬を降り早速情報収集を開始した…。





収集した情報は以下のとおりである。


第一に、奇襲作戦が行われたのはつい三時間前であり、たった15分で終わった作戦だったという事。


第二に、奇襲作戦の実行部隊は敵の反撃を受けながらも誰一人として死傷者がいないという事。



第三に…、既に報告等の一段落がつき、陣地に帰ってきたアレクセイの奇襲部隊はその日最後の仕事を行おうとしていた事…。それはつまり、死にぞこなって捕虜になった魔王軍兵士達全員の処刑である。




「…ひっ!やめてくれおねがいだっ!!ぎ!!ギャアアアアアアア」



けたたましい断末魔が空に反響している。処刑は、陣地の中央で既に行われていた、捕虜たちが一列に並べられ、行列の先では断末魔の主が血で地面を真っ赤に染め上げて力尽きる。そのあまりの凄惨さに、隣にいたマリアが口を押さえて目を背けた。


「……」


吐きそうになる気配を堪えて目に涙を浮かべるマリア、フリルはそうなる理由も頷ける…と、マリアを咎める事無く溜め息を漏らした、その処刑方は…複数人で一人を取り押さえ、生きたまま手足を切断し、殺さないように槍を尻から突き刺して肩を貫通させ磔にするという惨たらしい処刑だったのだ…。そんな間にも四肢を切断された捕虜が槍に貫かれ絶叫しながら磔にされ、藻掻き、苦しみ…そして苦しみの終わりを喜ぶように、緩やかに死んでいった。見ていたフリルですらも吐き気を我慢する様に顔を顰めていた。


「……酷えことしやがるぜ」




幾度と無く処刑に携わってきたラルフでさえも眉をひそめて口元を押さえ、生えかけの無精髭がチクチクする顎を撫でる。


「これはアレクセイの兵法における、捕虜を利用した精神攻撃ですね…。ああいう風に惨たらしく殺したもの達を敵陣に沢山並べる事で、敵軍の士気を削ぐつもりでしょう」



対してグリフォードは、当然とでもいいたげに、魔王軍の捕虜たちが処刑されていくのを冷酷に見つめていた。そんな事はわかってるっ―フリルは頭の中でグリフォードに怒鳴り、身体が震えるのを感じる…恐怖にではない、明確な怒りで…だ。


「…だめよ」



フリルは、グリフォードの隣で我慢の限界を静に告げ、グリフォードは驚きと共に目を向ければ、フリルは目をギラギラと怒りに輝かせていた。


「…あんなのダメよっ!!!!」


フリルは甲高い声を張り上げるなり、地面を蹴りつけ姿を消した…否、姿が消える勢いで処刑が行われている広場の中心に向かって飛び込んで行ったの。


「た!!隊長っ!?」



「やべう!!追い掛けるぞ!!」


動揺したグリフォードをさて置き、フリルの行動をいち早く理解したラルフとマリアは、互いに顔を見合わせて頷きあうとフリルの後を追い掛けて走った。



「やめなさあああい!!!」


フリルは瞬く間に草原を走りぬけ、一陣の風となって捕虜達の頭上を飛び越え、処刑場に飛び込むなり、今まさに処刑しようと捕虜を取り押さえていた4人全員を、両手両足を駆使した動きで瞬く間にぶっ飛ばした。


「あ…え?」



処刑されようとしていた捕虜の男は我を忘れて今起こった事に対して目を丸くし、少女の小さな背中を見る。



目の前に立つ少女【フリル】は、アレクセイ兵士達の様々な視線を受けながらも平らな胸を張るという揺らぐ事のない小さな外見に見合わない大きく明確な態度をさらした。



「わたしは!ゲノム王国軍聖騎士団隊長!フリル・フロル!今までの敵軍への仕打ち見せてもらった!!!卑劣極まりない故!!即刻中止することを申請するわっ!!拒否は認めませんっ!!」


フリルは良く通る声でキンキンと蝉が如く叫べば、アレクセイの兵士達はお互いに顔を見合わせ、そして全員声を揃えて不気味に笑いだした。


「ぎゃはは!ガキが何言ってやがるんだ?」



「そうだ!そうだ!それにゲノム王国だって?あそこはとっくに滅んだじゃねえかっ!」


そんな連中の中から、にやけ面をした銀色美しい甲冑に身を固めた一人が現れ、処刑台に昇るなり、馴々しくもフリルの肩に手を乗せようとした。


「ほら、お嬢ちゃん?どこから迷いこんだのかは知らないけど…」


ここは危ないよ?、彼は本当に親切のつもりだったのかもしれない。しかしフリルは肩を触られる前に小さく細い両手で男の手首を取って、そのまま関節を捻り、投げ飛ばした…。男は空中を大きく回転した直後に地面に側頭を思い切り叩きつけられ、横たわるともう立ち上がる事は無かった…。何があったのか理解する時間すら与えず、フリルは処刑台から降りて地面に転がった兵士の腰から銀色に輝く直剣を引き抜き、処刑第の上に陣取ると、ギャイイン!と音を立てて地面に突き立てた。



「…次、意見がある人は?…」


意見を述べたら途端に殺す…という殺気を纏ったフリルは全身から青白いレイヴン光を放出してアレクセイの兵士達をにらみつけた。


「の!…能力者!!?」


そのレイヴンの輝きの大きさに、アレクセイ兵の一人が驚愕と共に飛び退り、腰の直剣を抜いて構えた。それを合図に、その場にいたアレクセイ兵達は一人また一人と剣を鞘から引き抜き腰を落として構えてゆく。しかし、その構えは、見事とは言いにくく、心なしか規制を削がれ、完全に恐怖で腰を抜かすような弱々しささえ見え、鋭く相手の喉元に突き付けるべき剣先を僅かだが乱れさせている。フリルはそんな兵士たちに疑問を覚えるも、目の前に突き立てた直剣を引き抜き、ラフに身構えた。


「…いいわよ、全員纏めて相手してやるわ…」


こんな連中に敗ける訳がない…とフリルはアレクセイ兵士を嘲笑い、一翼の希望を宿した眼差しを向けてくる魔王軍の捕虜達を一瞥しつつ前傾姿勢になり、両足に力を込める。


「ブっ…ころっ!!」



「ストップ!!」



ぶっ殺す、と飛び掛かる寸前でグリフォードが駆け付けて声を荒げた、ラルフとマリアも遅れてフリルの下へ駆け寄る。




「あれは!?…」


「【迅雷】……【迅雷】だ!!…」


グリフォードの二つ名が出た途端、アレクセイと魔王軍捕虜の間に動揺の輪が広がり騒めく。グリフォードの名はそれなりに売れているらしく、グリフォードの介入を見たアレクセイの兵士達はこぞって不思議そうな顔をして、お互いの顔を見合わせている。


「わたしたちは国王の要請でやって来た増援です!敵ではありません!!」


グリフォードがそう叫ぶなり胸元から先程門番にも掲示した申請者を側にいたアレクセイ兵士に押し付け、それを手にしてまじまじとみたアレクセイの兵士は安堵のため息と共に仲間たちに顔を向けると、小さく頷いて武器を鞘に納めた。それに習ったアレクセイ兵士達も武器を鞘に戻しながらも、理解できない説明が欲しいという視線を聖騎士団全員に向け気まずい静寂…。



「なんの真似よっ」



静寂を切り裂いたフリルは忌々しげに言い放つなり、ため息とともに振り向いたグリフォードを睨む。グリフォードはそんなフリルの胸ぐらを掴んで強引に引寄せた。


「な!?」


驚きに目を見開くフリル、しかしグリフォードは首を締めるように手に力を込めて両目いっぱいに怒りを現し叫んだ。


「何をしてるは此方の台詞ですよ!!!何がしたいんだあんたはっ!!!…敵と!味方の区別も出来ないんですかっ!!?」


グリフォードにそう怒鳴られると、フリルは勢いで手首を掴み、グリフォードの身体をそのまま不思議な技で投げ飛ばして地面に叩き倒す。


「ふ…フン!!」


突然の仲間割れと、迅雷が軽々と幼女に投げ飛ばされると言う事態に、おおっ…と騒めきが起こるのと騒然となる。フリルは気にする出もなく皺になった襟を正して倒れたグリフォードを見下した。


「こんな処刑してるような連中が味方ですって!?…あきらかな非人道的行為じゃないのよっ!!敵と味方なんて関係ない!全然ないっ!!」


「……これは戦争です!!子供の遊びじゃないんですよっ!!!」



倒れたグリフォードは大声で怒鳴り散らしながら起き上がるなり、あきらめ悪くフリルに詰め寄った。



「あなただって!魔王軍の人を何百何千と殺したじゃないですか!それと!これと!なにが違うのですか!!?私が納得できる台詞を言ってみてくださいよ!!」


再び手がフリルの服に向かおうとすれば、角張ったラルフの腕がその手を掴み、フリルとグリフォードの間にマリアも割り込んだ。



「話せラルフ!退けマリア!!わたしはこのガキを……」


「グリフォードさんっ!!」


怒りで我を忘れたグリフォードの声をマリアは大声で掻き消した。マリアは一度振り返って、既に黙って何も言わないフリルを一瞥してから視線をグリフォードに戻して強く睨んだ。



「隊長だってそんな事わかっていますよ」



「だったら何故っ―」


「―でも!!」




今度はグリフォードがマリアが詰め寄られ、黙らされると、マリアはトーンを落として口を動かした。


「隊長は無抵抗な兵士を殺さない…。忘れたんですか?隊長はバズズの触手を掴んで敵の兵士を助けたていたじゃないですか!、酸がついている触手をですよ?あの時、隊長の掌がどんな酷い状態だったか分かりますよね?」



マリアがそう言えば、グリフォードも出そうとしていた言葉に詰まる…確かにそうだったからだ、そして残念な事に、怪我を回復出来るマリアがあの場にいなくともフリルは同じ事を即座にするだろうと断言できるのだ。


「だからよ〜グリフォード…隊長は、戦意の無え敵を無惨にぶっ殺して何の得になるんだっ?て言いてえんだよ…」



ラルフは腕を組み処刑の順番を待っていた魔王の兵士たち一人一人を見ていく。


「そ!それは!さっきも言ったとおり!士気を削ぐ為の…」


「魔王軍の連中にそんな姑息な手が通用するとは、悪いけどあたしは思わないわね…寧ろ、自軍の指揮を下げると思うけど?」



そうフリルに言われるなり口籠もる。グリフォードの横でラルフは不吉に笑いながら肩を叩くと魔王軍の捕虜を見渡した。



「しかっし、てめえら!なんだその情けねぇ面はっ!!悪名高い魔王軍の軍人なら…ら狂った笑いを浮かべながら戦って、立派に殺されやがれっ」


ラルフは、死んだような目をした捕虜達にそう言って喝を入れると振り返る。



「確かに、魔王軍の人間は極悪人だ…殺人なんざ当り前、盗むのも自由奪うのも自由、子供がほしけりゃ女を犯して手に入れろってな、最低の連中だ。俺も含めてな、人間のクズの集まりだ…でもよ…」



ラルフは感情を押し殺すように小さく呟いた。


「そんなクズでも俺達とおんなじ人間なんだよ。それを虫のように手足をもがれて磔にして何が楽しいんだ?…処刑するならもっと簡単に首をぶっ飛ばして殺してやればいいじゃねえかよ。」


どの口が言うんだ!お前達だって…といい掛けようとしてグリフォードを待たずして、ラルフは口を開いた。



「でもまあ…魔王軍でも捕虜一人を数人で嬲殺したりすっからな…ヒトの事は言えねえんだけど…な」



その目にかつて魔王軍にいたラルフは、もう何処にもいなかった…。グリフォードはそう悟り、出かけた言葉を押し留め、緩やかな笑みで唇を閉ざした。


「あんたらはどうだい?」

ラルフは、グリフォードを一瞥してから、その目を背後にいたアレクセイの兵士達に向けた。



「捕虜の人間を虫みたいにブッ殺したその手で、子供や女を抱きてえのか?」



そう言われて初めて、アレクセイの兵士達は顔に動揺を走らせて見合せ、直ぐに表情を曇らせる…。



「そこまでにしては貰えないかな?」


突然、二人の会話を遮るようなドスの効いた鋭い響き。それと共に、アレクセイの兵士達が次々に道を開けていく。その先には、他のアレクセイ兵士達のような白銀に輝く鎧ではなく。一目でアダマンチウム製であると分かる青い金属光沢を放つ重鎧に身を包んだ背の高い初老の男が、威圧感たっぷりに歩いてくる。


「【グレゴリウス】将軍!」



グリフォードは驚きに声を張れば、即座に前に行き、その場に膝を折った。


「あれが…噂のグレゴリウス?」


フリルは小さく隣のラルフに呟けば、ラルフは頷き、身を寄せる。


「俺も実物を見るのは初めてだが…間違いないな」



グレゴリウスはそんなフリルやラルフには目もくれず、グリフォードを見て目を丸くした。


「【迅雷】…グリフォードか!…ましな姿になったではないか!驚いたぞっ!」

グレゴリウスは、まるで久し振りに孫を見た祖父のように、グリフォードの顔を見下ろして言えば、グリフォードも合わせて顔を上げる。



「はい!…ご無沙汰しておりますっ!お会い出来て…」


そう言い掛けた所で、グレゴリウスは顎髭を撫でながら険しい顔をつくりつつフリル達に視線を移し、それに気付いたグリフォードは深々と頭を下げて身を退く。



「ふうん?…中々の切れ者見たいね…用心なさい」


ラルフにしか聞こえない程度のボリュームで低くフリルはそう呟けば、ラルフも頷く。


「そりゃな…蒼き重装の獅子【グレゴリウス・ドボルザー・グイン】…つったらアグネシア最強の傭兵【剛腕アドレー】と肩を並べる有名武将さ」


ラルフはそう言いながら、フリルの言葉に首を傾げた。


「…用心?」



ラルフの言葉にフリルは目を細めて大した興味も示さずに頷けば、前に出て、人を食ったように唇を不適に笑わせ腕を組んだ。


ワシの顔に何かついておるかのう?娘よ…と言いたげにグレゴリウスは顔を向け、グリフォードもその視線を追いかけるようにフリル達を見る。フリルは何も言わず、ただ小さく口を動かした…声はない、そして口を閉じると不気味に笑う。意味の分からない行動に、グリフォードは不思議な気持ちで首を傾げグレゴリウスに視線を戻すと。グレゴリウスはフリルを見たまま目を大きく見開き、口を開けたまま呆然としていた、が、直ぐに咳払いしてグリフォードに視線を送った。

「オホン…して…迅雷よ?、説明を求めたいのだが…その小娘等は何者だ?」



グレゴリウスは白々しくも今存在に気付いたかのように言葉を漏らせる、が、グリフォードは疑う事無く素直に頷き、立ち上がる。



「わたしと彼らはゲノム国王軍聖騎士団といいます」


短い紹介を終えるなりグレゴリウスは鋭く呼吸し。すぐにフリルに目を向け、暫く睨んだ後に首を横に振る。



「成る程な…ゲノム王国軍聖騎士団…グリフォード、貴様が隊長で間違いのか?」


グレゴリウスは、今迄の態度をがらりと切り替え、まるで小馬鹿にするような笑みを浮かべる。


「?……いえ、隊長はわたしではなく…そちらにいるフリル殿ですが…」



グリフォードは差し手でフリルを差し、それを見たグレゴリウスはますます嫌味に表情を歪める。



「成る程な、グリフォード…わしはアグネシアからの増援と聞いた時、百人以上の剣兵隊位は引きつれてくると思っていたのだが…来てみればたったの4人だけ、しかもその増援の隊長は生意気だけが取り柄の頭の足りなさそうな小娘とは…アグネシアは余程我々アレクセイを馬鹿にしているようだな」



「なっ!!…なんですってえ!!?…」


フリルが思わず身を乗り出そうとする、が、グリフォードが手を掲げてフリルを制止し口を挟む。



「お言葉ですが師よ。あなたはとんでもない誤解をしております、隊長は外見で想像するよりずっと恐ろしい人ですよ?…それと我々聖騎士団は、アグネシアではなくゲノム王国の国王【エリオール】様からの勅命を受けて参上したのです…」



グレゴリウスは途端に目を丸くし、立派な顎髭を撫でる。


「…エリオール王子からの勅命だと?…たった四人で?……あの小僧は戦を何と心得ておるのだ!!」



グレゴリウスは途端に怒りを顕にしてグリフォードを睨む。


「貴様も!!どの面を下げてワシの目の前にあらわれた!!ワシの顔に泥をぬる気だな!!!?貴様のような馬鹿弟子はワシはしらんぞ!!4人で増援だと?ふざけるな!!」



グレゴリウスは失望の念を嫌味と怒りに変えてグリフォードにぶつけると…グリフォードはそれを不適な笑みで返した。


「お言葉ですが、我々は一切ふざけて等おりません。我ら聖騎士団は一人一人が一騎当千…否、一騎当万は当たり前の猛将ぞろい…【4人しか】ではなく、【4人で充分】なんですよ」


あれだけグレゴリウスに対する文句に過敏に反応していたグリフォードは、正面から堂々と…誇らしげにそう言った。



「それは…言い過ぎではなかろうか?」


そしてアレクセイの兵士達に振り返り周りを見回し叫んだ。


「あの小娘をみてみい!…あんな小娘のどこに一万の敵を薙ぎ倒す力がある?わしには分からんな!」



グレゴリウスはいかがわしい者を見るようにフリルやラルフ達に視線を投げ掛け見回しながら、アレクセイの兵士達にも言葉を投げ掛けた。不意にグリフォードはため息を漏らして立ち上がる。



「隊長!!」


そしてグリフォードはフリルに向き直り、はっきりと頭を下げた。


「今迄の無礼!申し訳ありませんでした!!」


はっきりとした発音で叫んだグリフォードには誠意が滲み出ており、フリルはそれに苦笑で応え。それを見たグリフォードは真剣な表情で顔を引き締めてから振り返り、グレゴリウスを哀れむように見つめた。



「老いであなたの観察眼が弱まったと思うと、残念でなりません。」




「な!!ぐ!!グリフォード!!?貴様っ!!」



従順な彼からそんな台詞が返ってくるとは、夢にも思わなかったのであろう。彼の顎は不様にぶら下がっていた。



「あなたは何も分かっていない!アグネシアのエースであったわたしも、魔王軍の単独行動資格持ちのラルフも!、ウィプルが誇る最高の魔法使いであるマリアですらも!!先程、あなたがいかにも頭の悪そうな小娘と称したフリル隊長に力ずくで仲間にされたんですよ…素手で、一切の武器を用いずに」




「んなっ!!?」



その驚きはアレクセイや魔王軍の捕虜たちにも及んでいた。無理もない…魔法使いであるマリアは良く知られてはいないが、魔王軍の単独行動資格を持っているラルフと、アグネシアで【迅雷】の二つ名を持っているグリフォードはそこそこに名のしれた武将であるのだ、そんな二人が、素手の小さな小娘に手も足も出ずに敗れたとなれば…普通なら彼のような反応をするだろう。しかしグリフォードは更に追い討ちをかける。



「それだけで驚くにはまだ早い、隊長はウィンホーバロン領主、ゼリム・リット・レオナルドという名前を持った…名も無き三英雄の一頭、魔界の英雄たるフェンリルをも打ち倒したのです!、我々がどの方角からここへやって来たのかを考えれば…疑いようがありませんよね?」


その言葉にグレゴリウスは口をポカンと開けるばかりである…ネビル・アグネシアから最短でこのに地域へとやって来る場合、否応なくウィンホーバロンの領土である草原を経由しなければならないからである。



「うっ…ウィンホーバロンを横断してきたというのか!!?…そして…大軍である魔王軍を瞬く間に蒸発させるというあの化け物を倒しただとぉっ!!!?」



そして再びフリルに目を向けられれば、フリルは照れ臭そうに笑う。


「誉め過ぎよ、グリフォード何にも出ないからね」


グレゴリウスの眼は今度こそは驚愕に見開かれていた…ゼリムという名前は聞き覚えは無くとも、ウィンホーバロンの領主が巨大なフェンリルであり、フェンリルはこの大陸で名もない英雄の一頭と言われ、アグネシアの何処へ行っても広く知られているのだ。


「し…信じられん…」



グレゴリウスはそう漏らすなり落ち着くべく咳払いをすると、再び厳しい顔つきに戻る。


「で…では…その、ゲノム王国の救援が何故、我が軍の指揮を下げるのだ?…」



話を即座に切り替えたグレゴリウスにグリフォードはまだ分からないのか…と、失望混じりのため息を吐き出してフリルに顔を向ける。フリルは気恥ずかしそうに頬をかきながら前に歩み出た。



「シンプルな理由よ?、はあんたのやり方が気に入らない、以上っ」



そんな軽はずみな理由で処刑を中断させたのだ、しかもそれを実力で…グレゴリウスは三度空けられた口を塞げないでいると、フリルはグレゴリウスの事等もはや蚊程にも感じない様子で視線の淵に追いやると、グリフォードに目を向けた。


「命令よっ!今、生きてる捕虜全員を解放しなさいっ!」


フリルの指示に、グリフォードはビシッと踵を着けて姿勢正しい敬礼を見せる。


「了解です!、ラルフ!マリア!」



指示はグリフォードからラルフとマリアへ、二人はグリフォードの指示よりも早く立ち上がると、さっそく行動に移ろうとしていた。


「あいよ!」



ラルフは既に捕虜達の両手足を縛った縄を次々に腰から抜いた小太刀で切り裂いて開放し、その背後でマリアがラルフの開放した捕虜一人一人に手を翳すと、忽ち手から暖かい光が溢れ、触れた捕虜たちの傷を癒す。


「ま…まて!貴様等なにを!!?止めろ!!」


グレゴリウスも産まれて初めて見たのであろう魔法に驚く事もせず、次には4人を止めようと声を荒げていた。


「ほら、手えだしなさい」


グレゴリウスの叫びにはフリルやグリフォードには届かず、フリルも加わって捕虜となっていた兵士を解放しだした。


「ありがとう!ありがとうございますっ!!」


「あんた女神だ!!ホント女神だあ!!」




魔王の兵士達は、縄が解かれると共に惨たらしい死を間逃れた安堵から、緊張の糸が切れ、だらしなく経たり込み涙を流しながらフリルや聖騎士団の面々に泣きじゃくった。



「泣いている暇なんて無いわよ!皆は処刑されちゃった仲間を降ろして挙げなさい!息があればまだ助かる筈よ!」


「「り!!了解です!!」」


解放された捕虜達にも指示を飛ばし、捕虜達は戸惑いながら、先に処刑され磔られたもの達の下へ向かう。

数は既に百近くに及び、一人また一人と降ろされる度にマリアが飛んでいき、首を横に振るような光景ばかりだった。正直、マリアの回復が無くなった手足を蘇生させられるのか心配だったのだが、その内一人に魔法を掛け、手足を回復させた途端に心配は無くなった。


「ええい!…止めろ!!やめんか!!衛兵隊!!何をしておる!!止めさせい!」


あまりの出来事に惚けていた衛兵隊に檄をぶつけるグレゴリウス、しかし衛兵達は動き出す以前にグリフォード達に取り押さえられ、封じられてしまう。そうして、魔王軍の捕虜全てが解放されると、フリルは喚いた。


「皆!、忌ましめる縄が無くなったわね!さあ、選択させてあげるわ!あたし達と戦って華々しく死ぬか!!あたし達の仲間になるか!?」



フリルの奇声めいた喚きに、元魔王軍の捕虜達はこぞって顔を見合わせ、一瞬静まり返った…そんな一団の中から一人が歩み出てくる。それは四肢を切り落とされ、槍に串刺しにされていた所を運良く助かった青年、その視線の先には自らの手足を切り落とした処刑台があり、そこに乗った少女に顔を向けられており。大声で叫び返す。



「我が命はあなたと共に!!」


最初の一人は、迷いなくその場に片膝を付く服従の姿勢をとった。



「よしゃっ!乗ったぜ!!」



直ぐ様その左右に二人が並ぶと、忽ちその輪が広がり、気が付いた時には生き残った魔王軍捕虜の兵士達五十四人全員が、方膝を立てた服従の姿勢を示したのだ。



「な…なんなのだ…あの小娘は…」



グレゴリウスは呆然と口を開けたまま、何もできず、ただ処刑台のフリルを見上げていた。


「ほっほっほっ」



そこへ、その場に似合わない一際不思議な笑い声が響く。


「こ!国王様!?」



グレゴリウスがそう叫べば、フリル達全員の顔がそちらに向けられる。



「ふむ…楽にせよ」


そう言ったのは、白く長い髭を胸元まで伸ばしたみすぼらしい老人がいた、その身には布の半袖のチュニックにショートパンツ身につけられており国王と呼ばれるにはあまりにも情けない立ち姿の老人だった。



「国王様、まだここは危険区域ですぞ!」




グレゴリウスが慌てたように叫び立てて前に立つ。



「戦なのじゃから、何処へいても同じじゃろう?」


国王と呼ばれた老人は至極当たり前のように言って右手でグレゴリウスを制止し、前に出てるなり処刑台の上にいたフリルに目を向ける。




「……えっと」



フリルが反応に困って頬をかくと、老人はニヤリと笑う。


「わしはアレクセイで国王という仕事についとる、【エドモンド・マール・アレクセイ】じゃ、おまえさんが聖騎士団の隊長じゃな?」



アレクセイ王というのは職業じゃと言うような皮肉交じりに自分を蔑み一礼すれば、即座にフリルは高台から飛び降りて前にいた兵士達のように方膝をつこうとする。


「よいよい、子供は常に無礼講くらいがちょうどよいわい」



本来ならば子供扱いする人間相手には容赦しないフリルではあったが、不思議と苛立ちが出ず言われるがままに頷き精一杯に姿勢を正した。


「はい、わたしはフリル・フロルといいます、そっちにいるのが私の仲間で、剣士のラルフとグリフォードに魔法使いのマリアです」



フリルが聖騎士団の面々を順に差手で示して紹介すればアレクセイ王はそのたびに大きく頷いた。


「ほっほっ…エリオールから手紙で話は聞いておる。ウィンホーバロンからの遠征ご苦労であった!早速じゃが労いもかねて、わしのテントに来てほしいのじゃが…」


フリルはアレクセイ王の言葉を喰うように前にでた。


「いえ、その前にお願いが有ります!」


「貴様ッ!!」


フリルが前に踏み出すなりグレゴリウスが顔を真っ赤にして遂に腰の剣の柄を握りつぶせそうな握力で握り、飛び出そうとするが、直後、アレクセイ王はそれすらも右手で制し笑顔で頷く。



「分かっておるとも、君の部下全員に腹一杯の食事と酒の提供じゃろう?…」


アレクセイ王は全てを悟る様に言えば、フリルは大きく頷く。


「はい!、そうです」


そんなフリルの頭に手を置いて撫でたアレクセイ王は、直ぐに頷く。


「アンドレイ近衛隊長!!」


名前を呼びながら手を叩くなりアンドレイ衛兵長らしき男が兵士たちの間から顔を出す。


「フリル殿の部下に有りったけの食糧と酒じゃ、惜しみなく配るのじゃぞ!」



「了解であります」


アンドレイは愚直に従い、近衛兵達を集め出した。



「正気でございますか国王様!?彼等は元魔王軍ですぞ!!寝首をかかれます!!」


グレゴリウスが当然な意見を述べれば、アレクセイ王は首を傾げた。



「…フリル殿の目の輝きは純粋その物じゃ…言葉を交わさずともそれぐらい目を見れば分かるわい、そんな彼女が彼らを信じて部下と呼び、恵んで欲しいと言うのならば!アレクセイの王として信用してやらねばなるまい!」



アレクセイ王はそう言ってフリルに真っ直ぐ目を向けてくる、フリルは笑顔で応えた。



「ありがとうございます!国王様!」




アレクセイ王はそうして踵を返し、背中を向けるなりグレゴリウスが未練がましく膝をつく。


「国王様!!何卒!!何卒っお考え直し下さい!!」


「くどいぞ、何度も言わせるでない!さあフリル殿、此方へ」



アレクセイはそう笑いながら、振り向く事無く歩いて行った。


「くっ!…いつか後悔しますぞ…否…もう間もなく…」


グレゴリウスは、誰にも聞こえない様な不吉な笑みを浮かべてアレクセイ王の背中を睨み付け続け、近衛兵達が大量の食糧を運んできた事で行き交う人の流れの中に姿を消した。



「よしっと、じゃあ行ってくるわ…グリフォードついて来なさい」


「了解です、お供します」



グリフォードは軽く身体をひねって関節を鳴らしてから頷くと。それを見たマリアは笑顔で口元を緩める。


「それじゃあ…わたしとラルフさんはここに残って、近衛兵さんの食事の分配を手伝っいますね」


「ちょっ!!?勝手にっ」


ラルフが何か意見を口にするよりも早く、マリアは袖を捲り上げ食糧を配る近衛兵達の下へ走って行った。


「…マリアは無理な部位蘇生魔法を行使し過ぎて疲れているわ…万が一があるかもしれないからね、頼りにしてるわよ?ラルフ」


フリルはそう言ってラルフの背中を押してやると、ラルフはまんざらでも無さそうに、苦笑しながら忙しなく走りまわる兵士からちゃっかり小麦の練り物と酒瓶を調達して、マリアの傍に向かった。


「行くわよグリフォードっ」



フリルの声色には喧嘩の色は最早残されてはおらず、それはグリフォードも同じで頷く。


「了解です!隊長」


二人はそのままアレクセイ王のテントへと向かった。


「二人きりにして大丈夫なんですか?」



マリアはやはり心配だったのかその後ろ姿を見ながらラルフに問い掛ければ、ラルフは肩を竦める。


「グリフォードが隊長に殴られる事はあるだろうが…逆はねえよ」


ラルフは小麦の練り物を口に放り酒で流し込むと、新たに焼き肉を取ろうとしてマリアに手を叩かれる。



「断言しますね、ラルフさんは」


「たりめーよ、あいつと何年戦い続けたと思ってやがるんだ…」


ラルフは、うんざりしたような顔をして手を引き、肩を竦めながら一際大きく酒瓶を煽った―。




「おお!フリル殿、待っておったぞ!!先程はグレゴリウスのヤツが迷惑をかけたのう、早速お前さんには助けられてばかりじゃなっ」



いえ、とフリルは照れながらも、案内されたテント内を見回す。国王のテントと言うからには豪華な物だと考えていたフリルだが、フリル達を出迎えたそのテントは、兵士たちの使っていたテントよりも遥かにみすぼらしいテントだった。動物の鞣し革で作られた皮で辺りはボロボロ、中には藁が敷き詰められており、頭上には沢山の様々な干物が吊されており異臭が立ちこめていた。


「…国王がこんなテントにいて意外かの?」


アレクセイ王が、質素な木台を用意しながら聞けば、フリルは一瞬ギョッとしてから目線が自分ではなくグリフォードに顔を向けられている事に気付き顔を向ける。グリフォードは実に信じられないという表情を露にしていた。


「い…いえ…いっ!!」


「いえいえ、とんでもございませんよ!あっはっはっ」


グリフォードが否定するより早く、フリルは足でグリフォードの爪先を踏みつけてなじりながら声を荒げた。余りの痛みに飛び跳ねて開放と共にのたうち回るグリフォード、それを気に止めないフリルはニコリと笑うとアレクセイ王と木台を挟んだ形に座った。


「すみません、部下の監督不行き届きですね」


「気にせんでええよ、事実じゃからな」



アレクセイ王は気にするでもなく行軍バックからフラスコ型をしたワインボトルと、銀で作られたコップを3つ程取り出して木台に置き、それからかなり臭いのキツい干した小魚の塩漬けを大量に取り出し、一つを手にしてフリルに差し出してきた、余りの臭いにフリルの顔が歪む。



「ホッホッ、お嬢ちゃんにこいつはきつかったかの…まさかエリオールの手紙から想像しておった聖騎士団隊長殿が、こんなにも可愛らしいお嬢さんだったとは思いもよらなかったものでな…」



そう笑顔で答えつつ木台に転がして一つを握ると、3つの銀コップにワインを注ぐと、豪快に臭いのキツい小魚を頭からかじって咀嚼し、ワインを煽って魚を吟味するまもなく飲み込む、余りに豪快だった為に二人は終始無言だった。



「グリフォード、お酒あげる」


動かしたフリルは自分の銀コップをグリフォードに横流しすると、木台の小魚を手にしようとするが、余りの臭いのきつさに口に入れる事を躊躇い顔をしかめる。



「干したオタピもあるから、お嬢さんにはそれをやろう」



見兼ねたのか、アレクセイ王は立ち上がり、テントの天井に吊されたアグネシア南西に生息する発光蟲が入れられたランプを見上げ、その脇に吊されて薄気味悪い紫色をした木の実を取り出してフリルに差し出した、フリルは恐る恐るそれを手に取ると、鼻を近付けた…それは先程までの生ゴミのような臭いの魚とは違い、柑橘類のような甘酸っぱくも好ましい香りがした。


「それで、私達を呼んだ理由をお伺いしたいのですが?」


フリルは干したオタピの実を一口噛り、口の中に広がる日干しされた物特有の甘味と深みを味わいながら聞けば、アレクセイ王はオホンと咳払いすると実に言い辛そうに苦笑する。



「ふむ?…理由?、単純に主等を労おうとしていだけ……」


アレクセイ王は途中で言い掛けた言葉を飲み込んだ。何故ならフリルがアレクセイ王の目をじぃっと疑いの眼差しで見つめていたからである。


「エリオールめ…とんでもなく優秀な配下に恵まれたようじゃのう…」



アレクセイ王は諦めるように恨めしいという感じの声を盛らすと、改めて、今度こそ肩の力を抜き、口を開いた。



「おまえさん達、先の奇襲作戦は見たかの?」



フリルとグリフォードは同時に頷く。


「見た…と言うよりは結果を確認した…ですが」



グリフォードはそう付け足すと、アレクセイ王はにこやかに笑いかけてまっすぐに見つめる。


「うむ、ならば話は早い…見て、どう思った?」



アレクセイ王の問にグリフォードは腕を組み、形のいい顎に手を置いて思考を凝らす。



「完璧な作戦…でしたね、話によるとアレクセイ側は一人の犠牲すら出していないとか…流石はグレゴリウス将軍という所でしょうか?」



そう、褒めちぎれば…グリフォードの隣からため息が洩れ、見ればフリルは手にした木の実にちびりと噛み付いて小さく果肉を噛り、租借しながらも哀れむような目を向けている。



「な…なんですか?」



グリフォードは少し侵害そうにフリルに言えば、フリルは肩を竦め、口の中の果肉を飲み込む。



「あんた、ラルフの言ってた言葉を聞いてなかったの?」


聞いてはいた、しかし聞き流していたグリフォードは首を傾げる。と、フリルはますます盛大な溜め息を吐き出す。



「…魔王軍の兵士達は戦好きの強者ぞろいだからあっさりやられるのは可笑しいって言ってたの、ラルフの言葉が本当ならば…如何に魔物がいなくとも…例え奇襲が成功したとしても…アレクセイ軍の戦力を疑うわけじゃあないけど…彼ら一人一人はレイヴン能力者ではないの、であれば?戦好きな魔王軍を相手に、味方同士の混戦も予想される奇襲作戦で、犠牲の一人も出さない完璧な作戦だなんて…出来すぎているとは思わない?」



フリルに問われたグリフォードは渋々頷く。



「ですが、グレゴリウス閣下の作戦指揮があれば…彼は軍師としても優秀な才能を持っています」



「だったら、何故奇襲作戦なのに処刑する捕虜が必要なの?…不思議じゃない?あたしなら投降する兵は仲間にするけど…、いくらこの場所が城から近いから補給が容易に行えるにしたって、食糧や水に限りのある遠征で捕虜を連れ帰るなんてディスアドバンテージにしかならないの、だから、わざわざ連れて帰り、見せしめに処刑する必要なんて無い、その場で斬り倒すのがセオリーだわ。そうすれば手間も省けるし、全滅させちゃえば襲撃を聞いた増援が駆け付るまでの時間が稼げる上に…近くに偵察を配置しておけば、増援の情報もいち早く手に入れる事ができるのよ?…戦争ってのは古くから情報戦と言われるくらい、情報は重要な武器よ?増援部隊だって、そのままその日の内に攻めて来れる訳もない。否応なしに焼け残った陣地を再利用しようとするんだから、偵察を置いてさえいれば常に先手を打って奇襲が行え…絶大なアドバンテージを得る事が出来るわ」


フリルは、一通り喋り終えてから渇いた口を懐から取り出した小さな水筒の水で濯ぎ、飲み込んだ。



「あの場に、偵察部隊の気配は無かったし、不自然な物も見受けられなかった…綺麗過ぎたのよ…そうすると、テントと死者達を焼いていたのは何かを隠すため…というようにしか見えないの…」



何か引っ掛かる…フリルはそう言いかけて黙り込めば、今迄聞くだけに集中していたアレクセイ王は、まだあどけない少女であるフリルが、一流の軍略家もビックリな洞察力を見せつけられ、驚きに口すらも空いたままだった。



「…たったあれだけの情報でそこまで引き出すとは!!…わしも流石にそこまでは考えつかんかったわい…」


アレクセイ王は心のそこから歓迎した様に述べれば、聞いていないフリルは何かを悟る。


「アレクセイ王、今ここにいるアレクセイ軍の兵士達は、正式なアレクセイ王国の軍人なのですか?」



突拍子もない言葉を受けたアレクセイ王は、ただ目を丸くしていたが、直ぐに頭を切り替えたように表情を引き締める。



「少数は正規の軍人じゃが、もう大半は国民からの有志じゃが…」



「成る程…では顔見知りは…近衛隊の人間とグレゴリウスのみなんですね?」



フリルの問いにアレクセイ王は小さく頷くと、途端にフリルは何かを悟り、表情を緊張に引き締める。グリフォードに目を向け声を潜めた。


「グリフォード、直ちにマリアとラルフ…それと魔王軍の捕虜達と広場の近衛兵達の全員を、直ちにここへ招集させなさい…出来れば馬も欲しいわっ…抜剣も許可する…途中、アレクセイの鎧を着た人間に声を掛けられたなら容赦なく斬りなさい」



「…え?…あのっ…」



グリフォードは一瞬、何を言っているのか理解出来なかった、それはアレクセイ王のも同じな様である、痺れを切らせたフリルは立ち上がり、左手でグリフォードの腕を掴んで引き起こし、体を回転させて出口に向けさせると、右手で強めに背中を叩いた。


「早くっ…」



グリフォードは渋々頷くと立ち上がり、呆然としたアレクセイ王を一瞥し、そのままテントから飛び出して行った。



「ふ…フリル殿?い…今の指示は?…」


状況が掴み切れない様子のアレクセイ王、目の前で自軍の兵士が声を掛けてきたら斬れ…等という指示を飛ばされたなら、普通なら怒り狂って剣を抜いただろうが、アレクセイ王に限ってはおろおろとしているだけだった。フリルは素早く側に行く。



「いいですか?…落ち着いて聞いてください…」



フリルは最低まで声を潜めて言うと、アレクセイ王は固唾を飲みフリルの言葉を待つ。



「先程の奇襲作戦は、アレクセイ軍の兵士と魔王軍の兵士を入れ替えるための計略です…」



「な!!なんじゃっ…」


声を荒げそうになるアレクセイ王の口を、フリルは手で塞ぐ。


「恐らく、出陣した道中で、あの駐屯地に本来駐屯していた魔王軍の本隊に奇襲させたのでしょう。アレクセイ軍の兵士達を皆殺しにして鎧や武器を奪って着込み、…そしてそのまま元ある陣地へと切り込んで残されていた魔王軍の敗走兵達を始末し、アレクセイの兵士達の亡骸と一緒に焼き払った…そして疑われぬよう捕虜をつれ帰り、処刑した」



「…じ…じゃあっ…つまり!」



「アレクセイ王が連れてきた数人の顔を知っている軍人は、処刑広場で処刑を行っていた近衛兵数人なのではありませんか?」


言われたアレクセイ王は髭に手を触れ、撫でる…しかし動揺を殺し切れずに首を傾げた。



「た…確かに…確かにそうじゃ…じゃがっ!…なら…ならっ…我がアレクセイの三百の部隊はっ!?……」


「多分、いまこの駐屯地にいる残っているアレクセイの軍人は、処刑場にいた近衛兵だけね以外の兵士達は…」



フリルはそこで小さく愛らしい唇を紡ぎ、目を伏せて首を左右に振った。



「そ…そんなっ…わしを信じついてきてくれた民達が…皆…?」


そのショックは相当なものだったろう、そして次の瞬間、フリルのいやな予感が的中するのだ…。



「た!隊長っ!!」


グリフォードが慌てふためいた様子でテントに飛び込んで来た。その様子には焦りが現われており球の汗を流して息を荒げている。フリルはゆっくり立ち上がり首を傾げた。


「何かあったの?」




そう、冷静に問われると、グリフォードは慌てた様子でフリルに詰め寄る。



「アレクセイ軍の反乱ですっ!いまは大丈夫ですが、このままでは押さえ切れません!!……早く脱出を!!」


フリルの服に触れ、強引にテントから出そうとする、しかしフリルはその手を取る。


「ねえ…グリフォード、後ろ向いて?」



突然愛くるしい笑顔でそう言ったのだ、グリフォードはギョッとし、アレクセイ王も意味が分からなかった様子で、目を丸くする。



「…は?…後ろ…ですか?」



グリフォードは意を反する様な仕草をする、が、フリルは外見に相応しい動きでグリフォードを急かした。


「ほらほらっ、さっさと向くっ」


無邪気に手で服をぐいぐいと引かれて、グリフォードは怪訝そうに背を向けた。

「ありがと〜」


フリルは歌うような声で傍に行き、目を凝らすなり左手に青いレイヴン光を纏わせ…。


「さよなら〜」


【ズドン!!!!】



そんな音がグリフォードの体に響く、それと共に広がる鋭い痛みが背中から腹にかけて稲妻の様に突き抜ける。見れば、グリフォードの腹から細く短い手が生えていた―否、背中を突き刺した手が、体を貫いて腹をし突き破っていたのだ。「――!!!?」



悲鳴をあげようとした口が小さな手に掴まれ、たったそれだけで声を潰されてしまう。フリルは無邪気に腹から腕を引き抜くと、おまけとばかりに内臓を掴んで引き抜いていた。



「っ!!!…」



声にならない呻きをあげるグリフォードは口から血へドを吐き出して崩れ落ち、フリルを見つめながら、絶命した。



「お…お前さんっ!」…そやつはお前さんの…」



突然のフリルの行動に、アレクセイは動揺を隠さずにフリルに詰めよった、しかしフリルは、小さな唇に人差し指を立ててあてがい、死体になったグリフォードを左手で指差した。死体はたちまち光に包まれ、黒服の老人へと姿を変えてゆく。


「の!―能力者?…」



アレクセイ王は再び荒げようとする声を自らの意志で低め言えば、フリルは頷く。


「ええ、目で見た者の姿に変化する事ができる能力者のようですね…」



フリルは冷静にそうつげれば、アレクセイ王は怪訝な顔をする。



「ど…どうやって見破ったのじゃ?わしにはわからんかったのじゃが…」


するとフリルは、クスリと悪魔の様な笑みを浮かべて右手を開きアレクセイ王に曝す。


「なっ!…」



アレクセイ王は驚きに声を漏らしそうになり口を塞いだ。なぜならば、フリルの右手には、紫色の瑞々しい果肉がべったりとこびりついていたからだ。それは先程フリルに手渡したオタピの実である事は明らかである。



「…そうか、あの時…」



フリルは、事態を察知し、さり気なくオタピの実を握り潰し、汚れた手でグリフォードの背中を叩き目印を付けたのだ。オタピの実は、食べる以外にも服を淡い紫色に染める染め物としても用いられる事があるほどに色素が強い、例え水気の少ない干されたオタピであっても、その手を紫色に染める位は容易く、握り潰したとなれば。水でも落とす事は出来ない…つまりはその手で背中を叩けば、グリフォードの様な純白の制服には、かならず紫色の汚れが付く、派手に握り潰していたのだから見間違えるわけもない…。しかし。


「どうやって?―」


どうやって気付いた?外見を自由に変える事の出来る能力者の存在を…。その思考はフリルに届いた様で、フリルは苦笑した。


「内通者が一人だとは限りません、あたしならもう一人は用意します…そういう能力者がいたなら、必ず採用しますから…」


言い掛けたフリルの表情が、無邪気で悪戯めいた顔から、獰猛な獣か鳥のような鋭い顔に切り替わり、目を左右に動かしながら右手を口元に持って行き、再びゆっくりと指を立てる。



「1…2…10人か…弦の張る音…弓ね…ならグリフォード達じゃないわ…」


フリルは傍に立て掛けてあったアレクセイ王の宝剣を手にし、音を立てない様に抜き放った。



「身を丸めて下さい…2…1…いまっ!!」


指示したフリルはアレクセイ王の挙動を見るより早くランプを、中にいた発光蟲ごと切り裂き、飛び散った可燃性の体液がテントに飛び付くと、忽ち炎が沸き上がり敷き詰めていた藁に移るなり一気に燃え広がれ、何を!?等と考える間すらなく、フリルは目にも止まらない早さでテントをに切り裂き、右足に青い光をまとわせて地面を強く踏みつけた。


【ズド…ン!!!】



凄まじい衝撃が地面を叩き、土埃がテントを打ち上げて火の着いた藁が炎の海の様に全体に広がってテントに引火、それが竜巻のように高々と打ち上げられる。その間約一秒、その瞬く間に行われた出来事は、外にいたアレクセイ軍に扮した魔王軍にもテントが突然爆発したのだと錯覚させ、こんな中で生きている筈がない…と、矢を放とうとする者すらおらず、有ろうことか矢を矢筒に戻してしまっていた。



「【火遁・塵隠れ】……」


瞬く間に土埃の煙の中から飛び出てきたフリルは、そんな事を言いながら目の前の一人の身体に手にした宝剣を深々と沈める。


「がっ…」


刺された兵士は小さく呻き、何があったのか理解する間もなく絶命し、フリルにとっては大きな身体を脱力させる、フリルはそんな死体を大きく凪ぎ払う。



【バァン!!】


まるで風船のような破裂音が鳴り響き、払われた亡骸の身体が空中で引き裂かれ無数の弾丸となって飛び散り、呆然と直立していた数人の弓兵士達を直撃する。あるものは骨に頭を砕かれ、またあるものは血肉に身体を貫かれて死を撒き散らす。


「ひ!」


そこで兵士達はようやく事の重大さに気付い、が、フリルを相手にそれでは遅過ぎると言っても過言ではなかった。


「シッ…!」



完全に忍んだフリルは、短い気迫と共に身体を衝撃で打ち出し、近場にいた兵士の懐へ飛び込むと、手にした宝剣で弓もろとも肩口から斜めに斬り裂いた。



【バキン!!】


兵士を斬り倒すと共にアレクセイ王の宝剣が破砕音と共に中程からバッキリと折れて柄だけがフリルの手に残される。


同時に風を切る音が耳の側でこだました、唖然てしていた魔王軍の兵士達が我に返り、体勢を立て直そうと矢を放って来たのだ。フリルは前傾姿勢で駆け出しながら砕けた剣を目の前の一人に投げつける。



【ズドン!】


砕けた剣の柄は衝撃で打ち出され、目の前にいた兵士の上半身を丸々ぶっ飛ばした。


「ち!!ちくしょう!!なんだ!?なんなんだあのガキわあ!!」


兵士の一人が化け物じみたフリルの動きに声を盛らし、高速で近付かれ、フリルに矢を放つ事すら出来ずにその上半身を高々とたたき飛ばされる。


「くそっ!国王を仕留めろ!!ガキは後だ!!」



頭の回る奴はいるようで、指示が飛ぶと共にその場にいた全員の視線が即座に土煙のなかで蹲るアレクセイ王に向けられる。


「放っ……」



指示を出そうとした瞬間にはアレクセイ王の姿が掻き消える。


「な!!…」


動揺を顕にする兵士達…瞬く間に四人まで減らされた兵士達は顔をキョロキョロと動かしアレクセイ王をの姿を探す。


「う!!うわあああ!!」


即座に悲鳴が響けば、アレクセイ王を片手で引き摺った小さな少女が、兵士を細く短い手刀で頭から空竹割りにした。


空竹割りにされた兵士は、あの駐屯地にいる連中ならば誰もがしるナイフ好きだ…特にスローイングナイフが好きで、常に鎧の内側に隠していたのである、その兵士は竹のように二つに割れて切り裂かれた鎧の隙間から沢山のスローイングナイフが取り付けられたベルトが姿を現し、小さな女の子が即座にそれを抜きとる姿を鮮明に捉えていた。次の瞬間、それを見ていた兵士をも含めて残っていた三人の額に、白銀の鋭い光が突き立ち脳髄を貫かれ絶命した。


「は!!…えほっ!!…はあ…はあ!!…」


三人が倒れて動かなくなると同時に、フリルは手にした空のナイフベルトを放り、息を切らして地面に膝を着いた。衝撃を使っての瞬間的な移動は、小さなフリルの肺にとてつもない負担を掛ける、フリルはもう二、三度むせてから即座に息を整えると身を起こす。


「無事ですか…?」



顔は向けずに周囲を見回しながら聞かれたアレクセイ王は、唖然と何度も頷いた。


「ぶ…無事じゃ、お主は…っ!!?」


「大丈夫ですっ…」


しかし、息を切らして言うフリルの背中、白いチュニックの中央から赤い染みが滲んでくるのをアレクセイ王は見逃さなかった。それだけではない、両肩からも赤い血が滲みでて広がっていくのだ…。


「な…け!怪我をしているではないか!!…」



慌て、何か応急手当てを、と動き出すアレクセイ王の体を、フリルは片手で制す。


「大丈夫です…、単に前に受けた怪我の傷口が開いただけですから…」


そう、フリルは口元を笑わせた。しかし、その声は、とても健康な人間の発する声ではなかった…。


「…だ!大丈夫な声しとらんではないか!ワシなど見捨てて逃げよ!お嬢さん!!」


アレクセイ王は立ち上がり、近場に倒れた兵士から剣を奪い、フリルの身体を掴む、だがフリルは首を横に振った。



「駄目です!あなたがここで討たれたらネビル・アグネシアは魔王にアレクセイを売った逆賊として吊し上げられる!そうなればアグネシアは連合国からの支援を失い…国は孤立、魔王軍を加えた連合国に攻め入られ…アグネシア大陸は魔王軍に制圧されることになるんです!」



そんな事まで…と、アレクセイ王は自らの無知を恥じた。そんな事を話している間にも、騒ぎを聞き付けたアレクセイの鎧を纏った兵士達がわらわらと現れて周囲を囲み、腰だめに構えた長い槍を構え静かに向かってくる。


「く…!」


フリルはよろよろと身構えようとする、…が、膝に力が入らず、身を起こす事すらままならない。


「う…動きなさいよっ!!この馬鹿身体っ!!」


フリルは自身を怒鳴りながら立ち上がり、今度こそ身構えれば、アレクセイの鎧に身を包んだ魔王軍は互いに顔を見合せ、不気味に笑いながらじりじりとにじり寄り始める。



「ふ!フリル殿もう良い!!」


「大丈夫です!!」


絶対絶命…しかしフリルは希望を棄てず、こんな状況にも関わらず無防備にアレクセイ王に振り返り笑いかけてきた。


「仲間たちが来ました…」



「【レイヴン・ストリーム】!!!」



突如巻き起こる音速で奮われる剣により起きる暴風が、フリルの前にいた兵士達数人を纏めて切り捨て撒き散らしてから、息をする間も与えずにフリル達の頭上を飛び越え、フリル達の背後で唖然と口を開けていた二人の首を跳ね、槍を手にした兵士たちの首を片っ端から打ち上げた。



「お待たせしました!」



それはグリフォードだった、グリフォードは声を荒げるや爛々と瞳を輝かせ獰猛に開かれた口を笑わせ、烈火の如く敵兵士に襲い掛かった。


「ぬえい!!迅雷か……無視だっ!!足の鈍い小娘とジジイを…!」



部隊の隊長らしき人物が吠え終えるより先に、その右頬を強烈なパンチが抉り、そのまま飛ばされた身体はきりもみ回転しながら赤い輝きに包まれ、テントに身体を突っ込ませると共に強大な轟音とともに熱エネルギーと衝撃を撒き散らして、辺りにいた大量の兵士を一撃で焼き尽くした…簡単にいうと爆発したのだ。



「俺もいるぜ、忘れんなよな!!」



一撃で数多の敵兵を葬ったラルフは、自らを主張するように鍛えぬかれた肉体でポーズを決め、手近な敵に襲い掛かる。



「て!!敵はたった四人だ!!数で攻めれば!!」


【オオオオオ!!!】



そこに怒涛の勢いで元魔王軍の騎馬部隊が駆けつけ、完全な不意討ちの形で傾れ込んでくる。


「矢だ!!矢をいかけろ!!近付けるなー!!」


支持よりも早く沢山の矢が元魔王軍に飛んでいく。


【ガァン!ガァン】


しかし矢は元魔王軍の騎馬達の手前で見えない壁に阻まれ弾かれる。それは魔王軍ならだれもがしる魔法結界だった。



「ふ!フィールドバリアだとっ!!?は!!話が違うぞーー!!!」


喚きたてた指揮官の顔面を傾れ込んだ騎馬の持ち揺る勢いと共に突き出された槍が貫き、叩き飛ばす。


「こ…後退!!後退しだああ!!!!」



フィールドバリアを見た焦りに魔王軍は完全に戦意を喪失して総崩れし数を減らされていく、しかし、運良く騎馬部隊の攻撃から逃れるられた魔王軍は、流石の手際で脇目も振らずに引き上げて行った。


「……う」



「隊長!!」


魔王軍の撤退と共にフリルを支えていた緊張の糸が解け膝を折ると、騎馬隊の中から飛び出してきたマリアが抱き止める。



「隊長!また無茶して…!!」


マリアは泣きだしそうな顔をしながらも、フリルの服上から回復をかけはじめる。



「マリア殿、フリル殿は何故…」


アレクセイ王は改めてフリルの怪我を見れば、包帯の上からですら露骨に分かる酷い傷に、顔を歪める。



「ウィンホーバロンで…領主であるフェンリルと戦った時の怪我です…」




聞いたアレクセイ王は目を限界まで見開き、まじまじと、感動したようにフリルを見る。


「なんと…フリル殿はそんな怪我を推してまでわしを…」



「敵は退却しました、我が方の損失は近衛兵以外のアレクセイ兵全てだけです…」


そこへグリフォードがやって来て手短に言うと、回復で多少顔色が良くなり始めたフリルは頷く。



「でしょうね…馬は?人数分確保出来たのかしら?」


聞かれたグリフォードは大きく頷き、同時に大量の蹄の音が聞こえたためにフリルは確信を得る。



「人数分の馬は確保できたぜ!!全員騎乗してる!!次の指示をくれ!」


その真ん中にいるらしいラルフがやってきて叫べば、フリルはマリアの身体に支えられて立ち上がる。


「た!隊長!!まだだめですよ!」


フリルを止めようとしたマリアだが、フリルは首を横に振る。


「今は一秒でも惜しい…早くここを離れないと一万を超える大軍勢が詰め寄せる…囲まれたらもう脱出は出来ないわ…あたしはこんな所で終わりたくないのよっ」




フリルは身体に気合いを入れて立ち上がり、アレクセイ王を見る。



「馬は乗れますか?」


その問い掛けにアレクセイ王は口をゆるめ笑わせる。


「小娘が誰に言うとる!、わしの馬術は一流じゃ!」



「では、アレクセイ王国までの道案内を頼みます」


アレクセイ王は大きく頷いて、近衛兵の側に駆け寄り、手慣れた様子で馬に跨る。


「あたし達も乗るわ…マリアは今回あたしの後ろに…乗りなさい」


「え!ですか…」




フリルはマリアに向き直ると苦笑した。


「フラフラだし手綱も握れないの…身体があまり言うことを聞いてくれないのよ…」



フリルはそう言いながらも首からぶら下げた笛を吹き、途端に黒馬が現われると、黒馬はフリルを気遣ってか身体を屈めれば、フリルは軽く苦笑しながらよじ登り、そんなフリルのお尻をマリアは押して鐙に跨らせると、決意を固めてその後ろに腰掛けた。


「よし!、全員馬にのったの!!二列縦隊で隊列を組みつつ前進じゃ」


アレクセイ王は見事な指揮で部隊を二列に並べて隊列を固める。



「ラルフ、最高尾をお願い…グリフォードはっ…最前列」


フリルは痛む傷を押えて、絞るような声でグリフォードとラルフに指示を飛ばし、アレクセイ王の直ぐ後ろに並んだ。



「マリア!…フィールドバリアーの詠唱を頼むわね」


「は!…はい!」



険しいマリアの表情は、馬に揺られる恐怖で固まっていた、事実フリルのお腹に回された腕は震えている。


「聞いて、マリア…」


フリルはそんな震えているマリアの手を自らの手で包む。



「この行軍…あなたが機能しなければ…皆が死ぬ事になるわ…勿論あたしも」



そう言うと、マリアの震えが突然ピタリと止まった。


「そ!そんなことはさせません…隊長だけは私が守りますからっ!」



フリルは今一度、マリアの表情を伺う…マリアの表情はやはり落馬の恐怖に引きつっている、しかしその眼にはフリルを守るという確固たる遺志の光が輝いている。


「頼りにしてるわよ、マリア」


「任せて下さい!」


その時にはもう、お腹に回されたマリアの両腕に震えはなかった。フリルはもう一度念を押してアレクセイ王に叫ぶ。


「マリアのフィールドバリアと同時に前進してください!」


直ぐに背後の騎兵たちに目を向ける。



「皆、知っての通り、フィールドバリアの効果中はいかなる物理攻撃も通用しなくなります!矢や槍に当てられた衝撃で落馬したりしないように覚悟なさい!!」


フリルが一通り叫び終えると、耳にマリアの詠唱が響く。



「隊長!!」



最後尾から危険を告げるラルフの声、同時に獣のような集団の雄叫びや蹄の音が反響し、大部隊が近づいている事を示す。



「わたしは先行して道を造ります!」


正面からも敵が目視できたらしく、最前列のグリフォードが素早く先行していった。



「【フィールドバリアー】!!」


同時にマリアの魔法が発動し、並んでいた騎馬兵全員に白銀の輝きがまとわりつく。



「よし!!全軍突撃!!目標!!アレクセイ!!!」


アレクセイ王の一喝と共に、馬立ちが駆け出すとフリルとマリアも後を追いかけ、二列に並ぶ五十の騎兵たちがそれに続く。…遥か後方で強烈な爆発が発生して音が空気を揺らす。ラルフの能力による爆発が炸裂したのだ…そんな中、フリルは空を見上げた。空は既に夕暮れの紫に染まり、美しい金色の月が出番を待っているかのように添えられていた。





駆け出したフリル達一行は、先行して敵を蹴散らし続けるグリフォード、後方で爆発を起こして敵の進軍を鈍らせるラルフの活躍で、今のところ順調に敵の中を進んでいる。時折、左右の茂みからの矢や槍による不意討ちに見舞われるも、マリアの魔法【フィールドバリアー】の恩恵で無作為に味方の数を減らされる事態には陥ってはいない。さらに目を見張るのは元魔王軍の兵士達である、フィールドバリアーの恩恵化に慣れている彼らは、左右からの襲撃を察するやフィールドバリア発動中は無防備になるマリア横に並んで身体を割り込ませ盾となり、手にした槍での的確な反撃で敵兵を仕留めて数を減らす。そしてフリルの指示に忠実に従い追撃はせず…あくまでも近づいて隣接してくる敵兵達を反撃で片っ端から迎撃するにとどまっていた。



ラルフの言っていた言葉は嘘ではない、五十という数の元魔王軍の兵士達は一人一人が実に優秀なのである。フリルはそう思い、優秀な彼らすら捨て駒にする魔王軍の体制に拒否反応に近い嫌悪感を抱いた。



「まもなく森を抜けるぞい!!そうしたら真っ直ぐ城じゃ!!近衛隊長!!帰還ラッパを!!」



アレクセイ王の指示を受けたアンドレイ近衛隊長が、腰のラッパを口に持って行くと、森を抜けるタイミングを計る。



敵の包囲網を抜けたのか、先程より喧しかった敵の襲撃は今はない。



そしてフリルの視界に薄暗い森の切れ目が映る。



「隊長!!!」


しかし、遥か前方を先行していたグリフォードが森を抜けた途端に声を荒げて馬を止め、フリルに叫んだ。



「敵の大軍の待ち伏せです!!一万はいます!!!」


その言葉にフリルは耳を疑い、アレクセイ王やラッパを吹こうとしていたアンドレイ近衛隊長すらも唖然とする。フリルは、黒馬の腹を蹴飛ばして一気に列を抜けると全速力で最前列のグリフォードの側にいき目の前の光景を見据える。見渡す限り開けた広い草原が視界いっぱいに広がり、遥か彼方に聳える巨大な城壁がアレクセイ王国である事が伺える。しかしその間には無数の黒々とした何かが蠢き、蟻の大軍が巨大な獲物を包囲するが如く人の群れが横に広がっていた。その手には燃え盛る松明と白銀に煌めく武器が握られ、黒光りする魔王軍のガンメタが映し出された。



ゴクリ、とフリルは生唾を飲み込む…余りの敵の数に冷や汗を流していた…例えフィールドバリアーといえど、その守りは完璧ではない。敵の大軍に集中砲火されれば効果が薄れてその隙間に攻撃が割り込むのは明白である。フリルは手綱を握る手をマリアの手に移した。


背後からは何も知らないアレクセイ王と五十数人の部下が駆け付けて来ている蹄の音が響いた…。彼らがこれを見たら絶望の淵に落とされるのは明白だ…ならば…、全員が生き残るためには…、フリルは唇を噛みながら震える声でマリアに言った。



「マリア…痛みを感じなくなる魔法をあたしにかけて」



それはちょっと前、怪我をしたフリルにマリアが悪ふざけで呟いた魔法の事である。マリアはフリルの言葉が理解出来ないという顔をした。


「あっ!あの魔法は…効果が切れた後に…我慢した痛みを倍にして身体を襲うんですよ!?フリルちゃんがそんな耐えられるわけないっ!!…」


本当に心配しているのならば、そもそもそんな魔法がある事をあたしに教えなければ良かった…今からでも嘘です、そんな魔法はありませんと言えば良かった…程々正直者のマリアに、フリルの胸は更に熱くなった。


「この大軍を突破するには、それしかない…あたしが万全なら切り抜けられる…だからお願いマリア…あたしはこんな所で終わりたくないのよっ!」


フリルは、今できる限りの確固たる意志をマリアにぶつけた。マリアは考えるような仕草をし…そしてぽつりと言った。



「効果時間は…5分だけにします…」


脅すように言い、フリルの背中に両手を掲げる。



「【ペイン・キャンセル】!!」


途端にフリルの身体を青い輝きが包み込み、一気に身体が軽くなる。



「マリアはグリフォードの後ろに!…あたしが敵陣を切り裂く!!」


フリルは手早くマリアを馬から降ろし、馬の腹を蹴り付けるなり敵の大軍めがけて突撃した。



無慈悲にも敵の先頭は弓を従えており、腕を振り上げると…猛然と突撃してくるフリルにむかって矢を放つよう、腕を振り降ろした。


途端に沢山の矢がフリルの全身をハリネズミにするが如く降り注いでくる、しかしフリルは回避行動は行わず、ただ真っ直ぐ一点めがけて突撃していた…そのかわり彼女の愛くるしい顔の、その口元に凄まじいまでにエネルギーを凝縮させたレイヴンを込めていた。



【ア―アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――!!!】


それは絶叫、甲高くよく通る少女の声…声というのははっせられた空気が舌の動きと喉の収縮による調整さではっせられた音であり、音とは空気を叩いて響かせ、相手に届けるのであり…つまりは音が空気を叩く際…少なからず衝撃を発生させる事になるのだ。つまり、衝撃のレイヴンエネルギーを凝縮した口元に大声をぶつけたらどうなるのか?簡単な答えだ…、広範囲に破壊を振りまく衝撃波に変わるのみ。



フリルの大声は突風を思わせる破壊エネルギーとなり、飛んできた矢を纏めて弾き飛ばすなり背後で固まっていた大軍の一角に突撃し、僅かに範囲に触れただけで人間の身体が粉々に砕けて消し飛ばされる。それは広範囲にも及び、たった一度の絶叫が大軍で道をふさいでいた一万の兵士達の数百人を纏めて消し飛ばし、隊列に穴を開けたのだ。



フリルは間髪入れずに二度目の一撃を放とうと口の前に衝撃エネルギーを凝縮させる。


「散れ!!散れー!!第二波が来る!!!急げーー!!!」


大軍を散らすにはたった一撃で充分だった、一撃の余りの強大さに臆した敵の指揮官達はフリルが第二射に入ろうと身構えるなり今まで鉄壁だと思わせた壁の陣形を意図も容易く解除し、フリルの射線から離れようと必死に部隊を後退させる。それが陣地に完全な穴を開ける事となり、フリルは第二射を発する事無く敵陣を切り抜ける。



「!!?」


敵は皆、フリルに視線を集中しただろう、たった一騎の少女がたった一度大声を上げただけで、数百人もの仲間が同時に消滅したのだ…彼らからみたらフリルそのものを破壊の女神と見間違えていたのかもしれない。だから……だからこそ…後方よりつめてきていたアレクセイ王と五十数名の騎兵達の接近に気付かなかった。



【オオオオオオオ!!!】


フリルに敗けぬ勢いで、いつの間に隊列を切り替えたのかマリアを後ろに載せたグリフォードを先頭に、槍を携えた元魔王軍の騎馬兵が矢印のような形に並んで疾走し、完全にフリルに気をとられていた魔王軍の兵士達を纏めて凪ぎ払い、槍で貫いてゆく。



「ば!バカモノ!!行かせるな!!足を止めろー!!!」


必死に声を荒げる指揮官達、しかし散り散りに散開した後ではもう遅い、一つの力の塊となって押し寄せるグリフォード達を止めるには実に脆過ぎる壁だった。合間を縫って矢や槍が見舞われるが、フィールドバリアの効果を受けた元魔王軍の身体には効果がなく、直ぐ様反撃で延ばされた槍に胸板を貫かれ、絶命する…そのまま一団は一息に敵陣を切り抜けると、一目散にアレクセイへと駆けて行った。



「追え!!追のだ!!きゃつらを城に入れてはならん!!」


直ぐ様追撃の体勢に切り替えようとした魔王軍、しかし、そうしようとした束の間、爆発といわれる強大な破壊エネルギーが、彼らの陣形を纏めて消し炭にし、致命的なダメージを与えると、遅れて一頭の馬が悠々とアレクセイにかけてゆく。呆然とした指揮官はその馬に跨る男と視線を合わせる。



「はっ!…」


男は、指揮官を見るなり中指を立てて挑発し、そのまま背を向け遠ざかっていく。



「ラルフ…ブラッドマン…?」



指揮官の男はラルフの名前を口に出し、死に損ない呻く仲間たちの悲鳴の中で、何時までも立ち尽くしていた。


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