第7話 激突

風呂で身体を洗ったフリル達は、外で待っていたエデンにより、同じ部屋へと通されていた。


『食事どきになりましたらお呼び致します。』


エデンはそう、綺麗な一礼をして扉を閉めた。


「馬鹿でかいわね…」



閉められた所で、フリルは通された部屋を見回して感想を漏らす。


「はい、とっても豪華です…」


マリアも隣で頷く、何故ならばその部屋は、フリル達四人でも広すぎる程で、二十人位は川の字で寝られそうな程だった…。部屋の中央には豪華なテーブルと向かい合わせのソファーがならび、その両壁ぎわには向かい合うようにキングベッドが4つも並んでいる。しかも、その全てのベッドにはランプと棚が設けられており、新品のような香りが部屋を包んでいた。



「…すごい…」


グリフォードは、息を飲み込みつつも、今だかつて触れたことのないようなベッドの感触に戸惑いながらも荷物を置いてから何度も感触を楽しんでいた。



「おい!…酒まであるぜ!!」



ラルフに言われて目を向ければ、真ん中を占拠した大きなテーブルの上に、溶けない氷にさらされた酒瓶とグラスが用意されている。


「うおお!ゴブリン族の超高級ワインじゃねえかっ!俺こんな高い酒、飲んだことねえよ!!」


ラルフは興奮気味に酒を掴み取り、開けようとする。


「待ちなさい!」


ベッドに腰掛けたフリルは、腫れだした頬をマリアに氷で冷やされながらラルフを呼び止めればラルフは唇を尖らせた。


「な!なんでだよっ…せっかくの…」



ラルフは実に子供っぽく怒りを露にしながら振り返る、が、そんなフリルの姿を見ると。首を横に振り、ワインのビンを氷受けに戻した。



「ここは一応敵地よ?、毒が有るかもしれないんだから……」



『いやはや、それは侵害ですな…』


そう言い掛けたフリルの言葉を遮るように声が響き、全員が出入り口に目を向ければ、先ほどの猫執事が気配無く、音もなく、いつの間にか礼儀正しく立っていた。



『我が主、ゼリムお嬢様は。客人に毒を盛る等といういかにも人間が使いそうな姑息な手段など使いはしません…否、使う必要はありませんな』



エデンは実に誇らしげに言いながら髭に触れて撫で、フリルを見下すように見つめた。



「言ってくれるじゃないの…」



フリルですら気が付かなかった見事な気配断ちに、グリフォード達は戸惑いを浮かべ、当のフリルは冷や汗をかいていた。



『ふん…声も出せませぬか、所詮は人間等その程度でございますな…』


エデンはネクタイを締めなおして背を向け扉を開ける。


「お食事の支度が出来ました、どうぞ…此方へ」


エデンはそれだけ言うと、さっさと歩いて行った。



「?……隊長?」


マリアはフリルに視線を戻すと、フリルは殺気立ち、震えながらも、深呼吸で怒りを抑えていた。



こうして、エデンにより食堂へ案内され、食堂の余りの広さにすら絶句した。


『お嬢様、人間共をお連れしました…』


食堂には3メートルはある長机があり、奥は暗くて見えず、エデンはすたすたと、その暗くて広い食堂の奥へと向かいランプを灯すと、既にゼリムはそこで巨大な肉の塊を手にかぶりついている。


『お嬢様、せめて客人が来るまでは待って差し上げては?』


エデンは苦笑混じりに言えば、ゼリムは肉を食い千切り咀嚼しながら睨む。

『私は待つのも待たされるのも嫌いだ…それに誰の指図も受けぬ』



そう言ってエデンを黙らせ、キッとフリル達に睨みを利かせる。



『いつまでつっ立っているつもりだ?、さっさと座ればいいだろう』



机から放れた位置に置かれた4つの椅子にフリル達は座り、それを見たゼリムは再び置いた肉の塊の処理に取り掛かり、エデンは食事を載せたカートを引いてきては食器を配置してゆく。


『ムグ…では、用件を…モグモグ…聞いてやろうではないか…」


ゼリムは余り興味を示さずに、肉を食い千切りながら呟いた。


「?…用件?」





その言葉に正面に座っていたフリルは首を傾げ、仲間達に顔を見合わせる。



『人間がわざわざ敵地に来たのだ、観光ではあるまい?』



すると、食器を運んでいた筈のエデンが、いつの間にかグラスとワインの瓶を持って真横に現れる。



『お嬢様?いいワインが入りました…』



エデンは、ワインとグラスをテーブルに置き、ゼリムの手と唇をナプキンで拭っいながら伺った。


『甘いやつか?』


ゼリムは嫌々するように首を横に振りつつエデンを見れば、エデンは猫顔を苦笑させる。




『年季により熟されたブドウの芳醇な香りと、酸味の効いた、美酒にございます』


エデンは実に巧く表現してゼリムに伝えれば、ピンと耳を尖らせ、興味を示しながらも貴族のように威厳たっぷりに頷く。



『ふむ…いただこう』



『かしこまりました…』



エデンは手慣れた手つきでワインのコルクを抜き取ると、ゼリムのグラスに注ぐ。


『どうぞ…』


ゼリムは尻尾をわさわさ振りながらワインを一口含み…表情を顰めた。


『…なんじゃこり!!まずっ!!こんなもんいらぬわ馬鹿者!』


ゼリムはそういってエデンを怒鳴りながらもグラスを脇のゴミ箱へと傾けて捨ててしまい、エデンに投げ返す。


『も…もうしわけありません…』


グラスをキャッチしたエデンは唖然とゼリムを見つめていた…ゼリムはというと、口直しにと再び肉を手に取りかぶりつきながらも、呆れたような目で見ていたフリル達に目を向ける。



『脱線したな…すまん』



ゼリムはそう言うとフリルは一度深呼吸してから立ち上がる。


「用件は一つ、あなた方が魔王軍に貸している魔物達を撤退させてほしいのです」



喋りながらも痛むのか、少し腫れた頬を擦りながら告げれば、ゼリムはエデンと顔を見合せ鼻で笑う。


『それは不可能だ、何故ならば我々は…民を人間に貸したりはしないからだ』



ゼリムは綺麗に食べた肉の骨を口の中に放り、噛み砕いて咀嚼する。フリルは意味が分からず、首をかしげた。



「どういう…意味?」




フリルに聞き返されれば、ゼリムは実に面倒そうにしかめっ面になる。



『言葉通りだ、なんでわたしが魔王等と名乗る人間の小僧に大事な民を貸さねばならぬのだ?、それこそ理解できぬ』



その言葉にフリルは珍しく感情的に机を叩いた。



「でも!魔王軍には魔物がいたのよ!?」



口調すら普段の口調に戻ってしまう程に、動揺を現していた。


『お嬢様になんて言葉遣いを!…身の程を弁えよ小娘っ!』



賺さずエデンが前に出て行こうとすれば、その服をゼリムは掴んで止める。



『エデン、会話の邪魔だ』


ゼリムはと言うと、真摯に聞いており、エデンの服を掴んで引く。


『し、しかし!』


『邪魔だ、下がれ、2回言っても分からんか?…』



ゼリムは鮫のように鋭い歯を見せながら不快と威嚇を現して睨めば、流石のエデンも下がった。



『…畏まりました…』



諦め、ゼリムの後ろに礼儀正しい姿勢で立つのを見て、ゼリムは切り返した。



『…魔王軍に魔物がいたといったな?』



ゼリムは、再び頬杖をつけば、背後でエデンがフリルを真っ赤に輝く瞳で睨みつけて来ており、フリルは睨み返しながらも頷く。



「……ええ、バズズって魔物よっ」




バズズ…その名前が出た瞬間、ゼリムは首を傾げる。が、その背後にいたエデンは驚いたように目を見開いた。


『バズズ伯爵ですと?』



『誰だ?どんなやつなのだ?』


ゼリムは民の事となると少しの興味を示し、身体ごとエデンに向けた。そんなゼリムに、エデンは頭にある耳もとに静かに口を持っていき囁きかけるた。


『なに?…ふむ』


ゼリムは一度そう驚きを見せたが、直ぐに身体を戻して同じよう頬杖をつく。



『ふむ、確かにバズズはわたしの民だったようだな…認めよう』



そうして、フリルが何かをいう前に伸ばした手を開いてみせ、言葉を止める。


『だが、わたしは民を人間に貸しりはしない。』



『おおかた奴が勝手に協力したのでしょうな…』


エデンは頷き、ゼリムに補足すれば、ゼリムは頬杖を解いて背筋を伸ばす。



『して、バズズはどうした?』



ゼリムは聞く前からその答を知っているかのように、ただ真っ直ぐにフリルを睨んでいた。



「……殺したわ」


フリルは目を見たままそう言えば、ゼリムは深いため息を吐き出してから頷く。



『そうか…』


ゼリムは一瞬だけ悲しげな表情を浮かべると、ゆっくりと背を向け背後に顔を向ける。そこには巨大な男性の自画像が収められた額縁が掛けられていた。


『ふん…』


それを見たゼリムは含み笑いを浮かべフリルに向き直る。





『人間に手を貸している魔物共の退却が貴様等の用件か?…』


ゼリムの問にフリル達全員は揃って頷いた。


「ええ、そうよ」


フリルはそう代弁すると、ゼリムはエデンの用意していたフリル達の分であろう食事のカートを掴んで引き寄せトレイを手に取ると、テーブルに置き、中にいれられた肉を摘んで一口で飲み込む。



「用件を聞いてくれるんですか?」


フリルはパッと明るい笑顔に為れば、ゼリムも満面の笑みを浮かべる。



『誰がお前なんかの用件を受け入れるかバーカ』


ゼリムは満面の笑顔で残酷にも冷酷ともとれるような表情で続ける。



『残念な事に、わたしはお前が大嫌いだ。だからお前の持って来た用件には頷いたりしない…残念だったなあ?』



ゼリムはニヤニヤと嫌みな笑みを溢し笑いながらフリルを眺めれば、フリルは目を見開いたまま座り込み二回目の深呼吸をする。



『用件が済んだらさっさと国から出ていけ…わたしは人間が大嫌いなのだからなっ…』



フリルはそんな勝ち誇るゼリムを見て手を握りしめてうつむき、歯を剥き出しにしたままギリギリ音を立てて怒りを露にする。


「……」


フリルは既に我慢の限界だったのだ。緑掛かった黒髪がゆらゆらと揺らめき逆立つかのように揺れた。



「ごめん皆っ…」


フリルは擦れた声で言うのを聞き、グリフォード、ラルフ、マリア三人は、一斉に立ち上がる。



ズドン!!―同時にフリルが長机を右足で蹴りあげ、ゼリムを襲っていた。


【ドォン!!】


爆発ににた音が響いて長机がひっくり返りながらゼリムの身体に激突して派手な音を立てる。


『お?お嬢様!!?』



取り残されボサッとしていたエデンは声を張り上げていた。そのあいだにもフリルは椅子を蹴飛ばして窓ガラスにぶつけてたたき割り、グリフォードとラルフは鞘から剣を抜き臨戦態勢となる。


「下手に出りゃ調子に乗りやがって野良犬がっ!!」


フリルは怒りで顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。



『小娘がっ!!』



目にも止まらぬスピードでエデンは自らの影から黒い剣を引き抜き実体化させてフリルに斬り掛かる。



ガイイン!!――弾ける剣音と共に、影の剣は、フリルの前で鋭い直剣に防がれて止められている。


「はあっ!!」



それは、グリフォードだった、グリフォードは気合い一声で影の剣を弾き上げ、その瞬間にも音速の剣をエデンの胸に振るい。エデンは身軽なバック転をして下がることで剣を避ける。



「まかせるわ…」


フリルはとって付けたかのように告げ、真っすぐにゼリムを睨む。


「了解です!」


グリフォードは素早く剣を身構え、エデンも身構え睨み合う。



『やれやれ、人間は食事中の礼儀作法もできんのか?…』



小さなゼリムの低い声が響くと、立ったままだった机が窓の外へと飛んでいく。



『飯ぐらい食わせんか、バカたれめ』



其処には、机の直撃を受けた筈のゼリムが、無傷で、我関せずといった感じに、器用にも左手と尻尾に食器を抱え、載せられた肉の塊を齧っていた。



「…は!、ろくにナイフやフォークも使えないワンコには言われたくないわねっ」



フリルの挑発にゼリムは目を閉じ、そして一口で肉の塊を飲み込んでから、立ち上がり、空の食器を丁寧に椅子の上に置いた。



『…とことん気に入らん小娘だな、弱い癖に……』



「はあ!?なに?あんたあたしが負けてあげただけだったのに気が付かなかったわけ?」



途端にゼリムは殺気立ち、真っ赤な瞳をフリルへと向けた。


『なに?…』


殺気立つゼリムの気迫に周囲の何もかもが恐怖に震えだす、ただ一人、フリルを除いて…。


『…わたしを相手に手を抜いていた…だと?』


フリルはヘラヘラと口を笑わせて手を開き睨み返す。


「拾い物の勝ちをもらって嬉しいだなんて…野良犬は所詮野良犬ね!…ほら、お散歩に連れていって挙げるわよ?」



『ブッ殺すッ!!』


ゼリムは叫びと共にフリルへと飛び掛かり、その鋭い爪をフリルへ振るった。


【ズドン―!】


大砲のような衝撃と音が弾け、食堂に響き渡れば、ゼリムの身体が吹き飛び、壁画に激突して屋敷全てに亀裂を走らせる程の衝撃で激突し、窓ガラスが吹き飛ぶ。


『お嬢様!!』


エデンは叫びの後にフリルを見る、フリルは先程と同じ体勢でにやけていた。


『―ぐ…何をしている!親衛隊を呼ばんか!!これはせっ!!』


「口を動かす暇ないんじゃない!!?」


ゼリムは瓦礫の中から現れて全身の毛を逆立て叫ぶが、瞬時に先程までにやけていたフリルが飛び掛かり、ゼリムの顔面にそのまま蹴りを突き刺した。


【ズドォン!!】


ゼリムの身体は弾けてそのまま壁を突き抜けて広いエントランスへと飛んでいく。


「……」


フリルは胸の前で手を合わせて歩いて後を追い掛けていった


『お!お嬢様!!?…おのれ人間!!』


そんな…エデンは怒りに我を忘れフリルを追いかけようとする。


「おっと!!ここから先には行かせませんよ!」


グリフォードが前に割って入り込み、剣を振るう。


【ガイイン!!】


『ぐ…無法者が…』


エデンは驚き顔のままに、影の剣で再び打ち合いグリフォードと鍔迫り合いとなる。


「ラルフとマリアは隊長の援護にっ!!」



鍔迫り合いから一歩身を引いたグリフォードは、剣速のレイヴンで音速と化した剣撃を振るい上げて、エデンの剣を弾き上げ、息つく暇も与えずに連撃を繰り出してエデンを追込む。


『ぐぬ…小癪な…小僧があああ!!』


熱くなるエデンとグリフォードの戦闘の合間を縫うようにラルフとマリアは駆け出し、フリルの元へと急ぐ。


フリルは歩いていたというのに、既に大分離されていた。


『行かせるな!!』



背後からのエデンの声が響くなり、黄金の巨大カブトムシが床を破壊して現れ、ラルフとマリアの行く手を塞ぐ。



「マリア!!オレを踏み台にして先にいけッッ!!」

「ですが!」


「汚名返上すんだろうが!!!譲ってやんよ!!!」


ラルフは叫びながらもペースを緩めずに黄金カブトムシへと向かい激突する。


「わかりました!!」


マリアはラルフの背中を踏み台に身軽に飛び上がる。


『イカセヌ―』


黄金カブトムシは身体をよじらせ、大きく長い腕を空中のマリアへと振るう。



「おいおい蟲けら!俺はクワガタだぜ?…背中むけてんじゃねえよっ!!」


ラルフは両腕に力を込めて渾身の力で黄金カブトムシの巨体を持ち上げ、そのまますぐ横の壁に向かって投げつけた。


【ドォン!!】


「隊長!…」


背後の爆発音など気にも止めず、マリアはフリルの背後に向かって走っていた。突然、追い掛けたフリルの背後に一匹の黒いコウモリが現れ、人型へと姿をかえるなり襲い掛かろうとする。



【パラライズショック!】



マリアは走りながら無詠唱でフリルの背に向かって麻痺魔法を放った――。



『ぎゃあああああ!!…』


バチバチと痺れる音を立てた男は、黒焦げになりながら床に崩れ堕ち、それに気付いたフリルはゆっくりと焦げた男を見下ろしてマリアと合流する。


「マリア…」


「危ないじゃないですか…隊長…」


フリルへとたどり着いたマリアは息を荒げて身を低くする。


「はん…気付いていたわよ…馬鹿ね」


フリルは腕を組み唇を尖らせた。


『ほお?…4対4か…面白い…』


そこへゼリムが瓦礫を手ではたき落としながら現れれば、先程黒焦げになった筈の男がその横に立つ。男は黒いスーツに身を包み、犬のような歯を剥き出しにしている…2メートル近い長身の男だった。


『ドラクル、戯れが過ぎるぞ?…人間との勝負がそんなに楽しいか?』



ドラクルと呼ばれた男は口元を切り裂きニンマリと笑った。



『ええ、勿論…人食の我等が人を喰えるのは久々なものですから…』



『ふん…』


そしてゼリムとドラクル、フリルとマリア、魔族と人間…双方が向かい合い睨み合う、動かない…動けば切っ掛けとなり出遅れたら死ぬからである。【カチカチカチカチ】


エントランスにある古い大時計の音が静かに響き、喧しくも響き続けた。


「!!」


一番最初に動いたのはマリアだった――


「【スパークウェブ】!!」


空気の衝撃波をゼリムめがけて放った。


【ドン!!】


スパークウェブの炸裂と同時に…ゼリムの横でドラクルが動き、その長身がゼリムの前に立ってゼリムに迫っていたスパークウェブを身体で受け止めた。



『お嬢様、魔法使いの女はこのわたくしにお任せお!!!』



『ああ、任せる…』


ゼリムは冷酷に言いながらも、その瞳は既にフリル以外は見てはいなかった。



『我が輩の名は【ドラクル】!不死族の王なり!!』


大きく口を開けたドラクルはそのまま無防備に、大胆に飛び込み、その犬の様に長く鋭い牙でマリアの首筋をねらう。


「!?」


ガチン!――素早く反応したマリアは身を引く事でドラクルの牙を避け、後退しながら両手の指を真っ直ぐ伸ばしてドラクルに指を差すような形を作る。


「【スパークウェブ】!!」


マリアの指先から飛び出すスパークウェブの連続発射がドラクルの身体を打ちのめす。


『だが!きかんのであーる!!』


ドラクルは怯む事無く、マリアへと詰め寄り剛腕を振り回した。


『ムダムダムダムダー!!!』


場所は変わり、エデンとグリフォードは壮絶な打ち合いを繰り広げていた。


『邪魔だ!!小僧っ!!』

「それはこちらのセリフです!!!」



衝突する二人は激しく打ち合い火花が飛び散る…そして何度目かの鍔迫り合いをしては互いに弾き合う。


「せいあ!!!」


グリフォードの音速の剣撃がエデンの首に向かい迫る。



『その手…最早見切りましたな…』


エデンは動物的、魔物的反射神経で、音速の剣を読み取り左手に握る影の剣で剣を受けとめる。


【ガイイン―】


「いくら見切ろうが!獲物が一本だけならば!!!」


ぶつかり合う金属、弾けあう火花…グリフォードはエデンが剣で受け止めたその瞬間にも二撃目をわき腹めがけて振るっている。



『誰が一本といいましたかな?』


エデンはそう言って右手からも剣を生やせば、グリフォードの剣を受けとめる。

【ガイイン―】


「だからどうした!!」


再び弾ける火花―グリフォードの剣を受け止めたその時には新たなる剣撃がエデンの身体に襲いかかる。だがエデンは身を引いてそれを避け、速いようで遅く、遅すぎるが故に速すぎる剣撃の弾けあう音が響き合う。


『ふ……小僧、貴様は弱い』


エデンは、悪魔でも凛としたまま鬼神のような面でグリフォードを嘲笑った―。



そのころラルフは瓦礫に埋もれた黄金の巨大カブトムシを睨み立ち合ったままだった。


「不思議なんだがよ…」



黄金のカブトムシは無言でズルズルと這い出て巨体を立たせる。しかしその目は、目の前の壁を打ち壊さんとする戦士の目だった、ラルフにしたら一見れば百戦錬磨の孤高の戦士でしかない目である…自分と同じだと理解出来た。



「あんたとは気が会いそうだぜえーーっ!」



弾けるように走りだすラルフ、着いた右足に触れた物を爆発させ、爆発の熱と衝撃から己の身を守るレイヴンで防ぎながら、自らを弾丸として黄金カブトムシの身体にぶち当たろうと飛び出す。同時に動いた黄金のカブトムシは巨大な剛椀を振り上げ更に身体を大きく、正面からラルフの挑戦を受けるかの如く身構える。



ドオン!!――打ち合う体と体、ラルフはレイブンを身体に纏う事で体の防御力をあげ黄金のカブトムシと拮抗する。



『小サキ戦士ヨ―我ガ名ハ【キーン】…汝ニ死ヲアタエシ者…』


その潔さにキーンはラルフを戦士と認め、二人は同時に離れるように動いていた。それは助走…相手を全力で殴り付けるための―。キーンは大きく身体を捻りあげ。捻るキーンの身体にあわせたラルフも身体を捻りお互いの拳と拳が炸裂し合う。


【ドォォォン!!】



「自己紹介どうも!!でも今はこの戦闘を楽しむのが先だぜっ!!!」



凄まじい爆発が起こり、爆風と熱がキーンを襲う。だが、キーンの黄金の身体はびくともせずに打合せた左の剛椀をそのままにラルフの身体を殴り飛ばす。


「だあああっ!!」


ラルフはぶっ飛ばされて壁に激突すると、キーンは巨体では考えられないスピードで間合いを詰めて左の巨腕を振り下ろす…それはさながら腕ではなく槌だった。


「はっはーっ!!」


しかしラルフは―避けない、額で槌のように振り下ろされた剛椀を受け止め、流血しながらもそれを好機とキーンの身体に乱打をたたき込む。


『クク―…』


キーンも狂喜で身体を震わせ剛腕を振り上げラルフの身体を殴り付けた、それは単純な殴り合いだった…子供のようで…大人のようで…汚いようで…綺麗なような。



一方のフリルは、真横でマリアとドラクルが戦っていると言うのに、落ち着きを払ったままゼリムと向き合い睨み合っていた。



『一度負けたのだ…!』


不意にゼリムが目の前から消え―、否―瞬間移動のようなスピードでフリルの背後に回り込み、大きく捻った身体を回し―遠心力を威力に変えた右腕を―



『素直に帰ったら良かったものを!!』


大砲の発射を思わせる勢いそのままに、ただただ単純に振るった。



「だから―」フリルは、擦れただけでも人間の肉や骨など跡形も無く粉砕するであろう威力を秘めたそれを、身を低くしゃがみこみながら避けて身体を回し―ゼリムの両足下段蹴りを放ってゼリムの両足を刈り上げた。



『なっ!!』



ゼリムは痛みよりも驚き顔をしていれば無防備なそこにフリル体勢を立て直したフリルの鋭い右の拳が、顔面に突き刺さり―。


「わざとだって言ったでしょうがあっ!!」



【ドウッ!!】


爆発のような、馬に跳ねられたような衝撃が顔面に炸裂しゼリムは大理石の床に身体を叩きつけられ、勢いはそれでもおさまる事を許さずに身体がバウンドしてから地面に倒れた。


『むが!う〜!!』


顔を押さえてのた打ち回るゼリムをフリルは冷酷に笑いながら見下ろした。


「これでどっちが上か分かったかしら?」


フリルの挑発にゼリムは転がるのをやめて起き上がり、怒りで真っ赤に染まる瞳でフリルを睨んだ。



『ブッ殺すッ!!』


ゼリムは低姿勢からフリルの足にを掴み取ろうと手を伸ばす、だがフリルは―。

【ドカン―】


蹴った…低姿勢から弾丸のように飛びかかるゼリムの顎したに爪先を突き刺してそのまま蹴りあげた。



『ぎゃう!!』


バック転のように身体を回してひっくり返るゼリム、再び味わう大理石の床の痛み、そんなゼリムの腹に、フリルは容赦無く振り上げた足を振り下ろして踏み潰す。


【ズン!!】


凄まじい衝撃がゼリムの腹部を突き抜け背中の大理石である床に亀裂を走らせる。



『がっ…は!?…』


ゼリムは口から血の塊を吐き出しながらも吐き出したまま大きく開けた口から。


【ボアアア!!】


灼熱の炎を吐き出し、フリルに襲い掛かったのだった…。



『ムダムダー!!!』



マリアのスパークウェブを受けながら突っ込んでくるドラクルはその左腕を振るう。魔族の力で振り下ろされたその一撃を、マリアは後ろに身体を退く事で長い髪の毛を擦れてすれすれに避ける。


『小賢しい小娘が!!チョロチョロ動き回るでなーい!!』


【ドン!!】


地面に踏み込んだ…ただそれだけでドラクルの足が大理石の床を粉砕し、その破片をマリアへと飛ばす。


「くっ!…」



単純な石つぶての目潰し、しかしそれだけでもドラクルの一撃を許してしまう隙を与えるであろう。マリアはそう考え、石つぶての攻撃を右手の袖で払いのけ、直後にドラクルの鋭い抜き手がマリアの視界に飛び込んでくる。


「…!!?」


マリアの頬の横を通る…ただそれだけでマリアの頬に切り傷が生まれ血が滲む。それは一瞬でも擦ればマリアの身体など紙のように斬り裂かれてしまうだろうという威力の証明である。


そう思うとマリアはゾッとして顔をしかめ。だが無常にも行き止まりとなろう壁はすぐ近くにまで迫っていた。



『いつまで逃げるであーる!?』


ドラクルは油断も隙も無く、ただ敢然とマリアとの距離を詰め、マリアは距離を離そうと躍起になる。



「く!」


逃げてばかりでは埒が開かない、そして壁に挟まれたらマリアに逆転は無い…覚悟を決め、タイミングを見計らう。


『そら!!死ぬであーる!!』


ドリルのように抜き手を回転させる魔族ならではの技…しかし魔族ならではあるが隙だらけにも程があり、擦らせる事無く脇の下を潜り抜け、背後に回ってはその背中に手を着く。



「【ライトニング・エクステンション!!】」

本来ならばその魔法は…地面に手を着いて行う雷魔法、しかし手をつければ稲妻を直接身体に流し込む必殺の一撃となりうる。マリアはそれをドラクル背中に直接打ち込んだ。


『ぐああああああっ!!?』


全身を駆け巡る稲妻に、ドラクルは壁にもたれかかるようにして崩れ落ち、転げ回る。その間にマリアは更に追撃を与えようとドラクルの転げ回る床を指差した。



「【ラ・ボンバーム】!!」




それは物体を爆発させる魔法、途端にドラクルの下にある大理石が爆発して爆音と衝撃がドラクルのものであろう血肉を撒き散らして黒煙をあげる。




「…や…やった?…」


マリアは爆発地点に目を向けたまま倒した事を確認すべく煙が晴れてゆくのを待った…次第に煙が晴て…削れた大理石が映し出されると…ドラクルの姿は影も形もなく。



気付いた時にはもう遅く…マリアは肩を両腕に掴まれていた。



『頂きまーす…』


肩を掴んだドラクルは、マリアの反応する瞬間には首筋に噛み付いた。


「ああっ!!」


マリアの首筋を、ドラクルの犬のような鋭い牙がつらぬき、生命と共に血液を吸い上げて行く。


「くぅ!!ああああっ!!!」


悲鳴にも似た奇声を挙げて身体を思い切り振り回し暴れる、が、途端にドラクルはマリアのお腹に手を回してがっちりと押さえ込みは逃れられず、ドラクルの吸血により、血の気が失せ身体が他の何かのように重くなる、そしてしだいに寒気が全身を遅い力が入らなくなってゆく。


「あっ……は…あっ…」



マリアは血が無くなってゆく寒気に身を震わせながら、擦れる意識を唇を噛んで保ち背後のドラクルの胸に手を這わす。


「…【パラライズショック】」


それは、もっとも得意とする雷の魔法…緑色の稲妻が火花を散らして迸り、ドラクルの身体に蛇の如く巻き付いて音を挙げる。


『ぐああああ!…』


反射的な痛みにドラクルはマリアの首筋から牙を抜いて突き飛ばした。


『ぐぬ…我が輩を怯ませるとは…だがしかし!』


ドラクルの視線の先にいるマリアは身動き出来ず…その首筋に空いた大きな牙の穴から大量の血が溢れて、マリアの肩口を真っ赤に染め上げていた…そんな傷をマリアは指圧のみで…否…できゆる回復魔法で塞ごうとしていた。


「は…ひゅー…ひゅー…」


マリアは息が重く、気を抜けば命と共に消えてしまうだろう意識を気力で保ち、首の傷口が塞がるも両足でたっている事が精一杯だった。


『処女の魔法使い…実にいい味ですなぁ〜…王族の血にも勝る…』


ドラクルはそういいながら袖でマリアの血を拭いそのまま止めを差してやろうかとも身構える。だが、何故だろう…致死量ギリギリに血を抜かれ、意識も命もギリギリで枯れ木のようなマリアの立ち姿は…絶対的有利である筈のドラクルの動物として…魔物としての生存本能が、攻撃してはならない…と危険を発しているのだ。


『ぐぬ…』


手を出そうとする手が動かず、見れば幾多の人間を貫いてきたその腕が、いい知れない…姿の見えない恐怖で震えていた。



もう動くことも出来ない程に衰弱したマリアに対して。



『…魔法使いは衰弱し直に死ぬ…ならば我が輩が手をかける必要はない……次はあの小娘を喰うとするか…』



そしてドラクルは我が主であるゼリムと戦う幼い少女に目を向け、歩みを進めていく。ドラクルとしてはより安全でより確実なその場しのぎであった…言葉通りマリアはこのままにされれば直に死んでしまう、だが朦朧とするマリアの、擦れる意識の中にドラクルのそんな言葉が響いた事が、その状況を打開する切っ掛けとなってしまった…言葉とは魔法である、例えどんな言葉であれ人の心を打てば、人を動かす力となる、マリアはフリルがドラクルに殺される場面を頭に描いてしまう、描いてしまった…そしてマリアの頭にドラクルに対する怒りが沸き上がり血を抜かれ冷たい身体を熱くさせてしまう。


「…そんな事…させない…」


マリアは身体が一気に熱くなり軽くなっていくような気がした。疲労感と虚脱感により目元に現れた隈や、血を失い青くなった唇も自然に回復してゆく…。



『…なんだ…これは…』



ドラクルは凄まじい気迫と殺意を受けて足を止め振り返る…そして蛇に睨まれたカエルのように身動きできずに凍り付いていた。



『…致死量の血を吸ったはず…』


そう、普通の人間ならば、動く事は出来ない…だがドラクルは思い出す…そして先程吸い取ったマリアの命から…彼女が【ただの人間ではない】事を悟る。そう彼女は魔法使い…魔法を使える人間なのだ。


途端にマリアの身体からまばゆい光りが溢れて、ドラクルの目を貫く。


『ぐうう!!!』


目を焼く程の光に思わず距離を取り、マリアの身体に目を向ける。



『な…なんだこれは!!』


ドラクルは危険を放ち心臓の高鳴りを覚える。何故ならばマリアの肌に、血管に、細胞一つ一つに魔力とおぼしき白銀の輝きが流れ巡回する姿を目の当たりにしたからである。


『まさかっ…すべてが…魔力回路だとでも言うのか!?…』


ドラクルはここで初めて焦り身体が動物的な恐怖に震えだす。


「どうしたんですか?…顔が真っ青ですよ?」


マリアは絞り出すような声で言えば、ドラクルはその首を大きく横に振るう。



『抜かすがいい!!だが忘れているであーる!!貴様にはもう僅かの血しかない!!ならばー!!?』



そうドラクルは自身に言い聞かせるように身構え身体を大きく捻り込む。



『受けるがいい!!【クロムウェル第十参式・ヘヴンズバイド】!!』



身体を魔族的力で回転させれば、それはドリルのような高速回転を生み出し、足で自らを蹴りだす事により自らを弾丸として打ち出し、瞬く間にマリアとの距離を詰める。



【ドン―】


弾けあう衝撃と音―回転するドラクルの身体は、マリアの展開した光の壁に阻まれて止められていた。


『な―馬鹿な―!?』


事実、マリアは致死量に近い血を失っているのであり、普通の人間ならばショック症状で身体を動かせるはずがないのだ…。


『だがそれはその場しのぎであーる!!』


光の壁から弾かれたドラクルは着地とともに強く右足で地面を蹴り身体を打ち出してマリアの背後に回り込みながら、その右腕を居合いの如くマリアの首を削ぎ落とさんと滑らせる。


「血がないなら…奪えばいい」


マリアは立った体勢からぐにゃりと身体を脱力させて身体を崩れることでドラクルの手刀を頭上に抜けさせ、体の反転と遠心力を利用して右腕を真っ直ぐ無防備に立ったドラクルの脇腹に向かって伸ばした。




それはドラクルのやるような抜き手、マリアの…否…少女の力では到底ドラクルの肉体にダメージを与える事は出来ない…ましてや貫く事など天地がひっくり返ってもあり得ない。…だが、マリアに至ってはその認識は改めなければならないようだ、何故ならばマリアの細い右腕は…まるで槍のようにドラクルの鋼のような堅さを誇るわき腹に、突き刺さっているからだ。



『がはっ…』


腹部を貫かれた傷みに呻くドラクルに対してマリアは笑みを浮かべる。


「【スピアーハンズ】…詠唱も…言葉も必要ない魔法使い専用の接近魔法です…」



『ふん!ならばこのまま術者をたたきつぶすのみ!!』


ドラクルは反応素早く両腕を振り上げてマリアの頭に振り下ろさんと振りかぶれば。マリアはドラクルを見ることなく、ただ平坦に一言…魔法を呟いた。


「【ドレイン!】」



初め、ドラクルは何をされているのか理解できなかった…振り上げた両腕が動かない…それで何かをされているのか理解し…その時には既に遅かった。


『うぎゃあああああ!!…』


ドラクルは両手で自らの血を吸収するマリアの右腕を掴み引き抜こうとした、だが吸収は恐ろしい程に早く、瞬く間に魔族的な力を失ってしまい膝を付いてしまう。


「ご馳走様…」


マリアは自ら右手を引き抜き、倒れこむドラクルの身体に手の平を翳す。


「【エアーハンマー】!!」


同時にドラクルの体を空気の槌が思い切り叩き飛ばしてエントランスの階段に身体をぶつけて血を撒き散らす。



『ぐおおあ!!』


ドラクルは痛みで悲鳴をあげてのたうち回り、身体を転がして階段から転げ落ち地面を転がる。



「【ラー・アー】!」



マリアは息を尽かせず追撃の魔法を唱えれば、それは何本もの光りの矢が拡散して飛びかい、ドラクルに襲い掛かる。


『ぐうう!!』



ドラクルは、身体を霧に変えて光の矢を避け、階段の上に現れる。



『フハハハ!人間としてはやるであーる!!だがっ』


ガシャン…


『ガシャン?…』


ドラクルは上を見上げた。その顔前いっぱいに巨大なシャンデリアが広がっていた。


『ぎ!!ぎああああああ!!!』



ドラクルの反射神経を用いてもその瞬間的反応は対応出来なかった、鋼のような身体はシャンデリアに叩き潰され、上から光の矢が降り注ぎドラクルの手足を突き刺して壁に縫い付ける。


『これはなんであーる!?一思いにやればいいもの!ぉ!!…』



「一思いにやる為ですよ!!、食らいなさい!わたしの…全力全開ッ!!…」


そしてマリアは左手を天に伸ばして、大きく息を吸い込む。


【我―地眠リシ―王ナリ】

それは…歌…人間でも魔族にも理解できない古の歌だった。


『な…ぁ…』


ドラクルはその魔法がなんなのかは分からない…ただ自分の動物的本能がその歌を危険と判断した…完成させてはならないとしきりに問い掛けてくるのが分かった。



『ぐう!!…くそおおおお!!』


ドラクルは魔族である最大の力で無理矢理身体を起こして手足を契る事で光りの矢から逃れ、即座に手足を再生させる。


【我―空ニ眠リシ―王ナリ】


マリアは歌いながら踊るように左手をドラクルに向ければ青く巨大な魔法陣を描いてゆく…それを見たドラクルは、砲撃である事を覚りすくみあがる。


『早く!!早く!!早く避難するであーるっっ!!!』


ドラクルは焦り、両手で力一杯シャンデリアを持ち上げようとする、が、しかしシャンデリアはゴブリン族の造り上げた黒鉄製、当然の如くその重量は重く、腕だけの力で持ち上がる品物ではない…我が主であるゼリムが仲間のキーンに手伝わせてやっとの思いで取り付けた思い出深いシャンデリア…だがそれが、自らを地面に繋ぎ止める楔となっている。


【我―海ニ眠リシ―王ナリ】


その間にもマリアの歌は続く…もう間もなく終える歌。その詠唱の長さに、ドラクルはその一撃の強大さが予想できてしまい、脳裏に絶対的あり得ない筈の死という言葉が浮かぶ。



魔族に死の概念は存在しない…魔族にとっての死は存在の消滅だからである、例え肉体が消し飛んだとしても、ドラクルという魔族が存在していると誰かが思えば、潰える事は無いのだ…。だが、ことこの一撃はそんなドラクルにも存在の消滅を連想させてしまう程だった…。ドラクルは歯を食い縛り、全身で力を込めてシャンデリアを押し上げて命からがら抜け出す。



【我―虚ニ眠リシ―王ナリ―】


『やめろ!!やめんかあああっ!!!』


歌い踊るマリアへ飛び掛かったドラクルは、単純な力で顔面に拳を振るう、しかし光の壁が瞬きよりも早く間に割り込みドラクルの拳を弾く。


『ぬが!?…生意気ぃ!!』


ならばもう一撃…と、踏み出したそこで…ドラクルの身体が何かに固定され身動きさえ許されなくなり目を見開く…身体が動かない!。


『な…なにが…?』


マリアは歌い踊りながら左手の人差し指で下を差し、ドラクルはつられて足元を見下ろした。


『!!!』


そこには陣があった、ただの陣ではない…大きく、怪しく光るそれを見たドラクルは…それがバインドである事に気付いて本当の意味で顔面を蒼白にする。



『バインドを唱えながら…そんな…そんなばかな…っ』


ドラクルは嘘だと言いたかった…そんな間にすら詠唱は完成し、マリアは動けないドラクルの顔前に手を晒す。


【我コソ王、五ツノ頭ノ無能ノ王―我ニ牙ヲ向ケシ者ヲ消シサラン】


マリアの左腕を光の渦が巻き、同時にドラクルの身体を縛っていたバインドが解け開放される。


『や!やめっやめっ!!!』


ドラクルは咄嗟に避けようとした…、だが、もう遅い。何故ならば相手は、引き金を引くだけなのだから



【ドラゴン・ブレス】



音にならない音…輝きにならない光…それはただ単純な破滅の光、音は無く何もない…光はただドラクルを飲み込みゼリムの屋敷の屋根を貫いて、夜空を照らし、その夜空すらも纏めて焼き尽くす。


美しい白銀の輝き――それは…死の輝き。



「はあ…はあ…」



【ドラゴン・ブレス】に全ての魔力を使いきったマリアは脱力して床に経たりこみ、その内に仰向けに倒れた。


「………」


ドラクルから血液を取り返したとはいえど、その疲労感が消えるわけではない。



『…む…むね…ん』


しばらくしてそんな声と共に肉の塊が降り注ぐ…それはドラクルの塊だった、ドラゴン・ブレスの瞬間に避けていたのだ…。マリアは思わず身体を起こして身構える…が、ドラクルはビクリとも動かず非常に遅い再構成を行っていた。


「…勝ち…ですよね?」



マリアはそう笑みを溢しながらも床にひっくり返り、天井を見上げたまま次第に意識が薄れ眠りが訪れる。起きたら死んでいるかもしれない…だが、しかしそれなのに彼女は笑顔だった。


【ガイィン!!ギィイン!!】


同じ頃、エデンとグリフォードはひたすら打ち合っていた。「隙あり!!」



グリフォードはエデンのちょっとした隙間に剣を滑らせ振るう。するとエデンは後ろに下がって服にかすらせる事でグリフォードの剣を避け、右手の剣を振るい、グリフォードは振るわれた右手剣を弾き上げて火花を散らす。同時に左手の剣が振るわれ…追撃も出来ずグリフォードは受けとめる。左右交互に振り下ろされる剣撃は、グリフォードに剣を振る動きを行わせない。



『我が輩に隙などない!』


離れるグリフォードにエデンはついて行くように間合いを詰め、グリフォードに音速の剣を振る機会を与えず封殺する。


『遅い!遅い!!遅いぞ小僧!!!!…』


左手を真っ直ぐに伸ばして突きを放ち、グリフォードの胸板に剣を突き出す。



これこそ好機!と、グリフォードは突きを身体を左に逸らしつつ左手に剣を持ちかえながら道を譲るように避け、すれ違い様に胴を切り裂こうと胴の前に剣を置く。


「チェックっ!!」



『チェックメイトですな…』


誰が見てもグリフォードの勝ち…だと言うのにもっともらしく決め顔の猫執事はグリフォードの言いたい言葉を呟き、グリフォードはその言葉に戸惑いながらも反射的に身を引いてしまうと、その顔前を鋭い光を放つ何かが横切っていく。


それは猫執事の尻尾、否…それに巻き付けるように握られた黒いショートスピアー(短槍)だった。




その一撃は紛れもなくグリフォードの側頭部を狙っていた。もしも強引にエデンの胴を凪ごうとしていたら、槍の一撃を側頭部に受けて即死だった…。



『ほう…反射的に避けましたか…』



エデンは身体をよじり左手に握られた刃で真横のグリフォードの体を斬り払おうと振るい、後ろに下がったグリフォードの身体に横合いから尻尾の槍による刺突が飛び込み、辛うじて剣で弾くがその頃にはエデンの右の刃が振り下ろされている。


―斬―


「くうっ!!…」


グリフォードは胸元を斜めに浅く切り裂かれ血を飛ばし痛みに顔を歪めて飛び退き、自らの衣服に血が赤く滲んで行くのがわかる。


『ほう…咄嗟に致命傷を避けましたか…人間にしておくには惜しい反射神経ですなあ…』


エデンは賞賛をしながら剣を床に突き刺して乱れたネクタイを正し再び身構える。


『某には剣一つで戦う理由が理解できないのですよ…二つなら反撃できるのに一つでは防御が精一杯でございましょ?…それに加え某には尻尾を巻き付けた槍がある…つまり二刀一槍の動きである…故に』



お前には勝ち目が無い…そう言うようにグリフォードの顔を眺めた。




「………」


グリフォードは言い返せず冷や汗を垂らしながらも剣を初めて両手で握り…東洋の剣士がやるように構える。


『両手?某の言葉…聞いておられなかったのですかなあ?…』



言葉よりも早く、グリフォードは右足を強く踏み込んで真っ直ぐ飛び込めば、両手で振り上げた音速の剣撃をエデンの頭に振り降ろす。


『ふん!避けるまでもありませんな!!』



両手の二刀を重ねて×を描くようにしたエデンは剣撃を受け止め、そしてその背中から尻尾の槍がグリフォードの腹に向かって飛び込んで来る。


『もらったあ!!小僧っ!!』


っっ!――その瞬間、エデンの腹にグリフォードの右足が突き刺さっていた。


『ぐはっ!!』



思わず飛び退くエデンの顔面に再びグリフォードの蹴りがめり込み、エデンの身体が宙を舞い壁にぶち当たる。



「剣で打ち合うだけが戦いではないっ!!」



グリフォードは吠えながら駆け寄り追撃で両手の剣を振り下ろす。


『その一撃は既に見切っていますな…』


グリフォードが切り裂いたのは地面だった、唖然とするグリフォードの右肩に頭上から槍が突き刺さる。


「ぐあ!!」


グリフォードは呻きながらも剣を上に向かって振るえば、空中にいたエデンは回転しながら離脱し、離れた位置で再び両手を開いて構える。



『打撃ではダメージにはならぬ…さらに剣を振るのが如何に早かろうと、所詮それは限られた動作の中での事…予想はできる。何故ならば剣には突く、縦横に振る…それしか出来ないのですからな…』


エデンは攻撃する事なく猫のように気紛れに今の内に血を塞げとでも言うかの如く、お気に入りの口髭をなでる。


「さあ…それはどうですかね…」


グリフォードは否定的に言いながら服の裾を破いて、それで右肩に当てて締め付けることで止血した。


『ほう?ではあなたは我が二刀一槍の攻撃を見切ったとでもいうおつもりですかな?』


グリフォードは自分でも恐ろしい位に冷静にエデンは感心を示しながらも、グリフォードの応急処置を見届けて身構える。


「ええ、見切りました…」



そのグリフォードの表情に、エデンは目をギョッと見開き、落ち着くべくお気に入りの髭を手の甲で撫でる。


『そうですか…ならば見切った成果を見せて…死ぬがいい!!!』


エデンは身軽な跳躍で天井まで飛び上がると、左右の手と尻尾を限界まで開き、左右背後の三方向からの同時攻撃を実現させ一気にグリフォードを襲う。


ガガガギィィン!!――何があったのか分からなかった…ただエデンは、全ての攻撃が弾かれたことに驚き目を見開き、そのまま地面に着地すると、遅れて頬が裂けて血が飛び散る。


『な…なんだと?…そんなバカな…人間如きがソレガシの攻撃をはじく?……どうやって?…』


動揺するエデンは頬を伝う血を拭い、顔をしかめた。

「だから言っているじゃないですか…見切りました…と」


それに対してグリフォードは笑いかけ。余裕を崩す事無く身構える。


『そんな事があるわけがない!!…ただの人間に左右背後からの同時攻撃を防ぐ手立てなどあるわけがない!!』


紛れ当たりだ、エデンにはその不可解な現象をそう不快感と共に決めつけ右足を踏み込んで再び―飛ぶ。



『図に乗るなよ!人間!!』



エデンは再び空中からの三方向同時攻撃を行った。


だが、しかし結果は同じである―否、最悪であった。――斬!!



全ての攻撃を弾いたグリフォードの剣が、エデンの胸を斜めに深々と切り裂いていたのだ。



『ぐおおっ…!!』


その一撃で、エデンは逃げるように飛び退き遂に地面に膝を折った。


『貴様…何を!…何をしたあ!!?』


意味のわからない攻撃に激怒するエデン、その瞳には怒りの色が宿り髭をなぞる癖すら出ないほどに風向きを傾けた事をグリフォードは悟り、軽く鼻で笑う。


「何も?ただ防いだだけです…まあ、わからないのを無理にわかれとは言いませんよ…可哀想ですからね」


グリフォードは、何処かの小さな隊長がやるようなおちょくるような表情を浮かべて胸を張れば、途端にエデンの目が真っ赤にそまる。


『人間如きがぁぁぁ!!』



エデンは三度目の跳躍で天井に飛び上がれば、三度目の三方向同時攻撃を慣行する…。


「ふう、しかたない…種明かしをしましょうか…」



それを哀れむように眺めながらグリフォードは、鞘を手に取る。


『―鞘っっ!!?』



怒りで我を忘れて飛び込んでいたエデンは、その瞬間全てを悟った。グリフォードが操れるのは振る速さ…つまりは剣だろうが鞘だろうが振れば目では捉える事は出来ないのだ。


「突く、左右に振り回すのが読まれたなら…鞘で叩けばいい…!!」


右手の剣で両手の剣を上に弾き挙げ、半身になりながら左手の鞘で槍を弾き飛ばした。


『なん……だとぉ!?』


エデンは万歳するように落下しながら驚きに目を見開き、グリフォードの逆手に握られた鞘でそのまま壁に向かって叩き飛ばされる。


『がはあ!!』


壁に背中が激突して口から血を吐き出し、そのダメージが一瞬の判断を鈍らせる。


「わたしからの礼です!!」


追撃にと左足を強く踏み込んで前に出ながら。右手を身体に引き付け、そして身体全体からレイヴンの輝きを解き放つ。


「受け取りなさい!【レイブン・ミストルティン】!!」



右腕から放たれる音速の連続突きがエデンの体を穴だらけにし、グリフォードは瞬き寄りもエデンに背を向け鞘に剣を納める。


カチン―という鐔の音が響くと共に背後のエデンの全身から蝟の如く血が吹き出した。


『…ま、参いりまし……たな…お嬢様に……叱られてしまう…』



そんな事をいいながら地面に崩れたエデンを中心に血の池が広がり、動かなくなった。


「はあ…―」


死力を尽くしたグリフォードも気が抜けてその場にへたりこんでしまう。


「レイブン・ミストルティンをまともに受けても生きてるなんて…大した生命力ですね…」


その生命力の高さにグリフォードは大きなため息を吐きだし、そのまま床に倒れこんだ。



「少し休んだら…隊長を…助けに…」



レイヴンと体力を使い果たしたグリフォードに、それ以上の事は言えず、瞼を閉じた。



一方―ラルフ


ゴア!!


激しい殴り合いをする一人と一匹、黄金の巨大カブトムシ【キーン】は素早く剛腕を振り降ろし。ラルフも負けじと右腕を剛腕に殴りつけぶつけあい。触れ合う瞬間のレイヴンによる爆発でキーンの一撃を弾き挙げては相殺しあい威力は互角。


だが…押されているのはラルフであることは一目瞭然である…ラルフのレイヴンは爆発させるだけであり、身体能力向上どころか…身体の硬化等出来る訳も無いのだ。ラルフの全身は血に塗れ…骨は何本も折れている…だがそんな不利な状態にも関わらずラルフは戦いを楽しんでいてそんな事は些細な事としか考えていなかった。


「だああ!!!」



そんなラルフの身体にも遂に限界が現れ、キーンの巨大な剛腕に凪ぎ払われて壁に身体が突き刺さる。


「が…へへ」


身体に力が入らない…満身創痍とは正にこの事だった…そんな中でもラルフは隊長であるフリルの戦いを思い出していた。



『チイサキ者―汝デハ我ヲタオセヌ―』



キーンは情けのつもりで言った、だがラルフはよろよろと立ち上がり身構える。

「わりいな―俺は生まれつき諦めが悪いんだよ―」


そうして身構え、内臓から湧き出る血液を吐き出した。


『――』



キーンは一撃で終わらせようと思ったのだろう、両手を振り上げ振り無防備になる変わりに最大の一撃を繰り出そうと身構えた。確か隊長は…こうやっていた。そんな場面であってもラルフはフリルの身体の使い方を思い出していた、ラルフは今回戦闘には参加せず、フリルの戦い方、身体の使い方に常に目を向けていた。そして彼女がやるようにずっしりと構えて腰を深く落としたまま腰の遠心力で拳を放つ。




ドン!!――凄まじい速度と威力の一撃が自ら無防備としていたキーンの胸板の黄金鎧に亀裂を走らせた。


『ギィィィ!!!』


キーンは雄叫びを挙げながら巨体を飛び退かせる。


「すげえ―こんな風に……」


感動の余韻に浸る暇すら与えず、キーンの巨大で堅牢な角がラルフの身体を突き、そのまま振り上げ、投げ飛ばそうとする。


「ぬおおおあっ!!」


巨大な角に投げ飛ばされたラルフは直ぐ様体勢を立て直して天井に足を着いて蹴り落下速度を付与し。



「!角は反則だろっ!角はっ!!」


その角に落下速度を利用し反転した重量の載った蹴りをお見舞いする。


【ズドン!!】


接触と同時に発生する爆発が、灼熱の炎を撒き散らし周囲全体を焼き払い、キーンの角をへし折りコバルトブルーの血液が飛び散る。



『グイイイイー!!』


悲痛なキーンの叫びが響き渡る…だがそれでも叫びながら折れて血を吹き出す角を振るい、着地したラルフの身体を横殴りに叩き飛ばした。


「だああ!?…!」


たたき飛ばされ壁に激突し、口から血反吐を吐き出して床に倒れてしまう。



そこでキーンは止めを与えんと折れた角を槍のように構え一気に突っ込んで来る。


「そいつをまってたぜ…」


ラルフは両手の力で起き上がり、両足を肩幅に開いて脱力しつつも身構え、勝利を確信した。何故ならばそれは…フリルにやられたあの技を使うタイミングであったのだ…。


『滅ッ―』


キーンはその巨体を生かした力と勢いでラルフの体を貫こうとした角が迫るその刹那だった―。


ラルフはキーンに道を譲るかのように身を引くことで、キーンの身体はラルフの横を擦り抜けてしまう、咄嗟に方向を変更しようとしてももう遅い、体重が乗り過ぎた事が攻撃の向きを変えられなくしてしまう。ラルフはそのままキーンの足に自らの足を置いた…そう、力など必要ない…ただ、置いた。


【ドッ】


ラルフの足に足を引っ掻けたキーンは、まるで強い何かに飛ばされるかのように重く巨大な体が宙を舞い、そのまま正面の壁に突っ込んだ。



「へえ…こうやってやんのか…」


ラルフはフリルの技の実用性の高さに改めて感心していると、崩れた瓦礫を派手に弾き飛ばして現れたキーンはラルフを睨む。


『我ガ体ヲ軽々ト投ゲルトハナ…小サキ者…』



キーンは今の技を力技であると認識して瞳を闘志で輝かせ、再びラルフと向き合った。


「いや?、今のはお前の力と勢いを利用して向きを変えただけだ」



ラルフは、どこかの小さな隊長のように偉そうに胸をはり、自慢気に言った。



『………意味ノワカラヌ事ヲ…』


キーンは理解する事無く、再び体勢低く角を真っ直ぐにラルフへと向ける。


「…心配すんなよ!分かれなんていわねからよッ!!」



何処かの小さな隊長のように自信と勢いを装い身構えることで、ラルフは少しだけ強くなった気がした。



『人間ガ戯レ言ヲ!ソノ自信!我ガ武デヘシ折ッテクレル!!』


同時に足を踏み込み二度目の突撃を慣行するキーン、そんなキーンに、ラルフはため息を吐きながら両手を開いて正面から受け入れる、そして…。


【ガッ】


キーンの足に自らの足を伸ばしてぶつけ、両手で角を軽く羽交い締めにしながら、流れるように角の向きを地面に向けさせる。その間約0.1秒。


「小さくないな…ラルフだ!!覚えておきな!!クソヤロウ!!!」


キーンの身体が重力を無視するかのように宙を舞い、持ち上げられたと思った時には背中を地面に叩きつけられている。



『グギィイ!!』


凄まじい衝撃がキーンの身体全体を打ちのめし呻くような悲痛な声を挙げ、敗北したカブトムシのように逆さまのまま手足をばたつかせ、そのままゆっくりと動作をやめ、動かなくなった。


『…ラルフカ…覚エテオコウ』



そこで、キーンの瞳から闘志の輝きが消えたのを見て、ラルフも床に倒れこむ。彼の中でキーンとの殴りあいは一番のダメージになっていた、今まではり続けていた虚勢が解けた事により、床に崩れたのだ。



『虚勢…?』


キーンは声色だけで驚きを現せば、ラルフは天井を見つめたまま頷く。


「…重すぎんだよあんたのパンチ…」



それを聞いたキーンはクックッと震えて逆さのまま笑いだす。


『クックッ…面白イ奴ダ…』



ラルフも警戒を抜いて息を漏らし目を閉じる。


「るっせぇ…」


一方―フリル―。


『がああ!』



ゼリムが苦し紛れに吐き出した灼熱の炎が目の前で広がって襲い掛かる。



「そんなもんっ!!」


フリルはただ前にこぶしを突き出した。それは寸度目のその場突きである。


【ドン!!】


炎に手が触れるか触れないかの瀬戸際で、叩かれた空気が撃ちだされ、灼熱の炎をゼリムの顔面に押し返した。


『みぎゃあああ!!!』


自らが放った灼熱の炎で顔面を焼かれ、悲鳴を挙げたゼリム…だがその顔面にフリルの拳が振り下ろされ直撃の瞬間に発生した衝撃の爆裂が、ゼリムの頭を叩き潰す。


「ふん…犬が人間にかなうわけないじゃない?」


フリルは動かなくなったゼリムを見下ろして手にこびりついたゼリムの脳髄をゼリムの服で拭おうとする。


【シュル!】


同時にフリルの足にゼリムの青銀に輝く尻尾が巻き付き、次の瞬間にはフリルの身体は宙を舞っていた。


『威勢だけはいいな!!!人間ッ!!』


ゼリムは起き上がり既にこぶしを振りかぶっていた。

「く!!」


フリルは咄嗟に両手を顔の前に交差させ、ゼリムの攻撃に備えた。


【ズトォッ―】


「が―…はっ!?」


ゼリムの拳はフリルの顔面ではなく下っ腹に突き刺さり、そのまま殴り抜ける力でフリルの小さな体を思い切り玄関の鋼鉄の扉に向かって投げつける。


【ドオオオ!!】


フリルの身体は鋼鉄の扉に叩きつけられるだけに止まらず、鋼鉄の扉を壊して庭の芝生まで飛ばされたと思えば、地面に激突しても勢い納まらずに転がり続け、ようやく止まった。


「う…えほっ!!…」


地に手をついて体を起こそうとするが、内臓から沸き上がる血反吐がこみあげ、口から吐き出してしまう。そんな僅かな間ですらゼリムが全力で殴り付ける姿勢で目の前に現れる。


『おおらあ!!!倍がえしだ!!』


ドオン!!魔族の全力の力で撃ちだされた拳が、体を起こそうとしたフリルの顔面に突き刺されば、余りの威力にフリルの身体が引き起こされそのまま地面に叩きつぶされ鮮血が飛び散る。


『ほら!!おかわりもあるぞー!!』


ゼリムはフリルの上に馬乗りになり全力の力で顔面を何度も何度も何度も地面が陥没する程に殴り付けた。


「効かない効かない!!ちょっと大人しくしてやっただけで調子に乗ってんじゃねえっつの!!」



あれだけの乱打をたたき込んだにもかかわらず、フリルは全くの無傷だった…正確には軽い打撲程度で済まされていた。


『なら!!このまま死ぬまで!!!』


右手の拳を振るった瞬間、フリルの左手に正面から掴まれ、左手の拳を握った瞬間、フリルの右手に掴まれ、両手を塞がれたゼリムはギョッとして動作を止めていた。


「死ぬまで…なんだって?言ってみろよ野良犬!!!」


フリルはそのまま掴んだゼリムの両手の関節をねじりこみそのままへし折った。


『ぎにゃあああああ!!?』


ゼリムはあまりの痛みに悲鳴を挙げてフリルの上から逃れようとするが、直ぐ様引き寄せられてフリルの頭突きがゼリムの顔面を直撃する。



【ドゴォン!!】


『ぶぼおっ!!』


凄まじい衝撃がゼリムの顔面を陥没させて両腕が千切れる程の勢いで、地面に倒れると、あまりの激痛に声にならない悲鳴をあげながら地面を転げ回る。


「ほら!!おかわりがあるわよ!?野良犬っ!!!」


フリルは立ち上がりながら手にしたゼリムの両腕を捨てて転がるゼリムの後頭部を思い切り踏みつける。


【ドオン!!】


弾ける衝撃音と共にゼリムの頭は柘榴のように弾け飛び、血肉が宙を舞った。




「はあ…はあ…」




フリルは息を荒げながら垂れてきた鼻血を袖で拭いとり、普通なら死んでいるであろうゼリムの肉塊を睨み身構える。


『…化け物め…』


ゼリムは即座に元の姿へと再生して立ち上がった、へし折れ千切れた両腕は赤い水が形を作り出す事で再生し、折れた関節、つぶれた骨などがどんどん逆再生の動画であるかのように元の位置に戻っていき、ゼリムという身体を再構築する。


『これだけ身体をバラバラにされるのは久しぶりだなぁ〜』



鈍ったのか?とゼリムは軽く跳ねて入念な動作確認をする。



「はあ?何処のせかいに頭をぶっつぶされてもぶっつぶされても生えてくる馬鹿がいるっていうのよ?どう考えたって化け物はあんたでしょうがっ!」


フリルはもっともな反論をすれば、再びゼリムの庭が殺気で静まり返る。


『はんっ!わたしはお姫様だぞっ!!?可愛いんだぞっ!?貴様とは違う!!』


駆け出すゼリムは瞬間移動のような瞬間的スピードで接近し、フリルが気付いた時にはその右頬に拳をたたき込まれていた後だった。

「つぁっ!!」


フリルの身体が左側に倒れそうになるが、その体を右足で踏張る事で倒れずに。



「あたしだって隊長よっ!」


態勢を立て直しながらゼリムの顔面にも拳を打ち込んだ。


【ズドオン!】



弾ける衝撃にゼリムは身体を大きく仰け反らせた。フリルは次々と拳を打ち込みゼリムの身体を打ちのめしてゆく。



「隊員にも!部下にも!可愛いって言われるんだからー!!!」



フリルはそのままゼリムの顔面に真っ直ぐ拳を放てば、ゼリムはその拳を掴んで受け止め、引き寄せながら。



『お世辞だろうがぁ!!』

フリルの顔面に自分がやられたように頭突きをお見舞いする。


「ぐはっ!!…」


フリルの小さなからだが大きくしなり後退りする。しかしゼリムは掴んだ手を引き寄せもう一度頭突きをお見舞いして手を離した。


『もぉらったあ!!』


手を離されてよろけたフリルに、ゼリムは刀のように長く伸ばした右手の爪を大きく振りかぶる。



「冗談っ!!」



フリルはよろけた体勢から信じられない速さで、ゼリムの右足の脛を蹴り付ける。


【ドゴァッ!!】



鈍い音が響き脛が逆のくの字に曲がり体勢が崩れたゼリムの顔面に拳をたたき込む。


『ブガッ!!?』


ゼリムは鼻っ柱がへし折られ、痛みで顔を両手で隠し無防備になる。


「あんたこそ!!単なる!!お辞儀でしょーがああああっ!!」


フリルはこれこそ好機と体勢を立て直しながらの強烈なボディブローをゼリムの腹にたたき込む。


【ズン!!】


凄まじい衝撃がゼリムの腹部を突き抜け、ゼリムも身体をくの字に曲げ。右手を引き付け左手をゼリムにたたき込み、左手を引き付け右手をたたき込む…それは乱打となり加速してゆく。


「【掌波烈破撃!!】」



フリルの乱打にボコボコにぶちのめされたゼリムの身体が力なく地面に膝をつく。


「ああああああっ!!」


いいところに置かれたゼリムの顔面に、最大のレイヴンを込めた右回し蹴りをたたき込んだ。




【ズドォン!!】




大砲のような轟音と共にゼリムの身体が飛んでいき、地面に叩きつけられて引き摺られ何度も転がり血肉を撒き散らす。


「どうよ!…これで、あたしの方が強くて可愛いって…分かった?」



フリルは遠くで倒れたゼリムに叫べば、その次の瞬間、突然フリルはいい知れぬ寒気を背筋に覚えて反射的に飛び退けば、槍の戟が取り付けられた黒い鎖が立っていた場所から立ち上がり、蛇のようにとぐろを巻いてフリルを威嚇した。


「な!……」



何これ!?という言葉を飲み込んでしまう程にフリルは驚き、動揺して身体を硬直させていた。



『…はん、易々とわたしの挑発に誘われたか…わたしはそこまで馬鹿ではないぞ?…』


ゼリムはゆっくりと身を起こして立ち上がり、嫌味な笑みをフリルに向ければ、とぐろを巻いていた鎖が手元へ戻ってゆく。



『こいつは…双魔具【暗殺螺】…わたしの意のままに動く槍だよ…』


ゼリムはそういいながら、骨折した鼻を元の位置に戻し、それを切っ掛けにフリルの攻撃により破れた皮膚やちぎれた肉等の傷がふさがっていく。


「ち…挑発ってなんのことよ!!」


フリルは初めて動揺を露にしてゼリムに吠えた。


『言葉の通りだが?…もうお前の力は見切った…だから通用しない…』


「へえ…で?武器を使うって?…王様ともあろうお方が卑怯なんじゃない?」


フリルは未だに未知数の武器を目にしては、虚勢を張り挑発する。


『そうやって怒りを仰いでいるつもりだろうが…無駄だ…』


ゼリムはそう不気味に笑えば、フリルの顔が初めて不安に歪んだ。



『お前のレイヴン能力の正体は…ズバリ【衝撃】であろう?…』



衝撃と言われた瞬間明らかな動揺がフリルの心に走った。


「だ…だから?」


『貴様の能力はさしずめ、触れただけ…触れられただけ…攻撃と防御の両面に優れた無敵シールドだな…だから衝撃により威力が左右されてしまう打撃では貴様にはある程度のダメージしか与える事が出来ないという事さ…』


ゼリムは分かった算数の問題を解くかのように楽しそうに。



『それさえ分かれば話は簡単だよな〜?…貴様は私が斬撃と刺突を行うときにのみ…過剰な迄の防衛術を行っていたな?…私が何も考えずに攻撃を振り回していただけだとでも思ったのか?だとしたら舐められた物だな…』



ゼリムはヘラヘラ笑いながら両手を広げた。


『さあてフリルよ…お前の能力は分かった…なら打開方法は見えてくる…打撃は無効化できたとしてもそれは衝撃のみ…だったらこうして自在に動く2つの槍と自在に動く私が合わさったなら?…』


「っ…」



ゼリムの洞察力は見事だった、フリルは改めてゼリムを甘く見すぎていた事に舌打ちし、自らの性格を悔やんだ…言葉を返せない…それは風向きが一方的に悪くなりはじめた事を示していた。



『第一ラウンドはわたしの負けだったな…だがこれからは……第二ラウンドだっ!!』


ゼリムは右足を地面について爆発に似た勢いでフリルへと迫るゼリムはその両手に握られた矛先を二本纏めて振り上げフリルの身体に無防備に振り下ろす。


「っ!…そんな攻撃に」


フリルは身を引いてそれをすれすれに避け、その瞬間ゼリムの右足がフリルの腹部に突き出された…それは単に押しただけ…だがゼリムは魔族である。人間ではない、例え衝撃というインパクトが無くとも重みをぶつける事は出来る…その重みに速度が足されたとき、それは威力に変わる。


「ぎぁっ!!!」


フリルは腹部を押された痛みで後退ってしまう。


『そんな力に頼っているから痛みに耐性がないっ!』


ゼリムは素早く体勢を切り替え、右腕を真っ直ぐフリルの身体に伸ばした。



「っ!!」


フリルは一度距離を取るべく右足を強く蹴り、その衝撃でゼリムから離れた。だがフリルはゼリムの左手に矛先が無い事に気付いたた。


「っ!!」


瞬時に自分の背後に投げたていたと察知したフリルは右足を強く踏み込む事で地面から強烈な衝撃波を発生させる。


【ドォン!!】


そうする事で背後から迫るゼリムの攻撃を防げる筈だった。



『なあ…お前話しきいてたか?』


ゼリムは手を止め呆れたようにフリルの抵抗を見つめていた。フリルは一瞬何を言っているのかが分からなかった…。それが大きなミスにつながってしまうとは思わなかった…。


【ズン!!】



「あぎ!!…いっ!!?」


…気付いた時はフリルの背中に何かが突き刺さった後だった…否、矛だと既に分かっていた…。


『終わりだな!!!』


ゼリムはすかさず左手の鎖を引いた。


【グジァ】


「うぎぃい!!!」


突き刺さった槍のフックがフリルの肉に食らい付き、燃え上がる痛みにフリルの身体はなすすべなく引き寄せられてしまう。そして鈍ったフリルの服を左手で掴んで引き寄せる右手を振り上げる。


「!!!」


殺される!!フリルは咄嗟に目をつぶり、死を覚悟した。


【ドズン!!】


同時に身体を響いた激しい痛み…フリルが見たのは肩に突き刺さる矛先だった。

「ひ!!ぎ…」


『なんだ?死ねると思ったか?…悪いなわたしは正確が悪いんだよ!!!』


急所に遠いフリルの右肩に突き立てた矛先を抉り傷口を広げてゆく。。


「あああああああっ!!」


フリルは激痛に悲鳴を挙げながら離れようとする…だがゼリムはしっかりとフリルの体を掴んでそれを許さない。


『散々こけにしてくれたんだ……ただでは殺さんっ!!』


冷酷な目でフリルを睨み付けフリルは苦痛に涙を流して顔を歪めながらも決死の覚悟で槍を握るゼリムの手を掴んだ。



『そう焦らるな…痛かったかあ?なら抜いてやるさ…こうやってな!!』



ゼリムはそう言って矛先を無理矢理引き抜いた。


【ブチブチブチ!!】


「ぎいああああああああああああっ!!!!!!」


矛先には返しがついていた、それを無理矢理引き抜かれれば想像を絶する痛みが走りぬけそれだけで息の根が止まりそうな程の少女の絶叫が響き渡る。自然と膝から力が抜けて崩れ落ちるフリル、だがゼリムはそれすら許さずにフリルをひっ立たせヨロヨロするフリルの身体をぐるりと回せばそこにあるもう一本の矛先を掴む。


「やめ!!もうやだ!!やめてえええ!!!」


『なに言ってるんだ!!!…抜いてやるといっているのだぞぉ!!!?』


そしてフリルの願い虚しくゼリムは掴んだ矛先を無理矢理引き抜いた。


「いっ!!!ぎやああああああああああああああっ!!!」


幼い少女の絶叫が空にこだまし、ようやく解放されたフリルは地面に派手に倒れて蹲ってしまった。

『いいざまだな〜?…え?人間…』


ゼリムはそんなフリルの頭を足下に踏んでグリグリと詰りながら冷酷に見下ろす。


『次は何処を刺してほしい〜?…足か?そうだな…上ばかりではつまらないもんなあ?…』


フリルは地面に伏せたまま飛びそうになる意識を保つ為に歯を食い縛る。傷口を広げられはしたが急所から遠かったのが幸いし、今のところ出血の量はたいしたことは無かった。



『よし決めた!やっぱりつぎは目玉を抉りだしてやろう!』


ゼリムは笑みを浮かべたまま足を退けてフリルの髪を掴んで無理矢理引き起こした。


「うああっ!!」



悲鳴をあげながら無理矢理立たせられるなり、その目前に矛先を寄せて来る。


「く!…」



もう一度同じ痛みを味わえば、間違いなくフリルはショックで死んでしまうであろう…。そう悟ったフリルは力を振り絞り、目玉に触れる寸前の矛先を持ったゼリムの手首を掴んで止めた。


『?…往生際が悪い小娘だなぁ…』



やれやれ…ゼリムはため息混じりに右手で掴んだフリルの頭を押すように強引に突き刺そうとしたその時だった。


『…む?』


急に身体が傾き、無意識の間に身体を横倒しにされ地面に倒れていた。


『え…あ?…』


不思議な現象だった…力を真っ直ぐ込めていた、フリルの目玉を矛先が貫き頭を貫通させるつもりだった…しかし現実は変わっていた。


そんな現象に反応しきれないゼリムに思考の暇を与える事無く、掴んだ腕をねじり込む事で関節技を決め、両手で掴んで開かせるように曲げる。


『いぎっ!!』


ビキィと軋むような激しい痛みがゼリムの全身を駆け巡り、身体が緊張させられてしまう。


『なが!…いた―…痛い…身体が…動か…なんで…』


身体が動かない…ゼリムがいくら魔族的な力を込めようとも、ゼリムの頭の中で激痛という思考が生まれては動作を縛り、身体が金縛りにでもあったかのように動かなくなる。



「よくもっ…」



フリルは痛みを怒りへと変えて憤りを表せば、地面にへばりついたゼリムの肩に足をつけ、掴んだ両腕に力を加えていく。


【メキメキメキメキ!!ボギン!!!】


『みぎ!!!ぎゃあああああ!!!!』


けたたましい獣の悲鳴が響く、腕の骨を強引にへし折られ、くの字に曲がった腕を腕を引き、肩口に乗せた足に力を込めてゆく。


『ぐが!があああああっ!!!』


ゼリムの悲痛な泣き声がこだます、フリルは一切の情け容赦もなく折れた腕をそのまま力一杯に無理矢理引き契った…、噴水のような血飛沫が挙がりゼリムはあまりの痛みに転げ回る、そんなゼリムの身体にフリルは振り上げた足を振り下ろした。


「この!この!この!」



ただ振り下ろしたのではない、当然レイヴンを込めて…人間ならば粉々に成る程の威力を持った衝撃でゼリムの身体を何度も踏みつけた。


【ドォン!ドォンドォンドォン!!!】


地響きか地震か…地面を揺らす程の衝撃がゼリム地中に埋められていく。


「………」


フリルはゆっくり動かなくなったゼリムから足を退けて千切れた腕を放り捨てる。そして、冷静にその頭に掌打を振り下ろした。


『…ごっ』


【ボォン!!】


土の中でゼリムの頭が潰れて弾け、ドロドロの血肉が弾け飛ぶ。



「ふう…」


今度こそフリルは、ゼリムの戦闘不能を確認すれば、ため息を吐き出し肩の力を抜いた。


「…いつつ…」


力が抜けた事でズキズキと背中と肩の傷が痛みだし、フリルはそちらに意識を向けた…その瞬間。


『誰がくたばったって?』


耳元で…ゼリムの声が響いた。


「なっ…!!?」


咄嗟に振り向くフリル、そこにはゼリムが、大きな口をあけて首筋を狙っていた。


「くあああっ!!」


フリルはすかさず右手を振り上げ体重の乗らないアッパーを放ち、ゼリムの顎下を叩いて噛み合わせ、そのまま打ち上げた。だがゼリムは打ち上げられながらもフリルの打ち上げた右手を掴む。


『つーかまえーたー!!』

ゼリムはフリルを命綱に倒れるのを防ぎ、更に引き寄せながら開いた口でフリルの首筋を噛み付こう食らい掛かる。

【ガチン!!】


目の前でゼリムの強靭な歯が噛み合い音をならし、それが空振りである事を二人に知らせる…フリルは咄嗟に身体を引いて避けていたのだ。


「こんのおっ!!」


フリルは引いた体勢から右足を強く踏み込んで身体を打ち出し左手の拳をゼリムの顔面にむかって真っ直ぐ放つ。


『はんっ!!』


ゼリムはその拳を額で受け、頭で吹き飛ばした。


「ぎい!!」


予期せぬ反撃に、フリルは左拳の骨が軋む痛みに歯を食い縛る。



『があああ!』



そんな瞬間を見逃さず、ゼリムはグパッと口を開け食らいかかる。


「うぐ!!」


フリルは膝でゼリムの下腹部を叩いた。


【ズドン―!】


大砲の発射を思わせる一撃がゼリムの身体を打ち上げ下半身がちぎれ飛ぶ、しかしゼリムは怯まない。


【ガァッ!!】


そのままゼリムはフリルの首筋に牙を突き立てようとし、フリルは意を決してゼリムの口に自分の左肩をぶつければ、ゼリムは容赦なく左肩に牙を突き立てた。


「あぎっ!!?うああああっ!!」


鮮血が溢れ、フリルは激痛に悲鳴をあげる。直ぐにゼリムの下半身が再生し、牙でフリルの肉を固定し、肉食恐竜が捕食した獲物を食べやすいサイズにするかのように首の力でフリルを勢いよく振ってフリルの肩の肉を食い千切った。


「ぎ!!!ああああっ!!!」


ブシャアアアと千切れた部位から血が吹き出し大量の血を地面に撒き散らしながらフリルはあまりの痛みに転げ回る…左肩ごと腕を持って行かれたのではないかと思うほどの激しい痛みに息をするのも忘れて意識が飛びそうになる。



『…ゲロのような味だ…』


ゼリムは歩み寄りながら口の中を満たしたフリルの血肉を地面に吐き捨て、肩を押さえたまま倒れているフリルを見下す。


『おら!!!さっきまでの勢いはどうしたっ!!!』


ゼリムは容赦なく、情けなく、フリルのわき腹に蹴りを打ち込み、何度も何度も自分がやられたように踏みつけ蹴飛ばした。


「……ぐふっ……」


フリルは指圧で肩の出血を押さえながら転がり俯せになる。


「えほ!…はひゅ……ひゅー…」


肺の空気を吐き出してしまい息をするのも苦しそうに、身体を丸め弱々しく呻きながらもフリルはゼリムを睨み付けていた。



『ふん…まだ反抗的な目を向けるか…その意気はよし』



ゼリムは哀しそうにそんなフリルを眺め、止めを刺すように刀のように伸ばした爪を手を天へと翳した。


「ざけんじゃ…ねええっ!!!!」



フリルは全身の力を一気に解放して起き上がればその額をゼリムの顔面にたたき込む。


『ぶおっ!!』


【ズドォン!!】


完全に無防備だったゼリムは思い切り食らって、ぶっ飛び余りの痛みに顔を押さえて転げ回る。


「なーにが…その意気はよしよ…格好つけんな野良犬があ!!」


フリルは喚きチラシながら血にそまった上着を契り、傷口に当ててきつく止血する。


「いっ!…」


痛みと失血による目眩に膝を折ってしまいそうになる。だが、その間にすら、ゼリムにはチャンスになってしまう、フリルは両足で重くなりつつある身体をささえた。


『はん…まだ元気があるか…仕留め我意のありそうな肉だな!!』


ゼリムは顔が再生しきるのを待ってから立ち上がり、まるで獣のように四つんばいになる。



『死に損ないがぁっ!!』


人間がそんな姿勢で駆け出してもたいした速度では無いだろう、だが、ゼリムは人間ではない…人の形をしていようとも彼女は魔族であり獣であるのだ、そんな彼女が本来の獣の姿勢を取ると言うことは……。



『があああっ!!』


それはまるで瞬間移動。フリルが気が付いた時にはすでに右手の長く鋭い爪を首に向かって振りかぶっていた。


「つう!!」


持ち前の超人的反射神経の持ち主であるフリルは、咄嗟に頭を突き出した。そうする事で振るわれた右腕の内側に入れる上に、瞬間移動のような速度で飛び込んでいたゼリムの顔面に頭突きを浴びせる事が出来る。


『ぶはぁっ!!?』



フリルが突き出した頭に衝突したゼリムは、自分に反射した衝撃を受けて大きく仰け反ってしまう。


「逃がすと!…思ってんなあ!!」



フリルは宙に浮いた右手を掴み、強引に引き寄せならゼリムの腹に正拳突きを叩きこんだ。


【ズン!!】


激しい衝撃の直撃がゼリムの腹を突き抜け内臓を破壊し尽くし、弾丸のように打ち出されたゼリムの身体が地面を転がり、豪華な衣服がズタズタとなる。


『このっ!……程度…』



倒れたゼリムは即座に立ち上がり身構える。


『っっ!!…がはっ!』


しかし身構えた姿勢から急激な吐き気に襲われたゼリムは、口から大量の血を地面に吐き出して地に膝をつく。



『がはぁ!!』


立とうと力む度にべちゃべちゃと口から血がこぼれる、だがそれでもゼリムは立ち上がろうとして崩れ堕ちついには、四つんばいに。

『が…かはっ!がは!』


ついには口からドス黒い血反吐を吐き出して腹を押さえて蹲る。



「そろそろ再生も限界みたいねぇ?…野良犬ちゃん…」



フリルは背筋に失血による寒気を感じながらも胸を張ってゼリムを見下した。



『く…くく…くはは…』



静かに、それでいて苦しげにゼリムは体を揺らして笑いだした。



『はははははは!!!!はははははははっ!!!!!!』


ゼリムは狂喜に目覚め狂ったように笑いながら立ち上がり、両腕を一杯に開く。


「な…なにがおかしいのよっ!」


フリルは怪訝に怒鳴ればゼリムは両手で顔をおおい隠す。


『笑わずにはいられるか!!!こいつは傑作だぞ!?なにせわたしが百年振りに本気になるのだからなっっ!!…しかも人間如きを相手に…だ!』


ゼリムの顔を覆った両手の指の隙間から真っ赤に染まった瞳が光り輝き、豪華な服が弾け飛んだ。



「…………」



フリルは思わず失血で朦朧としているにも関わらず、その豹変した怪物に見惚れてしまっていた…。それは特大の狼だった…月の光に照らされて輝く美しい青銀のふかふかとした毛並みをなびかせ、堂々と四足の足で立つその佇まいは…このゼリムが魔界の王であるという威厳を醸し出していた。



『【ガァッ…ウオオオオオオオオンッ!!】』


全ての空に響き渡りそうな程の遠吠え…それをうけた空と大地が恐怖に震えるように響き合い…その存在感を醸し出す。




こうして、満身創痍のフリルの前に、魔界の王にして最強にして最凶の魔獣【フェンリル】の姿が現れたのであった。



『肩ヲ抉ラレ…肉ヲチギラレ…血ヲ失イ…満身創痍トハコノコトダナ…サア!ドウデル?…人間…ワタシトドウ戦ウ!!』



まるで洞窟の奥で冒険者を迎え打つ龍が如く、深紅の眼を見開いて牙を曝し、フリルを威嚇した。



「…口は災いの元よ?」無く子も黙る王の威嚇に、フリルは寧ろ肩の力を抜いていた…何故ならば、如何に恐ろしい外見を持つ狼と言えど、ゼリムはゼリムなのだから。あの小柄の人間の姿を感じたフリル、は不思議と恐怖心を失ってしまう。


「そら!…躾の続きよ!!お座りから教えてやるわ!!」




フリルは呟きと共に足を肩幅よりも大きく開いて身構えれば、ゼリムの大きく赤い眼がギロリとフリルを睨んだ、それはフリルは背筋を凍らせようとしたのかは不明だが。それでもフリルは小さな身体をいっぱいに使って声を張り自らを大きく見せた。



『小便臭イ小娘ガァ!!!』



怒りの咆哮を口端から溢した途端、ゼリムの巨体は、瞬きの内に巨大な前足をフリルの頭に振り降ろす。


「っ!!」


フリルはその巨大な前足を後方へバックステップで飛び下がる事で直撃コースから逃れた。


【ズドン!】


だが、ゼリムの巨大な前足は元からフリルに向かって等はいなかった…、何故ならば小さく素早いフリルを叩き潰すよりも、地面を砕き大量の石つぶてで打ちのめした方が効率がいいのだから。案の定、地面を砕いた衝撃に打ち出された大量の石つぶてが壁となり、フリルに向かって飛んできた。


「っ!!?」


判断を誤り咄嗟の行動に躊躇したフリルは退路を失い、最終手段である両腕を顔の前に交差させる防御で、その攻撃に身構え。途端にフリルの小さな体を石つぶてが打ちのめす



「ぎっ!!」



石の散弾銃に打ちのめされ、骨の軋むや皮膚の破れる痛みにフリルは顔を歪める。衝撃のレイヴンさえ万全に使えたならば、ダメージにもならないだろう攻撃である。しかし、今のフリルにはレイヴンを纏い続ける程の体力は残されてはいない、無敵にして最強の衝撃のレイヴンにもそれ相当のリスクは生じるのだ…。



『マダ終ワリジャナイ!!』


ゼリムが吠え、守る姿勢となって動きを止めたフリルのいる空間目がけて巨大な前足を伸ばして横殴りに振るってきていた。




【ドガァ!!】


凄まじい衝撃と重みがフリルの小さな身体に襲い掛かり横殴りにぶっ飛ばされて弾丸のような速度で屋敷の壁に激突し、そのまま地面へと落下した。


「かっ…がはっ!!」



地に伏せたフリルは口から肺から吐き出された息と血を吐き出して呻く、その間にもゼリムはそんなフリルを叩き潰そうと前足を振り上げた。



「うっ…ぎいいっ!!」



フリルは痛みに軋む体を歯を食い縛る事で抑制し、爪先と両手で地を叩き衝撃を加える事で前に向かって弾丸のように自らの身体を打ち出す。そうして間一髪、振り下ろされた前足に叩き潰されるより早くゼリムの巨体の下へ潜り込む。



「らあああっ!!!」



気合い一喝、地面に手を突いたフリルはそのまま上に飛び上がり、回転しながらの回し蹴りをゼリムの無防備な下腹部に叩きつける。


【ドォン!!】


人間ならばミンチになる程であろう衝撃がゼリムの腹部を襲い、巨体が宙に浮く。


『ゴバァ!!』


ゼリムは口から鮮やかな紅い血を吐き出して身体を丸めようとゼリムの巨体がバランスを崩す。



『コザカシイ!!…真似ヲ!!』


ゼリムは四本の足で踏ん張り、懐に入ったフリルをそのまま押し潰そうと身体を地面に叩きつける。




【ズン!!】



重い巨体が地面を叩いて大地に亀裂を走らせそのまま叩き潰した…かに思えた、。


【ドォン!!】


同時に炸裂した衝撃がゼリムの側頭部を叩き、巨大な顔が横殴りに飛ばされ首にくっついた身体が追い掛けるように地面を引き摺られていく。


『グオォオオン!!』


蹴による衝撃に打ち付けられた痛みにゼリムの悲痛な悲鳴が響き土煙がまう。



「だああああっ!!!」


フリルは息を落ち着ける事無く地面に沈んだゼリムの脇腹に向かい追撃をくわえるべく最大威力の拳をたたき込もうと振りかぶる。


『グギャ!アアアアア!!!』


ゼリムが咆哮を挙げながら態勢を立て直すと、ふかふかした毛並みが針のように尖り、触手の如く殴る姿勢だったフリルに迫る。


「な!!!?」


咄嗟の出来事にフリルは目を見開いて足を止めてしまっていた。


【シュバアッ!!】


フリルは避けられずに全身をからみとられ、四肢や腰を隈無く毛が巻き付き身動きを封じられてしまう。



「く!!はなしなさいっ!!」


そんな言葉を叫びながら藻掻くフリルの両腿を、鋭く刺のようなゼリムの蒼銀の毛が貫く。



「いぎ!!?うああああっ!!!」


一気に引き抜かれ鮮血が飛び散るとともに幼い少女の断末魔が響く。



「ああああああっ!!!!」


しかしフリルは悲鳴を挙げながら、全身からレイヴンを放つ事で毛を纏めて吹き飛ばした。



『遅イ!!私ノ勝チダアアアアアッ!!!!』


そこでとうとう天まで届こうというゼリムの大きな口が、毛皮による拘束から逃れたフリルを食らおうと迫っていた。


「!!!」



ガチン!!――強く閉じられた口と口の中一杯に広がる血の味。


『ム…』


だが、ゼリムの口の中にフリルという肉の感触はなく、ゼリムは不思議そうに舌を動かしフリルの感触を探す…だが何処にもいない。

『何処ヘイッタ…』



確かに手応えはあった…というふうに、ゼリムは嗅覚を使い感覚神経を磨ぎ澄ませる。だが、しかしフリルを見つける事は出来ない。


【ズドォン!!】



その途端に爆発のような衝撃がゼリムの口の中から上顎を叩いて突き抜けた。


『グガ…ァ!!?…』


激しい傷みにゼリムの閉ざされた大きな口が開いてしまい同時に舌に異物感がのる。



フリルは初めから口の中にいた、舌に触れないように上顎にへばりつき、ゼリムが自分を見失う瞬間を待っていた。そして…


「【掌波烈破撃】!!」


最早邪魔する物はなにもない、フリルはゼリムの口の中で全身のレイヴンを使い手当たり次第に口の中に乱打を浴びせ、破壊し尽くす。


『ぐごあ!!!ごああああ!!!!』


口から溢れる血液、砕けて飛び散る牙、火山の噴火にも似た激痛に、ゼリムは巨体を地面に倒して転げ回る。


『グアアァアア!!!』


ゼリムは頬骨が砕け口が大きく開けはなたれれば、フリルはその隙にゼリムの口から転げ出て、ゼリムの体は見る見る内に、先程までの人間の姿に戻り、血まみれの口もとを両手で抑えて痙攣したまま蹲る。


「これでとどめっ!!!」


一気に間合いを詰めたフリルは、願を叫びながらも最後の力を振り絞り、そのゼリムの顔面に最大の威力のレイヴンを纏った拳を叩きつける。


【ズン!!!】



大砲の炸裂を思わせる衝撃の爆発により、ゼリムの身体は弾丸のようにぶっ飛んで庭の木々を薙ぎ倒しながら奥へ飛んでいき血肉を飛び散らせながら引きずら何メートル引き摺られたかもわからぬ程に飛ばされ、ようやく止まった。


「はあ…はあ…」



ゼリムが見えなくなったのを確認する事もなく、最後の力を使い尽くしたフリルは、膝から力が抜けて地面に倒れた、致命傷を避けたといえど全身の傷口から大量の血を失っているにはかわり無く、すでにフリルには立っているだけの力すら残されていなかった。



『どうやら…年貢の納め時というやつのようだな…』


しかし…無情にも飛んでいった方角に広がる闇の中からゼリムが現れる。


『人間の癖に…良くやった…しかしこれがお前とわたしの差だ…』


ゼリムとて万全ではない、魔力を使い果たして再生すらできず、自慢だった牙を失い、右腕は千切れ、左足は骨折して逆方向を向いていた…だがその双眼は怒りに燃えており戦意の喪失など欠けらもかんじられなかった…それ程に憤っていた。



フェンリルである自分を、最強である自分を、人間が追い詰める情景がゼリムのプライドを酷く傷つけ、憤る。ゆっくりと動かない左足を引き摺って歩いてくるゼリムは怒りで噛むことが出来ない程に損壊した牙を剥き出しにした。



『さあ!!どうやって死にたい!!』


地面に倒れたフリルの頭を動かない左足でできうる最大の力で踏みつけぐりぐりと詰る。



『生きたまま全身の皮を剥ぎとるか!?…否!!足りない!!生きたまま腸を引き摺り出してやろうか!?否否!!足りない足りない足りない!!!』


ゼリムはそうわめきちらし、足を退かして左手でフリルの血に染まる両肩を掴み、傷口を抉りながら無理矢理身体を立ち上がらせる。


「あぎ!あああっ!!」



痛みに悲鳴を挙げるフリルは身体を捩らせるちからしかのこっておらずレイヴンすら使えない。


『このまま痛め付けて殺す!?それも足りない!!』


ゼリムは痛がるフリル等もはや見てはいない。その頭のなかは自分をここまで追い詰め辱めたこの人間を如何に殺すかで一杯だった。その左手を振り払うかの如くフリルの身体を投げ飛ばした。



「ぐは!!……うっ…」


受け身もまともに取れずに地面に背中を叩きつけられたフリルは、息もままならずにゆっくり仰向けになり、次第に意識も薄れ、瞼が重くなって来るのがわかる。



「まって…まだ…」



フリルの思いとは裏腹に身体は動かず、ドンドン重くなる。



「こんな……ところで…」


小さな声色で呟いた。どんなに力を入れようと、体に力は入らない、この間にもゼリムは自分の処刑方法を考えているだろう。フリルは絶望した。


「…あは…おにいちゃん…おこるかな…」



走馬灯が走りこの国で出会った様々な人々の顔を見ながら、全てを諦めようと目を閉じそうになる。




『よし決めたぁっ!!!!』




そんな思考を断ち切るが如くゼリムは左手でフリルの頭を掴んで引き起こす。


『死ぬまで殴るっ!!!』


そのままフリルの頭から手を離して振りかぶり左手をフリルの顔面に伸ばした。


「………」


これが直撃すれば、自分は脳髄をぶちまけて無残に死ぬだろう、フリルはそう悟り、目を閉じて諦めかけた…。


【約束しろ!絶対に帰ってくると!!】


その瞬間、エリオールの叫びにもにた声がフリルの耳を貫き、それが光となって漆黒に染まっていた視界を真っ赤な色で照らしだす。


『なっ!!!?』



ゼリムが驚きの声を挙げた…それは当然だった、何故ならば力の入らない筈の小さな少女の身体が、ゼリムの魔族的速度で放たれた拳を捉えて反応し、顔を掠めるようにして避けたのだから。


『ひっ!!?』


突然ゼリムの全身を強烈な恐怖感が襲い、身体の毛という毛を逆立たせて反射的に飛び下がろうとし。


「………」


飛び下がろうとしたゼリムの左手首を、フリルは目にも止まらない速度で掴んでいた。


『き!さま!!離せ!!この!!』


ゼリムは左手を掴んだ手を振り払おうと身体を魔族のできうる全力の力で左右に振るう、だがフリルの手は離れない。


『ば!!ばか…っっ!!』


ゼリムが何かを言うよりも先にフリルがゼリムの身体を引き寄せ、その小さな口をばっくりと開け、そのまま獣のようにゼリムの左腕に噛み付いたのだ。



『みぎゃああああ!!!!』


飛び散る血飛沫と響く断末魔、フリルの小さな口がゼリムの左腕を肩口からごっそりと食い千切り、ゼリムの身体を突き飛ばした。



『いぎ!!…い…ぎ』


両手を失ったゼリムは芋虫のようにのた打ち周り、こんな仕打ちをしたフリルを強く睨んだ瞬間…ゼリムはその光景に絶句する。


【ブチィ!…ぐちゃ…ぐちゃぐちゃ】


フリルは獣のように、ゼリムの左腕を食っていた、肉に歯を突き刺して肉を食い千切り骨まで砕いて飲み込む…それはまるで餓えていた獣のように、食い荒らしていた。


『ひ…ひぃ』


ゼリムは喉から声が絞りだされてしまい、この瞬間に喰う側が喰われる側となった瞬間を悟った。


『なっ…』


一通りゼリムの左腕を食い荒らしたフリルはゆっくり手にしていた左腕を地面に放り立ち上がる。そして両腕を開いて天を見上げた。


【アアアアアアアアアアアアアアーーーーっっっ!!!!!!】



そして人とは到底思えない狂気の声で吼え、見開かれた黄金の双眼が再びゼリムを睨む。



『く!?…くくっ!!くるな!!!』



逃げろという野性的本能がゼリムを駆り立て、慌てて逃げ出そうとした。



『うわあ!!』


しかしゼリムは直ぐに転んで倒れてしまう。それは両手が無いから等という簡単な理由ではない、単純にゼリムの右足をフリルの手が掴んでいたからだ。



『みぎゃあああっ!!!』


ゼリムは悲鳴を上げて左足で右足を掴んだ手を弾いて抜けようと試みる、フリルの身体はびくともせず、血に染まった口がニヤニヤと下品に笑わせると、その足を全力で振り回し、屋敷の方へと投げ飛ばした。



『ひゃあああ!!!』


ゼリムの身体は屋敷の壁に背中をぶつけ、そのまま貫通して大理石の床に叩きつけられ何度も転がって先程まで食事をしていた食堂へ帰って来た。


『がはっ!!が!!げほ!!………!』



ゼリムは何度もむせて血液を吐き出しながら、身体を転がして少しでも芋虫のように這って逃げようとした。



『たす…助けて!…誰か…!!誰かおらんのか!?…エデン!!…キーン……ドラクルぅ…』


ゼリムは、足の爪先が千切れるのも気にせず、恐怖に身を震わせそして口からは血と仲間たちの名前を吐き出していた。しかし無情にも誰からの返事も帰っては来ない…帰ってきたのは。


「ぎゃははっ!!いいざまじゃねえかよ…犬っころ」


ぶっきらぼうな少女の声だった…振り向くと、そこには壊れた壁にもたれかかるようにしたフリルが、腕を組み、黄金の瞳を輝かせていた。



『ひい…』


ゼリムは喉から声を漏らして仰向けになり身体を起こしながら残された片足で身体を押し出し少しでも距離をとろうとし、それを見たフリルは不気味に笑いながら歩いてくる。



『わ!!…わかった…!降参!!降参だあ!!だから…』


「はあぁ?」


ゼリムの言葉をかき消すようにフリルは不快一杯な表情でゼリムを見下した。




「肉が何いってんだぁ?…」



フリルは半狂乱に笑いながら頭に手を置く。



「てめぇは、今まで食ってきた肉の命乞いを聞き受けた事があんのかよ…ねーよなあ!?」


その小さな身体から黄金に輝くレイヴンの輝きがあふれ出てフリルを中心に爆発し、フリルは実に面倒そうに頭をボリボリかいた。


「あーあーめんどくせえ…まあ、モツは元々好きじゃねえし…さっさと楽にしてやるか…」



殺されるっ―ゼリムは圧倒的な少女の力の前で恐れを抱き、息を飲む…その間にもフリルはゆっくりと手を天にかざし指を開く。




グバアア!!音にすればこんな感じだったろう―フリルの指の先から黄金に輝く光の手が現れたのだ…。



もはや―ここまで…―それを見たゼリムの脳裏に本来にはあり得ない死が浮かぶ。だが、不老不死の魔族にとっては死の概念は存在しない。しかし存在しないはずの死が浮かんでしまう。


『い…いやだ…』



魔族にとって死とは存在の消滅である…本来ならば、魔族の存在を消滅させられる事など、基本的にはあり得ない、例え魔力を失い再生の出来なくなったゼリムと言えど、例えこの状態のときに首を切り落とされたところで、存在する力が有るかぎり時間が過ぎれば再生し元通りに戻るのだ…。


だが、フリルの攻撃で肉体が消滅したばあい、元通りになるという確証は一切なかったのだ。



だからゼリムは死への恐怖を抱いてしまう。


『く…来るな!』



フリルが前に出た瞬間、ゼリムは慌てて叫びながら唯一残った足で地面を蹴って後退りし、身体を恐怖に震わせる。


「…誰に命令ぶっこいてんだてめぇは…まじで苛つくわ…」


フリルはゆっくりと歩みを進めてゆっくりゆっくりと距離を詰めてくる。



『ひっ』



ゼリムは喉から声が盛れるのを覚えた。何故ならば遂に壁に行く手を遮られてしまったからだ、右手を天に翳したままだったフリルはゆっくりと振りかぶる。


「死ねえーーー!!!」



そのまま振り下ろされる右手。


『れ!……レオッ!!』


ゼリムは涙を流して死を否定するように顔を背け、目をギュッと閉じながら自らの愛した最愛の彼の名を呼んでいた…。



【ドシャ…】



直後、ウィンホーバロンの暗い暗い夜に、肉の潰れるような鈍い音が響いた。


【続く】

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