第6話 ゼリム・R・レオナルド

―翌日―フリル達は、日が開けると共に出発し、左右を崖で挾まれた一本道を進んでいた。


「これで4日目ですね」



マリアが欠伸交じりに言えばグリフォードは深刻そうな顔をする。


「昨日の休憩で食料は尽きました…水もあと僅かですね」


グリフォードはそう言って軽くなった自らの水筒を揺らし、中の水音を確かめる。


「食料なら携帯用の干し肉がまだ人数分あるから平気よ?…水も一滴も使ってないからあたしの水筒があるから…それを使えば後1日は持つと思うわ」


先頭のフリルが珍しく消極的に考えている。と、ラルフは思わず首を傾げた。


「つうか隊長、まさかとはおもうがあんた…」


ラルフはそこで留まる男ではない。


「…ウィプルの時みたいに話しだけで来たんじゃないだろうな?」


途端に前を歩いていたフリルの小さな背中が、ビクリと跳ねる。


「な!何言ってるのよ馬鹿ね〜!…へっ!平気よ!!もうすぐつくわ!!もうすぐ!!」


フリルは目をそらしながら余りにも分かりやすい仕草で、自分に言い聞かせるように叫ぶ、が、ラルフはもう慣れたという様子でそれ以上は何もいわず。肩を竦めてため息を吐き出した。そんな調子で、一本道を暫く進んでいると…。


その先の崖の上で、三匹のトカゲの顔をした魔物が、フリル達を待ち伏せていた。

『ギョギョギョ!人間共がきたぞ!!』



リーダーらしい赤い鶏冠が立派な一匹がフリル達を目視して喚き散らすと、その背後にいた子分らしき二匹は頷き、手近にある巨石に歩み寄り配置につくき合図をまつ。


「………」



突然、進んでいたフリルが足を止めた。


「隊長?」


突然足を止めたフリルに、不思議を示して聞くグリフォード、しかしフリルは無言で左右の崖上を見上げてゆっくりと見回す。


「どうしたんだよ」


痺れを切らしたラルフが追い抜いて行こうとすれば、右手を伸ばして服を掴んで止め。左手を口の前に持っていき人差し指を立てた。


状況を理解した三人は顔を見合せて頷くと、前にいたラルフはフリルの背後に周り息を潜める。


『なんだ?いつまでたっても来ないぞぉ?』


5分…子分の一人が呟き、もう一人も不安気に隠れているリーダーの顔色を伺う。


『馬鹿!俺の命令は絶対げこ!!』


リーダーらしいトカゲ顔はそう言って揺るがない。しかし子分の一人には不満が溜まったらしくもう一人に顔を向ける。


『きっと!バレたんだげこ!あっちに行っちまったんだげこ…』


有ろうことか、彼は立ち上がり、顔を出して崖の底をを覗き込んでしまった…瞬間。


「…みーつけたっ」


トカゲと遠くにいたフリルと目が合ってしまう。


『ゲコ?』


それが子分一のトカゲ顔の最後の言葉になった。



【ズドン!!】


空間を蹴飛ばしたフリルの足から発生した空気の弾丸が、崖の上で顔を出したトカゲ顔の顔面に直撃し子分の身体が舞い上がっては崖の下へと堕ちてゆく。



『次郎!!!』


『次郎アニキィッ!!?』


リーダーと子分の一匹は、落ちていく子分の手を掴み、三匹仲良く崖下に転落して行った。


「ナイスショットです!隊長!!」


マリアは興奮で飛び上がりながら拍手すれば、フリルは手を額に委託して庇にし、転落していく三匹を眺めていた。


「三匹も落ちたわよ?……大当たりね!」


おおよそ五十メートルは離れていた、しかしフリルはそんな対象を一撃の蹴でもって貫きながらも、実に呑気だった。



『ぎょわああ!!』


三匹はもろに転落して地面に身体を打ち付ける。しかし彼らは魔物である、例え8メートル近い崖から落ちたとて、軽い打撲にもならない。


『次郎!!三郎!!大丈夫かぁ!?』


リーダーは地面に落ちるなり仲間の安全を確認する。三郎は直ぐに起き上がり、近くに倒れていた次郎に歩み寄る。


『…うげ、もう食べれんぎょー』


次郎は気絶しながらも呑気に寝言を呟いていた。


『兄貴!!次郎の奴!やられちまってる!!』


三郎は大袈裟に報告すれば、リーダーである彼は、瞳を怒りの炎でたぎらせながら、腰のハンドアクスを手に取る。


『おのれ人間!!よくも次郎をー!!!』


そんな風に振り返った彼の顔前に、フリルの爪先が迫っていた。


『ギョッ?』


【ドウン!!】


彼の身体は綺麗に宙を舞い上がり、そのまま地面に落ちるとゴロゴロと転がっていった。


『あ!!兄貴ぃ!!?』


【ガッ】


叫ぶ三郎もつかの間、その三郎の手首をフリルに掴まれると、そのまま右回しにねじりこむ。


『ギョギョー!!!?』


三郎はその不思議な技になすすべ無く悲痛な悲鳴を挙げて地面に膝を折り、赤子のように自分より小さな少女の手を叩く。それはまるで、ギブアップと言いたげに…。


「はい、しつもーん」


フリルは嫌味な表情をうかべつつ一匹に顔を寄せる。


「あたし、ウィンホーバロンに行きたいの…真っ直ぐ行けばいいのかしら?」



フリルに言われるなり、三郎は素早くうなずく。


「そ…ありがとう」


フリルは手首を離し、三郎を回し蹴りでぶっ飛ばした。


【ドン!!】


激しい衝撃に飛ばされた三郎は、壁に叩きつけられてリーダーらしきトカゲの上に倒れ動かなくなる。


「いつみても、隊長のその技は不思議ですね…」


後ろから事の次第を見ていた三人は駆け寄り、そのフリルの手並みをグリフォードが満足そうに言えば、フリルはそんなグリフォードに顔を向ける。


「え?」



フリルは唖然とした…とも取れる顔をしていた。当然意味のわからないグリフォードも首をかしげる。と、フリルはゆっくりと身体を向けてきた。


「あんた、合気しらないの?」



フリルに言われてグリフォードは首をかしげた。


「あいき?…それがその技の名前なのですか?」


グリフォードだけではなく、ラルフやマリアも首をかしげていた。


「そういや俺と戦った時も変な投げ技を使ってたよな…あれどうやるんだ?」

すると、フリルは大きなため息を吐き歩きだした。


「あれは単純に力の勢いを利用して向きをかえただけよ…」


ラルフはさっさと前を歩きだすフリルの横に並び、その横顔を覗きこむ。


「なんだその、力の勢いとか向きとかって…」



ラルフの問いにフリルは面倒そうな表情をして目を逸らす。


「身体の使い方は力の向きなのよ、例えばいま歩いているこの状況でいきなりあたしがあんたの前に足を置いたらあんたはどうする?」


と、フリルはラルフの前に足を出した。


「避ける」


ラルフは軽く飛んでフリルの足を飛び越えようとした瞬間、フリルは足の高さを変え、ラルフの足首に引っ掛けた。


「どあ!!」

ラルフは勢い良く地面に倒れて身体を強打し、その余りの痛さにのたうち回る。


「な!…なにしやがっ!」

ラルフがいい掛ければフリルは何かを言いたげな表情を浮かべるが無表情となる。


「つまりはそう言うこと…分かったかしら?」


サッパリ分からない、グリフォードは勿論、技を直に受けたラルフさえも首をかしげていた。


「まあ、別にやれなんていわないわよ?どうせ分からないだろうしさ」


フリルは分からなくて当然とでも言いたげに腕を組めば、グリフォードは首を横に振り前に出てくる。


「わたしは…わたし自身が受けたあの技を知りたい…防ぎ方とか特に…」


「なに?…手首捻りのことを言ってんの?」



グリフォードがうなずくのを見てフリルは面倒そうに腕を組む。


「手首捻りは決め技だから、決まったら終わりよ?だから掴まれないように立ち回るのね〜」


フリルは何処か自慢気に言えばラルフはいやいや、と声を漏らして自らの右手を差し出した。


「その手首なんとかってさっきの技だろ?、あんなもん、俺なら力でなんとでもなりそうだぜ?」



ラルフの挑発にフリルはにこやかに笑いながら差し出されていた手首を掴んでねじりこんで決める。


「ぐあああ!!いてえいてえ!!!!折れるー!!!」ラルフは簡単に小さなフリルを持ち上げてしまえばいいと思っていた、しかし、掴まれた手は完全に捻られて間接を動かす事も出来ない、もう片方の手で阻害しようとするが、あまりの痛みにそれも出来ず足の力が抜けてしまい地面に膝をつき、気が付けばさっきのトカゲ頭と同じようにフリルの手を掴んでペシペシと叩く程度の動作しか出来ない事に気付く。だが、やはり膝を地面に着いた姿勢からでは本人がいくら力を入れてもダメージにすら成らない事にラルフは気付く。


「ほら!早く力ではずしてみなさいよ!ほらほらほら〜!!」


調子に乗ったフリルは小悪魔のように笑いながら、ラルフの手元を更に捻り込んだ。


【ゴキ】


ラルフの腕から鈍い音が響き見れば手首が変な方向に曲がってぶら下がり、フリルは驚いて手を離した。


「やばっ!折っちゃった…」


「お!お!おおおおお!!!!?」


崖に挟まれたような谷の中でラルフの悲痛な絶叫が響き渡った…。




「全く…マリアがいなかったら再起不能だったぜ…」


マリアの回復魔法で骨折を治してもらったラルフは、余程痛かったのか自らの手を何度も擦りながら感触を確かめつつ犯人であるフリルを睨む。


「あんたがわけわかんないことに意地はるからでしょっ!?」


フリルはさも自分には責任がないと言いたげに、唇を尖らせて怒りを顕にしてる。


「おいおい、それが折った人間がいう台詞かよ…」



ラルフがそう言えばフリルはギョッとしてから目を逸らす。


「そ…それは…そのっ…」


フリルにしては珍しく自覚があるためか、反省の態度が見えており、それをみたラルフはニヤニヤと笑みを浮かべる。


「あ〜あ、隊長が【何か】してくれたら許してやるんだけどなーっ!」


あえて何かを強調したラルフはジロリといやらしい眼差しをフリルに向ける。


「なっ…なによぉ」


フリルは警戒するように離れる、が、ラルフは身体を寄せれば、小さなフリルはラルフの影で隠れてしまう。


「例えばキッスとか!」


ラルフがそんな事を言えば、途端にフリルは首を左右に振った。


「絶対無理っ!有り得ないしっ!!」



ガキの癖にそこまでいうか…と、ラルフとしては冗談のつもりだったのだが、此処まで全否定されるとイラッと来て退くに退けなくなる。


「ほ〜!、聖騎士団の隊長ともあろう御方が!故意に怪我を負わせた隊員に対してそーいう事を言う訳ですかぁ!?」


嫌味に顔を覗き込めば、反論を探そうと動揺を示すフリルは視線を躍らせた。


「べ…べつに…反省は…して…る…わよ」


ドンドンとテンションが下がって行くと、ラルフはわざわざ聞き耳を立てる動作をする。


「ほー?ほー?で!?反省してるのに…隊員の要求を聞けないと!?ああもう!エリオール様に報告だなあ!!だなあ!?」


まるで、悪い事を見つけた母親が父親に言い付けると脅すような素振りであった。言い返せないフリルは、顔を真っ赤にしてからプルプルと震えはじめる。


「うぅ…」


鉄拳パンチが来るかと危惧したラルフだったが、やはり自覚があるためか、隊長と言う位と責任感が邪魔をしているがためかは分からないが、何時ものように暴力による解決をしようとはしない。


「隊長?顔が真っ赤ですよ〜?おー怖い怖い!そんな顔しないでくれよ〜」


ラルフは目を輝かせここぞとばかりに積年の怨みを晴らすべく言いいよった。


「うっ!うぐっ…う!」


フリルの口から嗚咽が漏れはじめ、その大きな瞳に涙がじわじわと溜まっていく。このパターンもラルフは読んでいた…そろそろ許してやるか、と、自分なりの計画を実行しようとしていたのだった。が、そこで予期せぬ事態が起こった…起こってしまった。


「小さな女の子のいたずらに責任を追求した挙げ句…キスを迫り、さらには脅迫…なんて破廉恥なっ!…」



マリアが口に手をあて呟けば、横にいたグリフォードは格好をつけながら前髪をかきあげて額に手を当てる。


「ふう…あいつがわたしのライバルだったと思うと死にたくなりますね…」



「そ!!そこっ!なんで俺が悪になってんだ!?悪いのはそこのちびっこだろうがっ!」



濡れ衣だ!と喚きつつ主犯であるフリルを指差した。


「うわーんマリアー!」


フリルは実にわざとらしく、此処ぞとばかりにマリアに飛び付いてその胸に顔を埋めた。


「ラルフさん!」


「白々しいですね…」


マリアが本気になって怒鳴り、その横でグリフォードは冷たい眼差しを向ければ、ラルフは圧倒的に不利になり、すくむ…だが彼は無実であり、一歩前に踏み出した。


「え!!演技だ!!だまされるな…」



「うわーん!!」


ラルフの声をかき消すかのように大きく声を張って泣くフリル、そんなフリルをあやしながら、マリアは睨みを聞かせて指先をラルフに向ける。


「いやいやいや!おかしいだろ!?…悪いのはオレじゃなくてだな!」


「仕方ないじゃないですか!!隊長は小さいんですから!!いいから謝るっ!!…」


脅迫擬いの迫り方に、ラルフは苦笑を浮かべると静かに頭を下げた。


「……すみませんでし…」


ラルフは謝りながらチラリとマリアの胸に顔を埋めるフリルに目を向けた。ラルフは見た、フリルがニヤニヤと小悪魔のような笑いを浮かべながら此方を見ている姿を。


「だれが謝るか!!演技だ!!!そいつ嘘つきだああああー!!」


「【スパークウェブ】!!」


一方その頃―ウィンホーバロンでは。


『ぬが〜…ぬがぬが〜!!』


少女が屋敷の玄関前で真っ赤な絨毯の上を転がっていた。少女には耳と尻尾があり、そんな彼女が絨毯の上を転がっている図は何処か愛らしい…だが、彼女はゼリム・R・レオナルド、こう見えても魔界の王位継承者にしてこのウィンホーバロンの領主である。



『一言余計だッ!!』


ゼリムは何処かに向かって叫んで。また退屈そうに絨毯の上を転がりだす。


『遅い!!遅ーい!!待てど暮らせど来やしない!人間はまだかーーっ!!』


屋敷の外にまで聞こえる程の大声にエデンが血相をかきながらやってきて目を見開く。


『お嬢様っ!!…玄関の絨毯の上では転がってはなりませんと何度も言っておりますのに…!』



今日こそは確りと躾ようとゼリムに歩み寄るエデン。だが、瞬く間に起き上がったゼリムにネクタイを掴まれ凄まじい怪力で引き寄せられる。


『貴様!!ちゃんと迎えの馬車をだしたのか!?いつまでわたしを待たせるのだあ!!』



『それが!…人間共の気配が…薄くなりまして…』


『な!なに〜!?』


ゼリムは顔がくっつく程に睨み付ければ、エデンの首が機械に似た無慈悲な力で締め上げられる。


『お!お嬢様…!くっくるし』


首が絞まる程の怪力で締め上げられたエデンは、ゼリムの手を剥がそうとするが、そんなエデンを今度は遠心分離器のような強烈揺れが襲う。


『ならさっさとみつけろよー!!いつまで私を待たせるのだ!?いじめか!!??いじめなのか!!?』


手足が取れそうな程の力で振り回されながら、エデンは必死に首を横に振る。



『た!!たたたた!!しかに!!はははははいちしましたたたたた!!!』


『もう我慢できん!!!』

ゼリムは痺れを切らせてホール外の窓ガラスがけてエデンの身体を全力で投げ飛ばした。


『は…お嬢様ああああ!!?』


エデンは派手な音をたてながら窓ガラスを突き抜け、緑の多い庭へと飛んでいった。



『そうか!!わたし直々に出迎え行けばよいではないかぁ!!どうしてそんな簡単な事に気が回らなかったのだぁ!?』


突然の閃きを大声で喚きながら着崩れを正し出迎え用の鏡で着こなしを確認し、微笑んだ。


『よし!!いってくる!!』



それからゼリムは目にも止まらない速さで扉を蹴り破り、外へと飛び出して行った。


静かになった屋敷の庭で、倒れていたエデンはゆっくりと身体を起こして立ち上がる。


『やれやれ…』


衣服に着いた土埃や芝生を叩いて落とすその姿は、何処か年老いて見える。


『…お嬢様には困ったものですな…』


愚痴を溢したエデンは、ため息混じりに掴まれて乱れたスーツやネクタイを直してからシャキッと背筋を伸ばし、自慢の口髭を一撫でする。


『でわ、我輩はお茶の支度にでもかかりますかな…いつつ』


そのまま腰をトントンと叩きながら、ゆっくりと屋敷へと戻っていった。



その頃―フリル達は、崖に挟まれたような一本道を抜け、ここがウィンホーバロンである事を象徴とする堅牢な門前にいた。



『此処はゼリム様が収めるウィンホーバロンである、人間は即刻に立ち去れぃ!!』


地鳴りを起こすほどの見事なまでの威嚇だった。フリル達の前にウィンホーバロンの門番が立ちはだかっているのだ。


「っ…トロールかよ…」


舌打ちと共に身構えるラルフ、トロールとは巨人族で最高位に位置する魔物であり、巨大な身体と凶悪な姿は人々に恐れられている。その巨体は最初に出会った巨人族など遥かに小物に見える程に巨大で逞しく、巨人族最高位である事を惜し気もなく現していた。


「あたしら、そのゼリム様に会いに来たのよ」


しかし、そのトロール族の巨人が相手であっても、小さなフリルはビビるどころか動揺すらしていない様子で前に出た。


『!?』


トロール族の巨人にはフリルの声が聞こえなかったのか、律儀に耳を傾けくる。


『なんだってえっ!?』


地鳴りが起きる程の大声に、フリル達は思わず耳を塞ぎ、塞ぎながらフリルは大きく息を吸い込んだ。


「だからっ!!ゼリム様にーっ!!」


『あああ!?聞こえねえよ!!もっと大きい声でねえのか!?』


トロールはそういいながら四つんばいになり、実に間抜けな体勢でフリルの側までその巨大な顔を寄せ耳を傾けてくる。



「だーかーら!!!ゼリム様に!!会いにきたのー!!」


『なに!?ゼリム様に会いに来ただあ!!?』


ようやく理解したらしいトロールは立ち上がり右手に握った巨大な棍棒のグリップを確認しつつ、扉の前で最強の巨人族に相応しい仁王立ちをすると、臨戦態勢でフリル達に睨みをきかせた。



『なら!!尚更ここは通せねえな!!ゼリム様は多忙で!!人間の相手をしてる暇なんてねえんだよ!!…』


「なら…罷り通るのみね…」


フリルはゆっくりと身構えれば、流石のラルフとグリフォードも武器を取出し身構える。



「あれ?」



マリアはのんびりとした口調でトロールの顔を見つめながら前に出ていく。


「マリア!?なにしてんのっ!!…」



「もしかして…マズール様ですか?」


前に出てきたマリアを見たマズールと呼ばれたトロールは、殺気に目配せしていた瞳を丸くする。


『おー!?おめえ!!ウィプルの娘じゃねーか!?』


マリアの姿を確認したマズールは今までの態度を改めるようにして、手にしていた棍棒を投げてその場に座り込むことで警戒を解いた。


「し、知り合いなの?」


フリルは苦笑しつつマリアを見ればマリアはちいさく頷く。


「はい!友達です」



するとマリアは、手をバタバタと動かし、踊るように不思議な動きを始める。


『ぬあ!?…やってくれるのか!?』


何を話しているのかは分からないが、マズールは喜んで反応すれば、マリアは大きく頷く。


『んじゃあ頼むわ!!』


マズールは巨大な手の平をマリアの側に寄せると、マリアは身軽にピョンピョンと兎が如く腕の上を飛び跳ね、マズールの耳元まで行くと、耳の中に向かって指を差す。


「【レビィ・ストゥーム】!!」



唱えたのは風の魔法らしく、中から大量の岩のようなものを外へ放り出すと、途端にマズールは気持ちよさそうに惚気た表情となる。


「もう一つ!」


マズールは腕を皿のようにし、マリアはその腕の間を飛び移り隣の耳元へいくと、同じように大量の岩のようなものを穿り出した。


「だめじゃないですか!耳はこまめに掃除して下さいよっ」


マリアは手慣れた様子でマズールから降りながらいえば、マズールは罰が悪そうにボリボリと頭をかいた。


『わりいわりい!自分でやると耳に指がはいらねーからな!!ぬはは!!』


笑いだすマズール、フリルはマリアに駆け寄る。


「なに?…どういうこと?」


フリルが聞けば、マリアは苦笑して振り返った。


「耳垢が沢山詰まってて声が聞こえなかったんですよ」


それを聞くと、フリルはギョッとして飛びのき、体をマズールに向けた。


「ちょっと!!身だしなみくらい確りやんなさいよっ!!不潔な人にお嫁さんは来ないわよ!!!」



キンキンとした声で叫ばれたマズールは今度こそは聞こえた様子で反応し、顔を顰める。



『か!母ちゃんみてえな事をいうちびだなぁ…』


どうやらフリルは不快に感じたらしく、何やら叫んでいるフリルを無視してマリアに顔を向ける。


「無視すんなあー!!」



『で?ウィプルの娘、お前はここに何をしにきたのだ?』


更に無視して改めてマズールはそう聞き反せば、フリルはムスッとした表情で黙り、マリアは苦笑しながらもゆっくりと深呼吸をする。


「ゼリムさんに大事な用件があるんです!」



そんなマリアの声に、マズールは頭をボリボリとかいて真剣な表情となり、考えるように唸る。


『ふむう…お嬢様に用件?…』


マズールは余り気が進まない調子で渋い顔をする。



『…俺にはそんな資格ね〜からな〜…』


マズールは、何かを隠すようにそう言いながらも、門に振り返る。ゴブリン族の技法を用い上質な黒鉄と魔法により鍛えられた巨大な門がそこにはある。暫くそれを眺めてから、再びマリアに目を戻した。


『わりいが、お嬢様に人間は会わせちゃなんねえって言われてるんだよ〜』


【バァンッ】


そう…いうも束の間、突然内側から門が勢い良く開き、マズールは慌てて振り返った。


『はーはっはっ!!!待っていたぞ!!否!待ちくたびれたぞ!!人間!!!』


門の上からけたたましくも愛らしい声が響く、そこにはフリルと同じくらいの少女が立っていた。少女の肌は透き通るように白く青銀色に輝く長い髪にルビーのような深紅の色を宿した瞳…美しい少女だった。だが、彼女の頭の上と背中には彼女を人間では無いことを証明する山のように尖った耳と、炎が如く揺れてる尻尾が生えていた。


『…お嬢様ぁっ!!?』


マズールが声を荒げて身体をそちらに向けると片膝をついて服従とも取れる姿勢となる。ゼリムは、いつものフリルのように平らな胸を張って主張する。


『ふふん!!そう、我こそがこの街の領主!!ゼリム・R・レオナルドだあ!!遠路遥々よくやって来たな!!歓迎するぞ!』


そんなゼリムの名乗りにフリル達も膝をつき頭を垂れる。



『そのように畏まらなくてもよい!頭をあげんか』


扉をくぐったゼリムは、階段をゆっくりと降りながら言えば、マリアが顔を上げた。


「お久しぶりです!ゼリム様」


マリアを見てゼリムは目を丸くした。


『おお!、お前はマリアか?大きくなったなあ!』


間延びした話し方をしながらも尻尾を振りながら興奮を示したゼリムは、スキップするような動作でマリアの前までやってくる。


『全く、お前が来るなら予め言えばエデンを使いにだしたのに…大分待たされたから退屈だったのだぞ?』

母に甘える幼児のように無邪気なゼリムは、不満で唇を尖らせた。


「ああ…その手がありましたね…」


『その手があったのだ!、で?後ろの者共はなんだ?ウィプルの民では無さそうだが…』


マリアは苦笑すると、ゼリムは背後のフリル達にも興味を示した。


「彼らは私の友です」


そういったマリアは背後のフリル達を紹介しようとし、フリルは頭を挙げた。


『!!!』


フリルを一目見たゼリムは表情が固まり、フリルとじぃっと見つめあった。そして今まで興奮冷めぬ笑顔だった表情が、見る見るうちに殺意に塗り固められてゆく。


『貴様…』


ゼリムはいきなり表情を歪め。フリルの側に行き、フリルの顔をさらにまじまじ眺めた。


「な…なによ…」



フリルは立場を忘れて退いてしまい。それに応じるかのように、ゼリムはキッと鮫のような鋭い歯をむき出しにして怒りを露にした。



『久しぶりの人間だと思えばッ…貴様か英雄ッ!!…ヴァネッサ・フロル!!』


ゼリムは怒り狂ったように叫びながらフリルに掴みかかり服を掴んで引き立たせた。


「ゼリム様!?」


マリアの声すら耳に入らないゼリムね両手を掴んだフリルは機械的にもにた圧倒的な力で首を絞められ顔をゆがめながらも、負けじと睨みあう。


「い!…いきなりなんなのよっ!!」



『黙れ!!わたしの楽しみを冒涜した罪!!積もり積もった積年の恨み!!そしてわたしを侮辱し続けたは重いぞ!!英雄!!』



ギリギリと互いの力が交錯し、真っ赤なゼリムの魔力とフリルの青いレイブンがぶつかりあい、交わることなく弾けあう。



「人違いだってば!!あたしは英雄じゃないわっ!!」


『やつは毎回そう言っていた!!!口の聞き方も奴そのものだ!!!違うというなら!!証拠を言って見ろー!!』


ゼリムは圧倒的パワーでフリルを叩き潰そうと、睨み合う姿勢からどんどんフリルを地面に押しつけてゆく、フリルは思い切り踏ん張り歯を食い縛りゼリムの額に頭突きを食らわせ精一杯に堪える。



「あたしはフリルよ!!あんたの言うヴァネッサの!娘っ!!」


【ズドン!!】


最大の威力でお見舞いされた頭突きを受けいれたゼリムだったが、びくともしない。



『そうか…娘か…どうりで弱い!!』


ゼリムはそのまま力でフリルの身体を磨り潰そうと地面に押し付け弱める事無く潰してゆく。



「つぁ!…っ!!!」


「隊長ッ!!」


余りの苦しさにうめき声を漏らすフリルに見兼ねたグリフォードとラルフが武器を引き抜き助太刀しようとする。


「やめなさいっ!!」



力では叶わないフリルはゼリムの両手の間接を内側に捻り込みながら声を張り上げる。


『ぬぐぅ!!』


ゼリムは両手から激しい痛みが襲い掛かりうめき声を漏らし、力が入らなくなる。


「けどよ…」


「あたしらは…戦争しに来たんじゃ!!無いのよっ!!」


フリルは確固たる意志を示してラルフとグリフォードゼリムを押し上げて立ち上がる。


『中々やるではないか!!そしてその物言い!!ますます気に入らんっ!!!』


ゼリムは痛みを覚えながらも一切表情を変えず、力が入らず次第にフリルの身体が起き上がってゆくとしても威勢を張り上げ拮抗する。


「ま!…まあまあゼリムさま?隊長?」



そんなフリルとゼリムの間にマリアが割って入ると、ゼリムは不機嫌そうに力を抜いてゆく。


『…そうだな、生意気なガキの戯れに付き合ってしまった…すまん』


ゼリムの物言いに頭に血が上り真っ赤になるフリルは、忌々しそうに手を弾いて突き放して起き上がる


「ふ、ふんっ…汚い野良犬が戯れてきたからついつい退いちゃったわよ…あ〜毛だらけ!」



フリルは強がりに身体中を叩いてついてもいない毛を払う動作を行う。



『なんだと…貴様…』


ゼリムは再び向かって行こうとするが、止まり、踵を反す。


『ふん、まあいい…わたしは大人だからな〜』


ゼリムはそう洩らすと、さくさくと早足に歩いて行ってしまう。



『何をしている!!ついてこんか!!…』


フリルは終始不機嫌そうに唇を尖らせながらも、それをみていたグリフォードとラルフに顔を向ける、二人共、余程不快だったのか忌々しそうな表情をしていた。


一行はゼリムの先導の元、ゴブリン製の堅牢な扉を潜り抜け、ウィンホーバロンの街へと入った。


「おお…」


ウィンホーバロンに入るやいなや、漏れる感激のため息、全員を出迎えたのは、純白の石畳に包まれた美しい町並みだった。



『しょんべん臭いガキがどうしてもとうるさいからな、ウィンホーバロンを少し案内してやるとしよう、ついてこい』



ゼリムは明らかにフリルの悪口をいいながら、前で腰に手をあてて偉そうにフンぞり返り歩いてゆく。


『この石畳は、魔力による結界を結晶にした物だ…』

ゼリムはぶっきらぼうにいいながら、綺麗な靴で下の石畳を叩く。


「これ…水?」


石畳の下は透けており、様々な水の生物や聖霊達が行き交っており、フリルは思わず声を漏らせばゼリムはフンと聞こえるように鼻で笑う。


『当然であろ?ウィンホーバロンは、アグネシアで沢山の命を育む、ムグラ大川とユグドス大川の二つ大川が交差する中間地点に蜘蛛の巣が如く結界を何重にも何重にも折り重ねて造られた土台の上に立っているのだからな〜勉強不足な小娘だな?最近のガキは地理もろくに出来ないのか?マリア!教えておけ!』



一々嫌味をいいながら隣のマリアに教えておけ!と怒鳴るゼリムを先頭に、ウィンホーバロンの案内が開始された。魔族の町とはいえ、結界石により造られた町並みは至って普通の人間を思わせる住居だった。


「ゼリム様、上を張っている網のような物はなんですか?」


マリアの言葉に全員が上を向くと、そこには確かに何本もの線が鉄塔のような柱にぶら下がり、網のようになっていた。


「…そんな…ばかな…なんでアグネシアに…しかも魔族の町にこんな物が…?」


怒りが何処かへ飛ぶ程に…フリルは驚き、人間には到底聞こえないちいさな声を漏らしていた、しかしゼリムは気にも止めずに目を閉じた。


『それは、電線というものだ〜、電気という力を町の住居に供給しウィンホーバロンに住む魔物達の暮らしを助けている』


「電気…て?」

マリアは興味深く聞けば、ゼリムは何処か自慢気な表情で振り返る。


『電気とは凄い力なのだ!!』


「電気ってのは…電荷の移動や相互作用によって生まれる物理現象の総称よ」



ゼリムの会話をフリルが真っ二つに切り裂き。何処か誇らしげに言おうとしていたゼリムは、面食らったような顔をして一気に不機嫌になる。


「え?…でんか?…そうごさよう?」


専門的な言葉が理解できないマリアは首を傾げてキョトンとする。


「簡単な電気は雷ね…あんたも魔法で使っているじゃないの」


フリルは不機嫌そうに呟けば、マリアは頭をコツンと小突いてペロリと舌を出す。


「あー!成る程!雷の力を使っているという事なんですね?」



「正確には違うけど…ま、そんな所よ」


フリルは腕を組みそれ以上は話す事を放棄した。


「ですが…なぜ隊長はそんな事を知っているのですか?」


グリフォードは怪訝そうにフリルを見つめると、フリルは視線を反らす。


「たまたまよ…」


そんな仕草に退屈そうにしていたラルフも前に割り込み追及しようと…


『ぬがあ!!貴様らぁ!!わたしが話しているのだあ!!無視するな!!わたしを仲間外れにするなあ!!特にクソガキお前ムカつく!!』



ゼリムは唸りながら暴れだす…が、仲間外れにするな!が一番の本音だろう、とフリルは思った…。



こうしてウィンホーバロンをゼリムに案内された結論として、ウィンホーバロンには人間はいない。当然と言えば当然ではある…しかし、明らかな人間の技術が使われているのにも関わらず、いる生き物はスライム質の魔物、ワニが二足歩行したような魔物、巨大な牛の様な魔物…人間ではない魔物であった。


『貴様等、此処まで見てどう思った?』


案内の最後に噴水までやって来たところでゼリムが立ち止まり、聞いてきた。



「どうって?」


フリルはそう首を傾げれば、ゼリムは振り返ってフリルを睨む。


『この街の感想を聞いているのだっ、貴様はそんな事も一々言われないと分からないのか?』



ゼリムの嫌味に我慢を超えたフリルは不機嫌を表に現してから噴水に目を向けた。


「この町にある物は…レオン・レオナルドっていう学者の作品に似ているわね」


『……何故…貴様が?』


ゼリムは信じられないと言うような表情をすれば、それを見たフリルは気分がよくなり、噴水に歩み寄り勢い良く噴き出す水を見上げる。


「ていうか〜。レオンの技術よね?懐かしい〜わ」


『その名を!!貴様ごときが軽々しく口にするな!!』


それは突然だった…ゼリムが今迄にない声色で怒鳴り、辺りの魔物達が騒然とする。


「はああ!!?…感想を言えって言ったのはあんたじゃないのよっ!!何なのよあんた!!!さっきから意味分かんないのよっ!!頭足りてないのかしら!!?」


その大声が引き金となりフリルも大声で怒鳴り返した。


『なんだと…クソガキがあ!!』



ゼリムとフリルは再び睨み会い、二人の間に周囲の魔物達すら震え上がらせる程の空気が溢れだす。


『やっぱり気に入らん!!この小娘!!』


「黙りなさい!この野良犬!!」



同時に再びフリルとゼリムは喧嘩を始めて掴み合い互いの魔力とレイヴンが結晶化した結界に亀裂を走らせる。


「ふ!二人ともやめてください!!」


『煩い黙れっ!!』



再び止めに入ったマリアに、怒りで我を忘れたゼリムは本気の力で拳を握り、凄まじい速さの裏拳を放った。



「馬鹿!マリア!!」



フリルはそれよりも早くマリアの身体を突飛ばす。それではマリアに向かっていたゼリムの攻撃は何処に行く?。


ドン!!――当然ゼリムの拳はフリルの顔面を直撃し、威力をそのままに力一杯にフリルの頭を結晶化した結界に陥没するほどの威力でたたきつぶした。


【ブシャ!!】


鮮血が飛び散り、フリルの小さな身体がブリッジをするように仰け反ってから、緩やかに地面に崩れ、その身体はピクリとも動かなくなった。



「てめええっ!!」


「隊長をよくも!!!!」

ラルフとグリフォードは同時に剣を引き抜いてゼリムに斬り掛かろうとすれば、その前に大量の魔物達が立ちはだかりグリフォードとラルフを威嚇し睨み合う。


『流石オジョウサマハツエー!!』


『ナアナアお嬢様!!コノガキ食ッテイイ!!?ネエクッテイイ!?』


ぴくりとも動かないフリルの足を掴んだ魔物がゼリムに持って行くと、ゼリムはフリルを奪い取り、小さなフリルの身体を近くでボーッと放心していたマリアの足元に投げつける。


『黙れ!!!!』


ゼリムが地鳴りするほどの一喝をあげて魔物たちを黙らせれば、グリフォードとラルフも手を止める。


「隊長!?隊長!!…わたしのせいで…」


マリアは足元のフリルを抱き上げ、余りの力にぐちゃぐちゃになってしまっているであろうフリルの顔を見た。


「……え?」


フリルの顔は額に小さな切り傷があるだけで、他は全くの無傷だった、しかし反応はない。ゼリムは動かないフリルを抱えたそんなマリアを、見下したように睨む。


『ふん!!人間ごときがッ…馴々しいんだよッ!』


歯をむき出しにして罵声を浴びせ、マリアは涙目でゼリムを見上げて睨む。


「あなたは…!!」


「し…死んで…ないわよ…」



詰め寄ろうとしたマリアの服を掴んで、今まで目を閉じていたフリルが震えながら目を開いた。


『……馬鹿な』


ゼリムは信じられないという顔で息を飲むように詰まった声を漏らした。



「隊長!!」


「隊長!無事か?」


グリフォードとラルフは、フリルの生存を確認するや、カバーに入ろうと前で身構える。


「なにしてるのふたりとも…けんをしまいなさい…」


フリルは麻酔を打たれた入院患者のように、舌足らずに言いつつも、マリアに肩を借りてやっとの思いで立ち上がる。


「け…けどよ!!」


「そうです!!隊長!!」

「いいから!!…いうとおりにしなさい……あたしたちは…せんそうを…しにきた…わけじゃ…」


搾りだすのが精一杯な様子で、再び目を閉じそうになるが、辛そうに薄く目を開けた。


『興醒めだ…持ち場に戻れ貴様等!!!』


ゼリムは一喝して魔物達を退散させ、それからため息混じりに背中を向けた。


『…まあ…【弱い者いじめ】これぐらいにしておいてやるか…クソガキ程度にムキに成るとはわたしはまだまだだな…』


そう言い捨て、そのまま歩いていくと、フリルはギリギリという音が漏れ出る程に歯を噛み締めていた。


「隊長っ…ごめんなさい…わたしが止めに入らなければっ…」


自らのミスを悔いて泣きながら回復の魔法を手に込め始めるマリアに、フリルは笑いかける。


「きにしないで…いいわよ」


「…隊長、マリアには荷が重い、自分が背負ってもよろしいですか?」


グリフォードはフリルに伺いを立てれば、フリルはゆっくりと頷く。


「ごめん…お願いするわ…」


少しずつ回復しているようすはある、が、その両脚はショックによる痙攣を起こしてしまっており、歩くことは疎か立つことすら出来ない様子が伺えた。


「くそ…魔族め…」


グリフォードは忌々し気にゼリムを睨みつつフリルを背負い立ち上がる。


「堪えなさい…あたしたちは戦争しに来たんじゃない…」



そう言われてグリフォードは何かを言おうとする、が、ラルフがグリフォードの肩を叩いて首を横に振ると、ため息を吐き出して頷いた。


「了解です」


ラルフはそのままフリルの顔色を伺う。


「本当に…大丈夫か?」


「平気よ…」


フリルの顔は青白くなっており、触れようとしたラルフの手を弱々しく弾いたフリルは拒否を示した。


『おい!さっさと来んかっ!!』



嫌気がさしたような声で遠くで耳を畳んで待っていたゼリムが叫ぶ、その表情は何処か哀しげだったようにも見えたが、空は夕焼けで暗く染まりかけていたがために、よくわからなかった。



そんなゼリムはさっさと屋敷に向かって歩きだしながら、フリルが何故死んでいないのかが気になっていた。

『…(わたしの拳をまともに受けて…死にもせず怪我も軽傷だと?、一体どんな魔法を?)』


考えながら腕を組み、右手で左腕を握り込む。


『っ!!………?』


右手親指から激痛が走り、ゼリムは、ゆっくりと右手に視線を落とした。


『!』


フリルを全力で殴りつけた筈の右手…その親指が、千切れるかかって皮膚と僅かに残った肉でぶらさがっていた。



『(化け物め…)』


ゼリムは歯を食いしばり痛みを堪えるようにしながら右手の親指を千切りとると口に入れて呑み込む。そうすると赤い液体が親指から沸き上がり新たに親指が生え変わる。生え変わった所で後ろで背負われているフリルを睨み付けた。


「やっと気付いたんだ…駄犬…」


フリルは睨み付けてきたゼリムに笑みを返し、ゆっくりと目を閉じた。



そうして暫く歩けば、大きな鉄格子の門前へとたどり着く。


『お帰りなさいませ、お嬢様』


その大きな門前には、背の高い猫の顔にスーツ姿の魔物が立っており、その立ち方は正に執事である。


『うむ』


ゼリムは偉そうに頷くと、背後のフリル達に顔を向ける。


『先ずはその臭い身体を清めてゆっくり休め。太陽が完全に消え失せ、真っ赤な月が頭上に登ったら飯だ、話はその時に聞いてやる…エデン、客人を風呂場に案内しろ』


『畏まりました』


エデンが一礼すると、ゼリムは偉そうに踏ん反り返り、屋敷の外周を歩いていく。


『お嬢様?どちらへ?』



エデンはそんな不審な行動を始めるゼリムに首を傾げて怪訝な表情を浮かべた。


『散歩だ…』



ゼリムは振り向かずに尻尾を振りながらさっさと行ってしまい、エデンは不思議そうに首を傾げていたが、直ぐにやめて口髭に触れる。


『…それでは屋敷を案内しますかな…人間の客人』



エデンは、そう言うと綺麗なターンで背を向け、門を開け放つ、そして木々の生い茂る森のような広い庭を抜け、ひっそりと佇む巨大で豪華な屋敷の前へとやってくる。


『どうぞ、そのままお入り下さい…』


中へと招き入れられたフリル達4人は、その屋敷の内装の素晴らしさに息を飲み込んだ。


「すごいわね…」



ラルフに背負われたフリルが小さく呟いたのも頷ける程の内装だった。ゼリムの屋敷はさながら洋館である、正面の二枚扉を開け放つと、赤い絨毯のしかれたそれぞれの私室へと繋がる階段と広い玄関が出迎え、左右の壁ぎわにも二枚扉があり、展示には魔界を表すような絵が描かれており、それがシャンデリアの輝きで、より一層美しく見えている。


『ここで驚く人間は久しぶりですな…』


エデンは何処か誇らしげに胸を張り咳払いする。



『コホン―…右が風呂場、左が食堂になっております階段を上がって左がお嬢様達の部屋、右が客室となっております。』



エデンは丁寧にフリル達に屋敷の内部を説明しながら風呂場へと案内した。



『右が女性用、左が男性用になっております…我が輩はここにおりますので、どうぞ…ごゆるりと旅の疲れを落とし下さい』


屋敷の風呂場はなぜか男用と女用に分けられており、エデンと別れてフリル達はそれぞれの脱衣場へと向かった。



「何故隊長は反撃しなかったんですかねっ…」



グリフォードは脱衣場で服を脱ぎながら怒りを露にした。


「…戦争をしにきた訳じゃあないからだろ?…ちびにはちびなりの考えがあるんだろうよっ…俺なら殴り返しに行ってたがな…」


ラルフも服を脱ぎながら、熱くなる気持ちを押さえようとしていた。


「しかし…いくらムカつくちびでも…よ」




「ええ…他人から理不尽に殴られ、罵倒されるのは気に入りません…」




グリフォードとラルフは互いに顔を見合う。


「気が合うな」


ラルフが言えばグリフォードも頷き、自分の中の変化に苦笑する…ゲノム王国のフリルという少女に変えられた自分に。


「ええ…認めたくはありませんが…ね」


グリフォードの皮肉にラルフは笑顔でグリフォードの背中を叩いた。



「隊長…本当に、平気ですか?」


一方、フリルとマリア達は…。マリアはフリルを気遣い先にフリルの服を脱がそうとする。が、フリルは脱衣場の椅子に腰掛けてボーとしながらも首を横に振り拒否を示す。


「あ…ごめん、自分で脱げるよ」フリルはそう言って立ち上がるがよろけて再び腰掛けながらも、服に手をかけ脱ぎだした、そんなフリルをマリアは実に心配そうに見つめる。


「大丈夫よ、軽く頭が揺れて痛いけど…直ぐに治るから」


フリルは気紛れにそう言えば、マリアは余計に表情を曇らせる。


「でも…わたしのせいで…」



「……別にあんたが前に出なくてもあたしは殴られるつもりだったわよ?」


見兼ねたフリルが言えば、マリアはギョッと、小さなフリルを見下ろす。



「人間と魔物は昔から敵同士だったってあたしはお母さんから聞いてるの、つまりあたし達は敵地の真ん中にいるわけなのよ…」


フリルは軽い頭痛に眉間を押さえて表情をゆがめつつも続ける。


「そんな敵であるあたし達が、そこの主であるあいつを大勢のまえでいきなり倒したら、あいつにしたらマイナスに成るわけ…だからあたしはあいつの顔を立てて上げたわけ、だからほら…あたしは生きてるし、こうやって屋敷にも案内してもらえたわけなのよ」


フリルとしては半分以上嘘である、あの場で戦闘を行えば戦争になり、魔王ではなく魔界との戦いが始まってしまう危険性があったからだ…しかし今のマリアにはそんな嘘が必要だと思った、聞いたマリアは、納得するように頷いた。


「ま、次はもう当たってやらないけどね…」


フリルはそう負け惜しみに呟き、そこで初めて、マリアは安心した様子で服を脱いだ。


「でも、無茶はしないで下さいね?」



そう言って裸になると風呂場へと向かった。ゼリム館の風呂はとても広く、暖かいお湯を常に掛け流しの状態であった。



フリルは温度を確かめるべく爪先を湯船につける。



「あつぅっ!」



そういって飛び跳ね後退り、それを見ていたマリアは首を傾げてから手を入れる。


「?……そんなに熱いですか?」


マリアにとっては平穏より少し温い位で、首を傾げる。


「熱いわよ!冷却してっ」

フリルはそういうがマリアは苦笑しつつも首を横に振る。


「そんな事したら風邪引いちゃいますよ?」



マリアはそう言って、桶にお湯を汲んで肩へと流せばフリルはギョッとする。


「はーいい気持ち♪」


マリアが心からそう言うと、フリルは疑い深そうに手元の桶を拾い、お湯を掬い肩に掛け流そうとした。


「あつ!!」


しかし、熱さで手を放してしまい、零れたお湯が全身を打ちのめされる。


「あっっつうううう!!!」


フリルは涙をながながら浴室で転げ回れば見兼ねたマリアは苦笑を浮かべる。


「熱いの苦手なんですね…」


マリアに言われれば、フリルは不機嫌そうに唇を尖らせる。


「だ!!…だって…」


まるで見られたくないような子供の仕草で不貞腐れるフリルだったが、マリアはそんなフリルの両脇に手を差し込み持ち上げた…。


「はへ?」


ギョッと目を見開くフリルに、実にいい笑顔で、マリアは笑いかける。


「だっても何もありません、汚いんですから早く入りましょ」


その言葉にフリルは戦慄し、顔を一気に青ざめさせる。


「や!やめなさいマリア!!いやああああっ!!!」



【ドボーーン】

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