第4話 ウィンホー・バロン

朝―場所はネビル・アグネシアの商業区にある噴水広場に、武装した集団が何かを待って整列していた。


「おはよー」


そこへ、一人の小さな女の子が、予め自分のために用意させた高台に登る。その容姿は細く、小さく、とにかく幼い。身長と顔立ちから歳は12、13位と見受けられる。緑掛かった不思議な色をした髪は肩程までの長さがあり、その顔の造りは、将来が有望されるであろう確信がある。一部では妖精が異世界から迷い込んだのではないか?と噂されているらしい。



彼女の名前は【フリル・フロル】…フリルは目の前に整列した武装集団の前で、何時ものように偉そうに未発育極まりない平らな胸を張り、細く短い腕を組んでは、短い両足を肩幅よりも広く開いて小さな身体を大きく見せようとするかのようにふんぞりかえった。


「おはようございますっ!」


活気あふれる声量で集団から返答が帰ってくる。よく見てみるとフリルの目の前に並んでいる武装集団は、皆からだのあちらこちらに包帯や湿布が目立っていた。そんな姿の集団は歪極まりない。そんな集団が10列の横隊(横向きに十列の意)に並んでいるのだから、何も知らない通行人達は怪訝な顔をしたり、興味の眼差しを受けるのは仕方がない。


彼らは、フリルの所属しているゲノム王国の親衛隊である。


しかし、元々は魔王軍のバズズ大隊にいた一部隊に過ぎなかったのだが、フリルによって引き抜かれ、今にいたる。何故ケガをしているのか?。


それは―昨晩の酒場での出来事まで遡る。


酒に酔った勢いで暴れた彼らを、彼らの前で偉そうにふんぞり返っているちびっこが制裁したからである。


「皆、お酒は抜けたかしら〜?」



フリルのその笑顔は、向日葵のように明るく見えなくもない。しかし、その内心はまだ許してはいない様子が露骨に出ている。何故ならば、その大きく輝いている瞳は、全く笑ってはいないからだ。


「はい!ぬけましたっ!」


上ずった声で、親衛隊の一人が叫んだ。その声に、親衛隊の面々は「俺も!」、「俺もだ!」と後に続いて口々に頷いた。


「よろしい」


それを聞いたフリルは、満足そうに頷き、そこでようやく機嫌が直ったらしく組んでいた腕を解いて腰に当て、今度こそ本当に満面の笑みを浮かべた。


「突然だけど親衛隊は、今日から三人一組で生活してもらう事にしたわ」


突然の言葉に親衛隊の面々は表情を曇らせる。あるものは首を傾げ、あるものは隣の仲間に話しかけ、騒めきが広がる。


「静粛に」


そこで、丁度フリルの真横に一列の横隊に並んでいた三人の中から、金髪の顔立ちの整った少年が一歩前に出た。


前に出た少年はスラリとした細身でいて背は高く、服装は白と青を基調とした清楚なイメージがある礼服を着ており、その腰には細く長い剣が差してあった。外見から年齢は16歳程だと感じ取れる…彼の名前は【グリフォード・ロベルト】フリルが此方にやって来て一番最初に仲間にした少年である。


グリフォードに注意で親衛隊の隊員達は話を止めて静まり、顔を再びフリルに向ける。


「どうしてだ?」


グリフォードの隣に並んで立っていた日焼けしたような褐色の肌に筋肉質の青年が、フリルに疑問を投げ掛けた。


彼の名前は【ラルフ・ブラッドマン】元魔王軍のレイヴン使いであった彼だが、フリルに敗北した事を切っ掛けで聖騎士団へと加入した青年である、外見から18歳位と伺え、タンクトップに木工等の作業をするための作業ズボンといったラフな格好をしており、タンクトップ故に鍛えぬかれた筋肉が曝されている。


「うーん…」


ラルフの疑問に対し、フリルは意味深に唸りながら右手を小顔で形のいい顎に置き、推理小説の探偵がやるような仕草をしながら唸り声を洩らす。



「昨日、飲みの席にアグネシアの士官が来たのは覚えてる?」


そうして搾りだされた言葉を聞いて。ラルフは一瞬考える仕草をするものの、直ぐに理解して首を縦に振って頷いた。



「隊長が追い出したあのじじいか?…」



「そう!それっ」


フリルは満足そうに頷き、今まで聞いていた親衛隊の面々やグリフォードも思い出した様子で頷いた。


「あたしの勘なんだけどね?…」


フリルは苦虫を噛み潰したような表情で、落ち着きなく自分専用の高台の上を歩き回る。


「多分あいつは激励に来たんじゃなくって、あたしらの様子を監視しに来てたんじゃないかな?って思った訳なのよ」


その不穏な言葉に親衛隊の隊員達は挙って表情を曇らせ再びどよめきが強まる。


「どうしてそう思うんですか?」


ラルフの隣に立っていた女性が手を挙げて聞いてきた。彼女の名前は【マリア】(本名は【マリアント・フローレス・ファン・エステリーゼ】と非常に長いので略称を使っている)フリルに協力するため、ウィプルからやってきた魔法使いである。その容姿はとても大人びており、背も同年代にしては高いほうである。更に特徴的なのは紫掛かった白色をしたふしぎな髪の毛である。これはウィプルの民独特の色らしく…別に老けている訳では無いのだという。


性格は15歳という若さにしては落ち着いており、外見だけなら20歳以上にも見える。とても15歳の少女には見えないという専らの噂である。



そんなマリアに質問されたフリルは悩ましげに表情を曇らせる。


「そりゃ、魔王の軍勢をいともたやすく全滅させたんだから疎ましく思われるのは当然よね?」


マリアは不満を表情に出した。


「何故?わたくし達は同じ目的を持った仲間なのに…」


マリアの言葉に、フリルは冷めたような目で唇を尖らせる。


「………魔王を倒した後を考えているからでしょ?一方的な強さだった魔王軍を圧倒できる力は、後に敵になったら厄介じゃない?。そう考えたら今のうちに弱みを握っておいて、後でどうにでも始末出来るよう準備するのは当たり前じゃないかしら?」



言葉とは裏腹に、フリルはまるで汚い物を見るような表情で、唾を吐き捨てるような言い方をした。それに伴い、マリアは暗い表情を浮かべる。


「……お腹を割って話し合えば…わかり合えるのでは?」


それでもマリアは納得いかない様子だった。しかしフリルは首を大きく横に振って否定を示す。


「そんな事、してる間に親衛隊の何人かは殺されるわよ?あたしにはここにいる部下一人一人の命を預かる義務があるの、ここにいる263人の親衛隊と3人の聖騎士団には、一人として替えはいないわ!…」


フリルは親衛隊の人数を確実に把握していた、そこまで言われたらマリアから言う事は無く、一歩下がって列に戻った。



そこでフリルはころりと表情を切り替えて微笑む。


「つまり!、あたし達もあんた達も信用されてないわけ!」


フリルは真っ直ぐに言えば、親衛隊の面々は不満そうな顔をする。


「だから個人的な行動は控えること!あたしは誰一人として欠けてほしくは無いの!」


フリルは熱のこもる声色で、唾が飛ぶのも気にせずに子供特有のキンキンした声で通行人の注目が集まるのも気にせず、まるで演説のように叫び続けた。


「だから!暫くの間は嫌だろうけど三人一組で動き、困っている人を助け、道端のゴミを拾い、治安を維持する活動を行ってほしいわ!他の兵士達の目や言う事は聞かなくていいし気にしなくていい!!。敵が攻めて来たときにあなた達が守るのは弱い民とエリオール様だけ!そのためにはまず!民の信用を勝ち取る事から始めるわよっ!」


フリルは叫びを終えると、喉の調子を確かめるように小さく咳払いした。


「…でもよ〜」


終わった所で、ラルフが手を挙げ口を挟む。


「隊長が追い返したからってのも考えられね?」


そう、横からちゃちゃを入れれば。フリルはまん丸笑顔形のまま振り向きながら空間を蹴っ飛ばした。


【ドン!!】


弾き出された空間は弾丸となってラルフの顔面を捉え直撃する。


「ぐえ!!」



直撃を受けたラルフの逞しい身体は宙を舞い、うめき声をあげながら地面に倒れ、それでも勢いが止まらずに引きずられるように滑って行った。それを見送ったフリルは何事もなかったかのように親衛隊に身体を戻し、肩に乗った髪を手で弾いて整える。


「んな訳で〜…解散!」



フリルの解散の一言に、ラルフの醜態に笑っていた親衛隊の面々は姿勢を正して敬礼する。


「解散します!!」


そうしてバラバラになると、フリルに従って三人一組になろうと率先して動きだしていた。


しばらくその光景を高台から見つめていたフリルだったが、ある程度みると満足げに頷き聖騎士団の列へ身体を向ける


「で、聖騎士団なんだけど〜」


フリルは、自分用の高台から飛び降りて、二人を見上げ小さな彼女は見上げる形で腕を組む。


「これからまた少しだけ遠征する事になったのよ」


フリルの言葉に、一番にグリフォードが手を挙げた。


「はい、グリフォード」


グリフォードはラルフと違い、フリルに差されてから前に踏み出す。


「バズズ大隊は壊滅したとはいえ、魔王軍の軍勢は未知数で、何処に潜んでいるかも分かっていません。再び大隊での進攻だって考えられるのに、今遠征するのは…些か心配です…」


騎士としては当然であろうグリフォードの心配を、フリルは大きな溜め息で吹き飛ばす。


「あんた、本当にアグネシアのエースだったの?」


フリルは嫌味にいいながらジトッとした眼差しを向ける。流石のグリフォードでも少しムッと表情を引き締める。


「…どういう意味ですか?」


フリルはそんなグリフォードを気にする事なくただ平坦な感じに言う。


「なら問題ね?、バズズ大隊は今どうなっているでしょ〜?」


そんな子供のような謎かけに、グリフォードは顔を真っ赤にして怒りを顕にする。


「馬鹿にしてるんですかっ!?わたしはそんな子供じみたなぞなぞ問題が聞きたいのではありませんっ!!」


グリフォードの罵声をフリルは瞬間的に耳を塞いで流した。


「…うるさいな〜、いきなり声を荒げないでよっ…」

「貴女がふざけた事を言うからですっ」


フリルの言葉にグリフォードは周囲の目が自分に向いている事に気が付き、息を吐き出して咳払いする。


「あたしはふざけてるかしら?…そう思うなら、文句言わないで答えてみたら?…」


フリルはチラリとマリアに目を向けるも、至って真面目だった。グリフォードはまだ舐められていると考えれば舌打ちする。


「……壊滅させましたよ」


「じゃあわかるはずよ?、私達はバズズの大隊を皆殺しにしています、では?【壊滅した】という情報を【誰が】本隊に持って行くんでしょうねぇ…」


そこでグリフォードは目を見開き開けたままになっていた口を手で押さえ、そして納得するように頷いた。

「成る程、壊滅したのですから情報はどこにも行かないですね。しかし、それだけでは…」



それでも不十分と言いたげなグリフォードにフリルは不適な笑みを洩らす。いいたい事を理解しているかのように。


「あれだけ大きな大隊よ?近くに他の駐屯地があるとは考えにくいわ…馬車の配置や、駐屯地の状況から見ても他の駐屯地までは大分ながい道程なのは間違いない…、それに魔王軍は優勢に動いているのだから…伝令を走らせるのだって月の終わりに一回いく位じゃないかな?」


余りの深読みに、グリフォードは唖然として舌を巻く。


「そんで、伝令を漏らしたとして…情報を知られたとしても、【魔物】であるバズズが倒されたのだから…普通はバズズをも打ち倒す何かがあるんじゃないか?と警戒して早々攻めては来ない…それに」



フリルは肩をすくめながら退屈そうに続ける。


「この町の号外を見たけど…アグネシア軍を勝利に導いたのは…アグネシア王の奇策だった…とか書いてあったの、こういう時…手柄漁りに夢中になる馬鹿共がいると助かるわよね?…あたし達聖騎士団の情報なんて出ていないのだから…」

フリルはそこまで言うと背筋を伸ばした。


「つまりは向こう3ヶ月位はアグネシアは安全な訳よ、納得?」


グリフォードはフリルの言葉に深く頷いた。しかしまだ何か不安そうな表情をしている。



「なに?まだなにか疑問?」


その問いに、グリフォードは首を横に振る。


「いえ、たいした事ではないですが、遠征と言うと…今度は何処へ向かうんですか?」


刺さるような勢いのグリフォードのもっともな意見にフリルは一瞬気まずい素振りを見せた。


「お…おしえなーい」


誤魔化すように、普段はしない年齢相応な仕草で勿体ぶった言い方をすれば。グリフォードは大きくすっ転ぶ。


「なっ!何故ですか!?」


破竹の勢いで詰め寄るグリフォードの叫びに開き直ったらしいフリルは、手を振脇腹に置いて成長を感じられない平らな胸を張り、身体を大きく見せようとする。


「言いたくない。言ったら…マリアはともかく、あんた達は絶対ビビるし」




フリルは一瞬マリアに流し目を向ければ、マリアは怪訝そうにしながらも、ある程度予測が出来たのか頷いた。


「そ!!!そんなに危険な場所に遠征するんですか?」


グリフォードはビビった唇になり、険しい表情になった。


「ほら、言わなくてもビビった。…多分…アグネシアで、もっとも危険なエリアに行く事になるからね、のっけから指揮を下げるようなことはしたくないのよねぇ〜…」


もう十分に指揮を下げている、フリルの言葉にグリフォードは心の中でそう毒突きながらも止むなく頷き、延びたままのラルフを起こしにかかった。


「じゃ〜、出発は〜…」


フリルはそういいながら太陽に目を向ける。


「うん、いまから太陽が頭の上に来る頃…ちょうどお昼頃ね?、お昼を済ましたら出ましょ?それ迄に馬と食糧を確保しなきゃね」


フリルの言葉に、グリフォードはやむなく頷いた。


「なら、わたしとラルフは馬を調達しましょう、ラルフ!起きなさい」


グリフォードは、そういいながら伸びていたラルフを起こし手を貸して立たせれば、フリルは満足気に頷く。


「オッケー。ならあたしとマリアで食糧の調達ね?行きましょマリア」


「えっ?…あっ」


突然に言われておどおどするマリアをよそにフリルはスタスタと言ってしまう。


「ああ!隊長!!待ってー!」



マリアはあわててフリルの後を追い掛けていった。


「なあグリフォード…」


ラルフはグリフォードに身体を預けたままであり、その顔は仕事帰りのサラリーマンが如く渋かった。


「…なんですか?ラルフ」

グリフォードは透かした様子で、激昂により乱れた衣服を整える。


「俺等…長生き出来るかな…」


率直な疑問だった、グリフォードは苦笑してハンサムにはにかむ。


「さあ…」


グリフォードには…それしか言えなかった。



そうして食料の調達序でにアグネシア城へやってきたフリルとマリアは、エリオールの部屋を訪れた、しかしエリオールはマリアを部屋の外で待たせ、扉を閉めた。



「…なにか、ありましたか?」不思議そうに首を傾げるフリルに、エリオールは渋い表情をする。


「…もう一度聞きたくてね…あそこへ本当に行くのかい?」



フリルは苦笑を示してから頷いた。


「はい…」


そんな一言返事に、エリオールは立場を忘れてフリルの前で膝立ちとなりフリルの両手を取る。



「…君達が行くのはウインホーバロンだ!今からだって別のっ…」


「くどいですっ!」


フリルは思い切り掴まれた手を叩き飛ばし、思わず叫んでしまうと。エリオールは、驚き顔をしてから、ガクリと肩の力を抜いて顔を俯かせる。


「ご…ごめんなさい、つい」


そのエリオールの目に落胆ぶりに、少し気まずくなったフリルだった。



「フリルごめんっ!!」


余りにも突然な事だった、エリオールはフリルの身体を引き寄せ…強く抱き締めたのだ。戦場では百戦錬磨のフリルであっても、避ける事が出来ない程に機敏な手際だった。


「んなっ!!?ちょっ…」


顔を真っ赤にし反射的に殴ろうと拳を握ろうとしたフリルだったが、自然とその動きを止めてしまった。


「あの時と同じなんだよ…君が言っている言葉は……だから……恐いんだ…」


エリオールの身体は恐怖で震えていた。


「え…エリオール様…」


ここまで脅えているエリオールを目の当たりにすると、殴り飛ばそう、だなんて感情は不思議と生まれては来なかった。



「…少しだけ…もう少しだけこのままでいさせてくれ…我儘だと思うし、殴ってくれても構わない…」


他人に触れられる事を極端に嫌うフリルでも、流石に傷心の人間を殴るような精神は持ち合わせてはいない。第一、やましい気持ちの人間が震えながら抱き締めて来たりはしないからだ。

「……少しだけですからね」


フリルは目を閉じると…フリルの細く小さな身体が、エリオールの抱擁から開放された…。それはほんの十五秒間にも満たない時間だったのだが…エリオールは大分落ち着いた様子だった。



「…ごめんよ…二度も…君を失いたくなかったんだ…」



そんなエリオールの肩をフリルは手で優しく叩いた。

「あたしはその子じゃない…だから、平気ですよ」


今にも涙を溢しそうに瞳を潤ませたエリオールは、軽く鼻を啜って涙を拭う。



「ごめん…格好悪い王子だな…わたしは」


そうしてエリオールはゆっくりと立ち上がると、何時もの穏やかな表情に戻り、椅子に腰を下ろす。


「マリアを中へ、要件を聞こうか…」


そんなエリオールの姿に、フリルは同情して、何か声をかけようかと迷ったが、直ぐに首を横に振りながら締め切られていた扉に走り開け放つ。


「お待たせマリア!入って!」


外で退屈そうに立っていたマリアを引き入れる。


「改めてだね、マリア」


「はい、王さま」


マリアは軽い会釈をすると、無遠慮にベッドに腰掛けた。


「こらマリア!エリオール様が座れというまで座っちゃだめなの!」



フリルに怒鳴られたマリアは飛び上がるように立ち上がる。


「あ…スミマセン…」


「いや、いいよ楽にしていて…それで用件は何かな?」


エリオールはたいして気にしていない様子を見せれば、フリルが前に出た。


「用件は、親衛隊の生活場所の確保が出来たかの確認と報告があります。」


それを聞かれると、エリオールは穏やかな笑顔を崩し、真顔となる。


「一応、生活場所は…二日前からの攻撃で敵の大砲により被災した石地区を確保出来たよ」


石地区とは、ネビル・アグネシアの山側に位置する居住区であったが、二日前からの攻撃により被災し、現在はゴミや瓦礫、汚物や死体等の集積場となっている。


「味方とはいえ、魔王軍の居場所はゴミ置場とは…ね」


エリオールは苦言を呈して渋い表情となる、が、フリルは満面の笑みだった。


「マジで石地区を取れたんですか!?」


「え…ああ、そうだけど?…」


エリオールは確り頷くと、フリルはガッツポーズまでしてマリアに向き直る。


「これでお風呂と!お城ばりな生活宿舎が用意できるわ!さっそく親衛隊の各班長に報告ね!!」


マリアはビシリと敬礼すると、素早く魔力の輝きが身体を包む。


「え…フリル?何をしようというんだい?」


エリオールは訳がわからずに聞けば、フリルはスカートのポケットからネビル・アグネシア石地区の拡大地図を取り出した。


「こういう事です」


拡大図には、庭や農園…さらには銭湯等のアグネシアには見慣れない字が並んでいた。


「トイレはわかるけど…銭湯っていうのはなんだい?」


エリオールが不思議そうに言う、アグネシアには水による洗浄が主であり、ウィプルのような湯に浸かるという習慣は珍しいのである。



「お風呂です!、まあ…身体を洗う場所ですよ」



「へえ〜そいつはいいね…でも我々にそんな知識は無いよ?」


エリオールの言葉はごもっともである、アグネシアにとっては見ず知らずの未知の物なのだから。


「その点は問題ありません」


マリアは魔力による報告を終えるとそう呟き、エリオールの注目を浴びる。


「今日の夜あたりに、ウィプルから変制師と付呪師、あと水霊術師の三名がアグネシアに到着する予定になっています」



「う!!ウィプルから!?」


エリオールは驚きのあまり飛び上がるように立ち上がると、マリアは頷く。


「はい、皆さん社会経験に乏しい少年少女達ですから…滞在中の面倒はエリオール様に頼む事にします」


「あ…ああ、わかった…請け負うよ」


エリオールは苦笑しつつも頬をかけば、マリアは無遠慮に歩み寄る。


「怪我をさせたり…死なせた時は、あなたの命で支払って頂きますから…」


冷たい笑みで、そう言った…その瞳に手加減の色はなく、流石のエリオールでも生唾を飲み込む程だった。


「わ…わかった…命に変えて三人の安全を保障しよう」


それを聞いたマリアはゆっくりと下がる。


「あとは…武具の要請ですね…これは当分先の話になるりますが…すでに人数分の装具、武具をゴブリン工房に発注しておきましたよ?」


「ご!ゴブリン!!?」


再びエリオールは飛び上がる、当然といえば当然だった…アグネシアにおいてゴブリンとは、天才的な鍛冶師であり、その武具の相場は…城一つ買う事の出来る程なのだといわれている。

「気持ちは嬉しいが!わたしにそんな資金は無いよ?」


ゲノム王国の王とはいえ、それは過去の話し…国は敗退したのである、辛うじて軍部にはいられているが、資金に乏しいのは当たり前である。


「ゴブリン達には、フリルちゃんの協力を頂きましたから大丈夫ですよ」


マリアが笑顔でそう呟くと、フリルはぎょっとする。

「は?あたし?」


何も聞いていなかったならしく、フリルは口をあけたままマリアを見上げた。


「フリルちゃんは、あの伝説の名も無き英雄の御子息である事は知っていますよね?…」


「は?……はああああああっ!!?」


エリオールからは到底出ないであろう声が出ると、エリオールは思わず立ち上がりフリルをまじまじと見つめていた。


「マリア…ごめん王子にはそれ伝えて無かった…」


フリルは頬をかきながら罰が悪そうに言うと、エリオールは信じられないといいたそうにフリルを見る。



「そ…それは本当なのかい?」


「……」


フリルは小さく頷いた。するとエリオールはビシリと立ち上がり、片膝を付いて跪く。


「名も無き英雄様の御子息であられたとはいざ知らず…申し訳ない!!」


突然のエリオールの豹変にフリルは慌て傍にいく。


「だ!!だからいいたくなかったの!!エリオール様!!あなた王様なんだから何時もどおりにして!!お願いだから!!」


「では、その話はまた今度にでも…」


エリオールはゆっくりと立ち上がれば、フリルは椅子を差し出して座らせる。


「それで?…なんであたしなの?」


突然話しを戻すと、マリアは腕を組む。


「ヴァネッサ様は……ゴブリン族の嫁にしたい人間として、圧倒的な人気を誇っているんですよ、で…ケイオス様にも確認しましたが…隊長は昔のヴァネッサさまにとても良く似ているのだとか…」


「う…確かに…似てるらしいわね…」


フリルの背筋に悪寒が走ると、マリアは卑しげに笑う。


「ゴブリン族に隊長の姿を見せましたら…」


マリアはフリルの耳に口を寄せ、何かを囁くとフリルは目を見開き一気に真っ赤になって行く。



「ふ!!ふざっけんなあ!!いやよ!!絶対嫌!!馬鹿なの!!?、そいつら全員馬鹿なわけ!!?」


フリルは大袈裟に身体を揺らして拒否を示して逃げるように距離をとる。


「これでも妥協した方なのですよ?…他の要求がいいですか?…1日嫁として生活とか」


マリアは苦笑しながらそういうと、立つ瀬がなく無くなったフリルはがっくりとうなだれる。


「はい」


マリアはそう言って手を差し出してきた。


「は?今!?」


「早い方がいいじゃないですか…戦場で親衛隊の皆さんが沢山犠牲になるのとどっちが得なの?」



マリアはそうフリルに詰め寄れば、小さなフリルの身体はマリアの影に隠れてしまう。


「うぅ…なんなのよぉ…」


フリルは今にも泣き出しそうな顔をしながらも、ゆっくりとスカートの下に手を入れたのだった。


こうして、フリル達ゲノム国王軍聖騎士団は、アグネシアに親衛隊とエリオール王子を残し、一路魔物達の街【ウィンホーバロン】へ向かったのだった。

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