第3話 集結

翌日、マリアは何時ものように夜明けと共に起き、家を出る。


マリアに家族はいない、両親はマリアを生んですぐに他界したと聞かされていたからだ。


マリアの主な仕事は、ウィプル村を仕切る村長【ケイオス】の家事手伝いである、今日もそのために朝早くから起きてケイオスの自宅に向かっていた。


ケイオスの家にたどり着いたマリアは、目の前の光景に驚いた。


「ん?、…あ…おはよ」


フリルがいた、起きて間もないのか目が座っており、寝間着のような軽い格好で箒を手にダルそうな様子で玄関前を掃いていた。


「何をしてるんですか?」

マリアの問にフリルは手を止めずに顔を向ける。


「何って、一泊させて頂いたうえに、朝と夜の二食も頂いちゃったのだから、これくらいの雑用はしないとね…」


フリルはそう言って背を向けて掃除に集中する。


「そ、そうですか…」


頷くフリルを無視して慌てて玄関に逃げ込んだ。


「おはようマリア」


玄関より入ったそのリビングには既にケイオスがいた。ケイオスは机に頬杖を着いた状態で、険しい顔でじっとマリアをながめている


「ケイオス様?…」


あまりの不自然さにマリアはキョトンとするしかなかった…そして、ケイオスの口から告げられる。


「いやです!只でさえ最近は魔王の配下が近くまで来ているのに!!」聞いたマリアは荒々しく机を叩く。しかしケイオスは肩を竦めてから睨み付ける。


「どのみち奴等にここが見つけられるのは時間の問題だ…」


冷静にそう言いながら、頬杖をついた。


「ですが!!」


「むしろ、お前が来る魔王の兵士を迎撃しているから、より捜索が進展してしまっているのではないかな?」


それを言われてマリアは黙り込んだ。しかし次の瞬間にも立ち上がる。


「ならばわたしが!近くに駐屯する魔王の軍を撃滅すれば!!」


「そんな事をしたら本末転倒だな…それに」


ケイオスはそう告げながらゆっくりと立ち上がる


「え?」

マリアは何があったのか見えなかった、気が付いた時にはマリアは反射的に結界を張り、ギリギリのガードに成功する。


「!?」


それは【スパークウェブ】――自分の目にも止まらない魔法の速射にマリアは目を点にする。しかしそんな隙ですらもケイオスの前では命取りとなるケイオスは既に目の前にいなかった。

【ガッ】


次の瞬間、マリアの手は何かに取られ、気付いた時には、地面に叩きつけられていた。


「うぐっ!!」


倒された衝撃で内臓を強打され、呻きに似た悲鳴を挙げ肺から息を吐きだし、余りの苦しさに身体を丸める。


「どうした?…お前は現役を退いた私にすら勝てないのか?」


そうケイオスに蔑まれ、聞いたマリアは唇を噛み締めてケイオスをにらみあげる。


「あああああ!!!」


一気に魔力を解放して、身体を起こして立ち上がりながら右手を前に翳す。


【ドォン!】


しかしマリアが手から魔法を出すより前に、ケイオスより打ち出された魔法が、マリアの身体を弾き飛ばし、マリアはテーブルに身体をぶつけてリビングを派手に散らかしてめちゃくちゃにしながら再び床を転がる。


「う…ううっ…」


全身を駆け抜ける痺れと痛みに身をよじる。その独特な痛みマリアは唇から血が出るほどに噛んでいた。ケイオスが放ったそれは【パラライズショック】マリアが得意とする魔法だった。マリアは【スパークウェブ】と【パラライズショック】には誰にも敗けない自信があった。しかし、現実はケイオスの方が早い。プライドをズタズタにされて放心するマリアをケイオスは見下すようににらみつける。



「マリア、お前は確かに魔力は強い…だが臨機応変に立ち回る為の知識が足りない、そんなお前が1人で戦場に向かい…魔王軍を撃滅出来ると思うのか?」


「で…ですが…」


マリアは再び立ち上がり、身構える。


「わたしは!…故郷を守りたい…守りたいんです!!」


迷いのないマリアの意思を魔力がまばゆい輝きとして現していた。


「ならば、聖騎士団と共に行き。本当の戦場を見てこい」


それを見てケイオスは背中を向けた。


「聖騎士団と…?」


マリアはそう聞き返すと、ケイオスは散らばったテーブルや椅子を調え出してもう何も言わなかった。


「く…!」


マリアは奥歯を噛み締め、村長宅を飛び出した。玄関にはフリルがいた。


「?」


フリルは背後の気配に身体を向け、マリアと向き合う。マリアは今にも襲い掛かろうというような顔でフリルを睨んでいた。


「卑怯者!!」


マリアは一息に叫んでいた。フリルはキョトンとする。


「はあ?」


フリルは意味がわからず首を傾げれば、マリアは突然駆け出し、フリルの横を通ってどこかへ走っていった。


「なによ…あの子」


フリルはマリアの後ろ姿を不思議そうに見送っていると遠くでマリアとすれ違うようにグリフォードが半袖、半ズボンという動きやすい格好で走って来た。グリフォードは一度マリアを横目に見てから顔を正面に戻しフリルを見つけると、ペースを上げて向かって来た。


「隊長!」


手を振るグリフォードにフリルは手を振り返し。近くに来たグリフォードはゆっくりペースを落として止まる。


「朝からランニングなんて、なかなか精が出るわね」


グリフォードは息一つ切らさずに頷く。


「はい、久しぶりの朝ですから…身体を動かさずにはいられなくて」


グリフォードは爽やかにそう告げ、軽く流した額の汗を肘で拭う。


「感心感心」


フリルは満足そうに何度も頷く、するとグリフォードはフリルの背後にある建物に目を向ける。


「隊長は昨晩此方で?」


グリフォードの問にフリルは大きく頷く。


「ええ、あんた達は?」


するとグリフォードは苦笑する。


「あの後、マリアさんが来てくれて自宅まで運んでいただきました、今はマリアさんのお宅でお世話になっています」


「そっか…」


フリルは大きく頷く。


「ところで出発はいつ頃の予定でしょうか?会談のも終わったように見受けられます」


グリフォードの問にフリルは腕を組む。


「ん〜…いまはまだなんとも、お昼位までには出たいわね」


それを聞いたグリフォードは頷く。


「それでしたら、どうです?時間もありますし、一緒に走りませんか?」


グリフォードの提案だった。フリルはニヤリと笑みを浮かべた。


「良いよ、丁度掃除も終わらせようと思ってた所だし…走ろっか?待ってて」


そう言うと、フリルは手にした箒を物置小屋に置き中に入って行くなり素早く着替え外に出てきたフリルは見慣れない格好をしていた。


「それは?」


カラフルなシャツとズボンを差してグリフォードは首をかしげる。


「へ?何って、ランニングウェアよ?」


「らんに…なんですって?」


グリフォードは聞き慣れない言葉に首をかしげた。


「いいのよ!さっ!行くわよ!!」


フリルはそう言って駆け出せば、グリフォードは考えを切り後に続く。


「そういえば…ラルフは?」


「ラルフはまだ寝てました」


「それはいけないわ、騎士団と名乗る以上は確りしないとね!」


グリフォードとフリルはそんな会話をしながら走っていった。


「…フさん」


ラルフは何かに揺すられていた。


「…むにゃ…うるせー」


ラルフはそう言いながら寝返りを打つしかし何かは揺するのを止めない。


「…ルフさん!」


ラルフは一度目を開き、自分を揺する人間を確認する。それは薄い紫がかった髪色をした美しい少女だった。なんだ、夢かラルフはもう一度目を閉じる。


「何でまた寝るんですか!!ラルフさん!起きて下さい!起きないと…!」


マリアは立ち上がりラルフに手を翳す。そこでラルフは魔法の気配を察知し。


「お!おお!?」


素早く身を横に転がした。

【ドォン!】


直後自分の頭のあった場所に魔力の鉄拳が降り注ぎ床に穴を開ける。


「ぎゃああああ!!」


その破壊力にラルフは悲鳴を挙げ、マリアは頭に?を浮かべた様子で首をかしげた。


「?…じゃねえ!朝っぱらから殺す気か!!」


ラルフの叫びにマリアは苦笑する。


「ちゃんと警告しましたよ?」


「聞こえるか!」


その返答にマリアはムスッとする。


「じゃあどうすれば良いんですか?」


マリアの不貞腐れた顔はとても魅力的だった。鼻のしたが伸びそうになるラルフだったがそれを堪えた。


「そのまま寝かしてくれ」

ラルフはそう言うとマリアは満面の笑みを向ける。


「却下です、いいからとっとと起きろや」


右手はスパークウェブの構えを作りラルフに突き付け、そのあまりの殺気にラルフは反射的に両手を挙げた。


「わ、わかりました…」


ラルフの態度を見るやマリアの表情が変わる。


「旅支度を手伝って下さい」


ラルフはその言葉にキョトンとした。


「旅支度?」


それから―


「旅支度といったら先ずは替えの服だな」


ラルフはマリアの部屋に入りタンスを開ける。


「い!いやあああ!!」


マリアは悲鳴を挙げながらラルフの体にスパークウェブをお見舞いし、ラルフの身体は窓から投げ出され落ちていった。


「…な…なんで…」


地面に落ちたラルフは、痛みよりも先にそう呟いた。

それから―


「次は、そうだな…自分のお気に入りな物とか、適当な物でいいんじゃな…」


そこでラルフの思考が止まる。マリアはリビングにあった自分の椅子をカバンに入れようとしていた。


「ちょっと待て!それはなんだ!」


するとマリアは椅子に手を置いてよくぞ聞いたとばかりに胸を張る。


「これはわたしの実績を讃えた村の皆が作ってくれた椅子なんですよ!だからお気に入―」



「置いてけ」


ラルフに一言で斬られ、マリアは一気にムッとする。

「もう!ラルフさんはデリカシーが無さすぎます!」


「なんでそうなる!?旅に椅子はいらんだろ椅子は!!財布と替えの服が以外は嵩張るだけだっつの!」


ラルフの叫びと共に、ラルフはスパークウェブによって弾き飛ばされ再び窓から飛んでいった。


「ぐえ!」


地面にうつ伏せに倒れたラルフを小さな影が隠す。


「窓から飛んでくるなんて、どんな寝相してんの?あんた」


ラルフが顔を上げるとそこにはフリルとグリフォードがいた。


「はあ…」


また面倒なのが来た、とラルフは大きなため息を吐き出した。


「いま、面倒なのが来たって思ってため息はいたでしょ」

鋭くフリルはラルフの意図を見抜けば、ラルフは諦めて身体を起こす。


「で?なんだよ」


ラルフの返答にフリルはニヤニヤとする。


「走るわよ!支度なさい」

フリルの言葉にラルフは立ち上がり身体の土埃を叩いて落とす。


「だが、断る」


ラルフの言葉にフリルは自分の思い通りにならないラルフにムッとした。


「なんでよ!」


「朝走るのは筋肉バランスを崩すからな、おれは朝は出来るだけのんびりして筋肉に休憩を与えてるのさ、だから朝は走らねえ」


ラルフはこう見えて忠実な人間である。そう言われてはフリルとしてはいいようが無い。


「そうなの?、あたしにはサボりたいだけにしか見えないわね〜」


負けず嫌いなフリルの言い分にラルフは大きなため息を吐き出す。


「あのな、筋肉ってのは消費されやすくて脂肪に変わりやすいんだ、だから俺の体型をキープするには毎日トレーニングをかかしちゃいけねえんだよ」


ラルフの言い分はもっともである、いくら負けず嫌いなフリルでも流石に諦めたのか、グリフォードに顔を向ける。


「いきましょ!」


フリルは唇を尖らせて不機嫌を顕にしていた。そんなフリルの仕草を見てグリフォードは控えめに笑う。


「はい、わたしはお供しますよ」


敢えてわたしはと強調した、すると、マリアの家の二階の窓が開かれる。



「わたしは!聖騎士団とは一緒にいきませんからね!!」


マリアはそれだけ怒鳴ると、勢い良く窓を閉めてしまった。


「マリアさんが援軍なのですか?」


行こうとしていたフリルをグリフォードは呼び止めた。フリルはまだ引き摺っているのか不機嫌そうな顔を向ける。



「そうよ…」


それだけ言うと背を向け、走りだしグリフォードは後を追い掛ける。


「彼女、来るんですか?」


そう言葉を残して、フリルの隣に並び、走っていった。


「?」


そこで残されたラルフはマリアのいるであろう二階に目を向けた。窓枠には人影が見える。


「なんだよ…ついてくる気満々じゃねえか」



そうして時は流れ、昼頃―フリル達は村の入り口で荷物を纏めていた。


「干し肉に、干し魚、ブラックチェリーに…」


フリルはニコニコと自分の背納にウィプルで調達した食料を詰めていた。


「隊長?」


そんなフリルの背中にグリフォードは声をかける。


「準備は終わった?」


フリルは振り返ってグリフォードの様子を伺う。


「え?…はい」


グリフォードはキョトンとしてから自分の背納に目を向けた、中には加工しやすいように洗浄され軽くなったフレグニールの素材とブラックチェリーがある。


「うん、ばっちしじゃない!」


フリルはそれだけいうとラルフに顔を向ける。


「ラルフは?準備出来た?」


「ああ、こっちも準備は出来てるぜ」


ラルフも何か言いたげにフリルを見つめる。


「それじゃ出発しましょう!」


そんなラルフやグリフォードをフリルは無視して鞄を担いだ。


「マリアは待たなくていいのか?」


ラルフがそう言うとフリルは首を横に振る。


「あの子が自分の意思で行きたくないといったんだから、反対は出来ないわ?」


フリルはそう呟き、グリフォードも荷物をもたずに立ち上がる。


「それでは無駄足ではないですか!」


グリフォードは憤り声を荒げる。


「いまこの間にもアグネシアの国民は魔王の脅威に震えている、ここまでやって来て手ぶらで帰る事がどれだけ無意味な事か!あなたは分からない訳ではないでしょう!?」


グリフォードのこえにフリルは耳を塞ぐ。


「知ってるわよ」


そう告げ、グリフォードは弾けるようにフリルの胸ぐらを掴んだ。


「なら何故!!」


「おいグリフォード!!」

ラルフが止めに入るがグリフォードははなそうとはしない。


「放しなさいグリフォード」


フリルは小さな両手でグリフォードの手を掴む。


「お断りです、わたしは貴女から答えを聞いていない」


フリルの首を締める程の力で胸ぐらを握り締めた。


「確かに、魔法使いを加えられなかったのはあたしも嫌よ。でもさ…無理矢理にでも連れていったりしたら、それはあたし達も魔王と同じになるじゃない…」


フリルはグリフォードの顔を見ずにそう負け惜しみに呟いた。


「では、アグネシアはどうするのです?魔王を嫌いアグネシアに逃げ延びてきた民達を見捨てろとでも言うのですか?」


グリフォードはフリルの胸ぐらからてを放し、握りこぶしをつくった。


「魔法使い一人分の力は、あたしが一人でなんとかするわよ…」


「グリフォード、隊長をそんなに攻めるなよ」


ラルフはフリルとグリフォードの間に割ってはいる。


「あなたは黙っていてください、元魔王軍には関係ありません」


グリフォードは冷たくそう告げればラルフは肩を竦める。


「あのなぁ、…今まで隊長の言った通りうまくいってたのが不思議なんだってなんで思えないんだよお前は」


「ラルフ…」


フリルは正直ラルフがここで間に立つとは思わなかった。しかしラルフは初めてフリルを弁護している。


「おれは隊長一人に命を賭けさせたりしない、隊長が一人で戦場に行くならおれはその背中を守る、それがチームだろう?」


ラルフはボキボキと骨を鳴らして伸びる。


「俺は魔法使いなんてあんな陰気臭えネクラどもに背中を任せるなんて端からごめんだったぜ?ウィプルまで足を運んで確信した、臆病者の腰抜け達の集まりだってな!」


ラルフは声を荒げ、道行くウィプルの民達の視線が集中しても気にしない。


「それともなんだ!?グリフォード!お前はこんな萎びた村にいる腰抜け共が使えるとか思っていやがったのか!?だとしたら目が腐ったなグリフォード!!」

「ちょ…ラルフ!?なにもそこまで…」


流石に言いすぎだと感じたフリルはラルフを止める。グリフォードも唖然としていた。


「隊長は黙ってろ!!まだ文句が足りねえ」


ラルフはフリルの小さな手を払い集まり始めるウィプルの魔法使い達を睨む。


「この中で一番強いのはあのマリアだって話だぜぜ!?期待はずれもいいところ!!お笑いだよな!!だっはっはっ!」


しまいには笑いだすラルフ、そんななか透き通る声が響いた。


「聞き捨てなりませんね…」


現れた村人たちが次々と退いていき、その真ん中にマリアが歩いてきていた。彼女は頭に三角帽子を被り、真っ白なシャツに真っ黒なショートスカート、その上に真っ黒なマントを羽織り、その背中にはマリアの身長よりも遥かに長い杖が担がれていた。


「なんだ?あそこのやつら見たいにビクビク震えてたんじゃないのか?」


ラルフの軽口をマリアは無視し、フリルの前に向かう。


「誇り高きウィプルの民達がわたしのせいで腰抜け呼ばわりされるのは酌ですので…いいでしょう、あなた方アグネシアの原始人に魔法使いの力を見せて差し上げます」



マリアはそうしてフリルに頭を下げた。


「これからよろしくお願いします!」


フリルはそんなマリアの肩に手を置き、右手を差し出してマリアの左手を握りしめる。


「こちらこそ歓迎するわマリア、ようこそ聖騎士団へ」


マリアが顔を上げて手をとると、後ろでグリフォードやあれだけ暴言を吐いていたラルフですらも笑っていた。



「じゃ、行きましょうか?」


「待って下さい」


行こうとするフリルをマリアは呼び止める。フリルが振り返ると、マリアはにこやかにな笑顔を向けた。


「まさか、ここからアグネシアまで歩くつもりですか?」


マリアに聞かれ、フリルは頷いた。


「そうよ?行きは馬がいたから3日位で済んだこど…歩きだと5日位かしら?」

するとマリアは意味ありげに笑いだす。


「1日でアグネシアの近くまでいけるとしたら、どうします?」


「まさか、そんな事できるんですか?」


それにはグリフォードが食い付き。マリアは満足そうに頷く。


「はい、アグネシア大陸にはウィプルの人達が移動に使うためのテレポールという、魔力を使うことで開く扉があり、それを使えば…一瞬でネビルアグネシアの近隣へ着くでしょう」


それを聞いたフリルは満足そうに頷いた。


「なら、その場所に案内してもらおうかしら?」


マリアは快く頷いた。


「わかりました、こちらです」


そして三人を案内した。


…ネビル・アグネシア30キロの地点…


「うわあああああ〜!!」

空からグリフォードが落ちてきて地面に激突し転がる。


「うひいい〜!!」


その上にラルフが降って来てグリフォードを潰す。


「ぐえ!」


グリフォードのうめき声が響く。


「バカじゃない?」


何でもすぐ飲み込むフリルは身軽にラルフの頭を踏みつけてから地面に着地し、情けない二人を見てため息を吐き出した。


「わっとっ!」


最後にマリアがお尻から地面に落ちバウンドしてから、立ち上がり、スカートやマントに着いた土埃を手で払い落とす。


「まったく…だらしないわよ!」


フリルはいいながらもラルフとグリフォードに手を貸し引き立たせる。するとマリアは隣でクスクスと肩を揺らす。



「まあ、仕方がないですよ。初めてなんですから」


一見、助け船のようにも聞こえるが、明らかにバカにしているのは間違いない。…そんなやり取りをしているとグリフォードは空を見上げ、何かをみて目を見開く。


「隊長!」


空を指をさし、フリル達がグリフォードに習い、空を見上げれば遠くで黒い煙が上がっていた。


「あ…あの方向にはネビルアグネシアがありますね」

マリアは冷静に腰を降ろして荷物から地図を取り出す。フリルは敵に先手を打たれた事に動揺した様子で右手の親指の爪を噛む。


「本格的に攻めてるってことか?」


ラルフはあまり動揺を見せずにフリルに顔を向ける。

「あの煙はいまどのあたりから出てるか分かる?」


フリルは地図を広げているマリアの後ろから地図を覗き込む。


「一応は、…ここですかね〜」



マリアが指を差すと地図の差された部分が青く光る。そこは、アグネシアの防衛線がある場所である。


「まだ本格的な拠点攻略は行われていないわね…防衛線を落とし。あそこに駐屯するつもりでしょう」


フリルの冷静な予測に、ラルフとグリフォードは舌を巻く。


「では、今のうちに前線部隊を叩けば!」


グリフォードの言葉にフリルは首を横に振る。


「今、前線部隊は恐らく奇襲出来ないわ、敵の陣地を取りそこを拠点にしているような部隊なら尚更、後衛にまだ兵力を保持してる可能性が高い」


フリルは腕を組みマリアから離れラルフに目を向ける

「ここから敵の本陣までの距離は?」


ラルフは言われて、一瞬唖然とするもフリルの言葉の真意を読み取る。


「本陣に斬り込む…てか?」


フリルは大きく頷いた。


「そう、いま敵は前線に半分以下の兵力を出していると思うのよね、それならアグネシアの部隊でも二、三日は持つわ…だから、先に本陣を叩けば前線への補給を断てるし、そのまま前線部隊を背後から攻撃できる」



フリルの読みは見事だ、だが…グリフォードは首を横に振る。


「しかし相手は5千を超える兵力ですよ?レイヴン能力者がいないとも限りません」


レイヴンという力を有していても物量は押し返せない。そこに他のレイヴン能力者がいたら目もあてられない事態になる。


「そこの本陣に能力者はいねえよ、魔王軍でも能力者は一桁に等しい少数しかいないんだ…事実あそこに居たのは俺だけ、それがいなくなったところで、わざわざ貴重な能力者をあそこに配置しなおすなんて俺なら考えないな…」

ラルフはそう言い、フリルは満足気に頷いた。


「ならそこにはパンピーが5千程いるだけだろうね…、だったらなんとかなるわよ?」


フリルがそんな事をいえば、グリフォードは首を左右に振る。


「5千ですよ!?、我々4人では…」


しかしラルフはグリフォードとは違う。


「いや、行けるな…」


ラルフはグリフォードとは違う反応を見せた。


「あなたまで隊長のような事を…」


しかしラルフはおちゃらける様子はなくグリフォードに顔を向ける。


「グリフォード、レイヴン能力を持った人間が一度にこんなに集まり、統制をとった部隊はいままであったか?」


ラルフの言葉にグリフォードは首を傾げた。


「いえ、アグネシアにはわたしを含め能力者は二人しかいませんでしたから…能力者だけの部隊はありませんでした」


するとグリフォードは悟る。


「いま、ここには能力者は三人だ…おれ、グリフォード、隊長…そしてここにはマリアという魔法使いまでいる。普通の人間五千でなんとか出来ると思うか?」

グリフォードは首を横に振る。なんとか出来るわけがない、ラルフ一人にすらしり込みするアグネシアの兵士達を見ていたグリフォードには分かる。


「ラルフ、ここから本陣までの距離は?」


決意は決まり、フリルは荷物を降ろした。


「ここからなら10キロもないぜ」


フリルはそれを聞いて笑みを浮かべてラルフの背中を叩く。


「なら、あんた先頭よ」


「あいよ!」


叩かれたラルフはニンマリわらいながら走りだす――


【クロックアップ】


マリアが全員に魔法をかけた。


「これは?」


フリルは自らの身体が軽くなったのを感じ、首をかしげる。


「一時的に速度を倍加させる移動魔法です。翼竜よりも早く走れますよ♪」


マリアは楽しそうに指で空に文字を書くと、ラルフはニヤけて肩をすくめる。


「魔法とは本当に凄いですね…」


グリフォードが感心していると、その背中をフリルが叩いた。


「よし!!!行くわよ!!」




…敵軍本陣…


敵の本陣は、開けた草原の真ん中に築かれていた。


その日、青年は物見矢倉で退屈していた。5000人規模の大部隊がネビル・アグネシアに進軍して1日。危惧されていた迅雷との戦闘もなく、あっさりと防衛拠点を落としたという報告を受けてはいたが、あれだけの連合軍をたった2日、3日で葬りさるのは不可能だと感じていた青年はため息を吐く。


「はあ、俺もたたかいて〜」


その時、遠くの空に何かが飛び上がった。


「ん?」


青年は呆然と飛び上がったものを見つめていた、それがだんだん近づいてくる。青年は目を凝らす…それは体を丸めて真っ赤に染まった、人間の姿だった…。


「ぃぃぃいいい…やほーー!!!」


空高く舞い上がったラルフはそのまま陣営の真ん中にある大きなテントに急降下していき全身にレイヴンを込める。


「【府羅透窒苦爆弾!】」


テントを突き抜けて地面に着いた瞬間…強大な爆発が巻き起こり、テントと中にいた沢山の兵士たちは光りの中に消えていった。


【ドォォォン!!】


凄まじい爆発は炎を天まで昇らせ周囲にいた数百もの兵士達は一瞬にしてその命を蒸発させられた。


「て!て!…敵しゅ…」


唖然と口をあけていた青年は我に帰り声を挙げようとした瞬間…。


「【ライトニング・ブラスト】!!」


天から雷鳴が轟き、落雷という名の槍が布陣していた200もの矢倉全てに降り注ぐ。物見矢倉の青年は何があったのか分からないまま全身が黒焦げになり、その人生を閉じた。


「あわてるなぁ!!落ち着つけ!!」


突然の攻撃に残った兵士たちは何があるのかすら分からない状態で混乱している。そんな中、その場にいた100人分隊の指揮官らしき男が勇猛果敢に剣を振り上げ、怯える兵士たちを奮起させようとしていた。


「剣を取れ!!我らこそ…」


「われらこそ?」


背後から囁かれる年はもいかぬ少女の声。


「むう?」


彼が振り返るとそこには愛らしい少女が微笑んでいた…そしてそれが彼がみた最後の光景となる。


ズブリ――「邪魔」


幼い少女の左手が彼の鎧をまるでバターのように簡単に貫いて、左に払う――彼は絶命した事に気付けぬまま真っ二つに割れた。


「さあ!ゲーム開始だあ!!」


…フリルはそのまま駆け出して飛び上がる。混乱する兵たちの中で最初に犠牲になったのはフリルの落下地点の目の前にいた兵士だった。フリルの飛び蹴りを顔面に受ける――その華奢な足からは想像もつかない衝撃が頭を突き抜けて、骨や皮膚が耐え切れずに破裂する――頭を失った兵士の体はそのまま飛んでいった。


「小娘があ!!」



次に犠牲になったのは勇猛果敢に剣を頭の上に振り上げて突進してきた兵士。着地したフリルは、振り返る事無く、右手の裏拳をその兵士の右脇腹に放つ。コツン――それは一見すればただのノック。しかしその瞬間、彼の想像を超えた衝撃が右脇腹を突き抜け、内臓や骨が鎧の反対側を貫いて外に投げ出される――勇猛果敢な兵士はなぜ…というような表情を浮かべて絶命した。


「こいつ!!!」


「小娘!!」


「殺してやるう!!」


思い思いの言葉を吐き捨てながら、十数人もの兵士たちが槍を構えフリルめがけて突っ込んで来る。しかしフリルはそれに向かって駆け出して行く。正面から迫る無数の槍…フリルはその一本一本の間をすり抜けて至近距離まで迫ると両手を広げ、勢いよく兵士たちの腹に当てた。


それは低姿勢からのラリアット…しかしその威力は最前列でラリアットを受けた兵士が瞬間に鎧の中でミンチになる。二列目の兵士たちは強大な衝撃を叩きつけられ、内臓と背骨が背中から鎧を突き抜けて輩出される。運よく三列目でそれらを逃れたところで一列目、二列目の兵士の屍に押しつぶされ、圧死。フリルの一撃は一瞬で十数人もの命を奪う…しかしフリルは止まらない。


「囲め!!同時に攻撃しろ!!」


一人が発した言葉をフリルは聞き取り、足元に転がる屍から槍を足で蹴り挙げてキャッチし、それを頭上で軽く回す。


【ドォン!!】


直後、槍が空間そのものをはじき飛ばし彼女がよく蹴り飛ばす空間の弾丸である、それが槍を使った事により波状になったものとなり、囲もうとしていた兵士たちをまとめて弾きとばした切り崩す。


「ひ!ひいいい!?くるな!!くく!くるなあ!!」


フリルは容赦なく叫んだ男の喉元に槍を突き出し、矛先を沈める。


ボン!!――槍を沈めた喉元から衝撃が発生し、その余りの威力に兵士の頭は耐えきれず花火のように脳漿を撒き散らして弾け飛ぶ。

「ばっ!!化け物だ!」


フリルの強さにしり込みした多数の兵士…我先に逃げようとする。しかし、その前に立ちはだかるのは金髪の少年。


「わたしの出番ですね」


彼らは少年が誰だかすぐにわかった、しかし言葉を発する時間なんて彼らにはなかった…少年はいつの間にか剣を抜いていた。そして兵士たちは気付く、既に自分達がなます斬りにされている事に。


「じ!じ!【迅雷】だあああ!!」



どこかで兵士の一人が声を上げた刹那、グリフォードの剣により首を跳ねられる。


「やはり!!隊長は凄い…」


猛然とした勢いで次々に敵を仕留めていくフリルを横目に、軽い足取りで進みながら剣を振る。そのスピードは音速を超越し、道行く兵士たちを次々に切り捨ててゆく。凡そ20人もの兵士が、己が切り捨てられている事にすら気付けぬまま地面に崩れ落ちる。


「弓兵士!!整列!!」


突然そんな声が響きグリフォードが顔を向ければ弓矢を手にした沢山の兵士達がそれをフリルへ向けて構えていた。


「放て!!」



グリフォードはフリルに迫る矢の前に立ち放たれた全ての矢を、音速の剣で切り払い弓兵に向けて前進する。


「こ!こさせるな!!」


弓兵を指揮していた隊長が吠え、二人の槍を持ったフルフェイスで顔を隠した甲冑がグリフォードの行く手を遮る


「どりゃあ!!!」


勇猛果敢な甲冑は二人、まっすぐグリフォードに槍を伸ばす。


「蝿がとまりますね…」


二人が気付いたときには…すでに矛先は切り裂かれていた。


「!!?」


驚き腰の剣に手をのばすが既に遅く、自分達は綺麗に両断されていた。


「ひひ!ひるむな!放て!放てー!!」


唾を飛ばして弓兵達に檄を飛ばす指揮官。直後グリフォードは背後から風の切る音を聞き、身体を左に反らす。


【ズドォッ!!】


「げ…げはあ…」


瞬間、槍が指揮官の身体を突き抜け、指揮官の下半身を残しそのままどこかえ飛んでいった。



並ぶ弓兵達はお互いに顔を見合せ迫るグリフォードに目を向ける。


「ひ!ひいい!!」


次にとったのは遁走だった、しかしグリフォードが前に踏み出す前に、横合いから現れたラルフの拳が彼らを葬りさる。悲鳴なんてなかった…あったのは爆発だった。


「よう!楽しんでるかい?」


ラルフはいつもの軽口を叩きながらも飛びかう矢を避け、突っ込んでくる兵士を手足で迎撃した。


「あれは、わたしの獲物ですよ!」


グリフォードも笑みを溢して、返り血にまみれながらも前に出ては向かってくる兵士を切り捨てる。


「早い者勝だ!!」


ラルフ、グリフォードは共に背後に迫っていた兵士達を同時に凪ぎ払い背中あわせに構える…しかし既に百を越える兵士達が二人を囲もうとしていた。


「け…数だけは、いるな」

ラルフは痰を吐き捨ててチラリとフリルの方をみた。フリルは剣を奪い振り回し、囲む兵士を切り崩して着実に兵力を削りとっていた。しかし囲まれているため下手には動けず窮屈そうな動きにもみてとれる。


「みなさん!飛んで下さい!!」


そこに響く少女の透き通る声、それに合わせてフリル達はジャンプし、兵士達はいまが好機と槍を伸ばす。


「【ライトニング・エクステンション】!!!」


地を這う雷が、フリル達を囲んでいた兵士達全てを一瞬で黒焦げに返る。


「ふう…」


マリアだった…マリアは額の汗を拭い取り、フリル達に手を振る。


「なんだあいつは!」


「新たな能力者!?」


「アグネシアめ!何処にそんな兵力を!?」


マリアの登場に、さらに兵達は尻込みする、それをみてマリアは一気に歩みを進め、フリルの背後に周り背後からフリルへ襲いかかろうとする兵士達に狙いを定め。


「【アイシクル・アロー】」


魔法により、周囲に氷の矢が現れ飛んでいく。その一本一本はとても巨大で、一人を貫くだけでは飽き足らずに二人、三人と貫きながら飛んでいく。


「マリア!、矢がくる!!」


背中のフリルの言葉にマリアは反応し、両手に光の結界を展開し、左右から飛んでくる矢を防ぎ、その間にもフリルは地面に転がる武器を拾ってはそれを弓兵へ投げつけ、数を減らす。


マリアは結界を消して指をピストルのような形に変えて振り返りフリルはマリアと向き合う形になって互いの背後に迫る敵に向かう。



「すげえ連携だ…」


ラルフは、そんなフリルとマリアの息をあった動きに驚きつつも両手に爆発を纏い、目の前にいた二人にラリアットを食らわせる――ラルフの爆発には二種類の性質がある、一つは触れた瞬間に爆発させる瞬間爆発…そしてもう一つは、触れたものを爆弾とし、時限で爆発させる時限爆発である。―ラリアットを食らわされた二人は弾けて飛ばされ、群れた敵の中に放り困れ、沢山の敵を巻き込んで蒸発した。


「ラルフ!ブラッドマン!!」


凄まじいダミ声が響き渡る敵味方問わず一斉に視線がそちらに集中する。そこには男がたっていた。3メートルは有ろう巨体、頭にはバケツのようなフルフェイスをかぶり、馬すらも吹き飛ばしそうな黒鉄の鎧を纏っている、手には規格外な大きさをしたウォーハンマを握りしめており、フルフェイス越しでもわかる程に殺気だっていた。


「おお!!!魔神殺しのゴーズだ!!」


敵の中で誰かが叫んだ。


「奴なら勝てる!!」


ゴーズが現れた事で、敵の兵士達は歓喜の声を漏らす。ゴーズはバケツのようなフルフェイス越しに覗く目を血走らせ、ラルフを指を差す。


「裏切び者っ!!おまッ!お前ッ、オデ!オデが!こ…ゴロズッ!」


一歩前に出るゴーズ、それを見てラルフはため息混じりに苦笑を漏らした。


「お前、俺に一騎討ちを所望してんのか?」


ラルフの言葉等耳に入らないゴーズは、一歩また一歩とラルフに向かってくる。

「お!…オデは!魔王軍くっじのづよざをもっでる!」


自意識過剰な人間は多い。それはラルフも理解している、しかしラルフはそういう自意識過剰な発言が死ぬ程大好きな小さな影がゴーズの背後に忍び寄るのを見た。


「お前、素直に一騎討ちって言った方がいいぜ?」


「うるぜえ!!おでば!おまうぼ!!」


しかしゴーズが言葉を最後まで言うことは出来なかった。


【ドウン!!】


突然走る衝撃、ゴーズは背後に目をむける。そこには、小さな少女が。自分の背中に回し蹴りを放っている姿が移しだされた。


「なによ、でかい口たたくから強いのかと勘違いしたわ…ざーんねん!」



【ズン!!】


――冷酷に笑うフリルの爪先から強烈な衝撃が放たれ叩かれたゴーズは、ブチブチブチ…と筋肉と鎧と内臓が千切れる音を響かせると下半身を地面に残して上半身のみ空高く飛んでいった。


「き!貴様!」


「なんと卑怯な!!」


兵士達の罵声が飛ぶ。しかしフリルは止まらない。


「戦場で!!」


フリルの中段回し蹴り――目の前にいた二人の上半身が破裂する。


「呑気に!!」


血飛沫を浴びながらのビンタ――近くにいた一人の頭が並々と水を入れた水風船が破裂するがよろしく、脳漿を撒き散らして弾け飛ぶ。


「しゃべってんじゃ!!」


連続で繰り出される前蹴り――混乱して背中を見せて逃げる兵士達はミンチになりながらピンボールの様に飛んでいく。


「騒がしいな…」


一際豪華なテントの中から一人の老人が顔を出す。


「バズズ様!!危ない!!」


兵士の一人がバズズに向かって叫ぶ、バズズは状況を理解できずに顔をしかめた。


「ねーわよー!!!」


そこに、小さな少女が空中で回転しながら回し蹴りを放ち――老人の上半身が爆竹のように破裂する。


「バズズ様ーー!!!」


血煙り撒き散らして着地したフリルは背後の下半身だけ残った亡骸に目を向ける。


「バズズ…様?」


フリルは首を傾げた。すると兵士達は次々に武器を捨ててゆく。


「もう…おしまいだ…」


ラルフの目の前でも兵士の一人が泣きながら崩れた


「隊長!」


それを見てラルフはフリルの方に向かう。そこにはフリルと下半身がある。


「こいつ、あんたんとこの親玉?」


フリルに聞かれラルフは目を向ける。


「ああ…多分バズズだ」


ラルフはそう頷き、フリルは再びバズズの下半身に目を向ける。


「手応えが無さすぎるわ」

フリルはそう告げながら、亡骸に歩み寄ればそこにマリアとグリフォードもやって来る。


「敵は戦意を喪失、逃走する気力も無いようです」


グリフォードはまわりの様子をフリルに報告した。


「そう…」


フリルはそれを聞いてグリフォードに身体を向けた。

「とりあえず、残った兵士を集めま……」


言い掛けたフリルは途中で言葉を切り、後ろを振り向きながらバズズの下半身を蹴り飛ばした。


【ドジャア!!】


「隊長!?」


慌てるグリフォード、ラルフとマリアは同時に身構える。


『感のいい小娘だ…』



同時にテントの中から無数の縄のような物が吐き出され、フリル達へ襲い掛かる。


「散開!!」


フリルの一言で四人は散々に分かれ、フリル達がいた場所に縄の群れが降り注ぎ大地をむしりとる。それは触手だった。


「な!なんだこいつは!!」


ラルフが動揺して声を荒げ声を上げたラルフに触手の矛先が向き、ラルフを追跡せんと伸びる。


「ラルフ!」


グリフォードが割って入り音速の剣を振り回し触手を両断する。


「マリア!こいつまさか!?」


フリルは最小限の動きで機敏に紙一重で触手を避けながら、マリアに顔を向ける。


「【イクスプロード】!!」



マリアは片手から炎の剣を表し、フリルを襲う触手の束を纏めて焼き払う。


「恐らく、魔物です…」


「身体をぶっ飛ばしても生きてるの!?」


フリルは反撃に出ようとするがそこに触手が割り込んでくる。


「!」


素早く身を翻し触手が服を擦る。


【ジュッ!!】


瞬間、服からそんな音が響いて服に穴が開く。


「酸!?」


フリルはその強力な酸に目を見開き息を飲む。


「ラルフ!グリフォード!触手に触っちゃだめ!!酸よ!!」


指示を出すために声を荒げたフリルに触手は殺到する。


「ちい!!」


フリルは横に転がり、マリア達から離れる。


「隊長!!」


マリアが叫び魔法を放とうとする。しかし直ぐに別の触手がマリアに襲い掛かり。マリアは止む終えず触手の迎撃に魔法を使う。


「バズズ様は生きておられる!!!」


今までふせっていた兵士の中で一人が声を荒げた。


「そうだ!我らもバズズ様に続け!!」


敵の兵士達は次々に立ち上がり、武器を拾い上げ目の前の孤立したフリルへ向かい猛進してくる。


「不味いわね…」


フリルはそこで初めて冷や汗を流した。前は触れられない触手、後ろは敵の大群、フリルとしてはあってはならない状況だった。


「であああ!!」


考えている間に一人の兵士がフリルに斬り掛かる。フリルは身を半身にして身構えた。しかし…


【ドン!!!】


背後の触手がフリルではなく兵士を貫いた。


「え…」


兵士は口から血を吐き出しながら理解できないまま生気を吸い取られ、絶命した。


【ドドド!】


バズズの触手は次々に兵士を貫いては殺害していく。


「み!味方になにしてんのよ!!」


フリルはその中から抜け出し叫んだ。するとテントの前で触手が渦を巻く。


そのなかからバズズと呼ばれた神官のような姿の老人が再び現れた、目は真っ赤に輝き。ニタニタと笑みを浮かべたその口や両袖からは無数の触手が伸びている。


「ふふ、威勢のいい幼女だ…」


下品に笑いながら触手を振り回し無数の触手がフリルでは無く味方だった筈の魔王軍の兵士を襲う。


「ひいい!助けて!!助けてくれー!!」



助けを求め逃げ惑う兵士をバズズの触手は次々に貫いて息の根を奪う。


「ち!いい加減に!!」


フリルは触手の間をすり抜け一気にバズズへ接近するやその顔面に右のこぶしを打ち込んだ。


「なさいよ!!」


【ドウン!!】


凄まじい威力の一撃を受けたバズズは横倒しに地面に倒れ引き摺られていく。


『ふははは!なにをいい加減にするのだ?』


バズズは何事も無かったかのように立ち上がり、フリル目がけて触手を伸ばす。


「!」


フリルは素早く身体を反らし紙一重に触手をかわす。


「ぎゃあああ!!」


しかし背後から兵士の断末魔が響き、フリルは更に顔をしかめる。


『奴らは君たちにしたら敵!!我らにとっては餌だ!!何を憤る必要がある!?』


バズズはそう叫び、触手の一本を残った一人の兵士に伸ばす。


「う!うわあああ!!」


兵士は恐怖で錯乱し剣を抜く。


【ガイイン!】


しかし剣は瞬く間に弾かれ。兵士は地面に尻餅を着いた。そこへ触手は追撃で兵士を貫かんと襲い掛かる。

「ぎゃあああ!!!」


叫ぶ兵士は目を閉じた。


【ガッ!!】


「うぐ!!ああああああっ!!!!」


しかし、兵士に死は訪れなかった。代わりに少女の悲鳴がこだまし兵士は目を開ける。


「!!」


兵士の前には敵である少女が湯気の出る右手を押さえて立っていた。


「隊長!!」


フリルは兵士を襲う触手を掴み寸でで止めたのだ、そのため酸により右手を火傷したのであろう、マリアが声を挙げ近づこうとするがフリルは左手で制止する。


「手出し無用!!」


小さな少女は痛みをこらえて絞りだすように叫んだ。


『ぬはははは!!これが人間の甘さ!!利き腕を焼かれ我にどう勝つのだ?小娘!!』


フリルは痛みで飛びそうになる意識を歯を食い縛り焼けて爛れた右手を強く握りしめることでバズズをぶっ殺すという意思を硬め睨み付けた。


『その目…ゾクゾクくるなあ!!…』


バズズはフリルの右手を焼いた触手を引き寄せ、こびりついたフリルの血肉をなめ取り悦に入った表情になる。


『犯してやる、たっぷり犯して断末魔をあげさせ!殺してから食ってやろう!』


バズズのセリフは戦闘の合図だったかの如く、フリルは動いていた。


「ブッコロス!!」


ぶちギレたフリルの叫び。瞬く間、バズズが気付いたときにはフリルは目の前にいた。


『…は?…』


声を上げたのはバズズ、魔物である彼の反射神経でもフリルのスピードを捕える事は出来ない。その顔面にフリルの右の正拳がめり込む。


【ズドォン!!】


途端にバズズの顔面を強烈な衝撃が突き抜ける。


『ぶばあ!?』


その威力は人間ならば間違いなく一撃で即死の威力だった、しかしバズズは魔物である、その程度では死なない。


『小娘がっ!!』


倒されたバズズは素早く体勢を立て直し反撃に移そうと触手を動かす、しかしすでにフリルは目の前にいない。


『な!…』


【ドオン!】


驚きの声よりも先にバズズの背中をフリルの膝蹴りが突き刺さり、衝撃がバズズの身体を突き抜ける。


『ぼはああ!!』


血の塊を吐き出して吹き飛ぶバズズ、しかしフリルは更に加速してバズズの前に回り込む。


「【掌波烈破撃】!!!!」


繰り出される正拳がバズズの顔面を突き刺し打ち上げ、そこから衝撃を纏った拳による乱打、乱打、乱打。雨のように降り注ぐその一撃一撃は全てが人間なら即死の威力だった。


『グギャアアアア!!』


バズズは悲鳴を挙げて打ちのめされ、ぐちゃぐちゃにされてゆく。


「ああああああっ!!!!」


フリルは止めに全力で右足を振り上げバズズの身体に回し蹴りをたたき込みぶっとばし、受けたバズズの身体は粉々に粉砕されて地面に飛び散った。


「はあ…はあ…」


息を荒げるフリルは足元に目を向けた。


『ぐぎ…ぎ』


そこには頭だけになったバズズがいた。


『な…ぜ…ぎざまが…その…技を…』


バズズは血へドを溢しながらもフリルに語り掛けた。しかしフリルは冷酷に見下ろしたまま足を振り上げた。


【ドジャ!!】


『グギャアアアア!!』


フリルの足はバズズの再生しかけの傷口を踏み潰し、瀕死だったバズズの悲鳴がこだまする。


【ぐじゃぐじゃ!!ぐじゃぐじゃ!!】


何度も何度も踏み潰し血肉を撒き散らし、バズズが息絶えても踏み続けた。


「隊長!!!やめて!隊長!!」



マリアが慌てて止めに入り、そこでようやくフリルは踏みつけるのをやめる。


「あ…ごめん」


フリルはボーッとした口調で呟き、マリアに顔を向ける。


「傷、治しちゃいますから…見せてくださいね?」



マリアはそういってフリルの爛れた右手に回復を掛けはじめ、フリルはその間に生き残った兵士たち数百人を見回す。


「まったく、ムチャクチャするな隊長!」


そこにラルフとグリフォードが駆け寄ってくる。


「ラルフ、グリフォード…無事?」


フリルは首を傾げグリフォードとラルフは頷く。


「それより隊長、奴らはどうします?」


グリフォードはフリルの見ていた魔王の残党に目を向けた。


「可哀想よね…」


フリルはそう溢した。


「なに言ってやがる…隊長、魔王の幹部なんて、味方を捨て駒にしか考えてねえ…そういう連中なんだよ、魔王ってのは」


ラルフがそういうと、フリルはマリアに顔を向ける。

「火傷…治りそ?」



フリルに聞かれてマリアは笑顔になる。


「わたしを誰だと思っているんですか、勿論この程度…傷一つ無く治りますよ」

マリアはそう言いながらも、目を背けたくなる程に傷ついた右手に回復をかけ続けた。


「そうだわ!」


フリルはそう言って声を挙げマリア達はこぞってフリルに目を向ける。フリルは傷ついた右手を開いて動かせば、慌てて何処かへ行こうとする


「ああ!…まだ動かないで!」


「ひぎゃう!!」


フリルは悲鳴を挙げてマリアに目を向けた。マリアはフリルの右手をぎゅっと握りしめている。


「ほら!痛いんじゃないですか!!いいからじっとしてなさい!」


マリアは、自分の娘を叱り付けるようにフリルの手に魔法を掛け続ける。


「しかたない…ラルフ、グリフォード、彼らを一ヶ所に集めて?」


ラルフとグリフォードは首をかしげる。


「お願い」


フリルは真剣に二人の目を見て頭を下げた。


「おーけい」


「あ!ラルフ?…了解しました」


ラルフは肩を落とせば踵を反し兵士達の方へ向かい、グリフォードもやれやれとため息を吐きながら後を追う。


「なにかするんですか?」


マリアの問い掛けにフリルは意地悪そうな顔をした。


そして生き残った兵士達は中央へ集められ。フリルはその真ん中で兵士達を見回した。


「あんた達さ、あたし達の仲間にならない?」


「!!?」


突然のフリルの言葉にその場にいた全員が顔を上げてフリルを見つめた。



「な!何を言っているんですか!!?」


グリフォードが飛び出して声を荒げ、フリルは片手で耳を塞ぐ。


「彼らは敵ですよ!?絶対に裏切ります!!」


ラルフも賛同してグリフォードの隣に立つ。


「俺もどう意見だ、必ず寝首をかかれるぞ?」


するとフリルはマリアに顔を向ける。



「マリアも反対?」


マリアはフリルの右手から手を放して立ち上がると、首を横に振る。


「わたしは良くわからないので隊長に賛成します」


それを聞いたフリルは満足そうに頷く。


「だよね〜」


そして完治した右手を動かし感触を確かめる。


「ありがとうマリア」


「どういたしまして」


フリルはラルフとグリフォードに再び顔を向ける。


「魔王軍はあたしらを知らない、そんなあたしらを寝首かいて殺してなんの特になるのよ?」


するとラルフは息をのんだ。


「確かにそうだな…」


グリフォードはそんなラルフをギョッとしてにらむ。

「納得しないでくださいよ!アグネシアの上層を暗殺するかもしれませんよ!?」


フリルはそれを聞いてニタニタ笑う。


「あーアグネシアの上層なんて死んだ所であたしらには関係ないし、あたしらはゲノム王国の人間だからね…」


「ならば!エリオール王子の御身に危険が!!」



するとフリルはまだ言わせるのかと唇を尖らせた。


「だから…没落した国の王子とその敗残兵であるあたし達の首に何の価値があるのかしら?」



そこまで言われグリフォードは下がる。


「グリフォードならともかく、隊長やマリアは顔どころか名前すら知られていないからな…持っていった所でそこら辺のガキの首としか思われないだろう…」


「わたしならともかく!?ラルフ!あなたはどうなんですか!?」


ラルフは肩を竦める。


「魔王にとって俺なんざ、眼中にねえだろ」



そこまで言うとフリルは再び兵士達を見る。


「あんた達、悔しくないの?捨て駒扱いされて」


小さく語り掛けた。


「あたしなら殺してやりたいほど悔しいわよ!捨て駒扱いした奴らを全員ブチ殺してやりたい程にね!」


一人の兵士の前に行きじっと顔を見つめる。


「だからどう!?どうせ一回死んだ命なんだから、あたし達と組んで魔王に一泡吹かしてやらないかしら?自分達を捨て駒なんかとして扱わなきゃ良かったって自殺したく成る程後悔させたくない?」


フリルの言葉を受け、魔王兵は次々に立ち上がると、剣を抜き放ち空に突き上げる。


「そうだ!!おれたちゃ魔王軍だ!!極悪非道の兵士だ!!例え魔王が相手でも俺たちに喧嘩を売った奴は敵だ!!」


一人が叫び、そうだそうだと立ち上がり、自分達より遥かに小さなフリルに目を向ける。


「信じていいんだな?」


一人が問い掛け、フリルは平らな胸を張って偉そうに踏ん反り返る。


「勿論!あんた達は捨て駒なんかじゃない!あたしの部下!魔王を殺す勇者の剣よ!!」


そこまで謳われてしまえば魔王軍兵士だったもの達は悪い気分になる訳が無かった。


「共に魔王を!!」


叫ぶ兵士達は一斉に抜いた剣を地面に突き刺して膝を折る。それは服従を意味する姿勢だった。


「従わせ…ちゃいましたね…」


それを見ていたグリフォードはラルフを見て苦笑する。


「あんな事いわれたらなぁ…ついて行きたくなるよな、実際隊長がいると…敗ける気がしないから不思議だぜ…」


ラルフはそう含み笑いを漏らし、グリフォードも頷く。


「同感です…ホント…凄い人ですよ…」


するとマリアが前にでた。


「当然ですよ…だって可愛いですから」


ラルフは肩を竦めた。


「そういう問題か?」



「マリア!ここにいる皆に癒しの魔法〜!!」



既に兵士たちを立たせ溶け込もうとしていた彼女が手を振っていた。


「はいは〜い」


呼ばれはマリアは駈けていき、グリフォードとラルフも続く。フリルは浮かれた様子にみえた。




「隊長、まだ前線には5000の兵士がいますよ?」


グリフォードの言葉にフリルは不機嫌そうに唇を尖らせた。


「わかってるわよ」


そして兵士たちを見回した。


「まあ、余裕じゃない?」


フリルはそう告げてグリフォードに向き直る、そして…。


「ミ・ナ・ゴ・ロ・シ☆!キャハッ!」



フリルはとても可愛らしい笑顔で言った。グリフォードは思う…こんな人に勝てる筈が無い…と。



翌日―ネビル・アグネシア連合軍本部―


「大砲を使え!!敵を近付けるな!!」


激しく弾ける大砲の轟音、それと共に弾き出された砲弾が真っ直ぐに隊列を組み、前進している魔王軍に向かって飛んでいく。


【ガウン!!】


隊列を切り裂くだろう威力の砲弾の炸裂、しかし爆発は魔王軍の兵隊達にかかる手前でかき消され地面を砕いた。


「何故だ!!何故大砲が防がれるのだ!?」


攻め込んでくる魔王軍を前線で待ち構える兵士の一人が吠えた。


「わからん!いつもだ!!前進中の奴等はいつもなんにも効かないのだ!!」


その兵士に向けた声が響く。そして兵士達は刻々と近づいてくる魔王軍の軍勢に恐怖した。


「カッカッカ!!愉快愉快!」


魔王軍の兵士たちの中で将軍であろう肥えた男が、屋根の無い馬車の上で手を叩き笑う。


「ぬはははは!!バズズよりもらった結界が有るかぎり!我々の行軍を止める事など出来ぬのだ!!」


【ドン!】


将軍の頭上で煌めく魔法陣、それは魔物が扱う結界だった、余程の威力でもないかぎり破る事の出来ない結界それをもった将軍は愉快そうに笑みを漏らす、そうしている間にも再び飛んできた砲弾が虚しく結界の外を叩く。


「よし!!一息に攻め落としてしまえ!!!」




将軍の一言で、5000もの敵兵は。アグネシアの街を守る城壁の前のアグネシア軍の戦列に向かい突撃を開始した。降り注ぐ矢の嵐を結界が防ぎ、詰め寄せる兵士たちの槍が。勇敢なネビル・アグネシアの兵士たちを貫き天に翳す。


「ひ!ひいいっ!」


城壁の上で見つめていた一人の将軍が身を低くして、城壁の向こうをみる。



「うああ!!」


「ぎゃあああ!!!」


防衛にでていた2000の兵士たちは次々に削りとられてゆく。何故?アグネシア側の兵士たちの攻撃が魔王軍の兵士たちの不思議な壁に遮られまる効果を表さないからである。あまりに一方的な戦争、更に敵の兵士は自ら貫いたアグネシア兵の死体をそのまま掲げ指揮を高め向かってくる…なんとも不気味な光景だった。


「これは…ゆ!夢だ!」


「ぎゃああああ!!」


また一人の勇敢な兵士が、四方八方から槍に貫かれて散った。将軍は祈る。


「か!…神よ!!」


絶望的な状況なその中で、見かねた一人の青年が立ち上がる。


「魔王の軍勢よ!!聞け!!」


青年は凛々しくサーベルを引き抜いて城壁の上に立つ…そして大声で叫ぶ。


「わが名はゲノム王国代13代国王!エリオール・ド・ゲノム!!」



エリオールだった、彼はかつて滅んだゲノム王国の名前を誇らしげに叫びサーベルの剣先を敵陣の将軍に向ける。



その途端、敵陣の動きがとまり同時に笑いが起こる。

「おいエリオール!何をしておる!!」


隣にいた他を指揮する将軍がエリオールの服を引いて城壁の上からおろそうとする、しかしエリオールの体はびくともしない。見上げる将軍はエリオールがどこかを見つめている姿をみた。それは敵陣の将軍ではない、もっと先である。


「笑って入られるのも今のうちだ!お前たちはもうじき全滅するだろう!」


敵陣の将軍はそれを見て不満げに肩を竦めた。


「矢でもなんでもいい…さっさと落とせ」


そして指示を受けた弓兵は笑みを浮かべながら矢を向ける。


「下がれエリオール!!」

エリオールの背後で味方の将軍が叫ぶ。しかしエリオールは笑っていた。


「私の勝ちだ!!」


「【ディスペル】!!」


戦場に響き渡る少女の声、それと共に敵陣を守る結界が、硝子のように割れて砕けちったのだ。


「な……え?」


目を疑い席を立つ将軍。


「いいいいやほおおお!!!!!!」



途端に男の声が響き、自陣の中で巨大な爆発、細切れになって飛んでいく味方兵士たちがあらわれた。


「うあああ」


「ぎゃあああ」


魔王軍の兵士たちは次々に凪ぎ払われ四本の道が出来上がり魔王軍の進軍が強制的に止められる。道の先には四人の人影があった。


『聖騎士団!!参陣致しました!』


4人は声を揃え城壁のエリオールを見上げ叫んだ。エリオールはそれを見下ろして厳しい表情を向ける。


「遅いぞ聖騎士団!!!さっさとそいつらを蹴散らせ!!」



エリオールの激が飛び四人は同時に動き出す。彼らを背後にいた兵士たちが瞬く間に蹴散らされ飛んでゆく。


「了解!!」


フリルは叫びながら回転回し蹴り――4人の兵士達が同時に炸裂する。


「了解しました!」


グリフォードの音速の剣撃が、目の前の兵士たちを切り刻む。


「たく!!人使いが荒えんだ!!」


ラルフの爆発が固まった兵士たちを蒸発させ、爆風が囲んでいた兵士たちをまとめて粉砕する。


「え!?わたしもですか!?」


マリアは未だに状況が掴めず取り残されるながらも、アイシクル・アローを乱射し、魔王軍の兵士たちを殲滅してゆく。


「な!なんじゃ奴等は!?何故結界が破れた!?」


突然の乱入による劣勢に将軍は席を立ち上がり声をあらげた。


「分かりません!!原因不明!!」


将軍の横にいた士官が叫び、将軍は歯ぎしりを鳴らす。


「だ!だが敵は四人!!たった四人だ!!囲んでなぶり殺しにしろ!!!」


怒りで状況を判断しきれず感情のままに将軍が叫ぶ。


『聖騎士団に続けー!!!』


そこへ背後から馬に乗って突撃してくる魔王軍の兵士数百人。それは完璧な不意討ちだった、魔王軍の鎧を来た騎馬兵士たちは聖騎士団を囲もうとしていた布陣を横合いから蹴散らし殲滅していく。


「な!!?む!!むむ!!謀反んんんっ!!?」


勝ち誇っていた将軍は一転目を見開き顔面を蒼白させ驚きをあらわにする。


「将軍ー!!!」


隣にいた士官の叫び、振り返る将軍。


「やほ…」


その目の前では、全身返り血で真っ赤に染めた可愛らしい少女…フリルが笑っていた…同時に懐に伸びたフリルの手は将軍の腰から装飾美しい剣を引き抜きそのまま将軍の喉元に突き刺し切断した――彼は抵抗一つ出来ず絶命した。


「敵総大将!!討ち取ったー!」


フリルは将軍として部下ににらみを利かせていた…その首を天に投げて吠える。

「将軍様ーー!!??」


聖騎士団との戦闘が始まって数分、そんな短期間で大将が討ち取られる戦場は今まであっただろうか、若い士官は訳もわからず絶叫するしかなく。


「にに!逃げろー!!」


逃げ出し始める兵士たちまで現れる。


「ま!!まて!!貴様等!にげるなー!!」


副官だった彼は逃げていく兵士たちに罵声を浴びせる…しかし、


「あなたも逃げた方がよかったのでは?」


言葉よりも早く、割り込んだグリフォードの音速の剣が彼の首を跳ねとばす。



「じ!!じじ!!迅雷ぃっ!?」


突然の迅雷、グリフォードの乱入に兵士たちはますます腰を抜かしてたおれ。


「邪魔だ!!」


ラルフは喚く兵士たちをまとめてぶん殴り、発生する爆発が兵士たちを蒸発させる。


「よっしゃあ!!殲滅するぜ!!てめえ等!!」


ラルフが声を荒げ、旧魔王軍の列に加わると、逃げる兵士を追い掛ける。


「マリア!!」


フリルの一喝、それを悟るなりマリアは一気に飛び上がり城壁の上に立つと、その両手を大きく広げた。


「【魔よ…大気に交わりし、大いなる神の精霊と化し…悪しき汚れを取り払う浄化の光りを与え賜え…】」


初めてマリアが詠唱していた、それだけでフリルにはその魔法の威力が分かったが、マリアの身体を渦巻く魔力の輝きに、よりいっそう強さが強大で有ることが理解出来た。


【デ・ラーマ】


詠唱を終えたマリアは囁き掛けるように…、それは歌、響く歌声は光の矢となり、逃げていく兵士たちの上に降り注ぐ。直撃を受けた兵士は散り一つ残さず浄化されていく。


「おいおい…」

目の前で光になる兵士たちを見てラルフはため息交じりに漏らした。


「デタラメですね…」


一人の士官の首を跳ね上げ、グリフォードは苦笑した。


「そろそろ慣れたら?」


そしてフリルはそんなグリフォードに笑い掛ける。


「これぐらいふつーよ!」

その笑顔は、悪魔なのでは無いかと思う程に、美しかった。



「はう…」


魔法を終えたマリアはそんな声を漏らして後向きに尻餅をつくように城壁の内側へと落ち、城壁の上にいたアグネシアの兵達がマリアを受けとめる。


「おわったか?」


ラルフは横にいたグリフォードに聞き、グリフォードは頷く。そしてそこへ旧魔王軍の面々が駆け付ける。

あっという間の出来事…今まで傷一つ付けられなかった魔王の兵隊達を、聖騎士団というたった四人の精鋭部隊が一人として残さず全滅においやったのだ。


「は…ははは!な…なんという……」


エリオールはそんな光景に驚き、城壁から腰を抜かして内側に倒れ、笑っていた。


「勝った…のか?」


それは他の将軍達も同様だった。だれもが顔を見合せ、目の前の戦場に顔を向ける。


「勝ったんだ!!」


そして―何年ぶりかの勝鬨が上がった。




「みな、良くやってくれた!」


その夜、完璧な宴ムードのアグネシアの中で、エリオールは酒場を貸し切り。旧魔王軍と聖騎士団の面々を酒場に集めた。


「皆!よくやってくれた!!今回の戦における勝利は、非常に大きい!」


是非とも激励にとやってきたアグネシア王の士官が声を荒げた。


「いやはやエリオール!わしはお前なら必ず立て直すだろうと信じていた!」


もしアグネシアの兵達だったなら、嬉しくは思っただろう…だが、誰一人として笑ってはいなかった。



「なにか勘違いなさってませんか?」


既にパジャマ姿のフリルは、両手で頬杖をついて眠そうに言った。


「なんだと?」


士官は首を傾げてフリルに目を向けた。


「たった一万ポッキリのパンピーをブッ殺しただけなのに、何を大袈裟に喜んでるんだか……」


フリルは挑発するように目の前で大きな欠伸をする。


「阿呆らし…」


その場にいた誰もが、エリオールですらも含み笑いを浮かべていた。



「ぶ!無礼な!!わしは…」


「あー、分かるから言わなくていいよ。あんた等に誉められてもちっとも嬉しくないから。お節介どーも」

フリルは今にも眠たそうな仕草で立ち上がる。


「つーか、そこはエリオール王子の席でしょ?…あんた邪魔なの、分かる?」


フリルはそのまま士官に詰め寄り、ドカンとテーブルに座る。


「ぬぐぐ!貴様!」


歯を食い縛りフリルを睨む士官、それを見たフリルはニヤニヤと嫌味な笑いを浮かべる。


「おやおや〜?いいのかしら?あたし達が働かないでマリアや彼らを連れて来なかったら…あんた達はどうなってたのかしらね〜?」

そう釘を刺され士官はうつむき歯を食い縛る。



「アグネシアはゲノム王国とその勇敢な戦士たちを讃えて役に立たない上級士官共のお給料を全部くれたっていいわけよね〜?違う?」


調子に乗ったフリルはテーブルの上に立ち上がり、士官を見下ろした。


「き…貴様ぁぁっ!!」


士官はキッとエリオールに目を向け睨みを聞かせる。そう睨まれて笑っていたエリオールはやりづらそうに頬をかいた。


「フリル、お行儀が悪いから取り敢えずテーブルからは降りようか?」


エリオールはそう優しく言い、フリルはまだ言い足りない様子で、


「はーい」


不貞腐れたようにテーブルから飛び降り、振り返れば士官に舌を出して挑発する。


「く!!わしは帰る!!エリオール!!この事は確り国王に伝えるからな!!!」


士官は顔を真っ赤にして酒場から出ていき、扉が閉まる。


「「「わはははははは」」」


士官を見送れば、その場にいた全ての人間が笑いだした。


「フリル、いくら本当の事でも…言い過ぎだよっ…」

エリオールは笑い顔でお腹を抱え笑うまいと堪える。

「エリオール様だって笑ってるじゃん!」


フリルはそう叫び、旧魔王軍の兵士たちは更に爆笑する。


「フリル隊長さいこー!!」「可愛いから許す!!」


魔王軍兵士達から喚声が飛びかい、調子をよくしたフリルは全員の前に躍り出る。そして盃を掲げた。



「貴方たちはこれから、ゲノム王国聖騎士団傘下【ゲノム王国親衛隊】と名乗り。今後の作戦に参加して頂きます。貴方たちの任務はパンピー共の命令を聞かない事!!」


そしてフリルは杯を満たしたジュースを、グイっと飲み干す。


「礼儀なんていらない!!今日は出会いの酒をたっぷりのみなさい!!以上!!」


フリルはそう叫んで場を一気に盛り上げた。ゲノム王国親衛隊とされた面々がそれに応じて歓声をあげ。タイミングをみたマリアは指先から視覚に影響を与える魔法を放ち。酒場の天井で小さな花火が炸裂しはじめて宴が始まった。


「エリオール様、こちらへ…」


フリルは宴の最中にエリオールをテラスまで連れ出した。


「何かあったのかい?」



エリオールはクルリと周りテラスの背もたれに背中を付け、窓の硝子越しに酒場の中を覗いた。


「大体あなたはいつもいつも!!!」


「んだとこら!!」


グリフォードとラルフがよった勢いで喧嘩していたり。


「おれ…スリーラっす」


「あ…はい、宜しくおねがいします…」


すっかり溶け込んだ親衛隊の連中は、マリアを取り囲んで自己紹介等をやっている。エリオールはそうしてフリルに再び顔を向ける。フリルは暗く俯いていた。


「…言ってご覧?」


エリオールはかがみこんでフリルの目線の高さに顔を近付ける。


「……敵の将軍の中に、魔物がいました…」


険しいフリルの顔は、彼の愛していた少女の顔だった。


「そうか…魔物か…やはりそうだったか…」


見ていられなかった、エリオールは直ぐに顔を背けて、夜空を見上げる。


「察していたのですか?」

フリルは驚いたように顔を上げた。


「一応ね、彼らの進軍速度は異常なスピードだった…わたしの国に攻め込んできた彼らにも攻撃が通用しなかった…」


エリオールは奥歯を噛み締めてギリギリと鳴らす。



「魔王は魔物達を配下においています…それがあの結界、マリアが居なければあたし達でも…勝てなかったかもしれません…今回倒した一万の人間なんて…只の小手調べにすぎません。魔法使いだけで戦況を返る…私の軽率なミスでした」


フリルは冷静に告げればエリオールは首を横に振る。


「そんな顔をしないでくれ…」


エリオールは珍しく落ち込んでいるフリルの頭を撫で、その額に口付けしていた。


「お……王子!!!?…」


驚いたフリルはザザザッと後ろに下がり声が上ずり真っ赤になって見上げる。


「あ…すまない、フリル」

エリオールも赤くなり、頬をかいた。


「君の顔は、わたしの好きだった女の子にそっくりなんだよ…」


フリルは額に手を当てて目をパチパチとする。


「は…はぁ…」


まだ落ち着かない様子でいるフリルはますます似ていた。


「君は君…その子はその子だから…重ねたりはしないよ?、だけど君のそんな顔をわたしは見たくないんだよ…いまその子も君と同じ悲しい顔をしているかも…そう思うと…」


エリオールは辛そうに石の手すりを叩いた。


「その子は…今は?」


フリルの言葉にエリオールは息をあらげた。


「わたしを逃がして一人で城に残った…」


フリルは初めてエリオールが言った言葉を思い出した「民の血が流れる位ならわたしは逃げたい」無責任とも取れるその言葉は、その子を守れなかった悔しさからの言葉だったのだろう。そしてフリルは自分の中で考えがまとまる。


「わたしに、提案があります…」


エリオールはフリルの顔に目を向ける。


「提案?」


フリルは大きく頷く。


「はい、私達を【ウィンホーバロン】の街に派遣して頂きたいのです」


それを聞いたエリオールは顔息をのむ。


「う!…【ウィンホーバロン】だと!?」




【ウィンホーバロン】…この大陸に唯一存在する魔物達の街。そこには多くの強大な力を持った魔族と呼ばれる魔物を統る王が存在すし。アレキサンダーの率いる魔王の軍勢すらも手を出さない禁断の地だという。さすがのエリオールもこの提案には激しく首を横に振った。


「ダメだ!!ウィンホーバロンが何が造った街だと分かって言っているのか!?…」


エリオールはフリルの肩に掴み掛かり睨む勢いで真っ直ぐ見据えたまま。


「魔族の街…危険は承知しています!でも状況を打開するためです!!」


フリルの甲高い声で叫び、エリオールは息を荒げながら首を横に振る。


「死ぬ気か?…」


それにフリルは首を横に振る、そして自信満々に平らな胸を張り。


「大丈夫ですよ、あたしは帰って来ます…必ず」


エリオールは渋々…頷くしかなかった。


「命令だよフリル…絶対死ぬな、少しでも身に危険を感じたら、すぐに戻れ…」

エリオールはきつい口調でフリルに言って背を向ける。


「…返事は!」


エリオールは声を荒げ怒鳴った。


「…は、はい!」


フリルはそんなエリオールを見上げ、再びエリオールの凄さに感心していた。


ドカン!!――テラスの窓が吹き飛んでラルフが飛び込んでくる。


「隊長の小さな唇は俺がいただく!!!」


酔った勢いで目がイッちゃっていた…それをグリフォードが止める…がしかしイっちゃってたのはラルフだけではなかった…ゲノム王国親衛隊の面々も…


「いや!!!その権利はわたしだ!!!」


「いや俺だ!!!」


「俺だあ!!」


「俺はマリアちゃん!!」


そう叫びながら後に続く親衛隊の面々…さらにラルフは狙いを変えたようにマリアへとむかい…


「マリアの唇も俺がいただく!!!」


「きゃあああ!隊長!助けて下さーい!!」


マリアの悲鳴、フリルの頭の中で何かが契れとんだ。


「おまえら…いい加減にしろー!!!」


その後、酒場に衛生部隊が到着した。彼らは山積みの負傷者の頂点に君臨する鬼フリルの姿を目撃したのであった…後のネビル・アグネシアの酒場には、今もこの伝説が残っている。


【続く】

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