第2話 魔法の里

 翌日、フリル・フロルはネビル・アグネシア城の尋問室にいた。目の前には尋問官がおり、フリルは大人しく席に座り尋問官を見上げている。


「この4日間…貴様は、何処で何をしていたのだ?」


すると尋問官は見下す様に吐き捨て、フリルはため息を吐きながら不満いっぱいの表情で尋問官を見上げた。


「1日一つの布陣を壊滅させてた…それで信じる?」


ドン!!尋問官がフリルの返答を聞くなり机を叩いて身を乗り出してフリルの顔を思い切り睨み付けた。


「嘘を言うな!!なら貴様の連れてきたあの魔王軍の男!!あれはなんだ!!」

「ラルフの事?、彼はこれから聖騎士団として戦場に出て共に戦ってくれる優秀な仲間よ〜♪仲良くしてねっ」


フリルはそう愛敬たっぷりにウィンクまでしてやると。付き合うのが馬鹿馬鹿しいとおもい、机に足を投げ出して椅子に寝そべるような体勢で頭の後ろに腕を組んだ。


「優秀な仲間よ〜仲良くしてね…出来るかっ!敵の罠かもしれないのだぞ!?そもそも貴様は本当に敵の陣地を襲撃したのか!?」


確かに彼の言い分も分かる、編成されたての部隊のフリルが、まるでわかっていたかのように四つの陣営を壊滅させ、さらには魔王軍でも腕利きの兵士であるラルフを連れてきたのだから、魔王軍に手引きしているのではないかと疑われても仕方がない…しかも、よく見れば彼はグリフォードが所属していた軍の将だ、彼を引き抜かれた事で部隊にもっとも武勲を持ち込む人間を失ったのだ…それの腹いせでもあるのかもしれない。


「襲撃してきたってなんども言ったじゃない…なら確かめて来たら?なんなら場所までエスコートして差し上げますよ〜?」


そこまでバカにされるとその将は顔を真っ赤に染めてから机に乗せられたフリルの両足を手で払いのけ、再び机を叩いた。


「ふざっけるな!子供のお使いじゃないんだぞ!?貴様のような小娘にそんな事が出来るものか嘘に決まってる!!大人をバカにするのもいい加減にしろっ!!」


「はあ…やれやれ…」


これ以上話す事は無かった…ならどうする?。。。答えは簡単だった。フリルは突然立ち上がると、その右手で尋問官の顔面を鷲掴みにした。


「ぎゃあああ!!!…」



握力で握り締める。それだけで尋問官の顔の骨はミシミシ悲鳴を挙げた。


「大人しく席に着いていたあたしがバカだったわ…」


ドン!!――扉がひとりでに開いた。否、尋問官が扉ごと吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた――が正しい答えだった。


「ひゅ〜…やるねぇ。うちの隊長さん、敵も味方もお構い無しだな」


ラルフ・ブラッドマンはグリフォード・ロベルトと共に外で待っていた。そもそも事の発端は彼が敵軍を裏切りこちらに側に着いた事が信用をされなかった原因になる。


「ラルフ?貴方も隊長がああなった原因の一つなんですから…」


「わかってんよ、あまちゃんが」


おちゃらけるラルフをグリフォードが制止する。しかしラルフはご機嫌にそれをながし、不満で頬を膨らませたまま尋問室から出てきたフリルに手を振る。


「貴様!こんなことをして……絶対後悔させてやるからな!!」


顔がフリルの手形に腫れた将はそんなことを泣きながらに叫んでいた。


「や〜、悪いわね…お偉いさんが堅くてさ〜…」


フリルはそんな将の叫びをまるっきり無視してケロっとした表情に戻ると、グリフォードと手を振るラルフを見つけて手を振り反した。するとグリフォードはやれやれと肩をすくめ、ラルフは下品に笑って振っていた手を止める。


「じゃあ行きましょうか、エリオール様に次の活動を報告をしなくちゃね」


そう言ってフリルは歳相応のはしゃぐような仕草で二人の間をを通り過ぎて通路を歩いていけば、二人はフリルの後ろにつき従う…しばらくアグネシア城の長い長い廊下を進み、たどり着いた場所はエリオール王子の私室である。フリルはノックもせずに開け放ち中に入ると膝を折り、ラルフとグリフォードも同様に膝を折る。


「聖騎士団三名、参上しました」

エリオールはフリルが来るのがわかっていたかのように落ち着いた様子で穏やかな表情を浮かべる。

「フリル、早速やらかしてくれたみたいだね…」


「エリオール様、確り伝えてくれたんですか〜?、上の方々は怒り心頭でしたよ?」


フリルは片膝をついたままその容姿に似つかわしくない肩をトントンと叩く仕草をした。


「したさ、しかしわたしの権限などその程度だという事さ」


実際悔しいのだろう、エリオールは穏やかな表情を崩さずに、握りこぶしをつくって震わせている。



「君がラルフ・ブラッドマンですね?。噂は聞いていますよ」


エリオールに目を向けられたラルフは顔を反らし、『こいつも同じか』と思った。ラルフは上官や王族という連中が嫌いだった、偉いというだけでそれが武器になると勘違いしているような人間が多かったからだ…が、しかしエリオールはラルフの思惑とは違い、肩に手を置いて膝をつく。


「その様子だとフリルにこっぴどくやられたようだね、投げられて顔面を強打したってところかな?」


エリオールはそんな風にラルフの頬に貼られたガーゼに触れる、ラルフは目を丸くして見つめ。


「だー!気持ちわりい!!なんだよお前は!俺はそっちの趣味はねえ!!」


片膝を崩して激しく身震いしながら後退りする。


「いやいや、わたしも抱くなら女の子がいいよ?…」


エリオールは穏やかに笑いながらチラリとフリルの顔を見つめて少し悲しげな顔をすると首を横に振った。

「まあ、ゲノム王国の勤務は厳しいからね、怪我で足を引っ張らないようにしてくれよ?」


今までこんな王族はいなかった、ラルフはイライラも半分に改めて実感する。ここは普通ではないと…。エリオールは全員を見回してから扉をしめた。


「皆、楽にくつろいでくれ。フリル、現状を聞きたい」


エリオールは穏やかな笑顔のまま凛々しくそういい、ベッドに腰掛けた。フリル達は立ち上がり、用意された椅子に腰掛ける。


「状況は思った以上に良くありません。これはあたしの予想ですが…先日壊滅させた4つは布石に過ぎません、後ろに大きな本陣があると思います。ちがう?ラルフ」



フリルは冷静に、淡々とそう告げ、ラルフにその場にいた全員の視線が集中する唯一敵の情勢を知っていたラルフはあまりの感の鋭さに思わず口笛を吹いた。


「すっげえな〜…あんた」


ラルフは背もたれに体重を掛けて改めて降参したように苦笑を浮かべた。



「では、フリルの言っている事は当たっているのかい?…」


エリオールの問いかけにラルフは頷く。


「ああ、あんたらが潰した四つは布石と言うよりは偵察の陣営だ、その後ろには本陣じゃあ無いがアグネシアの情報を逐一伝える一万単位の兵力を持ったでけえ布陣がある、1日ずつ伝令が来なくなったからな…不審に思ったから俺が来たってわけさ」


ラルフはお手上げと言いたげに肩をすくめてグリフォードに目を向ける。


「では、隊長はそれを見越した上で毎回夜を狙って?」


グリフォードはフリルに顔を向けるとフリルは自信満々な様子で頷く。


「当たり前じゃない、伝令を走らせる必要があるなら当然の如く1日はかかる道のりって訳でしょ?そして伝令が帰って来るのは翌日の朝だろうからそこで伝令を始末しちゃえば情報は滞る、次に横の偵察布陣に伝令を送ろうとするけど、そこには既にあたし達がいた、だからそこでまた伝令を始末すれば情報はどこにも行き渡らない……情報操作は戦争の基本よ?」


恐ろしい人だ…グリフォードはラルフと目を合わせ同じ事を思っただろう。



「そんで、伝令が来なくなった上に貴重なレイヴン能力者であるラルフまでいなくなったのよ?彼らは焦るはず…多分1週間を待たずに大軍団での拠点攻略を始めるでしょうねぇ…」



平然とそう予言をするフリルの顔をエリオールは呆然とみつめながら聞く。


「勝算は?」


フリルはニッコリと笑った。


「あたしやグリフォード、ラルフはともかく、この街にいる兵士たちはあまりにも脆弱過ぎるわ、たかが一万の兵力ですら三日持たないでしょうね、あたし達はエリオール様を優先して引くから…今のままなら限りなく0ね」


エリオールは、やはり…とでも言いたげに顔をしかめるもその言葉に隠された意味を読み取ればグ…と身を乗り出して尋ねる。


「限りなく…ということはやりようによってはこの状況を打開できるというのか?」


エリオールの問い掛けにフリルは大きく頷くと立ち上がり、本棚に向かう。


「はい、ただ…ある者達の協力が必要です。その者達のたった一人でも仲間に加えることが出来れば…戦況は大きく傾きます。」



フリルはそう告げながらもどこにでもありそうな童話のタイトルを探していた、そこでグリフォードが驚き声をあげる。


「たった一人でこの戦況を変える!?ばかな……そんな者達が…どこに…」


「そんな奴、いる訳がねえだろうが…いたとしてもとっくにやられてらぁ」


ラルフもわけがわからずにグリフォードに同意して苦笑していた。


「それで?その者達とは?」


フリルは、あったあったと一冊の本を引き抜いてエリオールの元に向かい。ジ…とこちらを見つめるエリオールに引き抜いた本を見せる。その本は童話だった――題名は『腰抜け魔法使いの鎮魂歌』。


「魔法使い?…」


エリオールの言葉にフリルは大きく頷く。


「ここから北西に約100Km、龍の谷と呼ばれる大きな渓谷を越えさらに北西したところに【人食らいの森】という大きな森があります」


それまでは人を食ったような態度を見せていたラルフがその名を聞くと慌てたように立ち上がる。

「人食らいの森だと!?」


人食らいの森…龍の谷を越えた先に存在する大きな密林。入った者は二度と帰って来れないと言われている魔の森として有名なその森の名はラルフのような豪傑でさえもはいることをためらわせ慌てさせた。しかしフリルは至って真面目な表情のまま自信タップリに続ける。


「はい、人食らいの森の中に【ウィプル村】という魔法使い達の隠れ里があると私は聞いています」


そんなフリルに対しラルフは真っ向から対抗する。


「隊長!ふざけんなよ?…おれは調査に行った事があるが…あんな巨大で危険な魔物や獣人がうじゃうじゃいる森に村があるだあ!?」


「ええ、そうよ?」


対してフリルは大きく頷き更に付け足す。


「そんな魔物達が今までその村を襲うことすら出来ない…つまり、ウィプル村の魔法使い達はそれほどに強い力があるということ。十分戦況を覆す鍵となり得るわ」


エリオールは自信タップリなフリルを見て首をかしげる。


「なぜフリルはウィプル村という村があるとわかるんだい?わたしは生まれてから今まで魔法使いや魔法使い達の隠れ里が有ることなんて聞いたことが無かったけど…」


フリルは顔色を変えずに答える。


「ウィプル村は私達のような表との交流を避けて生活しているそうです、まあ中には表に出てきて浸透している魔法使いもいるようです…わたしもこちらにくる前に、ウィプル村から来たという魔法使いのおじいさんから直接聞ききました。行き方も把握していますから大丈夫です」



フリルの愛らしいウインクを見て苦笑するエリオールに、ラルフは降参といったように腰を下ろし、グリフォードは何の話しかさっぱりわからずにオロオロしている。そしてフリルは切り出した。


「というわけで、わたしはこれからこの二人を率いてウィプル村に向かい協力を呼び掛けに行き、一人でも多くの魔法使いをここへ連れて来ようと思います。許可を頂けますね?」



エリオールは渋々頷くと立ち上がり、穏やかな笑顔を作る。


「うん、許可しよう。宜しく頼んだよ?」


了承を得たフリルは非常に早かった。ラルフとグリフォードを引きずり回し、馬や旅に必要な道具、食料をその日の内に揃え、クタクタな二人に鞭を打って馬に乗り、その日の内に国から出るのだった―。


休みなく旅を続けた一行は2日で100キロの道のりを越え、龍の谷の入り口へとたどり着いた。


「ここから馬は使えないわね…」


フリルは馬から飛び降りると、馬に載せた荷物を外して地面に下ろすと馬に付けられた装備を外してしまう。


「さ、野性にお戻り?」


とフリルが囁くと馬はフリルに言われた通りに鳴き声を挙げて何処へともなく走って行った。


「まったく…情けない。それでも騎士なの?」


フリルの目線は地面にあった、そこにはラルフとグリフォードが横たわっている。


「1日だけ…休ませ…」


ラルフの一言。


「ダメ」


フリルはあっさりと却下する。


「悪魔…」


グリフォードの悲痛な叫び。


「結構。さあ立ちなさい?男の子でしょ?」


やむを得ず立ち上がる二人は自分の天幕と水筒の入った背納を担ぎ上げ、フリルがしたように自分を乗せてきた馬の装具を外して野に放つと、フリルを先頭に谷へと入っていく。


「隊長、これまでの移動で水も食料も底を付きました…」


グリフォードが前を歩くフリルに告げる。


「ええ、そうね」


フリルは涼しげに応える。


「で、馬も逃がしちまったから帰りの足もない…どうすんだ?」


ラルフも正直心配だった。中身がすっかり無くなり、天幕のみで軽くなった背納を肩に掛けなおしながら聞いた。


「さあ、何とかなるでしょ?」


フリルは、それも涼しげに流してニコニコとしていた。


ひたすら続く昇り坂、道は舗装などされておらず、険しい道には変わり無い。そして足を滑らせたらただでは済まないであろう巨大な渓谷が横目に広がる。時刻は夜中で真っ暗で辺りが見えない一本道、突然フリルが足を止めて振り返る。


「今日は此処で野宿ね」


フリルの一言で二人は崩れるようにへたり込み背納を降ろすと焚き火を作ろうとした。しかしフリルは手でそれを制止する。


「ここで火はだめ」


グリフォードとラルフは互いに顔を見合せる。


「獣や魔物に襲われるのでは?」


グリフォードの心配は最もだったがフリルは涼しげに渓谷に背を向けるようにして自らの正面を指差した。そのとき、谷を一陣の風が吹き抜けた。グリフォードはフリルに指された場所を目で追いかけ、見るとそこには月明かりに映し出され、大きな洞穴があった…フリルはその真正面に立っていまだに体に似合わない大きな背納を背負っていた。


「取り敢えず、この洞穴の奥に泉があるから疲れと汚れを落しましょ?」


そう言ってフリルは洞穴に入っていき、グリフォードとラルフは後を追う。洞穴内部は非常に大きく、天井までは100mはあり、横幅も同じくらいであった。グリフォードは剣の柄を握り締め、いつ襲われても反撃出来るように警戒して気をはる。しかしフリルはそんなグリフォードの前をなんの警戒も無しに歩き続ける。


「そんなに気をはってもいきなり襲ってくるようなのはここにはいないわよ?」


そう自信満々にフリルに言われ、グリフォードは信用して緊張を解いた。


「多分だけどね…」


ズカ!とグリフォードとラルフは同時に転けて倒れる。


「多分ってなんだ!多分って!!」


ラルフが怒鳴りながら詰め寄り、大声は洞窟内で反響してしまいフリルは両耳を塞いだ。


「煩いな〜大声あげないでよ!」


フリルは若干感に触ったのか頬を膨らませて反響しないていどに言い返す。


「でも、警戒していないのとしているのとでは危険性は変わります…お願いします…はっきりして下さい。」


グリフォードのもっともな意見を言われてフリルはふてくされたような表情を浮かべる。


「はっきりしろったって!…し…仕方ないじゃない、あたしだって話ししか聞いてないんだか…」


フリルは弱みを突かれたかのように身動ぎ、自信なさそうにもじもじとしだした。


「なんの疑いもしないで信じたのか!!?、嘘かもしれないだろうが!!」


そこでラルフはここぞとばかりに詰め寄り、それを聞いていたフリルの瞼にじわじわと涙の粒が溜まっていく。

「え!あ…いやその…」


元魔王軍のラルフと言えど、子供を泣かすというのは抵抗があった、目の前のフリルは今にも泣きそうな素振りを見せていた。


「いや!悪い!謝るから泣くなっ……」


【ドガァッ!】



慰めようとした次の瞬間、ラルフの股関をフリルの爪先が強力に突き上げ、ラルフは何ともいえない苦痛に声にならない悲鳴をあげながら、体をくの字に曲げて股関を押さえながら地面に倒れた。


「うっさいバカ!あんた達は黙ってあたしについてくればいいのっ!!間違ってなんかいないんだから!!」


蹴ったフリルは全く反省の色など見せず、頭から湯気がでそうな程に真っ赤になって唇を尖らせると、そのままラルフをその場に放置してズカズカと歩いて行ってしまう。


「くそっ…あのガキィィ…」




地面に伏せたラルフを隣にいたグリフォードが手を貸して起こす。


「まあまあ、隊長は口より先に手が出る人ですから…」


グリフォードは何処か涼しげにしている。


「テメェ…知ってて…」


そう睨まれたグリフォードは、目を細め肩を竦める。


「はて?、なんの事でしょうね〜…」


そうとぼけたグリフォードにラルフは一撃お見舞いしてやろうかと考えたが、そこにフリルの声が響く。


「さっさとついて来なさいよっ!!おいていくわよ!?」



そうしてしばらく歩き続ければ、程なくしてフリル達は更に広い場所にでた。


「不思議な場所ですね…」

グリフォードはそう洞窟内を見回して呟いた。ここは洞窟の中央らしいが、地面には枯草がまるで寝床のように敷いてあり、岩壁中にエメラルドのような緑色の輝きを放つ物が張り巡らされていた。


「おいグリフォード!」


ラルフはグリフォードを手招きで呼び寄せると、岩壁に付いた一つのエメラルド色のそれをつまみとった。グリフォードはそれを横から覗き込む。



「鱗…ですか?」


ラルフは頷き、洞窟内の岩壁に目を向ける。


「これは竜の鱗だ…」


ラルフの呟きにグリフォードはブッと吹き出した。


「り!!竜!?それじゃあここは!!?」


グリフォードが声を挙げようとしてラルフは指を立ててグリフォードを制止させる。


「間違いねえ、竜の寝床さ…しかもかなりデカイぜ?…」


それを聞いてグリフォードは身を寄せる。


「だから隊長は…警戒する必要がないと言ったんですか?」


「ああ…だろうな…」


ラルフはそう頷くと、背後のフリルに目を向ける。フリルはというと…。


「ここは寝床?…なら、やっぱりここで間違いないわね…あとは〜…」


乙女ならば「綺麗〜」等と目を輝かせるであろう空間だが、この小さな隊長には神秘的な場所などその辺の雑草程の価値としか感じていないようで、竜の寝床であるというのに危険と感じる気配もないように、目線を泳がせ何かを探している。



「あったあった!」



フリルの目当ての物がみつかったようで開けた場所の隅に向かって走って行く、二人がそれを追い掛けると、そこには小さな祠があった。フリルはその前にくると背納を下ろして中から酒の瓶を四本取り出し、祠に供えた。それは出発の前にフリルが買っていた物である。


「そんな所に供える酒なのかよ…勿体ね〜」



グリフォードと共に左右から覗き込むと、ラルフはついそう漏らした。ラルフは酒には詳しくないが、銘柄と価値にはそれなりに知識を持っている…そこに供えられた物は全て高級な酒ばかりだったのだ。フリルはそんなラルフの問に一言。


「盗んだりしたら殺されるわよ?」


そう背中を向けたまま告げた。


何に?…そう思ったつかの間、強大な風と轟音が洞窟を貫いて響き渡ると、それを受け、フリルは嬉しそう振り返り片膝を立てた姿勢になる。


「お初にお目にかかります。」


その言葉にグリフォードとラルフは驚くと共に、背後から漂ういい知れない気配にゆっくり後ろを振り返る。目線に入ったのは巨大な顔、人間の物ではない、それは―。


「「ドラゴン!」」


グリフォードとラルフは振り返りながら互いに武器を抜こうとする。


「止めなさい!」


フリルの見事な一喝は二人を一瞬で制止し、膝を折った姿勢のまま頭を下げた。


「貴方たちも膝をつきなさい!…この度は、仲間の者のご無礼お詫びいたします…風帝龍【フレグニール】様」



「み!…帝龍!?」


フリルに怒鳴られた二人慌てては同じように膝を折る。帝龍とは、この星を作り続ける最高位の生き物であり、その存在は神に等しい。フレグニールと呼ばれた巨大な龍は蛇のような体をクネクネと動かし、その黄金の眼でフリルを見下ろす。


『良イ、ソノ方、頭ヲ上ゲヨ…』


頭の中に響き渡る気品あふれる女の声。許しを得たフリルは顔を上げる。

『何ト!英雄デハ無イカ、ソウ改マル必要ハナ…』


「フレグニール様、わたしは英雄ではありません、その娘のフリル・フロルと言います、こっちはグリフォード・ロベルトとラルフ・ブラッドマン、わたしの仲間です」


それを聞くなりフレグニールは口元で髭をゆらゆらとゆらしながら大きな眼を見開く。


『ホウ、ソチハアノ英雄ノ子カ…道リデ似テイルト思ウタ…コレハコレハ愉快ジャノウ』


フレグニールは巨大な体をうねらせてケタケタと笑うような仕草をしてから再びフリルに眼を向ける。


『シテ、英雄ノ子ヨ…ソナタ等ハ何ヲシニ此処へ来タノダ?』


フレグニールは本題を聞き出そうとした問いにフリルは含み笑いを浮かべ即座に答える。


「ご存知の癖に…わたしはゲノム国王軍聖騎士団の隊長として隊を率いてウィプル村に行く途中です、ですが日も暮れ仲間もわたしも体力が限界になりました。そこでフレグニール様の泉をお借りし、体の疲れや汚れを落したくて参りました」


フレグニールは知っていたという様に大きな体を震わせながらケタケタ笑う。


『ソノ容姿トイイ言葉遣イトイイ…本当二英雄ニソックリジャノウ、コレハ愉快ジャッ』



フレグニールは満足そうに笑いながら一度祠に供えられた酒を確認して、大きく頷く。


『ヨカロウ、好キナヨウニツカウガヨイ』


それを聞いたフリルは、立ち上がり二人に振り返る。


「それじゃ、いこっか」


フリルは上機嫌で洞窟の更に奥へ向かい、そんなフリルとフレグニールとのやり取りを唖然として見ていたグリフォードとラルフはお互いに顔を見合わせると。

「まっ!待って下さい!」

「おおい!おいていくなよー!」


現実に戻るなり慌て後を追い掛けた。暫く暗い洞窟を進んだ三人は月明かりを受けて青い輝きを放つ美しい泉へと辿り着いた。泉の水は熱を帯びていて温かく、透き通り、そこまで深くないのか底が見える。湯気は立たないが温泉と言われるものに近かった。


「わ〜!、さっ!早くはいりましょ!」


そこで事件が起きた、フリルが泉につくなりはしゃいだような声をあげながら何の恥じらいもなくグリフォードに買わせた服を脱ぎだしたのだ。


「た!隊長!!?」


慌てて後ろを向いたグリフォード、ラルフは隊長の未発達の肉体を見ても興奮はしないのでじっとしていた。


「ラルフ!背を向けなさい!こ!殺されますよ!?」

そこでラルフも危険を察知する。


「やっべ!!」


ラルフは素早く反応して後ろを向いてグリフォードに目を向ける。


「サンキュー」


「どういたしまして…」


ラルフとグリフォードはここで改めて友情を分かち合った。



「ふあ〜、ん?どしたのよ、急に後ろなんて向いて〜」


そうとは知らないフリルは呑気にお湯に浸かり、目を細めると上機嫌になっていた。


「いや、見たら殺されそうなので…」


グリフォードの答えにラルフも激しく頷く。それに対してフリルは首を傾げた。


「なに?照れてるわけ〜…全くウブなんだから〜」


『取り敢えずタオルかなにかで隠してやったらどうじゃ?』


突然フリルの言葉を斬るように洞窟の闇の中からやってきた気品高い声の女性…二人が気配を感じ取った時には既に目の前にいた。豊かすぎるグラマーな体は深紅をあしらった派手な水着で覆われており、それにエメラルドに輝く羽衣を上からかけて覆いかくしている。白銀の髪を揺らしながら黄金の目で二人をジ…と見据えていた。その余りの美しさにグリフォードやラルフは背筋が凍り付くのを覚えた。


「ちちんぷいぷいっと…」

「きゃあっ!」


謎の美女は、ラルフとグリフォードの目の前でおそらくフリルを指差してそんな呪文を呟いた――その瞬間。フリルが普段では決してあげることのない悲鳴、二人が慌てて振り返るとそこには胸元に平仮名で「ふりる」と書かれたスクール水着姿のフリルがいた。


「え!…あっ…あの!?きゃっ!」


「うむうむ!、良く似合っておるのぉ〜♪流石は英雄の子!」


自分に何があったのかを瞬時に察することが出来たフリルでも激しく動揺していた。水着になっていたことよりも、背後に瞬間移動した謎の女がフリルを後ろから抱きしめて頬擦りしながら満面の笑みを浮かべていたからだ。こんな芸当が出来る人間は彼女の知りうる限り恐らくいない。


「フレグニール様?」


フリルは名前を呟いてみれば、フレグニールと呼ばれた女は大きく頷く。


『そうじゃ、物分かりの良い子じゃ〜…ん?しかし英雄の子よ』


フレグニールはフリルを人形のように抱き締めたままフリルの顔を覗き込む。


「な!、なんです…ひゃっ!!」


再びフリルが普段では決して挙げないだろう声が響く。今度はフレグニールが背後からフリルの未発達な胸を揉みしだいていた。


『なんじゃ、こっちは英雄より薄いではないか、淋しいのう…』


「ほ!!ほほっ!ほっといて下さいよう!!」


フリルは顔を真っ赤にしながらフレグニールのホールドから逃げ出そうとするがフレグニールは体格を利用してフリルをガッチリと拘束しておりフリルは身動きが取れない。


『ほほ?なら我がソナタの胸が大きくなるように沢山揉んでやろうではないか〜!』


フレグニールはそう言いながらもそこで置いてきぼりな二人を視界にいれた。


『なんじらも入ってきんさい!ちちんぷいぷい』



二人は逃げる事すら出来ずに水着にされてしまい。自分たちの着ていた服や剣は遥か背後に畳まれて置かれているフリルの服の横に並べられていた。


「いやぁ!!…そこは…ていうか自分で…ひゃうう!?」


『ほう!?ここか?ここがいいのんか〜?』


「ひゃあ!…だ!だめぇ〜!!」


甘いピンク色の声を背中に受けながらラルフとグリフォードは温かい水で体を流す。


「ねえラルフ君?」


「なんだい?グリフォード君?」


余りの刺激の強さに二人の頭は幼児化していた…もし二人がいまここで振り返ったなら、ピンク空間に飛び込んでしまってもう帰っては来れないであろう。そんなこんなで―


『ほっほっほっ!100年ぶりに愉快であったぞ〜?』


フレグニールはそういいながら、泉で体力回復を図ろうとしていたフリルの頭を完全に消耗させて寝かしつけ、今は膝の上に乗せている。フリルは歳相応の愛くるしい寝顔で無防備に口を開けて眠っていた。


『主ら、この娘の隊員…と言っておったな?』


フレグニールはフリルの頭を撫でながら聞いてきた。洞窟内で休む事を認めて貰い、寝る支度をしていたグリフォードとラルフは振り返り頷く。


「はい、隊長…まったく凄い人ですよ…」


グリフォードは大きくため息を吐いて穏やかな寝顔のフリルを見つめる。


『そりゃ当たり前じゃなぁ…ぬしらとは根本から違うからの〜』


フレグニールはそう自慢げに言いながらフリルの頭を撫でながら微笑んだ。


「一つ、聞いてもよろしいでしょうか?」



グリフォードの言葉にフレグニールは顔をしかめる。


『わらわの年齢は秘密じゃよ?』



してやったりとフレグニールは満足気な表情を浮かべるがグリフォードは首を横に振るう。


「彼女は…一体何者なのでしょうか、あなたの言っていた英雄というのも気になります…」


「ああ、それは俺も気になってた」


グリフォードの疑問に既に横になっていたラルフも体を起こしてフレグニールに目を向ける。




「レイブン相手に肉弾戦…そんな事が出来る奴なんてそういねえ…もしかしたら…」


ラルフは思わず出そうになった言葉を飲み込んだ。フリルもあなた『フレグニール』と同じように化けている竜か何かなのか?、とは言えなかった。


『ふふふ』


それを聞いたフレグニールはケタケタと肩を震わせ始めた。


『フハハハハハハ!!案ずるでない。この子はちゃんと人間じゃよ』


フレグニールは聖母のように彼女の頭を優しく撫でながらその豊満な胸を張り自信満々に答え。すぐに真顔に戻るとフリルの寝顔を見つめた。



『まあ、ほんの少し…血の一滴だけおぬし等とは違うのは間違いない。が、頑張り過ぎているせいかそうは見えんのだ…』


フレグニールの意味深な言葉にラルフとグリフォードは首を傾げる。


「頑張り過ぎている?」


「どういうことだ?」


ラルフとグリフォードは訳が分からずに寝ているフリルに目を向けると、フレグニールはフリルの頬に手をあてた。


『こやつ、寝ておらぬ』


聞いたグリフォードとラルフは顔を見合わせ動揺を顕にした。


「な?」


「寝てない!?今までですか!?」


二人は慌てて聞き返しながら思い返すと、フレグニールが言ったとおりで、確かにフリルが眠ったところを間近に見るのは初めてだった。


『…まあ、まだ人肌が恋しい年頃。しかたがなかろ?』


フリルを起こさないように優しく膝から下ろして寄り添うように寝転がる。


『明日は早いのだろ?、はよ寝りんさい!』


二人が英雄の話題に触れる前に睡眠の魔法で無理やり熟睡させるとフレグニールはフリルを包むように寝転がる。


「英雄の子は、【龍の神子】か、辛い宿命を背負わせてしまう…でも、いまはまだその時ではないし、その時が来ない事を…切に願う」


そう、フリルの耳に囁いてから直ぐに眠りに就いた。


そして夜があける―


「ん―ふうっ―」


朝、フリルが息苦しさで目を覚ますとフレグニールに覆いかぶさられ、豊かな胸に顔を潰されていた。


「むぐぐっ!!…ぐ!」


フリルは息が出来ずにもがき、息絶える寸前でなんとかフレグニールの体を退かす事に成功する。


「ぶはっ!!…は〜…は〜」


慌てて体を起こし、肩を大きく上げ下げして胸を押さえて呼吸しながら目に溜まった涙を拭いさり、立ち上がりお腹を擦る。


『まずったわ…お腹の減り具合から考えて、いまは朝食を少し過ぎた時刻ね』


フリルはそう頭の中で呟きながら、すぐ横で幸せそうに眠るグリフォードの頭を軽く蹴りつける。


「!!?」


グリフォードは即座に飛び跳ねるように起き上がりフリルを見る。


「起床よ!、ラルフを起こしなさい。出発するわ」



フリルはそう言って自分の背納から皮の袋を取出して、赤くて硬そうな板を取出して二つをグリフォードに押し付けた。それは塩漬けにされた肉を干して乾燥させた携帯食料だった。グリフォードは寝起きにもかかわらず状況を即座に判断して立ち上がりそれを受け取ると、一つ口に加えてから横に眠るラルフの頭を叩いた。


「痛っ!!なにしやがっ」


起きたラルフの口に干し肉を突っ込み。突っ込まれたラルフは目をパチパチしてまわりを見回せば状況を理解して干し肉を飲み込んで立ち上がり、自分の背納を背負う。彼らはフリルの起床から約20秒という早さで出発の準備を整えた。


「さて、じゃ〜いこ〜」


久々の熟睡で気分がいいフリルは拳を振り上げて喪と来た道を帰ってこうとした。


『まあまあ、待たれよ』


横になっていたフレグニールがそんな三人を呼び止め。

「はい?」


フリルが、そう振り向くと、フレグニールはゆったりと身体を起こして胡坐をかいて大あくびすると、寝癖だらけのままニンマリ笑う。


『ウィプルに行くのじゃろ?ちと頼みたいことがあるのじゃよ』


そう言われてフリルは一瞬嫌そうな顔をして腕を組む。


『それをやるならウィプルへの近道を教えてしんぜよう…先払いで褒美もやる。どうじゃ?悪くはなかろ?』


それをみたフレグニールはそう付け足せば、フリルは大きく頷いた。


「やりましょう、何をすれば宜しいのですか?」


フリルの返答にフレグニールは大いに喜ぶ。


『なに、ウィプルの酒屋の主人に金を払ってきて欲しいのじゃ…』


フレグニールの言葉にフリルは目を点にした。


「お金を?…」


フリルの返答にフレグニールは大きく頷く。


『といってもわらわには人間の金はない。だから変わりにお主らに…脱皮したばかりのわらわの脱け殻から甲殻や鱗を持っていって欲しいのじゃよ』


それを聞いたフリルは少し面倒そうに眉を動かした。

「どうしよ…危険な森の中を歩くのだから…」


そこでフレグニールのだめ押しが入る。


『勿論やってくれるお主らにもやるぞ?好きなだけ持っていくがよい』



「やります!!やらせていただきます!!」


即答したフリルを見て、グリフォードとラルフは向き合う。何故?…フリルがとても言い表わせない表情で笑っていたから。その眼はキラキラと輝き、今までに無いほどの満面の笑みだった。


『そうか、やってくれるか!近道はこの先にあるわらわの脱け殻を更に真っ直ぐいったところじゃ。ウィプルの奴らが馬車を引いて酒を捧げる場所にで…』


泉の方を指差しながら教えると、フリルはフレグニールの言葉を最後まで聞かずに素早く反転してさされた方向に走っていった。


「あ、隊長!!」


「おい待てよ!!話しはまだ!!おおい!!」


ラルフとグリフォードも後を追い掛けるが到底追いつけるスピードではなかった。


『やれやれ…ま、今を楽しめよ…』


そんな三人を見送りながらフレグニールは笑っていた。


近道を使ってウィプル村を目指し、最短距離をフリル達は人食いの森を歩いていた。


「隊長?…重たく…ないんですか?」


グリフォードが気遣うようにいう。フリルはフレグニールの脱け殻から何から何まで、背納がパンパンに成る程に素材を回収していた。背納は元々が体格の確りとした軍人が背負う様に作られたものであり、フリルのような小柄な少女が背負うにはあまりにも大きい。そのため体の小さなフリルが素材で巨大になった鞄を担いで歩いているのは異様な光景だった。


「…ゼェ…ゼェ…」


フリルは汗だくのまま振り返る。表情は険しく両足はあまりの重さに震えていた。龍の甲殻は軽そうに見えて非常に重いのである。


「うぅ…諦める…もんですかぁ…」


それでも歩くペースが変わらないのは流石である。


「隊長…」


グリフォードはそんなフリルの横に並ぶ、フリルは嫌そうな顔をそのままにグリフォードに顔を向けた。


「…ハァ…ハァ…なに…よ?」


声を出すのも辛そうなフリルをグリフォードは少し気の毒になった。


「て…手伝いましょうか?」


するとフリルは首を横に振り回して拒否した。


「いいの…で?なによ」


フリルはそう返しながら少しペースを落とした。


「…英雄とは、なんなのですか?」


聞かれたフリルは目を見開いて動揺したような表情を浮かべる。


「お、気があうな!」


そこに今まで聞くに撤していたラルフも会話に加わる。


「そんな事聞いて…どうするつもりよ」


そういうフリルは目線を合わそうとはせずに泳がしている。グリフォードはそんなフリルの挙動からさらに言葉を出す。


「お言葉ですが隊長。わたしお含めラルフやエリオール様ですら、あなたは謎だらけです…」


「なによ?…まだあたしを魔王の手先かなんかだって疑ってるの?侵害ね…」


フリルはグリフォードの言葉を最後まで聞かずに不満を露にした。


「いえ、魔王と敵対している事は分かっています。ですがあなたは私達をどう考えているのかがわからない…」


グリフォードの言葉にフリルは首をかしげた。


「はあ?…仲間じゃない、ゲノム王国軍聖騎士団の二人…でしょ?」


グリフォードは首を横に振る。


「わたしは貴女の事が知りたい…安心して背中をお守りするために…」


そう言われたフリルは不満そうに頬を膨らませると、プイッとそっぽを向いた。

「……さん」



小さな呟きだった。


「え?…」


グリフォードが聞き返すと、フリルはグリフォードの顔を睨んだ。


「あたしのお母さんの事っ!」


グリフォードはそう言われてラルフに目を向ける。ラルフも意味がわからなそうに肩をすくめていた。


「いまから数千年前に本当にあったといわれている、五つの首をもつ災厄っていう物語は知ってる?」


フリルがそう切り出すと、グリフォードは大きく頷いた。


「アグネシアの伝説的な話ですね…天界、魔界、人界の三勢力による戦争だったとわたしは聞いています。」


グリフォードは過去に聞かされた伝説を思い出しながら言っていた。


「それなら、俺も知ってるぜ?三勢力の中には三人の英雄がいて…確か戦争の途中で五つの首をもつ災厄とかいうのが乱入して、天界を滅ぼしたって話だよな?」


ラルフがそう言うとフリルはうなずく。


「天界は災厄に滅ぼされたけど天界の英雄は生きててね…三人の英雄は互いに手を取り、災厄を追い払いアグネシアはすくわれたのよ…」


そこでグリフォードはハッと目を見開く。


「もしかして…英雄とは!?その時の!?」


グリフォードの言葉にフリルはうなずく。


「そうよ、人界の英雄」


「【名も無き英雄】が…あなたの母親だというのですか!?」


グリフォードは驚きのあまり声を荒げていた。


「あり得ません!数千年前の話ですよ!?」


それを聞いてラルフもうなずく。


「これは…物語になっていない話し…五つの首の災厄は追い払われる直前。人界と天界の英雄に呪いをかけたのよ…天の英雄には不死と不妊の呪い、人の英雄には不老と不死の呪い…どちらも酷い呪いよね…」


フリルはそう微笑み、グリフォードに目を向ける。


「ではあなたは…名も無き英雄の子孫…なのですか?」


その問いにフリルは頷いた。


「大抵は嘘だとか言われて信じてもらえないけどね…」


「いや?」


そんなフリルの苦笑にラルフは否定する。


「これで、俺達すら知らなかった。魔法使いの存在を知っていた事や帝龍なんかのはなしとのつじつまは合うな」


ラルフは納得したようにそう告げた。


「ん?…」


すると突然ラルフは立ち止まった。


「なによ?まだなんかあるの?」


フリルは不機嫌そうに振り返りラルフを睨んだ。しかしラルフは辺りをキョロキョロと見回している。


「なんか…見られているような気がしないか?…」


ラルフの言葉にフリルとグリフォードは足を止めて辺りを見回す。


「なにを馬鹿な事を!わたしは何も感じませんよ?」

「黙りなさい」


何かを察したフリルはグリフォードを黙らせてラルフに向かって口元に人差し指を持っていき、そののちに手を下に仰いだ。『静かに身を低くしろ』という合図である。グリフォードとラルフは指示されたように身を低くし、低くなったところでフリルは手を開いて見せ。『そのまま待機』という合図を出してフリルはゆっくり地面から小石を拾いあげ、息を飲む。


「そこだ!!」


石は真っすぐに木の上に飛んでいき、目標である偵察者に向かい飛んでゆく。


シュボッ!!――しかし投げられた小石は、一瞬にして蒸発した。


「ウィプルの魔法使いね…」


フリルが言うと真っすぐに木の上を睨み付けた。そこにはフードで顔を隠した小柄な人間がいた。身体には緑や茶の色をちりばめた迷彩色のマントを上から羽織り真っすぐにフリル達を睨んでいた。


『アナタガタノスガタハミエテイマス、シニタクナケレバスグニタチサリナサイ』


森の中を透き通るような少女の声が響く、それを聞いてフリルは立ち上がり、余裕な笑みを浮かべた。


「ご忠告ありがと〜。でも駄目ね〜そんなふうに止めちゃ〜…すぐそこに村がありますっていってるようなもんよ?」



『!?』


木の上の少女は、わかりやすい動作で動揺を表した。

「あら?、図星?わかりやすいわね〜」


フリルの問いかけに少女は動揺したような仕草から一転し、一気に殺意が空気を歪めていく。


『ワカリマシタ…ナラバココデイノチヲチラシナサイ!!!』


「散解!!」


フリルの一斉でラルフとグリフォードは鞄を捨て、バラバラに散らばる。


「【ラ・ボンバーム】!!」


少女は木の上より手をかざし、手から現れた光弾を地面に向かって放つと、今まで三人がいた地面に激突し、そこから激しい爆発がまきあがる。同時に木の上の少女はマントを脱ぎ捨て降って来る。


「そおらあ!!」


そこに待っていたとばかりにフリルは回し蹴りで真っ直ぐに降りてきた少女を迎撃しようと振るう……しかし少女は避ける事無く左手を真っ直ぐのばして開き――


「【ディフェンサー】!」


フリルの回し蹴りは突如少女が手から出した光の結界を直撃し防がれる。


「あ!やばっ!」


フリルはそう顔を引きつらせると、少女は伸ばした左手をピストルのような形をを作り、体を右に捻りフリルの身体をまわしながら――指先を無防備となったフリルのわき腹へ向けた。


「【スパークウェブ】!!」


――少女の指先から風が生まれ、それは弾丸となりそ凄まじい殺気と共にフリルのわき腹に突き刺さる。


【ドォッ!!】


「あっ!!」


フリルはわき腹を抉られる痛みに悲鳴をるまもなく地面へとたたき落とされた。

「隊長!?己!!」


グリフォードは素早く鞘から剣を抜き放ちながらレイヴンを纏わせ、音速の速さを持った居合いの剣が少女の身体に迫る。


「!」



少女はあまりの速さに動揺するも軽やかに身を引いて横なぎを避ける、しかし反応が遅れたのかフードが切り裂かれ、頬から血を飛ばしながら地面へと着地する。


「ち!」


少女は舌打ちするよりも早くグリフォードは二度目のは目に止まらない程に早い一撃を少女の身体に向かって振るっていた。


「【インスペクト・アイ】」


しかし少女瞬く間に反応速度や反射神経を向上させる魔法を完成させ、グリフォードの剣を目で追いながら身を引く事で追撃を避ける。


「な!」


避けられた事にグリフォードは驚きの表情をし、少女はその時には既にフリルを迎撃したスパークウェブをグリフォードの顔に向けていた。


【ドゥン!!】


放たれた風の弾丸にグリフォードは素早く反応し、返して戻した剣の腹で弾丸を受けとめる。


【ガィイン!!】


想像を超える凄まじい威力を持った一撃はグリフォードの剣に金属的悲鳴を挙げさせその衝撃は震動となり利き手を痺れさせ反応が遅れる。


「なにやってやがる!」


そこに見かねたラルフが飛び込みグリフォードと少女の間に割って入り込むなりとび膝蹴りを放つ。


「無駄な事を…【ディフェンサー】!」


少女は素早くフリルの攻撃を防いだ光の結界を展開しラルフの一撃を防ごうとした。


「どっちがむだかな!!」


ラルフのレイヴンは触れたものを爆発させる能力、そのちからをラルフは至近距離であるもかかわらず解き放った。


【ズォン!!】


凄まじい爆発が弾け森に轟音が響く。しかし


「な!!」


声を挙げたのはラルフ、それもそのはず、少女は右手から展開した光の結界により全くの無傷だったのだ。

「それで全力?たいした事ありませんね…」


少女はグリフォードとラルフを交互に見て挑発をして余裕の笑みを溢した。グリフォードとラルフは曲がりなりに訓練された人間でありこんな安い挑発には乗らない。


「厄介だぜ…」


ラルフは目の前の少女の戦闘力の高さに嫌な汗をかいておりしきりに手で拭う。

「隊長は!」


グリフォードはフリルの落下地点に目を向けると、そこには小さなフリルがうつ伏せで倒れている姿があった、ピクリとも動かず生死の判断はつかない。


「く…」


グリフォードは覚悟を決めてラルフにアイコンタクトを送る。それは同じ多重に攻めるという彼らなりの合図だった、先に動いたのはグリフォード。


「おおおっ!!」


グリフォードは右足強く踏み込みながらも一気に身体を前に出し身体をぶつけるかのように少女の身体に肉薄しようと迫る。


「浅はか…」


少女は道を譲るように半身になりながらグリフォードを避け、勢い殺せぬグリフォードはそのまま真っ直ぐに進んでいく。


「おらああ!!」


そこでラルフがグリフォードに目が行っているであろう少女に向かってこぶしを放とうとする。


【ドゥン!!】


再びの爆発。


「なんだ…と?」


少女はかろうじて見える口元をわらわせ左手からスパークウェブをラルフに放った。


【ドゥン!!】


ラルフの胸を風の弾丸が抉り、ラルフの巨体を軽々と吹き飛ばす。


「ラルフ!」


グリフォードは少女が誘いには目も暮れずラルフを倒した事に動揺しながらも、身体を大きく回してその背中を切り裂こうと剣を横殴りに振るった。


「ああああ!!」



音速で襲いかかる斬撃…しかしそれが放たれ少女を切り裂いたと思えば同時に少女の姿は虚空に消える。


「な!?」

グリフォードは驚き目を見開き、素早く振り返るがもう遅い。


【ドゥン!!】


グリフォードの額を少女のスパークウェブが抉り、グリフォードの身体を吹き飛ばしていた。


「ぐあっ!」


飛ばされたグリフォードはそのまま木に背中をぶつけ口から肺にたまった息を吐き出す。少女はさらに体を回しながらグリフォードを指差す――


【パラライズショック】


それは追撃である、指先から迸った紫電がグリフォードの身体を貫き、全身を激痛が駆け巡る。グリフォードは声にならない悲鳴を挙げ、崩れるように倒れ気を失った。


「…っのやろう!!」


ラルフはダメージの回復と同時に立ち上がり、一気に少女へと向かってゆく。


再び向かって来たラルフを少女は軽々しく流してラルフの背後に立つ。


「バカの一つ覚え!」


少女は再び振り返るであろう位置に指先を向ける。


「てめえがな!!」


ラルフは、両手で地面を叩き。地面を爆発させ粉塵を巻き上げる。


「!!?」


一瞬視界を粉塵に塞がれた少女は後退するも間に合わず爆風をもろに食らい、身体が押されるも倒れずに再び両足を地面につけて踏張る。


「よくも!!」


爆風でフードがはぎ取られ、ツインテールに結んだ髪が乱れ幼さを残す顔が露になる。ラルフは少女が体勢を崩したのを見るや一気に間合いを詰め。



「くらいやがれ!!


渾身の力を集中させた爆発を纏う一撃を放った。直撃すれば少女等粉々にしてしまう程の威力…しかし――


【バインド】


少女には届かなかった。ラルフの拳は少女の寸前で止められていた、それどころか首以外動けない状態にあった。


「チェックメイトですね」


勝ちを確信した少女はゆっくりラルフの足元に指を差す。ラルフがその指先を目で追い掛け、足元を見るとそこには自分の周りを囲む円が描かれていた。


「ち…なんだ!こりゃ」


必死にもがこうとするラルフ、しかし体はぴたりともうごかない、それを見た少女は勝ち誇ったように口元を笑わせ指先をラルフに向ける。


【パラライズ…】


ゴスン!!――もうむりか…と、ラルフが目を閉じた瞬間に鳴る激しい打撃音…

「がっ!は…」


響いたのは少女のうめき声だった。ラルフが目を開くと、そこにはフリルが飛び蹴を少女のわき腹に突き刺さしている光景が飛び込んでいた。


「調子に乗ってんじゃねえ!!!」


【ドゥン!!】


フリルの叫びとともに少女のわき腹にハンマーで殴られたような衝撃が走り、少女はそのまま横にぶっ飛んで地面に倒れ、転がる。同時にラルフを拘束していたバインドの効果が無くなり、ラルフは地面にへたりこんだ。



「大丈夫?ラルフ」


ラルフに背中を向けたままそう言い、嘔吐しながら地面を転げまわる少女を睨み付けていた。


「おま!…隊長は平気なのか!?」


ラルフは素早く立ち上がりながら聞き返した。


「へ?なにが?…」


フリルは何事もなかったかのように振る舞っていた。


「なにが…て!一撃をもろに受けてただろうが!」



ラルフの反論にフリルは首をかしげる。不機嫌そうな顔をする。


「はあ?あたしがあの程度の攻撃一撃でダウンすると思うの?」


フリルは実に不機嫌そうだった。スパークウェブという魔法は恐らく空砲のような物に違いない、その威力はラルフがうけたものと同じならば一撃で内臓にダメージを与え意識を失わせる程の威力であるには違いなかった、それをあの程度と言い放つのだから彼女には全く聞いていない事が見てとれる。


「隊長、加勢するぜ」


ラルフは戦況が傾き始めたのを見越してフリルの横に立ち、よろよろと立ち上がるマリアに目を向ける。


「ラルフは離れなさい、ここではあんたの出番はない」


フリルはそれを口と手で制止する。


「な!何でだよ!」


「女の戦いよ!あんたはグリフォードを助けてなさい!!」


【アクアレイザー!!】



同時に、鮫のヒレの様な水の刃が、地面を引き裂きながら向かって来る。



「甘い…わ!よっと!」


フリルは右手で地面に手を付いき地面に衝撃が走り土が舞い上がり、水の刃を相殺し粉塵を巻き上げる。


「絶対許さない!お前だけはああ!!」


少女は怒り狂う余り手当たり次第に魔法を放ち、木々をなぎ払う。


「ラルフ!さっさと離れなさい!!巻き込まれるわよ!!」


フリルはそう涼しげに未だうごけないでいるラルフに叫んだ。


「わっ!わかった」


ラルフは慌てて背を向けるなりグリフォードの方へ向かう。


「させるかあーー!!」


少女は動いたラルフに反応し、手をかざす。


「あんたの相手は!!」


その前に目にも止まらない早さで少女の至近距離に近づいたフリルが飛び込みその顔面に一撃を放つ。


「【ディフェンサー】!」

それをみて少女は光の結界を展開し、フリルの一撃を防ぐ。


【スパイラルエア】


続け様に放たれる魔法、空気が魔力により圧縮されドリルのようになりフリルに襲いかかる。


「一度見た技は!効かない!!」


フリルは肘でそれをまるで蚊でも払うかのように弾いて掻き消した。


「なっ!!」


動揺する少女等お構い無し、同時に少女の右足目がけて身体を回しながらのローキックが放たれた。少女が見たときにはもう間に合わない。


バシッ!――小さな女の子らしい弱い打撃の音、しかし。


【ドゥン!!】


後に強烈な衝撃が少女の細い右足に襲いかかった。


ベキベキバキ!!!――強烈な骨折音が少女の脳裏に駆け巡る…それが激痛に変わるより端役、フリルは拳を握りしめ。そして―


「ぱ…パラライ…」


【ドォン!!】


最後の攻撃としようとした少女の顔面にフリルの小さな拳が突き刺さり、そのまま頭を地面に叩きつけ、少女の意識は薄れていった。


「ほら…起きなさい…」


誰かが少女の頬を叩いた。その瞬間、少女の闇が光に変わって行く。自分を囲むように覗く三人の顔。敵の顔…。


「くうっ!!!…」



弾けるように飛び起きた少女は魔法を放とうと身構える、しかしその直後に身体を激痛が駆け巡った。

「あぐっう!!」


少女は身体を抱きしめるように再び地面に崩れ蹲り。自分の足を見ると右足は赤黒く腫れていた。


「ねえあんたさ…、回復とか使えないの?」


それを見ていたフリルは呆れたようにそう言いながらしゃがみこむと膝に肘を乗せて頬杖を付いた。


「えっ…」


少女は痛みで冷や汗を流しながらもフリルの言葉を理解出来ずにキョトンとして見つめていた。


「回復の魔法とか使えば?って…痛々しいから」


そこで少女は意味を理解したように動揺した。


「ばっ!!馬鹿ですか!?回復したら…またあなたがたに襲いかかりますよ?」

そういって睨みつける少女に対して、平然とフリルはダルそうに目をしかめる。


「別にいいよ?そしたらまたたたき伏せるだけだし…」


そうフリルは手をヒラヒラと振り、少女は戦意を喪失したように呆れ顔をすると手を患部に当てた。


「【レイヒール】…」


少女の呟きで指先が光り輝き、痛々しく赤く膨らんだ右足の腫れが少しずつ減っていく。それに伴い麻痺していた痛覚が再生とともに痛みにかわって少女の身体に沸き上がる。少女は歯を食い縛った…失禁してしまうのではないかと思う程の激痛…それが過ぎた時、少女は再び地面に崩れた。


「治りました?」


「お、マジで治ってるな」


覗いていたグリフォードとラルフがそれぞれにつぶやいた。


「あんたら…」


フリルはわなわなと震えながら二人を睨んだ。


「さっさと準備しろ役立たず〜!!」


フリルは暴れて二人は雲の子散らす勢いで逃げて行った。


「で、まだやる?」


二人を追い払ったフリルは地面に横になったままの少女に顔を向けた。少女は呆れたように首を横に振る。

「そう…それにしても、あたしの部下二人を簡単にあしらうなんて、あなたやるじゃない!」


フリルは興奮したように顔を寄せてきた。


「え?…ああ…ど…どうも」


少女はどう反応したらいいか戸惑い、顔を反らした。しかしフリルは気にしていない。


「あなた!聖騎士団にはいりなさい!!」


突然そんな事を言ってきた、少女は慌てて首を横に振る。


「な!なに…いえいえいえ!!!わたしには村を守る義務とかもありますから!!」


その返答にフリルは残念そうにため息を吐いた。


「まあいいわ、案内して?ウィプルに」


少女は一度迷ったような表情を浮かべる。


「勘違いしているようだけど、あたし達は魔王とかとは違うわよ?」


そういわれると少女は顔をしかめる。


「…都市に出た仲間から聞きましたが、現在のネビル・アグネシアにあなた方のような人は確認されていません」


そう言って立ち上がるとフリルから離れ、まだおぼつかない足取りでヨロヨロと距離を取る。フリルはそれを見ると大きなため息を吐き出して戦闘前投げ捨てた大きな背納に歩み寄る。



「随分な荷物ですね…何が入っているんでしょうか?」


少女は警戒したまま興味深そうにフリルを見つめる。


「フレグニール様からよ。ウィプル村に、お酒代金として甲殻や鱗を届けてほしいってお願いされてね」


フリルはそう言いながら自分の背納の口を開けて、中に詰められたエメラルド色に輝く甲殻を少女に見せた。


「もしかして…村のために額に汗してまで持ってきて下さったあなた様方を…わたしは襲ったのですか?」


少女は小さくそう聞くと、フリルは涼しげに頷いて背納を背負った。


「まあ、そうなるわね〜」


それを聞いた少女は肩をガックリと落とす。


「スミマセンでした…」


「で、案内はしてくれるかしら?」


フリルは少女の謝罪を待たずに余程重いのか足がプルプルと震えている。


「…あ、案内します」


少女はそう告げるとフリルの後ろに回り背納を支える。


「…まだわたしは名前を言っていませんでしたね」



少女は、初めて邪気のない笑顔を、フリルに向けた。

「わたしはマリアント・フローレス・ファン・エステリーゼ…と、長いので【マリア】と呼んで下さい」


マリアはそう、フリルを見る。


「マリアね」


フリルはそう言いながら、まわりで休んでいたグリフォードとラルフに指を差した。


「あのむさいのがラルフで、冴えないのがグリフォードよ」


マリアはフリルの指で二人の男を確認する。


「で、あたしはフリル」


フリルは最後に自分の名前を言った。


「さあ、早く案内して?日が沈む前には着きたいわ」


するとマリアは荷物に手を触れたまま。


「【ハーフ・チェンジ】」


フリルは途端に背納が軽くなった。


「お?」


フリルは唖然と声を上げると背筋をシャキンとのばした。


「ぐああ!!」


「ぬ!ぬふう!!」


するとグリフォードとラルフが地面に倒れ這いつくばる。


「?…何したの?」


そんな二人を見てフリルは首を傾げながらマリアに顔を向ける。


「はい、重量を仲間に寄付する魔法です。あなたのような小さな女の子にこんなに荷物を持たせるなんて外道もいいところですよ?、苦しみを味わうべきです。」


マリアは冷たい笑いを浮かべて、背を向ける。


「村はまでは此処から少し歩きます、ついて来て下さい」


そのまま歩きだし。フリルは後を追いかけ隣に並んだ。


「あなた、やっぱり聖騎士団に欲しいわ!」


フリルにそう言われるとマリアはフリルに目を向ける。


「聖騎士団?」


マリアは物珍しい言葉に首をかしげた。するとフリルはよくぞ聞いたとばかりに平らな胸を張る。


「そうよ!ゲノム王国の騎士団でね!あたしは隊長なのよ!」


自慢気なフリルは容姿も仕草も子供そのものだった。


「まあ、立派なんですね…まだ若いのに」


「若くない!もう13だよ!?」


若いという言葉にフリルはムッとしていた、マリアはクスクスと肩を揺らして笑うと、フリルの頭に手を当てて撫で撫でした。


「…えへへ〜」


すると、フリルは今までが嘘のように顔を笑顔にする。


「か…可愛い…」


マリアはそう小さく呟き、フリルは首をかしげた。


「コホン…それで?フリルちゃんは何をしにウィプルまで?」


マリアの問いかけにフリルは自信に満ちあふれた目で、マリアを見上げた。


「魔王は知ってる?」


その言葉に、マリアは顔を顰める。


「魔王…ジョージ・アレキサンダーですね?…」


マリアは深刻そうに聞き返し、フリルは大きく頷いた。


「そう、その魔王軍がいま調子に乗っててね?…一泡吹かしてやろうと思ってさ、魔法使いを勧誘しに来たの」


フリルはストレートにそう言うとマリアは首を横に振る。


「魔法使いは戦争の道具にはなりませんよ?」


フリルはマリアに再び向き直る。


「道具にはしないわ」


そう、自信満々に呟いた。マリアはそんなフリルから目を背ける。


「信用出来ません」


そして、空を見上げる。


「近頃、魔王軍がこの森に頻繁に出入りしていて…村の近くまで来たこともありました…」



マリアは憎しみ籠もったような口調で唇を噛む。


「何時もは姿を曝さずに倒し、獣達の餌にしてしまうんですが…一度だけ姿を晒した事があるのです…その時も彼らはあなたと同じ事をいいました…」


再びフリルへと顔を向け、今度は殺意を込めた視線を真っ直ぐに向けた。


「教えて下さい…あなたと彼ら…どう違うのですか?」


するとフリルは小さくため息を吐き出した。


「大違いよ、彼らは道具として魔法使いを使う。あたしたちは同じ聖騎士団として、背中を預ける仲間が欲しいの」


フリルはそう言って腕を頭の後ろへ組んだ。


「しょーじき、あのアグネシアって国も胡散臭いのよ。国王はロリ趣味の変態だし…精々連れて行くとしても一人が限界」


フリルは全ての魔法使いとは言わなかった。


「フリルちゃんは、アグネシア所属なのでは?」


するとフリルは不機嫌を顔いっぱいに現した。


「はあ?あんなロリコンジジイに媚を売るなんてごめんよ」


フリルは余程アグネシア国王が嫌いなのか身震いして嫌がっていた。


「そういえば、ゲノム王国と言っていましたよね?わたしは滅んだと聞いていたましたが…」


マリアの問いかけに、フリルは首を横に振る。


「滅んでない…王子が生き残ってる、国の王子が残ってるんだから。国はまだ滅んではいないよ」


フリルは強く言い放つ。


「あの王子は、国民の目線で人が見れるの…あの人はこのアグネシア大陸を必ずいい方向へ連れていける…、あたしはその手伝いがしたいの」


フリルの決意は目に現れていた。そしてマリアの中にもフリルを信じて見たいと思った。


「ではフリルちゃん、その王子がもし間違えたらどうします?」


その問いにフリルは大きな瞳を瞬きさせる。


「そうね…記憶が無くなるまで殴るわ!」


腕を組んで自信満々に言った。


「ふふふ…」


マリアは肩を揺らして控えめに笑った。


「な!何がおかしいのよ!」


そんなマリアにフリルは慌てたような仕草をする。


「いえ…可愛いなって」


するとフリルはみるみるうちに頬が赤くなっていく。


「わ!わらうな〜!!」


馬鹿にされたと感じたのか、フリルは小さな身体をいっぱいに使い怒りを顕にした。


「つきましたよ」


マリアは即座に話題を変える。フリルは我に返り辺りを見回した。


「へ?どこ?…なんにもないよ?」


フリルの言ったように周りには道ひとつない、木々が生い茂り村など見当たらない、あるのは大きな木だけだった。するとマリアは、大きな木の前に行き、手を真っ直ぐに伸ばして前の木を手で触れた。


【ズル…ズル】


途端に木が輝き、マリアの身体が中へ吸い込まれていく。


「!!」


フリルは驚きで表情をかためていた。


「フリルちゃん聞こえますか?」


すると木の中からマリアの声が聞こえて来る。


「マリア!?ど…どこ?」

フリルは慌て辺りを見回した。


「これは地形を利用した幻魔法です、この木がウィプルへの扉となっていて見えなくなっているんですよ」


フリルは納得して頷く。


「これが…誰も知らなかった理由?」


「はい」


幻越しにマリアは断言した。


「さあ、思いきり木に飛び込んじゃって下さい」


マリアに言われ。フリルは助走をつけ、一気に飛び込んだ。


「わああああああっ!!!」


途端に平行感覚を失い、フリルは地面に転がった。


「い…たたた…」


うつ伏せに倒れたフリルは背中の大荷物を地面に投げ、ゆっくりと起き上がる。目の前にはマリアが立っていた。


「ようこそ、ウィプルへ」

マリアはフリルに道を譲るように身体を退かせば、フリルの目の前にウィプルの景色が広がる。


「……」


目の前には生活の為に使われる大きな噴水があり、噴水を囲うように民家が真っ直ぐに丘の方まで続いている。丘の上には一際大きな家が一つ立っていた。その姿をは村というよりは町であった。


「すげー…」


フリルは初めてみるウィプルの街並みに感激の声を洩らした。


「はい、自慢の故郷ですから」


隣でマリアは自慢気に言った。


「あ…」


すると隣でフリルが声を挙げる。


「どうかしましたか?」


マリアが聞き返すと、フリルは立ち上がり一言。


「二人は平気なのかしら…」


その頃、ラルフとグリフォード。


「た…たいちょ〜!!」


「く!!くそがっ…き…」


ラルフとグリフォードは地面を這いつくばり、フリルの歩いて行った後を追いかけていた、あまりの重さに立つこともままならない。


「ぜ…ぜってえ…なかす…」


ラルフはそこで力尽き、倒れた。


「たいちょ…は、こんな荷物を…一人で担いでいたのか?…」


グリフォードは我慢強く歯を食い縛り、ゆっくりと身体を起こした。


「ラルフ!…立て!…これは訓練…だ!!」


気合いで立ち上がるグリフォードは一歩一歩ふらつきながら歩きだす。


「ち…」


地面に倒れたラルフはそれを見てゆっくり立ち上がる。


「グリフォードに出来て!俺に出来ない訳がねえ!!」


彼もグリフォード以上に負けず嫌いであった、歩くペースは次第に早くなる。身体を押しつぶす程の重みを感じながらも歩みを止めず、グリフォードを追い抜いた。



「ラルフの癖に!…やるじゃ…ないですかっ!!」


グリフォードもペースを早め、いつしか二人は走りだしていた。次第にペースを上げ、草木をかき分けそして目の前に小さな女の子、フリルが突然現れた。


「わ!!わああ!!」


「「うああああ」」


フリルの反射神経を持ってしても、二人を避ける事は出来なかった。フリルに激突して倒れた。


「い…いた…」


すぐに意識を取り戻したグリフォードは両手で四つんばいになるように身体を起こして辺りを見回す。


「…ここは?」


グリフォードの周りには見慣れない景色が広がっており目の前にはマリアが立っており、左でラルフがのびていた。


「あれ?隊長は…」


隊長の姿がない、グリフォードは仕切りに辺りを見回すと、マリアが下を指差した。


「うう〜…」


するとグリフォードの下から小さな女の子のうめき声が聞こえてきた。思えば先程から両手にふにふにと柔らかい感触があった。グリフォードは恐る恐るしたを見た。


「お…重い…」


フリルが自分の下で潰されていた。そこで頭の中で情報が推理されていく、フリルと激突した拍子に倒れたフリルの上に倒れてしまったのだと。


「た!…隊長っ!?」


「まっ…たく、なんで走って…」


フリルは弱々しくそんな愚痴を言いながら言葉を止めた、そしてグリフォードの顔を真っ直ぐに見つめる。


「た…隊長?」


グリフォードに聞き返されると、フリルはみるみるうちに赤面していき。グリフォードは自分の手を確認する。グリフォードの手はフリルの平らな右乳房の上に置かれていたのだ。


「こ!…こ!…こ!!」


フリルは口をパクパクと動かしながら確り拳を握る。


「この!!変態がぁ!!」


【ズガァ!!】


音にすればそんな感じだろう音と共に、グリフォードの体は軽く空へと飛んでいった。


暫くして、ウィプルに到着した三人を迎えたのは誰もいなかった。


「おい、グリフォード?」


意識を取り戻したラルフは、隣で荷物を全部持たされたグリフォードに声をかけた。


「…」


グリフォードは、パンパンに膨らんだ顔のままむっつりと黙り込んでいる。


「なあ、グリフォード?どうしたんだよ~」


そんな二人の前をフリルとマリアが歩いている。フリルはまだ根に持っているようで体いっぱいに不機嫌を現していた。


「まったく…あたしの部隊から変態が出るなんて!」


「まあまあ、フリルちゃん」


それを聞いて隣のマリアは、背後を歩く散々ボコボコにされたグリフォードを気の毒そうに目を向けた。


「まあ、まずは荷物を酒屋を持っていきますか?」


「いいわよ、あのまま持たせといて!」


マリアの言葉を切り、フリルは拒絶して首を大げさに横に振った。


「でも、仲間なんですよね?」


そう、言われるとフリルは揺らいだような表情を浮かべた。


「で…でもぉ胸触られたし…」


フリルは小さくなって、俯いた。こうなると子供と変わらない。


「事故なんですから、仕方ないですよ!!グリフォードさんだってやましい気持ちは無かったみたいですし」


そうしてマリアは、グリフォードに顔を向けた、グリフォードはパンパンになった顔のままマリアに感謝するような表情を浮かべていた。


「わ、分かったわよ…じゃあ、酒屋に連れてって」


「はい、喜んで」


聞き入れたマリアは、一行を酒屋に案内した。


「ここがウィプル唯一の酒場です」


マリアが紹介したのは小屋のような小さな建物だった。


「物置小屋?」


フリルはストレートに聞いた。


「酒屋です!ちょっと待っていてください」


するとマリアは小屋の中に入っていった。


「皆さん、中へどうぞ」


マリアに呼ばれた三人は誘われると中へ入った。酒屋の内部は非常に狭く、左右を棚に挟まれており、棚には歪な形をしたビンが無数に置かれていた。


「…いらっしゃい」


奥から声が響いた。フリルが目を向けるとそこには受付席があり、そこには小さな老人が一人座っていた。

「マリアさん、荷物は…」

大荷物を担いだグリフォードが聞くとマリアは老人に目を向ける。


「おお、玄関にでも置いといてくれ」


老人は優しそうな笑顔で告げ、グリフォードは頷くと外へ荷物を置きに行った。

「これなあに?」


そこでフリルが何かに興味を示した指差した、全員がフリルに目を向けると果物用の受け皿に黒い団子のようなものが山積みにされていた。


「それはウィプルでしか採れない【ブラック・チェリー】という果物です。」


マリアはフリルの隣に行き一つを取ると、チェリーという名前の通り。さくらんぼのような形をしていた。フリルは興味深そうに眺めながら相槌をうつ。


「へえ〜!…甘くていい匂いがする…美味しいの?」

「……なんでしたら一つ食べてみては?」



フリルの輝く瞳に負け、マリアはニコニコしながら勧めると、酒屋の店主がギョットした。


「これっ!マリア!」


そう席から立ち上がりマリアは笑顔のまま手で老人を制止する。


「まあまあ…」


それを見た老人は諦めたように肩を落とす。


「わしはしらんからの」


そう言って再び席についてしまった。そんなやり取りを不思議そうに見ていたフリルの口元にマリアはブラックチェリーを持って行く。


「はい、あーん」


「あーん」


フリルが言われたように口を開けるとその中にブラックチェリーをいれ、フリルは口を閉じもぐもぐと噛み締めて味わっている。


「え…?」


マリアはその反応に唖然とした、さらにフリルは幸せそうな顔で両手で頬に触れ。


「これ美味し〜」


「お!?…美味しい!?」


「はあっ!?」


店主は目を見開き、マリアもフリルの反応に驚く。


「うん、この苦味は癖になりそうだわ〜もっと食べてもいい?」


マリアはしぶしぶ頷くと、フリルはパクパクとブラックチェリーを口に運んでいく。


「あ!ずりい!隊長俺にもくれよ!」


そんなフリルの反応に空腹を訴えてラルフは横に立つ。


「マリアいい?」


フリルはマリアに顔を向ける。


「え…ええ…」


マリアは唖然としたまま頷いてしまう。


「よし!ならグリフォードも呼んで皆で食べましょ〜」


フリルはそう言って外に行き、外で素材を仕分けしていたグリフォードを連れてくる。


「早くこいよグリフォード」


ラルフは待ちきれない様子でじたんだを踏む。


「すみません、これを頂いて宜しいので?」


グリフォードは律儀に老人に声をかけた。


「勝手にせい…フレグニール様の素材を運んでくれた礼もあるからの…」


老人は呆れたように呟いてグリフォードは深く頭を下げた。


「ありがたく頂戴します」

「グリフォードぉ…」


ラルフはいまにも暴れだしそうな声色で呟いてきた。


「わかりましたよ…まったくあなたという人は…」


グリフォードもラルフの隣にいき黒い果実を一粒手に取ると、ラルフと共に口に入れた。


「あ!まっまって!!」


少し遅かった。二人は突然口を押さえて床に倒れ悶えはじめた。


【ブラックチェリー】――それはウィプル村でしか採れない珍しいチェリー。芳醇な甘い香りとは裏腹にその味は痛みを覚える程に苦いため、別名【戦慄のプリンス】と呼ばれ、ウィプル村では拷問に使われる程だという――それを口に入れた二人は口の中に広がる激しい痛みと苦味にのた打ちまわる……


「ああぁ!!」


「なにしとるマリア!!果糖汁を持ってこんか!!」

慌てるウィプルの住民の横で。


「なによ、あまりの美味しさに失神したわけ?」


フリルはブラックチェリーの器を抱えてもぐもぐと食べていた。グリフォードは薄れゆく意識の中で思い出した。それはラルフを連れてアグネシアに戻った夕食時、フリルは東洋から送られてくるワサビという食材をすりおろしてパンに縫っていた。あれは非常に苦い物であり、魚介類の臭みを抜くのに使われる食材である。そして彼は後悔したそれを見たときに気付くべきだったと…。


ブラックチェリーを食べて失神した二人は酒屋の老人に介護を頼み、フリルは先に村長の家を訪ねる事にし、マリアに案内を頼んだ。

村長の家は村の真ん中にあった。敷地はアグネシアでいう小さな宿屋のように広かった。


「ここが、村長【ケイオス】様のお宅です。少し待っていてくださいね?」


そう言うとマリアはツインテールに結んだ紐を解いて髪型を整え、フリルをそこにおいて中へ入って行った。



しばらくして、扉が開きマリアが顔を出す。


「フリルちゃん、中へどうぞ」


そう手招きされたフリルはいわれるままに中へと入る。玄関に入るとそこはリビングになっていた、フリルの故郷の作りに似た家である。真ん中には長机があり、奥で村長というには若い顔立ちの青年が頬杖を着いていた。


「ようこそ、客じ…」


フリルの顔をみた青年は驚き顔になり立ち上がる。


「ヴァネッサ様!!?」


青年はとたんに背筋を伸ばして席から飛び出して膝を着いた。


「まさか…ヴァネッサ様がおこし下さるとは!マリア!!頭が高いぞ!!」


青年はマリアを叱り付け、マリアは言われるままに膝を着いた。


「あの…」


気まずくなったフリルが言葉を絞りだそうとすると青年はクワッと顔を上げフリルを見上げる。


「何なりとお申し付け下さい!」


そんな返答にフリルは頬を掻きながら顔を背ける。


「あたしはフリルといいまして…ヴァネッサはお母さんです…」


その言葉に青年はキョトンとする。


「へ?」


そうして――


「はっはっは!失礼しました、わたしはてっきりヴァネッサ様がこの村へお帰りになったのだとばかり」


席に着いたフリルは青年と向き合い、青年は村長らしい顔立ちに戻る。


「わたしはこの村をまとめる【ケイ・リィ・オス・キャネディ】と…長いのでケイオス呼んで頂きたい」


ケイオスはそう自身の髪を撫で自己紹介をした。ウィプルの住民は名前が長いらしい。


「あたしはフリルです」


フリルは立ち上がり握手を求めるとケイオスは快く手を握り返した。


「宜しく」


手を離したフリルは再び席を着くと、ケイオスは再び頬杖をついた。


「して、フリル殿…この度我が村随一の実力者であるマリアを倒し、ここまで来た目的をお聞きしましょうか」



ケイオスはマリアに目線を送り、それから再びフリルに戻す。フリルは今までの経緯をケイオスに伝えた。

「成る程、魔王の討伐のため…我々に力を借りたいと?」


全てを聞いたケイオスは眉をひそめてといた。


「…はい」


フリルは正直に頷いた。


「ふむ…」


聞いた村長は立ち上がり手を叩く。すると奥の部屋から小さな女の子を抱いた女性が現れた。


「紹介しよう、妻の【リネ・トール・キャネディ】と長いのでリネットと呼んで下さい、それと娘の【リーネ・トール・キャネディ】と【リト】だ」


村長の妻、リネットはリトをおろしてこちらに頭を下げた。


「よろしくお願いします」

フリルは席を立ち頭を下げた。


「結果は急ぎですか?」


ケイオスに言われればフリルは顔を背ける。


「出来れば…」


控えめに呟くと、ケイオスは苦笑しため息を吐いた。

「わかりました、本日は我が家でお泊まり下さい…今夜、結果をお話しします」


そうしてフリルは村長の家に泊まる事となった。


夜、夕食を終えたフリルはケイオスに誘われ、ベランダに招かれた。ベランダには小さな椅子が二つとテーブルが一つあり、上には歪な形をしたビンとコップが二つあった。


「座りたまえ…」


ケイオスは頬杖を付いてフリルを睨む。その双眼は、魔法使い達を統べる長にふさわしい凄みがあった。


「わかりました」


フリルは頷き、ケイオスの前にある席に座った。


「結論から言おう」


ケイオスはフリルの目を真っ直ぐに見据えた。


「アグネシアに魔法使いは出さない…」


フリルは奥歯を噛み締め俯く。が、ケイオスはアグネシアと言っていた。フリルは再び顔を上げてケイオスをみた。するとケイオスは柔らかい笑顔になる。


「うん、でも君の仲間になら安心して出せるよ…」

フリルはケイオスを真っ直ぐ見据え席を立つ。


「ケイオスさん!」


ケイオスはそんなフリルを見てその堅物な表情を崩して笑わせる。


「座りたまえ、わたしとて魔王を野ざらしにしておくつもりはない。しかし魔法使いは喧嘩が弱いからな…」


そんなジョークにフリルはクスクスと控えめに笑い肩を揺らす。


「何人が希望かな?」


フリルはケイオスを真っ直ぐに見据える。


「一人、飛びきり腕の立つ」


ケイオスはそれを聞いてフリルの言いたい事がわかり肩を揺らす。


「マリアかい?」


フリルは芯を突かれギョッとした。


「そ!そんなこと…」


「君の反応を見ればわかる」


ケイオスは肩をすくめて再び頬杖を着いた。


「あいつは、いい加減外を見た方がいい…何も知らなくて困っていたんだよ」


ケイオスはマリアを厄介者の様に言っていた。


「本当にマリアだけでいいのかい?」


その言葉を受けフリルは笑い、自身たっぷりに胸を張る。


「勿論です!」


それを聞いた村長は大いに笑うと立ち上がり瓶のコルクを抜いた。


「一杯如何かな?騎士殿」

それに対してフリルは首を傾げる。


「お酒ですか?」


「安心したまえ、君の体型にあわせた飲み物さ…ブラックチェリーのね?」


それを聞いたフリルはグラスを手に取りケイオスにより。黒い色をしたジュースが並々にそそがれ、そこで二人はグラスを合わせた。


「今日、あらたな友人との出会いに…」


「乾杯」


それは静かな夜だった―。

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