アグネシア戦記
黒兎
第1話 アグネシア
ここは―【中央アグネシア大陸】―この大陸で最も大きく一番の権力を象徴とする巨大な都市と暴君がいた。都市の名前は【セクマディ】といい暴君の名前は【ジョージ・アレキサンダー】という。現在では魔王と呼ばれる暴君だが元々はしがない旅の戦士であった。それがある日突然セクマディの王座を奪取すると、逆らう者達はたとえ他国であろうが自国であろうが皆殺しにする恐怖による侵略を始めた。魔王は手始めに大軍を率い、セクマディに古くから対立していた隣国【ゼヌディクト】を奇襲攻撃で制圧、民達を見せしめとして女・子供であろうと容赦なく斬首、切り取ったその首を中央アグネシア大陸に散らばる国々へ送り付けて宣戦布告。その後、アグネシア統一を掲げて進攻を開始した。
その報せを受けた国々はセクマディと魔王の行いに恐怖し反発。最南端に位置する国家【アグネシア】国王を中心としたアグネシア連合軍を結成せれ。セグマディ軍とアグネシア連合軍による戦争の火蓋が切って落されたのである。
始めは兵力80万のセグマディ軍の数を遥かに凌ぐ100万もの軍を持ったアグネシア連合が優勢あり、誰もが勝利を確信しいた。
しかし、不可思議な力を味方につけたセグマディ軍は桁外れに強かった。そんなセグマディ軍の前にアグネシア最強とされていたゲノム王国が敗退、その報せがアグネシア連合軍の指揮は底辺に落ちた。漁夫の利を得たセグマディ軍は一気に進軍、たった一年という短期間でアグネシア大陸の約80パーセントを制圧、現在に至る。
残りの20パーセントは二つの国である。
一つはセグマディ軍を唯一敗走させ一矢報いた中立国。堅牢な城壁と優れた兵隊を持った大国【聖霊都市アレクセイ】。
もう一つは、この戦争の発端となったアグネシア大陸最南端に位置する規模も小さく弱小な国となった【ネビル・アグネシア】である。
アグネシア連合軍の最期の砦である、セグマディ軍に領土を次々と削り盗られ兵力の大半を失いいつ攻め落とされてもおかしくない状態でありながら、滅んだ国の民や敗残兵をかき集め魔王討伐連合を再建、最後の抵抗を見せていた。
ある少女が来なければ―魔王討伐連合は壊滅し、中央アグネシア大陸はセクマディにより統一され、混沌と化していたであろう。
…その少女の名前は【フリル・フロル】(当日13歳)
「おい、君…」
それは連合軍本部のあるネビル・アグネシア港での出来事。朝一人の兵士が一つの小さなカヌーが港に流れ着いたのを発見したのだ。
それに乗っていたのは幼い少女だった―歳は12か13位でその目蓋は閉じられている、顔は死人のように青ざめているわけではなくただ気持ちよさそうに寝息を立てて眠っていた。その寝顔は遠目から見ても妖精と見間違えるほどに愛らしい少女だった。
兵士は思わず手握られていた長い木の棒を使い、今にも再び沖に流されてしまいそうな少女のカヌーを陸へ寄せ、眠る少女を起こそうと呼び掛けた。
「う…ん〜」
返事はない、少女はただ気持ちよさそうに眠っていた。時折寝返りをうつ仕草が歳相応の愛らしさを醸しだす。完全に熟睡している様子が見てとれた。
「おい、起きろっ!」
困った兵士は木の棒で少女の頬を突こうと試みる。虫も殺せぬ程度の優しい力で。
だが、それは叶わなかった…少女が目を覚ましたから。
目を覚ました少女がとった行動は棒が頬に触れる寸前で掴み、おもいっきり引っ張る。
「うわああ!!」
兵士は強い力で急激に引かれた事に反射的な反応をする事ができず、そのまま海に転落してしまう。
兵士は軽装ではあるが鋼鉄の鎧を着ているため当然重く、そんな者が海に飛び込んだらどうなるか。…想像したくもないだろう。
「まったく、久々に気持ち良く寝れたと思ったら…」
少女は悪びれもせず、苦しみ踠き沈んで行く兵士を小さな手で掴み信じられないほどの怪力でそのまま陸へと放り投げた。咳き込みながら起き上がる兵士に上陸した少女の一言はこうだった。
「あたしを王様に会わせなさい」
そんな命令口調で未発育な胸を張り高圧的にも見える態度で兵士を見上げていた。しかし兵士は聞こえてはいない様子だった。反応していないわけではない、単純に驚いていたのだ。自分を海から引き上げた少女のその腕力に。
兵士は痩せ形だが、決して軽くはない何故なら軽鎧ながらも鋼鉄の鎧を着こみ、鋼の剣を携帯しているのだから。そんな自分を【少女は片手で軽々しく陸に放り投げた】のだから兵士が呆然とする理由は十分だった。
「聞こえてない?まさか言語が違う?…むう~」
少女は意味不明な言葉を呟き。次第に煩わしいと思ってきたのか。幼さを残す愛らしい顔立ちを不満で大袈裟に歪め次の瞬間には行動に移していた。
「ああ!面倒くさいっ!!」
次の瞬間には苛立った少女の足が、自分の身の丈以上の相手の股関を蹴りあげた。
【ガィイン!】
激しい金属の激突音が人気の少ない港に響きわたる。
普通ならそんなふうに鋼鉄の鎧を蹴ったなら、少女の運命は【片足を抑えて泣き喚く】だろうしかし、この少女の場合は違っていた。
「―――っツ!!!!?」
地面に崩れ落ちたのは鎧を纏った兵士だった。兵士は股関を蹴り上げられた痛みで悲鳴も挙げることも出来ずに倒れ蹲りそのまま意識を失った。
「ふんっ…」
少女は気絶した兵士を冷たく一瞥し、迷路であろうネビル・アグネシアの目的地である連合軍本部へと向かっていった。
彼女の名前はフリル・フロル。今年で十三歳になるこの年若い少女である。
「こまったわ…」
フリルはいきなり困っていた。アグネシアの街は大きく、建造物はその全てが背が高いため城の場所を見失ってしまう。それはまるで古くよりあった街を利用した隠蔽であるかのように、その街路はまるで迷路だった。当然初めてやってきたフリルが迷わない訳がなく。ただ途方にくれていた。
「なんだってこんなに入り組んでるのよ〜…はあ、直ぐ近くにあればいいのに…面倒くさいなあ…」
そう街に対して愚痴を漏らしながら、フリルは広けた道を探してトボトボと歩き続けた。一時間、二時間と狭い路地をひたすらに歩き続ける。時折鎧を着た兵士達とすれ違うが兵士達はフリルを相手にもしてくれなかった。フリルは兵士達から見ればそこらを歩いている子供そのものだからである。
そうわかりながらも。子供扱いされることを極端に嫌うフリルは。そんな兵士達を睨み付けてはその苛立ちを唇を尖らせるという明確ではあるが分かりにくい容姿特有な感情表現で表しながら歩いていた。
正直言えば一人ぐらいはぶちのめして道案内をさせようかとも考えていた。しかしフリルはその考えを顔を横に振る事で頭の中から追い出した。
それはフリルがこの地にやって来た【目的】を果たす為である。その【目的】を達成するためにはこちらの戦力はとても重要になるからだ。それを自分の考えのみで下手な行動をして悪戯に此方の貴重な戦力を削いでも因縁を付けられるだけでフリルの目標達成が難しくなるだけであろうと思ったからだった。
それから更に小さな路地を3回ほど抜け。ようやく噴水のある大きな中央広場に出る事が出来た。
そこは街の中心を表すが如く開けており。屋台が建ち並び香草が焼ける香りが胃袋を刺激する。そんな広場の一角に、一際大きな人だかりが出来ている。
「?」
気になったフリルは小走りに歩み寄り、小さな身長を出来る限りに使って人だかりの奥を凝視する。そこにあったのは大きなリングだった。そこでは2人の裸の男が汗に塗れて戦っていた。それは、傭兵や騎士が自らの実力をアピールし金をかけあわせ、能力を向上させ、士気を高めるのに都合がいい実力の発表会…私闘である。
この瞬間にも一人の痩せこけた挑戦者であろう青年が、相手のチャンピオンであろう褐色の中年男の右ストレートをもろに顔面に受けてリングに沈み、洪水のような歓声が上がる。
「誰か!この10人狩りのオースチンに挑戦する者はおらんかね〜!」
審判兼司会らしい盛り上げ役の男が高らかに叫び客に熱を上げさせるが如く煽りだす。が、挑戦者は一向に現れない。オースチンと呼ばれた褐色の男は、私こそが最強と言いたげに筋骨隆々とした肉体を見せ付け威圧的にもとれる笑みを見せていた。その様子を遠くから見ていたフリルはほくそえむ…
「へー…面白そうじゃない」
フリルは目の前に広がる光景と子供特有の好奇心で目的を完全に忘れ、不気味に笑ったまま駆け出していた。
身軽で小柄な体は風よりも速く。右足を踏み込んで軽く跳躍、小さな影は一飛びに沢山の人々の群れを飛び越えてリングに着地した。
それをみた観客全員の洪水のようだった歓声がまるでダムの門が閉じられたかの如く止み。突然現れた少女に対して司会の男とオースチンは驚きに目を見開き固まっていた。
「お嬢さーん、どこからきたのかな?ここは遊び場じゃないよ?」
最初に声をかけたのは司会…同時にオースチンを含めた観客達の笑いが爆発を思わせる勢いで炎が如く巻き起こる。しかし、当然の事ながら観客達は知らなかった、その行為は自分では普段穏便だと思い込んでいる短気なフリルの感情に火を付ける行為であるという事を…。
次の瞬間、フリルは瞬きよりも素早くオースチンとの間合いを詰め、未だ気付かない笑みに形作られた顔面にフリルの飛び蹴りがめり込んだ。
【ドン】
同時に弾ける空気の炸裂音と共にオースチンの強靭な肉体は、まるで馬に跳ねとばされたような勢いでリングを囲う柵にぶつかり勢いに勝てずに柵を貫いて人混みに突っ込み様々な観客を巻きこみながら地面に激突し、もう動く事は無かった。
「弱っ...10人狩りが聞いて呆れるわ」
完全に失神したオースチンに罵倒を浴びせ周りに見せ付けるように溜息を吐き出した。そんな瞬殺を見せられた司会も観客も目が飛び出るのではないかと思われる程に目を見開き、何を頬張るつもりなのか分からない程に口を大きく開け、驚きの絶頂を表現していた。
「あ!これ景品とかあるの!?あのお金!?」
空気を読まずにフリルは目の隅に捕えたお金の袋を指さすと空気を読まずに驚愕でショック死しそうな程に追い込まれている司会の前に行き、その小さな両手を差し出した。
「ちょーだい!」
フリルの元気いっぱいな声に司会は我にかえり頭を押さえて絶叫する。
「やれるわけないだろ!なにしてくれてんだ!!」
司会の男は顔を真っ赤にしてフリルを怒鳴り付ける。しかし、対称的に観客全員はお互いに顔を見合わせていた。
「なにって、ゴング無いみたいだし軽く蹴っただけよ?」
フリルは嫌味な口調で告げて、わかりやすく下手な演技で辺りを見回す仕草をする。しかしゴングなる物は存在せず、あるのはリングと掛け金を置く机だけであった。そう言われては司会は手で目を覆い隠し泣く泣くフリルに金の袋を差出した。
「持ってけ泥棒!!」
金の袋がフリルの手に渡ったと同時に観客達の歓声が津波が如く立ち上がり勢いをます。
「ちょっと待った!!」
そこに新たなる乱入者が現れる。乱入者はフリルと同じように観客達の歓声の津波の上を軽々と飛び越え右手に握られた剣でフリルの頭上から斬り掛かる。
「!!」
フリルは反射的に後ろに身を引く事で服をすれすれで霞めると、剣はフリルでは無く、フリルの服とリングをチーズの様に両断してから、その剣先をフリルの鼻先に突き付けた。
「じ!迅雷だ!」
観客の一人が叫んだ。観客に迅雷と呼ばれた少年は金髪に白い肌、青く澄んだ瞳に白と青を基調にした礼服を着ている。歳は16くらいで絵に描いたような美少年といえばそうだろう。
「【レイヴン】ですね?お嬢さん」
少年の問い掛けにフリルは意味のある笑いを浮かべながら頷く。
「そういうあなたも【レイブン】ね?」
レイブンとは、この大陸に生息する人類が扱える第六感が具現化した特殊能力である。属性・性質にそれぞれ個性が存在するが。その能力は才能がなければ開花させる事が出来ないため、扱える人間はごく僅かと言われている。
「で?こんな可愛い女の子にいきなり斬り掛かるなんて、どういう要件なのかしら?なりきり騎士さん」
今の会話はまるで無かったかのように、迅雷の相手をするつもり等毛頭なさそうな態度で。霞めて斬れた自らの服に目線を送り、気にするように指でなぞりつつ、右手に持ったお金の袋をリングの端に投げた。
「確かにあなたのようなお嬢さんにいきなり剣を振るうなんて、外道のやる事です。わたしの道に反します」
弾けて広がる金属音等気にもせず。迅雷と呼ばれた少年は一度目を伏せて己のした事を悔いる聖職者のように俯き懺悔する。しかし直ぐにその顔を殺意で染め上げ真っ直ぐにフリルを睨み付けた。
「が、私は貴方のようなレイヴン使いを我が軍の中で見たことがないのです。そして、今、我が国は他国からの入国を禁止しています」
つまり…、彼が言いたい事がフリルには直ぐに分かった。つまり、彼はフリルを…
「ちょっと待った!あたしを魔王軍かなんかだといいたいのかしら!?」
フリルの怒りに似た反応に、迅雷は意味のありそうな含み笑いを浮かべた。当のフリルは事実歳相応の反応で激昂しているからである。
「はあ!?なんであたしが!?バカも休み休みいいなさい!ブッとばすわよ!!」
あまりにも稚拙な応対に迅雷は苦笑した。
「…ですがあなたに言い逃れは出来ない、何故なら貴方は既に我が軍の貴重な戦力を一つ奪っているのですから」
フリルの言葉を切り裂いて、迅雷は未だに気絶して倒れたままのオースチンや彼に巻き込まれて怪我をした観客を指して叫んだ。迅雷と呼ばれた少年の言葉の余りの説得力に、辺りの兵士たちは忘れていた感情を一気に溢れださせ、殺気立ちフリルに対して憎しみや様々な感情が入り混じった視線が集中する。
「やろうブッ殺してやる!」
一人の兵士が勢いにまかせてリングに上がろうとするが迅雷が片手で止めた。
「あなたが行って勝てる相手ではない、わたしに任せて下さい」
迅雷は兵士を宥めてリングから追い出し、再びフリルに目線を泳がせる。
「っ…わかったわ、ならあんたはどうすればあたしを信用するの?」
余りの不利と自分のミスに対して。フリルは舌打ちという行為をしてから迅雷を睨み付ける。それに対して迅雷は、ハンサムな顔立ちをそのままに一言で返した。
「大人しく斬られて下さい…」
「大却下よ」
迅雷の答えにフリルは即座に否定すれば。迅雷は笑い顔のまま殺気立ち、剣先を上げ、その華奢な体つきにあった細身で長い刃を縦に顔の前へともって来る。それは剣士が決闘の際、切り捨てる相手に敬意を評する場合によくやる敬礼だった。
「アグネシア連合隊長…迅雷、グリフォード・ロベルト…」
グリフォードと名乗った少年は。そのまま自らの分身である剣を、ゆっくり構えを形作ってゆく。
「参っ…!!」
踏み込もうとした時にはフリルの爪先が頬に迫っていた。それはオースチンを一撃で葬り去った飛び蹴りである。
【ギィイン!】
雷鳴の如く打ち込まれた爪先と共に弾け響く凄まじい金属音。グリフォードは剣を横にして剣の腹でもってフリルの蹴りを受けとめていた。本当ならばその刃で斬り払えた。が、しかし、そもそも実戦で剣を持っている相手に生身の人間がこんなに見え透いた蹴りで来るなんて事は普通ならあり得ない、そんな事を出来るのはレイヴン使いか余程の命知らずだけだからだ…何故か。後所ならば簡単である。この少女の足をそのまま切り捨てて勝負あり。しかし…もしも前所であるならば。刃で切り払うのは不可能だろう。なんらかのレイヴンという不思議な力を帯びており、それが武器を破壊する程の能力であるというのならば…武器を破壊する事が目的だったのならば。剣の刃とは非常に脆く下手に重い攻撃を受ければ容易く削れてしまい。下手をすれば折られてしまう可能性があるからだ。剣を失えばグリフォードに勝機は完璧に無くなる事など目に見えた事実である。そしてグリフォードはフリルをなんらかのレイヴン使いで間違いないと踏んでいる。そのためフリルの奇襲に対して防御を優先した。
「かたくるし〜自己紹介ありがと〜、だけどそうゆう隙だらけなのは良くないわ…ね!!」
【ドゥン!!】
響く轟音…その直後、グリフォードの剣に少女のものとは思えない重い衝撃が走り、グリフォードの右腕は剣ごと上方向に弾かれ身体を無防備に曝してしまう。
「な!?…」
しまった…心の声が聞こえそうな程に、唖然とした口を開けたグリフォードは弾かれた剣を顔で追い掛けてしまうという初心でありながら戦場では決してやっては行けないミスを犯してしまう。その刹那、フリルは瞬時に次の体勢に入っていた。空中で一度回転するかのように、そのまま左足を真っ直ぐ前に突き出すという見てくれは綺麗な蹴り技だった。普通ならば見掛けの身軽そうな少女のそんな芸当など威力にすらならない。グリフォードの目からもそれは確かである、が、しかし
【ドン!!】
「!!!?」
凄まじい轟音と共に、グリフォードが気付いたのはフリルの左足が腹部を抉り、馬に跳ねられたような凄まじい衝撃で内臓を強打されてぶっ飛ばされた後だった。
「ガはッ!!?」
グリフォードは柵に背中をぶつけ、弛んだ柵に弾かれて激しくたたき飛ばされフリルの前で倒れこみ、後から激痛と共に肺に溜め込んだ酸素を吐き出してしまう呼吸困難が襲い掛かり、込み上げる嘔吐感だけは意地で堪えてフリルを睨みつけながら自分の二つ目の致命的なミスを確認させられてしまう。一度見ているフリルの能力を甘く見過ぎた事である。
「あら…この程度?、なっさけ…」
そんなグリフォードの心の中の葛藤などフリルは知る由もなく、既に勝った気で余裕を表した挑発をしていた。その瞬間、既にグリフォードのフリルの下半身から顔へかけての剣撃が迫って来ていた。
「!?」
フリルは咄嗟に反応して腹をへこませる要領で後ろに身体を無理矢理に引かせる事で、剣に服を横一文字に斬り裂かれるだけに止める事が出来た。
「だあ!!?この服たかいのよ!!」
フリルはそういいながらもその瞳は、自分の服を切り裂いた一撃のあまりの速さに対する動揺をで揺れていた。
「外しましたか…」
一方のグリフォードはまだ腹部に相当なダメージがあるようで。苦悶に顔を歪めながらも剣を構え直してグリップを確かめ、一歩踏み込むと同時に攻撃をはじめる。
『剣が見えない…』フリルはその目で、剣ではなくグリフォードの腕を見ることで見えない剣撃を予測して服を擦らせるギリギリで避けるのが精一杯だったのだ、しかし、そんなグリフォードの動作や癖を瞬時に頭に入れていく。
「凄いですねお嬢さん!私の剣技をここまで避けれたのはあなたが初めてですよ!!」
余りの剣の速さに攻めあぐねているフリルにグリフォードは正直らしく答えをあっさりと吐いた。
「わたしは剣を振る速さを自在に操る能力【剣速】を持っているのですよ! だから!こんなことだって!!」
グリフォードが左足を強く踏み込み、右腕を身体が曲がる程に大きく引きつける。
『突き!』瞬時に危機を察知したフリルは、咄嗟に身を右向きに半身になりながら仰け反らせる。
「【レイブン・ミストルティン!!】」
フリルの対応と同時に目に見えない必殺の連続突き技が襲いかかり、フリルの服は所々切り裂かれ切り裂かれた皮膚から血が伝う。
「いっ…痛っ…」
浅く斬られた頬を手で拭いながら赤い血を見てもフリルは冷静に頭を回転させていた、グリフォードの言葉を思い出す。【剣速】を操れるというのはどれ程の速さまでなのか?それはどの程度の集中が必要なのか?どんな精神状態のときに使えるのか?、そしてフリルは最初の一撃を放たれたときを思い出す。なぜかれはあの時自分の腹を切り裂け無かったのか?その疑問にぶち当たる。そして答えも自ずと見えてきた。彼は苦痛的何かが残っている間は剣速を扱い切れないという答えにいきつく。そして速くグリフォードを倒さねばならないという懸案事項も生まれてしまう。
『ダメージが残っている今の内に!』
フリルは心の中で叫び、距離を取り相手の動きを見つめながら身構えた。
「へえ…わたしのレイヴン・ミストルティンを受けてかすり傷だけですか、素晴らしい!」
グリフォードはフリルの動きに感動したように鑑賞に浸った声を荒げ、狂気にもとれる笑みを浮かべたまま、再び身構え一歩前に踏み込んでフリルとの距離を詰める。
「ですが!次は当てます!!!」
そして再び【レイブン・ミストルティン】の構え。しかし彼は再びミスを犯した、それは…一度見せた技をもう一度フリルに使ったという…初歩の初歩なミスだった。そんな構えを見せられたフリルの行動は素早く、その身体はそれよりも早く接近し…。
「【レイブン・ミストルティン!!】」
音速の連続突き、それはフリルの体を貫いた…かの様に見えた。
「バ…バカな!」
しかし唖然とした声を挙げたのはグリフォードだった。レイブン・ミストルティンは瞬時に接近したフリルの左手に手首を握られた事により、最初の一回すら許されずに止められた。
「つ〜かま〜え…た!!」
フリルはニンマリと笑うと、次の瞬間にはグリフォードが反撃に思考を切り替えるなどの一切を許さず、剣を握った手首を回すように捻りながら引き込んだ。
「ぐあああ!!」
グリフォードは、その不思議な掴み技に動揺するよりも早く、想像を絶する激痛で剣を掴んでいられずに取り落としてしまい、左手でフリルの手を掴んでまるでお仕置きを恐れて逃げようとする子供のような何とも無様な格好で、その手をとり外そうとしながら痛みに悶絶した。そうして気付いた時には自分の目の前に拳を作った左手を置かれ。
「チェックメイト」
ドン!!―少女の無邪気な一言と共に、その左手の拳がグリフォードの顔面を貫き、凄まじい衝撃が脳を揺さ振った。そしてフリルの手から解放されたグリフォードの身体はぶっ飛ばされ、リングから転がり落ちてもとまらずに転がり続け。地球が回るような感覚に捕らわれながら意識を失った。
「っ…?」
フリルは自らの左手に目を向ける。そこには爪を立てていたであろうと思われる傷があり、白いフリルの肌を赤く染めていた。
「…へえ」
フリルは何を考えたのか転がって行ったグリフォードの後を追い掛けてリングから降りると、グリフォードの周りから声すら上げなくなった兵士達が、それはまるで火を見た虫の群れのように一斉に退き道をあけてゆく。フリルは気にせずに仰向けで気絶したグリフォードの側に近寄ればその顔を見下ろし、次の瞬間には頬を引っぱたいていた。
「はっ!!」
目を覚まし、慌てて上体を起こしたグリフォードはパチパチと瞬きして側にいる自分の身長の半分ちょっとしかない小さなフリルの顔を見あげる。
「あんた、気にいったわ!」
フリルは満面の笑みを浮かべ、そんな状態のグリフォードに右手を差出してきた。
「な…なにを…」
敵である筈のグリフォードには訳がわからずにフリルを見上げたまま唖然とする。
「あたしの下に付かない?グリフォード・ロベルト」
それを聞いたグリフォードが反応に困っていると、痺れを切らしたかのようにフリルはその手を握り、無理矢理に、少女にはあり得ない力でグリフォードを引き立たす。
「え…えーと…下にとは?…」
「そ、あたしの仲間になりなさい!命令よ!」
その問い掛けにフリルは笑う。それはもう悪戯が大好きな悪ガキのような、そんな笑みで。
「わたしはフリル・フロル。魔王を殺しに来た者よ?」
グリフォードは唖然としっぱなしであった。
「………」
しかし、次の瞬間には少女の目に宿る絶対の決意に嘘が無いことを見極め、この先はこの少女に従い、尽くして行こうという決意をしてしまっていた。
「よくも迅雷を!!」
「己、魔王軍!!」
それを見ていた外野達が、次々に剣を引き抜いて思い思いの言葉を吐きながらフリルへと迫って来る。
「待って下さい!!」
そこですかさずグリフォードが声を張り上げフリルの前に立ち背に隠すと兵士たちを見つめた。
「止めるな迅雷!負けたからって…魔王軍に味方する気か!?貴様は裏切るのか!!」
兵士の一人は今にも斬り掛からんとしている。
「違う!」
グリフォードは大きく首を横に振って否定した。
「この人は魔王軍ではありません。何故なら、魔王軍であるならば貴重な戦力である私を生かしておく訳が無いからです。この人は私を迅雷だとは知らなかった、つまりこの人は魔王軍ではありません!」
反論の余地すら与えずに力説すれば、兵士たちは顔を見合せる。
「確かに…魔王軍にこんなガキがいた記録はないな…」
一人が呟き、構えを解く。
「確かに…迅雷を知らないのもおかしい」
そうして兵士たちは、納得したように剣を収め、散り散りに散らばって行った。
「お礼は言わないわよ?」
フリルはグリフォードの背中にそう告げれば。グリフォードが振り替えり腕を組んで睨んでいるフリルに会釈する。
「行くわよグリフォード、案内しなさい」
そんなグリフォードの態度などフリルは興味無さそうに頭の後ろに手を組んですたすたと歩いていってしまう。
「え?、…どちらに?」
グリフォードはリングに落ちた自分の剣を拾い上げて鞘に収め呼び止めると、フリルは面倒そうに振り返った。
「そうね、お城?でもその前に服屋ね!まさかあたしをこんな姿なまま歩かせようなんて思わないわよね?」
そう、フリルの服はグリフォードとの戦闘で色々な所を切り裂かれ、肌の露出率を高めてしまっていた。
「りょ!!了解しました…」
グリフォードは慌てフリルの後を追い掛ける。するとフリルは立ち止まった。
「あ…」
「どうしました?」
そんなフリルの横にグリフォードは並び、不振そうに顔を覗く。するとフリルは、今一度リングの方に身体を向け、目線が端に置いてあるお金の袋に向かっている。それをみたグリフォードは手を叩くと、頷いた。
「賞金を貰っていたんでしたね、取って来ますよ」
グリフォードはそう言えば再びリングに走って行った。
グリフォードの案内で広場を出たフリルは。服屋に向かいフード付きのローブや、子供用の衣服を先程の賞金を使って買い。ようやく連合軍の本部にたどり着く事が出来た。
「ここがアグネシアの連合軍本部です」
グリフォードはアグネシア連合軍本部となっている城をフリルに見せれば、フリルは腕を組んだまま退屈そうに見上げている。
「そう言えばフリルさん…」
「隊長と呼びなさい、グリフォード」
グリフォードの言葉をそう切り捨て、グリフォードは頬をかいた。
「えっ…は、はい…隊長」
グリフォードが言われた通りに言い返すとフリルは満足気に頷く。
「何かしら?」
そう腕を組んだままふんぞり返る。
「ケガは平気ですか?かすり傷とはいえ怪我は怪我なので…」
そう、フリルは一切手当てをしていない、かすり傷とはいえ剣による斬り傷は化膿や腐敗しやすい。グリフォードは心配して聞くとフリルは欠伸くらいの余裕を見せる。
「ああ、あたし傷とか怪我が治るの速いのよね…ほら」
フリルはグリフォードに自らの頬を見せた。そこはグリフォードのレイヴンミストルティンにより一番深く切り裂いたであろう場所だった、しかし頬には分からない程に薄い傷痕を残しているだけだった。
「これは…」
グリフォードは思わず傷痕に触れる。
「ひょっ!何触ってんのよっ!!」
フリルは変な声を挙げて飛び跳ね、すぐさま体勢を切り替えて右のこぶしをグリフォードの腹にたたき込んだ。
「ぐふおっ!!」
グリフォードは腹部を抑えながら地面に沈む。
「許可なくあたしに触るんじゃないわよ!わかった!?」
フリルは地に伏せたグリフォードの身体を足で踏みつけグリグリとする。
「す!…すみません…でした…」
グリフォードは腹部の痛みをこらえて立ち上がると、フリルは既に門の前にいた。
「なにやってんのよグリフォード!早く来て案内しなさいよ!!」
フリルは小さな身体を使い、怒りを顕にして呼んでいた。
「く…くっ…クソガキ…」
グリフォードは怒りをこらえながらも、フリルの言うことに従いアグネシア連合の長が集まる謁見の間へと案内した。
「おお…グリフォード!! どうしたのじゃ?、その娘は」
連合軍本部【ネビル・アグネシア城】その玉座に腰掛けた偉そうな老人―今回の戦闘で指揮をとるネビル・アグネシアの国王である。アグネシア国王はフリルを下から上まで舐めるように見つめると、いやらしい目つきに変わり立ち上がる。フリルは嫌な予感がしたが、グリフォードに任せて黙っておくことにした。
「ええ、このかたはフリル・フロル殿といいまして…」
グリフォードがフリルを紹介する前にアグネシア国王はフリルに抱きついていた。そして間髪入れずにその両手がフリルのお尻を撫で回す。
「うむ、わしを思い、捕虜か娼婦を連れてきてくれたのだな!? 流石はグリフォードじゃ! 発育は悪いがなんとも愛らしい幼子じゃ〜」
我慢の限界だった…フリルは右手をアグネシア国王の胸に這わせ。
「?」
アグネシア国王は手を止めてフリルを見下ろす。
「気安く触んないでよ」
フリルは言葉と一緒に胸を軽く押した、するとアグネシア国王の体に馬に跳ねとばされたような衝撃が直撃し、軽々しくぶっ飛んで玉座に直撃…玉座ごと浮き上がりそのまま転がる。
「はあ…」
ため息はグリフォードのものそれもつかの間。
「き!貴様敵のスパイだな!」
「ええい!討ち取れい!」
アグネシア王の取り巻きが思い思いに叫べば、扉の外で警備していた衛兵が慌てて飛び込んで来た。二人の衛兵は片手にシールド、片手にハルバート、重装備の甲冑という定番な装備で襲いかかって来た。フリルは振り向き様に得意の回し蹴りを目の前の空間に放つ―その刹那、蹴に叩かれた空間は弾丸となり駈けてきた衛兵の一人に直撃―フリルの不可思議な攻撃を受けた衛兵は見事に尻餅をつき、無傷の衛兵は何もわからずに動きを止めてしまう。
その間にも尻餅をついていた衛兵の顔面にフリルの飛び蹴が突き刺さり、衛兵はブリッジするように仰け反ってハルバートと盾を宙に放り出す。フリルはハルバートを空中で右手で掴むと。
「ワトソン!!」
無事な方の衛兵は慌てて倒された衛兵の名前を呼ぶ…がその間すらもフリルに隙を与えてしまう。彼が気付いて身構えた時には、すでに両足をハルバートの持ち手で払われて宙に浮いていた。そして次の瞬間には追い討ちの右足横蹴りが彼の腹部に突き刺さり、わけもわからずに壁の方まで飛んでいった。
「まったく…」
フリルはため息混じりに乱れた髪を片手で弾いて整え、ハルバートを床に捨てて元いた立ち位置に戻る、目の前には既に立ち上がり身構える国王とその連合軍指揮官達の姿だった。
「きっ!貴様っ!貴様の目的はなんじゃ!?」
アグネシア国王は恐る恐る聞く。
「そうね、暴君ジョージ・アレキサンダーの打倒と彼の植民地の解放、戦争の早期終結の3つ位かしら?」
フリルは至って冷静に淡々とのべていく。
「ま!!待て!お前は何を言っておる!?」
アグネシア王の動揺した叫びにフリルはただキョトンと首をかしげていた。
「あなた達は、勝てないと思うんですか?」
指揮官達は各々に顔を見合せる、そんななかで一人が手をあげた。
「国民の血が流れるくらないなら…わたしは逃げたい…」
フリルの顔を見ずに俯いたままの気弱そうな青年だった。
「エリオール王子は黙って頂こう、ここは敗残国の王子が口を出すべき場合出はないのだ」
エリオール王子は指揮官達に黙らされて床にへたりこんだ…が、しかしフリルは違う反応を示した。フリルは彼の前に行きその膝を折る。
「同感です、エリオール王子…」
フリルはそうしてエリオールの手を取り、同じ目線の高さで見つめた。
「君…」
エリオールは初めてフリルの顔を見た。そこでエリオールは驚きに目を見開いた。フリルの顔は、かつて自分の愛した少女にそっくりだった。
「フィ…!?」
「決めました!!…わたし、フリル・フロル及びグリフォード・ロベルトは貴方に従います…」
エリオールが言葉を口にする前にフリルがとんでもない事を口走った。当のグリフォードは…いや、その場にいた者の全てが驚きに目を見開いていた。
「君は!…君のような少女を私の配下に置くだって!?無理だ…わたしには兵士を持つ資格なんてない、一国の王になる素質なんて私には…」
エリオールは目を背けて俯いた。しかしフリルは聞こえないというように顔を寄せて笑顔を溢す。
「滅んだお国の名前を教えて下さい」
その笑顔にエリオールは負けて頷いた。
「ゲノム王国…」
それは小鳥の囀るような消え入りそうな声だった。指揮官達の中には顔を背け、笑いだす者がいた。しかしフリルはその名を受けて決意を決めて立ち上がる。
「ならば、その国をわたしの力で再建しましょう…わたしとグリフォードはこれより!ゲノム国王軍の兵士としてこの戦線に参加いたします…」
「な!!?何を勝手に!!」
叫んだのはグリフォードの上官であろう、エリオールもそんなフリルを唖然として見つめていた。しかしフリルは一切を無視して再び膝を折る、そんなフリルにエリオールは周りからの視線に曝されておろおろし、終にはグリフォードに目を向け。
「し!!しかし、君はともかく、グリフォードは無理だろう?彼はアグネシアのエースだよ?、それは彼に言ったのかい?」
ごもっともだ、エリオールの言葉にグリフォードはそう心の中で呟き苦笑した、しかし何故フリルがこの気弱そうな人間に従う気になったのかもなんとなくだが理解することが出来た。そしてグリフォードも決意を固めて剣を抜き放ち、フリルの横に膝を折る。
「迅雷、グリフォード・ロベルトは先程フリル・フロルと私闘した結果、敗北いたしました…故にアグネシア大隊の隊長を務める資格はありません、わたしはこれよりフリル・フロル隊長の指揮下に入ります」
「じ!!迅雷!?貴様ァッ!?」
叫んだのはグリフォードの上官だった者であろう、しかしグリフォードは無視して続けた。
「わたしは直に隊長の力を見ています、王子…わたしには隊長の言葉が子供の寝言には聞こえません、この人は間違いなくこの戦況を覆す力になるでしょう…」
そこまで言われたエリオールは、グリフォードとフリルの二人を交互に見つめて盛大なため息を吐く。そして決意を決めて真剣な顔立ちになる。
「フリル・フロル、グリフォード・ロベルトの両名をゲノム国王軍聖騎士団として認め、今後の戦線での独立行動を許可する」
エリオールは苦笑しながらも初めて二人に笑いかけた。
「へ?…せいき…なんですって?」
フリルは首を傾げてグリフォードに聞きなおす。
「聖騎士団さ、ゲノム軍兵士じゃ閉まらないだろう?」
エリオールはそんなフリルにそう付け足すとフリルの両手を握り反した。
「嫌かい?」
その言葉にフリルは目を輝かせ首をブンブンと横に振る。
「いいえ!かっこいいです!!聖騎士団よ!?ねえ!グリフォード?」
フリルは大はしゃぎで立ち上がりグリフォードに振り返り、グリフォードは苦笑を浮かべたまま頷いてから互いに一礼して立ち上がる。
「ではエリオール王子、わたしは早速敵の陣営を強襲して来ます。吉報を期待してお待ち下さい…。行くわよ!グリフォード」
フリルはそう言っては背を向けさっさとそこから出ていってしまった、唖然としたアグネシア連合の面々の中でグリフォードも同様に唖然としていたが、あわててフリルの後を追った。
「強襲って、なにをするんです?」
向かった先は国を見渡せる高台、フリルは望遠鏡を使い何かを探している
「隊長?」
グリフォードの二度目の問い掛けにようやく気が付いたフリルは望遠鏡を顔から放す。
「状況は思った以上に悪いわよ?」
そう言ってグリフォードに望遠鏡を渡す。
「何がです?」
グリフォードは望遠鏡を覗き込むと、目の前に広がる荒野を眺めるが敵の影は一つとしてない。
「あんた本当にアグネシアのエースなの?まったく…」
フリルはじとっとした目を向けながらグリフォードの頭を掴んでグイグイと動かして行く。
「ここから12〜3キロ先、右から敵の陣営が4つ、十キロの等間隔で一つずつ布陣してるわ…恐らく各陣営に百人前後の偵察部隊ね…」
フリルは淡々と告げる、しかしグリフォードの目には何もないので分からない。
「急ぎましょ!、夜までに!」
フリルは慌てた様子で空を見上げる―時刻は昼だった。グリフォードは訳がわからないまま、取り敢えず相槌をうった。
二人は高台から降りて正門に向かう途中に、古着屋の前で立ち止まる。
「グリフォード、着替えなさい…その剣もダメ」
グリフォードの服を差してそう言ってきた。
「え?…僕に死ねと?…服はともかく、この剣がないと…」
そんなグリフォードの反論にフリルは不機嫌を顔いっぱいに浮かべた。
「そんな装飾だらけの剣をもってたら直ぐアグネシアの剣士だってばれるわ?、武器は曲刀ね!服は…」
フリルはそう言って古着屋にグリフォードを引きずっていき、ボロボロの布服とローブをさしだした。
「あたしは、少しおめかししなくちゃね」
フリルは意味深にそういい。苦笑していた古着屋の店主をつき合わせて化粧室へと行ってしまう。こうして二人は旅芸人と旅人のコンビになり、旅人に紛れて正門を通過…その後フリルを先頭に徒歩で10キロ程の道のりを行けば、そこには確かに小さな布陣が存在していた。見事に地形を利用した陣営は、荒野と同じいろの天幕や布を使い擬装していた。近づかなければグリフォードですら気付けなかったそれをフリルは遠目から確認しただけで発見していたのだ。
「止まれ!!」
突然呼び止められるなり現れたボロボロの布を被った男、ボロ布に身を包んでいるが、隙間から見える鎧を見ることでこの男が魔王軍の兵士であることが伺える。
「なんだ貴様等?、まさかネビル・アグネシアの民か?」
フリルはグリフォードを一瞥してから白々しく首を横にふる。
「わたしは違う国より参りました旅の者です。昨日港に着きまして、観光をしていたところ先程あのお城から追い出されたのです」
フリルは顔をフードで隠したままそんな事を言った。すると魔王軍の兵士はフリルのフードを掴んで乱雑に剥がして顔を表させる。
「…女か…」
フリルを見た男は汚らしい笑みを向ける。しかしそんなことは気にした様子も見せずにフリルは続ける。
「あの…もう日も暮れます…出来れば今夜…見たところここはあなた方の陣営のようです、よろしければこの陣営にとめて頂けませんか?」
男は腕を組み考えるような仕草をする、相手は魔王軍だ、そんなボランティアのような事をするわけがない、グリフォードはゆっくりと手を腰の刀へと持っていく。しかしそこでフリルのダメ押し。
「もし許して頂けたら…そのあなた様だけの今晩のお供に…」
グリフォードは隣で見ていてフリルの演技力に感心していた。フリルの容姿は子供だが魅力が無いわけではない。こんなふうにだめ押しに迫られたなら、普通の男でもコロリと落ちるだろう。
「こっちに来な…」
すると男はフリルの手を掴みグリフォードと共に陣内に入れて、途中で立ち止まる。
「そこが俺の天幕だ」
フリルは目を輝かせて男を見上げ、頬を赤く染めてから耳打ちする。
「大将様に見つかりませんように…夜が完全にふけたら参ります…」
フリルはそう言って男の耳元から離れる。男の方は上機嫌に頷き、物置小屋の天幕に二人を案内した。
フリルは彼が見えなくなるまで見送り、天幕に入ってくる。
「流石は隊長…」
グリフォードは改めて実感し、フリルはやや自慢気に胸を張る。
「でしょ〜?…じゃあ夜が更けたら作戦開始♪手早く物見と護衛をぶち殺して大将を討ちゃお?」
フリルは気軽にいいながら笑うと、グリフォードは本当にフリルが人間なのかと疑うように苦笑を浮かべた。
夜更け―
フリルは静かに立ち上がり気配を殺して、先ほどの男が言っていた天幕の側までやってきた。フリルが思った通り天幕の中からは何人もの人間の息遣いが聞こえている、フリルは入り口の前へ行き、周囲を見回し、視線が無いことを確認すると、大きく深呼吸して一気に入り口を開け同時に中に突入した。
【ドゥン!!】
数秒後、入り口が開くと中からは血塗れのフリルが出てくる―両手には磨り潰した男立ちの血肉がこびりついていて、フリルはそれを汚物が着いたかのような表情で天幕の布で拭い取り、乱れた衣服を正す。
「ふう…まさかあたし一人を二十人近くで回そうとしているなんてねぇ…男って本当にバカばっかりなのね…」
そんな風に自分が磨り潰した男達に愚痴をもらしながら、身体を伸ばしてフード付きのローブを脱ぎ捨て身軽な姿となる。
「そういえば、グリフォードは上手くやっているのかしら」
グリフォードは天幕の中で機を伺っていた…女性を大勢で回し殺害するのが趣味な彼らが、一緒にきた男を生かしておく訳がないからだ。
「この中か?」
外で何人もの男達の声が響き。同時に天幕の入り口が切り裂かれ男達が傾れ込むように入って来た。
天幕に入って来たのは五人グリフォードはゆっくりとそちらに顔を向ける。
「どちら様ですか?」
グリフォードはそういいながら脇に置いた剣を手元へ引き寄せる。
「どちら様だあ!?必要ねえだろう!今から死ぬてめえにはあ!!」
直後グリフォードは剣を抜き、五人の男全員を声を挙げる前に音速の刃で切り刻んだ。
「確かに…あなた方には必要ありませんね……しかし、隊長は上手くやっているでしょうか?…」
グリフォードは使い慣れない曲刀の血を魔王軍の兵士たちの衣服で拭いながら外へ出ると、鬼神の形相となり外にでていた護衛の兵士たちへと斬り掛かった。
その頃、フリルは物見台の上で男の口を抑えたまま喉元に男の下げていた短剣を突き刺して息の根をとめていた―男は声を上げる事もなく直ぐに絶命して崩れる―フリルは一度そこから見える3つの物見台を確認する。夜の闇では見えないが3つの物見台にはここと同じように人影があった。その人影はぴくりとも動かない、なぜならばフリルが全て息の根を止めていたからであるこれで、陣営にあった4つの物見台は全て制圧した事になる。
「さあて、後は…」
フリルはそう物見台から身を乗り出すと、静かになった基地内を歩き回る大将らしき男を見下ろした。余程の切れ者らしく、静かな基地内を不審に感じたのだろう、脇には剣を携えていた。
「ふぅん?気付いたんだ…まぁ…もう遅いけどさ…」
フリルはそう言って物見台からおり、大将の後へを追い掛けていった。
そのころ、グリフォードは天幕内部で寝ている敵の兵士達を次々と切り捨てていた。
凡そ100人に近い人数を切り殺し、外の警備も皆殺し、残るはこの陣営の大将だけだった。
外にでたグリフォードは驚愕する。そこにはフリルの姿があった…月の光に照らされ、手にはこの陣営の大将の物とされる首。その姿をグリフォードは美しいと感じてしまっていた。
「グリフォード、着替えなさい」
フリルは大将の頭を地面に投げ捨て、脇に抱えたものを差し出した。それは魔王軍の服と鎧だった。
「貴方の思惑が…分かりました…」
フリルの思惑に気付いたグリフォードはニヤリと笑い、敵兵士の鎧を手に取る。
「あと3つね…これなら3日でかたがつくわ〜」
グリフォードは大きく頷くと、フリルはいつものように頭の後ろに手を組んだ。
「あ、そろそろ伝令が帰ってくるから、やっちゃっといて〜」
そうして今気付いたようにいいながらフラフラと行ってしまう。次の日の夜そしてその次の夜…2つの陣営が知らない間に壊滅した。
そして、それは最後の陣営での出来事だった―フリルとグリフォードはここ数日の繰り返しのごとく大将を討ち取り、アグネシアへの帰路につこうとしていた。
「まちな…」
突然呼び止められグリフォードは素早く感じ取り振り替えると、そこには屶のような形をした大きな小太刀を手にした褐色の筋肉質な青年がそこにいた、服装はオーバーオールに上からベストを羽織り、頭には鉄の額当てを着けている。
「よお!グリフォード」
少年はグリフォードを見るなり実に楽しそうにニヤケ、グリフォードの方はいやな汗を流がした。
「ラルフ・ブラッドマン」
フリルは一度ラルフを見てから、グリフォードに顔を向けた。
「あ〜、あいつ知り合い?」
呑気なフリルを横目にグリフォードは緊張したまま大きく頷く。
「やっぱりてめ〜か!…三つの陣営から連絡が途絶えたからもしやと思って来てみたら、このざまかよ…んま、良く見破ったな?褒めてやんよ?」
フリルを一瞥したラルフは拍手までしだした。フリルはというと。
「ねえねえ、あいつどんな奴?」
グリフォードの服をグイグイと引いて聞いてくる、やむを得ずグリフォードはフリルに顔を向ける。
「彼はラルフ・ブラッドマン、魔王軍で唯一単騎を好む武人です…」
それを聞いたフリルは此れ程とない笑みを浮かべた。
「おいグリフォード、そいつは彼女かい?相変わらず洒落た奴だぜ…気に入らねぇ…」
置いてきぼりにされたラルフはフリルとグリフォードを何度も見回してグリフォードに対する怒りのボルテージがあがっていき構えをつくる。
「隊長!、ここはわたしに…」
フリルはグリフォードに任せて頷いた。
「あいつ、聖騎士団に欲しいわ」
グリフォードは制止し、剣を取り落とす。
「えと…え〜…ええ!!?」
グリフォードは激しく動揺して声を張り上げる。
「なにしてんだ奴ら…」
ラルフから見れば彼氏彼女が和気あいあいとしているようにも見え、一気にボルテージが上昇し爆発するや、左足を強く踏み込んで飛び上がると。それと同時に右に逆手で握り締めた小太刀もろとも振り下ろす。
「隊長!」
回し蹴りを後ろに引いて避けながらも右足強く踏み込み、同時に曲刀を上から振り下ろせば音速の斬撃がラルフの頭上から襲い掛かる。
「だからてめえは気にいらねえ!!人が話してるってのに!!女とイチャイチャしてんじゃ!!ねえぞっ!!コラァ!!」
音速の斬撃を額当てに当てて受けとめ、左足に纏ったままの赤い爆裂のレイブンをグリフォードの足元へたたき落とす。
「つ…!」
グリフォードは素早く足を引きつけ身を引く…しかしそれでは遅すぎた。
【ドン!!】―紅蓮の爆裂が地面から炸裂し、グリフォードの身体を空高くはねあげた。
「30回もテメエと立ち会ってりゃ!!!嫌でもわかるってんだよおお!!」
小太刀が赤く煌めき、三度地面に突き刺せば地面が真っ赤に染め上がる。
【紅蓮爆裂翔!!】
強大な爆炎が跳ね上がり、灼熱の業火がグリフォード目がけて襲い掛かる。
「隊長、すみません…こんなにも…早く…」
もはやこれまで、そうグリフォードは決意を決めて目を閉じた。
「ならないよ?」
強大な爆発を吹き飛ばす空間の弾丸…それと同時に飛び込んできたフリルがグリフォードの服を掴んで引き、引かれたグリフォードはそのまま放り投げられて地面に沈む。
「選手交代〜♪」
そうして前に出てきたフリルは、身体を伸ばしていた。ラルフはその一瞬の内に起こった出来事に目を丸くした。
「テメエ…邪魔すんじゃねえ〜!!」
それよりもついに仕留める事ができそうだったグリフォードを手前で取られた憎しみがさらなる怒りの爆発を生む、その爆発は地面を砕き空へと巻き上げて炎を撒き散らしながら弾丸の様なスピードで一気にフリルへと迫ってくる。
「はいはい!こっちでちゅ〜」
対したフリルはいたって焦る仕草も見せずに両足を肩幅に開いて腰をおとしながら両手を胸の前に構える。
「しぃいいねやああ!!」
突っ込んだラルフ。しかし触れたのはフリルの両手…左手がラルフの腹を下から押し上げ、右手がその首の後ろを軽く押す。こうすることでラルフは方向を失い、結果的には…
ドン!―と弾ける激しい轟音と共にラルフの身体は地面に激しく叩きつけられていた。
「必殺…呼吸投げ…っと」
しかしラルフは即座に起き上がり、血塗れの顔面を拭う事無くフリルに飛び掛かる。
「てんめぇえ!!!」
しかしラルフはフリルの身体に触れる前に再び腕を取られ、一瞬だけ担ぎ上げるような姿勢…そしてそのまま宙を舞い、地面に背中を叩きつけられる。
「ぐへあ!!」
背中を強くうちつけられ、息も出来ない程の苦しさにのた打ち回る。フリルはそんなラルフの顔を覗き込み、不適な笑いを浮かべたまま一言告げた。
「ねえあんた、あたしと一緒に来ない?」
差し出された少女の小さな手…ラルフは突然の事に頭が真っ白になり思考が停止してしまった、しかし其処には邪念など一つもない。ラルフは思ってしまった『この少女は、俺の力を心から欲している』と。その時、ラルフの手はフリルの手を握り締めていた。孤高の戦士ラルフ・ブラッドマンはこの時死を迎え、今、聖騎士団ラルフ・ブラッドマンとして蘇ったのであった。
朝、気を失っていたグリフォードが目を開けると、その顔をラルフが覗いていた。
「ラルフ・ブラッドマン!!」
グリフォードは素早く起き上がり剣を抜き放とうとするが、ラルフは手をヒラヒラと振り背を向ける。
「テメエに背を預けるには役不足だけどな…」
ラルフを見ればラルフも所々血塗れであり、小太刀は鞘に入れたままであった。
「何故…貴様が?」
ラルフはつまらなそうにグリフォードの問い掛けに応える。
「ん?…俺も、おまえの飼い主に引き抜かれた…それだけさ、宜しくな迅雷」
それだけでグリフォードは理解して俯く。
「ええ…宜しくお願いします、ふふ…かないませんね…あの人には」
グリフォードの皮肉にラルフも笑う。
「気が合うな…俺もそうおもったとこだぜ」
ラルフとグリフォードがそんな会話をしていると、フリルが駈けてきた。
「お〜い二人〜!いつまでねてんの〜?一旦国に帰るわよ〜!!」
フリルは大声で手を振り、二人は顔を見合せた。
「呼んでるぜ?…」
「ええ、そのようですね…」
ライバルだった二人は、この日、仲間となった。
【続く】
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