第7話 甘くない美月

「ん〜自由行動で、やっぱり、ここのカフェ行かない?」

 向かい合わせの新幹線の座席の向かい側で、ハナちゃんはさっきから京都の人気カフェチェックに余念がない。

「今Lineする」

 そう言ってグループLineに送られて来たのは、抹茶のパフェを前面に押したグルメサイトのページだ。

「京都行くんだから、やっぱり抹茶でしょ。ここ、ここ。評価メチャ高い!でもこっちも良いんだよなぁ…でも遠いかなぁ…」

「行き先もう決めたじゃん」

 草太が言うと

「京都なんて次いつ来られるか解らないんだから、余すところなく楽しみたいじゃない!」

 そう言って取り合わない。

「美味しそうだね〜」

 美月も嬉しそうで、

「一沙はどこが良い?」

 そう言って覗き込む。

「ん〜」

 そう言って一沙が指差したから、女子は本当にスイーツ好きだなぁ…と男たちは笑った。

「誉君は?行きたい所ないの?」

 美月が楽しそうにふってきたので、ガイドブックを持つ手がピクッとしたけど、

「大体皆が抑えてるから大丈夫」

 本当は、一つチェックしてある場所がある。

 俺が志望している大学の創始者に縁がある神社が有るんだよね…

 そこのお守り持ってたら受験に受かる…ってジンクスがある。

 別にそこまで信心深い訳じゃ無いけど、どうせなら…って思うじゃん?

 だけど、ちょっと遠い。

 自由行動抜け出したら無理じゃ無いけど、結構ハードになりそう。

 だから口にするのは躊躇った。

 躊躇ったまま。

「ここのおみくじは、うさぎなんだよ。可愛いよね」

「おみくじ引こうね?」

「初詣でひいてなかった?」

「だって恋愛運最悪だったんだもん。良いのが出るまでひきたいじゃない?」

「おみくじってそう言うもんだっけ?」

 なんて会話を笑いながら聞いていた。

「ミッキも恋愛成就のお守り買いに行くでしょ?」

「え〜っふふふ…」

 俺もここに居るんですけど。

 そう思っていたら、

「誉君、ガイドブック見ても良い?」

 美月がそう言ってこっちを見ている。

「ほい」

 俺はガイドブックを何も気にせず美月に渡した。

「あ。やっぱり、ここのお土産はこっちにも載ってるよ」

「ねぇ、そのカフェこっちには無かったよね。何処?」

 そんな会話に巻き込まれ、一箇所、目立たない付箋を貼っていた事は、気にして無かった。

 甘かった…って思い知ったのは、行程後の自由時間の終了間近だった。

 各自、お土産買ったり写真撮ったりのフリーな時間。

 俺は草太たちとぶらぶらしていたし、美月は同じ班になれなかったファンたちに囲まれていたし、一沙はさっさと1人で消えていた。

 近くを通った時

「ごめん、私ちょっと寄りたい所あって。行って来ちゃうから」

「あ。美月、もしかして誉君と2人で⁉︎」

 きゃ〜‼︎っと歓声が上がり、皆が美月を俺の方に押し出したけど、

 わ、ちょっと…と照れたような困ったような顔をした後、ごめん!ってジェスチャーをして、

「誉君、ちょっと良い?」

 って、俺を促した。

 後ろで更なる歓声が上がったけど、皆から見えなくなる場所まで来ると、

「脱出成功!誉君のお陰です!」

 と、おどけて言うと、

「それじゃ、誉君も自由行動、楽しんでね!」

 そう言って駆け出した。

 前!見ないと危ない!ってハラハラしながら、見送ってからぶらぶらし、草太たちと合流した。


「誉君。ミッキがまだ戻ってないんだけど…一緒じゃなかったの?」

 ホテルのロビーに入るなり、ハナちゃんが寄って来た。

「寄る所があるから…って言ってた」

 俺が答えると、

「それで、置いて来たんだ…?」

 恨みがましそうな目で見上げて来た。

 ちょっと気圧されたけど

「美月だぞ、皆に心配かけるようなことしないだろ。用ったってきっと近くで、直ぐ戻ってくるよ」

 そう答えたら、更に火に油を注いだみたいだ。

「どこに行くかも聞かなかったんだ。本当に美月に興味ないんだね」

 そう冷たく言われた。

「そんな事言ってないだろ。美月だぜ?聞いたって、気にしないで。とか言って答えないし…」

 と言いかけた言い訳を

「美月の事、知ったように言わないで!何も知らないくせに」

 そんな言葉で遮られた。


 今から点呼。

 そんなタイミングで、美月はポメラニアンの仔犬みたいな勢いで駆け込んできた。

「美月〜‼︎」

「心配したよ〜」

「誉君と一緒だと思ってたのに!」

「着いて行けばよかった〜」

 と、皆が列を乱して集まるので呆気に取られた先生を見上げて、えへへ…と言う感じで笑い、先生も勢いに押されて、並びなさい…と促した。

 美月の人徳もあるだろうな。

 結局、全員無事揃い、点呼は問題なしで解散された。


「えへへ…ちょっと迷っちゃった」

 皆に囲まれた後、

「利用して巻き込んじゃってごめんなさい」

 そう言いながら俺の前に握った小さな手を差し出し、そっと開けるとそこには小さなお守りが乗っていた。

「ミッキ、なに?それ」

 そっとハナちゃんが覗き込む。

「御守り。皆の分も有るよ?コレがどうしても欲しくて…心配かけてごめんね?」

「美月が…?珍しいね?」

 ハナちゃんは美月の言葉に半信半疑な感じだったが、それ以上何も言わずに、班のメンバー6人分の色違いの小さな丸っぽい御守りの物色に入った。

「私、コレが良い」

 白地に赤い柄のを摘み上げると、

「俺コレ」

 草太が金字に黒の柄のを選んで

「サンキュー美月」

 そう言った。

「一沙はどっちが良い?こっちのイメージかなぁ…」

 答えないのは百も承知だろうから、さっと白地にパープル柄の方を選んで渡した。

 一沙も

「綺麗ね」

 そう言って受け取った。

 俺も掌に乗った、小さな黒字に黄色柄の御守りをそっと握りしめた。

 美月の嘘に、皆気が付いているのかな?信じたふりをしてあげているのかな?

 俺は、甘かった。本当に美月のことを分かっていなかったんだな…

 何度も皆に心配かけてごめんね〜って謝りながら、ハナちゃんにハグされながら笑っている美月は、本当に、さりげなく。今、思い出したみたいに。

「これ、ありがとう。返すの遅くなってごめんね?」

 そう言って、俺のガイドブックを返して来た。見なくたって分かる。だけど、開いてみた。

「ありがとう」

 皆の言葉に被せるように言ったけど、伝わったかな?分からないけど。美月はいつもと変わらなく笑っていたから。



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あなたが死ぬまでの1分間 月島 @bloom

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