第6話 乗り換え駅

 ウチの田舎は、京都奈良の修学旅行に、東京まで新幹線で行って、更に新幹線を乗り換えて行く。

「めんどくせぇ〜なんで、直通じゃないんだ?」

 と愚痴る草太に、

「良いじゃない。一瞬でも、東京に寄れるんだから」

 と、ハナちゃん。

 美月が笑って、一沙は黙って窓の外を見ている。

「時間があるから、駅ナカのお店見て良いんだって。行く?」

 美月が、一沙に声を掛けて、それから俺にも、ね?と言う風に振ってくる。

「女子は買い物好きなからなぁ。しゃあないな」

 章介が、キャリーバッグに下ろしていた腰を上げ、

「ほら、行くぞ」

 と言うように、草太に促された。

 何?コイツらの結束力。怖いんだけど。

「ミッキ、あっちに有る苺のキャラ超可愛かったよ」

「じゃ〜ん。見て、ミッキ。このペン可愛くない?5本入りだから、一本あげるね?何色が良い?」

 すれ違うクラスメイトたちは一々美月に絡んでくる。それに美月は笑顔で応える。

 アイドルって、こんな感じかなぁ。大変だよなぁ…って思った。

 女子たちがはしゃぎながら店内を見て回るのを後ろから眺めながら、

「何そのテンション。まだ修学旅行始まったばかりなんですけど」

「ねぇ。まだ、京都奈良に着いてすらないのにな〜」

 左右から草太と章介が、同意を求めてくる。

 苦笑いすると、彼らはちょっとホッとしたような顔をした。分かったよ。悪かったよ。

 クラス全員敵に回したみたいに思ったけど、俺が小さかったんだ。

 これはきっと、最初に一沙の態度を広めて思い掛けない展開になった罪滅ぼしなんだ。

 皆が皆、この事態を面白がってた訳じゃなかったんだな。

 しょうがないから、のってやるか。

「そんなに珍しい物あんの?」

 覗き込むと、両手でしっかり黒猫の小さなぬいぐるみを握りしめて、目を潤ませ、よだれ垂らしそうな顔をした美月が、振り返った。

 思わず、吹き出した。

「ちょっ…ヒドイよ⁉︎」

 隣のハナちゃんが笑いながら咎めたけど、

「悪い。だって、よだれ垂らしそうな勢い…」

 俺も笑いが止まらない。草太と章介も、一瞬呆気に取られた後、

「確かに」

 と認めて笑いだした。

「よだれ⁉︎出て…無いよ…ね?」

 美月はそう言って、皆をまん丸な目で見返したが、手は離さない。

「だって、見て?」

 と言って伸ばした手に握りしめられていた小さな黒猫の頭には、シルバーの冠が乗っていた。

「命だ」

 俺が冠を指でつまんで笑いをこらえながら言うと、美月は満足そうに、にっこりと笑顔になった。


 そんな美月を見る皆の視線は、優しい。こいつのこう言う所、本当に、羨ましいな…


 俺はつまんだ指で、ソレを引っ張り上げると、

「命を助けたご褒美に買ってやる」

 そう言ってレジに向かった。

 背中に聞こえた

「え!」

 と言う声は、美月1人の物じゃなかったけど、美月は絶対に悪いよ〜とか言って遠慮するから、言わせる隙を与えずにレジに置いた。

「甘えちゃえ」

 ハナちゃんの囁くような声は俺にも聞こえていて、多分、草太たちも美月の抵抗を阻止してくれていたんだと思う。俺は照れ臭くて振り返れなかった。

「はい」

 ぶっきらぼうに美月に差し出すと、今度こそ本当に涎垂れ流すんじゃないかって、締まりのない顔で俺を見上げ、震えてるんじゃ…?って声で

「あ、ありがとう…」

 と言って受け取ると、はっとしたように斜めにかけたバッグにくっつけ、それから、隣にあった、背に白い小さな羽が生えた同じシリーズの黒の犬を掴むと、レジに向かって行き、戻って来て、俺に差し出し

「お礼…」

 と言った。

「ちょっ…意味ないじゃん」

 と言われて、

「あるよ…お揃い…」

 そう言って、真っ赤になって俯いた。

 コイツは…本当に…

「なんか、私も欲しくなった」

 ハナちゃんはそう呟くと、ピンクのうさぎを掴んでレジに向かった。

「そう言う感じ?じゃ俺…ライオン!」

「マジで?ん〜じゃあこれ何?ダチョウ?」

 草太と章介が続き、美月は驚いて視線を巡らせて一沙を探した。

 少し離れて、嘗て住んでいた都会の人波を眺めている。

 懐かしいのだろうか…帰りたいのか…

 美月が動こうとしたその時、ハナちゃんが一足早く近付き、一沙の目の前に差し出した、鼻先や耳が長い茶色いロバ。

「手足がひょろっと長いの、似てない?」

 そう言われて、綺麗な目を丸くして、ハナちゃんを見返して、何か言いかけたが、

「やだ、皆でお揃いとか、嬉しい!俄然修学旅行楽しい気分上がる!」

 そう言って、美月が2人をまとめてハグしたので、びっくりした一沙は言葉を失った。

「美月と誉君のお揃いほど意味深じゃないけどね〜」

 と言いながらハナちゃんは、一沙の黒いエナメルのバッグにそれを付けた。

 されるがままな一沙が、離れた場所から、こっちを見ている。笑っても、怒っても、泣いてもいない。たまたま、視界の端にに俺がいるだけ。そんな視線だった。


 先生が集合をかける声がする。

「あ。俺トイレ行っておきたい!」

 章介が言い出した。

「なんで今更!」

 草太にドヤされ

「仕方ないだろ!生理現象なんだから」

「早く行って来てよ!」

 ハナちゃんも混じって騒いでいる。近くに見当たらないんだ。

 なんだか、自由で落ち着きのないグループみたいだな。美月じゃないけど、楽しい旅行になりそうだ。

「だって、どこにあるのか…」

 章介はまだそんなことを言ってモタモタしていて、つられて草太たちもキョロキョロしていたら、

「そこのエレベーター上がってすぐの所にあるよ」

 そう美月が指差した。

「サンキュー美月!」

 そう言って章介は駆け出し、

「偉い偉い」

 と、ハナちゃんが美月の頭を撫でる。美月は慣れた感じで頭をハナちゃんの方に差し出し笑っている。

 本当に、小動物みたいだな。さっきの動物の人形に、美月のが有っても驚かない。そんな気がする。

 真っ先にハナちゃんが買うだろう。何だったらクラス中が。俺もつけるのか?それはちょっと恥ずいな。一沙は着けるかな…

 一沙の人形だったら、こんなぬいぐるみじゃなくて…何て言うんだろう…頭身が恐ろしく多い手足の長い着せ替え人形だろうか…その人形の無表情な笑顔を思い浮かべちょっとクラクラした。

 章介はあっと言う間に戻って来て

「ほら、もう集合かかっているぞ!急げよ!」

 そう言って皆を追い抜いて言った。

「お前、ふざけんな!」

 草太が笑いながら追いかける。

 笑いながらそれに続く美月とハナちゃん。視線で一沙を促した。

 一沙は、もう一度、周囲を見渡す。何かを探しているような、何も見ていないような、良く解らない視線で。それから、一度目を瞑り、静かに歩き出した。

 どうしようもなく、ざわざわして落ち着かない気持ちを押し殺し、俺はそれに続いた。

 修学旅行は、始まったばかりだ。きっと、楽しい。そんな期待で不安を押し殺しながら。





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