僕らはリカを食べる

粟国翼

僕らはリカを食べる


 リカを食べる。

 リカを食べる。


 僕らはリカをたべる。


 リカを食べるのは僕らにとって当たり前だ。


 だって、僕らが動物性たんぱく質を摂取できる唯一の栄養源が『リカ』なのだから。


 授業で聞いた話によると、丁度今から200年前にこの地上から人間以外の動物が姿を消したらしい。


 原因はウイルスだとか、地球の寒冷化だとか温暖化だとか地殻変動だとか太陽フレアの磁場による遺伝子の破壊だとか人的な環境汚染の果てだとか恐竜が絶滅した経緯だっていまだに解明されていないくらいはっきりとは言えないらしいけど、とにもかくにも僕らの奇跡の星地球から『お肉』が無くなっちゃたんだってさ。


 だから僕らのおじいちゃんの世代は、植物では摂取が難しい栄養素をどうするか議論したんだって。


 それでね、たどり着いたのが言わずと知れたクローン技術。


 けどね、折角取り置きした細胞から誕生したクローンたちはどれも育たないか育っても全ての人類に行き渡るには足りなかったんだよ。


 まぁ、それもそのはずだね。


 だって、何故動物たちが死んだのか解明されてないんだから外に出したらすぐに死んでしまうし、かと言って建物の中も決して安全とは言えないしそんな理由で死んだ動物を口にすれば人類に何かしらの影響が出てしまうかもしれないから怖くて誰も食べようとはしなかったんだよ。


 それならお野菜だけって考えもあるけど、今まで『お肉』を食べるのが当たり前の人にはとても苦しい物さ。


 だから、全人類は考えた。


 培養しても死なず、繁殖させて大丈夫なそんな生き物を食べればいいんだって。



 だから、僕らはリカ…君を食べる事にしたんだ。



 リカは、カクン首をかしげる。



 もっとも、君はオリジナルの『リカ』の細胞からクローニングされたに過ぎないのだけれど。


 

 人類にとってソレは当然の回答だった。


 この全ての動物が死滅した中で、人類だけが生き残った。


 人類だけがその原因不明な中で変わらす繁殖した…だから増やした。


 と言っても、それは言い出しっぺの科学者が自分の娘の血を少し抜いてそれをクローニングしたに過ぎない。


 血を抜かれた当の本人は、別段それ以上傷つけられるような被害もなく85歳の大往生だったそうだ。



 「へくちゅん!」


 ああ、リカがくしゃみをした…そうだね今日のリカは瞬間鮮度冷凍だったから解凍して放置してばそうなる。


 

 【新鮮一番!鮮度凍結!海藻育ちのリカ~磯の香り~※まれに解凍後息を吹き返す場合がありますが品質には問題ありません】



 う~ん、この業者10体に1体は生きているんだよな~…。


 よりによって僕が仕込みの時に生きているのに当たるだなんてついてない。


 僕はじっとリカを見る。


 さぁって、この場合一度首を絞めるかそれともすぐに動脈を切るべきか…どちらにしてもキッチンは汚れるだろうな。



 僕らはリカを食べる。


 僕らはリカを食べる。



 僕はリカの首に包丁を押し付けた。






 「その『リカ』は食べたのですか?」


 「ああ、調理実習だったからね」


 「美味しかったですか?」


 「まぁ、『リカ』だからね磯の香以外はいつもと変わらない食感だったよ」


 「そうですか…」


 「…なにすねてるんだ?」


 「だって…他の『リカ』は食べて下さるのにリカの事は一口も食べて下さらないんだもの」



 僕は拗ねる『リカ』の頭を撫でてやる。


 「なら、僕が調理したくなるようにもっと頑張らなくちゃな」


 「う~…」


 リカは不機嫌そうに頬を膨らませて、キッチンまでいくとスパイスの棚からローズマリーを取り出してもしゃりと口に含み苦い顔をする。


 リカはいつもそうやって、僕に食べられる為にハーブを食べる。


 僕が、自分を食べないのは体が臭いからとでも思っているのだろう。


 ごめんねリカ。


 僕はあれっきり『リカ』を食べることが出来なくなった。


 僕はたとえ、この地球上から食べ物が無くなっても君を食べる事はないだろう。


 たとえそれが只のエゴだとしても。



 僕はリカを食べない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕らはリカを食べる 粟国翼 @enpitsudou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ