第2話 症状

-現在-


8月25日 上野公園-



「た、タケさーん、大丈夫ですか?具合悪いようでしたら僕にできること何でもしますから教えて下さい」


ブルーシート一枚隔てた家の外から圭一くんが優しく声を掛けた


「うん、ありがとう。でも今は少し1人になりたいんだ、ごめんね」


こう言うしかない。


「わ、わかりました。なにかあれば僕、坂本さんとすぐそこのベンチにいるんで」


ごめんね、圭一くん。


こう言うしかないんだ。

今日は良い日になると思っていたのに…

なのにまた…

アイツが私のまえに現れた



アイツが私の前に現れたのは鬱を宣告されてから数ヶ月経った頃だった。


あの頃の私は、定期的に襲ってくる酷い罪悪感と普通の生活が出来ない程の気だるさ、ストレスで自暴自棄に陥っていた。



-2年前-


12月15日 -自宅・アパート-



その日、私は朝から気だるさに襲われ気が付けはリビングの床にうつ伏せになって、ぼーっとしていた。


あーあ、あーあ…


過ぎていく時間を無駄にしていると考えるたびについため息をついていた。


なにかしなくちゃいけない気がするのに、なにも出来ない自分の不甲斐なさにまた、ため息をつく。


ひんやりしたフローリングの床に耳を当てて、微かに聞こえる生活音を聞いて時間を潰す。


掃除機をかけている音


トイレの流れる音


誰かが歩いて床が軋む音


「もう死んじゃいなよ」ボソッ


「え?誰?」


突然聞こえた声にふと我に返った


部屋を見渡したが、誰も居ない。

とうとう幻聴まで聴こえるようになってしまったのかと、またため息をついた。


昔から想像力豊かだった私はよく頭の中で自分に対して自問自答する癖があった。


こっちを選べばこうなるだろ?


うん


でもあっちを選べばこうなるよね?


そうだね


と、ここまでなら普通の人となんら変わらないのかもしれない、でも私はそこからまた別の道へと派生してしまうのである。


こっちを選べばこうなるけど、じゃあその後こうなったらどうなる?


え、どうしよう…


自問自答が続き、気が付けば簡単な1つの悩みの答えがびっくりするほど斜め上だった…


というのはよくあった。


きっとこの癖のおかげで僕は幻聴が聴こえるようになってしまったのだろう。

その日からというもの毎日のように幻聴が聴こえるようになってしまった。


担当医の先生に相談をしてみたが、「薬を増やしますのでこれでしばらく様子を見ましょう」と先延ばしにされてしまった。


それから数日後、アイツは突然やってきた。


その日も、いつもの様に薬の副作用からくる目覚めの怠さを乗り越えて洗面台で顔を洗い、歯を磨こうと正面の鏡棚を開けて歯ブラシと歯磨き粉のチューブを取り出した。


歯ブラシに歯磨き粉を付けている時、ふと鏡を見るとアイツが横に立っていた。


全身黒いタイツ姿、頭には『アンパンマン』に出てくる”バイキンマン”の様なツノ、そしてしゃくれ顎。


「もう死んじゃいなよ」ボソッ


私はすぐにこいつが自分が創り出した幻想だと判った。

なぜなら、彼は私が小学生の頃描いていた漫画『デビルンジャー』の主人公「デビル大木」そのままの姿だったからだ。


岳本 孝 28歳 鬱病 ニート 世間はもうクリスマスムードに包まれていた










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